神次元ゲイムネプテューヌ 渇望のアウトサイダー【完結】 作:ジマリス
「話が聞けると思ったんだけどな」
全ての決着がついた翌日、僕たちはケガしているのも構わずに宴会を開いた。
全身傷ついているはずのアイやプルルート、ネプテューヌたちに無理やり起こされたのだが、こっちの次元の女神たちと遊んでいるうちに痛みは薄れていった。
いまはもう夜。
僕はアイとバルコニーに出て、熱気に浮かされて火照った身体を冷やしていた。
プラネテューヌの教会から見える景色は、普段は美しいものだろうが、いまは崩壊した建物やひび割れた道路が視界を埋める。
教会はほとんど傷を負っていないのはうれしい誤算だった。
こっちのプラネテューヌはまだ片付けも始めていないが、勝利に酔う時間はある。
あっちの次元に帰るのは明日。
今日ははただ平和を噛みしめるためのちょっとした休息日だ。
このがたがたの身体じゃ、働こうと思っても満足に動けないだろうし。
「ネプギアや他の妹たちと一緒にどっか行っちゃったッスねぇ」
教会の中では、こっちの女神たちがネプテューヌとプルルートに今回の事件の説明を求めている。
ノワール、ブラン、ベール、おまけにアイエフとコンパ。僕の知っているみんなともそっくりだった。だけどもこっちのよりは仲良く見える。
僕の知っているほうよりも長いか、もしくは濃い付き合いがあるのだろう。
彼女らと付き合いのあるはずのあの男、滝空ユウは女神候補生とどこかへ出かけて行った。
彼のことについて、いろいろ聞きたかったことがあるのだが。
「あの方は候補生のみなさんと協力して、犯罪神と呼ばれる存在を倒してから、違う次元を旅していたそうです」
イストワールがふよふよとやってきた。
こっちのと似たような妖精のような姿であるが、こっちのよりも成長しているようだ。
本に乗っているのは変わらずだが、手乗り人形のようなこっちのイストワールよりも何倍か大きく、声も落ち着いた女性のものだ。
「突然いなくなって数年経つものですから、積もる話もあるのでしょう」
犯罪神。
そういった名前が出てくる伝承を、たしかどこかで見たような気がするが……。
ともかく、そんな伝承上の神にこの世界は一度破壊させられかけた。
ユウたちはその犯罪神とやらに勝利し、その戦いのあとに、ユウはいなくなったらしい。
旅に出たのも彼なりの想いや決心があったのだろう。
帰ってきたのも偶然か、それとも危機を察知したからか。
であれば、彼らの貴重な時間を僕の好奇心で割くわけにはいかない。
「それなら邪魔しないほうがいいね」
「あ、あの……そのお顔は……大丈夫ですか?」
イストワールが僕の顔をうかがいながら言う。
「妹ちゃんたち恐がってたッスねえ」
僕は左手で顔の右半分を触る。
右腕と同じようなざらつきのある感触が感じ取れる。
叩いても何も感じないほどの堅さが顔の右側を覆っていた。
右目は三倍ほどのおおきさになり、黒目は黒いままだが白い部分は濁った黄色に染まっている。
レイを倒すために放った電撃により、僕の身体、その右半分はもうすでに侵食されていた。
刺々しくいびつな鱗、いや殻といった方が正しいだろうか。それに覆われた右半身は人間の面影もなく、モンスターより不気味な造形をしている。
女神と候補生だって面と向かって直接何も言ってこなかったものの、その目はおびえていた。
「予想よりグロくなってた」
「わたしはぁ~、その顔もかっこいいと思うけどなぁ~」
そんなことを言うのは、女神たちの終わりなき質問から抜けてきたプルルートだった。
後ろにはぐったりとしたネプテューヌもいる。
「そういやピーシェもそんなこと言ってたな。君たちはそろって趣味が悪い」
目が覚めて、鏡を見たときに取り乱さなかったのは、僕のことを『ヤマト』だとわかってくれる人たちがいたからだ。
そして僕自身が僕のことをわかっていたからだ。
僕の顔は、偏見を持たれるには充分すぎるものだ。
しかし本質はそこにはない。
「ノワールが特にぐちぐち文句が多くてさー。逃げてきちゃった」
「こっちの女神からしたら、いきなりのことだったもんな。僕たちから見てもいきなりだったけど」
こっちで起きていた事件の話は聞いていただろうが、レイが女神だったと判明してからはほぼノンストップで駆け抜けていったから、まだ頭が追いついていない者もいるだろう。
そう思いながら、僕は右手につかんでいた缶の中身を平らげる。
「……って何食べてるの?」
「猫缶だよ。キャットフード」
不思議がるネプテューヌに、僕は缶のラベルを見せつけた。
猫の絵と『本がつお』という文字が描かれている。
「うへぇ、そんなの食べてるの?偏食というか、変食というか」
「今の身体にはこれが一番美味く感じるんだ。身体には害はないし、食べてみる?」
「え、遠慮しておきます……」
首をぶんぶんと振って拒否する。
まあ確かにはた目から見れば変ではあるが、好き嫌いの延長だと思えば、『モンスター化によって変わってしまった身体』というふうに悩まなくて済む。
企業努力が実を結んでいるようで、かなり美味しいし。
「食い慣れてる感するッス」
「十年間こればっかだったからな。別に他の食べ物を受け付けないってわけじゃないけど」
「大丈夫なのぉ?」
プルルートが僕に問う。
身体的なものか、それとも精神的な意味か。
そのどちらも気にしているような彼女の問いに僕は一瞬だけ詰まった。
普通であれば、混乱し、発狂し、元の姿に戻りたいと暴走するかもしれない。
あの日のように独りであれば、僕はきっとそういったことをしていたのかも。
だけどこの世界は普通ではないし、僕も普通であるといううぬぼれはない。
なにより、僕はあのころとは違う。
人間に魔女にネズミにロボットに……そして女神。
数多の特殊な人々との付き合いは僕を変身させた。
自分がどうあるべきか、やっと自分で決めることができたのだ。
「……孤独だとか不安を感じていたのは、もう前の話だ。侵食されてようやく、『僕』になれた」
「…………?」
話が理解できないのはどうやらイストワールだけのようだ。
僕のことを知っている三人は、三人とも深く頷いている。
ネプテューヌも頷いているのは少し違和感があったが、普段があれなだけで実際には仕事できる女神みたいだし。
それに見た目と中身が違うなんて周りに幾人も例がある。
「なんだかんだ解決したってことだよ。何もかもがあるべきところに収まったっていうか……」
「まだ後片付けとかは残ってるッスけどね」
僕たちの次元も攻撃を受けたんだ。明日からはしばらくその処理に追われることになるだろう。
「明日には帰っちゃうんだよね。やっぱり寂しくなるね」
ネプテューヌが少しだけうつむく。
ネうテューヌは僕たちの次元とは十年以上の付き合いがある。
僕が思うより、強い感情が渦巻いているはずだ。
それでも止めないのは、僕たちのやるべきことといるべき場所を思ってのことだ。
女神であるがゆえにそういったことにはしっかりしている。
ネプテューヌだけでなく、アイもプルルートも。
「わたしもぉ、ねぷちゃんと離れたくないなぁ~」
「ウチもまだ話したいことはたくさんあるッス」
「僕も寂しくなるよ」
もう少し早く和解していれば、と悔やむ。
そうなら彼女たちと長い間の戦いもなかっただろうか。
いや、こんなに滅茶苦茶にならなければ手を合わせることもなかったか。
「だけどあっちには僕の家族がいるし、やらなきゃいけないことも多い」
「やらなきゃいけないことぉ?」
「そろそろ、自分のすることは自分で考えなきゃね」
深呼吸して、僕の想いを吐き出す。
「僕はエディンを残したい。あそこにあったはずのみんなの想いを、残していきたい」
長い時間をかけて見つけた僕の目的はそれだけ。
ただ平穏に、みんなと一緒にいたかっただけなんだ。
「最初に会ったときみたいな、ぶつかりあって、バカやって、でもいろいろ楽しかったときを、もう一度過ごしたい。いつかまた、七賢人が揃って集まれるような、立派な場所を作りたいんだ」
簡単に言うなれば、ばらばらになった家族たちが笑って過ごせるような空間をもう一度。
誰もが平等に暮らせる世界を。
あの雨の日。
たった独りで死んでいこうとする僕を、レイは救った。
あのときレイは何を思っただろう。
きっと、目の前の冷たくなっていく少年を、ただ助けることしか頭になかったはずだ。
彼女はひたすら愚直に、文字通り愚かなほどまっすぐに自分の感情に従うことしかできないのだ。
怯えや怒り。実際に目の当たりにして、それらは痛いほどに理解した。
だからこそあの日の優しさが僕の心を満たし、何年も経ったいまでも突き刺さっている。
最初はそれに突き動かされ、そして今はそれを動力源として、僕は戦う。
「ウチも賛成ッス!幸い、国運営をかじった人間がここにいるッスしね!」
「君が無理についてくる必要はないんだぞ、アイ」
「あらら、『自分のすることは自分で』って言ったのはヤマトッスよ。女性の意見を男性が捻じ曲げる時代でもなし。ま、十年前まえも二十年前も同じ時代だったッスけど」
僕は苦笑した。
こんなにわかりやすく、アイに一本取られてしまうとは。
レイだってこう思ったことはあるはずだ。「もしもやり直せたら」。
幾度となく渇望したその願いを、今度は僕たちで叶える。
独りではなく、みんなで。
僕の願いとして。
その果てはあるのだろうか?
僕が行きつく先は?
世界はあれほどに広いのだ。
求めるものが世界の片隅にあったとしても、きっともがけば見える場所にあるはずだ。
そしてまた、かつて居場所のなかった僕が誰かの『居場所』になれたら、と思う。
僕が誰かの『帰ってくる場所』であればと。
「さあて、そうなると片付けの後のほうが大変になるッスね。ヤマトもなんか名前変えるッスか、なんとかハートみたいな?」
「いいや、僕は上に立つ気はないよ。それに……」
僕は首を横に振った。
「僕の名前は今も昔もヤマトだ」