『―――浸食せよ、凶兆の化身たる鏖殺の蛇竜。まつろわぬ神の威を振るえ、《
その名に相応しい、刃の威光を纏った夜色のISは、即座に無数の部品へと分かれ、一夏の身を覆う装甲へと化す。
『行くぞ』
宣言し、一夏が刀型の
黒いISが刀を振り下ろす。それは千冬がするのと同じ、速く鋭い
『簪!』
ギンッ! 腰から抜き放った横一閃、相手の刀を弾く。
そしてすぐさま一夏は
『《
身動きが取れない黒いISは暴れる。一夏の《
一夏の《
「(もう少し……)」
一夏が今発動させているのは、《
その能力は、触れた他のISを一時的に操る力。触れた箇所を中心に相手のISの制御を奪い、接触した時間が長ければ長いほど―――より精密で強力な命令を繰り出せるのだ。
一夏はこの《
その為には、黒いISに触れる必要があり、十秒以上まともに触れなければならない。
「ぎ、ぎ……ガ……」
暴れ回っていた黒いISが抵抗することなく、大人しくなる。
《
『システム、強制シャットダウン』
一夏の命令に従うかのように黒いISが、原型を留めることなく崩れ。
『世話を焼かせやがって……』
力を失って崩れるラウラを抱きかかえ、一夏は一人そう呟いた。
◇
羨ましかった―――
「いつか日本に来る事があるなら会ってみるといい。ああ、だが一つ忠告しておくぞ。あいつに会う時は心を強く持て。油断していると惚れてしまうぞ? あれは未熟者のくせに、どうしてか妙に女を刺激するのだ」
そんな風に言う教官はひどく嬉しそうで、それでいてどこか照れくさそうで、なんだか見ているこちらがモヤモヤした。だから、―――つい、あんなことを訊いてしまった。
「教官も惚れているのですか?」
「姉が弟に惚れるものか、バカめ」
ニヤリとした顔で言われて、ラウラはますます落ち着かなくなる。教官にこんな顔をさせる、その男が―――正直羨ましかった。
お前はどうして強い? お前は知っているのか? 強さの意味を。なぜ強くあろうとする?
『強くねぇよ……俺は全く強くない。もし俺が強いっていうなら、それは……強くなりたいから強いのさ』
一夏は知っていた……
『強くなって、誰かを守ってみたい。自分の全てを使って、誰かのために戦ってみたい』
誰かを守るために強くあり続けた人を。
ああ、そうか―――これが……そうなのか―――
これは確かに惚れてしまいそうだ―――
◇
「う……ここは?」
ぼやっとした光が天井から降りおりているのを感じて、ラウラは目を覚ました。
「気が付いたか?」
「教官……」
「全身に無理な負荷がかかった事で筋肉疲労と打撲がある……無理はするな」
千冬はそれとなくはぐらかしたつもりだったが、そこはさすがにかつての教え子。簡単に誘導されてはくれなかった。
「何が……起きたのですか」
無理をして上半身を起こすラウラ。
「一応、重要案件である上に機密事項なのだがな」
しかし、そう言って引き下がる相手ではないこともわかっている千冬はゆっくりと言葉を紡いだ。
「VTシステムは知っているな?」
「ヴァルキリー・トレース・システムですか? 過去の世界大会の部門受賞者の動きをトレースするシステムで確か―――」
「そうだ。現在はIS条約で研究・開発・使用の全てが禁止されている。それがお前のISに積まれていた。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして操縦者の願望……それらが揃うと発動するようになっていたらしい」
「……私が望んだから……ですね……」
教官のようになりたいと―――
「……………」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
「は、はいっ!!」
いきなり名前を呼ばれ、ラウラは驚きも合わせて顔を上げる。
「お前は誰だ?」
「わ……私……私は……」
その言葉の続きが出てこない。自分がラウラであると、どうしても今の状態では言えなかった。
「誰でもないなら、ちょうどいい。お前はこれからラウラ・ボーデヴィッヒになるがいい。お前は私にはなれないぞ。アイツの姉はこう見えて、心労が絶えないのさ。何、時間は死ぬまで山ほどある。たっぷり悩めよ、小娘」
「……………」
なんてズルい姉弟だ。
二人そろって、言いたい事を言ってくれて。
「自分で考えて、自分で行動しろ……か。ふふ……完敗だな。あははっ」
完膚無きまでの敗北。けれどそれが今はたまらなく心地いい。
そうラウラ・ボーデヴィッヒは、これから始まるのだから―――
◇
「《
学年別トーナメントはかの件で中止になり、第一試合のみ行うと言う結末で終わった。そして、その件を終えた一夏はと言うと……保険室で簪に説教を受けていた。
「あれ程言ったよね? 無理だけはしないでって」
『…………』
その言葉に一夏は何も言えなかった。
黒いISを止める為とは言え度、拾ったISのコア(嘘)で作った未完成なISである《
出力や制御面での調整を終えていない《
その反動で一夏は、またしても保険室行きなった。
「それと……」
簪の説教は二時間近く続き、終えた時には既に十八時を過ぎていた。
説教から解放された一夏は身体を動かす。その時、何か違和感を感じるのだった。
「(身体が少し重い……)
特に私生活に支障がない程度なので、一夏は無視し、寮へと戻る。
それが―――一夏の大きな間違いだったことは、その時は知らなかった。