全て許される日   作:ぽー

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13.世界

 総出の配達だったが存外に時間がかかった。昨晩からの嘘のような豪雪のためである。昼間に一刻だけ差した気まぐれのような晴れ間を天の助けと腰を上げ、ゆかりのある者に狙いを定めて配りに配ったが、やおら目を覚ました冬将軍の息吹も相まって、ようやく全てを撒き終えたのは日もとうに沈んでからであった。

 最後の一羽が戻ったのを確かめて、私も束の間の羽休めを終えて斎場へ向かった。雪もそうだが風も強く、力をありったけ向けなければ方向すら容易に狂う。博麗神社に辿りついたときには濡れ鼠もかくやと言うほどに濡れそぼってしまっていた。

 神社の境内にはともし火がいくつも焚かれ、踏み固められた雪の上にはござが敷かれ、種族を問わぬ様々な者たちが寒さもいとわず思い思いに酒を呑んでいる。いくつかかまくらもあり、弔い方もそれぞれといったところだ。私は真上からその様子を一枚写真に収めてから社務所へと向かった。戸の向こうでは村の人間に郷の妖怪が入り乱れながら、振舞酒と煮炊きに追われ騒然となっていた。

「お、ようやく到着かね」

 私の肩をポンと叩いたのは伊吹萃香であった。中身はまだまだたんまり残っているであろう瓢箪を傾けながら、一活笑う。

「ご苦労だったね」

「ひどい雪です。冬の妖精たちは一体何を考えているやら」

「さてね、これがやつらのやり方なんだろうよ。さて、湯浴みはこっちだよ」

 母屋の中ではバタバタと人の流れが耐えない。実際、死とは実務である。ただ悼むのは疎遠の者ばかりであって、身近であった者、縁のある者は皆慌しく支度や始末を整えなくてはならない。が、それこそが胸の痛みを緩める処方となっているのかもしれない。

「着物は後で適当に置いておくから好きにあしらっておくれや」

「痛み入ります」

「そいつも囲炉裏に干しておこう。どうしても窮屈だったら生乾きで堪忍ってところだね」

 ごゆるりと、と言い残して鬼は角がつっかえないように戸を出て行った。私は水を吸ってすっかり重くなった服を脱いで湯を浴びた。湯はいつでも誰でも入れるように沸かし通しなのだろう。雪を押してやってくる弔問客のために、今夜は朝までこちらにも火の番がいるに違いない。私は格言よろしく体を温めるとすぐに出た。木綿の着物に足袋、どてら。わずかに丈が足りなかったが、生乾きよりはましだと思った。

 私は母屋の廊下を渡り、厨へと向かった。せわしなく動きまわる女衆の中に伊吹萃香の姿がないということは、もう飲み方に回ったのだろう。私はあくせく働く姿の中に里に住まう上白沢慧音の姿を見つけた。寺子屋の教師は律儀に喪服の出で立ちであった。着の身着のままの者ばかりが多いので、喪服姿のほうが目立つ。私を見つけて、彼女は忙しなくおにぎりを握りながら笑った。

「やあ。湯浴みはもうよいのかな」

「ええ。ご苦労様です。もうひっきりなしでしょう」

「うん、大したことない。腕が鳴るというものだ」

 袖をまくりながら、彼女は頬のしわを寄せた。

「そちらこそこんな雪の中、郷中に知らせを撒いて、大変だったろう」

「いやぁ、なに。訃告を届けるのもジャーナリストの大事な責務ですからね。こうみえて責任感は強いんですよ。プロですから、当然です。まぁもっと褒めてくださっても構いませんが」

「もうちょっと早く知らせてくれればこんなに慌てずに済んだんだけれど」

「あやややや。手厳しい」

 その場にいる皆がどっと吹き出し、束の間、厨は活気に満ちた。

「さて、遅れてきましたが何か手伝うことがあれば」

「いや構わんよ。村の者も大勢手伝ってくれている。人では足りているさ。外ばかりでなく居間にも大勢いる、挨拶に行ってくればいい」

 むしろこれ以上人がいたら邪魔なんだと言わんばかりに手を振られてはもうにべもない。お言葉に甘える格好で、私はどてらをぐっと引き寄せて居間に向かった。寒さの苦手な者は居間に逃げ込んでいるらしい、人と妖でごった返して足の踏み場もない。喪主森近霖之助は、一番奥まったところで猪口をなめていた。

「この度は」

「ああ、ご勘弁願いたい。なに、僕は付き合いが長いってだけでふんぞり返っているだけのただの置物さ。丁寧な挨拶を承るほど働いてもいない、気楽にしてもらう方が僕も故人も大変助かる」

 彼が差し出した猪口を受け取り一献空けた。程良い燗はまだまだ暖の足りない体には随分沁みた。やがて次々と昔なじみが顔を寄せてきては挨拶をしていくのだけれど、なんということか、この期に及んで自覚したのだけれど、どうもこういう社交を含む儀礼の場が、私は随分と苦手なようである。

「なに、得意なやつなどいないさ。皆見よう見真似でやっている。そもそもこの郷で誰かを悼む、誰かを見送るなどということ自体が稀なのさ。気を揉む必要はない。気楽に頼む。というわけで諸君、各々でやってくれないかな」

 こういう時の喪主の一言というのはなるほど力がある。解放された私にみかんと干し柿の入った籠をさし出しながら、森近霖之助は二杯目を注いだ。

「急でしたね」

「いや予感はあったみたいだ。彼女はもう死期を悟って帰ってきたのだよ。まるで猫だね。知っていたかい? 息を引き取ったのは帰郷の日からちょうどひと月だ。彼女らしからぬ行いだが、どうも最期は律儀であったようだね、全て自分で片付けてしまっていたよ」

「では看取ったのは」

「情けない話だが。気付いたときにはあの有様だったのさ」

 霧雨魔理沙の死が明らかになったのは、彼女が暮らした森の屋敷が一晩で忽然と姿を変えてしまったからであった。壁を這っていた蔦はその密度を何倍にも増し、二抱えはあるような巨大な根が入り口、窓、煙突など全ての出入口を塞ぎ、巨大な木のうろが屋敷そのものを押しつぶしてしまっていた。崩れた壁はわずかな風にもさらわれてしまうような粉末に砕かれ、鉄は錆び、本は虫に食われ胞子の巣と化していた。まるで千年も放り出されてしまったかのように全ては風化し、あるはずの亡骸さえもうそこには残されていなかったという。

「なぜ」

「さあ、僕には彼女の考えは分かりかねるが」

 私は空の猪口に注ごうとしたが、森近霖之助は手ずからとっくりで注いだ。

「いやもう気遣いは無用。ところで、訃告を届けてくれて痛み入る。やるならなるべく騒々しくというのが、魔理沙の遺書にあってね、どうも君に頼むくらいしか僕には思い浮かばなかったのだよ」

 そう言って懐から小さな箱を取り出した。ブリキのようだが、中身は空である。何の変哲もないように思えるが、古道具屋の店主は目利きするように眼鏡をずらしながら――命が尽きるとひとりでに開く箱――と呟いた。

「そう、つまりだ。この箱が開いたことが、魔理沙が死んだという知らせになったというわけだ。遺書が一枚、そしてご丁寧に自分で形見分けまでしてくれていてね。呆れるよ」

 職業病であるが、私は饒舌な森近霖之助が大変ありがたいと感じた。

「遺書には何と」

「三つの行だ。葬儀はよせ。酒盛りは大いに歓迎。あとはお好きに」

「全く彼女らしい話!」

 私は思わず吹き出してしまったが、今宵の集まりに笑いは不謹慎ではない。

「だからまあ、これはやはり葬儀ではない。ただの酒盛りさ。彼女の旅立ちを惜しんだ別れの宴というただそれだけさ。お好きにという話だ、何を気兼ねすることなく筆を起こしていいだろう」

「では、質問をいくつか」

「なんなりと」

「昔、霧雨魔理沙がこの郷を出て行く時に博麗霊夢ととある約束をしたという話を御存知ですか」

「人として死ぬことだろう」

 二人に近しい彼が知らぬわけがない、という私の推測は正鵠であったようだ。

「推測だが」

 森近霖之助は前置きしてから言った。

「人間である彼女たちは、老い、そして死ぬに早足だ。妖怪となる、またそれに類する何かに変容して長命を得る……そういったことを、自らに禁忌と定めたようだ。それは別段難しい理屈ではない。自らのまま死ぬことを、むしろ人でない者たちこそ体現しているのだからね」

「霧雨魔理沙は忠実であった、と」

「彼女は約束を果たしに戻ってきた、とも言えるのかもね」

「そしてそれを誰にも言わないというのも約束した」

「おかしな話で、秘密などどこからだって漏れるのさ。見るからに口が軽い者ばかりじゃないか」

「貴方も含めて」

「全く」

 私はもう一献だけ頂いた。燗はぬるまっていた。

「もう一つ、他に約束をしたことがあるから戻ってきたという話は、御存知ありませんか?」

 森近霖之助は眉根をよせては、自らの知らずを露呈した。彼に聞くことは自尊心を傷つけるだろうか? しかし、さて、無粋さこそが記者の特権である。

「御存知ありませんか……じゃあ他の誰かとの約束なのでしょうか」

「その話は誰から聞いたんだね」

「情報源は明かせません」

「そうかね。ならその情報源以上の話のネタを僕は持っていない、と白状しておこうか。すまないね」

 降参だ、という風に彼は両手を開いた。

「いえ、こちらこそ無粋を。ところで先程のお話ですが、遺書の他にはあなたに何を残されたのでしょう」

「オフレコなら」

「はい」

「大したものじゃあない。昔あげたものが返ってきただけさ。ボロボロに使い古された、けれどよく手入れされた小さな焜炉だよ。冥利に尽きるというものだが、如何せん僕には使いこなせない。棚の奥で休ませるさ」

 例をいって外へ出た。約束通り、私はその話を書き留めることはやめた。さて、次は巫女である。

 雪はほとんどやんだと思えるくらいに小降りになっていた。月明かりさえのぞいている。境内のところどころで焚かれた火が、白い野に咲くしくらめんのようであった。私は車座の一つ一つを訪ねては、話を聞き――もはや気遣いなく書き留めた――写真を撮って回った。だがどの座にも博麗霊夢の姿はなかった。里へでも下りたのか? そう思った矢先、わずかに欠けた満月を浴びて、古びた鳥居の足元に彼女の背中を見つけた。

「失礼、博麗殿」

 呼びかけたが、博麗霊夢は私を見ずぐい呑を干した。かたわらの一升瓶は既に尽きかけている。だが彼女の横顔に酔いは見えない。顔色も真っ青に冷めきっている。私は彼女の体調を案じたが、老巫女はやはり答えず、鳥居に持たれて山向こうを見るだけだった。

 彼女はまるで誰かを待っているようであったが、待ち人は来たはずで、そして去ったのだ。ついひと月前、この鳥居をくぐって帰ってきた魔法使いはもうどこにもいないのである。雪はやんでいる。時折響く思い出話に誘われた笑い声も、そしてすすり泣きも、全ては雪が飲み込んでしまう。誰彼構うことなく皆、思い思いである。彼女もまた、誰に遮られることもなく一人でいたいのだろうか、私はただの邪魔者にすぎないのか――自問をしつつも、やはり私は問うことしか出来ない。

「鳥居の向こうに、何かあるのですか」

「鳥目の天狗には見えないのかい?」

 また無視されるだろう、と思ったが博麗霊夢はそれがひどく可笑しい問いだと馬鹿にするかのように引きつった笑いをあげた。腹を抱えながら、ぐい呑に酒を注ぐ。最後の一滴を聞し召し、巫女は瓶を石段に放った。瓶は砕けた。それがまた可笑しのだとばかりに巫女は笑い、やがて疲れ切ったように溜め息を吐いた。

「何があるというのです」

 巫女はぐい呑も草むらに放り、そして答えた。

「世界さ」

 私は彼女の視線につられて前を見た。鳥居の向こうは結界だ。手を伸ばしたところで意味のない夢まぼろしだ。

 巫女はそれを世界と詠んだ。私には図りかねる言葉で呼んだ。

 夢まぼろしは、まばゆいばかりの白銀に沈んでいる。

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