神次元ゲイムネプテューヌ 渇望のアウトサイダー【完結】 作:ジマリス
雨が降っている。
しとしとなんてものじゃなく、ざああっと耳をつんざくほどの土砂降りだった。
果たして何時間、この雨に打たれていただろうか。
そう黙考するも、無駄だと思い至り再び頭の中を空にする。
それだけの時間、冷たさに身を晒しながらも帰る場所はない。否、無くなったというほうが正しい。
数時間前から僕に「居場所」というものが存在しなくなってしまった。
捨てられたのだ。
別段驚きもしなかったし、こうなることも予想の範囲内だった。
家族が僕を鬱陶しく見る視線にも気が付いていたし、なにより態度でばればれだった。
捨てるくらいなら何故生んだのかっていう話だが、僕を育てたのは親ではない。
おじとおばだった。
本当の親は僕が小さい頃に死んでいて、顔も見たことはない。
それを知ったとき、特に親に会いたいだとか愛がほしいだとかそんなことは思わなかった。
だけどもそんな冷めた自身の心に気づいた瞬間、「空虚」が胸のなかを占め、「無」が僕の心を満たした。
なんのために生まれて、なんのために生きているのか。
まさかそんなたいそうなことを考えるなんて思わなかった。
だけど、その答えが見つからないことを僕はわかっている。
愛されて生まれた人を見たことがないし、精一杯生きようとする人も見たことがないのだから。
浮かんだ問いさえ頭の中から消すとどうだろう。
「僕」というのは何もない人間だと思い知らされる。
もういい。
もうどうでもいい。
そこに意志というものは存在せず、ただただ先にあるなにか―このままいけばそれはおそらく死であろう―を待つ。
すでに立っていられないほどに消耗してしまった。
このままでは、このどこかわからない山に身を埋めることになる。
だけどそれでもいい。
ぐったりと地面に横たわる。
服にも肌にも泥が付くが、今更気にはしない。
「ああああああの!大丈夫ですか!?」
目を閉じかけた僕の耳に聞こえてきたのは、せわしなく近づいてくる足音と女の人の声だった。
薄く目を開けると、水色の長髪に黒いスーツとスカートを着た女性が目の前にいた。
そのスーツには似つかわしくないドクロのアクセサリーが印象的だった。
心配そうにしゃがんで僕を見るその目はきれいに澄んでいて、でも顔は少し疲れている。
不意に、顔をたたく雨が消えた。
女性が僕の顔の上に傘をかけたのだ。
「あの!すみません!」
「聞こえてるよ…」
女性からの必死の問いに、声を振り絞ってこたえる。あまりにもうるさいのでこたえただけだ。
生きていることを確認できたためか、安堵のため息が聞こえた。
「こんなところで倒れてると、風邪ひきますよ?」
もし元気があれば盛大にこけていただろう。
こんな土砂降りの中、倒れていれば風邪をひくだけじゃすまないことは学がない僕でもわかりきっていることだ。
「いいんだよ。放っておいてくれ」
少し抜けているその女性を相手にする体力も気力もない。
なにより今から永遠の眠りにつこうとする僕には、見知らぬ彼女に何か話す義理なんてものもない。
「放っておけるわけないじゃないですかぁ!とりあえず起きましょう?」
おろおろしだす彼女に、「起きる体力もないし、起きる気もない」なんて言えるほどの力も無くなった。
身体の冷たさが感じなくなってくる。
僕を呼ぶ女性の声がだんだん遠くなる。
ついに僕は目を閉じた。
ここはゲイムギョウ界。
女神と呼ばれる存在が国を作り、その国を統治する世界。
そんな世界で僕はいま戦っている。
女神に頼らない世界を作るために。
「ヤマト?」
ベッドの上で目が覚める。
衣服や本で少し散らかっているこの部屋は、僕に与えられた唯一の居場所だ。
「ヤマト?」
再び、僕を呼ぶ声が聞こえた。
聞き慣れた女性の声だ。
こんこんとドアをノックする音も聞こえる。
「起きてるよ」
身体を起こし、声の主に応える。
正確には彼女の声で起きたのだが、それは置いておいてもいいだろう。
傍らの置き時計を見ると、すでにいつも起きている時間より一時間も過ぎていた。
身体が重い。
懐かしい夢を見てしまったせいだろうか、寝起きでも元気なはずの僕の身体はいうことを聞いてくれなかった。頭に砂でも詰まってるかのような嫌な気分だ。
だけどせっかく見に来てくれたのに、挨拶しないのも悪い。
僕は寝巻のままゆっくりと立ち上がり、部屋の扉を開けた。
「あいたっ」
ごんっという音とともに、女性の悲鳴が聞こえた。
見下ろせば、水色の髪をもつ女性がうずくまっていた。
どうやら、扉を開けた拍子に鼻をぶつけてしまったようだ。
赤い鼻をさする彼女が涙目でこちらを見る。
「ご、ごめん」
「い、いいんです。私がドアに近かったのが悪いんですし…」
まただ、と僕は思った。
彼女は自分が悪いといつも言う。
一言目、もしくは二言目には謝ろうとする彼女に、僕は何度か疑問を呈したことがある。残念ながら彼女はそれに対して考えることなく、変わることもなかった。
「いや、僕がもっとゆっくり開ければよかったんだ。本当にごめんね」
うずくまる彼女に手を貸し、立ち上がらせる。
まだ鼻をさすってはいるが、どうやらダメージは少ないみたいだ。
「おはよう」
やっと同じ目線になった彼女に僕は挨拶する。
「はい、おはようございます」
屈託のない笑顔で返してくれたこの女性の名前は、「キセイジョウ・レイ」。
いつも自信がなさそうにしていて他人の顔を窺っている彼女だが、そんなレイを僕は尊敬している。
「会議はもう終わった?」
「いいえ、今からです」
会議というのは、僕も所属している反女神組織「七賢人」が行う会議である。
「七賢人」の活動内容は様々で、というより所属しているメンバーが自由すぎて各々好き勝手やっている。
幼年幼女を守ろうとするものもいれば、陰謀や悪巧みが好きなやつもいて、女神を抹殺しようとするやつもいる。
一部の過激派が活発なせいで、女神を崇拝する人々(この世界の大半がそうだが)からはテロリスト扱いをされている。
今日の会議は、確か珍しくレイが招集したはずだ。
「そうか。じゃあ僕も今からいくよ」
「はいっ」
すこし嬉しそうに、レイが返事する。
頼りなさそうに見えるレイだが、これでも七賢人のリーダーである。
扉を閉じ、姿見鏡を見る。
そこには覇気のない、短い茶髪の男が映っているだけだった。
ぼうっと淡く光る大きな部屋の中、円形の卓を囲んで僕を含めた七人が椅子に腰を下ろしている。
ここが会議室。
七賢人が主に集い、情報交換やこれからの活動を決める場である。
「え、ええと…ほほ、本日もお集まりいただき、えと、ありがとうございます…それで、その…」
「ええい!まるで聞こえん!もっとでかい声でしゃべれんのか、貴様は!?」
一つ訂正をさせていただこう。
巨大な身体を持った喋る機械だけは椅子に座ってはいない。
なにせ重量が大きいし、なにより下半身がキャタピラだからである。
大きな身体に、さらに大きな口から発せられる声は当然という風にやかましい。
彼の名は「コピリーエース」。
ゲームのコピーツール(もちろん違法物)が自我を持った存在である。
その巨躯とキャタピラや肩から生えているトゲから連想されるように、かなりのパワーを持っている。
その代わり、お世辞にも頭がいいとは言えない。
「ひっ!ごご、ごめんなさい!ううう。すう、はあ…しょ、しょれでは!本日の七賢人の会合を始めたいと思いまひゅ!」
「気持ち悪い声を出すな!」
「おまけに噛みまくりっちゅ…年増ドジッ娘アピールしたって、痛々しいだけっちゅ」
深呼吸したのにもかかわらず、レイがことごとくセリフを噛んだ。
いつものように、ヤジが飛んでくる。
一番に反応した女性は「マジェコンヌ」。
腹が思いきり見える露出度の高い黒のドレスを着ている。髪は紫で、薄い色ではあるが肌も紫である。
彼女は女神を抹殺しようとする、七賢人の中でも一、二を争う過激派だ。
ぼそっと苦言を呈した巨大な黒ネズミは「ワレチュー」。
5,60センチほどもあるその身体、その胸にはギザギザハートが描かれている。
彼はゲームを不法に遊ぶためのツールを配布する悪事を働いていたが、いつのまにか七賢人の仲間となっていた。
仕事内容は、僕と同じ雑用。文句を言いながらも職務を全うしている。
「と、年増って…そりゃ、そんなに若くはないですけど…あうぅ…」
「はいはい、そーこーまーで。あんまりいじめちゃ可哀そうよお」
責められるレイをフォローしたのは、「アノネデス」。
どぎついピンク色のパワードスーツを身にまとった彼には、その出で立ちよりも喋り方に違和感を覚える。
凄腕のハッカーで、面白いことを理由で七賢人に入った変わり者だ。
前述した「彼」と喋り方で分かる通り、オカマである。
「そんなことより、早う始めてくれんかのう。わしはこれでも忙しいんじゃ。立場上、頻繁に本業を抜け出すのも美味しくないしのう」
次にしゃべったのは、高級そうなスーツに身を包んだ中年だ。
彼の名は「アクダイジーン」。
陰謀や悪巧みが大好きなで、ある事情からかんがみると現状一番働いているのはこの男かもしれない。
「今日は誰の招集なんだ?この私がわざわざ足を運んでやったんだ。くだらない話だったら容赦せんぞ」
「あ、あのお…今日は私が、招集をかけまして…」
マジェコンヌのいらいらした声に、レイがそっと手を挙げた。
「貴様が招集だとう!?」
「ひいいっ!?ごご、ごめんなさい!生意気なことしてしまって、ごめんなさいい…」
「やめんか。いちいち脅かしとったら話が進まん」
コピリーエースはレイを脅そうとしたわけではない。声を抑えるということができないのだ。
何度言っても治らないそれを、一度アノネデスに修理してもらおうとしたが、「面白いから」の一言で一蹴されてしまった。
「でも珍しいわねえ。レイちゃんがアタシ達を呼び出すなんて。よっぽどのことがあったの?」
「は、はい。そうなんです。でもまだ確定情報というわけではなくて、裏を取る時間もなかったんですけど、それでも信憑性はそれなりに高いといいますか」
「前置きが長い。さっさと言え」
「はははいっ!じ、実はですね。プラネテューヌにまた新たに女神が誕生しまして!」
一同は驚いた。
プラネテューヌといえば、この間できた新興国だ。
それはつまり、つい最近女神が生まれたことを意味する。女神は国を作ることができるからだ。
そのプラネテューヌにまた新たに女神が誕生したとレイは言った。
「なんだと?」
「…というか、来たというか。来たかもしれない…ような…そんな気がしたりしまして」
「はっきりしろ!はっきり!」
「しました!プラネテューヌに新たな女神が誕生しました!」
半ば強引だったが、レイは断言した。
しかし、それを疑えど嘘だという者は一人もいない。
レイは虚言をはかない人物であると、皆がわかっていた。
「ふうむ…にわかには信じられんが、事実だとしたら確かに一大事じゃのう」
「プラネテューヌに、か…おい、どう思う?」
「あんな吹けば飛ぶような新生国家に二人目の女神だとう!そんな与太話、信じられるか!?」
女神という存在はそれほど簡単に生まれるわけではない。
その証拠に、いま公に知られている国は「ルウィー」と「プラネテューヌ」の二つのみ。
理論の上では、数百年に一度しか女神は生まれることはない。
「そそ、そんなこと言われましても、本当なんですぅ…たぶん…」
「でもそんな情報、いったいどこから仕入れたっちゅか?」
「そ、それは…ええと…」
レイは弱弱しく、だがしかし何やら自信をもって話そうとする。
「アタシのネットワークには、そんな情報引っかかってないわねえ」
「この私を担ごうとしているなら、それなりの覚悟はしてもらうぞ?」
「めめめっそうもない!そんな大それたこと、私にできるわけないじゃないですか!」
マジェコンヌの威圧に、ぶんぶんと音が聞こえそうなほど首を横に振るレイ。
「ま、なんにせよまずは事実確認よね。本当だったら、ショックだけど、このアタシが情報に関して誰かに出し抜かれるなんて」
「は、はあ…すみません」
実際、アノネデスの情報網は侮れない。
プラネテューヌの女神が誕生したことも誰よりも早く調べ上げたのも彼だ。
「事実確認っていっても、どうやって調べるっちゅ?こんな胡散臭い話を調べるの、おいらはごめんっちゅよ」
いぶかしむワレチューが言うのと同時に、会議室の扉がガラっと開いた。
「新しい女神なんていないじゃない!」
現れたのは、金髪の幼女……に見える女性だ。
ピンクのフリフリドレスを着た彼女は「アブネス」。
世の幼年幼女のために日々戦う、七賢人の広報担当だ。
見た目は彼女も幼女のようだが、そこそこいい歳であることはアノネデスから聞いている。
「なんだ。いないと思ったら先に言ってたのか」
ようやく僕が言葉を発する。
「はい。会議の前に話したら、消えるように素早く行ってしまって…」
アブネスが憤りながら、自分の席に座る。
会議室にいるのは、全部で八人。
組織の名は「七賢人」だが、途中で僕が加わったときには良くも悪くも七賢人の名は広まっていたため、組織はそのままの名前で進んでいる。
「あんなのただのバカ幼女よ!バカ幼女!とんだムダ足だったわ!」
「ごご、ごめんなさい!でもでも、そんなはずは…あれぇ…?」
詰め寄るようにしてレイをにらむアブネスだったが、レイもおかしく思っているみたいだ。
「やっぱり誤情報だったのねぇ。まあ今回に限っては、間違いでよかったんじゃないかしら」
「そうじゃなあ。本当に女神が増えとったら、何かと面倒だったしのう」
「ううう、どこで間違ったんだろう…?」
頭にハテナマークを浮かべていたレイだったが、ハッとしたようにアブネスを見た。
「そ、そうだ…あの、そのバカ幼女さん?ですか?は、どういった方だったんでしょうか」
「どうって、すっごいバカで、めちゃくちゃバカで、バカやかましくて…」
「バカしかいってないじゃないか……もっとこう、身体的な特徴とか…」
これといったことを言わないアブネスに、僕は次を促す。
「特徴?なんかこう、紫のショートカットの幼女で、見た目はギリギリ幼女で、名前はネプテューヌ…」
今度は「幼女」を強調し始めた。
「そう、憎き名前として胸に刻んだわよ。ネプテューヌ…!」
「ネプテューヌ…だと?ネプテューヌ…ネプテューヌか…」
歯ぎしりするアブネスをよそに、マジェコンヌがつぶやく。
「どうした?」
「ネプテューヌ…何故だ?聞き覚えのないはずなのに、妙に腹立たしい、この響きは」
僕のことも無視。
「さて、それじゃ今回はお開きじゃな」
「そうですね。ではしばらくはみなさん、各自のお仕事を進めるということで…」
「あ、ちょっと待って。あれの回収はどうなってんの?今月は誰の番よ?」
解散、というときに口を挟んだのはアブネスだった。
「あ、アタシだわ。いっけない、すっかり忘れてた…はあ、面倒くさいわねえ。どうせ回収に行ったって、ほとんど空振りなんだし」
「そんなこと言ってるから、プラネテューヌが生まれたんだよ」
「はいはい、わかったわよお」
しぶしぶ了承するアノネデス。
確かに「あれ」はそうそう手に入るものではなく、回収に行っても99%空振りだが、それでも油断することはできない。
なにせそれでプラネテューヌが生まれたのだから。
「…おい。その仕事、今回は私が代わってやる」
ここまで何やら思案していたマジェコンヌが言い放った。
「マジェちゃんが?それは助かるけど…珍しいわねえ。どういう風の吹き回しかしら」
「ただの気紛れだ。おい、ネズミ、ヤマト。お前たちもついてこい」
「ぢゅっ!?なんでおいらが?」
マジェコンヌが僕とワレチューを呼び、非難したのはワレチューだけだ。
「荷物持ちくらいできるだろう。文句を抜かすな」
「僕は文句ないよ」
今はほかに仕事もないし、それに気になることもいくつかある。
マジェコンヌは大事なところでヘマをやらかすし、アブネスが言ったぎりぎり幼女のことも気になる。
ネプテューヌか。
いったいどんな人物なのだろうか。