日が昇り間もなく、天狗の射命丸が手紙を届けにやってきた。
珍しいこともあるものだと私は茶をすすりながら白い息を吐いた。雪こそ降りはしなかったが、忌々しいほどに底冷えしている。この前河童に特別温もる火鉢を拵えてもらったが、流石にこの寒気には妖力仕掛けの炭火もお手上げといったところで、気休めにしかならない。
火を挟んで向かいに腰を下ろした天狗は、寒さに震えながらも興味津々な瞳で私の開封を今か今かと待っている。
「誰からで?」
「貴方がそれを言う?」
さあ、と天狗は悪びれもせずに首をかしげた。「私は存じませんや。窓の隙間に挟まってたので届けたまでです」
新聞を書く傍ら天狗は郵便の真似事も少し前から始めたのであるが、その機能が発揮されたことはついぞ今までなかったように思う。封が開けられていないところを見ると最低限の仁義は心得ているものと思えるが、どこの馬の骨ともわからない者が放り込んだ胡散臭い代物をほいほい預かるというのも褒められたものではないから、やはり配達員としては落第であろう。
本人は配達は所詮片手間と割り切っているのか、記者として及第であればそれでいいようで、カメラを構えて私をレンズの射程に捉え、アレやコレやと構図を模索している。確かに、この郷で手紙の類をやり取りすることなどほとんどない。私は抱き合せで渡された、本来なら天狗にとってのメインであるはずの新聞を無造作によけたのだが、一面には「萃香半斗干す」などという閑話の種にもならないタイトルがおこがましくも太字で空しくなっている。
「明日の一面トップは『博麗神社に謎の手紙』で決まり、って顔ねぇ」
「何をおっしゃる。ものによっちゃ連載スタートですよ」
「プライバシーも何もあったもんじゃないわね」
この天狗もいつまで経っても変わらぬ野次馬である。見せる義理はない。とはいえこの寒い中帰れと言ったところで、目の前の娘が言う事をきくとも思えぬ。知らぬ振りをしろと言っても土台無理な話で、まあよい、見物料に賽銭を求めることにしようと私は一人考えを済ませた。天狗はもはやレンズから目を放す気もないようである。
送り主の名も切手もなく、ただ宛先に「博麗神社」とだけ記された茶封筒。私は簡素な糊付けをピリリと裂いた。中には三つ折りの紙が一枚きりで、これもまた簡素な文字で一文「ぼちぼち帰るから」とだけ書かれていた。
私はふうん、とだけ思った。執拗にフラッシュを焚く天狗に紙切れを渡して、そのまま火に手をかざした。天狗はちらりと紙に目を通し途端、あっ、と叫ぶとそのままとんでもない速さで舞い上がった。
「霧雨魔理沙が帰ってくる!」
余波で吹き付ける乾いた冬の風が、炭火から分けてもらったかすかな温もりさえ丸ごと奪い去るという、あこぎな真似を働く。山住まいの天狗め、散々騒いでこれか。私は黒い後ろ姿を目で追おうとしたが、その背中はとうに山の向こうに消えていた。
空は青く、日は誰にも邪魔されずさんさんとしている。雲はない。今年の雪はまだふらない。冬の妖精たちは自分の遊びに夢中なのだろうが、しばらく後に妖精たちは悔しがるだろう。幻想郷の皆に空を見上げさせる手柄を天狗に取られるから。天狗の勢いを見るに、明日の朝刊を待つまでもなく、しばらく後に号外が撒かれるであろうことは間違いあるまい。初雪にしては無粋だが、いつでもどこでも我が物顔の魔女にはピッタリという気もするからそれもまた小粋な符合である。
さて、酒は何斗あれば事足りるのか。ありったけで足りなければ鬼の瓢箪を長年の家賃の質に取り立てても今回ばかりはいいだろう。我が財布と賽銭箱に実弾はいかほどありや、と考えたところで、私は鴉の親玉が賽銭をツケていったことに気づいてむかっ腹を立てた。