「??? なのはさん。ミカンなんか持ってきて一体、何をするんですか?」
「ふふん、まぁ見てて! レイジングハート、カウントをお願いっ!」
“OK”
私はレイジングハートに声を掛けると、ミカンを宙へと放り投げた。
そして、ミカンに指先を向けると小さな桃色のシューターを放つ。
「プチシューター! シュート!」
『っ、これは!?』
クロノ君とユーノ君の驚きの声が聞こえる中、私はシューターの制御に集中する。レイジングハートのカウントが終わるまでに、決めてみせるっ。
“......Eighteen. Nineteen. Twenty.”
ようやく終わったカウント二十。
その声と共にシューターを消すと、私の手元に皮の剥けたオレンジ色のミカンが落ちてくる。うん、我ながら綺麗に剥けている! 出来は90点オーバーですっ。
「じゃじゃ~ん! ミカンの皮むき大成功! どう? 結構練習したんだけど、凄いでしょ~?」
「た、確かに凄い技術ではある。だが、別に手で剥けばいいんじゃ……」
……へぇ、クロノ君ってばそんなことを言うんだー。
これって操作が結構難しいから初めの頃、私はミカンの汁塗れになって大変だったっていうのにさ。そんなになってまで頑張った私に向かって、クロノ君ってばそういうことを言うんだ、ふ~ん。
でも、このままそんな酷い事を言われっ放しだと今まで犠牲になった数多くのミカンさん達が浮かばれないよねー。私がこの絶技を身につけるまでに、儚く散っていたミカンさん。その数およそ百個。
君達の仇はこの私が取って上げるのっ!
「そんな酷いことを言う奴には……こうだよっ!」
「ちょっ、なのは!? ミカンの汁は、目に染みるぅぅうう!?」
「……なんか楽しそうだなぁ」
“……馬鹿ばっか”
私の名前は高町 なのは。
極々、平凡な普通の夢見る魔法少女です♪
この前の衝撃の事実を目の当たりにして少し本気で悩んだけれど、今は気を取り直して頑張っております。まぁ、探索の面倒がない分、協力していた方が色々と便利でもあるしね。
「なのはさん、今ですっ!」
「了解、だよ!」
ユーノ君の声に大きく頷き、すぐに構えた手の平に魔力を集中させる。
しかし、その間も絶対に目標……ジュエルシード暴走体からは目を離さない。今度の暴走体はちょっと大きい黄色のお猿さんもどきだった。
まぁ、剥き出しの牙とかダラダラと流れてくる唾液の所為で、可愛らしさは皆無だけれど……。
「■■■■■■■――――っ!!」
ユーノ君に全身をバインドで封じられて苦しいのか、叫び声を上げるお猿さんもどき。でも残念、もう君の物語はお終いなの。きちんと猿は猿山に帰ろうね?
そんな事を思いつつ、私は構えた手の平から極太ビームを繰り出す。
「な~の~な~の……波ぁっ!!!」
説明しよう。“なのなの波”とは、古くよりこの世界に伝わる少年達のロマン技……の模倣である(パクリとも言う)。
この技をやってみようと数多の少年達がこの技の練習をし、その姿を誰かに見られて後々の黒歴史と化するのは誰もが通る道だったりもする。
あっ、ちなみに今回のは私が気まぐれで口走っただけで、実はただのディバインバスターだというオチもあったり。
えへへ、でも私も一回くらいはやってみたかったんだよね。こういうのがノリでぱぱっと出来るのも子供の間だけの特権だと思うっ。しかし、少しご機嫌だった私に突然、首元から声が掛かる。
“マスター、私の仕事が……”
「え、えーと、ごめんね。レイジングハート」
自分の仕事がなくて、悲しそうな声を出すレイジングハート。
点滅しながら落ち込んでいる様子の彼女の姿に、ちょっと本気で申し訳なくなった私は思わず謝った。というか、機械音声ってこんなにも悲しそうな声が出るんだね、初めて知ったよ。
「でも、やっぱり貴女と一緒の方が断然やり易いんだね」
“……………………”
「だから、レイジングハート……次から私のサポートを全て貴女に任せても良いかな?」
“……勿論です。もっと私を使って下さい、マスター”
私が待機状態になった愛機を優しく撫でながらそう言うと、今度はチカチカと点滅しながら気合いの入った言葉が帰ってきた。
どうやら、レイジングハートの機嫌も少しくらいは戻ったみたいだ。
“お疲れ様、なのはちゃん。今すぐ転送ポートを開くから、少しだけ待ってて”
「はぁ~い!」
そんなことを私が思っていると、アースラから通信が入ってきた。私はブリッジの人の言葉に、元気よく笑顔で返事をする。……ふぅ。ぱっと見は普通の人なのに、あの人も実は腐って……げふんげふん。
うん。何かそう思うと、この世の中の全てが何か恐ろしい気がしてくるから不思議だよねー。そんなことを少し苦笑いを浮かべて考えつつ、私は封印したジュエルシードを手に取った。
「これで残るジュエルシードは六つ……」
きらりと光る青い宝石を見つめ、そう言葉を漏らす。
今の時点で私が九個、フェイトちゃんが六個のジュエルシードを持っている。だから残りは六つ。昔と同じならば、あとは全て海に落ちているはずだ。んー。一応、広域探索を海の方を重点的にするように頼んでみようかな。
「なのはさん、戻りましょう」
「……うんっ!」
それから何日か過ぎたある日のこと。
私とユーノ君とクロノ君の三人は、のんびりとアースラの食堂で昼食を取っていた。まぁ、私以外の二人は些かグロッキーではあるけれど。
「し、死ぬ……」
「………………」
「もう、二人ともだらしないなぁ。男の子なんだから、もっとビシっとしてないとダメだと思うよ?」
『いや、無理です』
もうっ、変な所だけ息がぴったりなのも困りものだね。
いつもは喧嘩ばっかりしているのに……ホント、男の子は謎である。それにしても……。
「むぅ。今日の訓練は結構軽めにしてはずなのになぁ……」
『っ!?』
私がそう呟くと、二人は揃って身体をビクつかせた。でも考え事をしながら、紅茶に砂糖を入れていた私はそのことに全く気がつかない。
この前のお猿さんを封印して以来、未だ新たなジュエルシードは見つかってはいなかった。あれから海の方を重点的に探してみては貰っているものの、やっぱり海は広い所為なのか中々ジュエルシードは見つからないみたいだ。
だけど、そうなってくると他にお仕事が全くない私は凄く暇になる。なので、暇な私は最近訓練室に入り浸っていたりします。
「二人とも、食事はきちんと食べないと大きくなれないよ?」
『………………』
声を掛けてみるも、二人から返事は返ってこない。
もう私は昼食を終えてティータイムに入っているのだが、二人ともまだグロッキー状態のようだ。でも、可憐な女の子にその化け物を見るような目はいけないと思うよ、ぷんぷんっ。
一見元気そうに見えるけど、これでも私だって結構しんどい。教導ってされる方もキツイだろうけど、する方も体力的にはキツイんだからね?
特にこのへっぽこな身体だと、尚更である。
さて、私がアースラで教導をしていることに疑問を感じている人もいるかもしれない。実際に私もこの展開は大変、予想外のものである。なので、何故こうなったのかと聞かれれば、私の職業病が出たとしか言いようがなかった。
一応これでも初めの頃は、訓練室の隅っこを借りて一人で黙々と訓練をしてたんだよ。けど、武装隊の人達の訓練を見ていると、どうしても気になる所とかがあったんだ。それで、ちょこちょことアドバイス的なものをしていたら……いつのまにか本格的に指導をしてたっていう。あははは、職業病って本当に怖いよねー。
えっ? 武装隊の人達から不満とかは出なかったのかって?
それは勿論、子供に指導されて良い気分になる人はいないよね。だけど、十代初めから教導をしてきた私はそんな環境に慣れています。
ああいうのは、初めにきっちり上下関係を教えてあげれば問題はないのだ。まぁ簡単に言うと、全員と模擬戦をして速攻で叩きのめしました♪
と、それでもうわかったとも思うけど、今日は訓練にユーノ君とクロノ君も参加させたんだ。ほら。やっぱり何をするにも身体って資本だと思うしね、鍛えておいて損はないってことで。でも、そんな親切心で誘ってみたのに何故か二人ともグロッキーになっちゃった、てへっ☆
あっ、ちなみに武装隊の人達も同じようにグロッキーだったり……だけど、ちゃんと食事を取っている所は関心です。それにしても、これってヴァルキリ―ズの訓練に比べたら全然軽めの方なんだけどなぁ。
確かに旧六課の時よりは少し厳しめだけど……んー、ここ一、二年ほど他の部隊で教導してなかったから、私の基準がおかしくなったのかな?
「あっ。このクッキー、結構美味しい」
そんなことを思いつつ、私はのんびりティータイムを楽しむ。
それから二人が復活するまでには、暫しの時が必要だった……。
「ところで、クロノ君は今のお仕事は楽しい?」
あれから少し時間が経った後、ようやく二人が復活したので私達は三人と一機で談笑をしていた。どうやらクロノ君も今日はお仕事はないようなので、時間は大丈夫らしい。まぁお仕事をするのも悪くはないけど、休養を取ることも大事なことだよねー。昔の私は休むってことを全然しなかったから、今は休みまくってやろうかなと思っています。
えっ? それは人間としてどうなのよ?
うん。ダメだろうなっていうのは、自分でも思ってる。
「そうだね。楽しいと違うかもしれないけど、充実はしているかな。自分で選んだ仕事でもあるし、責任も大きいけど、やりがいは凄くあると思ってる。母さ……んんっ、艦長から話を聞いたけど、なのはは局入りを考えているんだろう?」
「えっ? そうなんですか?」
「うん。まぁ具体的に何時から入る、とかっていうのは全然決めていないんだけどね」
でも、実際問題どうしようかな。
小学校の授業から解放されるのなら、早めに入っても別に良いんだけど二足の草鞋って結構しんどいんだよね。ぶっちゃけ、事情を知らない人達からすればサボりと変わらないし……うん。今にして思えば、地球で私の交友関係が狭いのはその所為なのかもしれない。
それに個人的にはミッドに行く前に、きちんと花嫁修業をしておきたいと思う。炊事も家事も人並みにはこなせる自信はあるけど、私が目指すは超☆大和撫子。その名の通りスーパーな感じでなければならないのだ。
それにウチには、高スペックな女の代表であるお母さんもいる。そのお母さんに色々と習えば、私も良い女の仲間入りをするはずである。うむ、こうして考えると局入りは少し遅めの方が私的にはいいのかもしれない。だけど……。
「早くミッドには行きたいなぁ……」
「ん? なのははミッドに興味があるのか?」
「あーうん。異世界なんて行ったこともないから、ちょっと興味があるなぁって思ってね」
「確かに魔法文化がある分、地球とは違う面白い所も多いかもしれませんね」
私の咄嗟に思い付いた言い訳に納得した様子で頷く二人。
い、言えない。子供時代の可愛いミっくんに会いたいなぁとか、早く刷り込みをしなくちゃなんて思ってるとは絶対に言えないっ。でもでもっ、好きな人の子供時代って凄く興味ない?
男の人ってアルバムとかを持ってることも少ないし、恥ずかしがって写真とかも見せてくれないし。私がミっくんの半ズボン姿を見たのだって、たまたま落ちた家族写真を一枚見ただけだもん。非常に彼の子供の頃が気になります。
それに早く生ミっくんをこの手でハグハグしたい、ぎゅっぎゅっとしたい。
あと、個人的にはヨシヨシされたい。アッチでは出来なかったから、その分もミっくんにヨシヨシされたいっ。
そうこの気持ち、まさに愛と呼ぶに相応しいっ!
はっ、いけないいけない。人前なんだから少し落ち着かなくちゃっ!
「ユーノはやっぱり遺跡巡りでもするのか?」
「そうだね。部族の所に戻ったら、また発掘に戻るかな」
私が心に宿った熱き魂を沈めていると、クロノ君がユーノ君に話しかけていた。
だけど、どうもユーノ君の表情が曇り気味である。う~ん、もしかしたらユーノ君は少し寂しいのかもしれない。歳の近い子も部族にはあんまりいないって昔に聞いたこともあるし……。
私はまたすぐに会うことになるって知っているけど、本当だったら今生の別れでもおかしくないもんね。世界が違うとそのくらい接点がないもん、普通は。しかし、私はこんなしんみりした空気はあまり好きではありません。てなわけで、空気を変えてしまおうと思います。
「だけど、またジュエルシードみたいな危ないロストロギアを発掘しちゃったりしてね!」
“そして、またそれを何処かにばら撒く、と”
「ふ、二人ともそれは酷いですよ! これでも僕、結構気にしてるのに!」
私の意図を察してくれたレイジングハートが話に乗ってくる。
ふふ、本当に気配りの出来る相棒だ。私達が二人でからかうとユーノ君は少し怒ったように顔を赤くして反論してきた。でも、その顔にはさっきまでの陰りはなくなったみたいに見える。
「おい、フェレットもどき。もし今度ばら撒く時には、必ず管理局に連絡を入れてからにしてくれよ?」
「だから、ばら撒かないってば! あとフェレットもどきって言うな!」
結局、クロノ君もユーノ君を弄り出し、私達は少しの間皆で笑っていた。その時の皆の顔は何処か年相応のモノだったと述べておこう。うん、私の周りの人は精神年齢が異常に高いから、こういう時間っていうのも結構貴重なのかもしれない。
しかし、そんな楽しい時間も緊急事態を表すアラームが鳴ったことで、終わりを迎えることとなる……。
「なんて無茶をする子なの!?」
「六つものジュエルシードを同時に発動させたのか……」
急いで私達がブリッジ向かうとそこは非常に慌しかった。
そして、中央の大きなモニターにはフェイトちゃんの姿が大きく映し出されている。あのじゃんけんをして以来、久しぶりに見た彼女は焦燥感が滲み出ていて、何処か切羽詰まっているようにも見えた。
「でも、あれでは封印する前に自分の魔力が持ちませんね……」
「っ、ジュエルシードの反応、更に大きくなっています!」
ジュエルシードを発動させるために大規模な魔法を使ったであろうフェイトちゃんは、もう既に肩で息をしている。アレではクロノ君の言うように、封印する前に力尽きてしまうだろう。
しかし、それでもフェイトちゃんは諦めてはいないようだった。いつもよりも数段遅い動きで発生した幾つもの竜巻を必死に回避し、ギリギリの所で何とか踏ん張っている。
そんな姿を見た私はぎゅっと唇と噛むと、即座に踵を返して走り出す。
「なのはさん。一体、どこに行くのかしら?」
だが、その歩みは後ろから掛けられた声により止められた。
当然、幾つかの視線が私の背中に集まってくる。
でも、ごめんなさい。今回、私は引く気がありません。
「……私との約束、覚えていますよね?」
「はい、覚えています。だけど、私にはもう一つ大事な約束があるんです……」
私は振り返らずに背を向けたまま、リンディさんにそう伝える。
……わかってはいるんだ。
この場合は、第一に重要参考人であるフェイトちゃんを確保すべきだってことも。
動けなくなったフェイトちゃんを死なせないために、武装隊の人達が準備していることも。
決して街に被害がいかないように、アースラのメンバー全員がしっかり動いているってことも。
リンディさんやクロノ君だって、何もせずに傷つく女の子を見ていたい訳ではないってことも。
……そのくらいのことは、私にもわかってはいるんだ。
だけど、本当にごめんなさい。
最近気が付いたんだけど、私って実は結構自分勝手なんです。
「あの子が危なくなった時には、絶対に助けに行くって約束しました。だから、私はフェイトちゃんを助けにいきます!」
「なのはさんっ! もう準備は完了しています! 早くあの子の所に!」
っ、ナイスだよ、ユーノ君!
うん、今度フェレットモードになった時にはノミ取り用の首輪でも買ってあげるからね!
あと、フェレットクッキーも一段階高級にしてあげるっ!
「君達は!?」
「高町 なのは! 命令を無視して、勝手な行動を取ります!」
クロノ君が何か言っていたけど、軽く敬礼をして私は素早くアースラから転移する。最後にちらっとリンディさんを見ると、ちょっとだけ溜め息を吐いて苦笑いを浮かべていた。
うん、あんまり怒ってはいなさそう……と思っていたら念話がきた。
“なのはさん。あとでお説教がたっぷりありますから、覚悟して下さいね?”
や、やばい、何か凄くアースラに戻りたくない。
このままフェイトちゃんを助けたら、何処かにとんずらしてしまおうかなぁ。
そんなことを冗談半分、本気半分で考えつつ、私は優雅に空中散歩。
まぁ、実際には空中落下しているんだけど……それはさておき。
「さて、レイジングハート……」
落下の速度の所為で、髪がぶわぁぁとなりながら私は愛機へと声を掛ける。
今回はいつもとは違ってかなりマジだ。言うなれば、本気と書いてマジである。
だから、私はここでアレを解禁しようと心に決めていた。
「今日はいつもよりちょーと本気モードでいくけど、貴女は付いて来れるかな?」
“貴女と共になら、何処までも”
私が茶化すように問いかけると、愛機から実に頼もしい言葉が即答で返ってくる。
あははっ。うん、そうだねっ。本当に貴女となら私はどこまでだっていけるかもしれないね。いいよ、それならいける所までとにかくいってみようかっ。
「ふふっ、愚問だったね。なら行くよ! 無茶なことばっかりするお姫様を助けにっ!」
“了解、複合術式を起動します”
レイジングハートの声と共に、私の身体を桃色の魔力光が包み込む。
ミッド式とベルカ式が混ざった混合術式。
本当の意味で私、高町 なのはの本来の姿に戻る魔法。
――――大人モードの解禁だっ。
雲の中を潜り抜けたら、そこは嵐の中でした。
とりあえず、私の感想を言うとそんな感じ。本当に風も雨もむちゃくちゃ強い。もうアレだね、自然災害は脅威ですって思わせられる光景だよ、これは。
「フェイト――ッ!!」
私がそんな感想を抱きつつ、飛行していると少し離れた所からアルフさんの叫び声が聞こえた。ちらりと視線を向ければ、フェイトちゃんが今にも竜巻に飲まれそうになっている。
状況は最悪で、アルフさんは他の竜巻にバインドを掛けているので動けず、フェイトちゃん自身も体勢が悪くて到底かわせそうになかった。
「――――――っ」
その状況を見て、砲撃は間に合わないと悟った私は飛行速度を全開にする。
どんどんフェイトちゃんへと近づき、飲み込もうとする竜巻達。だけど、そんな状況の中でフェイトちゃんはぎゅっと目を瞑った。
そして、小さく
「…………なのはっ」
この時に、私の胸に浮かんだ気持ちは何だったのだろう。
幸せとも似ているけど違う、興奮とも似ているけど違う。
多分、これは歓喜なんだと私は思った。そう、きっと今の私は歓喜している。
フェイトちゃんが私の言葉を覚えてくれたことに。
この状況で他の誰でもなく、私を頼ってくれていることに。
要するに、私の想いはこれ一つだ。
「――絶対に助けるよっ!」
掴んでみせる、大切な親友を。
守ってみせる、大事な親友を。
そう誓ったら、不思議と力がもっと湧いてきた。
今なら、風よりも速く飛べる気がするっ。
そして、フェイトちゃんが竜巻に飲まれる寸前に間に合った私は、フェイトちゃんをぎゅっと抱きしめ、その場から緊急離脱。実はかなりギリギリで非常に危なかったけど、そんなことは億尾にも出さない。
一先ずの安全圏へと移動すると、私は目を閉じたままで状況がわからない様子のフェイトちゃんに優しく声をかけた。
「フェイトちゃん。もう、大丈夫だよ」
「えっ……?」
「貴女は私が絶対に守ってあげるから」
「……なの、は?」
はい、貴女のなのは……ではなかったね、ミっくんのなのはですっ!
でもまぁ、フェイトちゃんを助けに来たわけだし、今限定でフェイトちゃんのなのはと言ってもいいかもしれない。というか一応、私の姿は大人になってるんはずなんだけど一発でバレてる……うむ、謎だ。
「ふふふ。貴女が呼べば即参上、守護天使なのはです。気軽に“なのは様”って呼んでね……なーんちゃって♪」
「なのは、様……」
んむ? もしかして今、様付けで呼んじゃった?
あ、あれれ、もしかして本気にしちゃったの?
んー、私的には軽い冗談のつもりで言ったんだけど……。
“――――マスター”
「……うん、わかってるよ」
私がフェイトちゃんに訂正する前に、レイジングハートから声が掛かった。
だけど、それも仕方がないとも言える。だって今、私達の目の前には……。
「えっ……うわぁ!?」
六つの竜巻が全部纏まって一つになって、こっちに押し寄せて来てるんだもん。どうやら、アルフさんのバインドはもう完全に取れてしまったようだ。
まぁ、アルフさん自身は少し離れた所にいるみたいで問題なさそうだから、一安心です。でも、自然災害って間近で見ると、本当に凄い迫力なんだねー。おっと、そんな場合じゃなかった。フェイトちゃんがまた死にそうな顔になってるし……。
「――大丈夫だよ、フェイトちゃん。もう何も心配は要らないからね」
私はフェイトちゃんを安心させるように笑顔を見せる。
普通はちょっとくらい慌てるのかもしれないけど、今の私は少しも慌てていなかった。もう既に左手に愛機を構え、右手だけでフェイトちゃんを抱きかかえているような形になっている。
それに、体勢もレイジングハートを竜巻に向けての完全な砲撃体勢。
準備はばっちり。魔力もばっちり。相棒もばっちり。
ここまでばっちりなら、失敗する要素が一つたりとも存在しない。
そして、何より今の私はハートに火がついてるっ。
「あんな竜巻なんて、一発なんだからっ!」
“Divine buster”
最後にそう声を掛けると、私は久々に全力で砲撃を放った。
杖先から出るいつもよりも二周り程大きめの砲撃が、此方に向かってくる竜巻へとぶつかる。だが砲撃と竜巻。両者の均衡はほんの一瞬だった。
「す、凄い……」
間近でその光景を見ているフェイトちゃんが声を漏らす。
確かに見る人が見れば、面白い光景なのかもしれない。あんなに脅威を振るっていた竜巻が桃色の砲撃にどんどん押され、飲み込まれていくのだから……。
時間にしておよそ五秒後。六つのジュエルシードの封印が完了した。
キラキラと魔力の残滓が輝く。空を暗く閉ざしていた雲も晴れ、日の光がスポットライトのように私達を照らした。その中で、ただ私は一言……。
「快、感……」
そんなことを呟いていた。
でもでもっ、これも仕方がないと思うんだ。
集束砲やカートリッジ程ではないけど、普通の砲撃だってどうしても子供の身体には負担が掛かるんだもん。だから、身体のことを考えて、いつもは本当の意味での全力では撃っていなかったんだ。
だけど、今の私の身体は大人(実はちょっぴり胸を盛り気味にしている)、全く何も気にせずにぶっ飛ばせる。うんっ、何かすっきりして凄く気持ち良かったです!
とまぁ、そんな冗談のような本音は置いておこう。今は、フェイトちゃんに言わなくちゃいけない事があるもんね。
「フェイトちゃん。手を離すけど、もう大丈夫?」
「う、うん……」
私はフェイトちゃんの身体をゆっくりと離した。
少し休む時間があったからだろうか。フェイトちゃんはもう自力で飛べるくらいには回復しているみたいだ。少しだけ顔が赤いのは、私が大人モードだから恥ずかしかったのかもしれない。
「フェイトちゃんが私の名前を呼んでくれるのなら、私はいつでも助けにくるよ」
「えっ……」
「いつだって、どこだって、どんな時だって。フェイトちゃんが私の助けを望むのなら……私は必ず貴女を助けにいく」
「な、何で……」
戸惑っているのだろうか。
少しどもりながら疑問の声を出すフェイトちゃんの身体は、僅かに震えていた。でも、ここで何でって言われるのは少しだけショックだ。
一番初めに会った時に、私はフェイトちゃんに言ったはずだもん。
「初めて会った時に言ったでしょ? 私とフェイトちゃんならきっと仲の良い“親友”になれるって」
「あっ……」
思い出してくれたかな?
あれから私達は何度も会って、何度も会話して、何度も名前で呼び合ってる。
なのに、私は一番大事な言葉を貴女に伝えていなかったんだ。
だから、今こそ言おうと思う。
「ねぇ、フェイトちゃん。私と友達になろう?」
そう言って、私はフェイトちゃんに笑みを向けた。よくよく思えば、二十年前もこのタイミングで言ったような気がする。昔とは状況も違うし、別に狙ったわけではない。
だけど、同じタイミングになったのは何か理由でもあるのかな。まぁ、正直そんなことはどうでもいいことだ。
今はフェイトちゃんが友達になってくれることが一番重要なんだから。
「で、でも、私って凄く世間知らずだよ?」
「なら、これから知っていけばいいよ。その為のお手伝いなら、私は幾らでも付き合うから」
世間知らずなんて勝手に治るものだから、そんなに気にすることでもない。寧ろ何もしなければ、絶対に治らないものでもある。
少なくても、友達にならない理由には成り得ない。
「と、友達と何を話せばいいのかもわからないよ?」
「内容なんて何でもいいんだよ。それに、もう私とは何度も会話をしてるよね?」
ぶっちゃけ、私もそんなに会話が得意な方ではない。話題もそんなに沢山持ってるわけでもないし、面白い話もそんなに知ってはいない。
だから、これも友達にならない理由には成り得ない。
「……た、多分、一杯迷惑掛けちゃうと思うよ?」
「いいよ、一杯迷惑掛けても。全部、この私にどどーんと任せなさい♪」
迷惑なんて掛けて、掛けられてのモノだと私は思ってる。だから、どんどん迷惑を掛けていいんだよ。私も多分、フェイトちゃんに迷惑を掛けちゃうと思うから。
勿論、迷惑を掛けられるのが嫌って人も当然いる。だけど、少なくても私の大好きな親友達は、“迷惑が掛かるから”なんて言うと“水臭い!”とか言って、逆に怒り出しそうな人達ばっかりだ。
なので、これも友達にならない理由には成り得ない。
「もう一度言うね? フェイトちゃん、私と友達になってくれませんか?」
「……っ……わ、私は……」
私はそう言うと、フェイトちゃんへと手を差し出した。
ややあって、ゆっくりとフェイトちゃんの手が私の手へと伸びてくる。
だが、後少しで触れ合うという時になった瞬間。ドンとお腹に響くような一発の雷鳴が周囲に轟いた。
「か、母さん……」
やっと晴れ渡った空にまた分厚い雲が覆い始めているのを見て、フェイトちゃんは身体を震わせる。
……本当、大事な場面で邪魔をする奴は馬にでも蹴られればいいのに。
私は険しい目で天空を睨むと、内心でそう愚痴を零すのだった。