「『国境の長いトンネルを抜けると―――』これは『雪國』の冒頭の一節ですが―――」
教卓の前で山田先生はいつのも通り授業を進める。教卓前の一夏の席だけが空席である以外。
「(今日は来ていないか……)」
箒は空席の一夏の席を見つめていた。
一夏が目覚めたことは、あのホテル消失事件の次の日に聞かされていたが、一夏は未だにクラスに姿を見せてない。
「(もう、心配ないのなら姿くらい見せろよ……!)」
こみ上げてくる怒りをどうにか抑える。
教室の後ろの方では、セシリアがノートにペンを走らせていた。しかし、書かれていることは意味のない腺で、言葉になっていない。
「(今日も来ませんのですか……)」
姿を見せない一夏にセシリアは心配する。
副クラス代表として、一夏の体調を気にするのは当たり前だった。
むしろ、あのことがあっては、余計にそうさせる。
「(一夏は何処で何をやってるのだろう……)」
シャルル……改めて、シャルロット・デュノアは一夏の席を見つめる。
学別トーナメントが終わると、シャルルは本当の名前であるシャルロットとして、ここに転校してきたのだ。
シャルロットの問題は楯無が処理し、その提案が一夏が行なったことをシャルロットに伝えられていた。
「(ふむ……ずる休みと言うやつか?)」
ラウラはあの日から随分と大人しくなり、何故か一夏のことを心配するようになった。
しかも、夜這いまで試みたのだが……
「(あのセキュリティをどう突破するものか……)」
一夏の部屋は普通の部屋とは違い、要塞に近い。
ピーピングをすればアウト。開ければ、ワイヤートラップで即アウト。部屋に入れば、重量トラップでアウト。さらにさらに、赤外線センサーがそこら中にあり、当たれば即アウトと……警備は万全なのだ。
そこまでする必要があるのかと思うが、一夏の同室の子が一夏の主である簪の為、普通より警備が厳重である。
「「「「(どうやって、一夏を誘うか……)」」」」
一同、同じことを考えていた。
しかし、そんな平和な授業はあることで、中止になる。
ドウッ!
それはいきなりだった。
教室の外から強烈な光弾が弾ける光と突風が襲い。IS学園その物を揺らす。
「な、なんだ!?」
千冬はいきなりの揺れに驚き、外を見る。
そして、ある場所から煙が上がっていた。その上を二つの光がぶつかり合っていた。
「誰かが、戦っているのか……?」
しかし、今日の授業に模擬戦闘を行なっているクラスはない。しかも、これだけの威力がある武装は……一つしか思いかばなかった。
「織斑と……誰が……」
「そんな……まさか!?」
セシリアは即座に高速移動する機体をロングレンジ用のズームで確認する。そして、そこに写っていたのは、セシリアが見たことのある機体だった。
BT二号機《サイレント・ゼフィルス》。
シールド・ビットを試験的に搭載した機体であり、その基礎データには一号機であるセシリアのブルー・ティアーズが使われている。
「くっ……」
「おい!」
セシリアはすぐさま、教室を出て、高速移動する一夏と《サイレント・ゼフィルス》の元へと向かう。
走っている中でもセシリアは一夏の戦いから目を離さない。
「(超高速機動下の精密射撃!? それも、こんな連続射撃だなんて!)」
《サイレント・ゼフィルス》の操縦者は一夏の《雷閃》をシールド・ビットで防ぎ、有効打を与えない。
自らを上回る技量に驚愕するセシリア。しかも、敵機から通常の射撃ビットが飛来し、セシリアを越える同時六機制御の中、一夏も負けていなかった。
◇
「(マッハ2で飛行しても、精度を落とさないか……)」
アリーナで始まった戦いはいつの間にか外へと変わっていた。
一夏とMの戦いではあのアリーナの中では狭く、一夏は遮断シールドを破壊する否や高速起動に入った。その後を追うようにMも高速起動に入る。
そして、現在の一夏とMの速度は秒速680メートル。マッハ2で飛行していた。
「(そろそろ限界だな……)」
マッハ2で飛行している為、一夏の《リンドヴルム》に限界が訪れようとしていた。
勿論、Mの《サイレント・ゼフィルス》にも同様の兆候が見えていたことは、一夏は気付いている。
一夏は垂直に上昇し、高度を上げていく。
Mもその後を追うように高度を上げ、一夏が上空一万メートルに到着すると、一夏は《リンドヴルム》のPICをカットした。
PICをカットした《リンドヴルム》は浮遊、停止、加速を失い落ちる。
「もらったぞ、織斑一夏!」
《リンドヴルム》に向けられた六機のビームが放たれた。
『《支配者の神域》』
Mのビームが当たる寸前で一夏の《リンドヴルム》が七色の光輪に包まれる。
ビームは一夏に当たることなく、消えてしまった。
「なっ!?」
完全無防備状態であった一夏が一瞬にして消え、Mは思わず声をあげてしまった。
そして、Mの背後に機体反応を感知した時にはもう遅く。
『《雷光穿槍》』
電撃を帯びた突撃槍の一撃が《サイレント・ゼフィルス》の横腹目がけて繰り出される。
不可避のタイミングにMは持ってた《スターブレイカー》を盾にした。
「ッ……」
《スターブレイカー》は一夏の《雷光穿槍》によって破壊され、Mは出来た隙をついて、シールド・ビットで追い詰める。
しかし、一夏は《雷光穿槍》を巧みに振るって、あらゆる方向から襲いかかるシールド・ビットを、次々と弾く。
槍一本だけで、六機によるビームの嵐を全て防いでいた。
「いい加減に沈めぇええ!!」
Mは全ての手札を切り、もう何も残っていない。
《スターブレイカー》は破壊され、シールド・ビットは全て感電してしまい、再起動までに時間がかかり過ぎる。シールドエネルギーももうない。
Mは右手に拳を作り。
『断る!!』
それは一夏も同様だった。
超高速状態での戦闘は予想以上に体力を消耗し、《星光爆破》に《雷閃》と一夏は《リンドヴルム》の特殊武装を使いまくった。Mと同じくシールドエネルギーがもうない。
一夏は《雷光穿槍》を捨て、空いた右手に拳を作る。
一夏とMは同時に殴りかかった。
『「ぐっ……」』
お互いの拳は……最後のシールドエネルギーを削り、無くなった。
模擬戦とかの試合なら、余分にシールドエネルギーが残っているが、お互いのISにはその制限を解除してあり、完全にシールドエネルギーを使い果たしてしまった。シールドエネルギーが無くなった機体はPICを制御する力も無く、落ちる。
「(負けた……のか……)」
Mは落ちていく中で、手を伸ばした。
「(やっと、皆の所に……)」
上空一万メートルからの落下では確実に死ぬであろう。そう思ってMは目を閉じた。
『何勝手に死のうと思っているんだ?』
Mの手を握る感触があり、思わず目を開けると、そこには口から血を垂らした一夏と《リンドヴルム》の姿があった。
『捕まっていろ』
そう言って、一夏はMを引き寄せ、抱き込む。
《リンドヴルム》の両翼を広げ、落下速度を殺し、一夏とMは海に落ちた。