それはとある日の夕方のこと。
学校から返ってきた私は両手で茶色の封筒を握り締め、気分よく歌なんかを歌っていた。
「てってて、てってててー♪ てってて、てってててー♪」
自分で言うのもなんだけど、今の私はかなりのご機嫌モード。少なくてもスキップをしながら階段を登っているくらいにはご機嫌だった。
昔とは少し違う形にはなったものの、どうにかこうにか友達になれた私とフェイトちゃん。しかし、友達になってすぐにお別れっていうのはやっぱり悲しかったので、クロノ君達にお願いしてビデオレターのやり取りをすることになった。そして、その記念すべき一本目が本日届いたのだ。テンションが上がらない方がおかしいと思う。
ちなみに、このお願いを叶えるために翠屋のケーキをリンディさんに贈呈した私のお財布がとても寂しいことになってしまったのは、全くの余談だったり。
「さてと、私宛てなわけだし、一番初めに見る権利は私にあるよね♪」
自室のベットに鞄を放り投げ、いそいそと着替えをした後に向かうのはテレビのあるリビング。
手に持った封筒から“なのはへ”と書いてあるDVD‐ROMを取り出し、気分よく再生開始。
“―――――――――――――――――”
一番初めに大きく画面に映ったのは、見覚えのある金髪の女の子。
あの時に交換した桃色のリボンをつけ、元気そうにしている彼女の姿を見ると自然と笑みが零れた。映像でしかないけれど、こうして確かな繋がりを感じれるのは嬉しいと思う。
“――――ねぇアルフ。始めの言葉はやっぱりこんにちわ、でいいのかな?”
少し緊張しているのだろうか。フェイトちゃんは視線を辺りにキョロキョロとさせ、落ち付かないようにもじもじとしている。撮影を担当しているアルフさんへと不安そうに話しかけている所を見るに、録画が始まっていることにフェイトちゃんはまだ気が付いていないみたいだ。
“んー、挨拶なんて何でもいいんじゃないかい?”
“で、でも、もしなのはが見るのが夜だったらこんばんわ、のはずだよ? あっ、休日の朝っていう可能性もあるよね……ど、どうしよう、アルフっ!? 全部の挨拶を言えばいいのかな!? けど、それでなのはに変な子だと思われたら……”
そんな事を言いながら、一人で何やらあたふたとしているフェイトちゃん。
この時、カメラマンのアルフさんが満面の笑みを浮かべていることは想像に難しくない。というか、慌てているフェイトちゃんは確かに可愛いと私も思うし、何か見ててほっこりする。
“あ~フェイト? 悩んでる所で悪いけどさ、録画がもう始まっちゃってるみたいだよ?”
“ほぇ? っっ……ほ、本当!? もうっ、それなら早く教えてくれても! んんっ。な、なのは、こんにちゅ、わっ! ……いたひ”
「……何、この萌えっ子。くっ、これがフェイトちゃんの女子力だというの!?」
慌て過ぎて舌を噛み、涙目になるフェイトちゃんを見て私は驚愕してしまった。
な、なんて破壊力。別段、少女好きというわけでもないこの私を思わずきゅんとさせるとはっ。そして、これを狙ってではなく天然でやっていることが恐ろしい。多分、これが未来で全くモテない私と一人で街を歩けば、毎回のように声を掛けられるフェイトちゃんとの違いなのだろう。
この頃からこんなにレベルの差があったとはっ……ちくせう。
“ア、アルフ! 今の所はちゃんと消しといてね!”
“ああ、了解了解。なのはにはちゃんと消してから送るから安心していいよ”
恥ずかしそうに顔を赤らめ、上目遣いでフェイトちゃんはアルフさんに懇願している。だがしかし、残念ながらそのまま送られています。うん、どんまい、フェイトちゃん。あとアルフさん、グッジョブ。
“リンディ提督やクロノ達が凄く良くしてくれていて、あと私の保護監察官の人も――――”
気を取り直してTAKE2をした後は漸く慣れたのか、フェイトちゃんはすらすらと自分の近況を話してくれる。その顔を時折笑みを浮かべているので、私としてもほっと安心できた。まぁ、元々リンディさんやクロノ君達が悪い扱いをするなんて微塵も考えてはいなかったんだけどね。
“それでね、母さんもなのはの料理を褒めてたんだ。“ふん、脳筋のくせに料理はまぁまぁ出来るみたいね”だって。ノウキンって言葉の意味はよくわからなかったけど、きっと母さんもなのはのことを褒めてるんだと思う。なんだか私も嬉しかったな”
「……どうポジティブに受けとっても、脳筋は褒め言葉じゃないよね。今度、正しい意味をフェイトちゃんに教えなくちゃいけないかな、うん」
あのツンツンお色気ババアめ、人がいない所で好き勝手言っているみたいだ。これは今度会ったら、ちょっとだけ話し合いをしないとダメかもしれないね。あのボケた頭にスターライトブレーカーを三発くらい撃てば少しは改善……って、今はそんなことを考えてる場合じゃなかった。フェイトちゃんの方に集中しないと。
“それと前になのはが前に言ってた“押して押して引いてみる作戦”は只今実行中です。一応、今日で三日目なんだけど……ほんの少しだけ効果があったみたい。クロノ達から聞いた話だと、なんか母さんがそわそわしているんだって”
「ふっ、計画通りなの」
作戦の確かな手ごたえを感じ、私はにやりと厭らしい笑みを浮かべる。
プレシアさんのような微ツンデレの攻略法は実は簡単なのだ。あっちがツンならこっちもツンを出してやればいい、ただそれだけなのだから。
すると、ん、今日はどうしたのかしら? →私、何かしたっけ? →ま、まさか嫌われた!? →も、もう少し素直にならないとダメなのね→べ、別に寂しかったってわけじゃないんだからね! →そして、伝説へ、となる。
うん、なんて見事な勝利への方程式、私ってば天才かもしれない。
“それじゃ、今回はこのくらいでお終いです。最後に……え、えっと、なのはからのお返事を待ってます。あっ、でも、忙しかったら急がなくてもいいからね? その、なのはにも用事だってあるだろうし、時間がある時とか暇な時とかでいいから……だけど――――”
そんな風に私が自画自賛をしていると、残り時間が少なくなっていた。どうやらもうお終いのようだ。そのことを私が少し残念に思っていると、両手の指先を軽く合わせながらフェイトちゃんは最後の言葉を紡ぐ。
“その、出来るだけ早くなのはのお返事が貰えると……嬉しい、です”
はにかみながら手を振っているフェイトちゃんの姿を最後に映像は終了した。
青く染まったテレビの画面を暫しの間眺め、私はぽつりと呟く。
「……うん。すぐに送るから待っててね、フェイトちゃん!」
よし、出来るだけ早く返事を送ろう。
そう心に決めた私は、とりあえず夕飯を食べる前にビデオカメラを確認しようと立ちあがった。しかしその途中、目下の最重要案件に気がついてしまう。
「あれ? 家のビデオカメラって確か去年壊れなかったっけ……?」
どうやら、私のお年玉貯金の命は風前の灯のようだ。
私の名前は高町 なのは。
極々、平凡で普通の空を飛ぶことが趣味な女の子です。
えっ? 空を飛ぶのは普通じゃないぞ? ふふん、実はそれがそうでもないの。地球でも海辺の都会に行けば、飛行できる人は一杯いるもん! ほら言うじゃない?
……ごめん、自分で言っててこれはないなって素直に思った。
「はじめまして。私、八神 はやていいます」
「はじめまして、高町 なのはです。よろしくね、はやてちゃん!」
「うんっ。よろしゅうな、なのはちゃん!」
私とはやてちゃんはお互いに自己紹介をした後、頬笑みながら握手を交わす。
正直、予想外のエンカウントに始めはどきりとさせられたものの、特に緊張もすることもなく自然な感じで自己紹介が出来たと思う。伊達に年齢を重ねてはいないってことだね、うん。自分で言っててちょっぴり悲しいけど、その辺は気にしない。
「この子らは私の大事な家族達や。ほら、皆も自分で自己紹介してな?」
「はい、初めまして。主はや……んんっ、はやてさんの親戚のシグナムです」
「同じく親戚のシャマルで~す」
「……ヴィータ」
はやてちゃんに促されて自己紹介をしてくれるのは、凛々しく頭を下げるシグナムさんとほんわか笑顔のシャマルさん。そして、仏頂面のヴィータちゃんの三人。流石にザフィーラは犬モード中なので、自己紹介はしないみたいだ。
久しぶりに会えたことを嬉しく感じつつも、どこか距離のある感じに少しだけショックを受ける。どうやら私は警戒されているらしい。はやてちゃんは全然そんなこと様子はないんだけど、他の皆の私やユーノ君を見る目は少しだけ鋭かった。
まぁ、多分まだ平和な生活に慣れていない所為だとは思うんだけど……もしかしたら、私が魔力を持ってるからかもしれない。レイジングハートを服の中にしまっておいて心底良かったと思う。そんな内心を隠しながら、私はそれぞれに笑顔で応対してぺこりと頭を下げておく。
前にも言ったと思うけど、第一印象っていうのはもの凄く大事。これからのことを考えれば印象は悪くない方が良いに決まっている……んだけど、やっぱり気になることもある。
「えっと、そんなに睨まないで貰えると嬉しい、かな?」
「別に睨んでね―です。元々こういう目付きなんです」
半目で睨んで来るヴィータちゃんに話しかけると、どこか懐かしい言葉が返ってきた。昔にもやった同じようなやり取りを思い出して、私は少し苦笑を浮かべた。
そういえば最初の頃のヴィータちゃんって、こんな感じだったよね。内と外で壁があるって感じ。ま、それを言えば他の面々もそうなんだけど。でも、折角こうして何のしがらみもなく会えたんだし、仲良くなりたいって思うのが人情だ。というわけで……むにむに。
「おお~! 思った以上のもちもち感~! 止められないし、止まらないっ!」
「ふぉい! ふぉら! ひゃめろ!」
とりあえずヴィータちゃんの柔らかいほっぺで、遊んでみることに。
二十年後も変わらない、このもちもちのお肌は綺麗で非常に柔らかくて、実に憎ら……げふんげふん、妬ましい(あれ? あまり意味が変わってない?)。
大体、このきめの細かさをお手入れしないでいつまでも維持できるとか、それなんてチート? 正直、全世界の女子に喧嘩を売っていると言っても過言ではないと思う。私も肌年齢若いですね~と言われたことはあるけど、それには汗と涙なしでは語れない日頃の努力的なものがあったからこそだっていうのに……あー、何か無性にムカついてきた。タテタテヨコヨコ、マルカイテチョン。
「テメェ、いきなりなにすんだ!」
「ふふん。恨むんなら、私じゃなくて自分のもち肌を恨むんだね!」
「わけわかんねぇよ! こんの、お返しだ!」
うん、自分でもわけがわからない。けど、もちもち肌のヴィータちゃんが悪いのであって私は悪くない。こういうじゃれ合いが出来るのがヴィータちゃんとヴィヴィオくらいだから、テンションが上がったっていう理由がないわけじゃないけど……私は悪くない、多分。
それから少しの間だけ私達はほっぺの引っ張り合いっこ続けた。傍から見れば完全に子供の喧嘩のように見えたと思う。流石に何やら生温かい視線を感じ始めた後は自然と二人で同時に手を離した。
若干頬が二人とも赤くなっていたのは、まぁ御愛嬌の一つだ。ちなみにお前は一体何歳だよっていう突っ込みは一切受け付けていない。
「おっほん。そういえばまだ紹介が終わってなかったよね。はやてちゃん、その子のお名前を教えてくれる?」
「ふふっ、そやったね。最後にこの子がザフィーラって、ゆうんよ」
照れ臭い空気を払うように咳払いをしてみたけれど、あまり効果は無し。はやてちゃんにも微笑ましそうな顔を向けられてしまったし、うん、ちょっとだけ反省しよう。なんてことを考えつつ、私はとりあえず犬形態のザフィーラを撫でておく。
えっ? お前、反省してないだろう? ふふん、寧ろこんなときだからこそ、ペットの癒しを求めるのが人間というものなの。大体、最近はユーノ君も殆ど人間形態だから、私のアニマル分が全然足りていないのだ。
それにね、男性形態のマッスルザフィーラに触れようとは微塵も思わないけど、犬形態なら話は別ものだと思う。この艶のある蒼い毛並みは非常に癖になる手触りだし、これで二時間くらい時間を潰せと言われても私なら出来る自信があるっ。
「わん!」
「あはっ、よろしくね。うん、やっぱりワンちゃんは大型犬に限るよねー」
『ぷっ』
久々にモフモフ出来て機嫌が良かった私がザフィーラを褒めると、ヴィータちゃん達が一斉に噴き出した。いやまぁ、本当は狼だっていうのは私も知ってはいるんだけどね。でも、わん! って鳴かれたら、それはもうワンちゃんとしか言いようがないわけで。
「ぷっくく……お、おい。ザフィーラの奴、ワンちゃんだってよ」
「ば、馬鹿、笑うな。こういう時は流してやるのが一番……くくっ」
「ふふっ、そういうシグナムも笑ってるじゃない」
「……………………」
ザフィーラが心なしか沈んでいるように見えるけど、そこはスル―の方向で。
どうせ機動六課が出来たら完全に犬扱いされてしまうんだし、今の内から慣れていた方が正解だ。狼の威厳? ふふっ、人間にご飯を貰っている時点でそんなのは木っ端だと思うよ。
「でも、ユーノ君も酷いよねー。はやてちゃんと仲良くなったのなら、もっと早く教えてくれれば良かったのにー」
「せやねー。ホームステイしてるって話は聞いてたけど、同じ歳の子がいるなんて全然教えてくれんかったしー」
「い、いや、別に隠していたわけでは………………ごめんなさい」
笑ったり落ち込んだりしている騎士達を尻目に、私とはやてちゃんは今まで空気と化していたユーノ君へと話を振る。何やら言い訳をしようとしていたみたいだけど、私とはやてちゃんのじと目をダブルで受けるとすぐに撃沈。
うん、本当なら信賞必罰の対応をする所だけど、素直に謝ったから今日の夕飯のメインを奪うのは止めてあげる。
でも、ユーノ君がはやてちゃんと仲良くなってたのは完全に予想外だった。
まぁ、考えてみれば一ヶ月も図書館に行ってたんだから可能性としては、大いにあり得たわけなんだけど……うむむ。
「確かユーノ君とは図書館で会ったんだよね? はやてちゃんはよく図書館に行くの?」
「ん、そやね。結構な頻度で行っとるかなぁ。なのはちゃんは行ったりせえへんの?」
「にゃはは、残念ながら活字は私の管轄外なの。ゲームと漫画ならウエルカムなんだけどね。あっ、でもでも、恋愛小説とかなら読んでるよ。本が好きな友達に偶に借りたりしてるんだ」
はやてちゃんと笑顔で話をしながら、私は暫し思いを巡らせる。
ここだけの話、闇の書事件自体の解決はそんなに難しいことではないと考えている。
元々、一度経験している事件なわけだし。あの時の流れに沿って事件を進めて最終的に防衛プログラムを皆で倒せば解決なのだから、簡単ではないけれど不可能ではない。勿論、不測の事態とかもあるだろうけど、この前のPT事件の時のことを思えば闇の書事件もそこまで大きな差異はないだろう予測できる。
――――リインフォースさんが助からないという結末を容認すれば、だけど。
「白いカチューシャをつけてる紫色の髪のお淑やか系な女の子なんだけど、図書館で見たことないかな? 結構、図書館に行ってるって話を聞いたことがあるんだけど……」
「白いカチューシャの紫色の髪……ああっ。私、その子なら見たことあるよ! 多分、何度か話しかけようかと思ってた子や!」
――――あの決して忘れることのできない雪の降るクリスマスの日。
私は泣いて止めるはやてちゃんと笑って消えていくあの人の姿を、ただ見ていることしか出来なかった。
魔法が万能じゃないってことはわかっていた。
自分が神様じゃないってこともわかっていた。
だけど、やっぱりあの時、私は悔しさを感じていたんだ。
悲しいとも寂しいとも思ったけど、それよりも自分の無力さを強く感じていたんだ。折角、皆笑顔で終われると思ったのに、最後の最後であの人だけ掌から零れ落ちてしまったから。
今にして思えば、あの日はある意味で私にとっての一つの岐路でもあったと思う。あの事件の後、私はただの一般魔道師ではなくて、管理局員となると心に決めたのだから。
「うん。多分、その子。凄く本が好きな子だから、はやてちゃんとも話が合うんじゃないかな? 私やもう一人の友達だとあんまりディープなお話はついて行けないし」
「う~ん、なら今度話しかけてみるのもええかなぁ。今まで中々機会もなかったし……」
ちらりと一瞬だけ自分の手へと視線を落とす。
白くて小さい、ぷにぷにした女の子の手。
刻んだ修練の跡もなく、重ねた鍛練の痕も残っていない、綺麗で未熟な私の手。
でも、今の私の手はあの時よりも少しだけ大きくなっているはずだ。今なら昔に零してしまったモノを拾い上げることができるくらいの手にはなっているはずだ。
――――だから、あの悲しい結末をなんとか変えてみせる。
まだリインフォースさんを救う具体的な手段は何も思い付かないけれど、色々と問題は山積みだけれど……どうにかしてみせようじゃない。
「ところでなぁ、なのはちゃん。もしかして今日はユーノ君とデートしてたん? おねーさん、その辺がちょーと気になってるんやけど?」
「あははっ。残念だけどデートじゃないよ。今日は偶々二人とも何の予定もなかったから、私が街案内をしてあげただけだもん。ね、ユーノ君?」
「は、はい」
今度こそ皆笑顔でクリスマスを祝えるように。私の描く理想のハッピーエンドのために。また色々と頑張っていこう。勿論、私一人じゃ無理だから、皆にも協力して貰うつもりだけどね。
そんな誓いを胸に秘め、私ははやてちゃんとの会話へと意識を向ける。
とりあえずは八神家の皆と仲良くなるのが先決だ。変に余所余所しくされるのはやっぱり精神的にショックだし。
「そう、だよね。街案内だよね。あは、あはは……」
「??? あれ? なんでユーノ君は落ち込んでるの?」
「……うん、色々把握したよ。そしてユーノ君、どんまいや」
その後、ヴィータちゃん達も交えて私達は夕飯の時間ギリギリまで談笑していた。何故か落ち込んでいたユーノ君ははやてちゃんに何か言われて元気を取り戻したようなので、特に問題はないようだ。
色々と話をしたお陰なのか、終わり頃にはヴィータちゃん達の警戒心も大分薄くなっていた。後日、はやてちゃんの家に遊びに行くと約束をして私達は解散することとなる。
「それじゃ、二人ともまたなー!」
「高町なにょ、なにゅ……くそっ、言い難いな。高町なんとか! おみあげ忘れんなよ!」
「だから、な・の・はだってば! ばいば~い!」
別れる際に私が大きく手を振ると、はやてちゃんだけじゃなくヴィータちゃんも笑顔で手を振り返してくれた。どうやら手土産にアイスを持っていくと言ったことがかなり効果的だったみたい。内心でヴィータちゃんって意外とチョロいなぁなんて思って、私は自分の穢れっぷりに軽く自己嫌悪。やっぱり大人なると少しくらい汚れちゃうのが普通だよね、うん。
それにしても“なのは”ってそんなに言い難いかなぁ……。
そんな想定外だった八神家との邂逅も無事に終わって、夕飯とお風呂を済ませた午後九時過ぎ。私は自分の部屋にユーノ君を招いていた。無論、男女の戯れをするわけではなく、闇の書事件への布石を少しだけ打っておくためである。
「魔法の歴史、ですか?」
「うん。よくよく考えてみたら私ってその辺のことって全然知らないし、ユーノ君って学者さんでしょ? 良かったら少し教えてくれないかなーなんて思ったんだけど……いいかな?」
「あー。そう言えばなのはさんってちゃんと座学ってやってなかった、というか必要性を一切感じなかったですもんね――――わかりました。僕が知っている範囲で良ければ教えますね」
「ユーノ先生、よろしくお願いします」
まず初めに私は魔法の歴史のことについてユーノ君に聞いてみた。
無論、魔法の歴史とかは考古学者さんでもあるユーノ君にとって専門分野だ。何故か始めは少しだけ遠い目をしていたけれど、普段の雑談の時よりも数段目をキラキラさせて話をしてくれる。
どうやら私が歴史について興味を持ったのが嬉しかったみたいでテンションがいつもよりも高めのようだ。言うなればそう、昔お兄ちゃんに盆栽の話を聞いた時の様な感じ。もしかしなくても、男の人は自分の趣味とかを話すのが好きなのかもしれない。確か合コンのHow to本にもそんなことが書いてあった覚えもある。
えっ? お前、そんな本を読んだのかよって? ……本を読むことは人生を豊かにする上でとても重要なことだと思うの。そもそも、書物を読むということは先人達が辛苦して成し遂げたことを容易に自分の内へと取り入れて、自己改善をする最良の方法なのだ。だから、別に合コンに誘われた時に失敗しないようにこっそり読んでいたわけではない。読んでいたわけではない。大事なことなので二回言っておく。
「――――それで古代ベルカの時代にベルカ式という魔法形態が出てきます」
「ん? ベルカ式って?」
「ベルカ式は僕達の使う魔法とは別の魔法形態の一つですね。勿論、今でも使っている人が全くいないわけではありませんが、その数は余り多くはありません」
ユーノ先生の講義を聞くこと早二時間弱。正直そろそろダレてきて、話題をミスったかなぁなんて思っていた時にそれはやってきた。長々と話された歴史の中でちらりとだけ出てきたベルカの話。完全なミッド式の魔道師である私にとっても割と馴染み深い話題であり、私が待ち望んでいた話題でもある。
「ねぇ、ユーノ君。私、そのベルカ式っていうの少し詳しく教えて欲しいな」
「わかりました。そもそも古代ベルカの時代には幾人もの王達が――――」
知らない魔法。知らない術式。そんな話を聞かされて二ヶ月前に魔法を齧ったばかり新米? 魔法少女は普通食いつかないだろうか、いや食いつく。……食いついても別に何もおかしくない、はずだ、多分。
「ねぇ、ベルカ式の術式とかってユーノ君もレイジングハートも詳しくは知らないんだよね?」
「残念ながらそうですね。僕もレイジングハートも完全にミッドチルダ式ですから」
“……お役に立てず、申し訳ありません”
「ううん、気にしないで。ちょっとだけ、そのカートリッジシステムっていうのに興味が湧いただけだから」
これで私がカートリッジシステムのことを知っていても、問題なくなった。
できれば闇の書事件が始まる前にはレイジングハートにもカートリッジを付けたいのだけど、やっぱり難しいよねぇ。
昔は何も知らなかったからわからなかったけど、デバイスの修理とか改造って凄くお金が掛かる。それこそ、私の一ヶ月のお給料が余裕で吹っ飛んじゃうくらいの費用が掛かる。そして、当然そんなお金を私は持っていません。うん、よくよく考えても昔の私は恵まれてたんだね、インテリジェントデバイスの改造がタダって普通におかしいもん。
まぁ、多分費用はリンディさん辺りが経費で落とし……あれ? 嘱託だったフェイトちゃんはともかく、私は局員でもなかったのに経費って落ちる? もしかしなくてもリンディさんのポケットマネーだったり? やばい、今更ながら気付かない方が良かった真実に気付いてしまった気がする。
「まぁ来月になれば僕は向こうに戻ることになりますし、良かったらベルカ式のことを調べて来ましょうか? 管理局の本局にある無限書庫になら、詳しい資料とかもあると思いますけど」
「本局? ……ああ、フェイトちゃんの裁判関連で行くんだったっけ?」
内心の動揺を隠しつつ、ユーノ君との話に意識を集中させた。
子供の頃からお金の考えるのはあまり良くないもんね、うんうん。ちょっとだけ嫌な汗が出たけど、今は無視しておこう。
話を聞いた通り、ユーノ君が本局に行くのは今からちょうど一ヶ月後だ。小学生には補習なんてモノもないから、私も上手い具合に夏休みに入っている頃だろう。んーあれ? ということは私もついて行くってことも出来るってことになるよね。
「う~ん、この際だから私も異世界デビューしちゃおうかな?」
「異世界デビュー、ですか?」
「うん。一度ミッドチルダには行ってみたかったし、一ヶ月後なら丁度学校も夏休みに入ってるもん。それに上手くいけばフェイトちゃんにも会えるかもしれないし……」
ただの思い付きではあったけど、よく考えてみると結構アリかもしれない。
本局にはリンディさんに管理局のお仕事を見学したいですって言えば、何とかなりそうだし。お父さん達の説得とアリサちゃん達への言い訳はちょっと難易度が高いけど、社会勉強とユーノ君を返しに行ったってことにすれば言い訳は立つと思う。
それにサプライズでフェイトちゃんに会いに行くのも面白そうだし……うん、やっぱり夏休みは異世界旅行に決定だね。
って、ちょっと待って。今、冷静になって考えて見たんだけど、ミッドに行くってことは――――ミっくんに会えるんだぜ、ひゃっほい。
「うふっ、うふふふふっ」
やばい、思わず笑い声が口から洩れてしまった。頬の緩みも何故か治らない。
でもでも、私がミッドで偶然ミっくんと遭遇しちゃっても何もおかしくはないよね? ミッドは広いようで狭いもん。偶々、道に迷って住宅街の方に行ってミっくん(幼)にエンカウントしちゃっても何もおかしくないよね? ついでにその過程で私が親御さんに気に入られても何もおかしくないはずだ(願望)。
「な、なのはさんの目がキラキラしてる!?」
“ああ、またマスターが何やら邪なことを考えている気が……”
隣で二人が何やら言っているようだけど、私の耳には届かない。
私の意識は既に遠いミッドの地へ跳んで行ってしまっているのだから。
こうして、私の大いなる陰謀は始まっていく、はずである。