そして波紋は届く
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極東・近海の小島
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「あははは、ははは、はーっはははははは!!! やったぜ――――――!!」
住人もいない無人島の砂浜で歓喜に打ち震える。長く耐え続けた結果、一瞬の隙を突いて目的の物を強奪した。そして『鬼』の追撃もこうして振り切り、砂浜で転がるのは気持ちよかった。
「ザマァ――ミロォ――!! あ――――っはははははっはー……。あー、笑った」
満足するまで笑い切ると起きて手に入れたそれに目を向ける。
それは石棺。風化の跡と苔を纏いながら変わらず蓋を閉じた、忌々しくも安堵するもの。長かった。コレを奪うまで本当に長かった。
「これもあの姫さんに感謝だな。なんて言えば俺が怒鳴られるか」
あの隙の一瞬、俺も確かに察した。姫さんの力が解放され、それにあの『狼』のおっさんの注意がそっちに向けられたからだ。
ただそうなると時期が早まったって事だ。何があったのやら、なんて。
「ダンジョンだろうなぁ。お兄さんの嫁さん、姫さんに会ったことがなかったし。間違いなくちょっかい出しただろうな」
姫さんがダンジョンのあるオラリオに行くって話は聞いてたし、ほぼ間違いないだろう。
ま、どっちにしろ俺もあそこに行くつもりだったし。
「と、するなら。次は姐さんを引っ張り出さないとな。どうせ『鬼』が追ってくるだろうし、それを止めるために姫さんが姐さんを連れてくるだろう」
それじゃあ悪巧みを続けるため、行ってやりましょうか。かつての戦いの跡に出来たオラリオへ。
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極東・とある大森林の奥地
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ドォオン!!
バキバキバキッ!
ザザァン!
感情のまま拳をぶつけた大木は派手な音と立てて倒れる。でも、でも……!!
「あのクソガキャィィイイイイイイ!!!」
怒りが治まらない。それもそうだ! あのクソガキは旦那様が守るあの棺を奪っていった! 狙っている事はわかっていたはずなのに、一瞬の隙を突かれて持ち出された! 私は追い掛けて、でも結局は逃げられた!
失意の中、逃げられた事を旦那様に伝えた。旦那様は許してくれたが、この怒りは治まらない! 棺を奪ったあのクソガキを、何より取り戻せなかった私の不始末が!!
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
あらん限りの声が森に響く。鳥獣たちは逃げだし、木々や地面が震える。何より、頭の
熱い熱いあついあついあついあついアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイ憎い憎い憎い憎いにくいにくいニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ!!
「落ち着け」
心荒れる私の身体が、優しく包まれた。普段なら温もりを感じるその毛並みは今だけ心地よい冷たさを与え、そして嗅ぎ慣れた匂いが心を鎮めていく。
「旦那、様……」
それは私の愛しいお方。長く恋い焦がれ、ようやく伴侶として側に置いてくれた旦那様。この方の存在が心の乱れを、角の熱を冷ましていく。
「落ち着いたか?」
「……はい」
正直に答えると身体を包む優しい冷たさが離れる。少し残念だったが今は甘えてる場合じゃない。
「ならどうする?」
「……取り戻します」
「アイツは頭がいい。何重にも念を入れ、そして辛抱強く、臨機応変に動ける。間違いなく目覚めさせるだろう」
確かに。あのクソガキは道化のようながら賢者と表せる程の知恵者。既に次の手を打ちに動いている筈だ。取り戻すと答えたが私もそれは間に合わないと思ってる。それでも。
「私は旦那様と共にある為にこの身を昇華させました。故に旦那様の周囲を掻き乱す事は許せません。私は追います。報復を、与えに行きます」
それに行き先はだいたいわかる。棺を手に入れたなら次は桶。そしてそれを管理するあのひとに接触するには、
「オラリオに向かいます。あそこには今、竜の姫がいます」
カレン・デュラスの存在が不可欠だ。
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とある山・頂上付近
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「―――コレが壊れたから間違いなく力が解放されたって事よ」
見せつけるように摘まむアクセサリー。丁寧な装飾で作り上げたコレは今、目玉の宝石が割れて芸術的価値が下がっているけど、ただ壊れる物として作ったから問題はない。
「残念」
「そうね。でも私たちは覚悟していた筈よ。こんな事も起きるだろうって」
「無理をしているのは姉さんだろ? 動揺、顔に浮かんでるよ」
「……ありがとう」
妹は一言だけ呟き、弟は私を気遣ってくれた。
そう、コレが壊れたと言う事は時間が縮んだと言う事だ。ただでさえ数年だったのが更に縮んだ。本当、ままならないね。
「だから世界を巡るのはここまでにしてすぐにオラリオに向かうけど、いいわね?」
「俺は問題ない。研鑽はどこでも出来る」
「お姉とお兄についてく。オラリオには行ってみたいと思ってた」
「でも姉さん。反応が出たって事は師匠たちも気付いている筈だ。集まってくると思うか?」
「確実だろうだから行くのよ。もしかしたら棺の方が奪われてる可能性があるしね」
幸い、ここはオラリオから近い。ひとりを除けば早めに到着が出来るはず。
「……お姉」
「何?」
「終わりは近い?」
妹の問いに私はすぐには答えられなかった。ああ、そうよね。二人以上に私が望んでいなかった事だから、本心では認めたくないから。弟からにも動揺が顔に浮かんでいたらしいしからね。
「……近いね。その時が来たら、私は泣くでしょうね」
でも、だからこと私の本心を答えた。すると妹が近づき、優しく私を抱きしめた。
「泣いても私とお兄がいる。だから、一緒に乗り越えよう」
「……うん、そうね」
そう、終わりが来てもまだ私には弟妹が残る。それに私たちはこの地に残される後継。最後には前に進むと決めたんだから。
「なら明日から出発よ。迷宮都市オラリオ。その地で一つの物語が終わる、その瞬間を見届ける為に」