城下町のダンデライオン~氷の力を持つ王子~   作:ぽんぴん

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ご無沙汰しております。
第二十一話を投稿します。


第二十一話「ふっ すべての おとこたちは わたしのまえに ひざまづくのよ!!」

皆さんこんにちは。櫻田氷です。

 

とある日曜日。僕はいつものスタジオでアイドルになるための特訓に励んでいた。

いつもなら葵お姉ちゃん、奏姉ちゃん、修兄ちゃんの誰かが居てくれるんだけど、今日は一人。みんな今日は予定があるんだって。

 

そういえばひかりんと遥兄ちゃんも二人で出掛けたみたい。あっちはあっちでアイドルの特訓をしてるのかな? まあいいや。

 

そんなわけで僕は一人でスタジオ内を飛び回っている。ちなみに長髪のカツラと眼鏡を掛けた変装モードだ。

 

「バク転! バク転! バク転! か~ら~のっ!」

 

僕は器用にバク転を三回決めたあと、思い切り床を蹴ってジャンプする。身体を横に捻って回転させていく。

 

「空中スピンジャンプ! 一、二、三! か~ら~のっ!」

 

空中でクルクル回ったあとは身体を縦に回転させて両手を前に突きだす。逆さまの状態で着地すると、両足を片方ずつ前と後ろに伸ばす。さらに両手を使って身体を横向きに回転させればっ!

 

「ス○ニング・バー○キック!」

 

某ICPO女性捜査官の必殺技だ! その場で何回かクルクル回ったあと、床の上に大の字になる。

 

「ひゃあ~、疲れたぁ~……」

 

激しく動いたせいで息が上がってしまった。しかも回転したせいで例の長髪カツラが顔に巻きついちゃった。春麗がお団子頭にしている理由が分かったよ。

練習を重ねたおかけでスピ○ング・バード○ックの途中でバランスを崩すことは無くなった。激しく回っても眼鏡を落とさないコツも掴んだ。あとはキックしたまま移動できれば完璧なんだけど、僕は実現できていない。春麗はどうやってるんだろうね?

 

「特殊能力をこっそり使えばできるかなぁ……」

 

でもそれはズルだよね?

ちなみに○ピニング・バ○ドキックだけど、奏姉ちゃんからの評判はすこぶる悪い。前に奏姉ちゃんの前で披露したら『これ、アイドル関係ないでしょ! あんた何になる気よ!?』って言われてしまった。葵お姉ちゃんと修兄ちゃんは褒めてくれたんだけど……解せぬ。

 

「うわっ、喉カラカラになっちゃった……」

 

僕は起き上がると、顔に巻き付いたカツラの毛を解いていく。そしてスタジオの隅に置いてある小型冷蔵庫へ向かった。これは奏姉ちゃんが用意してくれたものだ。これで冷たいドリンクを飲んで頑張ってとのことだった。

冷蔵庫のドアを開けた僕は愕然とする。

 

「空っぽじゃん!」

 

どうしよう。飲み物が無いなんて想定外だよ! いつも誰かが差し入れしてくれていたから気にしていなかったけど、こんなこと初めてだった。

仕方ない、面倒いけど自分で買いにいくか……

僕は更衣室へ行って財布を持ち出すと短パンのポケットに突っ込んだ。靴を履きながら自分を見下ろして服装をチェックする。

 

「上下お揃いのスポーツウェアだから問題ないよね? よし、行くぞ!」

 

 僕はスタジオを出て飲み物を買える場所を探す。たしかコンビニが近くにあったはずなんだけど、さっぱり見つからない。自動販売機も……ない。

 

「困ったなぁ……」

 

このままだと水分補給ができない。干からびちゃうのは勘弁だよ!

仕方ないので、その辺を歩いている人に聞くことにする。ちょうど高校生くらいのお兄さんを見つけたので声を掛けてみた。

 

「あの〜、すみません」

「は、はいっ!?」

 

お兄さんは僕に気づくとすごいビックリした顔になったかと思うと、急に顔を真っ赤にした。

 

「な、なんでしょう?」

 

なぜか緊張しているみたいだ。変なお兄さんだな……

 

「えっとですね、この近くにあるコンビニか自動販売機の場所を知りたいんですけど……」

「そ、それだったら……あっちの方角にコンビニが……」

 

お兄さんが指差したのはビルの裏側の方だった。確かにそっちにコンビニがあった気がする。

 

「ありがとうございます、お兄さん!」

「はうっ!」

 

僕がニッコリしながらお礼をするとお兄さんは胸を押さえて苦しみだした。なんだか様子がおかしい。僕は慌てて駆け寄るとお兄さんの身体を支える。

 

「大丈夫ですか!?」

「ぐふぅ……ごめんね、君みたいな可愛い子に心配してもらえるだけで嬉しいよ……」

 

お兄さんはそのまま地面に倒れ伏すと動かなくなった。

一体どうしちゃったんだろう? とにかく早く救急車呼ばないと!! って、携帯電話は置いてきちゃった!

 

「大変です、人が倒れました!!」

 

大声で叫ぶと通行人の人たちが集まってきた。みんな倒れた人を見て驚いている。

 

「おい、こいつ死んでんじゃねえのか?」

 

一人のおじさんが言った言葉を聞いてドキッとする。そんなわけ無いよね? だってほら、今も呼吸をしている音が聞こえるし! 僕は必死に呼び掛けることにした。

 

「目を開けてください!」

「うーん……」

 

よかった、生きてた! 目を開けてくれた!

 

「大丈夫ですか!?」

「ああ、大丈夫だ。ちょっとハートを撃ち抜かれてキュン死しただけだから……」

 

お兄さんはそう言うとゆっくりと立ち上がって、フラフラと歩きだす。

 

「俺、眼鏡っ子属性あったんだな……新しい扉が開いたぜ」

 

よく分からないことを言いながら、どっか行っちゃったよ!

結局、何が起こったのか分からないまま取り残されてしまった僕は途方に暮れた。集まった人たちも呆れながら散っていった。

 

「ど、どうすればいいんだろ……」

 

ひとまずお兄さんが教えてくれた方角に向かって歩いてみることにする。するとそこにはコンビニがあった。

やった、やっと見つけたよ! 僕は自動ドアをくぐると店内を見渡す。そしてお目当てのスポーツドリンクを手にとると、急いでレジに向かった。

 

「すみませ~ん、これください!」

「はい、いらっしゃいま……せ?」

 

店員のお兄さんは笑顔で挨拶したかと思うと顔を赤くしながら応対しはじめた。緊張してるっぽい。なんだかさっきと似た展開だな……

 

「こちら、140円になります! あ、あのっ、温めますか?」

「はいっ!?」

 

 突然の質問に僕は戸惑ってしまった。風邪引いたときはスポーツドリンクを温めて飲むと良いって聞いたことあるけど、今はそこまで求めてないよ!

 

「えっと、冷やしたままでお願いします……」

「か、かしこまりました! 箸とスプーンはお付けしますかっ!?」

「はいっ!? じゃあ、両方で……?」

「わっかりました! では少々お待ち下さいっ!」

 

お兄さんはそう言って裏へ引っ込んでいった。なんかすごくテンパってたような気がするけど、大丈夫かな?

しばらく待っていると、お兄さんは大量の割り箸とスプーンを抱えながら息を切らせて戻ってきた。

 

「お待たせしました、こちらサービスしますねっ!」

 

そう言ってお兄さんはスポドリと大量の箸とスプーンをビニール袋へ入れてくれた。そして僕をジッと見つめると、真っ赤な顔で口をパクパクさせる。

 

「あ、あの、お客さまのことを……その……だ、抱きしめてもいいですか!?」

「えぇっ!?」

 

何その質問!? 普通にダメだよ!? 僕は男だよ!?

 

「すみません、それはちょっと……」

「そ、そうですよね……すみません、調子に乗りすぎてしまいまして……はぁ~……」

 

お兄さんはガックリとうなだれて落ちこんだ。そして会計を終えた僕はコンビニを出た。

 

「変な店員さんだったなぁ……まあいっか」

 

僕はビニール袋からスポーツドリンクを取り出すと蓋を開けた。そのまま口へ運ぶ。

ゴクゴク……ぷはぁ~!生き返った~! 水分補給をしたおかげで喉の渇きも収まった。やっぱり水分補給は大事だよね! 僕はそのまま何気なくコンビニの店内の方を向く。すると僕の姿がガラスに写った。

 

「ぶふぅ!?」

 

思わず吹き出しちゃったよ!

だってさ、そこに映っていたのは女の子の格好をした僕だったんだもん! 女装したままスタジオを出ちゃってたよ!

水色の長髪に眼鏡、上下お揃いのスポーツウェア姿の僕。まるで別人だけど、これが僕の姿だ。もうカツラも眼鏡も慣れちゃったから全然気づかなかったよ。

 

「ど、どうしよう……」

 

今すぐ女装をやめる? いや駄目だ、せめて誰も居ないところじゃないと。良くも悪くも僕は国内では有名人だから、正体がバレる訳にはいかない。女装してたことがバレたら恥ずかしくて外が歩けなくなっちゃうよ! とにかく今はスタジオに戻ろう。うん、そうしよう……

 

僕が歩きだそうとすると、ガサッという音がした。振り向いてみると、そこには知らないお姉さんが立っていた。

二十代前半くらいかな? 茶髪を後頭部で小さいお団子みたいに結わえてる。事務員さんみたいなベストスーツを着ていて、優しそうな感じの美人なお姉さんだ。

 

「きゃわ、きゃわわわっ……!」

 

なぜかお姉さんは目を見開いて固まっている。足元には彼女が落としたと思われるビニール袋が転がっていた。

一体なんだろう……?

 

「あの、どうかしましたか?」

「ひゃいっ!? あ、いえ、ちょっと見とれてました! えっと、私はこういう者です!」

 

お姉さんはハンドポーチの中を引っ掻き回す。やがて名刺を取り出すと僕に手渡してきた。そこには彼女の名前と肩書きが書いてある。

 

「えっと、山本一彩……アイドル事務所のマネージャーさんっ!?」

 

この人、芸能関係の人なんだ! でもどうしてここにいるんだろ?

 

「はい、貴女に一目惚れしましたっ!」

「ええっ!?」

 

なんですと!? まさか愛の告白!? そんなの生まれてはじめてだよ!?

 

「私と一緒にアイドルやりましょう!!」

 

違ったー!!

いや、よく考えたら当たり前か……

 

「あ、あの、申し訳ないですけど……」

「そんなこと言わずに! お話しだけでも聞いて下さいよ! ほら、ここじゃあれなので事務所まで来てください!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

山本さんに強引に腕を掴まれて引っ張られる。抵抗しようとしたけど、力が強くて抜け出せない。僕は為す術もなく事務所まで連れていかれてしまった。

 

◇◆◇◆◇

 

「山本くん、強引すぎるよ。一歩間違えたら誘拐だよ?」

「す、すみませんでした!」

 

山本さんは社長さんらしきおじさんに叱られてシュンとなっている。僕たちは応接室に通された。ソファに座ると、社長さんは僕の顔をジッと見つめてくる。

 

「すまなかったね。よかったら君の名前を教えてくれるかな?」

 

おっと来たぞ。ここで僕の本名を言うわけにはいかない。奏姉ちゃんと考えた偽名を使うとしよう。

 

「桜座あいす、と申しますわ」

 

ついでに喋り方もお姫様口調に変える。そしてニコッと微笑んで見る。すると社長さんは驚いた顔をした後、自分の膝を叩いた。

 

「おお、これはすごい……本物のお嬢様なんじゃないか!」

「ええ、おほほ」

 

本当は王子様だけどね。

 

「でしょう! 私、ひと目見たときにビビッと来たんです!」

「いやぁ、山本くんの直感は本物だね。こんな逸材、今までに見たことがないよ」

「お褒めいただき光栄ですわ」

「本当に可愛いねぇ。どうだろう、アイドルに興味はないかね? 事務所の隣に養成所を併設してるんだ。よかったら見学だけでも」

 

養成所かあ、本物のアイドルの練習風景は見てみたいかも。

 

「ぜひ見学したいですわ」

「本当かい!? じゃあ早速案内するよ。実は別の部下も女の子をスカウトしたと連絡があってね。ちょうど行くところだったのだよ」

「あら、偶然ですわね」

「はっはっは、そうだね。では向かおう。山本くんもおいで」

「はい!」

 

僕は二人に連れられて隣の建物へ向かう。中へ入るとそこはダンススタジオになっていた。眼鏡にスーツ姿の男性が社長さんに駆け寄る。

 

「社長! すごい子見つけましたよって……そちらのお嬢さんは?」

「ああ、こちらは山本くんがスカウトしてきたんだ」

「私が見つけました! あいすちゃんです!」

 

山本さんがドヤ顔で答える。すると男性マネージャーさんは目を見開いた。

 

「すごい……でも僕の子も負けていませんよ。おーい!」

「はーい!」

 

 男性マネージャーさんが声をかけると、奥の方から元気な返事が聞こえてきた。

現れたのは、金色の長髪が綺麗な女の子だ。年齢は僕と同じくらいに見える。まるでひかりんが少し大きくなったみたいな雰囲気だ。

 

「それじゃ紹介します。こちら、光ちゃんです」

「ぶふぅ!?」

「どうした!? 大丈夫かね!?」

「だ、大丈夫ですわ、おほほ」

 

また吹き出しちゃったよ! これ、ひかりんじゃん!? 僕の妹だよ! なんでこんなところにいるの!? 遥兄ちゃんと二人で出掛けたんじゃないの!?

 

「それでですね、彼女は歌と踊りがすごく上手いんです。なんでもアイドル目指して特訓していたそうで、これは逸材ですよ!」

「なるほど……確かにオーラを感じるね」

 

男性マネージャーさんが興奮気味に説明すると社長さんが頷く。

 

「私が見つけたあいすちゃんもオーラバリバリですよ!」

 

山本さんも興奮気味に僕の肩に手を置く。するとひかりんが僕の方をジッと見つめていることに気づいた。

 

「あの……あなた……?」

「え、えっと……」

 

まずい、正体がバレたかもしれない。うわっ、背中から変な汗が出てきたっ……!?

 

「すっごい可愛いね!」

「え?」

「お姉さん、すっごく綺麗! ねえ、一緒にレッスンしよ!?」

「えええっ!?」

 

いきなり勧誘された!? ど、どういうこと!?

 

「こら、ダメだよ光ちゃん。勝手に誘っちゃ」

「あ、すみません……でもでもっ、いいでしょっ? ねっ?」

 

ひかりんってば、すごいグイグイくるなあ! 僕に詰め寄ってくると上目遣いで懇願してくる。

 

「わ、わかりましたわ。少しだけなら……」

「やったー!」

 

ひかりんは僕の手を引いて嬉しそうな顔をしている。

 

「おやおや、なんだか姉妹みたいじゃないか」

「はい! お似合いです!」

「おほほ……」

 

社長さんと山本さんは微笑ましそうに僕たちを見ている。本当は姉妹じゃなくて兄妹だけどね!

そんなこんなでしばらく歌やダンスをしているとドアが開いた。

 

「おはようございます」

 

黒髪の白シャツにスカート姿の女の子が入ってくる。あれ、どこかで見たような……?

するとその女の子を見てひかりんが顔を輝かせる。

 

「えっ? さっちゃん!? なんでここにいるの!?」

「はい……?」

 

ひかりんは黒髪の子に走り寄ると、彼女に向かって指をさす。

さっちゃん……? よく分かんないけど、ここのアイドルの子かな? テレビか何かで見たことがあるような、ないような。

 

「この前のライブ見たよ!」

 

あ、またひかりんがグイグイいってる!

 

「あなたこそどこかで見たような……?」

 

さっちゃんが困惑気味に応えるが、ひかりんは気にせず話を続ける。

 

「あたし、さっちゃん見てアイドルになろうと思ったんだぁ!」

 

おっ! そうだったんだ。ひかりんがアイドルを目指した理由が分かったぞ。あとで奏姉ちゃんに報告しよう。

僕が心のメモに書いていると、さっちゃんが僕に向かって歩いてくる。

 

「あなたもどこかで見た……いいえ、会ったような……?」

 

さっちゃんは僕の前にやってくると、僕の顔を見つめて不思議そうに首を傾げた。

えっ、なんだろう? 全く覚えがない。僕が口を開こうとすると、男性マネージャーさんが僕らに呼びかけた。

 

「どうだい? 二人とも本気でアイドル目指してみないかい?」

「やってみたい!」

 

ひかりんが笑顔で即答する。

 

「あいすちゃんはどうかなー?」

 

山本さんが僕に声をかけてくる。えー、これOKしちゃっていいのかな? ひかりんはヤル気満々だし、問題ないよね?

どうしようか迷っていると、ひかりんが僕の腕を掴んできた。

 

「ねえ、一緒に頑張ろうよっ!」

「わ、分かりましたわ……!」

 

僕は思わず返事をしてしまった。

山本さんも嬉しそうにガッツポーズをした。

 

「そうか、じゃあさっそく保護者の方と話をしたいんだけど、いま携帯で連絡とれるだろうか?」

「ちょっと待ってくださいね」

 

男性マネージャーさんに言われたひかりんが鞄の中を漁り始める。

 

「あいすちゃんも連絡とれる?」

 

山本さんが僕の隣へやってくる。えっ、僕も!? やばっ、携帯電話は置いてきたままだ!

 

「え、えっと携帯電話は持っておりませんの……」

「あらら、じゃあ親御さんに連絡取れないのね……」

「はい……」

「困ったなあ。じゃあ、ご自宅の電話番号を教えてくれる?」

「えっと……それは……」

 

自宅の電話番号!? 普通に分からないんだけど!? っていうか、もし分かっても自宅の電話番号を教えちゃ駄目だ! 僕の正体がバレちゃう!

 

「そ、それは……おほほ」

 

僕が滝のような汗を流していると、さっちゃんが山本さんに言った。

 

「山本さん、そろそろ出ないと私の収録が……」

「あっ、そうだったわね。社長、あとはお願いできますか?」

「ああ。任せておきたまえ」

 

山本さんとさっちゃんは養成所を出て行く。

 

……って、問題は解決してないぞ! どうしようかと思っていると、ひかりんの呟きが聞こえてくる。

 

「あ、そっか、邪魔にならないようにはるくんに携帯預けたんだっけ。ていうか、はるくん置いてきちゃった」

 

えっ、遥兄ちゃんどうなっちゃったの!?

すごい気になるんですけど!

 

「あ、じゃあ直接お宅に電話してもらえるかな? 自宅の電話番号教えてもらえる?」

「えーっとぉ……家の番号いくつだっけ……? あいすちゃん、知らない?」

 

男性マネージャーさんの質問に困ったひかりんが僕に聞いてくる。

ええっ!? 僕に分かる訳ないじゃん! 

 

「光ちゃん、彼女が知るはずないよ。じゃあ、今から君の家にお邪魔してもいいかな?」

「いいですよー」

「わ、私もそれでお願いしますわ」

 

僕もひかりんに便乗させてもらうことにした。

 

「あいすちゃんも番号分からないのか……最近の子はすごいな……そ、それじゃ早速行こうか」

 

男性マネージャーさんに呆れながら、僕たちは家に向かうため養成所を後にする。四人で建物から出たところで誰かに呼び止められた。

 

「光っ! どこ行ってたんだよ! 心配したんだぞ!」

 

カンカンに怒った遥兄ちゃんがひかりんに詰め寄る。

よかった! 遥兄ちゃん生きてた!

 

「ごめん、ちょっとスカウトされて……」

「スカウト? 知らない人に付いていっちゃ駄目だろう」

 

さっそく遥兄ちゃんに怒られてるひかりん。まあ、ひかりんが悪いね。僕も人のこと言えないけどね。

 

「あ、ああ……は、遥様……?」

 

声がしたので見上げると、社長さんと男性マネージャーさんが顔を青くしていた。どうやら遥兄ちゃんが王族って気づいたみたい。

 

「光ちゃん、君、苗字は……?」

「え? 言ってなかったっけ?」

 

ひかりんが頭を触りながら答える。

社長さん達の顔色は青を通り越して真っ白になっていた。

 

「あたし、櫻田光だよ?」

「さ、櫻田……!?」

「光さまあああぁっ!?」

 

男性マネージャーさんの絶叫が辺りに響いた。

 

◇◆◇◆◇

 

それから社長さんと男性マネージャーの松岡さんが落ち着いてから、僕らは出発した。

 

ルンルンで楽しげなひかりん。

重苦しい雰囲気で、何か話しあってる社長さんと松岡さん。きっと父さん(国王)に何て話すか相談しているんだろう。

遥兄ちゃんは光の相手をしながら、たまにこっちを見てくる。

僕はそんな四人の様子を眺めていた。

 

すると、僕の視線に気づいたひかりんが話しかけてきた。

 

「ねえ、あいすちゃんはなんでアイドルになろうと思ったの?」

 

げげっ!? 急に鋭い質問来た!? あわわ、どうしよう! そんなの考えてなかったよ!

 

「えっと、私はその……姉に薦められまして」

 

僕はしどろもどろになりながらこたえる。う、嘘は言ってないよ!

 

「お姉さんいるんだ! どんな感じの人?」

「えーっと……」

 

僕の頭に奏姉ちゃんの顔が浮かぶ。ちょうど女装を頼まれた時のだ。

 

『氷、あんたアイドルになりなさい』

『光の件はもういいから、お願い! 氷、いまのあんたを写真に撮らせて!』

『一枚だけ、一枚だけお願い!』

『ハァ、ハァ……これで逃げられないわよ』

 

「……欲望とエロの権化みたいな人ですわ」

「それどんな人!?」

 

ひかりんが目を丸くしながら驚いている。

しまった! つい本音が! でもまあ、いいや。聞いてるのはひかりんだけだし。

 

「家では暴虐の限りを尽くして、いつも私に無理難題を押し付けてきますわ。ですが、外では菩薩のような振る舞いで取り繕っておりますの。まったく外面のいい、困った姉ですわ」

「えぇ……あいすちゃんのお姉さん大丈夫なの……?」

「そうですね。そろそろ天罰が下る頃合いでしょうね」

「怖いよ!」

 

僕が遠い目で答えていると、誰かが僕の肩をトントンと叩いた。

 

「ん? いったいどなたですの? いま良いとこ……ろ」

 

振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた奏姉ちゃんがいた。

 

「ひっ……!?」

 

僕は叫びだしそうになったのをギリギリこらえることができた。

 

うっそ!? なんで奏姉ちゃんがここに!? あたりを見回すと、家のすぐ側の場所だった。どうやら偶然出会ってしまったらしい。

 

「あらあらあらあら、遥と光じゃないの。二人揃ってどうしたのかしら? それからこちらの方々はどなたかしら?」

 

余所行きモードの笑顔を浮かべる奏姉ちゃん。僕の肩に置かれた奏姉ちゃんの手に力が込められる。あっ、痛い痛い痛い! 

 

「奏様! 実は我々は」

 

松岡さんが前に出て経緯を説明する。その間も奏姉ちゃんの手は僕の肩に置かれっぱなしだ。

 

「そういう事情だったんですね。光、私も応援するから頑張りなさい?」

「ありがとう奏ちゃん!」

 

味方が増えて大喜びのひかりん。

こうして奏姉ちゃんを加えて家に向かう僕たち。といってもすぐに到着したんだけど。

玄関のドアの前で松岡さんが僕に向かって言う。

 

「あいすちゃん、すまない。これから光様のお父様と話してくるから、少しどこかで時間を潰しててくれるかな?」

「分かりましたわ」

「あら、それでしたら私がこの子の相手をしますわ」

 

奏姉ちゃんが満面の笑みで僕の身体に腕を回す。

うっ、嫌な予感しかしないよ!

 

「ですが、それでは奏様のご迷惑に……」

 

奏姉ちゃんの申し出に社長さんが困惑している。

頑張れ! 奏姉ちゃんに負けないでぇ!

 

「いえ、気にしないでください。私のことはお構いなく。これから妹の光のお友達になるかもしれない子ですから」

「い、いや、それはさすがに……」

「本当に気になさらないでください。むしろ、こんな可愛い子と一緒にいられるなんて役得ですわ。これ、私の携帯電話の番号です。終わったらご連絡いただけます?」

「は、はあ……」

 

けっきょく社長さんは奏姉ちゃんに押し切られてしまった。

社長さんと松岡さんはひかりんたちと一緒に家の中に入っていく。そしてドアがバタンと閉まった。

残されたのは僕と奏姉ちゃんだけ。

 

「え、え~っと……」

 

僕は汗をダラダラとかきながら、奏姉ちゃんに話しかけようとする。

 

「じゃあ、まずはお茶でも飲みましょうか? 桜座あいすさん?」

「あっ、ハイ……」

 

僕に拒否権は無かった……

 

◇◆◇◆◇

 

ここは家から近い喫茶店の個室席。四方が壁に囲まれており、外からは見えないようになっている。そこで僕と奏姉ちゃんが向かい合わせで座っていた。僕らの間には運ばれてきたコーヒーカップが二つ置いてある。

奏姉ちゃんは無言でカップを手に取り、口をつける。そして、ソーサーの上に静かに置く。その仕草はとても上品で、思わず見惚れてしまうほどだった。

 

「で、なんでここに連れてこられたか、分かるわよね?」

 

素の口調に戻る奏姉ちゃん。いよいよ始まったようだ。

 

「さ、さあ? なんのことでしょうか? 私、奏様とは初対面で……何のことか分からないのですけど?」

 

僕は冷や汗を流しながら、とぼけてみる。

 

「へぇ……そんな態度をとるんだ。いい度胸ね。私に逆らうってことかしら?」

「滅相もない! 奏姉様に逆らうなどとんでもないことでございます! はい!」

「よろしい」

 

奏姉ちゃんは満足げにうなずく。

ふう、なんとか助かったみたいだ。

 

「で、誰が欲望とエロの権化ですって?」

 

助かってなかった!!

 

「あれは言葉の綾といいますか……深い意味はないと言いますか……あはは」

「言い訳無用!」

「ひぃ!?」

 

奏姉ちゃんが僕の両頬をつねってくる。

 

「あんたねぇ……誰が暴虐の帝王で、外面だけはいいですってぇ……?」

「て、帝王は言ってないでしょ!? 顔! 顔はやめて! アイドルやれなくなっちゃうよ!?」

「ちっ」

 

舌打ちをしながら手を離す奏姉ちゃん。

危ないところだった。危うく、せっかくのチャンスがパーになってしまうところだったよ。

 

「まったく……用事が終わってスタジオに行ったらあんた居ないし……携帯鳴らしても出ないし……心配であちこち探し回ったのよ? やっと見つけたと思ったら私の悪口言ってるし……どういうつもりなのかしら?」

 

奏姉ちゃんがじろりと睨んでくる。僕は慌てて弁明する。

 

「ごめんなさい! まさかそんなことになってるって知らなくて! つい口が滑っちゃったんだ、本当だよ!」

「まったく、失礼しちゃうわ。こんなに優しい姉に向かって、ひどい弟ね」

「自分で言うのはどうかと思うんだけど……」

「何か言った?」

「いえ、なんでもありません」

 

 僕は首をブンブンと横に振る。

 

「まあいいわ。とりあえず、詳しい話を聞かせてくれる?」

「う、うん……」

 

それから僕は今日あったことを改めて奏姉ちゃんに話した。

 

「へえ……願ったり叶ったりじゃない。よくやったわ、氷」

 

そう言って、ようやく優しく微笑む奏姉ちゃん。

ふう、なんとか許してもらえたみたいだ。

 

「私の悪口の件は、あんたの恥ずかしい写真一枚で許してあげるわ」

 

許してもらえてなかった!!

 

僕が頭を抱えてると、奏姉ちゃんの携帯電話が鳴った。

電話は社長さんからだった。奏姉ちゃんがここの場所を伝えると、社長さんたちがやってくる。

 

「お待たせして申し訳ない」

「いえいえ、とても楽しい時間が過ごせました。ね? あいすさん?」

「え、ええ……」

 

再び余所行きモードに戻る奏姉ちゃん。僕は引きつった笑いを浮かべるしかなかった。

そして軽い雑談が始まる。父さんと社長さんたちの話し合いはあっさり終わったらしい。許可が出たので、これからひかりんのアイドル特訓が本格的に始まるんだって。

 

「それであいすちゃん、次は君の保護者の方にお話ししたいんだけど……」

 

松岡さんがこっちを見る。どうしよう。社長さんたちに本当のことを言うべきだろうか?

すると奏姉ちゃんが手を上げた。

 

「保護者ではありませんが、家族がここにおります」

「え?」

「奏様、いったいどういう……?」

 

困惑する松岡さんたち。奏姉ちゃんは不敵な笑みを浮かべると、僕に目配せする。

僕は後頭部に手を伸ばし、カツラのスイッチを探す。

 

「お二人ともビックリして大きな声を出さないでくださいね? 念のため、口を手で塞いでくれますか」

 

松岡さんたちは奏姉ちゃんの指示に従う。

二人の準備ができたので、僕はカツラのスイッチを押した。カツラからプシューッと白い煙が放出されて、ロックが外れる。カツラを取って眼鏡を外すと元の僕に早変わりだ。

 

「ひ、氷さモゴモゴッ!」

 

思わず大声を出しそうになった社長さんの口を松岡さんが塞いだ。

 

「はあはあ……か、奏様これはいったい……」

 

社長さんの問いかけに、奏姉ちゃんはこれまでの経緯を話した。

 

「なるほど、光様の身を案じられて……」

「はい。ですから、今後は氷も光と一緒に行動させていただければと思います」

「それはありがたいのですが……」

「なにか問題でも?」

 

社長さんが困り顔になると、奏姉ちゃんが不思議そうな顔をした。

 

「あ、いや、お恥ずかしい話なのですが、また国王陛下に御目通りをしないといけないかと思うと……」

「ああ、そのことでしたら私が責任を持ってパ……コホン、父に説明いたしますわ。大丈夫、安心してください。絶対にうまくいきますから」

 

奏姉ちゃんが自信満々に胸を張る。

 

「は、はぁ……」

「ですので、私の大事な光と氷をよろしくお願いします」

「分かりました。こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

 

こうして僕の方も話がまとまった。

あとは注意事項として桜座あいすの正体はひかりんにも秘密ということにしてもらった。バレたら絶対面倒くさいことになるもんね。

 

◇◆◇◆◇

 

それからしばらくして。

櫻田家のリビングには僕ら兄弟が集まっていた。なんと今日はひかりんがアイドルとしてテレビ初出演するのだ! ついでに僕も!

ちなみに生番組じゃなくて録画なので、当の僕らもソファに座っている。

 

「新人アイドルの桜庭らいと、でーすっ!」

 

アイドル衣装のひかりんがテレビの中で元気に挨拶する。

『桜庭らいと』というのは、ひかりんの芸名だ。

 

「年齢隠して中学生の状態でデビューか……」

 

遥兄ちゃんがボソリと呟く。目を閉じて何だか深刻そうな顔をしてる。

 

「ま、まあしばらくは……」

「いいの? それ?」

 

ひかりんが複雑な表情を浮かべると、岬姉ちゃんがポカンとする。

 

「年齢を若くサバ読んだりするけど、上って珍しいよね」

「可愛い衣装着てるねっ!」

 

冷静に突っ込む奏姉ちゃん。茜姉ちゃんは楽しそうだ。

 

「茜もアイドルやるか?」

「や、やらな〜いっ……」

 

修兄ちゃんのからかいに、茜姉ちゃんは首を横に振った。

 

「でもこれってさ、選挙に向けて支持率上げるために始めたことだよな」

「そだよ」

 

目を開けた遥兄ちゃんが再び呟く。ひかりんがそれに答える。

あれっ、でもそれって……

 

「正体隠してたら意味なくない?」

「あっ」

 

いま僕も思ったけど、あえて言わなかったのに……

ひかりんがフリーズしているとテレビの方で動きがあった。

 

「同じく新人アイドルの桜座あいす、ですわ」

 

アイドル衣装+女装した僕が画面に映る。カメラに向かってニッコリほほ笑んだ。

おー……この時は緊張してたけど、こうしてみると大丈夫そうだなぁ。笑顔の練習もした甲斐があったよ。

 

「ぐはあっ!」

「なにこの子っ、光より可愛いっ!?」

 

突然、茜姉ちゃんが胸を押さえて倒れ、岬姉ちゃんが驚きの声を上げる。

 

「姉上、お気を確かに!!」

「茜姉様!?」

 

倒れた茜姉ちゃんのところへ、輝と栞が慌てて駆け寄る。

僕もビックリしてそちらに振り向くと、茜姉ちゃんは幸せそうな顔で鼻血を垂らしていた。

 

「ぐへへ、可愛い……可愛いよぉ……!」

 

ダメだこりゃ! 国民に絶対に見せられない顔してる!!

 

「あ、茜……ほら、服が汚れちゃうから起きて?」

 

見かねた葵姉ちゃんが優しく抱き起す。

大丈夫かな。なんだかカオスになってきたぞ?

 

「ん? 遥、なんか頬赤くない? まさか……」

「は!? 何言ってんだよ岬!」

「いや、だってほっぺ赤いし」

「そんなわけないだろ! も、もう寝るよ!!」

「まだ昼だよ!?」

 

やいのやいのと騒ぎ出す岬姉ちゃんと遥兄ちゃん。

僕はそれを横目にそそくさとリビングを脱出する。

 

「ふう……」

 

廊下で一息入れた僕の肩をポンッと叩く影があった。

 

「さあ、氷。あたしの部屋へ行きましょうか」

「え?」

 

振り返るとそこには奏姉ちゃんが立っていた。

 

「忘れてないわよね? これから楽しい楽しい写真撮影会の始まりよ?」

「はぁっ!?」

 

そ、そういえば……

 

『私の悪口の件は、あんたの恥ずかしい写真一枚で許してあげるわ』

 

「えっ、あれ本気だったの!?」

「もちろんじゃない」

 

な、なんてこった。僕に選択権はないのか……

 

「じゃあ行きましょっか」

 

奏姉ちゃんに引きずられるように階段を上がり、部屋に連行される。

ドアがパタンと閉められた。

 

「うふふ、この日のために衣装を沢山用意したのよ?」

 

奏姉ちゃんがクローゼットから次々と服を取り出していく。

 

「うへえ……」

 

僕は天井を見上げる。

この日の撮影会は二時間に及んだという……




お読み下さり、ありがとうございました。
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