第50話 宮司、寺子屋に行く
「(何なんだ、一体...!?)」
凄まじい衝撃波と共に生じた砂塵が迫り、慧音は顔を覆う。何かモノが落ちて来たのは確かだが、尋常な落ち方ではない。ここまで衝撃が強いとなれば相当なエネルギーを持った重量物の落下か、爆発物が落下と同時に爆発したか。しかし慧音が先程一瞬確認した姿は、人のような造形を成していたが...。砂塵がほぼ地面に舞い降りた時に、慧音はこの衝撃波の発生源が何なのかを理解する。
「またやっちまった...。」
「(人?!今声が聞こえたが...。)」
慧音がその発生源を見やると、その姿は明らかに人であった。しかしただの人ではない。その人物の周りには広く、そしてそれなりに深い溝が生じ、その溝はその人物が発した何かによって傾斜を描いている。先程の声を発した人物はのっそりと溝から這い上がり、周囲を見渡す。慧音に気付いたのか、彼女の下へと駆け足でやって来た。
「何者だ!」
先程の現象を目の当たりにした慧音は、ただならぬ衝撃を受けた。近くまで駆け寄ってきた男が、その衝撃を自らの身体から発したと考えれば、先程の轟音と大きな溝の発生も少々浅はかではあるが、納得のいく話だ。それに此処は人里である。また被害を受ければ、人々は再び恐慌に陥る可能性もある。それはなんとしても避けなければならない。
「(マズイな、さっきの衝撃で警戒されたか...。)」
「質問に答えろ。お前は何者だ!」
「(まともに答えて信用はしてくれないかもだが、これしかないな...。)俺は、守矢の宮司をやっている者です。」
「守矢神社から来たのか?それにしても、おかしな話だな。私の記憶では、あの神社に神職を務めている男は居ないのだが?」
「昨日なったばかりの新米ですよ。それに俺は外来人だ。文々。新聞でも掲載されてますよ?」
練也の言葉を聞き、記憶を整理する慧音。そして彼の姿は、ワームに襲撃される前と、先程読んだ文々。新聞の紙面で確認していたことを認識する。
「....。言われてみれば...、紙面で見たような顔だな...。」
「(どうやら、文の新聞を読んでいたみたいだけど...。これで誤解は解けたか...?)」
「...そうか。最近巷で噂になっている外来人というのは、お前のことだったか。無礼をしてしまい、申し訳ない。」
「いや、こちらこそ...。まだ力の調整とか上手くいかなくて...。怪我とかはありませんか?」
「私なら大丈夫だ。それより、この痕跡を消さないとな...。」
慧音が練也によって作られたクレーターを見やり、そこまで近付く。その部分に手を触れ、彼女は目を閉じた。その直後、クレーターの下から土が持ち上げられていくようにその量を増し、元の平坦な形状へと変化を遂げた。それだけではない。付近に存在した家屋の姿形までもが、しっかりと修復されていた。そして不思議なことに、この轟音が響いても人が誰も集まって来ないのだ。こんな住宅地の真ん中で衝撃が響いても、誰も気に留める様子は無い。
「コレは...。」
「私の能力だ、気にすることはない。しかし守矢神社から人里へ降りたとなれば、守矢の神に何か頼まれたのか?」
「こんなことをやらかして言うのもアレですが、『信仰』を集めろと言われて来ました。」
「そうだったか...。いや、お疲れ様だ。とりあえず私と一緒に来てくれ。ちょっと待たせるかもしれないが、お詫びにお茶でも出そう。」
「はい。(能力持ちだったのか、この人。)」
そのまま寺子屋まで案内され、茶室に通された練也は敷かれた座布団の上に正座をして慧音を待つ。様相は日本家屋そのものであった。落ち着いた空間で、静かに待つ練也。彼が着ている白い袴には、じっとりと汗が滲みている。懐からハンカチを取り出し、額から流れる汗を拭った。
「あっちー...。」
信仰を集めて来いとは言われたが、具体的に何をすれば良いかわからない。もっと話を聞いてくるべきだった。まあどうにかなるだろうと楽観的な思考を巡らせる彼の下へ、慧音が戻って来た。
「待たせてしまってすまない。今お茶を淹れるから待っていてくれ。」
「恐れ入ります。」
慧音もやはり暑そうだ。この季節は、やはり万人には平等に暑さが降り注ぐ。今更だが暑さが降り注ぐならば、この場合信仰を集めるとなれば早苗が適任な気もするがそこは突っ込まない練也。早苗も祝詞を唱えるという重要なお務めがある立場上、練也にこの役割が回ったと考えるのが妥当かもしれない。
「待たせたな、冷たいので良かったか?」
「ありがとうございます。」
湯呑みに冷茶を注ぎ、練也と向かい合った状態で慧音も腰を下ろした。そこからお互いに自己紹介を始める。
「だいぶ遅れてしまったが、名乗らせてもらおう。私の名は上白沢慧音という。この寺子屋の教師をしている者だ。」
「佐藤練也です。先程も言った通り、守矢神社の宮司をしています。」
「そうか。私のことは慧音と呼んでくれて構わない。」
「よろしくお願いします、慧音さん。俺も練也と呼んでいただければ。」
そう会話する2人。涼しい風が吹き、心地良い感じを残し部屋を吹き抜けた。風鈴が鳴り、夏真っ只中の雰囲気が辺りを包んだ。
「つかぬことを聞くが、練也はこの世界に来てどのくらい経つ?」
「1週間と1日程です。」
「そうか。しかし来たばかりだというのに、早速宮司とはな。楽ではないだろう。」
「いえ、まだ仕事を始めたばかりで何とも言えませんが...。自分の過失が上乗せされていけば、大変になるかと思います。」
「過失...?...ああ、さっきの大穴のことか。確かにアレが一々発生するのは、難儀なことだな。もしかすると、アレが練也の持つ能力なのか?」
「その情報も新聞ですか?」
「ああ。名前までは知らないがな。」
そう言って冷茶を啜る慧音と練也。流石、文。自分が気付いていない時に、いつの間にか情報を収集し拡散させている。その手際の良さを実感し、練也はもう何も言わなかった。
「しかし信仰を集めに来たとなれば、具体的に何をするかは決めているのか?」
「まだ決めていません。」
「うむ...。」
慧音は机に両肘を載せ、両手を組んだ状態で口元を押さえ考える素振りを見せる。人里も今は平穏ではあるが、何かしら困り事があってもおかしくない筈だ。
「これ以上ご厄介になるのも悪いので、俺はこれで失礼します。」
「いや、まだ此処に来てそこまで経っていないだろう。ゆっくりしていきなさい。」
「いや、でも...。」
練也がそこまで言い終わったところで、慧音の頭の上にツノっぽいのが見えたような気がしたような、そうでもないような...。練也はその後盛大にお仕置きされることになる。
「練也。君はどうやら、【遠慮】と【無碍】を取り違えているようだから言っておこう。君は今は【遠慮】して、私に断りを入れようとした。そうだな?」
「はっ、はい...。」
「君がそう思っていても、君と話している立場の者としてはこちらの厚意を【無碍】にされたと思う人も中にはいる。これは仮の話だ。私は別に何とも思ってはいない。」
「すみませんでした...。」
「謝罪で済むようなら自警団はいらない。そうじゃないか?頭を貸してもらおう。」
言われるがままに、額を慧音に突き出す練也。それに対し、慧音は渾身の頭突きを見舞った。
「そおぉい!!」
「!!!」
練也は絶叫を上げられない程の痛みを耐え忍ぶ。これが立派な守矢の宮司になる為の1歩と考えれば、まだまだ頑張れると彼は自分に言い聞かせた。