神次元ゲイムネプテューヌ 渇望のアウトサイダー【完結】 作:ジマリス
「おい貴様」
七賢人のアジトを探検中、僕は誰かに声をかけられた。
魔女のような恰好をした、妙齢の女性だった。
「ええと、たしか、マジェ……マジェ?」
「私の名前も覚えてないのか。あのノロマと小娘はお前から私を遠ざけようとするからな……まあいい」
ここに来て以来、レイとアブネスは僕のことを気にかけているようで、とくにアブネスはかたくなに他の七賢人に会わせようとはしない。
彼女曰く、「どいつもこいつも幼年幼女の教育に悪い」だそうだ。
他の七賢人のことは写真と名前だけは聞いていたが、たった一度見ただけで覚えられるほどの気力はそのときにはなかった。
「強くなる気はないか?」
「強く?」
いきなりの申し出に、僕の頭の中ははてなで埋まった。
「そうだ。私の周りには、まともに戦えるのは口うるさい機械しかいないからな。あいつとは馬が合わん。代わりにお前が相手しろ」
ああ、思い出した。
そういえば、女神を抹殺するために動いている七賢人一番の過激者。
女神のいない世界という理念に共感して七賢人に入ったが、どうも他のメンバーと折り合いがつかないらしい。
アブネスがもっとも近づけさせたくない人物だと言っていた。
「で、でも、僕いままで戦ったことなんて…」
「だれだってそうだ。心配するな。私が強くしてやる。傷の百や二百は負ってもらうが」
「ええ!?」
僕は首を横に何度も振った。
安らかに死ににいこうとはしていたが、わざわざ痛い目にあうのは勘弁だ。
「男のくせにうじうじと言うな!さっさとついてこい!」
彼女の怒号に身がすくんだものの、ふと僕は考えた。
強くなる、ということはどういうことだろうか。
いままで弱いままでいた僕にはそれがわからなかった。
もしも。もしも強さを手に入れたら、僕には何ができるだろう。
不意に、レイの顔が浮かんだ。
「あの、さ」
「なんだ?」
「強くなったら、レイの助けになれるかな?」
死にそうで、死にたかった僕は、レイと出会って救われたような気がする。
彼女といる間の暖かさは、僕がいままで感じたことのないものだった。
それは言うなれば、安心。
「僕を拾って、どうする気?」と問うた僕に、レイはこう言った。「どうもしません。あなたが望むならずっとここにいていい」と。
僕はそれを聞いて涙した。
家のどこを探してもなかった僕の「居場所」が不意に現れたことが、こんなにも嬉しいなんて。
「ここにいていい」なんて言われることがこんなにも心を軽くするものだなんて、知らなかった。
「それは知らんが、ないよりはいいだろう」
「そうだね。うん、これからよろしく頼むよ。……ええと」
甘えるままではいられない。弱いままではいられない。
強くなれば、レイに恩返しすることができる。
そのためには、僕はなんでも利用するつもりだった。
ならば、この申し出は願ってもいないチャンスだ。
「マジェコンヌだ」
「よろしくマジェコンヌ。僕は……」
癖で前の名前を名乗ろうとして、のどがそれを拒んだ。
もう僕は弱いままの僕じゃない。
過去を捨てて、僕は新しく生まれ変わるのだ。
「僕はヤマト」
△
とあることを確認するためにアノネデスとアイはプラネテューヌへと足を踏み入れていた。
ヤマトのことも気がかりであったが、それに関しては無力だと、アイは無理やり納得するしかなかった。
なにより恐れたのは、ヤマトの精神が崩壊することだった。
彼の身に突然訪れた変異は、彼が自覚するにつれてじわじわと心を蝕んでいく。
うかつに触れてしまえば彼の心は瞬く間に壊れてしまうだろう。
その思いが、ヤマトに話しかけることをためらわせた。
「さてさて、女神はちょうどお出かけ中。けどいつ戻ってくるかはわからないわね」
いつもなんでもないようにふるまってみせるアノネデスでさえ、動揺が見えたのをアイは見逃さなかった。
「女神がかかってくるなら、ウチが相手するッスよ」
「友達……なんでしょ?本気で戦うことなんてできるの?」
「ウチは七賢人ッスよ。今もヤマトやレイ、アノ姉さん、あんたらの仲間ッス」
七賢人はどれだけひどいことをしようと仲間。アイにとってはかけがえのない家族だ。
憤りを覚えようが、それも自分に責任の一端があるとアイは思っていた。
「いえのなかやっ!おそとであそぶっ!」
ひとまずヤマトのことは頭から振り払い、教会の中へと入る。
すると同時に目当ての幼女、ピーシェが部屋から飛び出してきた。
下手に姿を現して騒がれるのはまずい。
アイはアノネデスに、この子がそうだとアイコンタクトしてさっと身を隠した。
「らっきー、手間が省けちゃった。そこのお嬢ちゃん、ちょーっといいかしら?」
目の前に怪しい人間?が現れたのにも関わらず、ピーシェは目を輝かせた。
まあここで怪しむようなら、レイに誘拐されることもなかっただろうが。
「ふえ?わっ、ろぼっとだ!かっこいい!ろぼっとのおにいさん、かっこいい!」
「うふふ、ありがと。でも、できたらお姉さんって呼んでほしんだけど」
「ふえ?おんなのひと、なの?」
「と、あんまりムダ話してる時間はないわよね」
アノネデスは懐からなにやら透明で小さな結晶を取り出すと、ピーシェの頭に当てた。
当のピーシェは疑問を浮かべるものの、抵抗はしなかった。
その結晶にだんだんと色がつく。
アイは少し身を乗り出し、観察した。
離れたところでも、結晶に何が映っているか判別できた。
それは、ピーシェが体験した過去だった。
△
右手に手袋をしたまま、僕は端末を開いた。
誘拐作戦のあと、結果としてほとんどのものがオープンになった。
つまり、アノネデスやレイが隠していたものは全て確認できるようになった。
償いか、それとも不和を気にしてのことか。どちらにせよ僕に対して思うところがあるのだろう。
右手のことを少しでも頭から追いやるために、僕はアノネデスのデータをチェックしていた。
誘拐された子どもたちは、孤児など身寄りのない者を選んでいたみたいだ。つまり僕やアイのような。
確かにそのほうが面倒がない。
アクダイジーンは子どもたちをかなり可愛がっているようだ。
クリーチャーにされたあの子たちもずいぶん懐いている。
化け物にされてなお、親を愛するなんて僕にはわからない。
アクダイジーンによる、クリーチャーの報告を見ていると、会議室に誰かが入ってきた。
アイだ。
「どこに行ってたんだ?」
「ちょっと……ッス…」
おそるおそるといった感じでアイが言った。
何を言うべきか、何を言わないべきか悩んでいるような表情だった。
「まただんまりか。僕はいったい、どれだけのことを隠されていればいいんだ?」
「あの姿になった子どもたちのことは、本当は戦わせるつもりじゃなかったんスよ。でも……」
「いまさらだろうが」
思わず口調が鋭くなる。
落ち着いた今でも、下手をすれば感情が爆発しそうだった。
「ヤマト……」
何人相手にそれをやったつもりだ……。
女神になることができたアイやピーシェでさえ、その人生は普通とは全く違う、狂ったものになってしまう。
僕は憤りを感じた。
「ふう、なかなか骨が折れたわ」
そこに現れたのは、アノネデスと渦中のピーシェだった。
「しの!」
ピーシェはアイを見つけると、目を輝かせてその胸へダイブした。
突然の来訪者に、アイも僕も固まった。
「なんのつもりだ、アノネデス」
「ちょーっと洗脳して、連れてきたの。新しい家族としてね」
ピーシェを洗脳して、アノネデスを父だと思わせて、引き取ってきたらしい。
その際にネプテューヌといさかいがあったようだが、それはどうでもいい。
僕の頭は沸騰した。
この男は懲りもせずに同じことを繰り返している。
僕はつかみかからんばかりに近寄り、怒りを隠しもしなかった。
「家族?君の言う家族ってのは、戦力のことを指すんじゃないのか?この子も戦力にするのか?」
「もう手遅れよ、ヤマトちゃん。あたしたちにできるのは、この子をあたしたちの女神として新しい国を作り、他の女神を倒すこと。アイちゃんじゃ需要が限られちゃうからね」
アノネデスの言葉に僕は混乱した。
僕たちはレイの掲げる、「女神のいない世界」を目指して、他のみんなもそれに乗っかったはずだ。
女神の国を作るのはあらゆるものに反している。
「女神のいない国を作るために、女神の国を作るってわけか?本末転倒だ」
「女神の国じゃないわ。あたしたちの意のままに動く国、よ。これにはレイちゃんも納得してくれてるわ」
「こんな小さい子を巻き込んでまでやることか、アノネデス!?」
「わかってるでしょヤマトちゃん。あたしたちは引き返せないの。七賢人は数年前みたいにケチな組織じゃなくなってるの。シャレにならないこともしてきたし、
言いたいことは山ほどあった。
どこからツッコめばいいのかわからないほど、やってることがめちゃくちゃだ。
それに、僕を認めさせるなんてできるはずがない。
話は通じないと思って、僕は会議室を出た。
もはや決定的に合わない。
レイも納得してるだって?何を考えてるんだ。
「おにいちゃん、こわいひと…?」
不意にうしろから声をかけられた。
ピーシェがおびえていた。
さっきのように、もしくは以前のように頭から怒鳴りつけるかもしれないと思っているのだ。
この子の前に姿を現した回数はたったの二回だが、そのどちらも僕は激情に身を任せていた。
ゆえにピーシェがいつも女神やアイといるときのような笑顔を見せなくても、それは当然のことだった
僕は右手の手袋を外し、醜い右手を見せた。
『こわいひと』から『きたないひと』に照準を変えて、もう近寄らせないようにするためだ。
「……この通りだよ」
「かっこいい!」
「は?」
本日二度目の混乱は、幼女によってもたらされた。
しかしピーシェの目には偽りはなかった。
「おにいちゃんのて、かっこいい!」
再び言ってみせる。
最近の子どもはわからん。
ピーシェの率直な感想は、そう思わせるにはじゅうぶんだった。
もし他人がこんな手だったら、僕はどう思うだろう。
やはり化け物だと思う。
「でも君はこうなったらいけない」
「なんで?」
「普通じゃないからだよ。この右手は、疎まれて迫害される、そんな手なんだ」
「うとまれ…?」
「わからなくていい」
わからないほうがいい。
僕はすぐに右手に手袋をかぶせた。
この子には汚い世界を見せるわけにはいかない。
この子の純粋さはこの傷ついた世界にはふさわしくない。
この子を守らなければいけない。
そう思ったが、でも僕はもう七賢人としてやっていける気がしなかった。
こんな子すらも利用してみせる彼女らを僕は信じることができなかった。
もうこんなのはごめんだ。
勝手に期待して、勝手に信じて、勝手に裏切られるなんて。
もうそんなのは耐えられなかった。