今回は前回の裏話になります。
皆さんこんにちは。いや、そろそろこんばんはの時間かな。
櫻田家の次男、遥です。
弟の氷が帰ってきた翌日の夕方。
学校から戻った僕は、二階の自室で静かに読書をしていた。
相部屋の岬はリビングに行っているため、この部屋には僕しかいない。
やがて他の兄弟も帰ってきたみたいで、下から聞こえる声が賑やかになってきた。
それだけならいつも通りの我が家の日常だけど、今日は何だか様子が違っていて……時おり叫び声のようなものが混じって聞こえてくる。
「ああもう、煩いな…」
こんな状態じゃ、落ち着いて本が読めないよ……
ヘッドフォンをして無視してもよかったけど、少し気になったので僕も下へ降りてみることにした。
「なんだこれ」
リビングでは茜姉さんと奏姉さんが他の兄弟達によって押さえつけられていた。
「葵姉さん、何があったの」
僕は側に居た葵姉さんに事情を尋ねる。
「えっと……それがね」
困った顔をする葵姉さん。
なんでも昼ごろから氷が出かけたまま帰ってきていないとのこと。
最初はみんなで心配しているだけだったけど、光の一言が状況を一変させてしまったそうだ。
「もしかして、家出しちゃったんじゃないの?」
それで心当たりのある茜姉さんと奏姉さんが暴走し始めたところを皆で抑えた……と。
茜姉さんは外出が苦手なのに我を忘れて外へ飛び出そうとし、奏姉さんは氷捜索マシーンなるものを生成しようとしたとか。
あぁ、何だか頭痛がしてきた。後で光にはお説教が必要だな。
でも今はこの混乱を鎮めるのが最優先だ。はっきりいって近所迷惑だし。
「とにかく二人とも落ち着こうよ。まだ家出と決まったわけじゃないでしょ?」
「でも遥ぁ、私のせいで氷ちゃんが!」
「姉上暴れないでください!」
「茜姉様、いい子いい子」
特殊能力で怪力になった輝が茜姉さんを押さえている。
横で栞が茜姉さんの頭を撫でてるけど、効果は無いようだ。
「離して修ちゃん、岬!」
「そう言われてもな」
「かな姉落ち着いて!」
部屋の別の場所では奏姉さんが修兄さんと岬に取り押さえられている。
まずは説得しやすそうな茜姉さんからいってみよう。
「で、茜姉さんは何か心当たりがあるの?」
「あるけど……恥ずかしくて皆の前じゃ言えないよ~!」
顔を真っ赤にして叫ぶ茜姉さん。
「だったら、僕だけに教えて。それならいいでしょ?」
「う、うん……」
茜姉さんから耳打ちされて聞いた内容は次のとおりだった。
それは昨晩のこと。お風呂が沸いたことを伝えに、茜姉さんは氷の部屋に行った。
すると氷はベッドで眠りこけていた。
最初は起こそうとした茜姉さんだったけど、寝顔を見ているうちに自分も眠くなってしまい、氷と一緒にベッドで眠ってしまったそうだ。
「どうしてそれが氷の家出の原因になるのか分からないんだけど」
「……ってたの」
「ごめん姉さん、今なんて? 声が小さくて聞こえなかった」
「だから、寝ながら氷ちゃんを抱きしめちゃってたの!」
興奮した茜姉さんは大声で自分の秘密を暴露してしまった。
「なにかと思ったら、そんなこと?」
「そんなことじゃないよ! きっと氷ちゃん私に抱きしめられたのが嫌で家出しちゃったんだよ!」
僕が呆れるように言うと、姉さんが反論した。
いったいどういう理屈なんだか……
明らかに勘違いだと思うけど、茜姉さん、思い込み激しいからな。
さてどうやって説得しようか……頭の中で対応策を練ってみる。
ちょっと恥ずかしいけど、これしかないか……
「姉さん、それは勘違いだよ」
「どうしてそんなこと分かるの……?」
「だって、姉さんに抱きしめられて嫌な人なんていないよ?」
「……え」
僕の顔を見つめたまま、茜姉さんがフリーズしてしまった。
言った当の僕も恥ずかしさのあまり茜姉さんから目を逸らす。きっと顔も赤くなってしまっていると思う。
「そうだぞ茜。ぶっちゃけ俺は氷が羨まモゴッ」
「修くん、少し静かにしててもらえるかな?」
よけいなことを喋り出した修兄さんの口を、葵姉さんが手でふさぐ。葵姉さんナイスアシスト。
なんだか葵姉さんの笑顔が少し怖く思えるのは気のせいだろうか。
「ちょっと遥! 今のどういうこと!?」
「わっ、岬!?」
奏姉さんを押さえていたはずの岬が僕に飛びついてきた。
「やっぱり遥はあか姉のほうがいいんだ! 私も家出してやるー!」
「私もってなんだよ、まだ氷が家出したって決まったわけじゃないだろ?」
お願いだから事態をややこしくするのはやめてくれ!
「あ……あのね、遥……?」
フリーズから回復した茜姉さんは、顔を真っ赤にしながらモジモジし始める。
ん、なんだ? 何だか様子がおかしいぞ。
「は、遥も、私に抱きしめられたいの?」
「……え?」
いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど……
でもここでノーと答えたらまた元の木阿弥になってしまいそうだ。
仕方ない。恥ずかしいけど、ここはイエスと答え……うっ、僕に抱きつく岬の力が強くなった。
見ると、岬が怒りと悲しみが入り混じった、今にも泣きそうな顔で僕を見つめていた。
……これはなんて答えればいいんだ?
イエスと答えれば岬が、ノーと答えれば茜姉さんが暴走しそうだ。
ここは僕の特殊能力、確率予知(ロッツオブネクスト)で一番被害が少ない回答をじっくり模索したいけど、そんな時間はない。
「それはノーコメントで。でも、さっき僕が言ったことは本当だよ。氷のことは茜姉さんが原因じゃないから、無茶しないでね。
ほら岬も腕を放して?」
僕が言うと、茜姉さんはしぶしぶ納得してくれた。これで茜姉さんの方は大丈夫、と……
岬も腕を話してくれたけど、まだ納得しきっていないらしく、抗議がましい目で僕を見ている。後でフォローしておこう。
次は奏姉さんだ。
「奏姉さんはどうしたの?」
「……」
奏姉さんはそっぽを向いたまま答えない。黙秘するつもりらしい。
このままじゃ埒があかないな。
「修兄さん達は奏姉さんから何か聞いてる?」
「いや、俺たちも詳しいことは知らないんだ」
僕が視線を向けると葵姉さん、茜姉さん、岬、輝、栞も首を横に振る。
八方塞がりか……いくら僕でも情報ゼロでは説得のしようがない。
これは氷が帰ってくるまで奏姉さんを見張っているしかないな。長期戦になりそうだ。
「奏ちゃんが慌てた理由、あたし知ってるよ?」
ソファの上から、光がひょっこり顔を覗かせた。
姿が見えないと思ったら、1人でテレビを見ていたのか。
「光! ちょっとあんた……!」
「ひっ!」
奏姉さんに睨まれた光が顔を引っ込める。
僕がソファに向かうと、光はソファの上で体育座りをしながら震えていた。
どれだけ奏姉さんのことが怖いんだよ……
「光? 事情を話してくれるかな?」
僕は怖がらせないように優しい口調で光に話しかけた。
「はるくん、でも奏ちゃんが……」
「大丈夫。奏姉さんが何か言ったら僕が守るから」
僕は光の手をそっと握った。
肉体的接触は相手をリラックスさせる効果があると、以前読んだ本に書いてあったのを思い出したからだ。
岬の唸り声が聞こえた気がするけど、きっと空耳だろう。
「それにね、これはとても大事なことなんだ。もし氷が家出をしてしまっていたのなら、探しに行かないといけない。
奏姉さんが怖いのはわかるけど、知っていることを教えてくれないかな」
「ちょっと、私はどれだけ悪いのよ!」
奏姉さんが抗議してきたけど、無視することにした。
「う、うん……はるくんがそう言うなら……」
僕が握っている手を見つめ、少し緊張しているのだろうか、頬を赤くしながら光は事情を語り出した。
やはり昨晩のこと。光は自分が使っているパジャマを1着貸してほしいと奏姉さんに頼まれたそうだ。
どうするのか光が訊ねたところ、奏姉さんは氷に着せると答えたとのこと。
おもしろそうだと思った光は奏姉さんに自分のパジャマを貸したという。
この話が本当だとすれば、このあと氷は奏姉さんに光のパジャマを渡されたということになる。
これはちょっとまずいかもしれない。
女性もののパジャマを渡されて傷ついた氷が、本当に家出した可能性が出てきてしまった。
「ちょっと遥、黙ってないで茜みたいにフォローしてよ……」
涙目になった奏姉さんが呟いた。
奏姉さんがここまで弱気になった姿を僕に見せるのは珍しい。
「奏姉さん、最終的に光のパジャマを氷に着せたの?」
「ううん、能力で男の子用のパジャマを出してあげたわよ……」
だったらギリギリ大丈夫、なのかなと思いたい。
「でもふざけて持って行ったカメラを見られちゃった……」
いや、駄目かも……
「母さん。父さんにバレる前に氷を探しに行った方がいいと思う」
僕はキッチンに行くと、夕食の準備を進めていた母さんに言った。
氷が帰っていないことが心配性の父さんの耳に入ったら一大事だ。SPや軍を動員して100人くらいの捜索隊を編成しかねない。
「父さんだったら帰りが遅くなるって、さっき連絡があったわ」
母さんの言葉に胸を撫で下ろす。
今すぐみんなで氷を探しに行くとしよう。
「氷の捜索隊の指揮で忙しいんですって。何でも空いてる部隊を動員して300人くらい集めたって聞いたけど」
遅かったか……
しかも僕の予想の3倍とか、父さんも心配し過ぎだと思う。
「氷の事だったら大丈夫よ。いちおう母さんも心当たりに電話してみたから、きっとその人が見つけてくれるわ」
その時、家の電話のベルが鳴った。
「ほら、噂をすれば……ね」
母さんは電話を取りにリビングから出て行った。
「氷兄様見つかったのかな……」
「きっとそうだと思うよ」
不安そうな栞の頭を葵姉さんが優しく撫でる。
やがて電話を終えた母さんが戻ってきて、皆に言った。
「氷だけどね、母さんが頼んだ人が見つけてくれたわ。
それから家出じゃなくって、スローガンを考えながら歩いていたら遠くまで行ってしまったんですって」
それぞれの顔に安堵の色が戻る。こうして事態は解決した。
それからまもなくして氷は家に帰ってきた。
茜姉さんと奏姉さんは玄関で待ち構えていて、帰ってくるなり氷に泣いて抱きついていた。
光は葵姉さんの部屋に連れて行かれて「お話し」をされたらしい。廊下ですれ違った時に目が死んでいたのが気になる。氷は遅くまで連絡を入れなかったことについて、父さんと母さんにお説教をされていた。
そして――夜の22時ごろ。
僕は自室のベッドの上で横になりながら、夕方の本の続きを読んでいた。
「遥、まだ起きてる?」
僕と岬は相部屋になっていて、夜の間はそれぞれのスペースの境目がカーテンで仕切られている。
仕切りの向こうから、岬の声が聞こえた。
「うん、まだ起きてるよ」
僕が答えると、岬は仕切りの間から顔を出した。
「あのね、遥……さっきのことなんだけど」
「さっき?」
「うん、ほら、あか姉のこと……」
「茜姉さんの?」
岬は頷いた。
いつもの岬らしくなく、歯切れが悪くて何が言いたいのかよく分からない。
「……あか姉に抱きしめられるのが、嫌な人なんていないって話」
しまった、岬のフォローをするのを忘れていた。
「あれはほら、茜姉さんを落ち着かせるために、ね?」
僕が答えると岬は俯いてしまった。
「……遥は」
「岬?」
「やっぱり、あか姉の方がいいんだ」
それは不安げで、とてもか細い声だった。
僕は呼んでいた本を閉じると、ベッドから降りた。仕切りにいる岬の元へ歩いていく。
「そんなこと言ってないよ」
そのまま岬をギュッと抱きしめた。
「岬には抱きしめられるより、抱きしめる方がいいかな」
「……は、遥……?」
恥ずかしいですか? はい、めちゃくちゃ照れてます。
誰だよ、肉体的接触は相手をリラックスさせるって言ったの……自分は恥ずかしくなっちゃうじゃないか。
「遥? さっきのことなんだけ――」
ドアの開く音と共に茜姉さんの声がした。
「うひゃあ!」
突然大声をあげた岬に思いきり突き飛ばされた。なんとか転ばずに踏みとどまる。
ドアの方を見ると、茜姉さんが目を丸くしたまま立っている。岬は僕を突き飛ばした姿勢のまま固まっていた。
どちらも顔を真っ赤にしていて、岬の方は目が潤んでいて今にも泣きそうだ。
「えっと……ううん、何でもないよ!? お休み、岬、遥!」
ドアが閉まり、バタバタと去っていく足音が聞こえた。
「は、遥、おやすみ!!」
我に返った岬はそう言うと勢いよく仕切りを閉めてしまった。
僕は小さくため息をつくと、電気を消してベッドに入った。
それにしても今日の岬の様子……やっぱりまだ僕がついていないと駄目だな……
あと、明日になったら今のこと茜姉さんにフォローを入れておかないと……変な誤解されてそうだし。
そんなことを考えながら、僕は眠りに落ちて行った。
お読み下さり、ありがとうございました。