城下町のダンデライオン~氷の力を持つ王子~   作:ぽんぴん

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間が空いてしまい、すみません。
第十九話を投稿します。
玉緒の櫻田家訪問の後半になります。



第十九話「ネタバレのためサブタイトルをお教えできません(後編)」

「さあ、狭いところだけど、ゆっくりしていってね」

 

五月様は手慣れた様子で玄関のドアを開けてくださいました。

ニコニコと笑みを浮かべて、私をお家に招き入れようとしています。

 

皆さんこんにちは。櫻田くんのクラスメイトの玉緒です。

いま私は、櫻田王家の皆様が済むお家の玄関前に立っています。

櫻田くんのご両親にプリントを渡すよう先生に頼まれた私は、お家の前で買い物帰りの五月様にお会いしました。

なんとかプリントを渡すことに成功した私ですが、お家に上がって行かないかという、五月様のお誘いを断ることができませんでした。

櫻田王家の大ファンを自称する私です。先ほどから心臓がドッキンドッキンしっぱなしです。

 

「お、おじゃましまーす……!」

 

五月様に続いて、私も恐る恐る玄関に足を踏み入れます。

どことなく格調の高い、爽やかな柑橘系の香りが鼻をくすぐりました。

さすが高貴な方々が住むお家です。玄関の芳香剤も特別なものを使用されているようです。

……でも、どこかで嗅いだことがある匂いのような気がしました。

 

(あ……うちのと同じ芳香剤だ……)

 

下駄箱の上に、見慣れた形の芳香剤が置いてありました。

たしかこのあいだスーパーで特売になっていた商品です。母が同じものを買ってきて、うちの玄関にも置いていました。

そうでした。櫻田王家の皆様は、一般の方々と同じような生活をされているのでした。

そんな初歩的なことを忘れてしまうとは!

櫻田王家のお家にご招待されるという異常事態に、私の心は自分で思っているよりも舞い上がってしまっているようです。

 

「あら。まだみんな帰ってきていないのね」

 

中を見て五月様が呟きます。

私が通う中学校の男子が履く革靴が、玄関に一足だけ置いてありました。

その靴は少しサイズが小さいので、遥様ではなく、櫻田くんのものだということが私にも分かりました。

 

「こっちで待っててちょうだいね。すぐに氷を連れてくるから」

 

「は、はいっ! お、おおおかまいなくっ」

 

玄関で靴を脱いだ私は五月様に続いて一階のリビングへ向かいます。

緊張してしまい、また言葉がうまく出てきませんでした。

 

「そんなに固くならないで。自分の家だと思って、くつろいで構わないのよ?」

 

ガチガチの私に、五月様がお優しい言葉を掛けてくださいました。

なんと思いやり溢れる方なのでしょう!

いつもしょうもないことを言っている櫻田くんには、ぜひ見習ってもらいたいものです。

 

「は、はいっ……!」

 

なんとかさりげなく、自然な感じで返事をしたつもりですが、だめでした。

少し声が裏返ってしまいました。これが私の限界のようです……

 

「えっと、その辺のソファにでも座って待ってて。いま氷を呼んでくるわ」

 

そんな私の様子に、少し苦笑しながら五月様はリビングから出て行かれました。

トン、トン、トンと階段を登っていく音が聞こえてきます。

ようやく一人になれた私は大きく息を吐き出しました。

呼吸を整えると、室内を見回します。大家族だけあって少し大きめですが、ごく普通のリビングです。

さすがのサクラダファミリーニュースも、お家の中までは放送しません。そのため、櫻田家の中の様子を見たのはこれが初めてでした。

そのうち廊下からトテトテと音がして、誰かがリビングに入ってきました。

 

「……あれ、玉ちゃん?」

 

櫻田くんが入り口でキョトンとした顔をしています。

階段を下りる音はしませんでしたので、五月様とは入れ違いになってしまったようです。

 

「……夢か」

 

そういって櫻田くんは顔を引っ込めてしまいました。

 

「ちょっ、夢でも幻でもないわよ! 櫻田くんっ!」

 

私が慌てて呼び止めると、櫻田くんが戻ってきました。頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいます。

 

「え、えええっ、本当に夢じゃないの? なんで玉ちゃんが家に居るのさ?」

 

「えっと、それはいろいろあって……」

 

私がどこから話したものかと思っていると、櫻田くんがポンと手を打ちました。

 

「もしかしてお見舞いに来てくれたとかっ!?」

 

やばいです。櫻田くんがすごく嬉しそうにしています。思いきり勘違いされてしまいました。

王族である櫻田くんは、クラスメイトがお見舞いに来るという経験が今までなかったのでしょう。

『ひゃっほう!』と奇声をあげて全身で喜びを表現し始めてしまいました。

でも現実は違います。私がマゴマゴしていたせいで、本当のことを言いだしづらくなってしまいました。

 

「玉緒さんはね、学校行事のプリントを届けに来てくれたのよ」

 

二階から戻ってきた五月様が助けてくださいました。

それを聞いた櫻田くんはすごく落胆したみたいで、肩を落としています。

……って、ちょっと待ってください。

どうして五月様が私の名前を知っているのでしょうか。

そのとき私は、まだ五月様に名乗っていなかったことに気づきました。

 

「あっ、あのっ、どうして五月様は私の名前をご存じなのでしょうかっ」

 

「ときどき氷が、学校のことを聞かせてくれるの。それで、もしかしたらって。玉緒さんのこともよっく知っているわ。いつも息子と仲良くしてくれて、ありがとうございます」

 

私は思わず吹き出しそうになってしまいました。

まさか私のことが五月様の耳に入っているとは夢にも思いませんでした。

ここが学校なら、大声で櫻田くんに抗議するところですが、いまはそれも出来ません。

仕方ないのでジト目で彼を睨むことにしました。

 

「あ、あれっ、なにかマズかった……?」

 

「べつにっ」

 

私が怒ってるのを察したようで、櫻田くんの額から汗が流れました。

そうしているうちに五月様がお盆にジュースとお菓子を運んできてくださいました。

 

「私はちょっと自室でやることがあるから離れちゃうけど、ゆっくりしていってね」

 

「は、はいっ、ありがとうございますっ」

 

私はペコリと頭を下げて、五月様を見送ります。

テーブルの方を振り向くと、ソファに座った櫻田くんがさっそくジュースに口をつけていました。

 

「お行儀が悪いわよ。櫻田くん」

 

「えぇ~っ……自分の家なんだし、これくらい良いんじゃない? それよか、なんで玉ちゃんは立ってるの? どこでもいいからお座りよ」

 

そう言って、ソファの空いている席を勧めてくる櫻田くん。

私はゴクリと喉を鳴らしました。

目の前のソファは何の変哲もない、ごく普通のものです。

ですが、私にはそれが光り輝いて見えています。

なぜって? それは王族の皆様がふだん腰を降ろしているソファだからですっ!

私のような、ただの中学生が座ってしまってよいのでしょうか。

いえ、勧められているのですから、もちろん構わないのでしょうが、なかなか踏ん切りがつきません。

 

「どうしたの? 座らないの?」

 

頭の上に再びクエスチョンマークを浮かべる櫻田くん。

どうやら彼には私の葛藤は伝わっていないようです。

私は決心がつくまで、話題を変えてみることにしました。

 

「そう言えば櫻田くん、体調の方は大丈夫なの? 極度の疲労って聞いたけど」

 

「ああー、もう大丈夫だよ。朝はヤバかったけど、昼まで寝てたらすっかり良くなっちゃった」

 

ストローでジュースを吸い上げながら、呑気に櫻田くんが答えます。

顔色も普通に見えますし、彼の言うとおり大事ではなかったみたいです。

 

「え? もしかして玉ちゃん、心配してくれたのっ?」

 

再び目を輝かせる櫻田くん。

まあ、いちおう、彼はクラスメイトなので、まったく心配していなかったと言えば嘘になります。

ですが思ったより元気そうな姿を見ていると、普通に返事をするのが何だか癪に思えてきました。

 

「べ、べつにっ……そりゃ、クラスメイトですもの? 少しは心配したかもしれないわっ。でもね、勘違いしないでよねっ。櫻田くんが倒れたりしたら、茜様が困るでしょっ! 別に、櫻田くんのことが心配だったわけじゃないんだからねっ!」

 

……やってしまいました。

まるでツンデレの見本みたいな台詞を言ってしまいました。

これは私の悪い癖です。櫻田くんと話していると、尊敬する茜様をついつい絡めてしまうのです。

なぜそうしてしまうのかは、自分でもよく分かっていません……

でも、大丈夫です。

こういうとき、だいたい櫻田くんは――

 

「あざーっす! ツンデレのテンプレいただきました!」

 

こんなふうに、おどけてくれるのです。

 

「はいはい。ツンデレツンデレ」

 

私も大げさに肩をすくめてみせます。

他愛もないやりとりですが、こんなふうに櫻田くんと過ごす時間はそんなに嫌いじゃ……って、何を言っているのでしょうか、私は……

 

「どうしたの? 玉ちゃん、顔が赤いよ?」

 

「何でもないわよっ! それよりクタクタになるまで昨日は一体なにをやってたのよ?」

 

私の質問に櫻田くんがビクッと身体を震わせます。なにか後ろめたいことがあるようです。

基本的に彼の行動は分かりやすいのです。

 

「えぇ~っと、それはー……ひみつ? みたいな?」

 

「ハァ……べつに何でもいいけど、ホドホドにしなさいよ?」

 

「はーい」

 

「それからその格好! もう午後だってのに、なんでパジャマなのよっ。レディが目の前にいるんだから、ちゃんとしなさいってば!」

 

「そんなことじゃ、茜姉ちゃんみたいになれない?」

 

「うっ……そうよ!」

 

櫻田くんに先回りされた私は言葉を詰まらせてしまいました。

彼もだんだん成長していっているみたいです。

私の目の前で、してやったりという顔を浮かべているのが無性に腹立たしいです。

そのときでした。

五月様が玄関に向かって廊下を歩いていくのが見えました。

 

「あ、そっか。そろそろ栞が幼稚園から帰ってくるころだっけ」

 

「栞様がっ!?」

 

私は大声をあげてしまいました。

ついつい話し込んでしまっていた私は、櫻田くんのご兄弟が帰ってくることをすっかり忘れてしまっていました。

解けていた緊張が再び戻ってきます。また身体がガチガチになっていくのが分かりました。

 

「あ、あう、あうあ……」

 

落ち着け。落ち着くのです私。

相手はまだ幼い栞様です。年上の方々と比べれば、そこまで取り乱す必要はないはずです。

それに、側には櫻田くんだって居ます。

もし私がポカをしても、きっと彼が助けて――

 

「おっと、ジュース飲み過ぎちゃった。ちょっとトイレ行ってくるね」

 

そう言うと、櫻田くんは慌ててリビングから出て行ってしまいました。

私は大声で叫びたくなる衝動に駆られましたが、なんとか抑え込みました。

玄関のドアが開く音がして、微かに五月様の声が聞こえてきます。

あれっ、気のせいでしょうか。五月様でも栞様でもない、別の人の声が聞こえた気がします。

……やっぱり空耳ではありませんっ。他に誰かが帰ってきたご様子です。

まさか茜様、だったりしないでしょうか。

いつかはお会いしたいと存じ上げておりましたが、こんなに唐突にその時が訪れるとは思いもよりませんでした。

自分の心臓が、本日最高にドッキンドッキンと脈打っているのが分かります。

額から汗がダラダラと流れます。私はリビングの入り口をジッと見つめました。

そして、ついにその人が室内に飛び込んできました。

 

「あっ、こんにちは! 貴女が氷兄上のご学友の玉緒様ですねっ! 初めまして! 氷兄上の弟の輝です!」

 

「妹の栞です」

 

拍子抜けした私は、へなへなとその場に座り込んでしまいました。

リビングに入ってこられたのは、第四王子の輝様と、末っ子の栞様でした。

 

「だ、大丈夫ですか! どこかお身体の具合でもっ!?」

 

額から汗を流す私を見て驚かれたのか、輝様が駆け寄ってきてくださいました。

テレビのイメージ通り、困った人を見過ごしておけない性格のようです。

櫻田くんも輝様を少しは見習ってほしいものです。

 

「あ、いえっ、ちょっと気が抜けただけですので……」

 

「そうですか? なにかありましたら、遠慮なく僕に申しつけてください。兄上のご学友のお役に立てるなら、何でもします!」

 

輝様はハキハキと元気いっぱいで、本当に櫻田くんとは大違いです。

私が引きつった笑みを浮かべていると、肩をトントンと弱く叩かれました。

振り向くと、栞様がハンカチを私に差し出していました。

 

「あの、すごい汗……」

 

「ふぇっ、えっ! だだだ大丈夫ですっ、お構いなくっ!」

 

テンパった私は自分のハンカチを取り出して、汗を拭いました。

ふと横を見ると、栞様がションボリされておりました。

……やってしまいました。

素直に受け取っておけばよかったと思いましたが、もう後の祭りです。

私は謝ろうと口を開きますが、喉がつっかえて言葉が出てきません。

 

「ところで玉緒様! ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか!」

 

「は、はいっ!?」

 

横から輝様が質問をされてきて、そちらに意識が向いてしまいました。

 

「氷兄上と玉緒様が男女交際をされているというのは、本当でしょうかっ!」

 

「は、はいぃぃぃぃっっ!?」

 

予想外の質問に私は大声をあげてしまいました。

いったい何なんですかっ、その質問はっ!?

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 櫻田くんがそう言ってたんですかっ!?」

 

もしそうだったら彼を問い詰めねばなりません!

私が訪ねると、輝様は首を横に振りました。

 

「いいえ、このあいだ氷兄上が玉緒様のことを話してくださったんですが……そのとき側にいた修兄上が『女の子の家の近くで会ってるだと? おい、それってデートじゃないのか? そうか、やっぱり氷にもそういう相手がいたのか。お前も隅におけないな』……と」

 

まさかの修様でした……

私の家の近くというのは、たぶん野良猫さん親子のお世話のことだと思います。

なんだかこの分だと王家の皆さま全員に、私のことが知られているような気がしてきました。

ということは茜様にも……!? いえ、今はそのことは置いておきましょう。

とにかく誤解を解くのが先決です。

 

「え、えぇっと、その、私と櫻田くんは、その、そんな……」

 

ダメでした……恥かしさと緊張で言葉になりません。

顔を真っ赤にしてモジモジしてるであろう私の姿は、きっと傍目には質問に対してイエスと言っているように見えてしまうのではないでしょうか。

その時です。

私はなにか冷たい視線を感じました。

気配がした方を振り向くと、栞様がこちらを見つめていました。

それだけならいいのですが、なにか様子が変です。

いつもの愛くるしさはどこへ行ってしまわれたのでしょうか。

ジッと目を見開いて、まるで私を睨んでいるというか、吟味されているようなお顔です。

私は思わず声をあげてしまいそうになりました。

 

「そうでしたか。テレビや週刊誌が取材を始めたらしいと、遥兄上が心配されておりましたので、本当のことかと思ってしまっておりました」

 

輝様の誤解はとけたようですが、新たな問題が浮上してしまいました……

何ですかテレビって!

私、サクラダファミリーニュースは見るほうが専門で、出るつもりは全くないのですが!

色んなことが起こり過ぎて、もう頭の中がパニック状態です!

そのとき私の視界の端に、誰かがリビングに入ってくるのが見えました。

きっと櫻田くんに違いありません。

とにかく騒動の原因である彼になんとかしてもらわないと――

 

「櫻田くんっ! 私、あなたに大事な話が……って、アレ?」

 

私は目をパチクリさせます。

リビングの入口で、光様が目をまん丸にして立っておられました。

カバンを持っておられますので、たったいまお帰りになられたようです。

輝様達と騒いでいた私は、そのことに全く気づきませんでした。

 

「え? な、なに? あなた、誰? また岬ちゃんの友達?」

 

「姉上! この方は氷兄上のご学友の玉緒様です!」

 

どうやら光様は私のセーラー服を見て、私を岬様のお友達と勘違いされたようです。

状況が飲み込めない光様に、輝様が声を掛けられました。

 

「えっ、ええええぇぇぇっ!? ってことは、氷くんの彼女!? じ、実在したあああああぁぁっっ!? しかも、わざわざ家に来て、大事な話って、それって……あ、あばばばばばばば」

 

光様は絶叫されると、とつぜん口から泡を吹いて倒れてしまわれました。

 

「あ、姉上!? お気を確かにーっ!?」

 

「姉様っ!? お目目がまっしろ!」

 

輝様と栞様が、慌てて光様の元へ駆け寄られます。

 

「ふ~、すっきりした。玉ちゃんお待たせ~って、なにこのカオス!?」

 

そこへ櫻田くんが呑気に戻ってきました。室内の様子を見て仰け反っています。

 

「櫻田くんっ! 私も何が何だかっ!? も、帰るうううっ!」

 

私の目じりに涙が浮かんできてしまいました。

この状況に頭が全くついていきません。もういっぱいいっぱいです!

 

「はいはい。みんな落ち着いて」

 

パンパンと手を叩きながら、五月様が現れました。

騒然としていた室内が一気に静まります。

 

「輝と栞は光を部屋へ運んでくれる? 氷、あなたは手を洗ってきなさい」

 

さすが五月様です。あっという間に状況を把握して、問題解決の指示を出してしまいました。

皆様それぞれ言われた通りに動き出します。

五月様はそれを見届けると、微笑みながら私に近づかれました。

 

「玉緒さん、せっかく来てもらったのに、騒々しくてごめんなさい」

 

「いっ、いえ……そ、それより五月様! なんだか私、皆様に誤解されてしまってるようなのですが……」

 

「ええ。あとで皆には私からちゃんと言っておくわ。とくに修にはきつくね。マスコミの誤解も解くように手配します。色々あって、玉緒さんも疲れてしまったでしょう? 車を用意したから、今日のところは帰った方がいいわ。ね?」

 

「は、はいっ!」

 

私は顔を赤くして頷きました。

私には五月様の背中から光が射しているように見えます。これが王妃のオーラというやつなのでしょうか。

五月様に案内されて玄関に向かうと、お家の前に一台のリムジンが停まっていました。

私が靴を履いていると、手を洗ってきた櫻田くんが廊下を走ってきます。

 

「玉ちゃん! もう帰っちゃうの?」

 

「うん。ちょっと疲れちゃって……」

 

「そっか。僕も明日は学校に行けると思うから」

 

「絶対来てよね? 櫻田くんがいないと、教室が静かすぎて困るわ」

 

「そうなの? わかった。またね。バイバイ、玉ちゃん」

 

「バイバイ、櫻田くん。五月様、失礼しますっ」

 

「はい。さようなら、玉緒さん」

 

二人に手を振りながら門を出ると、リムジンのドアが自動で開きました。

慎重に後部座席に乗り込みます。

こんな高級そうな車は初めてなので、ちょっぴりドキドキです。

私が座ると、ドアがゆっくりと閉まりました。

 

「シートベルトを付けていただけますか」

 

運転席にはメイドさんが座っていました。ハンドルを握りながら、私に話しかけます。

てっきり黒服さんが運転するのだと思っていたので、少し意外です。

バックミラーに映ったメイドさんの顔は、まるで女優さんみたいにきれいでした。唇をキュっと閉じて、落ち着いた表情をされています。

私は言われたとおり、シートベルトを身体に付けました。

それが合図だったかのように、車が動きはじめます。

 

「あのっ、行き先は――」

 

「ご心配なく。心得ております」

 

運転席の脇にパッド型の端末がセットされていることに私は気がつきました。その画面には櫻田家から私の家までのルートが線で引かれた地図が表示されています。

どうやって調べたのか気になりましたが、少し怖い気がしたので黙ることにしました。

少し車が進んだ頃、メイドさんが再び口を開きました。

 

「玉緒様。いつも氷様と親しくしていただき、ありがとうございます。もしご迷惑でなければ、これからもよろしくお願い致します」

 

「えっ、あっ、そんな迷惑だなんて……こちらこそ!」

 

とつぜん話しかけられて、私は少し慌ててしまいました。

そんな私の様子に、メイドさんがバックミラー越しに微笑んだような気がしました。

 

「……おや、あれは茜様」

 

前を見ていたメイドさんが呟きました。

私はその内容に即座に反応します。リムジンの窓ガラスに顔を押し付けて、茜様の姿を探してしまいました。

 

「ど、どこっ、ですかっ!?」

 

「前方十メートルの交差点です。葵様と奏様の陰に隠れながら、こちらの方向に歩いておられます。いかがしますか? 車をお停めしますか?」

 

「か、勘弁してくださいっ!」

 

私は目をバッテンにして叫びます。

今の私に茜様と直接お会いする勇気はありませんでした。

三人の側を、私を乗せたリムジンがゆっくり通り過ぎていきます。

ガラス越しとはいえ、茜様のお姿をこの目で見ることができただけで、私は大興奮でした。

 

しばらくして、車が私の家に到着しました。

メイドさんにお礼を言った私は、去っていく車を見送ります。

 

こうして、私のお使いは終わりました。

私は櫻田家で体験したことを家で待っている妹に話してあげようと、胸を弾ませるのでした。

 




お読み下さり、ありがとうございました。

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