【ネタ】逆行なのはさんの奮闘記   作:銀まーくⅢ

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第十五話。なのはさん(28)の切札

 

 それは一体、何度目のぶつかり合いだっただろうか。

 私はもう詳しい回数を覚えてはいない。多分、向こうも同様だろう。

 時間の感覚はどんどん鈍くなり、疲労は増すばかり。けど、そんなに時間は経っていないと思う。玉座の間は最初来た時の面影はもう殆ど残ってはいなかった。残っているのは刻まれた熾烈な戦いの跡だけだ。

 ――――そして、その傷跡は今も増え続けていた。

 

『――――――――っ!!』

 

 傷跡と比例するように強くなる嵐の中、私達は終わりなき闘争の円舞曲を踊る。

 いや、永遠なんてものは存在しないのだから、この先にも必ず終わりはあると思う。

 

「はぁはぁ、はぁはぁ」

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 

 荒い呼吸を必死に整える。

 心臓も張り裂けそうなくらいに激しく音を立てていた。

 負けない想いはあっても、如何せん戦いに勝てるとは限らない。

 ただそれでも、戦いをやめようとしないのは単純に意地って奴だった。……既に庭園崩壊のトリガーは引かれている。タイムオーバーは私達の敗北と同じなのだ。

 それはわかっているのに、早期決着を付けられない自分の弱さが今は恨めしかった。

 

「っっ」

 

 必死に歯を食いしばる。杖を握る手に力を込める。

 まだだ。まだ私は倒れてない。まだ私は……戦えるっ。

 

「ディバイン……バスター―!!」

 

 私の砲撃とプレシアさんから放たれた雷砲が激しく衝突する。

 当然、杖を持つ手にはその重い衝撃がモロに来ているわけなのだが、少しだけ腑に落ちない点があった。――――軽いのだ。もう何度も撃ち合いはしている。始めの頃は互角で、後の方は押されてもいた。

 なのに、今は手に掛かる衝撃が、圧力が今までよりも随分と軽いと感じていた。実際、桜色と紫色の砲撃の均衡は僅かな間のみで、私の方が優勢となっている。

 彼女が手を抜いているのか。自然と出力が下がったのか。その理由は私にはわからない。しかし、これは大きなチャンスだということはわかった。

 

「っ、レイジングハートッ!」

 

 相棒に声を掛け、更に持ち手に力を込める。

 僅かにリンカーコアに走った痛みを意図的に無視して、砲撃の出力を上げた。しかし、そのまま私の砲撃が届こうとかとする寸前にシールドを張り、彼女は防御を選択する。

 

『っ!?』

 

 驚いたのはそこからだった。

 プレシアさんの張った紫色の障壁が私の砲撃に耐えきれず、呆気なく破壊されたのだ。その事実に他でもないプレシアさん自身が一番驚愕していたのだろう。彼女は咄嗟に回避する事も出来ず、直撃を受けてしまう。

 

「ぐっ、っ。はぁっ、はぁっ」

 

 だが、それでも耐えきる所は流石と言えるだろう。

 痛みで顔は歪んでいるが、その目は今でも爛々と輝いている。

 やがてプレシアさんは荒い呼吸を吐き、私を睨みながら口を開いた。

 

「貴女、何をしたの……?」

 

 その問いに対する答えを私は持っていなかった。

 当たり前だ。私が何かをしたわけでもないし、彼女と同じように理由がわかっていないのだから。だけど、同時に私には一つの確信があった。

 

「……私は何もしてないよ。でも、貴女を止めようとしているのが私一人だけとは限らない」

 

 それはクロノ君達、アースラの皆のこと。

 私が一人で此処に乗り込んだ事はバレてるし、次元震も発生したのに管理局が動かないわけがない。だから、私が何もしていないとしたら皆が何かをしてくれたはずだ。……っ、そっか。クロノ君達はプレシアさんと対峙する前に魔道炉の封印を行ったんだ。

 その影響でプレシアさんの出力が落ちて、私が押し勝てたのだろう。うん、それなら納得できるかも。思えば、あんなに激しかった揺れも今では大分弱まっている。

 ここにはいないけど、私だけじゃなくて皆戦ってるんだ。

 そう思うと自然と私の胸は熱くなってくる。気合いも更に入ってくる。

 

「ここまで御膳立てをされちゃったら、頑張らないわけにはいかないよね、レイジングハート?」

 

“もちろんです”

 

「――――というわけで、反撃開始だよっ!」

 

 そう言うと私は大量のフォトンスフィアを生成し、宙へと散らせる。

 本来、素早い相手と戦う時の私のスタイルは、誘導弾と捕縛魔法で足を止めて砲撃で叩き落とすこと。

 だけど、これまでのプレシアさんは素早い上にガードが異常に固かった。決定打にならないのならば、この作戦は術後の硬直を狙われて容易く詰んでしまう恐れがある。

 しかし、今、その条件はクロノ君達のお陰で覆されていた。

 

「シュートッ!!」

 

 数十もの誘導弾を操作してプレシアさんの足を止めさせる。

 勿論、彼女が相殺してくるようなら、その隙にでかいのをお見舞いすればいいだけだ。だが、そんな私の狙いは彼女もよく理解してるのだろう。彼女は一撃離脱のヒット&アウェイへとそのスタイルを変え、さながら未来のフェイトちゃんばりの高速移動で誘導弾を回避していく。最早、目で追うことは困難を通り越して無理といった領域だった。

 しかし、だからこそ私は始めにスフィアをばら撒いたのだ。

 

「っ、そこっ!」

 

“Short Buster”

 

 短距離用の素早い砲撃に切り替え、連発で的確にプレシアさんの移動方向に撃ち込んでいく。移動した先を読んでに撃たれる砲撃に回避が困難になった所為か、プレシアさんの顔に僅かな緊張が走ったのが見えた。

 

「……っ!」

 

 だが、それでも彼女は体を強引に捻じりながら避け、杖で砲撃を捌く。

 しかも、おまけとばかりに背後から追い打ちをかけてくる砲撃を回し蹴りで蹴り飛ばした。そんな曲芸を行った彼女に内心で呆れながらも、私は足を止めて砲撃に集中する。それは同時に動き回る彼女の行動予測に大きくリソースを取られた結果、私自身が移動する余裕がなくなったとも言えた。

 少なくない疲労の色を顔に滲ませつつ、私は愛機にリンカーコアから魔力を送り込んで更なる砲撃を連続で発射する。

 無論、それも回避されてしまうが……私の狙いはそこではない。

 

「っ、バインド!?」

 

「ディバイン――――」

 

 私の狙いは最初からプレシアさんの足を止めることだ。

 連続で撃った砲撃により、この部屋中に私の魔力残滓が広がっていた。そして、それは設置したバインドを認識させないためでもある。

 ……まぁ、個人的には当たってくれた方が楽で嬉しいんだけど、そう都合良くはいかないもんね。そんなことを内心で思いながら、私は動けない彼女に砲撃を叩きこむ。

 

「バスタ――ッ!!」

 

 桜色の激流がプレシアさんを瞬く間に飲み込んだ。

 障壁を張る間もなく直撃を受けた彼女は吹き飛ぶとそのまま壁を突き破り、奥の部屋へとその姿を消した。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ―――ーやった、かな?」

 

“少なくとも直撃は確認しました”

 

 そんなやりとりをしながらも、私達は油断せずに奥の部屋へと足を向ける。

 部屋の至る所に生えている蔦は、何かに吹き飛ばされたように千切れていた。そして、その最奥に二人の人の姿が目に留まる。

 一人は生体ポットの中で眠るように目を閉じている、見慣れてるけど何処か幼い金髪の女の子。もう一人はそのポットに身体を預けるような体勢でいる、もう見慣れてしまった女性。

 

「……アリ、シア。っ、ごほっ……ごほごほっ」

 

 見慣れた女性は最愛の娘の名を呟くと、途中で何か赤いモノを吐き出した。

 咄嗟に彼女は手で口を押さえるが、咳き込む度に赤いモノが指の間から零れ落ちてしまう。明らかに身体の異常を示すその赤い血は、徐々にプレシアさんを赤く染めていた。私はそんな光景を目の当たりにして、今頃になってあることを思い出す。

 ……そうだった。確かプレシアさんは呼吸系の重い病気を患っていたんだった。

 

「…………っ……」

 

 死期が近いからこそ、今回の事件の暴挙。

 死期が近いからこそ、片道切符に全てを掛けた大博打。

 今まで平然と戦っていたから、その事実を私は完全に忘却していた。

 

「……もう、薬の効力も切れたのね。少し、ごほっごほっ、時間を掛け過ぎたわ……」

 

 ノロノロと立ち上がろうとしながら、自嘲の笑みを浮かべてプレシアさんはそう言葉を漏らす。彼女の言う薬が何のことなのかわからない。けど多分、私が来る前に何かの薬を飲んだのだろう。

 それこそ戦うために痛みを忘れるためだけ(・・・・)の薬を。

 

「っ、ごほっごほっ!」

 

「プレシアさん、もう止めて! それ以上無理をしたら……!」

 

 再び血を吐き出し、立ち上がることも難しそうな彼女へ声を掛け、私は思わず駆け寄ろうとした。しかし、そんな私を拒絶するようにプレシアさんは鋭い眼光で睨む。

 

「死ぬでしょうね。だけど、人はいつかは死ぬのよ。そして、まだ私は生きている……っ」

 

「でも、そのままじゃ……っ!」

 

「だから、私はまだ終わってない。……このままじゃ終われないっ!」

 

 私の言葉を遮るようにして、飛んできた魔力弾。

 先程よりもスピードも威力も何もかもが弱くなったその攻撃は私から大きく外れ、天上へと向かう。

 ……もうまともにコントロールも出来ないんだね。

 そんな感傷を微かに感じ、早く彼女を連れて医師に見せなければと私は思った。

 

「……っ!?」

 

 しかし、それは私の単なる慢心でしかなかったと言わざるを得ないだろう。

 そして、その代償を私は身をもって教えられることとなる。

 

「……捕まえたわ」

 

「っく、っっ!」

 

 プレシアさんの狙いは天井を崩して、私の動きを封じることだったのだ。

 その狙い通りに突然天井から降ってきた瓦礫を慌てて回避していた私は、容易くプレシアさんにバインドで四肢を封じられてしまう。無理矢理外そうとしてもがいてみるが、かなり頑丈に出来ているのかびくともしなかった。

 ――――どうやらさっきの弱い魔力弾は演技だったらしい。

 

「はぁ……はぁ……はぁ」

 

 とはいえ、かなり消耗しているのは間違いないのだろう。

 息絶え絶えと言った感じで、プレシアさんは荒い呼吸をくり返していた。

 私もこの状況を何とか打開しようと色々考えるが、そう簡単に良い方法は浮かんでこない。加えて、私の周りには数えるのも嫌になるくらいの紫色のスフィアが散り囲んでいた。必死にバインドの解除を試みながら、間に合うことはないだろうと冷たい思考で確信してもいた。

 

「……最期に、何か言い残すことはあるかしら?」

 

 それは最終通告だった。

 確実に次の一撃で沈めるつもりだとひしひしと伝わってくる言葉だった。

 此処で命乞いをしても何も変わらないだろう。それに元よりそんなことをするつもりも私は微塵もない。結局、私の口から出たのは……。

 

「……こんな終わり方じゃ、誰も幸せになんてなれないよ」

 

 ……そんな言葉だけだった。

 もう彼女を説得できるとは欠片も思ってはいない。

 だけど、この際だから言いたい事は言おうと思った。

 

「このままだと貴女もあの子も、皆が幸せになんてなれない! 誰もが望む幸福(ハッピーエンド)は一人だけでは絶対に叶えられない! 皆で願って、皆で協力して、動いていかないとダメなんだ!」

 

 言葉を紡ぎながら自然と込み上げて来るものがあった。目から一筋の雫が零れ落ちていく。でも、それは間近に迫っている死の恐怖とかそんな感情じゃない。

 悔しいって想いも歯痒いって想いも強くあったけど……何よりも悲しかったんだ。意味もわからず、ただ無性に悲しかったんだ……。

 

「……貴女の言葉はまるで毒ね。人の心を惑わす猛毒よ。でも、何故なのかしらね。忌々しいとか憎たらしいとか、そんな感情はあったはずのに……」

 

 そんな私の顔を少しの間見つめた後、プレシアさんは口を開いた。

 その時の顔は誰もが一瞬見間違いかと思うほどに、柔らかな笑みが浮かんでいる。

 

「不思議と私は貴女のことが嫌いではなかったわ」

 

 その表情を見た時、私は思った。

 ああ、この顔をフェイトちゃんはずっと夢見て頑張ってたんだろうな、と。

 アリシアちゃんが生きていた頃の優しい笑顔はきっとコレなんだろうな、と。

 そこには狂気の色が微塵もない。ただあるのは、何かを包み込むような暖かさ。そんな本当に暖かくて優しい本当のプレシアさんの笑顔だった。

 

「……ありがとう、私の為に泣いてくれて。もし、もう少し早く出会えていたら今とは何かが変わっていたのかもしれないわね。……でも、もういいの。もうこれで終わりにしましょう」

 

 笑みが消え去り、次に浮かんだのは決意の顔。

 一瞬飲み込まれそうになるほどの真剣な目が、私を貫く。

 

「っっ」

 

 彼女が私に杖を向けたと同時に無数の雷槍が私をロックした。

 嘗てフェイトちゃんが私に見せた技、フォトンランサー・ファランクスシフト。その強化版とも言えるものが、私へと今、再び放たれる。

 

「さようなら」

 

 それは言わば、絶体絶命の状況だった。

 動きを封じられ、回避することもままならず、消耗具合から耐えきれるとはとても思えない。完全に勝負を決める決定打。私とプレシアさんの戦いに幕を下ろす一撃。

 こんな時、物語とかだったら颯爽と誰かが助けてくれたりするけど、現実はそう甘くはない。いつだって、現実は無情だった。

 

「――――これで、終わり……?」

 

“マスターー!!”

 

 私がぽつりとそう漏らしたのとレイジングハートの声が聞こえたのは、殆ど同時だった。数瞬後。のた打ち回るほどの激痛と骨の髄まで響く衝撃が私の身体を襲う。無数の雷槍が私のバリアジャケットを意図も容易く貫き、身体中に火傷が出来ていく。

 

「~~~~~~~~っ!」

 

 そんな攻撃をモロに受けて、私は声にならない叫びを上げた。

 でも、それは少しでも痛みを忘れさせるためのものではなく、本能的に漏れたもの。思考が真っ白に染まり、どんどんと視界が薄暗くなっていく。

 ――――ああ、もうお終いなんだ。

 私は半ば無意識にそう悟った。一度死んだからだろうか。もうこれは死んだなって確証が私の中にあった。だんだんと衝撃と痛みも鈍く感じ始めている。そんな最中、私の脳裏に走馬燈が映った。

 

「――――――」

 

 その光景は大したものでもなんでもなかった。

 広い空間にぽつんと立っている私の周りに大勢の見慣れた人達がいるだけの光景だ。私の大好きな人に、愛娘に、家族達と親友達。教え子達に同僚達、部下達。こっちではまだ出会ってもいない人達の顔までそこにはあった。私がこれまで関わってきた人達、全ての姿。中にはあんまり好きではない人の姿もある。

 だけど、それも全部込みで私の大切なかけがえのない宝物達。

 ……あはは。走馬燈で最期に全員集合するなんて本当に憎い演出だね。前の時には見えなかったから、今回は本当におしまいなのかなー。

 そんなことをぼんやりと考えて、私は苦笑いを浮かべる……ことなんて到底できなかった。

 

「――――――――――」

 

 なんで、なんだろうね?

 こんなにも大好きな皆に囲まれてるのに私、ちっとも嬉しくないや。

 皆がいるこの暖かな空間が私は堪らなく好きだったはずなのに、ホントちっとも嬉しくないよ。

 皆の顔を見てみる。皆、アッチの世界の姿でコッチよりも随分と年を取っていた。私が本当のいるべき世界。もう決して届かない世界。もう叶わない世界。

 そんな世界がすぐそこにあるのに、私はやっぱり嬉しいと微塵も思わなかった。

 ……でもまぁ、その理由なんてわかりきってる。

 

「…………、……」

 

 ――――此処には笑顔がない。

 私の大好きな人達が、大切な人達が、皆が笑ってない。

 笑顔なんかとても言えないような顔をしてて、ただ悲しそうな顔で私を見つめている。そんな顔を見ているだけで、とても胸が苦しくなる。張り裂けそうになる。そして、自分自身に強い悔しさと憤りを覚える。

 

 皆にそんな顔をさせている原因って私、なんだよね。

 私の所為でそんな曇った顔をしてるんだよね。

 それは嬉しくないはずだよ。認めたくないはずだよ。

 皆のこんな姿なんて見ていたくないんだから。

 それが私の所為だとしたら余計に認められるわけないじゃないっ。

 

 もう微かにしか力の入らない身体に喝を入れた。

 未だに無数の雷槍の受けている中、ぴくりとだけ私の意志で身体が動く。

 たとえ、他の誰かがもう無理だとか言ってきたとしても。

 たとえ、他の誰かがもうダメだよって諦めたとしても。

 

「…………っ!」

 

 ――――私だけは絶対に諦めてなんてやらない。

 それが私の生き方。高町なのはの生き方。それに誰かを泣かせるのはもう十分なんだよ。大体、こんなところで死ぬとか普通にありえないつーの。

 私ってば、まだちゃんと素敵なデートもしてないんだよ?

 嬉し恥ずかしファーストキスやドッキドキ初体験もまだ済ませてないんだよ?

 なのに、ここでお終いとか、また死んじゃうとか……ホント、ありえないよねっ!!

 

「~~~~~~~~っ!」

 

 もう一度、私は声にならない叫び声を上げた。

 でも、その意味合いはさっきのものとは全然違っている。

 負けるもんか。負けてたまるもんか。耐える。絶対に耐えきってやる。

 私はまだ死ねない。ミっくんと添い遂げて、幸せバラ色生活をこの手にするまで絶対に死ねないんだ!

 

 

 

 

「はぁはぁ、はぁはぁ。……アリシア、やっと終わったわ」

 

 雷槍による攻撃が止まり、周囲のスフィアが溶けるように掻き消える。

 爆発の煙で辺りは見えないが、プレシアさんには確かな手ごたえがあったのだろう。少しだけ悲しそうな表情のまま亡き娘にそう言葉を漏らし、荒く息を吐いていた。

 

「さぁ、行きましょう、アリシア。もう二度と離れないように――――」

 

 もう限界に近い身体を引き摺りながら、彼女は奥の部屋へと足を向ける。

 もう邪魔者はいない。あとは最愛の娘と旅立つだけだ。そんなことを想っていたのだろうと思う。

 しかし、そんな去っていくプレシアさんの背に私は(・・)声をかける。

 

「……まだ、終わってない、よ」

 

 途切れ途切れに紡いだ私の言葉を聞いた彼女は、すぐさま後ろを振り返った。

 勿論、私は無傷……なんてことはなく、バリアジャケットは中のインナーまで破けてる。露出している肌は火傷もしてるし、出血もしていた。震える膝に霞む目。血が流れた所為か眩暈までしてくる始末だ。だけど、私は立ってる。今、こうして立っている。

 そして、私の目にはまだ消えない炎が宿っていた。

 

「――――アレを耐えきった、というの?」

 

「え、へへ。何とか、耐えてやったもんね……」

 

 何処か呆然とそう呟くプレシアさんに私は笑みを向けた。

 正直、身体はもう本当にボロボロだ。今すぐにでも意識が飛んじゃいそうだよ。

 できることなら、このままベットにバタンキューってしたい。

 でも、まだ終わらない。私はまだ……っ。

 

「まいった、してない……よっ!」

 

“Divine buster”

 

 ガクガクと震える体を気合いで動かし、力の限りの砲撃をお見舞いする。プレシアさんは大技を出した直後で、もうまともに動けない。回避を断念したプレシアさんは障壁を張り、私の一撃を苦しそうに防いでいた。

 

「っっっ、何処にこんな力が残って……!」

 

 それは私にもわからない、かな。

 私自身、もう普通に限界は超えちゃってる気がするもんね。

 でもね、何故か不思議と力が湧いてくるんだよ。

 もう限界とかそんなの全部置き去りにしちゃって、貴女を止めるってこの身体と心が、この魂が叫んでるんだよ。だからっ!

 

「……私は、負けないっ!」

 

“Full power”

 

 負けない。

 負けられない。

 絶対に負けてあげられない。

 バラ色に充実した日々を手に入れるまで、私は絶対に負けられないっ!

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

「はぁ、はぁはぁ。はぁ、はぁはぁ、っ!!」

 

 プレシアさんは私の砲撃を受けてもまだ立っていた。

 彼女にも負けられないものがあることは、もう嫌というほどに知っている。

 でも、もう同じ失敗は二度としない。これで終わらせる。

 

「ぐっ、っ!?」

 

“Restrict Lock”

 

 プレシアさんの四肢にバインドを掛け、愛機をがしっと構えた。

 巨大魔方陣が杖先から現れ、レイジングハートから桜色の大きな翼が生えてくる。そして、魔力を集める。魔力をどんどん掻き集める。

 御誂え向きに周囲には魔力の残滓が溢れていた。私の魔力残滓。プレシアさんの魔力残滓。そして、ジュエルシードの魔力残滓。それら、この空間にある魔力を全て杖先に集束させていく。

 

「昔、知り合いの男の子が“世界はこんなことじゃないことばっかりだ”って言ってた。私も本当にその通りだと思う。……実際に私もそんな目にあったから、此処にいるわけだしね」

 

 本当に碌でもないことばっかりがこの世の中では頻繁に起こる。

 それも突然にやってくるんだよね。もう少しだけ世界は優しくても罰は当たらないと本気で思うよ。

 だけどさ、私はそういうのを全部身体中で受け止めてやるって決めたんだ。偽りばかり溢れている真実とか。冷たく悲しみだらけの現実とか。そういうのを全部受け止めた上で、前を向いて笑って生きてやろうって決めたんだよ。

 ……人は簡単に死んじゃうんだもん。何をしていても死ぬ時はあっさりと死んじゃうんだもん。だから、私はいつかは散ってしまうこの生のある限り、時の一粒一粒を無駄になんかしたくない。

 

「でもさ、だからこそ人は誰かに優しくできるんじゃないかなとも思うんだ。現実って奴が冷たくて厳しいものだからこそ、誰かが傍にいてくれると暖かいって感じるんだよ」

 

 泣いている時、本当は余計な言葉なんて何も要らない。

 ただ、傍にいてくれればそれでいい。それだけで人間って不思議と安心できるんだよ。そして、ご飯を食べる時も、遊びに行くときも。笑っている時も、どんな時でも一人でいるよりも皆と一緒の方が断然楽しくなるんだ。まぁ、勿論例外もあるけれどね。

 

「私は貴女にそんな暖かさをもう一度知って欲しい。どれだけ多くの人が貴女の敵になっても、私は貴女の味方になるよ。少なくとも私とフェイトちゃんは何があっても、貴女の味方だ」

 

 世界を救うヒーロー。そんなものに私はなりたいとは思わないし、微塵も興味がない。だけど、それでプレシアさんとフェイトちゃんの世界を救えるのなら私はヒーローになってもいい。

 世界で一番ちっぽけで世界で一番カッコ悪いヒーローかもだけど……それで二人の世界を救えるのなら、また貴女達が心の底から笑顔を見せてくれるのなら、ヒーローにだってなってあげる。

 

「だから、プレシアさん。もう一回だけ前を向こうよ。本当の最期の時に“ああ、良かった”って心から笑顔で笑えるように。……きっと優しい貴女の愛娘もそれを望んでるはずだと思うから!」

 

 死んだ人は生きてる人達に縛られて生きて欲しいなんて思ってはいない。

 勿論、忘れて欲しくないって思いはあるだろうね。けど、忘れるのと縛られるのは違う。私だって、“アッチ”の皆に私のことを忘れて欲しくはないよ。やっぱり寂しいしね。

 だけど、もし、ヴィヴィオ達が私に縛られているような生き方をしているのなら……自分の人生を投げ捨てるようなことをしているのなら、私は絶対に激怒する。自分が大好きな人達の人生を壊すなんて絶対に嫌だもん。それならいっその事、私のことなんて完全に忘れてくれていいよって思うよ。矛盾している事を言っているとは自分でも思うんだけど……まぁ、経験者的にはそんな感じ。

 そして、多分、それはアリシアちゃんもそうだと私は思うんだ。

 

「受けてみて! これが私の全力、全開!!」

 

 私はアリシアちゃんの代役を気取る気なんて毛頭ない。

 私が代わりなんてとてもじゃないけど努めれるとも思えない。

 ――――だけど、彼女の分の想いも込めて私はこの一撃を放とう。

 

「スターライト、ブレイカ――!!」

 

 

 

 

 漸く私達の戦いは終わった。

 プレシアさんは気絶しているのか倒れたまま動かない。

 私も大人モードが解け、レイジングハートを支えにしてなんとか立っている状態だった。もう本当に限界ぎりぎり。今の状態だと砲撃一発程度も撃てないと思う。

 

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 

“大丈夫ですか、マスター?”

 

「うん、大丈夫……ではないかなぁ、流石に」

 

 心配そうなレイジングハートにそう答えつつ、私はのろのろとプレシアさんの元に向かう。すると、自然と彼女と目があった。どうも気絶してはいなかったらしい。

 

「もう終わった、のね」

 

「うん、終わったよ。でも、これはただのお終いなんかじゃなくて……」

 

「………………」

 

「次への始まりなんだって、私は思うな」

 

 床に倒れ伏しながら、呟いた彼女の言葉に私はそう答える。

 それに彼女は“……そう”とだけ返すと、大きく息を吐いた。そして、丁度そんな時……。

 

『なのは(さん)!』

 

「フェイトちゃん!? それにクロノ君とユーノ君も!?」

 

 私達の所にフェイトちゃん達がやってくる。

 どうやらPT事件の完全解決はもう少し先になるみたいだ。

 

 


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