城下町のダンデライオン~氷の力を持つ王子~   作:ぽんぴん

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第二十二話を投稿します。

先週にも一話投稿してますので、未読の方はお気をつけください。


第二十二話「ばばばっ!」

とある日曜日。

僕は自室のベッドで仰向けになってうたた寝していた。するとお腹の上に何かが乗っかった感触がした。

 

……ひかりん? たまにだけど、僕がこうしてるとひかりんがくっついてくる事がある。

 

でも今回は少し感触が違う。薄目を開けると、そこには丸まった白黒の毛玉があった。

 

「ボルシチかあ……」

 

正体が分かってスッキリした僕はまた瞼を閉じた。

 

ボルシチ。最近我が家の一員となった猫の名前だ。

こいつがやってきたのは少し前。ひかりんがアイドルを目指し始める直前のころだった……

 

◇◆◇◆◇

 

「今週の当番決めるよー。お姉ちゃん達、集まってくださーい」

 

とある朝の櫻田家のリビング。ソファで寝ていた僕は葵お姉ちゃんの声で目覚めた。

 

葵お姉ちゃんに呼ばれて修兄ちゃん、奏姉ちゃん、茜姉ちゃん、岬姉ちゃん、遥兄ちゃんが集まる。

クジが入った箱を葵姉ちゃんがみんなに差し出した。

 

櫻田家では年長組の六人が毎週クジを引いて家事の当番を決めているのだ。クジの内容は掃除・洗濯・料理・買い物で、残り二本はお休みになっている。

ちなみに年少組は各々自主的にお手伝いすることになっていて、僕もそっちに入れられているのだ。いぇい!

 

「毎週毎週クジ引きなんて面倒だな……」

 

修兄ちゃんがクジ引き箱から伸びた棒を物色している。棒の先っぽに家事の内容が書かれた紙が貼ってあるんだ。

 

「だったら修ちゃんがずっと買い物当番やって!? 私それ以外なら掃除、洗濯、料理、全部やってもいいから!」

 

茜姉ちゃんが真剣な顔で訴える。この様子を毎週見ている気がする。

 

「茜姉さん、そこまで言わなくても」

「だって監視カメラがあるんだもん!」

 

苦笑する遥兄ちゃんに茜姉ちゃんが食い気味に言う。監視カメラが苦手な茜姉ちゃんは外に出る買い物を引きたくないらしい。

 

「じゃあ、買い物以外はみんなあか姉にやってもらおうよ」

「駄目よ。皆で手伝うって決めたでしょ? ちゃんと分担してやらないと」

 

岬姉ちゃんの提案を葵お姉ちゃんが却下する。二人がそんな事を言っている間に修兄ちゃんがクジを引いた。

 

「俺、掃除」

「私は……洗濯ね」

「ええ〜っ、料理ぃ?」

 

続いて葵お姉ちゃんと岬姉ちゃんが引く。

岬姉ちゃんは結果に不満げだ。

みんなが買い物を当てないせいか、茜姉ちゃんの顔がどんどん青ざめてるけど、大丈夫かな?

 

「買い物以外なら何でもいい……!! 買い物以外買い物以外……!!」

 

茜姉ちゃんが真剣な表情で祈っている。その隙に奏姉ちゃんと遥兄ちゃんがクジを引く。

 

「あっ、ラッキー♪」

「ごめん、茜姉さん」

 

なんと二人ともお休みを当てていた。残る棒は一本。ということは……

 

「買い物ぉおおおおお!!!!」

 

家中に響き渡るような声で叫んだ後、床に崩れ落ちる茜姉ちゃん。フラフラと立ち上がると机に突っ伏しちゃった。

 

「出掛けたくないぃ……」

 

蚊の鳴くような声で言う。茜姉ちゃんにとって買い物は地獄のような時間なんだ。

 

「冷蔵庫、空っぽらしいぞ?」

 

修兄ちゃんの言葉を聞いた瞬間、茜姉ちゃんの動きが止まった。ゆっくりと身体を起こし、修兄ちゃんを見つめる。

 

「修ちゃん……一緒に行こっか」

「嫌だよ」

 

修兄ちゃんは即答した。すると茜姉ちゃんが勢いよく立ち上がった。

 

「ひ、氷ちゃんは一緒に行ってくれるよねぇ!?」

「えっ! 僕!?」

 

突然話を振られてビックリする。しまった! 自分の部屋にいればよかった!

助けを求めるように遥兄ちゃんを見ると首を横に振られた。どうやら助けてくれないみたいだ。

 

「はいはい! あたしカレー食べたい! 氷くんが行くなら一緒に行く!」

 

突然現れたひかりんが元気に手を挙げた。そして僕の腕を掴む。

やめて! なんか僕も行く流れになっちゃってるじゃん!

 

「うひ、うひひひ……逃さないよぉっ……!」

 

ぎゃあっ! 茜姉ちゃんにも掴まれた!

 

「あー、もー! 分かったから離してぇ!」

 

僕は観念して叫んだ。こうして僕ら三人で買い物に行くことになったのだった……

 

◇◆◇◆◇

 

「ああ……」

 

玄関を出てから一分後。早くも茜姉ちゃんの元気がない。

 

「茜姉ちゃん、大丈夫?」

「うん……ごめんねぇ、こんなお姉ちゃんでごめんねぇ……」

 

どんよりとした空気を纏いながら謝ってくる。

……今日はいつも以上に重症だ。

 

「茜ちゃん、カレー嫌いなの!?」

「カメラが嫌いなのぉ……」

「今さら気にすることないよ。全国ネットでパンツ見られたんだし」

「ヤメてえええっ!!!」

 

ひかりんの言葉に茜姉ちゃんが頭を掻きむしりながら叫ぶ。

 

「ひかりん!? 茜姉ちゃんの古傷をえぐらないの!」

 

懐かしいな! ダンディくんゲームの時の話じゃないか。でもあれって、ひかりんにも責任があったような……

 

そんな感じで歩いていると電信柱の上に監視カメラがあるのを見つけた。

 

「茜姉ちゃん、あそこに監視カメラがあるけ……うわぁっ!?」

 

振り向いた僕の腕を茜姉ちゃんが掴んだ。

 

「カメラの前なんて通らないよぉ……!」

 

瞳孔が開いた目でそう言う茜姉ちゃんに戦慄する。

 

「逆らえばやられる……!?」

 

ひかりんも引いてる!

茜姉ちゃんに腕を引かれて僕らは細い路地に入り込んだ。

 

「ねえ、茜姉ちゃん大丈夫? もうさ、僕とひかりんだけで買い物済ませてこようか?」

「駄目っ、それは駄目っ……私が当番だし、これ以上二人だけに負担かけられないよぉ……!」

 

そう言いながら歩く茜姉ちゃんの足はガクブル震えている。

 

「無理しないでいいんだよ? また次頑張ればいいんだしさ」

「ヤメてぇ! 私を甘やかさないでぇ! 駄目人間になっちゃぅ!!」

「ええっ!?」

 

今日の茜姉ちゃん、本当におかしいよ……!  いつもよりネジが二、三本外れてる……!

 

「そうだ! ひかりんも励ましてあげて! ん? ひかりん?」

 

振り返ると、そこには誰もいなかった。

 

「ひかりん? あれ?」

 

返事はない。まさか……

 

「置いてかれた!?」

 

僕と茜姉ちゃんを置いて、一人だけ買い物に行ったのか!? そんなにカレー食べたかったの!? いや、ひかりんに限ってそんな事は……それに買い物袋とお財布は茜姉ちゃんが持ってるし!

 

「あの、ひかりんが居なくなっちゃったんだけど……」

「うそぉ!?」

 

茜姉ちゃんはキョロキョロと辺りを見回した。

 

「いない……どこにもいないぃ……!!」

 

泣きそうな顔で茜姉ちゃんが呟く。

 

「ど、どうしよう……探しにいかなきゃ、で、でもカメラが……人に聞いたほうがいいかなぁ……? でもでもそんなの恥ずかしいしっ……いや、今ごろ一人で泣いてるかも知れないっ……!」

「とりあえず落ち着こう? 茜姉ちゃん」

 

うん、あれだね。自分よりテンパってる人を見ると逆に冷静になれるって本当なんだね。

 

「じゃあ、まずは落ち着いて深呼吸しよっか。ひっひっふー、ひっひっふー」

「氷ちゃん、それラマーズ法だよ……」

「ごめん。間違えた。じゃあ、すっすっはっはっ、すっすっはっはっ」

「それマラソンする時の呼吸法! 大河ドラマで金○さんがしてたやつ!」

「ごめん。今度は間違えないから。せーの、すーはー、すーはー」

「それ、普通の息吸って吐くだけだよね!?」

 

茜姉ちゃんがツッコミを入れる。なんか普段通りに戻って来た。

 

「はー、落ち着いた。ありがとう氷ちゃん」

「どういたしまして」

 

ははは、と笑い合う僕ら。

 

「……なにも解決してない!」

 

茜姉ちゃんはハッとしたように叫んだ。

 

「どうしよう……早く見つけないと、もし誘拐とかされてたらどうしよう……!」

「だ、大丈夫だって。多分、ひかりんのことだからその辺で遊んでるよ」

「でもでも、もしかしたら何か事件に巻き込まれてるかも!? 大変っ! 一刻も早く警察に電話しなきゃっ!?」

「茜姉ちゃん!?」

 

ダメだこの人! またテンパってきた! 全然聞いてくれない!

 

「ひ、ひとまず手分けして探してみよ? 警察はそれからでも遅くないよ」

「そうだね……うん、分かった」

 

ようやく茜姉ちゃんが納得してくれた。良かった、これで何とかなるはず……

 

「じゃあ、私こっちを探すから、氷ちゃんはあっちを探して! あと、これ持ってて!」

「えっ!?」

 

茜姉ちゃんは自分が持っていた買い物袋と財布を僕に押しつけた。

 

「ちょっと待って!? 僕が茜姉ちゃんの荷物持つの!?」

「もちろん! 私はカメラに見つからないように隠れながら行くから! よろしくね!」

 

そう言うと茜姉ちゃんは駆け出した。

 

「ああ、行っちゃった……よし、いちおう僕も探すか」

 

こうして僕は一人でひかりんを探し始めたのだった。

 

「……どこ行ったんだろ、ひかりん」

 

僕は路地を抜けて広い道に出る。

たぶんこっちには居ない気がするけど、来た道は茜姉ちゃんが探してるからなぁ。

 

「ひかりーん、出ておいでぇー?」

 

返事はない。辺りを見回しても見当たらない。

もしかして、もう家に帰っちゃったんじゃ……いや、そんなことないか。

カレー食べたがってたし、その可能性は低いと思う。きっとどこかで遊んでるんじゃないかな。

 

「ひかりん、いるぅー?」

 

道路の端っこの溝を覗いてみてもいない。

自販機の下にもいない。

ポリバケツの中にも……いない。

やっぱり、こっちにはいないんじゃないかなぁ……?

 

「なにしてんの……? 櫻田くん」

「ぎゃあ!」

 

突然背後から声をかけられて飛び上がる。振り返るとそこには玉ちゃんが立っていた。しかもジト目で。

 

「わっ、びっくりした……! 急に声をかけないでよ!」

「こんなところでゴミ箱漁ってる方がびっくりするわよ……」

 

……しまった。完全に不審者じゃないか!

 

「ち、違うんだよ! これには深いわけがあって!」

「別にいいけど……あんまり変なことしないでよね?」

 

そう言って呆れたような顔をする玉ちゃん。

 

「玉ちゃんはなんでここに?」

「ああ、美緒の付き添いでちょっとショップに……」

 

よく見ると玉ちゃんの後ろに美緒ちゃんが隠れていた。ちっとも気づかなかったよ。

 

「美緒ちゃん、こんにちは~」

「……こんにちは」

 

緊張した様子で返事をする美緒ちゃん。

うーん、やっぱり美緒ちゃんとは距離を感じる。

 

「お姉ちゃん、早く行かないと売り切れちゃう……」

「あ、そうだったわね」

「売り切れちゃうって、何の話?」

「実は美緒が買いたいものがあって、それが限定品なのよ。で、急いでお店に向かってるってわけ」

 

美緒ちゃんが買いたいものって何だろう? さっぱり思い付かないや。

でも何だかすごく気になる。

 

「ねえ、僕も着いていっていい?」

「えっ!?」

 

僕が尋ねると美緒ちゃんが驚いたように目を丸くした。

 

「美緒、いい?」

「……う、うん。でも大丈夫かな?」

「あ、あー……そうね」

 

美緒ちゃんが心配そうに呟くと、玉ちゃんは何か思い当たることがあるのか微妙な表情を浮かべた。

 

「櫻田くん、変装用の眼鏡は持ってる?」

「うん」

 

僕は胸ポケットから伊達メガネを取り出してかけた。

 

「じゃあ、問題なさそうね。行きましょうか」

「うん」

「……(コク)」

 

こうして僕は玉ちゃんたちと一緒に出発したのであった。

 

◇◆◇◆◇

 

「……あった!」

 

目的地に着くなり、美緒ちゃんは嬉しそうな顔になる。

 

「ここ?」

 

美緒ちゃんが指差すところには一件のお店があった。それなりの人で賑わっている。いったい何のお店だろう?

 

「げっ」

 

看板を見た僕の口から変な声が出る。そこにはこう書いてあった。

 

『櫻田王家グッズ専門店 サクラダファミリア』

 

なんだこれ!?

 

「えーと、なになに……?」

 

看板をよく見てみる。

 

『櫻田王家の皆様の写真、ポスターなどを販売しています。当店で購入した商品はご自宅まで配送致します。お気軽にスタッフへご相談ください』

 

「なるほど……ここはいわゆる櫻田王家ファンの為のお店か」

 

ようやくさっきの二人の反応の意味が理解できた。僕には縁のない場所だし、王家の一員である僕が来たら騒ぎになりそう。変装してきて正解だ。

 

「お姉ちゃん、早く早くっ」

「はいはい」

 

美緒ちゃんが玉ちゃんの手を引っ張る。そして二人は店内に入って行った。

僕はどうしようかなあ……ここで待ってるのも暇だし、少しだけ入ってみようかな?

でも、入った瞬間に僕の正体がバレたりしないだろうか。まあ、みんな商品に夢中みたいだから大丈夫かな。

 

「よし、行ってみよう」

 

僕は店内に足を踏み入れた。中は思ったよりも広く、色々なものが置いてある。櫻田王家の集合写真、一人一人のブロマイド、櫻田王家のカレンダー、フィギュア、ぬいぐるみ、キーホルダーなどなど。どれもなかなかのクオリティだ。

 

「すげえ……! こんなにあるんだ!」

 

思わず感嘆の声を上げる。すると、近くにいた店員さんが笑顔で話しかけてきた。

 

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

「ええっと……ちょっと入ってみただけです。そうだ、何かオススメはありますか?」

「そうですね……こちらはいかがでしょう?」

 

そう言って差し出されたのは茜姉ちゃんのブロマイドだ。顔を真っ赤にして涙ぐんでいる。

 

「これって……」

「はい、全国ネットでパンツを映されて恥ずかしがっている茜様です」

「ぶふぅ!?」

 

やめてあげて!? そんなの売られてるって知られたら茜姉ちゃんのライフがゼロになっちゃうよ!

 

「ちなみに私も買いました。茜様推しなので。もちろん茜様ファンクラブにも入っております」

「ファンクラブ!? そんなのあるんだ!?」

 

茜姉ちゃんすごいな!? ファンクラブがあるなんて知らなかった!

 

「恥ずかしがる茜様シリーズは人気が高くて当店でも売れ筋ですよ」

「あ、そう……」

 

それは嬉しいけど、できれば茜姉ちゃん本人の知らないところで売らないでほしいな……

 

「他だと葵様や奏様のグッズが人気ですね」

「ああ、それは分かる気がします」

 

うんうん。だって二人とも世論調査の人気ランキング上位だもんね。

 

「ただ、最近は氷様グッズの人気も上がっておりまして……」

「は、はあっ!?」

 

いまなんつったこの人!? あるの!? 僕のグッズあるの!? どこに!?

 

僕は慌てて店内を見回す。しかしあるのは他の家族のものばかりで、僕の商品は見当たらない。

 

「氷様は最近まで病気療養されていたので、まだグッズの種類が少ないんです。王家の集合写真にもおられないくらいで……当店では特別コーナーを作って取り扱わせていただいております」

「あ、そう……」

「ちなみにあちらの方ですよ。もしご興味があるようでしたら是非!」

「あ、はい……」

 

そう言うと店員は去っていった。

 

「あっちって……ああ、あの壁際ね……」

 

言われたところに行ってみると、確かに小さなスペースが設けられていた。そこにあったのは……

 

「うっそ……僕の等身大パネル……」

 

なんと僕のパネルが展示してあったのだ。しかもなんかポーズを決めている。

 

「なにこれ……恥ずかしい……」

 

そう言えば、選挙ポスターの写真を撮ったときにカメラマンさんに言われてこんなポーズをした気がする。あのときはノリノリだったんだけどなあ……まさか商品化されるとは。

 

コーナーに目をやると数人の若い女の人が僕のグッズを真剣に吟味している。その様子はどこか熱気を帯びていた。

 

「うーん、こっちの方がいいかなあ……でも、もうちょっと可愛い方が……」

「えー、でも私はこれがいいと思うよ?」

「えー、でもぉ~」

 

どうやら僕について語り合っているようだ。当の本人がここにいるとは知らずに……

 

「うわぁ……なんか居心地悪いな……」

 

どうしよう。お尻の辺りがムズムズしてきた。そろそろ行こうかな……

僕がその場を離れようとすると、誰かが側を横切った。

 

「おおっ」

 

その人が肩から掛けていたカバンを見て思わず声が出る。なんとカバンの一面に僕の缶バッジがたくさん付いていたんだ。

まさか僕の大ファン!? 彼女は僕のコーナーに行くと商品を物色しはじめた。 

 

「ハア、ハア……どの氷くんも可愛いなあ……」

 

僕は彼女の横顔を見て吹き出しそうになる。この人、岬姉ちゃんの友達だ!

 

「な、何買おうかな……やっぱりこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれと――」

 

多いよ! どんだけ買うつもりだよ! って思っていたら商品を戻し始めた。お小遣いが足らなかったみたい。

 

「よし、これに決めた!」

 

ようやく決まったらしい。さっきまでの興奮した様子が嘘のように、冷静な表情で会計に向かっていった。

 

ふう……なんだか見てはいけないものを見たような……少し背筋が寒くなったよ。

 

僕はさっさとその場を離れようと思った。すると、また誰かが僕の横を通り過ぎる。

今度は長い黒髪の女の子だ。大きい帽子を被っていて、まるでアイドルみたいに綺麗な女の子。年齢は中学生くらいに見える。

その子は僕のコーナーに来ると真剣に商品を吟味し始める。やがて一枚のブロマイドを手に取ると、それを大事そうに胸に抱いた。

 

「……っ!?」

 

僕は思わず息を飲む。なぜなら彼女がとても幸せそうな顔をしていたからだ。うまく言えないけど、ずっと離れ離れだった恋人にやっと会えたみたいな……そんな感じ。

って恋人!? あわわ、我ながらとんでもない妄想をしちゃった!

 

僕が一人で顔を赤くしていると、彼女は会計に向かって歩き出した。

 

どうしよう……僕は彼女のことが気になっていた。なぜか分からないけど、彼女を追いかけないといけない気がする。

僕はゴクリと唾を飲み込むと足を一歩踏み出す。

その時だった。

 

「さく……コホン、お待たせ」

「ひゃわっ!?」

 

突然呼ばれて振り向くと玉ちゃんが立っていた。その隣には美緒ちゃんもいる。美緒ちゃんは紙袋を抱えてホクホク顔だ。

 

「あれ? 二人はもう買い物終わったの?」

「ええ、争奪戦になったけど何とかゲットしたわ!」

「ありがとう、お姉ちゃん……!」

 

ドヤ顔の玉ちゃんと、尊敬の眼差しで手を合わせる美緒ちゃん。

 

「って言うか玉ちゃん、いま僕の名前を言いそうになってなかった?」

「き、気のせいでしょ。それより、あなたは何を買ったのよ?」

「え、ええっと……僕はちょっといろいろ見てただけで……」

「ああ、まあ、そうよね……あなたが買いたい物なんて、ここには無いわよね」

 

複雑な顔をしながら納得する玉ちゃん。

 

「私たちは帰るけど、どうする?」

「そうだね。僕も帰え……ああっ!?」

 

僕はさっきの黒髪の少女のことを思い出した。急いで会計の方を見たけど、彼女の姿は見当たらない。もう帰ってしまったようだ。

 

「ど、どうしたのよ急に大きな声出して」

「あ、いや、うん……何でもない」

 

こうして僕らは店を出た。三人で道をテクテクと歩いていく。

 

「えへへ……」

 

美緒ちゃんが嬉しそうに紙袋を抱きしめて笑う。それを見ていると何だか僕まで幸せな気分になる。

 

「ねえ、何のグッズを買ったの?」

「あっ、えっと……」

 

急に困り顔になる。額に汗が浮かんで来たけど大丈夫かな……

 

「ああ、美緒は奏様の「氷様のグッズを買いました!!」」

「ええっ!?」

 

代わりに玉ちゃんが答え出したかと思うと、美緒ちゃんが玉ちゃんの口を塞いで叫んだ。

ぼ、僕のグッズ!? って、ちょっと待って。こんな展開、前にもあったぞ?

 

「大丈夫よ美緒。あんたが奏様推しなのは櫻田くんも知ってるから。ねえ?」

「う、うん」

 

僕はコクリと頷く。すると美緒ちゃんはホッとした顔になった。どうやらまた気を使わせちゃったみたい。なんだか気まずいな。話題を変えようかな。

 

「玉ちゃんは何か買ったの? ほら、茜姉ちゃんのとか」

「別に……今日は何も。美緒の付き添いで来ただけだったから」

 

今日は……か。これはきっと普段は違うってことだろうな。うん、これは間違いないな。茜姉ちゃんの熱狂的なファンの玉ちゃんが、一つもグッズを持ってない訳ないもん。

僕がそんな事を考えていると、玉ちゃんが急にジト目になる。

 

「何よ、その薄気味悪い顔は……」

 

おおっと、また顔に出ちゃってたか……

 

「別にぃ~」

「……なんかムカつくわ」

「そう言えば……」

 

珍しく美緒ちゃんが呟き出す。

 

「お姉ちゃん、前に氷様のブロマイド買ってた……」

「「ぶふぅ!」」

 

美緒ちゃんの爆弾発言に僕と玉ちゃんは揃って吹き出した。

 

「げほっ、げほっ! 美緒、あんた急に何言って……! あっ、さ、櫻田くんも! 変な勘違いしないでよね!? クラスメイトのよしみで買ってみただけなんだから! 一枚も売れなかったら可哀想でしょ!?」

「わ、分かったから落ち着いて!? ほら、深呼吸して!? ひっひっふー! ひっひっふー!」

「それラマーズ法ぉぉぉっ!!」

 

目をバッテンにした玉ちゃんの叫びが道端に響いた。

 

◇◆◇◆◇

 

それから少しして。

落ち着きを取り戻した玉ちゃんは美緒ちゃんを連れてバス停の方へ歩いていった。

最後に「どっと疲れたわ……」って言ってたけど大丈夫かな?

 

僕は二人を見送ると、家に向かって歩き出した。

おっと、もう変装はいらないね。眼鏡を外して胸ポケットへしまっておく。

 

「はぁ~……楽しかったなあ」

 

思わず独り言を漏らす。今日は本当に充実した一日だった。玉ちゃん達と知らないお店に出掛けたし、その前は……

 

「その前は……あああっ!?」

 

そうだっ、ひかりんのこと忘れてたっ!?

どうしよう! あれからずいぶん時間が過ぎちゃってる!?

僕は慌てて駆け出そうとする。すると……

 

「あっ、氷くん! こんなところにいた! もーっ、あちこち探しちゃったよー!」

「は、はい……?」

 

急に呼び止められて振り向くと、そこには金髪で綺麗なお姉さんが怒った顔で立っていた。その隣には幼稚園生くらいに見える赤毛ツインテールの女の子が、猫を抱えながらこちらを見上げている。

なかなか個性的な二人だな……

 

「えっと、どちら様で……?」

「えっ、あたし光だよ? って、そうだ、能力で大っきくなってたんだった」

 

金髪のお姉さんがポリポリと後頭部を掻く。

 

「えっ、ひかりん? とするとこっちの子は……?」

「氷ちゃんのお姉ちゃんだよっ!?」

「まさか茜姉ちゃん!?」

 

僕が驚いて仰け反ると茜姉ちゃん?は何回も頷いた。

 

「いったい何があったの……?」

「え~っと…帰りながら話そっか?」

 

大人ひかりんは苦笑しながら言った。

 

「つまり、木に登って降りられなくなった猫を助けようとして、ひかりんが大っきくなったと……そしたら服のサイズが合わなくなって、困ったとこに茜姉ちゃんが来たから、茜姉ちゃんを小さくして服を交換したと……」

 

うん、ややこしい。とりあえずそういう事らしい。

 

「でもさあ、小さくしすぎじゃない? ひかりんの服がブカブカになってるよ?」

「うん、やり過ぎた……」

 

 しゅんとする大人ひかりん。ってか、いつもと容姿が違うからなかなか慣れない。たしか24時間は戻せないんだっけ。

 

「まあ、それはいいんだけどさ……」

「良くないよっ! ああ、明日学校でからかわれる……」

 

ミニ茜姉ちゃんが食い気味に反論する。

 

「茜ちゃんごめんね……」

「ううん、私こそ怒ってごめんなさい……」

 

なんだか姉妹で謝りあってるけど、こんな姿は珍しいかも。

それにしても大人になったひかりんかあ……なんだろうこの感じ。すごく懐かしい気がするのはどうしてかな。

 

「……あっ」

 

僕はその正体に気づいた。

 

「金髪のお姉さん……!?」

 

震える手で大人ひかりんを指差す。

 

「え?」

 

可愛らしく大人ひかりんが首を傾げる。

 

あれは僕が家に戻る前、一人で街をぶらついていたときのこと。たまたま金髪の綺麗なお姉さんと知り合って、しばらく一緒に遊んで別れたことがあったのだ。今のひかりんはその時のお姉さんとそっくりだった。

 

「も、もしかして……あのときのお姉さん!?」

「……はい? ど、どういうこと? なに言ってるの氷くん」

「えっ、その……じつは僕、前に一度だけ金髪の綺麗なお姉さんと会ったことがあって……」

「な、何それ……? 氷くんったら、いつの間にナンパなんてしてたの? もー、ダメだよぉ」

 

大人ひかりんが呆れた顔で言う。

 

「ち、違うよ!? 本当にあったことなんだよ!」

「本当って言われても……」

「ほ、ほんとうだってばぁぁ!!」

 

僕の必死の訴えを聞いて、大人ひかりんは腕を組んで考え込む。すると……

 

「……ああっ!」

 

急に何かを思い出したようにポンッと手を叩いた。

 

「思い出した! 氷くん、あの時の子だ! そうだよねっ!」

「そう、それそれ!」

「そんなっ、家に来る前に会ってたなんて、これもう運命だよ! すごい! やったー!」

 

感極まった大人ひかりんが僕に抱きつく。

 

「はわわっ!」

 

僕は慌てて離れようとするが、大人ひかりんの方が力が強くて逃げられない。

 

「ちょ、ちょっと!? みんな見てるから!?」

「そ、そうだよ光!? それに絵面がヤバいからやめて!? 氷ちゃんを襲ってるみたいに見えるから!」 

 

ミニ茜姉ちゃんが慌てて止めに入る。

 

「えっ、あっ、ご、ごめんね氷くん。嬉しくてつい……大丈夫?」

「う、うん……なんとか」

 

僕はフラつきながらも何とか立ち上がった。それからも大人ひかりんはずっと上機嫌だった。

 

そんなこんなで家に帰り着く。

 

「ただいまー」

「おかえりーって、誰だお前らっ!?」

 

出迎えてくれた修兄ちゃんが大人ひかりんたちを見てビックリする。まあ、そういう反応になるよね……

 

「なになに?」

「どうしたの?」

 

ハプニングの匂いを嗅ぎつけて、岬姉ちゃんと奏姉ちゃんがリビングからやってくる。

二人はミニ茜姉ちゃんを見ると顔を輝かせた。

 

「何この子どこで捕まえたの!?」

「岬のお姉ちゃんだよ!」

「なるほどー!!」

 

ミニ茜姉ちゃんに抱きつく岬姉ちゃん。そのままミニ茜姉ちゃんを小脇に抱えると猛烈な勢いでダッシュした。奪取だけに。

 

「はなしてええぇぇっ!」

 

ミニ茜姉ちゃんは叫びながら連れ去られてしまった。

僕らは唖然として二人を見送る。すると我に返った修兄ちゃんが僕たちに訊ねた。

 

「で、買い物はどうした?」

「「ああっ」」

 

僕と大人ひかりんの声がきれいにハモった。

 

◇◆◇◆◇

 

そして週末。リビングのテレビからアナウンサーの声が聞こえてくる。

 

『以上、教えて真島さんのコーナーでした』

『さて皆さんお待たせしました。ここで六月第一週の世論調査の結果を発表します!』

 

僕の隣に座っているひかりんがゴクリと唾を飲み込む。リビングに集まっている他の兄弟たちも真剣に画面を見つめている。

 

『結果はこちらです!』

 

デデンッ! という効果音と供に結果の一覧が表示される。

 

「ええっ、猫ちゃん助けたのに全然上がってないじゃん! なんで!?」

 

不服げに声を上げるひかりん。そんなひかりんの順位は五位だった。

ちなみに僕の順位は……どうでもいいよね、うん……

 

「なんでって、あの辺りカメラ無いじゃない」

 

茜姉ちゃんが冷静に指摘する。

 

「うぐっ、たしかに……」

「光は昔から抜けてるところがあるよね。今回は残念だったけどさ、次があるって」

 

岬姉ちゃんが優しく言う。

 

「うん……まあ……いっか」

 

ひかりんは目に涙を少し潤ませながら呟く。そして膝の上で眠る猫の頭を撫でたのであった。

 

◇◆◇◆◇

 

結局のところ、ひかりんが助けた猫を飼うことになったんだよね。

 

「でもなんでボルシチって名前になったんだろ?」

 

気がついたらみんながボルシチ、ボルシチって呼んでたんだよね。

 

「謎だ……まあいいや」

 

僕は大きなアクビをして瞼を閉じる。

あ、ウトウトしてきた……

 

「すぴぃ……」

 

そのまま僕はあっという間に眠りに落ちる。

 

部屋のドアが少しだけ開いていて、そこから誰かがジッとこちらの様子を伺っていることに気づかずに――




お読み下さり、ありがとうございました。
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