すみません、今までで一番長くなってしまいました。
分割して投稿しようかとも思ったのですが、一気に読んでいただいた方がいいと思いましたのでまとめて投稿します。
朝ごはんを食べ終わった後、スローガンを考える参考にみんなの選挙用のチラシを母さんからもらった。
それを自室のベッドの上に並べて眺めてみる。
みんなのスローガンは以下の通りで、こうしてみると、それぞれの個性が現れていると思う。
長女・葵「安心、安全な暮らし」
長男・修「やる時はやる男!」
次女・奏「清き一票で明るい社会を」
三女・茜「私は…負けません!」
四女・岬「みんなの力、みんなのために」
次男・遥「将来を託すなら」
五女・光「キラめく☆世界を!」
四男・輝「この手で、国を守ります!」
六女・栞「優しい町、優しい国に」
それにしても色んなパターンがある。
自分が思い描く理想の国の形を示したものもあれば、決意表明になっているものもある。
安心、安全、明るい社会、優しい町、優しい国。
みんないいこと言うなぁ……って、感心してる場合じゃない。僕も考えないと。
今の時間は8時半。お城から迎えが来るのは12時。
スローガンの話を聞いたときは慌てちゃったけど、落ち着いて考えれば時間はあるはずだ。
えーっと、まずは理想の国路線でいってみよう。
僕の思い描く理想の国って何だ? それにはまず国とは何なのかというところから考えねばならないと思う。つまりそれは――
「――Zzz……うはっ!」
いけない、気が付くと30分ほど眠ってしまっていた。僕は難しいことを考えるとついつい眠ってしまうんだ。
でもまだ大丈夫。時間はある。もう一度落ち着いて、ゆっくり――
僕が再び鼻ちょうちんを膨らませ始めた時、部屋のドアが勢いよく開いた。
「氷? あなたの荷物が届いたから、部屋まで運んでくれる?」
「うひゃわ!? わ、わかったよ母さん!」
母さんの声にビックリした僕は夢の世界から現実に一気に引き戻された。
僕の荷物が今日届くっていうのは知っていたけど、こんなに早いとは思わなかった。
仕方ない。スローガン作りはいったん中断して、荷物を運ぼう。
「疲れた……」
それから1時間くらい掛かって、僕は全ての荷物を部屋に運び終えた。
といっても、ほとんど段ボール箱に入れたままだけど……
僕は腕力が無いから、段ボールを1つずつ運ぶしかなくて時間が掛かってしまった。
時刻は10時を少し回ったところ。だいぶ時間が過ぎてしまったけど、まだ大丈夫なはずだ。
よし、再びスローガン作りに取り掛かろう。
「荷物運びご苦労さま。ホットケーキとジュースを用意したけど食べる?」
「食べる!」
僕は母さんと共に下へ降りて行った。
「ホットケーキ美味しい!」
母さんが作ってくれたホットケーキは絶品だった。これなら何枚でも食べられちゃいそう。
嬉しそうにホットケーキを食べる僕を見ながら母さんもニコニコしてる。
あっという間に2枚も平らげてしまった。お終いにジュースを飲んで、ホッと一息。あぁ、美味しかった……
「ごちそう様でした。でもなんでこんな時間にホットケーキ?」
「お昼になったらお城に行っちゃうでしょ? そしたらいつ昼食を食べられるか分からないから、ちょっと早いけどお腹に何か入れておいた方がいいと思って」
なるほど……って、もう11時!?
ホットケーキを食べてマッタリしていたら1時間も立っちゃってる!?
「あわわわ!」
「どうしたの? 急に慌てだして」
「母さんどうしよう! もうすぐ迎えが来るのに僕まだスローガン考えてないよ!?」
「そうだったの?」
「うん、荷物運んだりとかしてたから……どうしよう、変なスローガンにしたら皆に笑われちゃうよ……」
「なんだ、そんなこと心配していたの? 氷がちゃんと考えたスローガンだったら、みんな笑ったりしないわよ」
「そうかな?」
「そうよ」
母さんはそう言ってくれるけど、やっぱりちょっと不安だ。
迎えが来るまであと1時間。
それまでの間にいいスローガンを考えなくちゃ。目を瞑って集中する。
……あ、だめだ、お腹いっぱいで眠く……な……
薄れていく意識の中、遠くから電話が鳴る音が聞こえた気がした。
「んあ……」
いけない、また寝ちゃってたぽい……っていま何時!?
リビングの時計は12時ピッタリを指していた。
うわっ!? もう迎え着ちゃう!?
「あら氷、起きたの?」
「どどどどうしよう母さん!? もう迎え着ちゃうよ!?」
「写真撮影だったら、さっきお城から電話が来て明日になったわ。カメラマンの人が体調を崩しちゃったんですって」
「なん、だと……」
助かった! 神様ありがとう!!
「こーら、喜んじゃだめよ」
思わずガッツポーズをとっていたら母さんに怒られてしまった。
「ごめんなさい母さん」
「分かればよし。それじゃ、午後はお部屋の片づけとスローガン作りを頑張ってね」
「うん、わかったよ!」
その後、僕は部屋に戻ると部屋の片づけを始めた。
部屋の中が奇麗になっていないと、良いアイディアは浮かばないからね。
スローガン考えるのが面倒だからって、後回しにしたわけじゃないよ! 本当だよ!?
段ボールから荷物を取り出し、部屋の中に配置していく。
荷物の中には昨日リムジンの中に忘れてきてしまった携帯ゲーム機と、あと携帯電話も一緒に入っていた。
どっちもバッテリーが切れそうだったので、それぞれコンセントにつないだ充電台にセットする。
あと途中で古い漫画とかを見つけて何度か手が止まっちゃったけど、その度に様子を見に来た母さんに怒られて片づけを再開することができた。
しばらくして僕は部屋の片づけを終えることが出来たんだ。
◇◆◇◆◇
「スローガンだけど、家の中で考えるより外に行ってみた方が良い案が浮かぶんじゃない?」
片づけを終えた僕がリビングに行くと、母さんがおにぎりを作って待ってくれていた。
僕がおにぎりを食べ始めると、母さんがお茶を用意しながら僕に言った。
「うーん、そうだね。そうしてみるよ」
家の中で考えだすとまた寝ちゃいそうだし、僕は母さんのアイディアに乗ることにした。
おにぎりを食べ終えた僕は家を出て、町を歩きながらスローガンについて考えてみる。
理想の国路線はいろいろ考えてみたけど、あまり良いのが浮かばなかった。
今度は決意表明の路線でやってみよう。
そうして歩きながら考えることしばし――
「あれ? ここどこ?」
気付くと、あまり見覚えのない川沿いの土手の上に僕は立っていた。
辺りを見回してみる。すぐ側に小さな橋と、遠くの方に町が見えた。
歩きながら考えているうちにかなり遠くまで来てしまったみたい。
すぐ引き返そうと思ったけど、足が棒のように疲れてしまっている。
仕方ない、あの橋の下でちょっと休もう……
僕は土手を下り、橋の下へと歩いて行った。
「わお」
橋の下には先客がいた。
『ミィー』
『ナーオ』
そこに居たのは猫の親子だった。親猫っぽいのが1匹と子猫が3匹。
誰かが世話をしているみたいで、畳んだシーツの上にエサ用のお皿やクッションが置いてあって住処が作られていた。
シーツの下から段ボールの板が敷かれていて、住居の左右と後ろが段ボールで低い仕切りみたいになってる。これは子猫が出て行きにくくするためかな?
猫たちは全員シーツの上に居て、親猫っぽいのは僕をジッと見つめている。3匹の子猫は親猫の周りで楽しそうにじゃれ合っていた。
「かわいい……」
思わず声に出してしまった。
よし、なでなでしよう。
『フシャーッ!』
「うわっ!」
住居に近づいていったら、親猫に思いきり威嚇されてしまった。
なんで怒るの!? なでなでしようとしただけなのに!?
「ちょっと! なにしてるのよ!」
「あわわ!」
突然後ろから誰かに怒鳴られてしまった。
振り向くと知らない女の子が仁王立ちで僕を睨んでいる。
よく見るともう一人、ちょっと小さい女の子が、僕を怒鳴った女の子の後ろに隠れるように立っている。
僕を怒鳴った女の子は長い髪をしていて、ちょっと気が強そうな感じ。年は僕と同じかちょっと下くらいに見える。
後ろの小さな女の子はショートカットの髪で大人しそうな雰囲気。栞が成長したらこんな風なのかな?
二人とも学校が終わってから家で着替えてきたみたいで、それぞれ私服を着ていた。
僕を怒鳴った女の子は側まで歩いてきたかと思うと、シッシッと手で僕を追い払う仕草をした。
もう一人の女の子も彼女の後ろに隠れたまま付いてくる。
「えっと、あの、僕ちょっとなでなでしようとしただけで……」
「知らない人が近付いたらケーカイするわよ。お母さんが子供を守ろうとするのは当たり前でしょ。そんなことも分からないの?」
そう言って、僕を怒鳴った女の子は呆れたような目をした。
後ろに居た女の子は猫の住処の前に座り込んで、親猫の頭を撫で始めている。
「ごめんなさい……そこまで気付かなかったんだ」
僕が謝ると、女の子はハァ、とため息をついた。
「私は玉緒。こっちは妹の美緒。あんたは?」
「ぼく? えーっと、僕はひょ――」
正直に言いかけて、いったんストップする。
名前を聞いてくるってことは、彼女は僕のことを知らないみたい。
僕はまだ病気療養中ってことになってるし、ここは王族だってことをバラさない方が良いよね?
「ひょ、なに?」
あれこれ考えていると、玉緒ちゃんが怪しむ目で睨んできた。
しまった! 本名の最初のほう聞かれてた!
僕はこういうときのための偽名を用意してるんだけど、使えなくなってしまった。
すぐに別の名前を考えないと! え~っと、ひょ、ひょ……
「ひょー……どる」
「……は? ひょーどる?」
うわあああ僕のばか! ヒョードルって、たしか輝が言ってた謎のキーワードじゃないか!
でももうこれで押し通すしかない!
「そう! やぁ、ぼくヒョードル! よろしくね! ハハッ」
「ふ~ん。変わった名前ね」
やった! 玉緒ちゃん信じてくれた! ふぅ、焦って声がちょっと裏返っちゃったよ。
あっ、妹の美緒ちゃんが不審者を見る目で僕を見てる!
僕が名前を答えると玉緒ちゃんは美緒ちゃんの隣に座り、ポケットからキャットフードの缶詰とスプーンを取り出した。
缶詰を開けると、慣れた手つきでスプーンを使ってキャットフードをほぐし始める。
その様子を見た親猫と子猫達が二人の元へ近寄っていき、頭を二人の足に擦りけていく。
そうか、二人が猫の親子の世話をしていたんだ。僕も二人の後ろに座り、声をかける。
「ふたりは親猫に怒られないんだね?」
「いつもご飯あげてるから懐いてるだけよ」
「そっか。親猫が子猫を守るみたいに、その親子を守っているのは君達なんだね」
「見てないで何か手伝いなさいよ! ほらそのお皿川で洗ってきて!」
振り向いた玉緒ちゃんに怒られてしまった。ちょっと頬が赤くなっているように見えるけど、風邪気味なのかな?
僕は渡された皿を受け取ると、立ち上がって橋の下から少し離れたところにある川に向かう。
川辺に到着した僕は座り込むと川を覗き込む。
うん、川の水は澄んでいて、洗うのに使っても問題なさそうだ。
後ろを振り向くと、玉緒ちゃんに何か指示された美緒ちゃんが小走りで何処かに向かっていくところだった。
手に何か持ってる。光ってるように見えるからペットボトルか何かかな。水道に水でも汲みに行ったのかな?
視線を前に戻し、皿洗いを開始する。
まずは皿全体を水の中に浸して振ってみる。少し振り続けてから川から取り出してみると、まだ皿にはキャットフードのカスがこびり付いていた。
あ~、これは直接擦らないと取れないな。でも手で触るのはちょっと嫌だ。
スポンジとかあればいいんだけど……ええい、スポンジが無いなら別のものを使えばいいじゃない!
僕は能力を使って、手のひら大の雪玉を作り出した。
これは僕の特殊能力の応用技だ。力を調節すれば氷だけでなく、雪玉を作ることもできるのだ。
雪玉を片手で適度な硬さに握ると、スポンジの代わりにして皿を擦っていく。
するとあっという間にキャットフードのカスが落ちていった。氷だとツルツル滑っちゃって汚れが落ちにくいからね。
うん、これでよし……と。後は証拠隠滅にこの雪玉を川に捨て――
ゴトッ、バシャッ――
「?」
何かが落ちる音と水がこぼれる音。
後ろを振り返ると、ちょっと離れた場所で美緒ちゃんが驚いた顔をして立っていた。
美緒ちゃんの足元には水が入ったペットボトルが落ちていて、中からどんどん水がこぼれてしまっている。
…え? あれ? なに? どゆこと? もしかして能力を使うところ見られちゃった……?
やばっ、とにかく誤魔化さないと!
「わっ、美緒ちゃん水がこぼれてるよ!」
僕は雪玉を持った右手を後ろに隠し、落ちているペットボトルを左手で指さした。
我に返った美緒ちゃんがペットボトルを拾うために慌ててしゃがみ込む。
今だ!
「そぉい!!」
僕はその隙に雪玉を川に投げ込んだ。これで証拠隠滅完了!
美緒ちゃんの方を見ると、なんだか怯えた顔でペットボトルを抱きしめている。
「えっと、僕がちゃんとお皿を洗えてるか心配で見に来てくれたのかな?」
こくこくと頷く美緒ちゃん。
「ほ、ほら! 僕ちゃんとお皿洗えたよ! こんなにピカピカ!」
奇麗になったお皿を掲げるように見せつける。
こくこくと頷く美緒ちゃん。
怯えた表情は変わらない。
王族が特殊能力を持っていることは、国民全員が知っている。
仮に雪玉を出す瞬間を見られていないとしても、季節外れに雪玉なんか持っていたら特殊能力で出したと推理されてもおかしくない。
これはもう、僕が王族だとバレちゃったと思った方が良いのだろうか……
美緒ちゃんは黙ったまま何も言わない。
そういえばこの子、まだ一回も喋ってない気がする。
無口なのかな? それとも茜姉ちゃんみたいに人見知りが激しいのかな。
よし、いちおう確認してみよう。
「……あ~、見ちゃった?」
ふるふると首を横に振る美緒ちゃん。
セーフ! ギリギリセーフ!! よかった、僕が王族だとバレちゃったかと思っちゃったよ。
ちょっと考えすぎちゃったみたい。安心した僕はホッと息をついた。
「よし! じゃあ戻ろう!」
僕は立ち上がり、美緒ちゃんと一緒に橋の下に向かって歩き出した。
ほんと、特殊能力の使いどころは要注意だね。
「二人ともおそーい」
橋の下に戻ると玉緒ちゃんが頬を膨らませて怒っていた。
「ごめんごめん、ちょっと手間取っちゃって」
よかった、玉緒ちゃんも僕が能力を使うところは見ていなかったみたい。
「誰かに言われないと動けないようじゃ、茜様みたいになれないわよっ!」
うわっ、なんで急に茜姉ちゃんのことをっ!?
もしかして玉緒ちゃんは茜姉ちゃん推しなんだろうか。
僕がそのことを聞いてみると――
「もしかしてヒョードルくんも?」
と、顔を輝かせちゃった。
茜姉ちゃんって人気あるんだね。おっと感心してる場合じゃない、質問に答えないと。
でも僕、投票する側じゃなくて投票される側になるんだよね……?
今朝は勢いで葵姉ちゃんに一票なんて思っちゃったけど、そもそも僕らは投票できるのかな?
「えっと~、どうだろ……」
「ゆーじゅーふだんねっ」
怒られてしまった。
なんだか玉緒ちゃんには怒られっぱなしな気がする。
こういう時は別の人に話を振ってみよう。
「美緒ちゃんは誰が好き?」
「え、えっと……」
僕が訊ねると、美緒ちゃんは困った顔をしながら小さく呟いた。
なんだか額に汗を浮かべてるように見えるけど、大丈夫かな……?
「美緒は奏様推し「私はひょうさまです!!」」
玉緒ちゃんが代わりに喋り出したかと思うと、美緒ちゃんが玉緒ちゃんの口を塞いで大声で叫んだ。
えっ!? ひょうさまって、僕!? なんで!? まだ立候補してないのに!?
僕って人気あったの!? いつの間に!?
「どうしたの美緒、いつも奏さモゴモゴッ、それに氷様は療養中だから立候補してなモゴモゴッ」
美緒ちゃんは玉緒ちゃんの口を塞ぎ続ける。
「そ、そうなんだ~……」
僕も動揺してしまって、姉妹の様子をただ眺め続けていた。
◇◆◇◆◇
「お家では飼えないの?」
エサを食べ終わった猫たちを座って見つめる玉緒ちゃんと美緒ちゃんに聞いてみた。
「パパが猫アレルギーなの」
「そうなんだ」
「でも、パパが働いてお金を稼いでくれるから、この子達のご飯が買えるんだもん。
この子達もここが気に入ってるみたいだし。それで十分よ」
玉緒ちゃんが手を伸ばすと、親猫は首を伸ばして顎を差し出した。
そのまま玉緒ちゃんが顎を撫でると親猫はゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らし始める。
「そっか」
間接的に二人のお父さんがこの子猫達も守ってるんだ。
「ヒョードルくんも触ってみる?」
「いいの!? でもまた怒られたりしないかな?」
「私が抱いてれば平気よきっと」
玉緒ちゃんは確認を取るように親猫に「ね?」と言った。
「じ、じゃあ……」
僕はドキドキしながら右手の人差し指を1匹の子猫に伸ばす。
指先が子猫の顔にそっと触れる。柔らかくてもふもふとした感触が伝わってくる。
にやけた笑みを浮かべる僕。
そんな僕がおかしかったのか、玉緒ちゃんも笑みを浮かべた。
「僕、そろそろ行くね」
休んでいるうちに足の疲れも取れた僕はゆっくりと立ち上がる。
「えっ、もう?」
「またここに来てもいいかな?」
「べつに好きにすればっ」
頬を赤らめながら、そっけなく言う玉緒ちゃん。
「ありがとう。あと玉ちゃんって呼んでいい?」
「は?」
「いやだって、玉緒ちゃんって長くて呼びづらくて」
「あんた何言ってんの!?」
玉緒ちゃんはますます顔を赤くした。まるでリンゴみたいになってる。
駄目かな、やっぱりひかりんみたいにたまりんの方が良かったのかな?
「美緒ちゃんはどう思う?」
「ヒョードル様のお好きにされるのが良いと思います」
僕が訊ねると、なぜか美緒ちゃんはビクッと体を震わせた。
「ちょっと美緒!? なんでヒョードルくんの味方してんのよ! あとなんで様づけなの!?」
「よし、じゃあ賛成多数で玉ちゃんに決定!」
「納得いーかーなーい! あと美緒に何かした!? 急にプルプル震えだしたんだけど!?」
絶叫する玉ちゃんの声を背中に、僕は歩き出した。
土手をのぼり、町に向かって進んでいく。
歩きながら、玉ちゃん、美緒ちゃん、猫の親子達の事を思い出す。
その人のできる範囲で、守るべきものを守っていけば、それがきっとすべてに繋がったりするのかな?
「今度は僕も何か食べ物を持って行ってあげようっと」
そうしたらあの猫の親子達も僕にも懐いてくれるかな?
空を見上げると、いつのまにか辺りも薄暗くなってきて、遠くに沈んでいく夕陽がすごく奇麗だ。
「って……」
ここから歩いて帰らなきゃと思うと、だんだん気分も沈んできた。
ふと前を見ると、バス停が目についた。
そうだ、帰りはバスに乗ろう!
僕は小走りでバス停に向かい、バスの到着時刻を確認する。次のバスが来るまで10分くらいだった。
このままここで待って……あ。
「お金持ってないや」
お財布を部屋に忘れてきてしまったみたい。
いったん橋の下に戻って玉ちゃんに借りてくる? うーん、それはちょっとかっこ悪いかも……
どうしようかと悩んでいると後ろから一台のリムジンがやってきて、僕の側で止まった。
「お迎えに参りました。氷様」
リムジンのドアが開き、運転席にいたメイドが降りてきて僕に一礼した。
彼女とは昨日家の前で別れたばかりで、こんなに早く再会するとは思わなかった。
「あれ、なんでここに?」
「氷様がいつまで経ってもお戻りにならないので、陛下のご命令で捜索隊が結成されました。総勢300名の隊員が町中を探し回っております。
私も五月様からご命令を受けて、氷様を探しておりました」
「なんか大事になってる!?」
ちょっと帰りが遅くなっただけじゃないか!
二人とも心配性すぎるよ!
「お出かけになる際は必ず携帯電話をお持ちになるよう、申しておいたはずですが」
携帯電話……? あぁ、充電したまま部屋に置いてきちゃった……
「ごめん、今度から気を付けるよ」
「お分かりいただければ結構です。では、お車の中へ」
「うん」
メイドに誘導されて、僕はリムジンの後部座席に乗り込んだ。
「ちなみに葵様を始めご兄弟の皆様も大変心配されておいでです」
「へ、へぇ~……」
なんだか嫌な予感。
背中に冷たい汗が流れる感触がした。
「とくに奏様と茜様がひどく動揺されたそうで、奏様は能力を使って氷様捜索マシーンを生成されようとしたところを、茜様は氷様をお探しに外へ飛び出そうとしたところを他のご兄弟に取り押さえられたとのことです」
「うん、その情報は知りたくなかった!」
「どうやらお二人とも氷様が家出されたと本気で思い込んでしまわれたようです」
思わず頭を抱える僕。
外に出るのが苦手な茜姉ちゃんが飛び出そうとするとか、もう本気で誤解されちゃってるじゃないか!
え~と、誤解を招くようなことってあったっけ?
昨日ベッドで茜姉ちゃんに抱き着かれたとか、奏姉ちゃんにひかりんのパジャマを渡されたのは憶えてるけど……え、まさかそれが誤解の原因?
大きくため息をつき、後部座席のクッションに深く寄りかかる。
リムジンはゆっくりと土手の上を町に向かって走っていく。
あぁ……夕陽がきれいだ……
これから家に帰った後のことを考えると、気分がどんどん重くなる。
「ねぇ、このまま僕達が住んでいた別宅に戻っちゃ駄目かな?」
「私はそれでも構いませんが、きっと後で大変なことになりますよ」
「ですよねー……」
このまま家に帰らなかったら、それこそ大騒ぎだ。
仕方ない、観念して家に帰ろう。
僕の諦めた様子を見て、メイドがクスッと笑った。
「たった一日で、氷様はお変わりになられましたね」
「急に何言ってんの!?」
「今までより表情が明るくなられましたし、王族としてもご成長されたように感じます」
「ちょ、やめて! そんな急に成長しないから!」
これって褒め殺しっていうやつ? メイドめいったい何を企んでるの!?
何か裏がありそうって思っていても、だんだん顔が赤くなってしまう。
恥ずかしさのあまり僕は両手で顔を隠してしまった。
顔が熱でジンジンしてくる。さっきの玉ちゃんみたいに真っ赤になってるんだろうな、きっと……
「櫻田家に戻られるよう陛下が仰ったときは心配しましたが、この様子なら大丈夫ですね」
恥ずかしがる僕を無視して、メイドは言葉を続ける。
「きっとこれから、氷様には色んなことが起きると思います。それは楽しいことばかりではなく、悲しいことや辛いこともです。
でもこれだけはお忘れにならないでください。氷様はお一人ではありません。
陛下や五月様、ご兄弟の方々、そして国民の皆様が側におられます。
困ったときや苦しいときはご相談してみてください。必ず力を貸してくださるはずです。
そして、周りの方々が困っているときは氷様、あなたのお力を貸してあげてください。
それが私からの最後のお願いです」
僕は顔から手をどけて、ルームミラー越しにメイドの顔を見た。
彼女はいつになく、真剣な顔をしていた。
え……なにこの空気? とか、え、なにメイド死ぬの? 死んじゃうの?とか、茶化せる感じではなかった。
「うん、分かったよ」
僕はメイドに答えた。
「あと氷様は他力本願が過ぎるところがあります。人に頼るのと力を借りるのは違いますので、そこは履き違えないようお気をつけください」
「う、うん…」
最後に思い切り痛いところを突かれてしまった…
それからしばらくして、リムジンは櫻田家にたどり着いた。
メイドにお礼を言って家の中に入ると、茜姉ちゃんと奏姉ちゃんに泣きながら抱きつかれた。そして父さんと母さんの前で正座させられ、連絡しなかったことについて怒られた。
「……ふぅ」
そして僕はいま自分の部屋にいる。
時刻は夜の22時。明日から学校だから、そろそろ寝ないといけない。
「お休みなさーい……」
ベッドに入り、目を瞑る。あっという間に睡魔が襲ってきて、僕は眠ってしまった。
なんか忘れてる気もするけど、思い出せないなら大したことじゃないよね?
部屋の机の上には、兄弟たちの選挙チラシがまとめて重ねられて置かれていた。
お読み下さり、ありがとうございました。
先日、原作の3巻を買ったところ、出てきた玉緒姉妹が可愛かったのでつい出してしまいました。
原作では玉緒姉妹と遭遇するのは茜ですが、このSSでは氷に変更しました。
あと、玉緒姉妹って、年齢はいくつなんでしょうね?
よく分からなかったので、氷と同じくらいというふうにしました。