「うーん、こんなものかしらね」
結局、ベルをくれと一点張りなヘスティア神は屋台のおばさんに手渡し(※文字通り)で返した。あとジャガ丸くんとやらは美味かった。次も買いに来ましょう。
そんな風に彼女と別れた私はこのオラリオでの寝床の確保に向かったわけだ。そろそろ住む場所を決めないといけなかったしね。ヘスティア神からホームの場所は聞いたからいつでもベルには会えるけど、あの子の近くに住むのはちょっと贔屓していると見られるだろうから適度な場所にしないと。
北と西は冒険者が一番多い場所だから下手にバレると面倒ごとになるのは必至。繁華街で貴族なんかも来る南は論外。西はファミリアに加入していない人が住む住宅街だけど【ヘスティア・ファミリア】があるのもここだからここにしても離れなきゃいけない。あれ、どこに行っても騒がしいんじゃない? と思う私だった。
まぁそれでも穴場は見つけられた訳だけど。
「15年前にこっそり作っておいた隠れ家が残っててよかったわ」
私がいるのはオラリオの下、地下水路の隅っこ。普通なら必要のない空き空間だった。空き部屋というけど台所やシャワー室から鍛冶場や調合台とか設置してあったし、加えて家具も出したから人が住む空間だ。こっそり私財でここの一画を購入して『製作』のアビリティが建造に使えるか試したものね。結局、作ってから今日まで使ったことはなかったけど。あとは事後報告でウラノス神に伝えれば大丈夫でしょ。
それじゃ、ベルの所に行きましょうかね。
「カレン姉さん!」
「誰が姉さんじゃ」
「あたっ!」
昨日ぶりの再会は教会に到着する前に果たした。ただまた姉さんと呼んだからチョップしてやった。私、あなたの倍は生きてるんだから。
「それで、どこに向かってたの?」
「あっ、うん。豊穣の女主人ってところだよ。今朝、シルさんって人にお弁当を貰ったお返しにいくんだ」
「豊穣の女主人?」
確かミアの姐さん所だったかしら。でもあそこって確か。
「ベル、大丈夫なの?」
「えっ、なんで?」
「だってあそこ、多くの冒険者が来る程の人気がある酒場だし、パスタ一食にしても300ヴァリスはするわよ。店の雰囲気とベルの懐具合で心配したんだけど」
「えっ、えぇ~……」
知らなかったみたいね。まだ冒険者デビューしてから半月のベルには慣れてるはずもないし、ましてや主神が屋台のアルバイトをしているほどの零細ファミリアが気軽に来れる価格でもないしね。そしてベルはどうしようかと頭を抱えてる。仕方がないか。
「私がついて行ってあげようか?」
「えっ、ほんと!?」
「でないとベルが委縮しちゃうでしょ。それにあそこの料理を久々に味わいたいしね」
「やった!!」
「あっ、でもシルさんって女性みたいだからお邪魔かしら」
「えっ、いやいやいやいやっ! ついてきてよカレン姉さん!」
「姉さん呼ぶな」
「あてっ!」
二度目のチョップで叩いてやった。まぁ結局一緒に行くことになったわけだけど。
そしてベルと来た豊穣の女主人は昔と変わらない佇まいだった。中の喧騒も衰えることなく騒がしく、心の奥で懐かしさを感じていた。
「ベルさんっ! ……と、そちらの方は?」
懐かしんでいるとベルが店員の1人に呼ばれ、そのまま私に目を向ける。この子がシルさん――年下みたいだからちゃん付でいいか――って子か。
「貴女がシルちゃんね。初めまして、ベルの知り合いです。女の子の初めての誘いが恥ずかしくて付き添いに来ました」
「って何言ってるの!?」
「あら、そうなんですか。ベルさんも可愛いですね」
「いや違いますって!」
「「はいはい」」
「なんでそこは同調!?」
そんなノリのいい挨拶をした後、私たちはシルちゃんの案内でカウンター席に座る。席は運よく横並びに座れた。ここなら顔を会わせられるか。
「よぉ、あんたがシルのお客さんかい? 冒険者の割には可愛い顔をしてるねぇ」
「そっちは変わらず元気そうで」
「ん?」
カウンターから乗り出して女性、ミア姐さんがこちらに目を向け、そして陽気な笑顔が真面目な顔に変わった。
「あんた、帰ってきてたのかい」
「はい。この子の付き添いのついででミア姐さんの料理を久々に食べたくて」
「私の料理をついでとは言うようになったねぇ」
「色々ありましたから」
「まぁ食っていきな。そっちの坊やは私達に悲鳴を上げさせる程の大食漢って聞いてるからね」
「!?」
なんか私も知らない事実にベルが驚いてそのままシルちゃんに詰め寄った。ここから見る限り、あの子は魔性な所があるみたい。ベル、騙されないようにね。
それはともかく私は適当に注文(※1200ヴァリス)をし、その後でベルも注文(※300ヴァリス)を注文する。久々のこの味、これを食べるとオラリオにいるんだって1つの実感を得られた。ベルはまだここの雰囲気に飲まれてるけどミア姐さんに
「で、だ。何しに帰ってきたんだい?」
食事中にまたミア姐さんがまた身を乗り出してきた。
「別にたいしたことはありませんよ。それに私、悪いことをしたわけじゃないですから戻ってきても問題ないはずですよ?」
「何言ってるんだい。あれだけの事をしておいて。お前が帰ってくるなら神たちが騒がしくなるさ」
「ご安心を。先に中立の盾を手に入れましたので」
「中立……なるほど、あそこかい。確かにあそこならとりあえず安全だろうね」
中立だけでギルドの保護を得られたことを察してくれたみたい。ついでに「サービスだよ」と
『……おい、アレを見ろよ』
『なんだ? おおっ、すっげぇ上玉!!』
『バカ、そっちじゃねぇ。エンブレムだよ』
『えっ? げっ、【ロキ・ファミリア】』
その時、私にとっては縁が深いファミリアの名前が聞こえた。周囲の視線に混ざるように振り返れば懐かしい顔ぶれがいた。主神のロキ神、【
そんな中でベルは何やらコロコロ表情を変えながら悶々としていた。確かベルを助けたアイズ・ヴァレンシュタインは【ロキ・ファミリア】だったわね。【剣姫】の二つ名で、あの金髪の子ね。確かにあんな子がベルの言ってたような出会い方だったなら惚れるのも無理はないわね。
「よっしゃっ!! ダンジョン遠征お疲れさまや! みんな今日は宴やでぇ!!」
陽気なロキ神が音頭を取ると同時に【ロキ・ファミリア】のメンバーは騒ぎはじめ、ジョッキとジョッキを当てて音を鳴らす。
……これ以上、眺めている理由もないわね。ここで顔を見せる必要もないんだし。私の事には気づいてみないしね。あっ、出された以上は
「そうだアイズ! あの話をしてやれよ!!」
ん、やけに大声を出すわね。
また振り返るとその持ち主は
「アレだ! 5階層でミノタウロスに追われていたトマト野郎のことだ!」
続けて聞こえた言葉と同時にベルが震えた。それに伴って、それがベルが【剣姫】との出会いにいたのはミノタウロスだった事を思い出した。
「見ててわかるほどのひょろっちい駆け出しの
そうね、ベルは駆け出し。ソロで誰にも教えられることもなく、手探り状態の
「兎みたいに身を縮めて震えてよぉ。顔を引きつらせて抱腹もんだったぜ!!」
笑える、か。そりゃあ上級冒険者か見れば滑稽に見えるでしょうね。
「その時にアイズがミノタウロスを細切れに倒したんだが逃げられちまってよぉ。返り血でトマトみてぇな姿になってな!」
逃げたのは美しかった【剣姫】の姿に照れてでしょう。でも話だけなら今聞こえる笑い声のような反応なのは仕方がない。
「しっかしあんな情けねぇ奴、久々に見たわ。あんな奴がいるから俺たちの品位が下がるから勘弁してほしいぜ」
「いい加減にしろベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。謝罪はあれど酒の肴にする権利はない」
いつの間にかリヴェリアの声が聞こえた。どうやら無意識に向こうの話に集中していたみたい。ベルの様子は、まるで世界に隔絶されたかのような様子だった。
「アイズだったらそんな奴どう思う?」
「……あの状況じゃ、しょうがなかったと思う」
「なんだよ、いい子ぶって。それじゃぁな、俺とアイツだったらどっちをツガイにする?」
「……少なくとも、そんな事を言うベートさんはごめんです」
「んじゃアイツだったらいいのか?
そこに【剣姫】にそんな話題をぶつけた。ただ、これは危ない。隣にいるベルのほうからガリガリと音が聞こえ始める。
「んまぁありえねぇよな。自分より弱くて、軟弱で救えない、気持ちだけが空振りしてる雑魚野郎なんて。そんな奴がお前の隣なんて、それこそお前が認めねぇ」
ガリガリとした音がより小刻みに、そして大きく聞こえる。そろそろか。
「雑魚じゃ、アイズ・ヴァレンシュタインと
その言葉が聞こえたと同時にベルの頭に手を乗せた。感触からこれがなかったなら立って走り出してたでしょうね。
「……カレン、姉、さん」
「お代は私が立て替えておくわ。ただ店を出るときは静かにしてなさい。今の気持ち、店の外に出た時に吐き出しなさい。私はベルを諫めはしないから」
「……うん」
その返事を聞こえると私は手を放す。その後にベルは黙ってミア姐さんに頭を下げ、静かに出入り口に向かっていく。その後ろ姿に目を向けつつ、そして外に出た途端にそれは走って消えてしまった。
ベルが走り出した直後に【剣姫】がその存在に気づいたけど、もう遅かった。その間に飲んだ2人分の
「……追わないんですか?」
横から知らない声にかけられる。そこにはここの店員らしきエルフの少女が睨むように私を見ていた。咎めてる、のでしょうね。
「ここで気にするななんて、それこそ薄情よ。気持ちは抱えず吐き出した方がいいわ。――ところでミア姐さん」
「なんだい?」
「勝手だけど食べ残しはお持ち帰りするわ。皿は洗って返す。あと、理由を頂戴」
「ふん、それぐらいならいいさ。んじゃ、ガツンとやんな」
「ありがと」
許可を貰えた私は静かに席を立ち、私とベルがいた席の間に手を置く。
「【グニタヘイズの穴蔵、その奥底に宝物を置きましょう。ミュニアストレジャー】」
詠唱し、魔法を発動するとそこにあった食べ掛けの料理が異空間に収納される。残ったのは空になったジョッキだけだった。
「消えた……?」
「魔法……?」
「収納しただけよ」
この様子を見ていたシルちゃんとエルフの少女。それにあっさり返答して代わりに少々の色を付けた代金を置いていく。そして歩き始め、向かった先は【ロキ・ファミリア】の一団。その先で肩をたたいたのは、【
「あ?」
彼が振り返った瞬間、
遠慮のないビンタをその頬に当ててやった。
店に響いたパシンと言う音。それは一時の静寂を呼び寄せた。ある者は何が起こったのか頭で整理できず、ある者はとんでもない事をしたと震える。しかしそれを気にせず私は言う。
「あんたの下品な誘い文句で
まず建前。この後に一度息を吸って言い放つ。
「それに自分たちの不手際に巻き込んだ子を笑うなんて、私が15年前に喧嘩を売った時と比べて【ロキ・ファミリア】の冒険者も傲慢になったものね」
ここで顔を合わせる気はなかったのに、やっぱり私は家族に関わることは抑えられなかった。
カレンの呼び方
親しい相手→呼び捨て
神様→○○神
上級冒険者→二つ名
下級冒険者&その他→○○さん、○○ちゃん、○○くん