ヘファイトス神との面会が叶った私は、床の上に四つん這いになっていた。
「2億ヴァリスゥ……」
理由はこの値段。これはヘスティア神がベルに与えたあのナイフの値段だ。へファイトス神自ら打ったナイフならこれは妥当だ。妥当だけど、零細ファミリアには現実的にとても返せる額じゃないでしょうっ!! 武器の性能とかは聞いてないけどベルの【
「えっと、大丈夫?」
「大丈夫です。あの女神から甥を引き離したいと思ったくらいには」
「アハハハハハッ!! それは大丈夫ではないなぁ、お主がっ!!」
「こら
「いやだってのぉ! こやつがここまで打ちのめされるなんて15年前さえなかったからのぉ! 特に武器購入に関しては高額でもほとんど一括払いでまとめていた姿を知っとる手前としてはなぁ!」
膝を叩くほど大笑いする事か
……よし、気持ちを切り替えよう。そうして私は立ち上がる。
「へファイトス神。あのナイフについて教えていただき、ありがとうございます」
「別にいいわ。ところでヘスティアの所にいる
「ああへファイトス神。その後の言葉は控えてください。わかっているなら尚更です。厄介事が増えるので」
「そうさな。特にお主を囲うなら外堀を狙う神など掃くほどにおるだろうしのぉ」
「……そうね。それは確かに。私もそれでヘスティアがまた放り出されるのは後味が悪いしね」
「ありがとうございます」
ヘスティア神が関わったならへファイトス神の耳に私とベルの関係は聞かれてると思ったけど
案の定だったわね。でも知ったのがこの方という時点では幸運か。あの方は友神には恵まれてるようね。
「よし、話は終わったの。カレン、お前の今の腕を見せてくれ」
「椿、貴女って子は……」
「だが主神様、貴女とてカレンがどのような作品を作り上げる職人になったのか、気になっとるのだろう? 手前が見せてもらえると口にした時、神でなくともわかりやすく視線が動いとったぞ」
「見せる件は椿の独断でしょう。それと私は職人と言うには邪道でしょう」
「まぁ確かに。お主の作品は本職がやるはずのない手法を使うからのぉ。だがそれは
寄り道……言い得て妙ね。色んな分野の技術と知恵を集めて作る私はまさに『寄り道』かもしれない。
……あれ、まとめて見たけど言い得て妙より故事付け? 後付け? っぽい。もしかして椿、適当に言ったの?
「おい、どうした? まさか渋ってるのか?」
「まさか」
思考の波の原因に急かされてしまった。そして目がこれ以上なく輝いてるわ。これ以上を時間をかけても余計に急かすだけね。
「ヘファイトス神、評定をお願いします」
そう言って平行に上げた両手の上にひと振りの剣を出現させた。これを見てヘファイトス神と
剣は目の前にいたヘファイトス神は手に取り、そして鞘から抜く。実際に出した剣は見た目だけはどこにでもある様な剣だ。質素でも豪華でもなく、ただただ普通な剣だ。そう、
「……すごいわね。ここまでの域なんて」
「わかりますか」
「ええ。重量のバランスもほぼ黄金比だし持ち手もストレスはない。鞘と柄に使われてる革も地味だけど防具に使ってもいいくらいの上等よ。何よりこの剣身、より純粋な上に斬るためのものね。恐ろしいくらい」
「む? 主神様よ、最後のはどういうことじゃ?」
「武器って言うのは作り手の技術が高ければ高いほどにそのクセってのが無意識にできるわ。椿だって知ってる鍛冶師の武器なら見ただけでわかるでしょ」
「まぁそうじゃな」
「でもこの剣はそのクセがない。どんな作り手だったのか読めない。そうなると見習いなんだけどそれに反してこの剣身はダンジョンの下層にも通じる程の一級品。ホント、
「ほぉほぉ。主神様はそこまで褒めるか。いやいや、やはりカレンの作品は興味深いのぉ。見本に譲ってくれぬか?」
「手に取ってもないのにその決断は尊敬するわぁ。別にいいけどタダで譲らないわよ。椿の鑑定眼で見た値段で」
「むむ、それは困った。かなりの額を支払わねば」
つまり、貴女はそれだけの価値がこの剣にあるってことね。それはそれで嬉しけどさっきの例えで思ったように、鍛冶師の分野じゃ納まらない技術が結構あるからなぁ。あいや、貪欲な椿の事だからそっちの方もある程度は聞いてくるでしょうね。でも理解できるかしらねぇ。
そんな友人にちょっとしたオマケを考えていると剣身が鞘に納まる音を聞く。ヘファイトス神の評定が終わったと思い、
「カレン、
その質問に、やはりこの方は鍛冶の女神なのだと改めてそう思った。ただし、それは今はダメだ。
「ええ、
「そう。――椿、この剣を購入するならファミリアの予算から出していいわよ」
「おおっ、良いのか主神様!」
「ええ。ただしお金を管理している子に相談してからね」
「承知した。なら今すぐに行こうっ!」
「ちょっと待って。行くならこれを持って行きなさい」
走り出そうとする椿を呼び止め、そのまますかさず紙切れを投げ渡す。
「なんじゃこれは?」
「ここに卸そうと思っていたドロップアイテムの種類と数。その中から必要な分だけ相談しておいてちょうだい」
「なるほど、ならば受け取ろう。では行ってくる」
あの長身とは反するような子供用な笑顔で走り去っていく。剣を買える事がそんなの嬉しい――というわけじゃない。ヘファイトス神は意図して席を外させたのだ。まぁ実際、椿もそれを察して何も返さず行ってしまったんでしょうけど。
「さて、出来ることなら正直にお願い。貴女、世間には言えない技術を持ってるでしょう?」
「正解です」
「……やけにあっさり答えるのね」
「続けて否定しては何かあると言ってるようなものでしょう。それにヘファイトス神だけのお耳なら良しと判断しただけです。椿、いや彼女に限らずそれを鍛冶師の耳に入れるのは少々……」
「ええ、その判断は正しいと思うわ。まぁさっきので椿もその辺りまで察してるでしょうけど」
「まぁ勧誘するでしょうね。昔から変わらず」
「ゼウスの紹介だったとは言え、貴女と椿は姉妹のように親しかったからね。あの子、15年前は貴女が消えて嘆くわロキの所に殴り込もうとするわで大変だったのよ」
それは、大変でしたね。
「私としても貴女が持ってる技術には興味があるけど、それはまたいい機会が来た時で」
「はい」
「カレーンッ! この額で良いか目を通してくれぇー!」
いい感じに話が終わったところで椿が声を挙げて戻ってきた。まったく。騒がしいわね、あの子は。
結局、あの後でも椿がなかなか帰してくれなかったからヘファイトス神が彼女を取り押さえてようやく出ることが叶った。そのせいで体に疲労が残っていたけどそれでも【ゴブニュ・ファミリア】の三鎚の鍛冶場へ赴き、注文を任せてから帰路を歩いている。
「疲れたぁ……」
最近、と言うより間違いなくこの手で疲れてしまう事が多い。昨日は【ロキ・ファミリア】、今日は【ヘファイトス・ファミリア】の有名人に絡まれてね。【ゴブニュ・ファミリア】は、なぜだがほとんどの職人たちが死屍累々だったから静かに注文が出来た。うわ言のように『くたばれぇ……』と言ってたからどこかの冒険者が無茶な注文でもしたんでしょうね。
そんな事を思いつつ今は地下水路の端を歩いている。入口に足を入れた直後、なんだか空気が緊迫していたけどその気配は遠かったし、別のところで何かあったのかしら。でも私が入った時にはもう落ち着いていたから解決もしたんでしょう。地下で心当たりは……あの花のモンスターぐらいしか思いつかないわ。そう言えばあれ、なんだったんだろ?
そうして他にも色々と考えていたらあっという間に隠れ家に到着、と。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、カレン」
普段なら返事のない隠れ家の奥から返事があった。しかしそれは警戒するものでもなかった。
「思ったより早かったみたいね。気分はどう?」
扉を占めて奥へ進みながら尋ねるとそこに彼女はいた。
前後問わず腰まで届くであろう黒髪を下ろし、しかし前髪は髪留めで左右に開いて見せる素顔は不自然なほどに整い、
「特に変わらず、平常です。早速ですが御用件をお聞かせください」
「せっかちね。もう少しゆっくりしてていいわよ」
「ですがカレンからの頼みなど2年ぶりです。
「そう。ならそこの椅子に座りなさい。お茶でも出しながら話すわ、
「わかりました」
彼女――ラクジョウ・
そんな姿になった彼女を少し待たせつつ、最近このオラリオで見つけた茶葉でお茶を用意する。そして2つのカップの内、1つは華の前に差し出して私も向かい合うように椅子に座る。
「まず貴女のお願いだけど、私の甥を遠くから見守ってほしいの」
「甥……。もしかして、ベル・クラネルという名の少年ですか? カレンが言っていました」
「そう。あの子は冒険者としてここ、オラリオにいるの」
「なるほど。しかしそれでしたらカレン自身がすれば?」
「そうなんだけど、あの子の成長を考えるとあまりお節介は焼きたくないし、開き直って構いすぎるとオラリオにいる神様たちが私を間接的に引き抜く為にあの子にちょっかい出すのは目に見えてるのよ。だから私自身ではなく、別の誰かに頼むしかない。それで信頼できる相手といえば、貴方だったわけ」
「なるほど。光栄です」
そこまで持ち上げなくていいわよ、と言っても聞かないのがこの子なんだよね。
「ではこのお茶を飲みましたらすぐに?」
「だからせっかちだって。今日ぐらいはお茶と話し相手に付き合いなさい。ちょっと疲れたから気分を変えたいのよ」
「カレンがそんな言葉を零すとは、良き知り合いたちがいたようで」
「ええ、友人もいるわよ」
「でしたら私がいなかった間の話をお願いします。興味がありますので」
「いいわよ。貴女がいなくなってからだから――」
華がいなかった2年間の出来事を私は語り、彼女は熱心にそれを聞いていた。
本当に、この子は
15年前、つまりはカレンの二大ファミリア襲撃事件の頃の彼女はまず先んじて戻ってきていたゼウス・ヘラの
しかししばらくしてカレンは
の所へ押しかけようとしたが向こうも襲撃でゴタゴタだった為、余計な混乱が起きると予感したヘファイトスの制止もあった為、【ロキ・ファミリア】が頂点の地位を安定させるまで長く待ったのだった。その間、カレンが生きてたことに泣いて喜んでいたのだった。
ラクジョウ・
本作、第二のオリジナルキャラ。詳細は後日。
カレンがベルを見守ってるくれるとして選んだ相手。名前と黒髪という点から極東出身と考えられ、外見からヒューマンだと判断できるがその正体は……。