「ごめんなさい、迷惑を掛けたわ」
くしゃみなんて予想外に思わず転んでしまい、そんな状況に追い込んだにかかわらずカレンは謝罪した。彼女までこうボケに回られると調子が狂うが正気に戻っている事で良しとしましょう。
「お気になさらず。結果的にはあなたは私たちを傷つけることはなく、加えて預けて頂いたアイテムのおかけで誰1人と欠ける事はありませんでした。カレンが謝罪する事はなく、むしろ私たちがお礼を言うべきです。――ありがとうございますカレン。貴女がいてくれて私たちは生き残れました」
「……その言葉、受け取ります」
こちらの感謝の言葉をカレンは受け取ったが、彼女の過去を顧みるとこちらが思う以上に深く受け止めているのでしょう。
「と、この件が終わるなら私はここで離脱したいんだけどいい? ちゃんと回復アイテムは分けるから」
「え、どうしてですか?」
「一応、目覚めて襲ってこない保証がないのよ」
カレンは肩に担いだ、【
「わかりました。ではお気を付けて」
「ありがとう」
カレンはすぐに魔法からポーションを出現させる。相変わらず羨ましい魔法ですね。こう言った魔道具が作れないか挑戦してみましょうか。
「それじゃあ――」
「待って下さいっ」
カレンが立ち去ろうとしたが止められた。【
「あら、どうしたの?」
「ありがとうございます!
「そう。なら【
「はっ、はい。なんでしょう?」
「『事情が変わった。ごめんなさい』。そう伝えて」
「事情……?」
「聞くなら彼女に聞いて。私から許可は出してるって言えばあとはそっちの判断で」
事情? 彼女の事情と言えばこのオラリオに来た理由、ベル・クラネルのことの筈ですが、その変更をなぜ【九魔姫】に? ……いや、これは恐らくカレンと【九魔姫】の間に限る事情でしょう。
「それじゃあ失礼するわ。しばらくは起きない、なんて都合がいい事はないからね」
「はっ、はい」
カレンから話を終わらせ、そして飛んで行ってしまった。あんなバランスが悪そうな状態でも飛べるんですね。彼女は。
「―――起きなさい」
目覚めと共にその声が聞こえ、続けて気付いたのは頭から滴る液体だった。
「目は覚めたわね【猛者】。まだ夢心地? とりあえず今は襲って来てほしくはないから」
視界が鮮明になり、見えたカレンはいつものカレンだった。変貌した姿は変わらないが戦かっていたときの圧はなく、その直前に取り付けていた拘束もない。
「……俺は、お前を止められたか?」
そんなカレンの姿を見てそう言ったのは、俺にとって重要だったからだ。屈辱の憤怒は鎮まり、これ以上なく穏やかだった。
「夢心地のようだったけど貴方との戦った事は覚えているわ。そして貴方は私の生存本能が落ち着くまで足掻いた。私が望んだギリギリの所まで耐えきったのは間違いないわよ」
カレンは異形と化した片腕の拳を握り解くを繰り返しながらそう答えた。ギリギリの及第点と思いながら、意識をハッキリして理解した。
カレンは暴走していた状態の力のままだ。【ステイタス】を制限するスキルがあると言っていたが、あの状態になった事で更に解放されたと言う事か。しかしきっかけがアレと思うとそこも聞きたくなってしまう。
「それで、お前は大丈夫なのか?」
「なにが?」
「心臓を引き抜かれていただろう」
聞くとカレンが咎めるように睨み、すぐにため息を吐く。
「話題は選んで欲しかったけど、迷惑をかけたし答えるわ。引き抜かれた身体には問題はない。ただし、私自身としてはあまり望ましくない結果になったわ」
意外にもカレンは答えると動かしていた拳を一気に握る。その瞬間、鈍い音を鳴らしながらカレンの片腕――異形と化していた身体が縮んでいく。四肢は細く、双翼は縮み、尾は短くなっていく。長く銀に輝く髪だけを残して見慣れた竜人の姿に戻った。
「問題はこれから」
そう言って拳の力を弛め、目に見えぬ速さで横に振る。するとほぼ同時と言える程の直後、振った先が爆発したかのように音を立てて破壊された。凄まじい力――そう考えた瞬間、それがカレンに合わないと気付く。
「カレン。今のお前はどこまで
「貴方と戦いで解放した程度まで。ただし、これ以上の制限は出来なくなったわけ。――オッタル。私はね、十五年前に使った魔法はまだ完了していないの」
魔法。それはカレンが竜人になった魔法。
「……答えるのか?」
「そのくらいの迷惑を掛けたと思っているからよ。【オヴィ・ディウズ】。それが私を変えた魔法。そして、私を羽化させる魔法」
「羽化、だと?」
聞き慣れない魔法の効果に聞き返すとカレンは笑った。それは、とても寂しさを隠さない笑顔で。
「オッタル、私はね―――」
その真実は、カレンにとっては全てを失ったにも等しいものだった。
………………………
………………
………
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地上
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ここに縁ある相手に初めて真実を伝えた後のオラリオはいつも以上に望郷の念を抱かせた。十五年。それは人の生においては長い時間でしょう。でも私は昨日の事のように思う。その理由は思いか、それとも。
「おかえりなさいカレン」
思いふける私の後ろでその声は唐突に聞こえた。ただ彼女に対しては慣れたものだ。
「あなたもお疲れさま、華。ベルの方は大丈夫だった?」
「はい。加えてあのサポーターの少女も無事です。お節介ながら彼女の罪は彼女を搾取していた者たちに押しつけました」
「そう、貴女も成長しているわね」
「学習と言って下さい。私は学ぶモノ。顔も知らない創造者の理想の為に」
「・・・・・・やっぱり貴女は昔の私に似ているわね。親の為に高みを目指す所は」
思えば彼女の見付けたときは驚いたものだ。まさか遺跡に華のような人形が保管されていた事は。確実に今の誰よりも
親の為。かつての私も【ゼウス・ファミリア】の為に生きたものだ。皆の為に、義姉さんの為に。
「それで、その髪は?」
「ああ、これで。ちょっとダンジョンマスターから不意をもらってね。この身に押さえ込んでいた力の一部が解放された」
「それは」
「ええ、残念だけど刻限が縮んだわ。心残りは、出来るでしょうね」
私は今、とても情けない顔でしょうね。ああ、それにしても。
「これが私の、
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黄昏の館
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ダンジョンを出てフィルヴィスさんと【ヘルメス・ファミリア】の皆さんと別れて、ベートさんを【ディアンケヒト・ファミリア】に預け、
戻っても慌ただしかった後始末が終わってようやくリヴェリア様にあの人の言葉を伝えた。
「そうか」
リヴェリア様は伝言を聞くと残念そうに表情を曇らせた。
「リヴェリア様。あの人が言っていた事情とはなんですか? 許可は出しているからリヴェリア様に聞くようにと言われました」
「ああ。実はあいつに入団の意志があるかないかを聞いたんだ。その時は悪感情がなかったのを確認した」
「それって」
「ただし、そうしない理由もあるからハッキリと返答はもらったがな」
あの人が【ロキ・ファミリア】に入ってもいいと考えていたなんて。でもなんで?
「リヴェリア様。彼女は元【ゼウス・ファミリア】の眷属の筈ですよね。どうして、その……」
思わず聞いてしまったが言って後悔した。ほかでもない。彼女のいたファミリアを消滅させたのは他でもない。【フレイヤ・ファミリア】と、この【ロキ・ファミリア】だからだ。
それを察してか、リヴェリア様は答えた。
「【ゼウス・ファミリア】の冒険者は大馬鹿者たちだ」
「え?」
「カレンや同じ眷属の冒険者たちを表した言葉だ。まとめるなら【ゼウス・ファミリア】は愚直であり、そして輝いていた。危険は大きくとも見返りも少なくとも、彼らは苦難に立ち向かっていた。ダンジョン初の58階層到達に【
「はぁ……」
つまりそれはあの人も同じように? 確かオラリオのファミリアほぼ全部とも交流していたって聞いたし、別視点で見るなら何考えてるんですかって思うような?
「だからあいつにとって【黒竜】の討伐失敗や主神の追放も自分達が選んだ道の結末だと受け入れているだろう。もっともあいつはそのケジメの為に単独でのファミリア襲撃を二度したわけだがな」
あ、今の話を聞いた後だと頭がおかしいって事に反論が出来ない。
「つまりあの人は未練や遺恨はないんですね。じゃあ『そうしない理由』とはなんなのですか?」
【ロキ・ファミリア】に悪感情がないことは理解したのでその部分を尋ねた。尋ねたけど、ここでリヴェリア様の表情が苦いものになってしまった。
「す、すみません! 聞いてはいけない事だったとは」
「そうじゃない。……いや、ある意味ではあまり広まって欲しくない話だが」
否定してすぐに訂正するリヴェリア様。すぐに思案し始め、そしてため息をしていた。
「その理由はフィンが関わっている」
「団長が? いや、私が聞いてもいいんですか?」
「この際だから教えておく。ただし無闇に喋ったりするなよ。特にティオネには」
「ティオネさんを出す辺り、ちょっと怖いんですが」
「だからこの際だと言っただろう」
一呼吸して、リヴェリア様はその理由を口にした。
「あの2人はな、お互いに恋心を抱いていたんだ」
「………………………………………………へ?」
間抜けな声と共に頭が空っぽになった。
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「ふふっ、ふふふふふっ、ふふふふふふふふふっ」
帰還し、全てを報告するとフレイヤ様は笑った。まるで子供のような無邪気さ。しかしこれでも抑えているようだ。つまり本当は大声で笑ってしまうと言う事だ。
「ふふふふっ、ふぅ、ふぅー……。ごめんなさい、オッタル。流石に私でもその話は予想外で笑ってしまったわ」
「謝る事はありません」
「そう。でもあの子がそんな存在になっているなんてね。それでいてあの魂の輝き。健気で可愛いわ」
落ち着き、伝えたカレンの真実を思いながら外の景色へ身を返す。
「でも、それなら貴方も焦るんじゃないかしら。貴方の報告どおりなら彼女に残された時間はそう長くはない。いずれその身を羽化させ、遙か高く飛んでいく。貴方の大剣が届かない場所へ」
そう、まさにその通りだ。迷惑を掛けた対価――いや暴走する引き金を見られたからこそ語った
「……不敬ながらお答えします」
「ええ、いいわよ」
「私は勝ちたいのです。十五年前の屈辱以上に、唯一の敗北を与え続けたカレンに。その勝利は貴女様に捧げたいと願うではなく、ただ私自身が手に我欲の為。――故に諦めません。カレン・デュラスを、天へと昇る竜を墜とすことを」
まるでお伽話の英雄のようだと自分でも思う。巨大な存在を超えるなどと、まるで子供のような夢だと。
「ふふっ。可愛い事を思うようになったわね、オッタル。でも私は好きよ。そしてその思いは貴方に更なる高みへと導く筈。その姿、私に見せて頂戴ね」
……流石に可愛いは私に似合わないと思います。
・カレンが使用した魔法、一部開示
【オヴィ・ディウズ】
・羽化魔法
・使用の直後に消滅
・術者の想いの形により存在が確定
・術者の想いの丈により階位が確定
・詠唱式【 ※省略※ 】
・カレンとフィンの関係
少女は【ファミリア】の為に研鑽し、青年は悲願の為に挑戦する。しかしてまだ若さが残る二人。その想いが揺れるほどに、二人はお互いに心を許した。
しかしそれは叶わぬ物となり、少女は天へ昇る宿命を背負い、青年は己の悲願を強固とした。
・カレンの真実
オッタルは知った。己の敵が遙か高く昇る存在だと。だが諦めない。不動の如き武人としてではなく、試練に望む英雄の如き思いで勝利を望む。