放課後、俺はボランティアという名の奴隷をこなすために生徒会室へ向かったのだがどうやら時間が悪かったらしい。
生徒会室にはあの佐藤奏と水原生徒会長が睨みあっていた。
「良いから切符を消しなさいよ!」
「嫌よ。校則違反だもの」
どうやらまた直談判に来たらしく、今回はその若林さんらしき女子の姿も見え、二人をあわあわした様子で左右交互に見ている。
俺はその二人を邪魔しない様に生徒会室の隅っこに移動し、任された仕事であるWordファイルの移動を開始する。
残りは六月の今日までだから今日一日でこの作業は終わりそうだ。
二人の怒鳴り声がうるさいのでイヤホンをつけ、音楽専用のPFPのメモリを差し込み、音楽を適温量で流し始める。
まったく、まだ切符を消せとか直談判しに来てるのか。いい加減諦めたらどうですかねぇ。会長の性格上、消さないのは明白。
まぁ、俺はヘタレでヒキニクだからそんなこと口には出さないけど。でも二人は社会に出ればきっと大人たちからは称賛されるんだろう。
片や生徒会という学生の間にしかできないものを行い、学校をよりよくしよう、生徒が勉強しやすい場所にしようと必死に走り回る。
片やヤンキーのはしくれだがこうやって友人のために生徒会長にも屈さずに食って掛かるその姿はまさに青春を謳歌している学生だ。
素晴らしいじゃないか。うん、素晴らしい。青春なんてものを謳歌できる権利を十分に行使し、発揮している彼女たちは将来が安泰だろう。
ただ考えて欲しい。その青春を謳歌するという権利は全員が持っている基本的な権利ではあるが全員が全員、行使しなければならないという事はないはずだ。
学生の間に彼女や友人が出来ず、俺みたいに一人孤独に蔑まれながら生きている者もこの世界にはいるはずだ。
その存在はもれなく青春を謳歌していないものが多いだろう。だがそれは大人たちにとってすればいけないこととされている。
なんでだ? なんで俺たち学生は青春を謳歌しなければならないという義務を背負合わされているのだろうか。
別に青春なんて謳歌しなくていいじゃん。友人、恋人がいなくても人生楽しく生きることが出来る。
人とつながりがない? インターネットで顔も晒さず、声も発することなく会話できるようになったこの時代に人の繋がりなんか重視してどうするんだよ。
子が親を殺し、親が子を殺す、彼女が彼氏を、彼氏が彼女を、友人が友人を殺すことだってあるこの時代、さんざん人と人との繋がりは希薄になっていると言っておきながらなんでもっとつながりを重視するように言うんだ?
こんな時代だからこそ……関係が希薄になってるからこそ人と人との繋がりはインターネットで補強すればいいじゃないか。なんでリアルに求める必要がある?
青春なんてものは一部の勝ち組がやることだ。全員が全員、勝ち組だと思うな。俺みたいに負け組に所属している奴はたくさんいる。
そいつらに青春を謳歌することを強制しないでくれ。マジで。
そろそろ二人の喧嘩も終わったかなと思い、音楽を聴きながらチラッと後ろを振り返ってみるが未だにいがみ合っている。
よくやれるよ。喧嘩なんて兄弟間でもやったことないのに……あ、俺小学校二年生からヒキニクだったから喧嘩なんかできないんだった! アッハッハッハ! さっさと終わらせてとっとと帰ってゲームしよう。
どうせ、俺の仕事なんて会議録を作ることくらいしかないから一時間もあれば恐らくその日の仕事は終わるだろう。
と、その時、イヤホンをしていても分かるくらいの鈍い音が聞こえたので片耳だけ外してみると金切声が聞こえてくる。
「取り消しなさいよ!」
「嫌よ。特別は許されないわ」
一歩も引けない状態ですな。佐藤奏は友人のために一歩も引けず、水原沙也加は生徒会長として一度、切った物はもう切れないという板挟みにも似た状態に陥っているために後ろにはさがれない。
「分からず屋の石頭!」
「無法者の主の癖に」
先生も何も打つ手がないのかこっちに助けを求めるような視線を送ってくるがヒキニクの俺などに出来ることなど何もない。
ただ単にびくびくしながらWordを移していくだけだ。
まぁ、雁字搦めの抑圧的なルールを作った際に起きうる揉め事のいい例じゃないか。
押さえつけていればその分だけ力が蓄積していき、押さえつけている者の力を超えた時、それは一気にはじけ飛ぶ。
生徒会長対派手グループの長。さて、どっちが勝つのやら。
「あ、あの~」
「ひぃ!? な、なんですか?」
急に声をかけられ、驚きながらも振り返ってみると佐藤奏と一緒に生徒会室にやってきた若林さんらしき女子が立っていた。
容姿は大人しめの真面目ちゃんに見えるが服装は少し校則を破っているような感じが見える。
破っていると言っても大々的に破っているわけじゃなくてほんの少しだけスカートが膝丈よりも短いとか第二ボタンは開けているとか佐藤奏と比べたら可愛いものだ。
「な、なんでしょうか?」
「……あのどこ見てます?」
「こ、これは病気みたいなものです。あ、あの用は?」
「あ、はい。あの出来たら止めてくれませんか? 生徒会の人なんですよね?」
「ち、違います。ただのボランティアです!」
そう言い放ってイヤホンをつけ直そうとするが若林さんにイヤホンを引っ張られる。
「お願いします! このままじゃ奏ちゃん、仲間連れて来て生徒会室に立てこもる勢いなんです!」
……ということはあの俺の大嫌いなヤンキーみたいな恰好をした佐藤奏の配下達が一気にここに押し寄せてくるかもしれないってことか!? それは勘弁してくれよ! でも今のあの二人に割り込んでもぶっ飛ばされるだけだしな……でもヤンキーに目をつけられてこのまま卒業までイジメられたらそれこそ俺、高校中退して家でていって一人暮らしで引きこもりライフを送りそうになるし……せめて高校は卒業しておきたい。
結局、あの二人をどうにかしないと俺の平穏でヒキニクなライフは送れないという事か……既に佐藤奏は若林の言うことが耳に入らない程怒り狂っているし、水原沙也加も規則ばかりで柔軟性がない。
結局の解決方法は切符を取り消せばいいんだけど恐らくそれは会長の性格からあり得ない方法だ。
ならどうするべきか。興奮状態に陥りつつあるあの二人を冷静にする方法……簡単じゃないか。
興奮している人間ほど周りの音はあまり気にしていない。ならば音ではなく映像を見せればそれで済む話だ。
カバンからタブレットを取り出し、カメラモードに切り替えて自分を映すアングルに変更した後、会長の後ろに立ち、佐藤奏の視界に自分の顔が映るようにする。
「そこのベンマー! あんた何あたしの顔映してんのよ!」
「す、すみません! で、でも……お、落ち着かないと……まともな会話もできないといいますか……」
「……ふぅ。それもそうね。とりあえず座りなさいよ、悪の権化」
「こ、この真面目の怪物め……」
互いに憎み口は叩きながらも両者ともにクールダウンし、椅子に座る。
というかなんで俺がこの二人の間に立って話し合いを進行しなきゃいけないんだよ。
「と、とりあえず」
「あんたさぁ、その話し方止めてくれない? なんかキョドっててキモイ」
「仕方ないでしょ! こういう喋り方なんだから! あんたも喋り方キモイけど。服装とかもね」
「はぁ!? あたしがキモイ!? あんたの方が真面目でキモイけど」
「ヤンキーの方がもっとキモイわよ」
「あ、あの~」
なんでこの二人はここまで言葉を吐き出せば喧嘩になるんだよ。これならまだチャットの方が平和だけどチャットも似たようなこと起きることあるしな。
「と、と、とにかくですね。妥協点を見出せばいいんですよ」
「「妥協点?」」
「ふ、2人がWin-Winの関係になれればいいんです。佐藤さんは若林さんの切符を消したい、水原さんはそんなもの許せない。なら佐藤さんが生徒会に入ればいいんです」
「はぁ!? なんで私がこんな奴と一緒の部活に入らないといけないわけ!?」
だからなんでそんなに怒鳴るんだよ~。さっきから怖すぎて動機と汗、それに息切れのトリプルチューンが出てきているじゃないか~。フォーミュラー! トレーラー砲よ! じゃないと勝てないし。
「こんな悪の権化なんか入れたら生徒会の気品が下がるわ」
「ち、違うんです……そ、その佐藤さんはチャライ派閥のいわばトップじゃないですか」
「ま、まあ私はリーダーって言われてるけど」
「その派閥のトップを軍門に入れた生徒会長はもっと凄いってことになります。佐藤さんは生徒会に入ることで生徒会長のあからさまな派閥潰しを止めることが出来ます」
「……そうね」
「で、会長は佐藤さんが生徒会に入る代わりに今回切った切符は書類上では切ったことにしておいて教員の評価上は切っていないことにしたらいいと思うんです」
こうすれば佐藤奏は友人の若林さんを助けることが出来るし、水原沙也加はこれによってチャライ派閥リーダーを取り込んだことである程度は派閥に打撃を与えることが出来る。
が、水原沙也加だけが利益を得るだけじゃない。
チャライ派閥のリーダーが入ることであからさまな派閥潰しの規則は作れないようになるし、他の奴らの抑止力にもなる。
あの生徒会長を怒らしたら俺達もどうなるか分からないっていうな。
そうすることで全員の目に見えないところで包囲網が完成するがそれと同時に生徒会の中に一つの抑止力が出来るのでちょうどいいのだ。
「ど、どうでしょうか」
頼むからこれで2人とも矛を下げてくれ。というか二人の矛は神話に出てくるみたいな一撃で時空を切り裂き、世界を変えることが出来る勢いの物だからな。
ここで下げてくれないと俺が死んでしまう。
二人は腕を組み、しばし思考に入る。
ここで重要なのは生徒会長が柔軟に物事を考えることが出来るか否かだ。頑なに規則だけを護る人だったらこの関係は成り立たない。
この先の利益を取るか、もしくは目の前の利益を取るかで大きく変わってくる。
「あたしは構わないわ。書類上は切ったまま、評価の上では切っていないということにするわ」
「私も。生徒会に無条件で入れるんだったらいいわ」
「じゃ、じゃあ」
「今回の件はこれで手を打ちましょう。悪の権化さん」
「ええ、そうしましょうか。バカみたいな真面目の怪物」
二人の間で激しく火花が散る。どうやら二人は犬猿の仲になりそうだ。