私ばかりでなく、彼女も射撃は控えているのがよくわかった。結局のところ接近戦で片をつけよう、というところでは意見の一致を見ているのである。弾幕を張っているのは様子見と、隙を探している程度の意味でしかない。
私は二列、三列と単調な弾を撒いてはぐるりと旋回した。魂魄妖夢は自分に向かってくる数発を切って落としてお返しのように弾を放ってきた。それを拳で弾き飛ばしながら、再び隙だらけの弾幕を張る。彩られた雨は庭師を捉えるにはどうにも不足で、掴みかかる隙を作るため以上の意味はない。
春は近い。湿気が増えてきたからか、冬にはありえないはずの雲を引いた。速度を上げ続ける。弾幕を撒きながら、数度交錯したが、隙は見当たらない。私は腹をくくった。六度目の交差の時、私は避けず、唸りを上げる刃の閃きに肘と膝を挟み込むように打ち込んだ。
「頑丈な……刀だな!」
「なんて無茶な受け方を!」
縺れ合いながら林に突っ込み、木々を薙ぎ倒しながら再び上昇した。天の川のお化けのような空の輝きが私たちを白く照らす。向かい合う庭師は息も上げていない。
私が笑うと、妖夢は不愉快そうに顔をしかめたが、空から降りて地に足をつけたのは同時であった。私たちのような不器用な使い走りは、なに、走り回ってぶつかるほうが性に合うというものだ。
咲夜さんが私の背後で、無言で立っていた。勝負に口を挟むことはしない人だ。だからなおのこと、私は敗れることを肯んじることができない。その沈黙は信頼の証なのである。それに応えることこそ誇りだろう。
「折れちゃえばよかったのに」
「無茶苦茶な……一歩間違えば真っ二つですよ」
「やさしいですね」
「いやだって、そんなアクロバティックな自殺されても困るっていうか」
「他殺しようとしているくせに」
「じゃあ事故死で。豆腐の角とか」
「食べ物では遊ばない。それがポリシー」
庭師は納刀すると、ふらりと一歩を進めてきた。静かな歩みだが殺気は段違いである。捉えどころのない流水の奥義、というところか。以前に手合わせた頃は闇雲に刀を振るうだけであったあの少女は、既に必殺の域を手中に収めている。それもまた、私と同じく主への誇りからなる鍛錬の賜物だろう。正に、後生畏るべし、焉んぞ来者の今に如かざるを知らんや、と格言にある通りだ。
私も構えを解き、歩み寄った。水には柳と相場が決まっていて、私も気配を絶っては距離を縮める。一歩ごとに妖夢の気配が薄まっていった。全く見事なものだと舌を巻いた。一体どこから刀が飛び出てくるのか、予測することはもう不可能だろう。距離は十二歩。妖夢は容易く詰める、二百由旬を一足飛びにかかってこられるよりも、なお恐ろしい静かな足取りで。
妖夢が先に刀を抜くだろう、なにせ私が拳を突き出すよりも抜刀を伴う分手間が多いからだ――と読んだが、水は柳の先読みを覆して、そのまま歩みを止めずに交錯した。背中合わせではなるほど、刀の有利だ。直情径行はどうにも私の専売特許になってしまったらしい。
彼女の居合抜きに私の跟歩が優ったのは、賽の目が丁か半かの違いに過ぎないだろう。長刀は私の背中の髪をまとめて切り落とすに留まった。返す刀の間合いに合わせて、私は体を独楽のように回転させて足を払った。右拳に気を集め、あとはそのまま突き出すまで体は自動に動く。真っ白な弾丸が目の前に迫らなければ、決着はついていたというのに。私の拳は空を切り、庭師は体勢を立て直そうとたたらを踏んだ。
間合いを取られて不利なのは私だ。追いすがったが、妖夢の弾丸は私の前進を巧妙に食い止めた。拳で弾き飛ばしながらでは満足に気を練ることができない。四列目を突破したときには、すでに妖夢は十分な体勢で刀を正眼に構えていた。ならばと私も腰を落とした。形意拳。
「危なかったけど、惜しい惜しい」
「惜しかったが、危ない危ない」
立ち居地を入れ替えての二度目の対峙は、水も柳も打ち捨てて、互いに気力をありったけ高めてのものだった。妖夢の長刀は白く鈍い輝きを放ち始めた。私の地から吸い上げた気力は、胆にてとぐろを巻き、熱く滾っている。
鈍い光は煌きを強め、私の正中線を襲った。歩を下げ身をずらす。二度三度と刃が返されるたびに、剣圧で凝固した風の筋が私を押す。一撃ごとに白刃は鋭さを加速させる――が、私の纏絲も充実を増す。
八度目の切り返しに合わせて足元の石畳を踏みぬいた。地面が半球に抉れると同時に、砂埃が猛然と舞い上がり私たちを包み込んだ。にも関わらず剣閃はすかさず軌道を修正し、私の首筋に迫る。見事、と内心つぶやいた。だがその一拍は私にとって全く十分であることは敵も承知であろう。懐に滑り込み、短打を重ねた。背は伸びても依然華奢な庭師の体は、それで容易く浮き上がった。端脚を全力で叩き込むには十分な隙間であった。地の龍、天の龍を従えた私の右足は、庭師の胸先を捉え、その胸骨を粉々に砕き、貫通、無尽の霧にまでかき消した。
その呆気無い勝利に、私は慄然としたが、すぐに気づき、笑いを上げてしまった。
「これが噂の天龍脚ですか。なるほど、直撃はしたくないものだ」
「ちぇっ、ずるいや……いつの間に入れ替わったんです?」
「秘密」
半身半霊の剣士という前提を、すっかり忘れてしまった私の落ち度はいかんともしがたい。蹴り抜いた先の魂魄妖夢の体は、雲散霧消し、元の霊体へと戻った。その上空、真に肉体を持った方の魂魄妖夢は、光り輝く鋒を私に向けて振り下ろした。
「花剪斬」
練り上げた全ての勁を両腕に集中させた。摩擦で朱色に発光した刃は私の気の守りをいとも容易く切り裂いた。腕先から血しぶきが舞う。身をずらし、死の間から転がり出ることができたのは、舞い上がった埃に狙いがずれたからか。体勢が十分であれば腕は吹き飛んでいたであろう。私も相手も、同時に顔をしかめた。相手は必殺の間合いを逃したゆえに、私は己の慢心を呪って。
滅茶苦茶に荒れた地面を嫌って私は飛んだ。庭師も平行に飛んだ。明るい夜は月の明かりも不確かで、やはり真っ暗闇が良いのだけれど、それを取り戻すためには如何せん目前の敵を討ち果たさなければならない。
一幕は私の敗北であった。小競り合いは終わりである。宣言を行うのは私の務めであろう。
「告げる。紅魔館の紅美鈴のスペルカード、大鵬拳を受けられよ」
「来られよ。我が冥想斬が受けて立つ」
「二枚目は必要ない、かな」
「同じく」
吐納法を一から練った。胆に余っている勁も全て吐き出す。ダラダラと腕から血が流れるままだが、問題はそれほどなく、気力を練り上げるに支障はない。
弾幕を張る必要はもはやないだろう。
私はカードを示し、練り上げた気の全てを拳の先から放った。光の渦は微細に色を変質させながら、奔流となって薄明かりの月下を突き破った。私からは妖夢が見えない。が、その切っ先が何よりも鋭く私の喉元を狙っていることはわかった。私の砲が切り裂かれているのがわかる。中央から真っ二つに切り裂かれ、枝分かれした二つの渦が、二つの山の斜面を焦がした。これほどわかりやすい我慢比べはあるだろうか。私の砲が押し切るか、剣士の必殺剣が私のスペルカードを打ち破るか。
体内の熱が全て枯れ果てる。庭師の剣戟の鋭さは私の力量を上回るのだろうか。大鵬がお頭から尾羽まで捌かれるならば、ひとえに私の力量が足りないに他ならない。私は体内の気の渇きに恐れを抱いた。これは恥だ。敗北ではない、信頼に応えられないことこそが何よりの――私が何か、とても大事なものを手放しかけたそのとき、メイド長が私の隣に並んでいることを知った。気配などなかったから、時を止めてやってきたのだろうが、まさか助力をする気かと早合点しかけた。
「勝ちなさいよ」
彼女はただ一言ささやきを残しにきただけであった。また時を止めたのだろう、気配の残滓を微塵も残すことなく傍から離れた。ああしかし、これは反則である。一対一が原則の決闘において、これほど決定的な手助けがほかにあるだろうか。
――これでかっこうつけなきゃあ、うそだった。
枯れたと思った気は、どこから来るのか、成せば成る、胆の底から間欠泉のように沸きあがって激した。
光が溢れた。それは私でさえも見紛うほどであった。拳の先から大鵬は翼を生やし、嘴を大きく広げると、庭師の全てを包み込んで飛翔した。羽ばたきは空を夕暮れにまで戻した。ああ何とか格好はつけられたろう、と私は内心胸を撫で下ろした。もはや飛び続ける気力もなく、ただ落ちるがままに地面に落ちたが、だが重畳、重畳なのだ。私はちゃんと、応えることができたのだから。