シルフィードを弾き続けてすでに何度も曲を変え続けた。これで神たちがやって来ないのは風に乗る音色がどこかしこにと聞こえるようにしたからだ。でもかの女神さまは気づいた上で来ないのでしょうけど。
演奏は日が昇る数刻前に止めた。あまりタイミングが一緒過ぎると余計な事を勘繰られるでしょうし。その後は静かに待った。私の背後、ダンジョンの中から近づいてくる気配を。そして足音が耳に届く距離までになったところで腰を上げる。振り返り、その先の影から現れた少年――ベルにこう言った。
「お疲れさま。次も頑張りなさい」
「……うん」
その返事を口にした途端、ベルは糸が切れたように意識を落とす。つまり体の力が抜けて倒れようとした。
それを静かに受け止める。相変わらず軽い体。叩けば潰れてしまいそうな小ささ。それでも抱いた夢は純粋でまっすぐだ。この子には冒険者の素質はないのかもしれない。でも、英雄になれる可能性は大いに秘めている。
強くなりなさい。彼ら彼女らのように。
昨日の夜から一眠りをし、そして次の日を迎えた。
眠ってしまったベルは前に教えて貰った教会、【ヘスティア・ファミリア】のホームまで運んで上げたんだけど、外で待っていたヘスティア神には色々と質問攻めになった。まぁ唯一で愛したい眷属が血まみれで運ばれて来れば仕方がないでしょうけど。とりあえず事情を伝え、ベルを洗ったり(※ヘスティア神の介入は阻止)着替えさせたり(※同じく)してベッドに寝かせた。ただしこの後は失礼、と行くには無責任だから一泊させて貰うようにヘスティア神に伝え、承諾して貰った。そうして一睡しようとハンモックを用意してローブを脱いだら今度は竜人の姿で質問攻めにあった。確かヘスティア神は新参者だから知らないはずね。
それが寝る前の出来事で起きた今は地下室の台所を借りて朝食の準備中だ。もっとも、ヘスティア神と同衾していたことに驚いたベルの叫び声で起きたものだから若干寝起きは悪い。その間、ベルとヘスティア神は【ステイタス】の更新中だ。そして、私はそれを覗き見ている。
(熟練度上昇トータル381、アビリティ最高でF。まさかここまでとは)
今の私は眼鏡を掛けている。これは
(【
間違いなくレアスキル。一行目には「早熟する」とあり、他の誰よりも成長を促すスキルだと予想できる。
ただし、だからこそ面倒ごとが寄ってくる。私ほどの珍奇な訳じゃないけどこれもこれで神々の好奇心を刺激されるだろうし、零細ファミリアのここじゃあっという間に取られちゃうわね。私としてはどのファミリアで頑張ろうが構わないけど、神々の玩具にさせるのはいやね。でもヘスティア神もそれは十二分にわかってるはず。
「朝食ができたわよー」
「あっ、うん!」
「おっ、おぉ!?」
ヘスティア神、動揺し過ぎ。でも私持参の材料で且つ無償で出した物だからガツガツ食べてくれたけど。ついでに豊穣の女主人から持ってきた食べ掛け料理も出してここで胃に納める。
「そう言えばカレンねえ――」
「(ギロリッ)」
「じゃなくて、カレンおばさんってどこに住んでるの?」
「おばさん?」
「もう三十路よ」
外見は10代のままだけど。ヘスティア神、固まったわね。
「ここでの住居は残ってた所を使ってるわ。ただ悪いけどベルには教えられないわよ」
「えっ、なんで?」
「色々と囲い込みになるから場所は秘密にした方がいいの。それにギルドで中立的な保証を貰えたから特定のファミリアや一介の店先とか住む訳にはいかないしね」
「キミ、そんなややこしいのかい?」
「確認してる限り、
「そっか……」
あからさまに落ち込むベル。こればっかりはしょうがないからわかってね。
「ホントにキミって変わってるね。一体何があったんだい?」
「そちらも秘密です。ただ私に関する事を調べようものなら面倒ごとはやってくると思ってください」
「暗に秘密ってことだね」
「でもここで知り合った以上、軽い付き合いはできますよ」
「そうかい。ならウチには遠慮なく来てくれ。ベル君も喜ぶからね」
「そう?」
「うんっ!」
元気な返事。そんな純真無垢だからだから女の子はあなたに惹かれるのに。あ、ヤバい。余計な事を吹き込んだあの方を殴りたくなってきた。ん? あっ、オーラ出てた。2人が怯えてる。
「ごめんなさい。ちょっと殴りたい人の顔を思い出して」
「さっきの話でなんでそんな事をっ!?」
「色々あるんですよ。――それでベル、今日もダンジョンにはいけるかしら?」
「うん、大丈夫。僕は、強くなりたい」
こっちの方でも返事はいい返事ね。これなら大丈夫かしら。
「ならいいわ。でも今日はダンジョンに入る前に豊穣の女主人に立ち寄るわよ。食器の返却と昨日の謝罪があるしね」
「カレンおばさんも一緒?」
「そうね。そこまでは一緒にいるわ。その後は、その後で考えるわ」
「わかった。神様はどうします?」
「僕はしばらく留守にするよ」
「えっ、バイトが忙しいんですか?」
「いや、
「そうですか」
「へぇ、小さなファミリアと言ってもドレスは持ってはいるんですね」
「いや、ないよ」
「え? でもパーティーですよね」
「そこはしょうがない。自前で何とかするよ」
……それはいかん。
私は黙って立ち、そしてヘスティア神の腕を掴んで引っ張る。
「ってなんだいっ!?」
「恥を掻きたくないならついて来てください」
「ちょっ、カレン――」
「女性の着替えに興味があるのベル?」
「いえ、問題ないです!」
「着替えってっ!?」
「それじゃ試着を始めますよ」
「試着ってなんの事だいっ!?」
その後は、ご想像にお任せします。
「昨日はご迷惑をお掛けしました!!」
騒がしい朝の教会地下室を後にしてただいま豊穣の女主人(準備中)。ただし私は入口の前で待機中である。同行してるだけでも甘いけど謝罪に関してはベル自身の問題。そばにいない方が一番だからこうしているわけだ。
ちなみに今の私は昨日のローブ姿と違って軽装の姿だ。昨日は昨日で目立ったからイメチェンね。大きな翼と尾を隠すためにマントを羽織り短パンの上に前開きのロングスカートを履いてるけどそれ以外は機動性を重視した戦士風だ。最も鱗があるところも見せるわけにはいかないから露出はほぼ無い。角に関しては兜を被って角付きのデザインに誤魔化してる。加えて手ぶらじゃ怪しいからそれなりの武装も一緒だ。これで冒険者として見られるからしばらくは身を隠せる。
「カレンおばさん」
「あら、終わった?」
待ってからそう時間も経たない内にベルが店内から出てくる。あら、お弁当を貰ってるね。またシルちゃんかしら。
「うん。僕はこれからダンジョンに行くけどカレンおばさんは?」
「まだ決めてないわ。だから都市を見て回るわ。知り合い―――のほとんどは会いたくないけど馴染みの店とかがどうなってるか気になるしね」
「そう。それで夜には会える?」
「出来ないこともないけど、今朝も言ったようにそれだけで【ヘスティア・ファミリア】を優先してるように見られるからダメね」
「どうしても?」
「ええ。でもベルは男の子でしょ。しばらく見ない内に成長した、そのくらい頑張りなさい」
「うんっ! じゃあ行ってきます!」
笑顔で私の前、豊穣の女主人の店先から走り出したベル。それを見送った私も出発、をする前に私も私で挨拶しないと。
「話は終わったかい?」
ベルと変わるように今度はミア姐さんが店内から出てきた。用件は、大体見当が付く。
「はい、ミア姐さん。それで昨日のあの後はどうなりましたか?」
「すぐにドンチャン騒ぎに戻ったさ。アンタがビンタしたあの男をダシにしてさ」
あの【
「それでロキ神は何か言い残しましたか?」
「察しがいいね。『諦める気はないからな。何が何でもお前を口説いたる』だそうだよ」
「セクハラされる未来しか浮かびませんね」
「まぁ最終的に決めるのはアンタだ。ケジメは15年前で整理できてるはずだ」
ミア姐さんも大概察しがいいですよ。確かに15年前の襲撃で私は二大ファミリアに対する憤怒を清算した。そのせいで向こうに未練や恨みを残したけどそれが煩わしいとは思わない。煩わしいと
「わかりました。とりあえず当面の間は【ロキ・ファミリア】、そして【フレイヤ・ファミリア】と大きな接触は避けます」
「それだと小さいのはするって事かい?」
「そうしないと満足しない人もいますし」
特に、ここの頂点に立つあの人がね。
「それがアンタが決めた事なら文句は言わないさ。ただ、無茶はもうするんじゃないよ。アンタはウチの
「……15年前の話ですよ」
「いや、アタシがそういうんだらそうさ。だから次に来る時はあの席に座るんだよ」
……ああ、なるほど。ミア姐さんなりに気を遣ってるのね。15年前でホームと
嬉しい言葉だった。
「じゃあ、次は久々にあの席で。時間はいつも通りで?」
「当たり前だろ」
「わかりました。それじゃ、また」
「ああ、行ってきな」
うん。この都市で見送ってくれる人がいるっていうのは、本当に嬉しい。
ミア・グランドの関係。
【ゼウス・ファミリア】にいた若き日のカレン。当時の豊穣の女主人は出来立ての酒場で今ほどの知名はなかった。カレンがこの店に入ったのは偶然だったが食事がおいしかったからミアに直談判して料理を教えてもらうことになる。動機は戦力としては心許ない自分がファミリアの力になりたいが為、その一つとして満足される料理を覚えたいとだった。ミアもその熱意を理解して快く承諾した。
そうして時間を見ては料理を教わり、そしてその進歩をミアに試食してもらう。そうした日々からカレンはミアを『姐さん』と慕うようになった。つまりカレンの料理の腕は彼女直伝である。そして試食してもらう際はテーブル席で向かい合うようになっており、そこでの席はカレンが食事する席でもあった。