神次元ゲイムネプテューヌ 渇望のアウトサイダー【完結】 作:ジマリス
会議室に座っていたアイとレイのもとに、アノネデスが遅れてやってくる。
珍しくレイがいることに、アイはほっとした。
ヤマトが立ち直ったこのタイミングで、レイも行動を起こしたことは偶然にしてはできすぎている。
だがこれが運命にせよ、誰かの協力かそれとも陰謀にせよ、活かすしかない。
「ふう、お待たせ。ごめんねえ、遅くなって」
「い、いえ…それより、その…あの子の様子は?」
女神と一緒にいた記憶とこの十年間の記憶がこんがらがり、ピーシェはかなりの精神的ダメージを負った。
あれ以上苦しむ姿は見ていられなかったが、今度はそんなことは言ってられない。
これ以上の先延ばしはよけいに傷を負わしてしまうことになる。無理やりにでも思い出してもらう必要がある。
「心配いらないわよ。記憶操作のかけ直しと、スペアのエネルギー装置のセットアップをしただけだから。いまはぐっすりお昼寝中」
「そ、そうですか…」
レイは複雑な表情を浮かべつつ、ピーシェが無事なことに安堵のため息をついた。
「まったく。記憶を完全に消さんなどと中途半端なことをするから、こんな面倒なことになるんじゃ」
「ダメよ。あんまり強力にいじったら後遺症が出ちゃうもの」
「甘いことをぬかしおるわ」
吐き捨てるように言うが、アクダイジーンはもっと親バカだ。
それは娘のように育てられたアイが一番よくわかっていた。
「アーさんがそれ言う?それに、あの時アーさんが来てくれなかったせいで、こんなことになっちゃったんだけど」
「うむ、それは、まあ…すまなかった」
「子どもたち、嫌がってるんスよね?」
あのあとクリーチャーたちに会う時間はなかったが、この十年間でアクダイジーンにとても懐いているのは、同じく家族のように接しているアイはすでに知っている。
姿を変えられたあの子たちに、自分やヤマトのことを話したのが関わるきっかけだった。
といっても、当時あの子たちは喋れるわけじゃなかったから一方的に喋るだけだったが。
「うむ、どうやらわしが戦うのが嫌らしい」
「いい子たちじゃないッスか」
最初は憎んでたはずなのに、ここまで信頼されるくらいになるとは思わなかった。
「あ、あの…あの子、また女神たちと戦わせるんですか?」
今度はピーシェの話だ。
イエローハートがエディンの女神となることはしぶしぶ受け入れたものの、戦うことはいまでも良い印象は持っていない。
あくまでも『象徴』としてのはずだったが、ヤマトがいなくなってレイが引きこもってからは少しずつイエローハートが矢面に立つ場面が増えた。
戦力としてはアイ=ローズハート一人で十分だったのだが、いかんせん数が少ないのが拍車をかけた。
「んー。アタシとしては十分に楽しませてもらったし、もういいかなーとも思うんだけど」
「そ、そうですよね。でしたらもう…」
「でも、そしたら困るのはレイちゃんなのよねえ」
「七賢人はお前さんのワガママから始まったようなものじゃからのう。ここでイエローハートを欠けばまた…」
「う……そ、そうですよね…元はといえば、私が…」
「それか、もう諦めて女神に降参するか」
レイが自虐しようとしたところにアイは口を挟んだ。
ここで丸く収まれば戦う必要なんてない。
最後通告のつもりだ。
「それは……いいえ、ここまできて諦めるわけには…」
しかし、変なところで頑固なのがレイだった。
ここまできたのだから、諦められないのはわかる。
だけども物事には『流れ』や『引き際』というものがある。
仲間が何人もいなくなって、大事に育てていたヤマトもあんなことになって、レイは冷静じゃなくなっていた。
「…で、ちょっと真面目な話。あの子が戦えるようになるまでもうしばらく時間がかかるのよね」
「だからわしに足止めしろと?」
「アイちゃんは最終防衛ラインにしなきゃだし。今度は断らないわよねえ?」
アノネデスは目配せすると、アクダイジーンは一息ついて頷いた。
「まあよかろう。これが最後のご奉公じゃしな」
「え?最後、って……そんな…」
「一応、お前には感謝しとるんじゃ。ここでの活動も悪いもんではなかったし、何よりアイやヤマト、娘たちに引きあわせてくれたしのう」
レイがなにか言う前にアクダイジーンは口を開いた。
「じゃが、娘たちに言われたんじゃ。もうわしに危ないことはしてほしくないと」
「本当、親ばかねえ。アーさんってば」
「ふん、十分自覚しとるわ。では、わしは行くぞ。いろいろと準備もあるからのう」
アクダイジーンは重い腰を上げて部屋から立ち去った。
「あ、あの…お気をつけて…」
レイは聞こえるかわからない声でそう言った。
「アクダイジーン」
すぐに追いかけて声をかけた。
レイやアノネデスはまだ会議室にいる。
「これでよかったんじゃろ?」
「バッチリッス」
アクダイジーンに話を持ちかけ、七賢人を抜けるようにしたのはアイだった。
アクダイジーンが育てた娘たちをこれ以上戦わせないように。
なによりアクダイジーンを戦いから遠ざけるために。
ちょうど娘たちからも同じようなことを言われていたアクダイジーンはこれを了承した。
しかし、会議室でレイに言った言葉は嘘じゃない。
それぞれ別の目的で集まった七賢人だったが、だれもがレイを信じていた。
「娘たちが心配してくれているのは本当のことじゃからいいんじゃが……あいつのことを考えると、少し不憫になってきてな」
「これだけこじれたのを戻すには、なにかを変えないといけないッス。それが『七賢人』だったっていうだけのことッスよ」
「……アイにも苦労をかけることになる」
アクダイジーンはうつむいて呟く。
「はっはっは、言いっこなしッスよ。ウチだって育ててもらってるわけッスから」
「親として何もできずにすまないのう」
アイは勢いよく首を横に振った。
アクダイジーンはきっといままでアイにしてきたことを当たり前のことだと思っているのだ。
だけど、当たり前のことを当たり前にすることは簡単なことじゃない。
親が死んで、拾われたあの日からアイはそれを痛感していた。
「アクダイジーンから欲しいものはなにもかももらったッス。それはきっとヤマトも同じッスよ」
「そう言われると心が楽になるわい」
「最後の戦いが終われば、ごゆっくりするッス」
△
「結構歩いたけど、まだこの先長いのかな?」
「うぅ、疲れたけどがんばる~。ぴーしぇちゃんのためだもん~」
手に入れた情報で七賢人のアジトを突き止めた女神たちが警戒しながら歩いていく。
その後ろにはいつもはいない二人、かつてピーシェとともに育った少女たちがついていた。
ここは溶岩が流れる洞窟だが七賢人によって改造されて、熱がこもることはない。
「いまさらなんだけど、誰か一人道案内に連れてくればよかったんじゃないかしら?」
「でも、アブネスさんは戦闘能力がありませんし…」
「コピリーエースはうるさいし」
いまやアブネスは女神側について、コピリーエースは負けたと同時にあちらについたというよりは自然とそうなったんだっけ。
「あんな大声出すやつがとなりにいたら難聴になっちゃうわ」
「え?なんだって?」
「どーせ聞こえてるんでしょーが!」
「うわっ、ノワール急に大声出さないでよ!」
「あんたがボケるからでしょーが!」
「…なんか、緊張のかけらもないわね。いっつもこんな感じなのかしら、ネプ子たちって…」
「うふふ。とっても楽しそうですー」
ネプテューヌとノワールの漫才に、人間の少女アイエフとコンパは呆れながらも笑う。
ついでに後ろで隠れながらついていっている僕も。
この緊張感のなさが女神たちのよさなのかもしれない。
アイだって女神たちと一緒にいたときはとても楽しそうにしていた
「お気楽な連中じゃのう。ピクニックにでもきたつもりか?」
もう少しでアジトにたどり着く、というときに立ちはだかったのはアクダイジーンだ。
以前(といっても十年ちょっと前)から見た目がそれほど変わらない戦闘用スーツは改良に改良を施されているが、女神たちにはかなわないだろう。
時間稼ぎというわけだろう。
さてはイエローハートの準備が整っていないな。
「そういや、てめーもまだ残ってたな」
「おやおや、私めをお忘れになっていたのですか?ひどいですなあ、ブラン様」
アクダイジーンはにやにやといたずらに笑ってみせる。
それが余計にブランの気に障ったみたいだ。
「だから!てめーが様づけで呼ぶんじゃねー!」
「…正直、イヤなタイミングで出てきたわね」
ノワールは毒づいた。
クリーチャーが出てくれば、ピーシェを取り戻すどころじゃなく撤退か、最低でも足止めを余儀なくされる。
一刻も早くピーシェを元に戻したい女神たちからすれば、出鼻をくじかれた形だ。
「あのモンスターが出てきたら、最悪、プルルートたちだけを先に行かせるわよ。ここは、私たち三人で引き受けて…」
「…ふん、調子に乗るなよ。女神共が」
アクダイジーンは得意げに鼻を鳴らした。
「どういう意味ですか?」
「貴様たちごときに、娘たちの力を借りる必要などないわ!わし一人で十分じゃ!」
これが強がりだとはわかっている。
戦うことをあのクリーチャーから止められていることはすでにアイから聞いている。
ならば思い通りにしてやろう。
「君の相手も僕一人で十分だ」
僕は弓を構えながら、女神たちの後ろから姿を現した。
「あなた…!」
「あ、あんた…」
「ヤ、ヤマト…!」
言葉を発したのは、ノワール、アイエフ、アクダイジーン。
七賢人の二人にはさまれた女神たちは、僕たちが対立してるものだと先ほどのセリフでわかるはずだが、驚きで固まっている。
七賢人が仲間割れしていることにか、それとも僕がここにいることか。
どちらにしても僕には関係ない。
「お先どうぞ。僕はここでこの男を引き留めさせてもらうよ」
「どういうこと?あんたがここにいるなんて…」
「それはそっちの女神に聞いてくれ」
僕のことを、『裏路地にいる知り合い』としてしか知らないアイエフが僕に詰め寄ろうとするが、いまはそんなことを話している場合じゃない。
「罠でもしかけてるのかしら?」
「疑うのは勝手だけどね、ピーシェを元に戻したいんなら一刻も早く急ぐ必要があるんじゃないのかな」
訝しむノワールに信じてもらう必要はない。
だがこの言葉は効くはずだ。
現に、黒の女神は言い返してこない。
「どうするぅ?」
「ここでうじうじ考えるくらいならさっさと進んじゃおう!」
悩むプルルートに、ネプテューヌが勢いよく答えた。
この場面に限り、ネプテューヌが一番賢い選択をしたと言える。
もちろんそれはほとんどのことを知っている僕だからこそ言えることだが。
「あ、あのぉ…」
「言いたいことがあるんなら後にしてくれ。せっかくこうやって盾になってるんだから」
プルルートがこちらを向き、何かを言おうとするが、僕は急がせる。
僕としては、彼女たちに何かを話すつもりはない。ただやることがあるだけだ。
僕は弦を引き絞り、進もうとする女神たちを護衛するようにアクダイジーンをけん制する。
「う、うん。じゃああとでね~」
女神たちのいまの優先事項はピーシェだ。
いまを逃せばチャンスがなくなるかもしれない。
それがわからないほどのバカじゃないはずだ。
行け、と目で示すと女神たちは走り出した。
アクダイジーンは手を伸ばすが、僕が放った光の矢がスーツの右手を吹き飛ばした。
十年前とは桁違いの威力を見せられたアクダイジーンは硬直。すでに女神たちは先へと走り出し、アジトへ入っていく。
「さて女神はいなくなったことだし、君に戦う理由はあるのかな。アクダイジーン。どうしても戦いたいんなら相手するけど」
「ぐ……」
戦うべき相手でもないのに、光の矢の破壊力を見て向かってくるような男じゃない。
戦意喪失したアクダイジーンを見て、僕が弓をなおそうとしたとき。
「オトウサマヲコロサナイデクダサイ!」
「わっとと……って」
アクダイジーンを守るように、姿を変えられた子どもたち、クリーチャーがぞろぞろと現れた。
だがその姿が少し記憶と違う。
輪郭はそのままだが、顔は醜い深海魚のようなものから可愛らしいものへと変化していた。
だがそれよりも驚いたのは…
「喋ってる…!?」
以前見たときは喋れても、うなりのような声を上げるだけだったはずだ。
それがいまはたどたどしいものの、適切なタイミングで、適切な言葉を喋っている。
「喋れるようになったのはつい最近で…お父様がつきっきりで優しくしてくれて…」
ついでに、カタカナに聞こえるたどたどしさは僕の脳内で変換してお送りしよう。
「いやいや、お前たちの努力のたまものじゃ」
「つきっきりで…」
そういえば僕のときもアイのときも、アクダイジーンは何かと気にかけてくれたものだ。
僕はそんなことからも目を背けていたのか。
とりあえず放置してるわけでも、ただの道具として扱っているわけでもなさそうだ。
むしろ逆か。
「ま、最悪の状況じゃなくてよかった……のかな?とりあえず、僕には戦う気はないよ」
僕は握りしめていた弓をやっと背中になおした。
僕のことはアイが何度も話しているらしく、子どもたちは簡単に警戒を解いた。
「聞きたいことがあったんだけど、君たちは七賢人を恨んでないか?」
「最初はものすごく恨みました。ただでさえ不幸だったのに、人間の姿まで失って…」
「でも、お父様やお姉様はそんな私たちのことをすごくかわいがってくれて!それこそ本当の娘、妹みたいに!」
アクダイジーンが若いころに妻を亡くして、子どもがいない生活を長く続けていたことは知っている。
だからこそ、どんな姿であれ娘のような存在のこの子たちに愛情を注いだのだ。
それにしても『お姉様』ね。
アイもずいぶんと慕われていたみたいだ。
成功したとはいえ、アイはこの子たちのために自ら女神メモリーを摂取したのだから、まあ当然といえば当然。
「美味しいごはんを作ってくれたり、誕生日にプレゼントをくれたり、そういう当たり前の幸せをもらいました」
「うんうん」
僕もその気持ちはわかる。
当たり前のものを当たり前にもらう。
そういった当たり前の幸せは、一人だった僕たちにはなかったものだ。
「それと、お風呂で体を洗ってくれたり、おんなじ布団で寝たりとかも…」
「うわっ、アクダイジーンキモッ」
「違うっ!ちゃんと親としてじゃ!」
僕の素の反応に、アクダイジーンは反論する。
もうこいつそういう趣味があるんじゃないの。
二十……たしか二十二人。
それだけの子どもをこんな姿に変えたのだ。邪推するのも仕方ない。
「それでも…」
「わかっておる。わしのやったことは許されることではない」
そのセリフを
「だからお父様は私たちを元に戻そうと頑張ってくれているんです!」
「少しは効果も出てきてるんです!ほら、喋れるようになりましたし!」
「あああ、違う違う。責める気はないんだ」
口々に言う子どもたちを鎮めるために、僕は手を挙げる。
「それに僕も君たちと変わらない」
僕は右手袋を外し、上着をめくった。
そこにある右手を見て、子どもたちもアクダイジーンも息をのんだ。
そう。僕は目の前にいる子どもたちとも、アイともなんら変わらない。
どこにでもいるはずの存在なのだ。
姿かたちは変われど、たった一人の人間だ。
「ただ、いろいろ……ほんとにいろいろあったけど、僕もアクダイジーンに感謝してるんだ。それだけ伝えたかった」
上着を戻し、手袋をする。
見せたくないものを見せたにも関わらず、嫌な気分はしなかった。
「なんだかんだアクダイジーンが優しいのは君たちより知ってる。だからこそ僕はこうやって戦いを止めにきたんだ」
「ヤマト……」
僕は足を動かし、女神たちの後を追って先へと進む。
「ゆっくり休むといい。僕は戦う」
僕は右手を握りしめた。
「今の僕にはこれが必要だ」