私の名前は高町 なのは。
お母さんをぶっ飛ばした直後に娘さんがやって来て、正直気まずいでござるの巻。あれれ? 元々、私ってフェイトちゃんとプレシアさんの二人でまた話をして欲しかったから、連れて帰るために頑張ってたんだよね? なのに、この場面でフェイトちゃんが来ちゃうと私の頑張りってあまり意味がなかったのでは……?
い、いやいや。そんなことは……ない、よね?
「いや、なのはは本当に良くやってくれたと思うよ」
そんな地味に落ち込んでいる私をクロノ君が慰めてくれる。
うぅぅ、今はこういうさり気ない優しさが何か凄く嬉しい。当然、帰ったらリンディさんとともにお説教してくることは確実だけど、今は凄く嬉しいっ。
ユーノ君も頷きながら治癒魔法をかけてくれてるし……うん、二人のなのはさん指数が一気に5ポイントもアップしたね。あと、20くらいで二人ともお友達Lv2にランクアップだよ、やったね!
さてさて。そんな私達三人を完全に蚊帳の外に置いて、テスタロッサ親子の会話は始まった。
「……何をしに来たの?」
「っ、母さんに話があって来ました」
口火を切ったのは意外にもプレシアさんの方からだった。
フェイトちゃんもプレシアさんに視線を向けられて、少し躊躇してしまっていたけれど、それを切っ掛けに意を決して話し始める。
「母さん。私は……ううん、今までの私は母さんが言ったみたいに本当に人形でした。言われたことしか出来なくて、母さんの顔色ばかりを窺って、母さんに縋ることしか出来ない人形で……人ですらありませんでした。きっと私はフェイト・テスタロッサですらなかったんだと思います」
紡いだのは卑屈な言葉。
でも、不思議と其処に悲観の響きは感じられなかった。
それはきっと変わったから。ううん、違うね。今、変わろうとしているから。
「そんな私は、きっと貴女の望む娘には……アリシアにはなれません。私がアリシアの代わりを務めることは絶対に無理だと思います」
でも、とフェイトちゃんは続ける。
初めて会った時に悲しみの色で一杯だったその赤い瞳には、何者にも負けない決意の色が浮かんでいた。
「それでも、私は貴女の娘です! 貴女に生みだされ、貴女に育てて貰った娘です!」
「…………っ……」
「私は母さんが大好きです! どんなに酷い事をされても、どんなに辛い事があっても、本当の娘じゃなくても、私は、フェイト・テスタロッサはプレシア・テスタロッサのことが世界で一番大好きです! これまでも。そして、これからも。この気持ちだけは絶対に誰にも負けません! たとえ、アリシアにだって負けるつもりはありません!」
その声は特別に大きな声だったわけじゃない。
だけど、その声はこの場にいる全員の胸に響く声だった。
多分、初めてフェイトちゃんがプレシアさんに言った心からの
「……だから何だと言うの? 今更、貴女のことを娘だと思えとでも言うつもり?」
「っ、貴女はっ……!」
しかし、フェイトちゃんにプレシアさんが返したのは冷たい響くを含んだ言葉だった。それを聞いて、何かを言おうとしたクロノ君を私は腕を引いて止める。
まだだ。まだフェイトちゃんの言葉は終わってない。
「――――貴女がそう思ってくれるのなら」
そんな私の思った通り、フェイトちゃんは凛とした表情を崩さなかった。
きっと内心では、不安に思っていると思う。逃げ出したいとも思っているかもしれない。だけど、それをフェイトちゃんは微塵も表には出さず、ただ真っ直ぐに澄んだ瞳を母へと向けていた。
「貴女がそう思ってくれるのなら、世界中の全てを敵に回しても、どんな災厄からでも、私は貴女を守ってみせる! 私が貴女の娘だからじゃない、貴女が私の母さんだから!」
ありったけの想いを込めた言葉をフェイトちゃんは放つ。
そこにはおどおどしていた嘗てのフェイトちゃんの姿はなかった。
一皮剥けた。一歩だけ進んだ。ちょっとだけ大人になった。私のよく知っているフェイトちゃんだった。
「……………………」
「……………………」
無言で見つめ合う二人。短くも長くもない沈黙が訪れた。
プレシアさんの鋭い視線にも今のフェイトちゃんは決して臆さなかった。やがて耐えきれなくなったのか、プレシアさんの方が先に視線を逸らす。
そして、今度は私にちらりと視線を向けた。その目が貴女が何かしたの、と聞いてくる。だから、私は無言でにっこりと笑みを返した。私は何もしていないよ、と胸を張って。
そんな私を見てプレシアさんは一度目を閉じると、重く深い溜め息を吐いた。
「……あの子の妹、ね。そういえば、あの子も相当な頑固者だったかしら。……本当、いつも私は遅すぎる」
何か懐かしい光景でも思い出しているのだろう。
自嘲気味な笑みを浮かべ、そう話すプレシアさんは何処か遠くを見ているようだった。しかし、それも僅かな間だけのこと。今度は視線をフェイトちゃんに合わせ、彼女の名前を呼んだ。
「フェイト」
「は、はい」
きっと、それが本当の終わりの福音だったのだと思う。
これまでの長きに渡る彼女の……いや、皆にとっての戦いの閉幕だったのだと思う。もう今のプレシアさんからは、フェイトちゃんを拒絶するような空気は全く感じられなかった。
「私は決して良い母親ではないわ。貴女にとっても、あの子にとっても私は最低の母親よ。そして、それはきっといつまでも変わらない。だって、今でも私はアリシアへの想いを捨てられないもの」
「っっ……」
「けど、貴女が言ってくれたことは嬉しかった。……強くなったわね」
そう言ってプレシアさんは笑みを浮かべた。
ゆっくり伸ばされた手がフェイトちゃんの頬に触れる。
それを宝物のように、フェイトちゃんは目に涙を浮かべながら握り締めた。皮肉な笑みじゃない。馬鹿にした笑みじゃない。作った偽りの笑みじゃない。自嘲気味で、かなりぎこちなくもあった。けれど、今の彼女の素直な笑みだった。
「フェイト。これからはもっと自由に、貴女の思う儘に生きなさい。私は疲れたから、少しだけ休むことにするわ……」
そうフェイトちゃんに言うと、プレシアさんは眠るようにその目を閉じる。
その顔は何処か安らかなもので、満ち足りているような顔だった。そして、まるで永遠の眠りについたかのように、彼女は静かに身動き一つしなくなった。
――――伸ばされた腕から、すっと力が抜ける。
「か、母さん?」
時が止まったように感じた。
呆然としたようなフェイトちゃんの声だけが嫌に耳に残った。
「っっ、プレシアさんっ!」
私は慌ててプレシアさんに声をかける。しかし、彼女から何も言葉は返って来ない。全身から血の気が引いていくのを私は他人事のように感じた。
嘘、だよね。こんな、こんな終わりなわけ、ないよね。
やっとこれからだって時になって、なんでこんな……っ。
「母さん! 母さんっ!!」
「プレシアさん! 起きてっ! プレシアさんっ!」
フェイトちゃんが身体を震わせながら、プレシアさんに声をかける。クロノ君は顔を僅かに下に伏せ、ユーノ君は悲しげな顔で見ていた。
――――死んだ。プレシアさんが死んでしまった。
そう嫌でもわかってしまった。理解させられてしまった。でも、私はそんな現実なんて認めたくなくて、彼女の身体を揺さ振ろうとして……。
「……すー……すー……」
『ふぇ……?』
そんな寝息を間近で聞いた。
隣にいるフェイトちゃんと一緒に変な声を上げ、思わずきょとんとしてしまう。
よくよく彼女の体を見てみると、胸がちゃんと上下していた。そして、素早く脈を確認し出したユーノ君に顔を向けると笑顔で言葉が返ってくる。
「大丈夫! 気を失っただけみたいです!」
『よ、よかったぁ~』
万感の思いとはまさにこのことだろう。
本当に心の底から安心した。ほっとしすぎて腰が抜けそうになった。
だって考えてもみてよ? あのままプレシアさんが死んじゃってたら、私って完全に殺人犯だよね? あれだけ味方になるよなんてほざきながら、トドメを差しちゃった、てへ☆ なんて流石に笑えないよ!
というか、プレシアさんのアホー! 何であんなに紛らわしいことをするのかな、この人は! あれで勘違いするなっていう方が絶対に無理があるよね! この露出多めの偏屈おばさんめっ!
「よかったね。フェイトちゃん」
すやすやと気持ちよさそうに寝ているプレシアさんへ心の中であらん限りの恨み節を吐きながら、私は隣にいるフェイトちゃんに声をかける。でも、その顔は私と同じようにほっとしているようだけど、何処か優れなかった。
「う、うん。でも……」
「でも?」
「私、ちゃんと母さんに伝えられたのかな……」
しょぼーん。言葉にするとそんな感じのフェイトちゃん。
うん、やっぱりフェイトちゃんのネガティブ思考は全然変わってないんだね。
いやまぁ、突然変わられても対応に困るんだけれど……うむ、仕方がない。ここは親友の私が一肌脱ぎましょうか。
「大丈夫っ、フェイトちゃんの気持ちはちゃんと伝わってるよ!」
「そうかな?」
「うん! それにプレシアさんって基本的にツンデレだから!」
「つんでれ?」
「そう。普段はツンツンで、こーんな顔をしているけど、その内デレデレになっちゃう非常に困ったちゃんなの!」
正確にはプレシアさんって言葉足らずなんだよね。あとは不器用で素直じゃないって感じでもあるかな。でも、ああいうのは一度デレたら、デレデレになるって相場が決まってる。
実際にさっきのプレシアさんは、フェイトちゃんを拒絶していなかったように見えたし。多分、後はフェイトちゃんのゴーゴー押せ押せ展開で何とかなると私は思うんだ。というわけで、私はフェイトちゃんの背中を押したいと思います。
「だから、後はフェイトちゃんがプレシアさんをちょいちょいっと攻略するだけだよ! すると、あら不思議。それはもう何処の親馬鹿だよ、と周りが突っ込みをいれるくらいにデレンデレンなプレシアさんの姿がっ!」
「デレンデレンな母さん……なのは。私、これから色々頑張ってみる!」
「その意気だよ! フェイトちゃん、ファイト!」
「うん。ファイト、私!」
巧みな話術を使い、私はフェイトちゃんを焚きつけることに成功。人はそれを投げたとも言う。いや、私も協力はするつもりけど結局は家族の問題だもんね。部外者はクールに去りますよーっと。
それにツンデレな中年おばさんを攻略する趣味は、残念ながら私にはありません。フェイトちゃんルート? レイジングハートルート? ユーノにクロノもあるよ? ふん、私はミっくんルート以外に興味ありません! 他のはおととい来やがれなの。
そんなことを思いつつ、フェイトちゃんに色々とプレシアさん攻略法をレクチャーし始める。しかし、そんな時、私達の前に突如通信モニターが現れた。
“――――皆、無事!?”
「あれ? エイミィさん?」
“よ、良かったぁ。皆、無事なんだね……”
少しノイズ混じりのモニターに映ったのは、何処か焦った顔のエイミィさん。
けど、私達の姿を見るとすぐにほっと安心したように大きく溜め息を吐いていた。しかし、完全に私達はおいてけぼりを食らっている状態である。
んー、やっと事件は解決したのになんでそんなに慌ててるんだろう? そんな私と同じ疑問を持ったのだろう、クロノ君が少し首を傾げながらエイミィさんに声をかける。
「エイミィ、そんなに慌ててどうしたんだ?」
“……えっ? クロノ君、それ本気で言ってるの?”
「ん? ああ、また何かあったのか?」
“いやいや、今の状況わかってる!? ジュエルシードが暴走中で、次元震も起こってるんだよ!? というか、今も艦長が半泣きになってシールド張ってるんだからね!”
『――――あっ……』
この場にいる全員の声がシンクロした。
あ、あはは。ジュエルシードのこと、本当にさっぱり忘れてた。
頭を抱えている所を見るに、どうやらクロノ君とユーノ君までも忘れてたみたい。でも、半泣きのリンディさんってちょっと見たいかも……って今はそれどころじゃないか。
「んー。もしかしなくても、私達って大変ピンチな感じ?」
「うん、すごくピンチみたいだね」
“はい、非常にピンチのようですね”
私の問い掛けにフェイトちゃんとレイジングハートがそう答える。
ただ、全然ピンチっぽく聞こえないのは何故なんだろう。まぁ、私がそれを聞くのもアレなのかもしれないけど。当然ながら、何かのほほんとしている私達に男子組の突っ込みが入った。
『なんで三人はそんなに落ち付いているんだ!?』
「でも、あんまり慌てても仕方がないよ? ねぇ、フェイトちゃん、レイジングハート?」
「うん、そうだね」
“ええ、どうせ私達が取る手段は一つしかありません”
『???』
頭に疑問符を浮かべる二人を余所にゆっくり立ち上がり、腕をぐるぐる回して動作確認。うん、流石ユーノ君の治癒魔法。これなら一発くらいなら何とかなりそう。
手に持つ愛機に目を向ける、チカチカとコアが返事を返してくれた。
隣にいる親友に目を向ける、にっこりと笑みで返事を返してくれた。、
そんな頼もしい二人に私も軽く笑みを返して、愛杖を肩にかけると迷わず歩き出す。
「不屈不撓、勇往邁進。どんな困難なことも真正面からぶち破るだけってね!」
――――何か私達の後ろで男子組が溜め息を吐いていたみたいだけど、見ないことにした。
数多の瓦礫に埋もれた玉座の間。
既に虚数空間もかなり生じているようで、暗闇の深淵が此方に顔をのぞかせていた。当然、風も雷も止むことはなく、今もその脅威を私達に見せつけている。
中心にはすべての始まりである青き宝石、ジュエルシード。その姿を見るのも、これで最後になるようだ。
「ありがとう、フェイトちゃん」
「ううん。これで半分こ、だね?」
身体は大丈夫でも魔力は空っ欠。
そんな魔力貧困民の私にフェイトちゃんは自分の魔力を分けてくれた。
柔らかな笑みを浮かべる彼女にお礼を言いつつ、私はむんと気合いを入れる。
「――――よしっ。それじゃ、始めようか」
『うん!』
クロノ君の言葉に頷いて、それぞれの配置についた。
私の前にユーノ君。フェイトちゃんの前にクロノ君が立つ。
作戦は至ってシンプルなものだ。私とフェイトちゃんが封印担当で、そのチャージ時間中のガード役をクロノ君とユーノ君が担当。
すごく分かり易く言えば、私はただ渾身の砲撃を一発撃てばいいという簡単なお仕事である。災厄の根源を睨み、愛機を構えて準備は万端。最善を期すためにもう一度大人モードにもなった。
「さぁいくよ、フェイトちゃん! せーので一気に封印!」
「はいっ!“なのは様”!」
「よし……ってぇ、何でいきなり様付け!? さっきまでは普通に呼んでくれてたのよね!?」
フェイトちゃんの返答に思わず身体がガクッとなる。
というか完全に出鼻を挫かれた所為で、気合いが抜けてしまった。
「うん、さっきはね。でも、今のなのはは“なのは様”だから」
どうやら、私の大人モードはなのは様モードに改名を果たしたようです。
詳しく聞けば、この姿の私はフェイトちゃん的にはなんか天使様らしい。うん、超理論すぎて全く意味がわからない。とも思ったけど、思い返せば前に私が自分でそう言った覚えが……完全に身から出たエビ、もといサビだったよ!
しかも自分から言い出したから、凄く恥ずかしいし、訂正しずらいっていう。……本当、どーしてこうなった。
『二人とも遊んでないで早くっ!』
だが、時間は待ってはくれない。
そもそも私の体力的にもこれは一発勝負なのだ。
今もクロノ君達の必死な感じの念話が届いているし、どちらを優先するべきかなんて考えるまでもなかった。
「え、ええい、もうどうでもいいや! いっくよ、フェイトちゃん!」
「はいっ!」
若干顔を引き攣らせながら、せーのと声を合わせる。
後からどうやって訂正しようかななんて考えるも、なんとなくダメな気しか湧いて来ない。ということは、これから大人モードになる度に私は親友に様付けされるのでしょうか……うん、それなんて拷問。
「ディバイン……」 「サンダー……」
完全に気持ちは萎えていたけど、やることはやるのが私クオリティ。
もう色んな意味で挫けそうな心に涙目で鞭を打ち、私は愛機を強く握りしめた。しかし、それにしても……うん。
「バスタ――!」 「レイジ――!!」
やっぱり最後まで私って、何かしまらないなぁ……。
かくして、ジュエルシードを封印した私達は無事にアースラへと帰還した。
時の庭園は残念ながらジュエルシード封印後に完全崩壊。すべてはジュエルシードの所為である。決して、私の所為ではなくジュエルシードの所為である。大事だから二度言っておく。
ちなみに一番の重症者はプレシアさんではなく、私というなんとも言えない結果となった。脇腹からの再出血とか、リンカーコアの過負荷とか。火傷とか、骨折とか、打撲とか。その他色々とあって全治三週間。うん、ほんと魔法技術様々である。
当然、帰還して医務室に連行された私はすぐさまに意識をシャットダウン。数時間後に目が覚めると、そのまま正座でお説教タイムが始まりました。まぁ、本来は五時間耐久フルコースだった所をクロノ君に上目遣いの涙目助けてコールを送り続け、リンディさんに翠屋のお食事券を贈呈したおかげで、なんとか三時間にまで減らせたことはかなり助かったとだけ言っておこう。
結局、フェイトちゃんやプレシアさんとは、アースラで改めて話をすることは出来なかった。けど、二人は同じ護送室に入れられていたので何か話でもしているのではないかなと思う。
持ち帰ってきたアリシアちゃんの遺体はミッドにある集団墓地で埋葬するらしい。よくプレシアさんが許したなとも思うけど、どうやら本人がもう眠らせてあげたいと言ったそうだ。
あまり詳しくは聞けなかったけど。今回の事件に関してフェイトちゃんは殆ど無罪になるらしい。なんか最後にジュエルシードの暴走を止め、次元震の悪化を防いだことも考慮されるとのこと。けど、逆にプレシアさんは有罪確定。そして、それは彼女自身も受け入れてるらしい。
プレシアさんだけが有罪になることにフェイトちゃんが猛抗議していたらしいけど、そこはどうにかプレシアさんが宥めたとかなんとか。うん、何か普通に親子しているみたいで少しだけ安心した。まぁ、あの二人だと周りが歯痒いくらいに不器用そうな会話をしていそうだけどね。
それと彼女の病気自体は、安静にしていれば何年かは生きられるようだけど……症状が進み過ぎていて完治は不可能らしい。多分、余生は裁判を受けながら本局にある医療施設で過ごすことになるそうだ。
正直、これで良かったのか私にはわからない。
もっと良くも出来たんじゃないかなとも思うし、これで精一杯だとも思う。
でも、決してベストとは言えないけど、ベターくらいにはなれたんじゃないかな。そう自分に言い聞かせながら、数日後、私はアースラを降りることになった。
勿論、家に帰った私をお母さんの熱い抱擁が待っていたのは言うまでもない。
それからまた何日か経ったある日のこと。
クロノ君達の計らいでフェイトちゃんと少しだけ会えることになった。その連絡を前の日の夜に受けていた私は、徹夜であるものを用意し、待ち合わせの場所へと急ぐ。
ちょっと懐かしい見晴らしの良い公園。でも、今回はフェイトちゃんと此処で戦ってはいない。……そう考えると一つ想い出がなくなったみたいな気がして、不思議と寂しい気持ちになった。
「フェイトちゃん~!」
私が公園に着いた時にはもうフェイトちゃん達は来ていた。
メンバーはフェイトちゃんにクロノ君にアルフさん。流石にプレシアさんは無理だったみたいで、ちょっと残念。けど、三人とももう身体に怪我の痕はないようで、少し安心した。
「――――あっ」
フェイトちゃんが私の声を聞いて、少しだけ柔らかい笑みを浮かべる。
だけど、それはほんの一瞬だけで、瞬く間にその表情は曇ってしまった。そして、私を見つめると何かに耐えるように手を強く握りしめた。当然、私はそんなフェイトちゃんの様子に困惑してしまう。
「あの、その……ごめんなさい!」
そんな私に向かってフェイトちゃんがいきなり頭を下げてきた。うん、いよいよもって意味がわからない。どうして私は謝られているのだろう。
「えっと、何で謝ってるのかな?」
「っ、私はなのはに最低なことをしてしまったから。なのはは何度も助けてくれたのに、何度も声を掛けてくれたのに、手を伸ばしてくれたのに。私は……私はなのはを刺した。……謝って許されることじゃないってわかってるけど、本当にごめんなさい!」
戸惑い気味の私にフェイトちゃんは辛そうにもう一度謝罪してくる。
どうやら海で私を刺しちゃったことについて謝っているみたいだ。時の庭園では普通に接してくれてたから気にしてないと思ってたんだけど、本当にフェイトちゃんは律儀で、難儀な性格をしているよね。
でも、この様子だと罪悪感で胸が一杯って感じなんだろうなぁ……。
「………………」
実際、フェイトちゃんが頭を上げる様子は全くなかった。
私に何を言われるのか怖いのだろう。その身体も小刻みに震えていた。
正直、そういうことをされると私の気分もあまり良くはない。というか、不満だ。ごめんなさいなんかよりも聞きたい言葉が私にはあるのだから。
「フェイトちゃん、顔を上げて?」
「う、うん……」
顔を上げたフェイトちゃんの表情は予想通り暗いものだった。
そんな彼女に私は頬を膨らませつつ、内心で大きく溜め息を吐く。きっとフェイトちゃんのことだから、私が気にしないでって言っても、絶対に気にするんだろうね。私が許すよって言っても、きっと影で負い目を感じるんだろうね。
――――多分、そういう所は私と似ているから。
「フェイトちゃん。お腹ってね、刺されるとすっごく痛いの。初めはただ冷たいなって感じなんだけど、後から途端に痛くなるの。血とか見えてきたらうわぁってなるしね。あの感じはもう個人的にはトラウマです」
「……っっ」
「だからね、フェイトちゃん」
だけど、だからこそ私はフェイトちゃんを放っておけないんだと思う。
そして、嫌いになれないんだ。一度刺されて殺されたとしても、また親友になりたいと思うんだ。
結局は至極簡単な話、私はフェイトちゃんが好きなのだ。親友として。
「もう絶対にあんなことしないで。今度フェイトちゃんに刺されたら私、絶対に泣くから! 本気でマジ泣きしてやるからね!」
ついでに、ここでしっかり釘を差しておけば黒フェイトちゃんの降臨はなくなるはず! そんな打算的なことを考えている私は外道なのでしょうか、天才なのでしょうか。でも、マジ泣きするのは多分本当。流石の私も三度目は耐えきれる自信がありません。
えっ? お前、なんかそれフラグっぽいぞ?
……やだなー、そんなわけないじゃないですかー。多分きっとメイビー。
「怒って、ないの?」
「うん、別に怒ってないよ。傷もそんなに深くなかったし、どっちかって言うとプレシアさんの雷の方が断然痛かったっていう。それに私はそんな謝罪を聞くために、わざわざこんなに朝早くから此処来たわけじゃないよ?」
「えっ……?」
そう言って、私はそっと手を差し出した。
それでやっとわかってくれたのか、フェイトちゃんは大きく目を開く。
「――――まだあの時の返事、聞かせて貰ってなかったよね?」
未来のどこかでボタンを掛け違えてしまった私達。
でも、もう止めてたボタンは全部外れてしまってる。それは確かに悲しいことではあるけれど、外れたのならまた一個目から掛けていけばいい。
まずは初めの一個目を今日、掛けてみよう。
「ねぇフェイトちゃん、私と友達になってくれませんか?」
「で、でも、私……」
顔を伏せられ、目を逸らされた。
距離を一歩分だけ詰め、ぴくりとだけ動いた彼女の手を優しく握る。
――――自然と私達の視線は重なった。
「私はフェイトちゃんとこれから色んなことを共有していきたい。楽しいことも、嬉しいことも。辛いことや悲しいことも。全部、フェイトちゃんと分け合っていきたいんだ」
揺れる瞳から決して目を逸らさない。
ただただ、真っ直ぐに彼女だけを見つめる。
ちょっとだけの静寂。ややあって、彼女が口を開いた。
「……本当に、私なんかでいいの?」
「なんか、じゃないよ。他の誰でもなくて……」
そこで一旦言葉を切る。
彼女の綺麗な赤い瞳を見つめたまま、にっこりと笑みを浮かべた。
そして、少し不安そうな顔の大好きな親友に私は告げる。
「私はフェイトちゃんがいいんだ」
すると、何故かフェイトちゃんの顔がかぁぁと赤くなった。
不安で揺れていた瞳が今度は何かうるうると潤んでいる。あ、あれれ? もしかして私、何かやらかした……?
「――――っっ、なのはぁ!」
「うわっ、と」
急に胸に飛び込んできたフェイトちゃんを優しく受け止める。
少しだけフラついたけど、どうにか倒れるようなことにはならなかった。
「私も、私もなのはがいい。ううん、なのはじゃなきゃ嫌だ!」
「あはは。フェイトちゃん、それ言い過ぎ。ああっ、制服に鼻水が……もう困ったなぁ」
私の胸で涙を流しているフェイトちゃんにちょっとだけ苦笑い。でも、なんとかまた友達になれたようでほっと安心できました。
微妙にまずったような気がしないでもないけど……うん、気にしたら負けだね!
その後、泣いてしまったフェイトちゃんをどうにか宥めて、写真撮影と昔のようにリボン交換をした。まぁ、これは友情の証ってやつだよね。こういう目に見える形のものって、結構大事だと思うし。
正直、本当はもっと良いものを贈りたかったんだけど、私のお財布に硬貨とレシートしか入ってなかったっていうオチ。あまりの空しさにほろりと涙が零れたのは、此処だけの秘密だ。
“マスター。アレを出しますか?”
「あっ、そうだね。お願い、レイジングハート」
レイジングハートの問いに私が頷くと、目の前に一つの大きな黒い箱が現れた。
お花見や運動会、お正月など季節のイベントで良く見かけられる四角い箱、重箱である。無論、その中身は……。
「お弁当?」
「えへへ、久々だからちょっち頑張ってみました! 味見はしたから大丈夫だとは思うけど、良かったら皆で食べてね?」
「……ありがとう」
このなのはさんお手製のお弁当である。
そう、私はこれを昨日から半分徹夜で作っていたのだ。
夜に連絡を貰って急いでスーパーへと走った時、見事に顔からこけてしまった記憶は……うん、次元の彼方に消し去ってしまいたい。ちなみに作った理由は特になくて、ただの気紛れである。別に昔よりもアースラの人に迷惑かけたからご機嫌取りを、とかではないですよ?
「一応、あんまり脂っこくないものをメインにしたからフェイトちゃんでも食べれると思うよ。ああ、アルフさん用にちゃんとお肉も入ってるから。あとプレシアさんにも食べさせてあげてね」
「……うん」
「もしよかったら、今度会った時に味の感想なんかを教えてくれると嬉しいな」
「…………うん、絶対に」
私の渡したリボンと重箱を大事そうに抱え、頷くフェイトちゃん。
もう涙は止まったみたいだけど、まだ目が真っ赤でまるでウサギちゃんのようだった。勿論、私も目が真っ赤です。まぁ泣いたというより、徹夜の所為だけど。
「残念だけど、そろそろ時間だ」
「……うん。あっ、クロノ君も食べてね、私のお弁当」
「ああ、あとでちゃんと頂くよ」
良い頃合いを見たのか、私達の下にクロノ君達がやってくる。
殆どがフェイトちゃんを宥めてる時間だったような気もするけど、凄く時間の進みが早く感じた。アルフさんとも軽く挨拶をしていると、フェイトちゃん達の足下に転送用の魔方陣が現れる。
短い間だけだととわかっていても、やっぱりお別れはいつも少し悲しい。
「元気でね、フェイトちゃん! クロノ君! アルフさん!」
そんな気持ちを悟られないように、私は元気に皆に声をかけた。
他の皆もサーチャーで見ているだろうから、私はそちらに向かって大きく手を振っておく。そして、最後にフェイトちゃんに私は言った。
「フェイトちゃん! もし、また困ったことがあったら――――」
「――――呼ぶよ。絶対になのはの名前を私は呼ぶ! だから、なのはも困ったことがあったら私の名前を呼んで、今度はきっと私がなのはの力になるから!」
「っ……うんっ! またね、フェイトちゃん!」
大きく手を振り合い、結ぶ再会の約束。
それが叶うのは半年後、雪の季節のこと。
できることなら笑顔で再会したいなと思いつつ、皆が去っていくのを私は最後まで笑顔で見つめた。
太陽の光が魔力の残滓をきらきらと輝かせる。
私は肩に入っていた力をほんの少しだけ抜いて、手すりへと寄りかかった。いい天気だ。海の向こうには大きな虹も掛かっている。
だけど、私が見ていたのは虹ではなく空の方。ただ澄みきった青い空。私の大好きな空。
「ん~~~~~!」
声をだし、身体を大きく伸ばしてみる。
そして、そのまま青空に手を伸ばしてみた。
見慣れた街を背に、私は空へと手を伸ばす。
「やっぱり空は遠い、ねぇ」
風に優しく髪を揺らさながら、私はぽつり呟いた。
だけど、そこに悲しさは微塵もない。胸にあるのは、小さな約束とちっぽけな誓いだけ。
「よしっ、帰ろうか」
“はい、帰りましょう”
愛機に声をかけ、私はのんびりと歩き出す。
――――此処は近くて遠い過去の場所。
私が知っているけど、私が知らない世界。
でも、笑顔が似合うあの人達に、また笑顔で逢いに行きたい。
願わくば、この青い大空の下で……また。
“あっ。そういえば、マスター”
「ん、どうしたの? レイジングハート?」
“ユーノ、連れてくるの忘れてましたね”
「――――あ゛っ」
ユーノ君のこと、家に置き忘れてた☆