神次元ゲイムネプテューヌ 渇望のアウトサイダー【完結】 作:ジマリス
「あなたの名前は?」
キセイジョウ・レイと名乗る女性に無理やりシャワーを浴びせられたあと、暖房のきく部屋に連れていかれた。
先ほどまでの雨のせいで冷えた身体は急速に熱を帯びていく。
今はこれしかないと男性用のビジネススーツを着せられ力なくソファに座った。
キセイジョウ・レイは僕の濡れた髪をわしゃわしゃとタオルで拭きながら質問してきた。
「名前……はなくなったよ」
僕を僕たらしめるものはなにも無くなってしまった。
名乗るべき名前も帰るべき家も無くなった僕は何者になったのだろうか。
知るはずもなく、また知ろうともしなかった。
死んでしまっても構わないと思っていたのだから。
「……ええと…」
予想外の返答にレイは困惑した表情を浮かべたが、しばらくしたあと笑顔で人差し指を立てた。
「じゃあ、ヤマト、でどうでしょうか」
「ヤマト?」
この名前に意味はあるのだろうか。
一瞬、そんな考えがよぎったがすぐに消えた。
興味もなかったし、誰がどう呼ぼうとどうでもいいこと。
「どうですか?」
「まあ、好きに呼んだらいいよ」
「はい、ヤマト」
レイが新しい僕の名を呼ぶと同時に、ぐうう、と僕のお腹が鳴った。
別に恥ずかしいという気持ちはなかったが、死のうとしていたのにも関わらず腹が減るとは、やはり僕は人間なのだと感じる。
「次はごはん、ですね!」
やたら嬉しそうに微笑んで、レイは僕の手を引っ張った。
やけに暖かいその手を、僕は少しだけ、ほんの少しだけ弱い力で握り返した。
△
ブラックハートの大剣をかろうじて回避する。
隙をついて弓で叩いても、たいしたダメージをくらわしているようなそぶりはなかった。
続いて近づいてきたパープルハートの太刀の一閃も跳躍してかわす。
着地と同時に光の矢を何本か当ててみせるも、やはりのけぞりはするがそこまでだ。
「あの子の…シノの師匠なんでしょ?その割には弱いわね」
「そうかい!」
矢筒から矢を取り出し、余裕を見せるブラックハートへ放つ。
いままでの攻撃からダメージはほぼないとみたのだろう、防御態勢もとらずに攻撃の意志を見せる。
しかし放った矢はブラックハートに触れた瞬間爆発した。
「あうっ」
「ノワール!」
衝撃で転がるブラックハートをパープルハートが目で追う。
矢筒に入ってる矢は、こういったギミックが仕込まれている。
光の矢と違って、様々なことができるのが仕込み矢の強みだ。
爆発矢は少々ダメージを与えることができたみたいだ。傷ついたブラックハートを見て、僕は確信する。
しかし足りない。
女神を相手にするには、やはり人間の力じゃ足りないのだ。
「よそ見するんじゃない!」
ともあれやるしかない。
僕は目をそらしたパープルハートに、爆発矢を放つ。
流石に警戒したようで、パープルハートはそれを太刀で防いだ。
爆発すらも遮ってしまったせいで、パープルハートには傷をつけられない。
ならばと次の矢を発射する。
今度は避けたパープルハートだったが、それは予測済みだった。
かわした瞬間に彼女も気づいた。
放たれた矢の尾からワイヤーが伸び、それは僕の持つ弓へとつながっている。
矢の先端はかぎ爪のごとく曲がっていて、パープルハートの直線状にいたブラックハートの足を掴む。
「ふんっ!」
釣りをするかのように、弓をぐいっと引っ張ると、それに応じてブラックハートも訳が分からぬまま引っ張られる。
ブラックハートは、この未知の攻撃に抵抗する間もなくパープルハートに衝突した。
「いたっ」
「くっ」
苦痛の声を上げる女神二人。
目論見は成功したが、成果はそれほどでもない。
どころか二人は素早く立ち上がり、こちらに向かってくる。
僕は考えた。
残りの射ることのできる光の矢の本数と矢筒の矢の種類。それの活用法。
だがしかし、足りない。
一人で逃げることはできても、この場を収めることができる方法はない。
思考で手が鈍り、気付いたときには女神の足が迫っていた。
パープルハートが繰り出した腹部へのキックをなんとか手で止めようとするが、両手を使っても防ぎきれず、押し負けるように腹へめりこむ。
「うぐっ」
吐き出しそうになるのを必死で抑え、折れそうになるほど強く歯噛む。
重い。
こんなのを相手にどうにかするなんて、無理に決まっている。
不意に、目の前にも足が現れた。
ブラックハートの蹴りを顔面にくらい、僕は思いきり吹き飛んで後方の岩に激突した。
肺のなかの空気がすべて吐き出される。
苦しさと痛みでもやがかかったように視界が狭まる。
立ち上がろうにも、力が入らない。
マジェコンヌのほうを見ると、彼女もすでに変身が解け、満身創痍の身体をアイリスハートに痛めつけられている。
そのマジェコンヌに、ブラックハートとパープルハートが近づく。
手を伸ばそうとするも、届かない。
ここまでか。
僕が諦めかけたその時だった。
「オラァ!!」
高速で飛んできたなにかが二人の女神に直撃した。
砂埃を巻き上げ、その何かとともに女神も吹き飛ぶ。
「ヤマトに手ェだすのは、いくらネプテューヌでも許せねえぞオラァ!」
強い語気で怒鳴るのは、何か―傷ついたホワイトハートとグリーンハート―を吹き飛ばした張本人だ。
灼熱のような赤い髪を一本のダウンテールにまとめ、暗い赤を基調とした露出度低めのプロセッサ……そう、あれはアイリスハートらと同じ女神の力を感じる。
弱いモンスターなら身体が固まってしまうような、鋭く尖った紫の目はもみくちゃになっている四人の女神をにらんでいる。
「まーだ終わりじゃねえよなぁ?」
その女性は挑発しながら、とげとげしいブーツを鳴らして女神に近づく。
「ちょっと、アンタたち何やってんのよ!」
「しかたねえだろ!アイツめちゃめちゃ強いぞ!」
互いが互いを押しのけながら、四女神はやっと立ち上がった。
「まさか、あの子も女神だったなんて…」
「あの子…?いったい誰なの?」
グリーンハートに、パープルハートが疑問を呈する。
「……アイだ」
ホワイトハートの言葉に、僕は耳を疑った。
あの赤の女神がアイだって?
ぼやけた視界のまま、赤の女神のほうを見る。
二十前後の成長した(凸凹はないが)身体つきに、攻撃的な目。
とてもあの、眠たそうな目をしていて訳の分からないことを言っている篠宮アイだとは信じられなかった。
「カーディナル・アスター!」
そんなことを考えていると、赤の女神は右足を上げ、その先を四女神へと向けた。
足の先へ力が凝縮され、それが溜まると足を突き出した。
光る砲弾は赤の女神の足から放たれ、四女神へ直撃すると爆発を起こした。
もろに受けてしまった四女神は再び吹き飛び、一斉に変身が解ける。
他の女神とは明らかに段違いだ。
あれがアイだとするなら、国もなく、シェアもないはずの女神があんなに強いはずがない。
追いうちをかけようとする赤の女神の前に、アイリスハートが立ちはだかった。
「おいたはダメ、よねえ?しのちゃん」
「ああん?ウチに勝てるとでも思ってんのか?」
「前からぁ……しのちゃんがどんな声を上げてくれるか、楽しみだったのよねぇ」
「上等だよ!」
アイリスハートが振り下ろす剣を、赤の女神は足で受け止める。
この隙に乗じて、僕は身体に鞭打ちぐったりと倒れるマジェコンヌへ近づく。
身体に残る痛みが、動くたびに響くがやっとのことでマジェコンヌに触れることができた。
「大丈夫か、マジェコンヌ」
「お前こそ、ヤマト」
「知ってたのか。アイが女神だって」
アイリスハートのどこからくるかわからない攻撃をしなやかに避ける動きは、いまさっき女神になったような慣れのない動きじゃない。
戦っている二人を恨めしそうに見るマジェコンヌはゆっくりと口を開いた。
「知っていた。あいつのことも計画のことも。誘拐のこともだ」
「なんで……マジェコンヌは女神を殺すために七賢人に協力してたじゃないか…!」
僕は痛みを我慢して、身をよじってマジェコンヌのほうを向く。
そんな奴じゃないと思っていた。
だけどそれは僕の独りよがりだった。
「意のままに動く女神がいれば面白そうだったからだ。それがまさか、アイがなるとはな」
「失敗すればモンスターになるとわかってたはずだよな、マジェコンヌ!」
「わかっていたさ。それでも望んだのはアイだ」
「アイが…?」
マジェコンヌは心底つまらなそうにため息をつく。
そして壮絶な戦いを続ける女神二人をにらむ。
そこにどんな意図があるのかわからなかった。
それよりもアイが自分から女神メモリーに手を出したことに驚いた。
女神メモリーの恐ろしさをアイは知っていたはずだ。
それでも彼女はそれを使った。
「アイは応えようとしたんだ。あのじじいにな」
おそらくはアクダイジーンに噛みついたときよりも少し前。
アイは選んだのだ。
親代わりに育ててくれた七賢人に報いるために、その身を捧げることを。
その行動は、僕にも理解できる。
しかし納得はできない。
「もともとこの計画を始めたのはあのオカマとじじいだ。さらった子どもを女神にして対抗させる。それがあいつらが考えた計画だ」
「狂ってる…」
アイを拾ったアクダイジーンも、アノネデスも、あのレイでさえ止めなかったのだ。
少女が下した決断を彼らは受け入れた。
アイや僕のことを人間として見ているのだろうか。
さっきレイに思った疑惑がだんだんと大きくなっていくにつれて、絞められるように胸が苦しくなる。
「そうすることでしか戦えないとお前もわかっていたはずだ。増え行く女神に対抗するにはこれしかないと」
「だけどこれは……」
赤の女神は回し蹴りをアイリスハートへ振りぬく。
爆ぜるような極大威力を叩きこまれ、アイリスハートは後退する。
そこには「人間」はいない。
「人間」でなくなったものしかいない。
「酷すぎる…」
「酷い……か。それはどうだろうな」
「は?」
「意味はお前のほうがよくわかるんじゃないか」
視界の端に、攻撃を仕掛けるアイリスハートが見えた。
蛇腹剣をまっすぐ伸ばして突こうとする。だけども赤の女神はいとも簡単にかわした。
その剣の先は伸びていき、こちらへ向かってくる。
風を切る音とともに、刃が慈悲もなく貫こうとしてくる。
「マジェコンヌっ!」
僕はとっさにマジェコンヌを押し出した。
傷ついた僕の身体は言うことを全て聞いてくれたわけじゃなかった。
無意識の行動が済むと同時に、糸がぷつんと切れたように倒れてしまう。
同時に剣先が通り過ぎる。
いいやこの表現は正しくない。
正しくは貫いたのだ。
「ぐぅっ」
手のひらへと刺さっていた刃は手の甲から突き抜けていた。
アイリスハートの剣は僕の右手を貫いた。
先ほどまで感じていた他の痛みよりも鋭く駆け巡る痛みが、手から脳へ、そして全身に回ったあとに右手へ収束されていく。
右手が小さく光ったような気がしたが、きっと痛みが見せる幻覚だ。
やたらと濃い緑の液体が、貫かれた右手から滴り落ちる。
なんだ、これ。
なんなんだよ、これは。
「テメエ!」
「あうっ」
激高した赤の女神がアイリスハートを蹴り飛ばす。
それに引っ張られて、僕に刺さっていた剣先も抜けた。
鋭い痛みとともに、ぬめりのある緑の液体が僕の右手からあふれ出てくる。
混乱した。
常識の範囲内、少なくとも僕の知らない現象が僕の身体を蝕んでいる。
女神の攻撃を受けたから?
それとも、なにか光ったのが原因?
わけのわからないまま、僕は痛む右手を女神たちに向けた。
エネルギー弾を発射して、目くらましでもしてすぐにここから立ち去りたかった。
力を込め、放つ。
だけども発射されたのは、光の玉ではなく、ほとばしる緑の電撃だった。
バチバチと鳴る幾本もの雷は、しかし誰にもあたることなく空へ、または地へ消えていく。
「ヤマト…」
赤の女神が信じられないものを見るような目で僕を見る。
それを最後に、ふっ、と僕の意識が途絶えた。