私はファミリアの主神としては最も酷いのだろう。
初めは酒を造るための資金を集めるためにファミリアを立ち上げた。だがそう簡単に集まる訳でもない。だから酒の完成品をより集めた子に与えるようにした。そして子らはより完成品を求めるになった。そうするとこれを求めて外から多くの子らが集まってくる。
しかし私にそれだけの子らを管理する程の時間を割くことはしたくなかった。その分だけ酒造りの時間が無くなるからだった。そこに当時一番に頭角を現していたザニスが団長を名乗り出た事で全てを任せる事にした。ザニスの方針により酒造りに必要以上のノルマが定められ、酒を与えられる上位者も限られていった。そして虐げる子、虐げられる子が出てきた。それでも私は何もしなかった。
酒を求め、集まり、競争となり、蹴落とすようになった。あまりにも醜く、愚かな姿だった。いつしか酒は
『最低だよアンタ!!』
確かにそうだろう。私は流されるままに今の現状にした。酒に溺れる子供たちに絶望し、しかし私は傍観し続けた。何をすることもなく、どうするべきなのかもわからず、ただただ時間だけが過ぎ去った。それが今の
それでも私は趣味を続けた。言い訳に聞こえるだろうが私にはこれしかない。下界の私が出来るのはこれだけなのだ。これでしか子供たちと関われない。そしてこれ以外に興味もない。だから私は、これだけは失いたくない。酒を造れなくなってしまえば私はどうなるだろうか? 想像は出来ない、いや想像したくない。唯一の
その想いだけがカレンの賭けに乗る理由だった。
「――悩み事ですか?」
「なに?」
「手、止まってますよ」
手元を見れば道具を握り、今まさに酒を造っている最中だった。しかし時間を置き過ぎたのか変色を起こしてる。これでは失敗作より劣る。これ以上の作業は無意味だな。
「考え事ですか?」
「これまでの事を、思い出していた」
「何か感じますか?」
「……恐れがある。酒を造れなくなる恐怖だけがある」
「そうですか」
問われ、答えた返事はあっけなかった。いつもの私には聞き流すほどの物だったが、現状が現状。そしてカレンの関係者にしてはあまりにも無関心――。
いや、無関心だったのは私だったな。
「聞きたい事がある」
「なんでしょう?」
「お前は、
「? そうですが」
その答えは嘘、と思いたかったが嘘をついてはいない。カレンと同じ、嘘が見抜けなかった。そもそも人なのか? ヒューマンの外見しているがヒューマンの気配がない。他の種族と言う訳でもなく、魔法や
「しかし、カレンから貴方は趣味神と聞いてましたのに私の事を聞いてくるとは。心境に変化でもありましたか?」
「……わからない。そんな気はない。だが先も言ったように恐れがある。それが今までに見ていなかった物が気になるのだろう」
「不安から警戒心が上がってるという事ですね」
その通りかもしれないな。
「ところで用があったのではないのか?」
「はい。そろそろこの場所が見つかりそうです。ただギルド経由でこちらの建物を、貴方の名義で借りてますから襲撃でもされましたら間違いなく問題行為ですね、とカレンから聞きました」
そうか、それが狙いか。もしザニスが強引にでも押し込めばギルドから処分が下るだろう。私は狙われた側として情状酌量の肩書を貰える、という事か。ただ、
「ザニスはLv.2だ。そして数人の部下も来るだろう。もしカレンが戻って来ない内に来たなら、お前は大丈夫なのか?」
「その程度なら問題ありません。今はLv.2程度の
……ああ、そうか。今の言葉でこやつの正体がわかった。まさかの話だが、それなら今までの気配にも説明がつく。
「もう一度、言葉を変えて聞くがいいか?」
「はい」
「お前、
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地下水路・隠れ家
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「カレン、お前に
音もなく隠れ家に現れた黒ローブの男がいきなりそんな事を言われた。と言うより。
「女性の朝食中の来訪はデリカシーがないわよ」
「それは悪かった」
「でもお茶ぐらいは出してあげるけど?」
「せっかくの誘いだが遠慮しよう」
それならこっちも遠慮なく続けさせて貰おうかしら。行儀は悪いけど急ぐなら済ませた方がいいだろうしね。
「貴方、ウラノス神の使いでいいのかしら?」
「私は彼の友だ。もっとも動けない彼に代わって動いている。使いとしては間違ってない」
「そう。それなら素性は聞かないわ。本題を聞かせて」
「ダンジョン24階層でモンスターの大量発生が確認された。自然に起きた現象ではない。何者かの関与がある」
「
「ああ。すでに冒険者の多くが犠牲になってる」
その言葉に食事の手が止まった。
「気になるか?」
「まぁね。冒険者として生き死には自己責任だけど、いい気はしないわね。そんな私に頼むのはその解決かしら?」
「いや、他にあるファミリアに頼む。問題の解決はその者たちと行ってもらいたい。その合流までお前にはモンスターの進行を食い止め、これ以上の被害を止めてほしい」
「それはいつまでやればいい?」
「数日、3日前後ぐらいだ。そのくらいは容易いだろう」
確かに中層のモンスター程度の大群なら足止めぐらいできるわね。そして本命はそのファミリアの冒険者たちみたいだし、私の役割は露払いね。
「そのファミリアの冒険者たちだけじゃ戦力が足りないの?」
「戦力は足りる。だが間違いなく多くの犠牲が出る」
「……へぇ」
「勘違いしないでもらいたい。だからこそお前の力を借りたいのだ」
「私が帰ってきてなかったら?」
「………」
だんまり、か。私がいなくても調査はするつもりだったか。それだけ危ない事態になってるか、はたまたその影にいるのが危険な存在がいるのか。
……よし。
「その
「感謝する」
「ただわざわざ依頼に来たなら私が今している事は把握してる筈よね」
「【ソーマ・ファミリア】の件だな。手を貸してもいいが、表立って手助けは出来ないぞ」
「わかってるわ。ただそろそろ仕掛けてきそうな感じだったから影で根回しがしたかったんだけど、こうなったらあの子1人に任せるしかないしね」
「
「あら、華の事がわかるの」
「これでも専門だからな。久々に興味が湧いたが、お前の
気を遣ってるのか専門家としての遠慮か。どっちなんでしょうね。でもあの子がそういう風に言われて少しイラついてる。ただ自分で思うより小さな動きだ。私は彼が
「不快にさせたか? なら謝罪する。すまなかった」
「ああ、そう言う訳じゃないのよ。ただ自分でも不思議なくらいあの子の事を貴方と近い目で見ているなって」
「そうだったか。だがそうかもな。お前が【ゼウス・ファミリア】であった過去を顧みるなら、アレも一個人として扱うはずだな」
「そうよね」
「ふむ。その原因は何かは聞かないでおこう」
「そうしてちょうだい。――まぁ【ソーマ・ファミリア】の件があるから寄り道していくけど行くのはその後でもいい?」
「問題ない。元々、準備を勧めるつもりだった」
「ならいいわ。朝食が終わったら万全を期して向かうわ」
「感謝する」
その直後、黒ローブは煙の様に消えた。これは魔法じゃなくて
……考える事でもないか。
………………………
………………
………
「ここだな」
「はい。ソーマ様の特徴に一致する者が出入りした場所はここです」
「よくやった。報酬は弾む」
「ありがとうございます!」
「静かにしろ」
「はっ、はい」
ここにソーマが隠れている。部下や酒に溺れた団員たちを使い、その成果はこの数日で実を結んだ。いやそれでも遅い。この数日で酒が抜けてきた連中が出始めている。酔わせ続けなければ私の命令を聞かない連中が出てくる事だ。Lv.1の連中など赤子の手をひねるようなものだが、いかんせん我がファミリアはその数が多い。逃げるにせよ向かってくるにせよ対処には時間も金もかかる。それは私の望むところではない。
「なら乗り込むぞ。これ以上時間をかける訳にはいかない」
「あの、ザニス様……」
「なんだ?」
「ここはギルド所有の建物です。乱暴な真似はギルドに
「問題ない」
「ですが……」
「問題ないと言ってる。二度も言わせるな」
ここは人気のない場所の上に管理するギルド職員もいない。それに襲撃するにしても騒ぐだけとは限らないだろう。警戒すれば問題ない話だ。確かにそうだ。警戒しなければならない。
「詳細を伝える。襲撃と言ったが出来る限り破壊活動は避け、ソーマ様の姿を確認次第、確保。速やかに
『『『はっ』』』
「よし、入るぞ」
これで部下も落ち着いて動いてくれるだろう。私も冷静さを欠いていたようだ。これまでの様に行かないと思う焦りがあったのだろう。ここで釘をしておかねばそれこそ自滅だったろう。
私の命令を受けた部下の内2人が先行して建物に入っていく。ここまでは問題なく――。
「ゴブッ!」
「ガッ!」
そう思った途端、建物内から苦悶の叫びが聞こえた。中に誰かがいたのか? そう思ったが先ほどの声は私の部下の物だと気づいた。つまり、返り討ちにあったという事だ。
「全員、外で待機!」
すぐに命令を出し建物に入る事を止める。闇討ちの可能性がある以上、こちらから狩場に入る義理はない。向こうが出てくればいいのだ。このまま籠るなら今日は出直すしかない。
向こうの出た行動は、前者だ。
「こちらはソーマ様がおられます。いかなる理由で合図もなく侵入し、そして私と顔を合わせた途端に攻撃したのでしょうか?」
出てきたのは女性、なのだと思う。口元から足元まで届くローブで性別を判断する物が声でしかなかったからだ。声は高いが声変わりをしていない男性と言う可能性もある。だが今は女性と判断しよう。そしてその
「ちなみに先ほどのお二人は動きを止めさせてもらいました。こちらの〈蜘蛛牙〉は
静かに、しかし恐ろしく語る。
「しかし、遭遇するなり短剣を
「は?」
思わずそんな声が出てしまった。不利だと悟り、撤退も考慮しようとしたところだった。
それでようやく、女の体に
絶句した。私を含め、ここにいる全員が。そんな私達など関せずに女は刺さった短剣を体から引き抜き、投げ捨てる。私の足元に転がったそれは血は付いてなく、むしろ剣先が
「ですが1つ、賛辞を贈ります。欠けたとはいえ、私の体に突き刺さる切れ味でしたのでいい短剣だったのでしょう。
その言葉に私は自覚した。
これは未知に遭遇した冒険者の、未知への不安と恐怖がこの胸に宿っていたことを。
〈蜘蛛牙〉
対人用・捕縛用の武器。
生物に対して一定確率で麻痺状態にする属性。しかし多くの相手となるモンスターは僅かながら耐性があるらしく成功率は数%から20%。加えて『普通に倒す方が簡単だ』という事でオラリオではほぼ見かけない属性だが外の国では人間捕獲用、家畜昏倒用としてそこそこ普及している。
(※元ネタ:ギリシャ神話の怪物アラクネー。アラクネーは神々の怒りを買った挙句、その自身の愚かさに自縊死したが神がトリカブトの汁をかけて蜘蛛に転生させられた。トリカブトで神経毒から麻痺効果。名称はよく似た外見を持つ日本妖怪の女郎蜘蛛を拝借)
【ラクジョウ・
所属:無所属
種族:
職業:カレンの所有品?
【ステイタス】
※※※
正真正銘のオーバーテクノロジーの塊。高純度の魔石で動く。普段はカレンの【ミュニアストレジャー】の中に保管されており、彼女が現れる前にカレンがやっていた作業は彼女を動かす魔石を精製するためであった。しかし彼女はカレンが製作した物ではなく、300年前の遺跡から発掘した物。名前も発掘した時点ですでに名付けられていた。