それはちょっと過去の未来の話。
久々に休みを取り、実家に帰って来た私がお姉ちゃんと二人で飲むことになった時のこと。私達は下らない話や愚痴なんかを言い合いつつ、向こうではあまり飲めない日本酒を飲んでいた。
喉にかぁぁと来る辛さと喉越しの爽やかさに思わず笑みを零しながらこんなお酒を作った日本人は偉大だなぁなんて確認しつつ、少し赤くなった顔のまま私はお姉ちゃんへと話しかける。
「ねぇ、おね~ちゃん」
「ん、なにー?」
「
「JK? んー、そうかな?」
赤くなっている私に比べ、お姉ちゃんの顔色は殆ど変っていなかった。だけど、声のトーンがいつもよりも明るいので酔っていないわけではなさそうだ。まぁ二人でもう三升くらい空けているんだし、そうでなければおかしいとも思う。
「でも、ほら。JKって不思議とキラキラしててさ、何かそれだけモテそうな気がしない?」
「ああ~、それは確かに。丁度そのくらいから綺麗になる子って多いもんね~」
「うん! うん!」
「あとは、制服っていうのもポイント高いかもね~。ほら、男の人ってそういうの好きらしいし」
「だよね! だよね!」
二人でうんうんと頷き合う私達。
酔いの所為かはわからないけど、その後もJKの魅力について熱く語っていく。
ミニスカで黒ソックスは譲れない、とか。セーラとブレザーはどっちがいい、とか。何かちょっとエッチな感じがするよね、とか。そんなことを一頻り話し込んだ後、グラスの中のお酒を一気に飲み干して、二人で同時に笑った。
「ま、私ってば中卒なんですけどね……ふふふっ」
「ま、もう二十年くらい前の話だけどね……ふふふっ」
『ふふっ、ふははははっ!!』
しかも、何故か大爆笑。
単なるつまらない自虐ネタだけど、不思議と私達のツボに入ってしまった。
だがしかし、時刻は深夜一時過ぎである。当然、そんな風に騒いでいると……。
「二人とも、少し煩いわよ?」
『はぁ~い……』
お母さんに注意されます☆
この時、私、二十六歳。お姉ちゃん、三十四歳。
私達の春は果てしなく遠かった……。
私の名前は高町 なのは。
成績優秀、健康優良、家族想いなまじめで明るい子……なーんて巷で真しやかに言われている女の子です。日々のトレーニングはやっているものの、魔法少女は絶賛お休み中なので今はただの一学生のご身分。あっ、ちなみに左利きです。
はやてちゃん達と邂逅したあの日から、幾日か時が過ぎた今日この頃。
じとじととした梅雨と必死で格闘しながら、私は今日も学校生活を頑張っていた。
正直、この生活にも大分馴染んできていると思う。もう自分が小学生であるのが当たり前のような気にもなっているし、傍から見ても殆ど違和感はないはずだ。
とまぁ、そんなこんなで本日は週の真ん中水曜日。真ん中モッコリな気分で行かなければいけないとわかってはいつつも、絶賛気だるいぞオーラ全開で私は授業を受けていた。
普段は勢いよく跳ねている自慢の我が
「さて、皆さんはちょっとした買い物などでコンビニをよく利用すると思いますが――――」
ただでさえテンションが低めだというのに、梅雨時のこのじめじめ感は最早拷問レベル。
確かに日本の四季が美しいっていうのは私も認める所ではある。春には春の、夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の良い所があるっていうのもよく知っている。
だけどさ、この湿気だけはもう少しどうにかならないのかな。多分、ミッドでの暮らしが染みついてしまっている所為だとは思うけど、何か体力とか気力とかがガリガリ削られていく気がするよ。
「私も学生の頃は、立ち読みなどをしによく――――」
淡々と進む授業を半ば聞き流しながら、外を眺めて小さく溜め息を吐いた。
午前中で雨自体は上がったとはいえ、未だどんよりと暗い灰色の雲が空全体を覆っていた。それを見るとさらに気が滅入ってくる。今の私は完全に電池切れのガス欠状態。やる気スイッチ? そんなものは要らないから、早く私にミっくん成分を! 猛烈なまでのミっくん成分をっ! あの癒しである優しげな笑顔を私にくださいっ。いや、寧ろ本人を私の嫁……んんっ、夫にくださいっ。
「――――というわけで、コンビニのタルタルソースは一緒にチンしてはいけないのです!」
何やら先生の熱弁が聞こえた様な気もするけど、残念ながら私のメモリーには残らない。
今の私はアクセル全開で走り続けてエンストした車のようなもの、所謂一つのバーンアウト・シンドロームという奴である。もうね、あれだよ。純粋に癒しが欲しい、です。
こんなに私が疲れている理由は凄く簡単なことで、昨日の夜にお父さん達と夏休みのミッド行きについて話をしたからである。
まぁ、元々すんなり話が通るとは思っていなかったけれど、思いの外反対が強かったのだ。味方をしてくれたのはお母さんだけであとは全員危ないからダメの一点張り。流石に保護者なしで一人旅行というのは不味かったらしい。一応ユーノ君もいるけど、私と同じ年だから保護者にはならないもんね。
それで結局は夏休みに宿題もなく、期間が長い大学生のお兄ちゃんが私と一緒にミッドに行くことでなんとか許可は下りた。でも、それだと“ドキッ☆ミっくんのお家へ突撃訪問”ができないっていう。私のテンションが下がってしまうのも無理からぬ話である。
とは言え、こうして嘆いていてもどうしようもないことだ。基本プラス思考でいくのが私のポリシーでもあるし、知らない街で“偶々”迷子になってしまっても仕方がないことだと思う。そう、仕方がないよね、にやり。
とまぁ、腹黒い考えは一旦置いておいて。時間もあるし、今は少しだけ闇の書事件について考えてみようと思う。
「――――――――――」
前にも言ったかもしれないけど、私の目標はリインフォースさんを生存させての闇の書事件の解決。当然、難易度はかなり高め。しかし、やると決めたらやるのだ。一度決めたことを簡単に曲げるつもりは私には毛頭ない。
問題なのは、闇の書事件で私に出来ることなんて防衛プログラムをやっつけること以外は殆どないということ。そもそも、デバイスマスターでもない私は当然デバイスについては専門外だ。知識自体は教導隊で色んなデバイス装備の実験に付き合ったことがあるので、それなりにあるけれどアレはただのデバイスじゃなくてロストロギア。個人でどうこうできるようなものではない。
あとは私も蒐集を手伝うっていう手段もあるにはあるけど、既に管理局との繋がりがある私はシグナムさん達からすれば敵側なわけだし、いきなり実は闇の書が壊れているんですよ! なんて言っても信じて貰えるとは思えない。
いっその事、クロノ君達にはやてちゃんが闇の書の主であることを伝えるという手も考えてはみた。現状、何も事件を起こしていないので主であるはやてちゃんに罪は何もないし、夜天の書のバグ(防衛プログラムと無限再生機能)も管理局の施設で時間をかけて調査すれば、可能性はほぼゼロに近いけれど治すことだって絶対に不可能というないわけではないと思う。
まぁ、多分保護という形になるだろうからはやてちゃんがこの街に居れなくなるし、守護騎士達の平穏な時間も終わってしまうことになっちゃうけど……。
「――――では、皆にも最近買ったものを聞いてみようかな?」
ただ、私個人の意見を言わせて貰うならば、はやてちゃん達を今はそっとしておいてあげたいんだよね。勿論、はやてちゃんを今すぐ保護するのが正しい行動だってことは私にもわかってはいるんだけどさ。でも、先日見た限りだとまだ皆どこかぎこちない雰囲気だったし、はやてちゃん達が本当の意味で家族の絆を結ぶためには触れ合いの時間がまだまだ足りてないとも思う。
少なくても、私はそんな時間を邪魔したくないし壊したくない。これまでの守護騎士達の生活や扱いの話を本人達から聞いたことがある分、余計にそう思ってしまう。
「…………………はぁ」
深い、深い溜め息が漏れた。
やっぱりこういう考えることって、私には向いていないみたいだ。うん、私に参謀役とかって絶対に無理だと思う。客観的な意見よりも主観な意見を優先する参謀なんてダメダメだもんね。
結局、私は戦術を覆すエースにはなれても戦略を立てる指揮官になれないってことなんだろうなぁ。
所詮は一戦闘員が私の天井で限界。しかし、我ながらよくこんな考え方で二十年も局員をやれていたなと心底思う。いや、寧ろ局員じゃなくなったからこそ、こんな考え方をしているのかもしれないけれど。
それにしても参謀役、か。私にもそんな人が居れば、上手く物事を進めていけるかもしれない。客観的な意見が言えて、頭が良くて、管理局員以外の出来れば私と少し距離の離れている人。脳内で当てはまる人物を検索してみる。何人かの候補が上がって、却下された。そして……。
「――――あっ」
いた。一人だけ条件に当てはまる人がいた。
私よりも頭が良くて、私よりもロストロギアにも詳しくて。私と特別仲が良いわけじゃないから、遠慮せずに物事をはっきり言える管理局員じゃない人物。
きっとあの人なら十二分に参謀役を任せられると思う。そう、あの人。
「それじゃあ、次は高町さん」
「はい、チーカマとゼク○ィです」
「そ、そう。私、何だか高町さんとは仲良くなれそうな気がするわ」
――――プレシアさんなら。
問題は私に彼女が協力してくれるかどうかだけど……多分なんとかなる、といいな。いや、口喧嘩くらいはするかもしれないけど、頭を下げて頼めば何とかなりそうな気がしないでもない。まぁ、駄目な時は駄目な時で、また違う方法を考えれば良いだけのことだしね。
そう一旦結論をつけて、私は席へと座る。
何か変なことを言ったような気もするけど、気にしたら負けだね!
本日の授業も終わって夕方。
バイオリンのお稽古に向かったアリサちゃん達と笑顔で別れて、帰宅した私はリビングでまったりと寛いでいた。一応、お店の方の手伝いをしようと翠屋の方に帰り道に寄ってみたけれど、今日は人も足りているので不要とのこと。つまり今、私は大変暇なのである。
ちなみにユーノ君はまた図書館に行っているみたいで、家にはいないようだ。
ここだけの話。ユーノ君ははやてちゃんに気があるのではないかなとちょっとだけ邪推していたり。
だって、ほぼ毎日のように図書館に通っているのっておかしくない? 幾ら本好きとはいえ、毎日行けば普通は飽きるんじゃないかと思うし……だけど、好きな子に会いに行っているのだと思えば納得もできる。
まぁ、中身年上のお姉さん的には、ユーノ君の恋を陰ながら応援してあげよーかななんて思っています。身近な人達の恋愛って見てて楽しいしね!
「んー、やっぱり煎餅といえばこの固さが売りだよね~」
少しだけ小腹が空いたので、テーブルの上に置いてあった煎餅をポリポリと齧る。ちょっと固めの醤油味の煎餅は、煎れたての温かい緑茶との相性が抜群だ。
バリバリと煎餅を食べながらずずず~っと緑茶を飲んでると、なんか自分も日本人なんだなぁって強く感じる。ケーキに紅茶もいいけど、偶にはこういうのも良い。
「……だけど、濡れ煎餅はこの世から消えればいいと思うよ、割とマジで」
ほんわかした気分から一転、今度は先日食べたあの忌まわしき塊のことを思い出してしまった。今まで何度も食べて、その度に裏切られてきた憎き食べ物――濡れ煎餅。ああ、思い返すだけで自然と腹が立ってきた。
えっ? そんなに言うのなら食べなければいいんじゃないか? 確かにそれはその通りなんだけど、やっぱり名物とか言われると食べなくちゃって思うでしょ? 人気があるってことはそれだけ好きな人も多いわけで……この前のがダメなだけで、今度のは美味しいのかもって期待しちゃうのが人情ってものじゃない。
だけど、もう私は決めました。今後一切濡れ煎餅は食べません。例え私がおばあちゃんになっても絶対にアレだけは食べてあげないんだからね。大体、あれは煎餅という食べ物を侮辱しているよ。あの歯に付いた時の何とも言えない感触とか、噛みたいのに噛み切れない歯痒とか、歯に詰まった時の悔しさとかさ。どこか昔、罰ゲームで食べたジンギ○カンキャラメルに近い何かを私は感じたね。
「ふぅ……うん、おいしい」
そんなことを思いつつ、私がお茶を飲みながらぼんやりとテレビを眺めると古臭い時代劇の再放送が流れていた。かなり昔の作品なので、当然映像の画質も良くはないし、道とか建物とかも使い回しが多いし、ストーリーもテンプレばかり。
だけど、その古臭さが逆に良いところだと私は思う。勧善懲悪モノで一話完結だから、何話から見ても話がわからないということもないしね。
それにしてもこれが“わびさび”と言う奴なのだろうか。本来の質素な姿や古く残されたものが内側に持っている本質的な良さや美しさ。それこそが“わびさび”。私自身もイマイチ分かっていないんだけど、まぁそんな感じでいいや。一言で言うとアレだね、お茶と煎餅と時代劇の相性は最高だねってことで。
「――――あらら、もう空っぽになっちゃった」
いつの間にか湯呑みが空になったので、また新たにお茶を入れることにする。
一応、湯呑みを温めて~とか正しい入れ方は知っているけど、今はやるつもりはない。自分だけしか飲まないのに、作法とか一々面倒臭いし。あっ、そう言えば縁側にお兄ちゃんもいるんだっけ?
「おにーちゃん、お茶入れるけど飲むー?」
少し声を張り上げて私がそう尋ねると頼むという言葉が返ってきたので、私の分のついでにお兄ちゃんの分も入れてあげることにする。
数枚の煎餅と湯呑みを乗せたお盆を持って縁側へと向かうと、剪定鋏を片手にお兄ちゃんは趣味である盆栽のお手入れしているようだった。
「お兄ちゃん、ここに置いておくね。また盆栽のお世話をしてるの?」
「ああ、ありがとう。最近、どうも盆蔵の元気がないみたいなんだ」
「盆蔵って、名前あったんだ……。あっ、お兄ちゃんも煎餅いる?」
「そうだな。それじゃ、ひとつ頂くよ」
兄の意外なネーミングセンスの無さに軽く絶望しながら、縁側に腰かけた私は入れ立てのお茶をごくり。その後すぐさまお煎餅へと手を伸ばします。今度は胡麻煎にしよう。
お兄ちゃんも一旦作業を止めて、私の隣に腰かけながら煎餅に手を伸ばしていた。塩煎とは中々のチョイスだ。
『――――ふぅ……』
二人並んで煎餅を食べて、お茶を飲んでほっと息を吐く。
微妙に動きがシンクロしているのはやっぱり兄妹だからだろうか。そして、特に会話もすることなく無言のままぼーと盆栽を眺めた。
すると不思議なことに、今まで同じように見えていた盆栽が全く別のモノのように見えてくる。例えば……。
「あの、右から二番目の子ってなんか可愛いね。もしかして女の子だったり?」
「それは盆子だな。少し丸みを持った枝の感じがチャームポイントなんだ」
「ふむふむ。んー、真ん中の子は何かシャンとしているっていうか、何だか芯がある感じだね。こう、力強さみたいなのが伝わってくる気がする」
「ほう、なのはは中々見る目があるな。それは盆松と言って――――」
盆栽の話を聞いてくれるのが嬉しいのか。普段はどちらかと言えば寡黙なお兄ちゃんが妙に饒舌だった。私も特に用事もないので、ふむふむと頷きながら話を聞いていく。
「確か盆栽って評定会とかもあるんだよね? お兄ちゃんは自分の盆栽を出そうとか思わないの?」
「ううむ。確かにプロに自分の育てた子を見て貰いたいとは思うんだが……」
「だが?」
「――――どれも皆、俺の可愛い子達なんだ。この中から一つに絞るなんて、俺には出来ない……!」
「にゃはは、お兄ちゃんって将来親馬鹿になりそうだね」
何やら拳を握りしめて葛藤しているお兄ちゃんを見て、私は苦笑いしか浮かんでこない。
実際に未来のお兄ちゃんは隠れ親馬鹿だったしね。いつもは素っ気ない感じなのに、こっそり子供達の写真とかを持ち歩いたりもしていたし。まぁ、本人はいつも否定していたけれど。
それからは私の学校であったことやお兄ちゃんと忍さんの進展具合なんかを話しながら、縁側で二人のんびりと過ごしていた。よくよく考えてみても、お兄ちゃんと二人だけなのって結構久しぶりな気がする。
「お兄ちゃんってほぼ毎日剣の修業をしてるけど、ちゃんと息抜きもしてるの?」
「勿論、俺だって偶には息抜きくらいちゃんとしているさ」
「へぇ、やっぱり盆栽達のお世話とか?」
「まぁ、そういう面が全くないというわけではないが……これは精神修業の一環でもあるから正確には少し違う気がするな。だから、きっと俺の息抜きは――――」
私の問いにお兄ちゃんは一度考えるような仕草をすると、首を軽く横に振った。
そして、視線を私へと向けるといつもは殆どしないどこか優しげな笑みでこう言ってくる。
「――――こうして、妹と話をしたりすることだろうな」
「…………なんという女っ誑し」
これが天然ジゴロという奴なのか。
まぁ、別に痺れもしないし憧れもしないけど、被害者の皆様には妹として深く謝罪したい。
うちの兄がギャルゲー主人公みたいな人で何か凄くごめんなさい。
「??? なのは、何か言ったか?」
「ううん、なんでもないよ。ただ、少し嬉しいなーって思っただけ。私もお兄ちゃんと話すの楽しいもん!」
「そっか……」
私の言葉に照れたのか、お兄ちゃんは少し誤魔化すように私の頭を強めに撫でてくる。男性特有の大きめで固いごつごつした手の感触は不思議な安心感があった。目を細め、私は暫し頭を撫でられ続ける。ちょっとだけ恥ずかしい気持ちもあるけど、何故か止める気にはならなかった。
そういえば、お兄ちゃんに頭を撫でられるっていつ以来になるのかな。
少なくとも、中学に上がってからはしてもらった覚えがない。いや、本格的に管理局に入ってからは休日は大体お仕事で、時間があったら親友達と遊んでいたし、家にいる時は疲れて殆ど寝ているって感じだったからお兄ちゃんとこんな時間を過ごしていたのは、私が今の年齢ぐらいの時が最後だったかもしれない。
「……なぁなのは。最近、何かあったか?」
「えっ……?」
そんなことを考えていたから余計にだろうか。
漸く手の動きを止めたお兄ちゃんのそんな何気ない一言に私は少しだけドキリとさせられた。
良い具合に油断をしていたと言ってもいいかもしれない。
「い、いきなりどうしたの?」
「いや、最近なのはの様子が少しおかしいように見えていたからな。何か悩みでもあるんじゃないかと思ったんだ」
「そう、なんだ。だけど私は大丈夫だよ? 今は特に悩み事とかってないもん」
「……そうか、何もないのなら別に良いんだ。変なことを聞いてすまなかったな」
何もないという私の言葉に完全には納得していない様子だったけれど、どうやらお兄ちゃんは深く聞くつもりはないらしい。
その気遣いをありがたく思いながらも、嘘をついていることにちょっとだけ私は罪悪感を覚えた。
本当に私の家族達は鋭い。いや鋭すぎる。でも、同時にとても優しいのだ。
――――偶にその優しさが酷く辛い時があるほどに。
「……………………」
思えば、今まで私は一体家族達にどれだけ心配をかけていたのだろうか。
そして、これから家族達にどれだけ心配をかけ続けるのだろうか。
そんな疑問がふと頭に浮かび、少しだけ居た堪れない気持ちになって私は自然と顔を下へと向ける。
「なのは?」
私が皆に愛されているって自覚は昔から凄くあった。
本当は皆止めたかっただろうに、私がやりたいって管理局の仕事をやらせてくれた。
なのに、私は皆に感謝の言葉を口にした覚えがない。本当に感謝はしていたのに、ちゃんと自分から伝えたことがない。
多分、私は今も皆に心配を掛けてしまっているのだろう。お兄ちゃんがわかったってことは、お父さん達も気づいていてもおかしくはない。
「――――ねぇ、お兄ちゃん」
「……どうした?」
少しだけ自分の声が震えているのがわかった。
だけど、私は伝えなければいけないと思う。ううん、伝えたいと強く思う。
本当の想いは言葉にしなければ、相手には伝わらないのだから。
「ありがとう、私のことを心配してくれて」
私は心からの感謝の想いを込めてお兄ちゃんにそう言った。
お兄ちゃんは一瞬だけ呆気に取られたような顔になったけれど、すぐに苦笑するともう一度私の頭を撫でてくれる。その暖かな手の温もりを感じつつ、私ももう一度目を細めて受け入れた。
――――そして、心に誓う。
頑張って、早く闇の書事件を終わらせよう、と。
それから、もっと強くなろう、と。
皆が安心できるくらいに、もっともっと私は強くなろう。
……そうすれば皆に心配をかけなくても、良くなるのだから。
多くの人々が寝静まり、月だけが優しく照らす深夜。
風が木の葉を散らす音だけが聞こえては消え、消えてはまた聞こえてくるそんな時分。
当然、眠っていた私はゆっくりと目を開けると静かにベッドから起き上がった。
「――――レイジングハート」
愛機にお仕事モードな声で話しかけ、瞬く間にバリアジャケットを身に纏う。
部屋の窓からちらりと外を眺めれば、ひと気を全く感じさせない封鎖された世界が広がっていた。明らかに周囲に結界が張られている。
「……結界の種類は?」
“対象捕縛用の封時結界のようです”
深夜の時刻に我が家の周囲に突然張られた結界。
状況は昔ヴィータちゃんに襲われた時と良く似ている。ただ、私の直勘だと犯人はヴィータちゃん達ではなく、恐らく別の人。まぁ、私がそう思いたいっていう願望が多分に含まれていることは否定できないのだけれど。
一応、ユーノ君に念話を送ってみたが、ノイズ音が聞こえるだけで応答は何も返ってこない。流石にこの状況で寝ているとか気づかないってことはないはずだから、ユーノ君は結界内にはいないのだろう。
「私以外の魔力反応は?」
“――――ここから少し離れた地点に一つあります”
少しだけの間、家の中で待ってみても残念ながら向こうからの反応は一切なし。
どうやら、私が来るのをあちらさんは待っていらっしゃるご様子。
「そこに行ってみるしかない、みたいだね」
罠という可能性もあるけど、ここにいても何も始まらない。とりあえず、話を聞いて結界を張った理由や目的を聞いてみよう。そんなことを考えながら私は家を飛び出し、魔力反応の場所へと向かった。
後になって振り返ってみれば、この時の私は少しばかり油断していたのかもしれない。いや、正確には油断や気の緩みではなく、少しばかり気負い過ぎていたとも言えるだろう。冷静になって考えれば、ユーノ君との合流を第一に考えるべきだったのに、一人で調査することにしたのだから。
――そして、その行動の対価を私は自らの身をもって支払わされることになる。
「ああ、そうだ。レイジングハート、結界の術式は何?」
“――――――ミッドチルダ式です”
~時空管理局本局、とある一室~
「フェイトー、もうそろそろ寝よー」
「えっ? あっ、もうこんな時間なんだ」
アルフにそう言われて、ペンを動かしていた手を止める。
時計を見ると入浴後に勉強を始めてもう軽く二時間は過ぎていた。どうやら、私は少しばかり集中し過ぎていたようだ。
「試験はまだまだずっと先のことなんだし、今からそんなに根を詰めなくてもいいんじゃないかい?」
「まぁ、それはそうなんだけどね」
アルフの言葉に同意しつつも、ちらりと机の上に飾られた写真へと目を向ける。
そこには満面の笑顔のなのはと涙目で照れ臭そうに笑っている私の姿が写っていた。もう大分見慣れた写真ではあるけれど、何度見ても自然と柔らかな笑みが浮かんでくる。それと同時に一つの誓いも。
「――――でも、やっぱり絶対に合格したいから」
嘱託魔導師試験。
三ヶ月後にあるこの試験に私が合格すれば裁判も短くなるし、異世界での行動がかなり自由にできるようになる。そうすれば、なのはに早く会いに行ける。
高町 なのは。私と友達になってくれた女の子。敵同士だったのに何度も助けてくれて、怒ってくれて、心配もしてくれた私の大切な人。私の狭かった世界を広げてくれた優しい私の天使様。
「……早く会いたいな」
なのはと二人で撮った写真は毎日のように眺めている。
まだ二回しかやり取りをしていないビデオレターは暇な時に何度も見直した。
でも、やっぱり満足はできない。寧ろ、本人と直接会いたいって想いがどんどん強くなっていく。
「大丈夫だよ、すぐにまた会えるさ」
「……うん」
アルフの言葉に大きく頷いて、私は勉強道具を片付け始めた。
私が嘱託魔道師になれれば裁判が終わるのが半年よりも短くなるから、アッチの世界の12月頃にはなのはに会いに行けるはずだ。今日はもうお終いだけど、明日も試験勉強を頑張らなくては。
欠伸をしていて眠そうな顔のアルフに小さく苦笑しながらそんなことを考え、私がもう一度写真を一瞥すると。
「あれ……?」
――――倒れてもいないのに、写真立てがぴしりと音を立てて突然割れた。慌てて手に取ってみると、丁度なのはの顔の部分に大きな亀裂が走っている。
その写真を見て、私は何とも言えない妙な胸騒ぎを覚えた。心臓の音がバクバクと鳴り、普段よりもやけにうるさい。もしかして、なのはの身に何か……? そんな嫌な考えが脳裏に浮かんでくる。
「フェイト? ありゃりゃ、割れちまったのかい?」
「う、うん、何もしてないのに突然――――っ!?」
怪訝そうな表情のアルフに私が言葉を返そうとしていると、今度は慌しく部屋の扉が叩かれた。深夜の来訪者に二人で顔を合わせ首を傾げつつ、どうぞと声を掛ければ勢いよく見知った人物が部屋の中に飛び込んでくる。
PT事件が終わってから今までお世話になっている人達の中の一人、エイミィだ。
「はぁはぁ、フェイトちゃんっ!」
息も絶え絶えなエイミィの様子は普通じゃなかった。
ただ事でないことが起こったのだと、私でもすぐに悟ることができた。
「その、落ち着いて聞いてね。さっきユーノ君から緊急の連絡が入ったんだけど――――」
先程の写真のこともあり、私の中で大きな不安がどんどん募っていく。
緊急事態。ユーノからの通信。どのワードもそれに拍車をかけていく。
――――そして、私は告げられる。
予想だにしなかったことを。聞きたくもない話を。
「――――なのはちゃんが魔道師に襲撃されて、意識不明の重体だって」
私は暫くその場で呆然と立ち尽くしたまま、動くことが出来なかった。