神次元ゲイムネプテューヌ 渇望のアウトサイダー【完結】 作:ジマリス
引きこもってばかりではいられない。
たまには外に出て身体を動かさないと、嫌なことも思い出してしまう。
そう思って、僕は近くの路地を歩いていた。
もちろん、右腕には包帯を巻きつけて人の目に触れないようにしている。
この路地はにぎわっているわけではない。
大通りから少し離れた、人通りの少ない道である。
逃げ回る僕にとっての安全な場所は、寝床にしている倉庫と女神に会ったことはないこの道くらいになってしまった。
上を見れば、太陽が照っている。
七賢人として戦っていたころは、空を見上げても何も思わないほど忙しかったような気がする。
それか、元から感受性が豊かではなかったか。
「ねえちょっと、いいかしら」
不意にかけられた言葉に振り向くと、そこには紺のロングコートを羽織った茶髪の少女が立っていた。
どこかで見たことあるような……。
ああそうだ。七賢人が誘拐しようとした三人のうちの一人。
あの生意気そうな子によく似ている。十年もたてば、これくらい成長するか。
たたずまいや雰囲気から察するに、それなりに戦闘はこなせそうだ。
「あんた、どこかで見たような気がするんだけど……」
「気のせいだよ。僕にはそんな記憶はない」
僕はしらを切る。
いま正体を知られてしまうとややこしい。覚えられていないというのは好都合だ。
アノネデスのような、記憶を操るなんて芸当は僕にはできない。
「そうかしら……っと、そんなことを言ってる場合じゃなかった。あんた、ここらへんで七賢人を見なかった?」
「七賢人……」
その言葉を聞いて、僕は少し顔をしかめてしまった。
「ええ、七賢人の目撃情報がきてね。魔女みたいな恰好のやつとネズミみたいなやつなんだけど」
マジェコンヌとワレチューだ。
この付近にいるらしい、ということに僕は疑問を感じた。
僕の持っている乏しい情報によれば、この十年間、その二人は表舞台にほとんど姿を現していないはずだ。
おそらく戦闘要員はイエローハートとアイになり、雑用でもやらされているのだろう。
ワレチューにとってはそれほど変わってないだろうが。
「いいや、知らないね。そんなやつ見たら忘れないだろうし」
僕は疑問を振り払ってそう言った。
もう僕には関係ないことだ。
マジェコンヌたちがどういう立場にいようと、何をしていようと、それは僕とは離れたところで起きていることなのだ。
「そう……もうちょっと聞き込みしてみるかしらね」
「情報を集めようとするってことは、諜報員?」
僕は聞いた。
コートに着けられた、複数の携帯端末が気になったのだ。
あれほどの数を使う理由は、おそらく使い分ける必要があるからだろう。
情報の整理や、連絡先の整理。
膨大な情報を扱うのであれば、端末が多いというのは武器になりうる。
僕が現役だったころも、複数の端末が欲しかったものだ。
それに、情報を聞きつけてすぐに現場に来るなんて、情報を第一に受け取る立場でなければ可能ではない。
「ええ。昔、ある人が諜報組織に入っているって聞いて、それが記憶に残ってて、ちょっと憧れだったのよ。その人いつも適当そうに見えて、強かったし、優しかったの」
「きっと、いい人なんだろうね」
強くて優しい。
そんな存在を、僕は何人も知っている。
そしてそういう存在はえてして、人に影響を与えていく。
彼女が憧れた「ある人」もきっと、彼女の人生に大きな影響を与えたのだ。
「どこかに行って、もう十年も会ってないけどね。その人も、お兄さんみたいなひとから習ったって聞いたわ」
懐かしむように、彼女は微笑んだ。
十年。
僕が七賢人のみんなと会っていない年月と同じだ。
だから、その長さは僕にもわかる。
体感でいえば、彼女のほうが長いのかも。
「長話しちゃったわね。それじゃ、私は急ぐから」
「うん、それじゃ」
そう言って、彼女は去っていった。大通りではすでに聞き込みをしてきたのだろう。
より人気のない、路地裏へとまわっていく。
その姿が見えなくなったころには、僕は七賢人のことを思い出していた。
夢で見るせいで、鮮明に思い出されるのがすこしだけ苦しい。
「きゃーー!!」
僕が過去の光景をなんとか振り切ったとき、近くから悲鳴が聞こえた。
この声……さっきの少女じゃないか?
方向も路地裏のほうから聞こえてきた。
僕には関係ないと思いながらも、足は路地裏へと向かっていく。
ぼろぼろのマントに隠れている背中の弓を取り出し、展開する。
いつでも矢を放つことができるように、弦に右指をかける。
ゆっくりと角に近づき、耳をすませる。
この角を曲がった先に、何かがいる。
深呼吸し、角を曲がった瞬間に弓を構える。
そこにいたのは…
「マジェコンヌ…」
僕が十年前に何も告げずに去ったまま、姿を見なかったマジェコンヌだった。
姿は全く変わらず、僕の知っているマジェコンヌそのままだった。
いや、すこしやつれたかな。
かたわらにはお供にワレチュー。
足元には先ほどの少女が倒れていた。どうやら気絶しているみたいだ。
「ヤマト…」
驚いているのは、あちらも同じだった。
積もる話もあるだろうが、注意しながら弓を向ける。
「その子に何をした、マジェコンヌ。また七賢人の命令か?ワレチューまで一緒で…」
久々に会った友人に、僕は敵意を向ける。
「いいや、私はもう七賢人ではない」
「なに?」
目を伏せて吐き捨てるように言うマジェコンヌ。
その言葉には、明らかな嫌味が含まれていた。
「あいつらにはほとほと愛想がつきた」
「おいらもこっそり抜けてきたっちゅ。これ以上は面白いことになりそうにないっちゅからね」
おそらくは、七賢人のなかで女神が台頭してきたことに腹を立てたのだろう。
女神を抹殺しようとするマジェコンヌにとっては、これ以上ない屈辱だったはずだ。
こうなることは、十年前からわかっていた。
「その君たちが、なんでこんなことをするんだ」
「私は、私のやり方で女神を倒す。こいつには、その人質となってもらう」
「君たちのやり方じゃない。そうだろう」
誘拐。
そんなのは、七賢人のやり方じゃない。とは言えなかったが、少なくともマジェコンヌのやり方じゃない。
圧倒的な力で相手を蹂躙する。
そう言うと言い方は悪いが、ようは力で勝負するのがマジェコンヌのやり方だったはずだ。
十年前だって、彼女が望んでしたことじゃない。
「お前が私の何を知っている!」
「知ってるさ」
僕は弓を構え、彼女に向ける。
マジェコンヌも武器を向けられるとは思わず、驚いた表情をしている。
「知ってるつもりだった」
「チッ」
マジェコンヌは一歩下がった。
僕も彼女もここでやりあうつもりはない。
「今回はお前に免じて、見逃してやる」
「それは助かるよ」
僕は弓を背中に戻した。
そこで、ようやくピリピリした空気が消えうせた。
僕は倒れている少女を見下ろした。
ぐったりとしているものの、やはり傷はなさそうだ。
さっき知り合った少女が人質にされるなんて寝ざめが悪くなる。
「見せてみろ」
少女に釘づけだった僕の視線はマジェコンヌの鋭い目に戻された。
だがマジェコンヌは僕の右手を見ている。
ぼろぼろの服に隠された、その中が気になるのだろう。
そんなに見たければ、見せてやる。
僕はぼろぼろの上着を右肩から外し、シャツをまくって、手袋を外した。
濃い緑色の鱗のようなものがびっしりと、不規則に並んでいた。
肩まで並んだそれは途中で途切れ、唐突に肌色が現れる。
触れてみれば、その異様な堅さと力強さがわかる。
「右肩まで侵食されてる。きっといつかは……」
「その時は私のもとに来い。世界から嫌われたもの同士、気が合うかもしれんぞ」
僕の言葉を遮って、マジェコンヌが口の端に笑みを浮かべる。
それを見て、ようやく僕にも余裕ができた。
「そうだね。その時には、力が必要ない世界になっていることを祈るよ」
「どんな時でも、力は必要になる」
これはマジェコンヌの口癖だった。
いつだって「力」というものは、必要になり、必要とされる。
それがわかったからこそ、僕も「力」を手にいれようとした。
「ヤマト。お前が強くなったのは、なんのためだ?なんのために力を欲した?」
「僕は……」
言い淀む僕に背を向けて、マジェコンヌはつかつかと去っていく。
問いを投げるなら、せめて答えをまってくれよ、マジェコンヌ。
「わっと、オバハン。待つっちゅ!」
慌てて追いかけようとしたワレチューが、走り出そうとしてこちらに振り返り、僕に何かを投げた。
まっすぐ向かってきたそれを左手で受け止めた。それはワレチューがいつも持ち歩いているコピーハードや割れソフトじゃなく、黒いUSBメモリだ。
「それ、七賢人の情報っちゅ。もし使う気がないなら捨てちまってかまわないっちゅ」
「……これを僕に?」
ワレチューがこれを持っていた理由も、僕に渡した意味もわからなかった。
「ま、おいらでも、最近の七賢人はやりすぎだと思ってるっちゅ。でもおいらには止められないっちゅ。だから…」
もしかしたら、誰かに止めてほしかったのかもしれない。
十年前から何かが間違っていると、そう思ったからこそ、ワレチューはこれを持っていたんじゃないだろうか。
必要とした助けはマジェコンヌか女神か、それとも……
「僕なら止められるって?」
「それはご自由にっちゅ」
それだけ言うと、どこかに消えたマジェコンヌを追って、ワレチューも消えていった。
「ご自由に……か」
一人残された僕は、手に残ったUSBメモリを見た。
たいした情報量が入るとは思えない。
おそらくは、今後七賢人が行う作戦の最低限しか情報が入っていないのだろう。
それでも女神たちにとっては最大限の武器になりうる。
じゃあ僕にとっては…?
この情報の価値はいくらほどだ?
「う…うぅん…」
小さなうめき声が聞こえた。
ああ、そうだ。残されたのは僕だけじゃない。
マジェコンヌに気絶させられた諜報部員の女の子が意識を取り戻したみたいだ。
僕は急いで服を纏い、少女に駆け寄った。
「気が付いた?」
「あれ?わたし、七賢人に気絶させられて……」
目を覚ました少女は、頭を振って無理やり意識を醒まそうとする。
まだ頭が回っていないようだが、どうやら心配はなさそうだ。
「僕が見かけたときには、君は一人で倒れてたよ。逃げていくやつがいたけど、あれが七賢人だったのかな」
しらばっくれた僕の言葉を茶髪の少女はもちろん疑うことなく、七賢人を逃したことを悔やんでいる。
実際には、先ほどの場に七賢人は一人もいなかったが。
「そういや、逃げてった奴がこんなのを落としていったよ」
僕は手に持ったUSBを見せた。
ワレチューが僕に渡した物だ。
「それ…」
「もしかしたら、大切な情報が入ってるかもしれない。どうぞ」
少女は驚いた表情で僕を見る。
これを軽く渡す僕にだろうか、それとも七賢人が情報を落としていったことに、だろうか。
「いいの?」
「いいもなにも、僕には関係ないものだからね」
ここで少女に会ったのも、ワレチューからこれを受け取ったのも何かの縁だ。
これ四国とエディンの関係がどうなるかは、まさに神のみぞ……いや、女神のみぞ知る、だ。
「助かるわ、ありがとう」
頭を下げて礼を言う少女に別れを告げ、僕は隠れ家に戻った。
そう、僕の知るところではない。
僕がいなくても、きっとなるようになるのだ。