【ネタ】逆行なのはさんの奮闘記   作:銀まーくⅢ

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第二十話。なのはさん(28)の消失

 ――――気がつけば、彼女は地へと伏していた。

 辺りには何か災害でも起きたかのような激しい戦いの傷跡。見慣れた街並みが一面の廃墟へと変貌していて、見ている者達に非現実的な印象を抱かせる。

 永く短い激闘の後、その周辺からは何かが焦げたかのような匂いが漂っていた。匂いのは元先は彼女自身。辛うじて原型を留めている白き戦闘衣はボロボロで、見るも無残な姿になっている。

 

「――――ぅ、ぁ……」

 

 彼女は言葉にならない小さな声を上げた。

 少し離れた場所に転がった愛機へと腕を伸ばそうとするが、ぴくりとしか反応は返ってこない。霞む視界。荒い呼吸。痛む四肢。身体の全てが既に彼女の言うことを聞くことができなかった。 

 それでもと、彼女は最後の抵抗をやめることはない。ただ必死に自らの身体へと鞭を打つ。

 ……完全に無駄な足掻きであると強く自覚していながら。

 

「――――――――」

 

 空から感嘆混じりの声が降ってきた。

 僅かに視線を向ければ、嫌になるほどに赤く染まった空の中に三つの黒い人影がある。

 ひと気の全くしないどこか無機質な世界の中で、その人影達は強い存在感を放っていた。

 

「――――――――――」

 

 三人の内の一人が彼女に向かって何かを言っている。

 しかし、もう既に彼女にはその声を上手く聞き取ることが出来なくなっていた。

 もし聞こえていれば、その言葉が彼女への純粋な賞賛だったことに気づくことも出来ただろう。だが、どちらにせよ。それは地へと墜ちた敗者に向けた勝者の言葉でもある。当然、彼女がその言葉を聞いたとしても喜ぶことはあり得なかった。浮かぶのは敗北への悔しさと無念だけだ。

 

「――――――――」

 

 スカートの端を掴みながら、その人影は彼女に軽く一礼をする。

 優雅で気品のあるその姿は淑女のお手本のように美しく、またどこか儚さを感じさせた。

 しかし、当然その人影はただの淑女ではない。その本質は彼女をここまで追いやった襲撃者。

 静かに頭を上げると、迷わず彼女へ杖先を向けた。そして、朱い星を呼び起こす。

 

「…………っ、ぅ……」

 

 赤い。紅い。朱い星。

 煌めく明星の光が集い、周囲を明るく照らした。

 彼女の視界が全て、深紅の魔力光で瞬く間に覆われていく。

 ――――あれはマズい。

 半ば本能的にそう悟り、残った力を全て振り絞ると彼女は愛機を我武者羅に掴み、叫んだ。

 

「――――――――ッ!!」

 

 叫び声に反応し、彼女を守るように桜色の障壁が展開される。

 その刹那。炎を纏った深紅の濁流に飲み込まれたのを最後に彼女の意識は完全に途絶えた。

 

 

 

 私がなのはの凶報をエイミィから知らされてから、もう一週間の時が過ぎた。

 駆けつけたユーノの適切な治療のお陰で一命こそ取り留めたものの、未だになのはの意識は戻っていない。当然、なのはを襲った犯人の情報も何一つとしてわかってはいなかった。

 この七日の間、私は部屋の中に一日中閉じ籠っていた。何かをしようと思っても、何も手に付かなかった。試験の勉強も、魔法の特訓も、何をしていても全く集中できなかった。

 常に湧き上がってくる不安や憤り、焦燥感と無力感。七日という時が経っても、私はそれを上手く消化することができないままだった。

 

 

 中庭にあるベンチに腰掛け、ぼんやりと景色を眺める。

 お昼休みの時間だからだろうか。中庭には休憩中らしき人達の姿を普段よりも多く見ることができた。お弁当を食べている人。仲良くおしゃべりをしている人。のんびり読書をしている人。様々な人達が思い思いの行動をしている。

 そんな人達を意識して視界から外すように私は空へ顔を向けた。

 

「――――――――――」

 

 青い空に白い雲。とても綺麗な晴天だった。しかし、それを見ても私の気分が晴れることはない。寧ろ、顔に当たる太陽の光に強い不快感を覚えた。

 日はまた昇る。どんなに辛くても、苦しくても、不安でも。人の感情など知ったことではないように、何事もなかったのかのように、一日はこうしてまた始まっていく。そう思うとなんだか酷くやるせない気持ちになってきた。

 ――――アルフに言われて外に出てきたけど、失敗だったかもしれない。

 

「…………っ……」

 

 小さく、本当に小さく息を吐き、強く自分の唇を噛みしめる。

 胸に浮かぶのは、上手く言葉では言い表せないようなぐちゃぐちゃした感情だった。

 今もなのはが苦しんでいるのに、私は何もできないのだろうか。一体、誰が何の目的でなのはに酷い事をしたのだろうか。そして、何より……どうして、私はこんな所にいるのだろうか。

 色んな考えが頭の中に浮かんできた。なのはに怪我を負わせた犯人のことは確かに許せない。だけど、それ以上になのはの傍にいることすら出来ない自分自身が一番、許せなかった。

 ――――今度は私がなのはの力になるって、あの時に誓ったはずなのにっ。

 悔しかった。ただただ悔しくて。泣きそうなくらい悔しくて。そして、どうしようもなかった。

 

「……なのは」

 

 ぽつりと、私はなのはの名前を呼んだ。

 当然、声は返って来ない、来るはずがない。それはわかっていた。

 だけどそれでも呼んでしまうのは、きっと私が弱いからだ。名前を呼んだら、あの時のようになのはが私を助けに来てくれる、そんな淡い期待を捨てきれないからだ。

 ――――でも、やっぱり彼女は来てくれない。

 

「…………っっ」

 

 堪らなくなって、私はポケットの中からなのはと撮った大事な写真を取り出した。

 こちらに向かって笑っているなのはの顔を見た、ちょっとだけ視界が滲んだ。

 少しでもなのはに触れたくなって自然と写真を抱きしめた、今度は雫が溢れた。

 夢なら早く覚めて、と心から願った。夢でもいいからなのはに会いたい、と心から願った。

 気がつけば、私は声を殺して泣いてしまっていた。叶わないことを願いながら。ずっとずっと。

 

 

 それからどれほどの時間が経ったのだろうか。

 いつの間にか、中庭には私一人だけとなっていた。ぽつんと世界に取り残されたように一人ぼっち。昼休みが終わっただけとわかっていても、無性に寂しさが込み上げてくる。

 丁度そんな時だった、私の背後から聞き覚えのある声が掛けられたのは。

 

「いつにはなく辛気臭い顔をしているわね」

 

「……かあ、さん?」

 

 真っ赤になった目で後ろを振り返ると、そこには車椅子に乗った母さんがいた。

 私は母さんに泣き顔を見せたくなくて、必死に涙を止めようと手で目元を拭う。

 しかし、拭っても拭っても中々涙は止まってはくれなかった。

 

「折角、気分転換に出てきたというのに、こっちまで気が滅入ってきそうだわ」

 

「……ごめんな、さい」

 

「誰も謝れとは言っていないわよ。ほら、さっさとその顔をなんとかしなさい。……私が泣かせているみたいじゃないの」

 

 母さんはそう言うと、私に無造作に白いハンカチを渡してくる。

 私はそれを受け取るとごしごしと少しだけ強めに顔を拭いていく。ちょっと擦り過ぎた所為で赤くなってしまったけれど、そのお陰でどうにか涙を止めることができた。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「礼なら不要よ。だから、何があったのかを話しなさい」

 

「……はい」

 

 それから事情を聞いてきた母さんに、私は話をしていく。

 なのはが大怪我をしてしまったこと。自分のぐちゃぐちゃな気持ち。泣いていた理由。

 きっと支離滅裂な部分もあったと思う。小さく擦れたような声で聞きにくかったとも思う。

 だというのに、母さんは黙って最後まできちんと私の話を聞いてくれた。

 …………ほんの少しだけ不機嫌そうな顔をしてはいたけれど。

 

「――――そう。あの脳筋娘が、ね」

 

「ねぇ、母さん。なのはは大丈夫なのかな? もし、このまま目が覚めなかったら、私っ……」

 

「ふん、あの脳筋娘が簡単にくたばるわけがないでしょう。口にしたくもないけれど、アレは私に勝った奴よ。そんな奴がどこぞの馬の骨ともわからない奴に負けたまま、死ぬなんてありえないわ」

 

 そのことを少しだけ嬉しく思いつつ、最悪の未来を予想してまた泣き出しそうになった私に母さんは一度鼻を鳴らすとそう断言した。

 でも、私はなんで母さんがそんなことを言えるのかがわからない。だってもう一週間だ。一週間もなのは目を覚ましていない。なのに、なんで大丈夫だと言えるの? 母さんはなのはが心配じゃないの? そんな疑問と共に小さな怒りが湧き起こった。

 だが、その怒りも続く母さんの言葉で消え去ってしまうことになる。

 

「まぁ、とにかく粗方の話はわかったわ。それで? フェイト、貴女は一体何をしているの?」

 

「えっ……?」

 

「だから、こんな所で貴女は何をしているのかと聞いているのよ」

 

 その質問に私は上手く答えを返すことが出来なかった。

 それも当然だ。だって、私は何もしていない。ただ嘆いて、心配して、悔んで。

 でも、言ってしまえばそれだけだった。それだけのことしか私は出来ていない。

 

「嘆いていている? 心配している? 悔いている? まぁそんなところかしらね。だけどね、フェイト。そうしていれば、何か今の状況は変わるの? 何か事態は好転するの? アレは目を覚ますのかしら?」

 

「そ、それは……」

 

 ――――わかっていた。

 そんなことは言われなくても、本当はわかっていた。

 わかっているのに、私は何もできていなかった。

 

「私が良い事を教えてあげるわ、フェイト」

 

 完全に何も言えなくなった私の様子を見て、母さんは言葉を続ける。

 その僅かに細められた瞳はここではなく遠い場所を見ているようだった。

 

「そんなことをしていても何も変わりはしないの。どれほど嘆いていても、どれだけ悔んでいても、状況は絶対に変わりはしない。自分で何かを始めなければ、動き出さなければ、何かを変えることなんて出来はしないのよ。……待っていれば助けてくれる神様なんて、この世のどこにもいはしないのだから」

 

 それはきっと母さんの経験から零れたものなのだと、私はすぐに理解した。

 過去に最愛の娘を失って一度絶望した母さんの……ううん。多分、今も絶望したままの母さんの言葉。長年の想いが込められていたその言葉は、とても重い。

 私は母さんの言葉を聞いて、悲しいなと思った。けれど、やっぱりとも思った。

 どれだけ私が母さんのことを想っていても、どれだけ傍にいても、どれだけ話をしても。……私では母さんの一番にはなれない。私はアリシアには勝てない。生者では死者に勝つことができない。それを最近、強く感じるようになった。

 

「確かにアレは馬鹿で脳筋の砲撃魔だし、野蛮で気品の欠片もないし、無鉄砲な上に我が強い聞かん坊だわ」

 

 顔を顰めながら、なのはのことをボロカスに言っている母さん。

 でも、何故なのだろう。本気でなのはのことを嫌っている様子はない。

 前々から不思議に思っていた。なのはのことを話す時、母さんは殆ど悪口しか言わないのに、いつもよりも口数が多くなるのはどうしてなのだろうか、と。

 

「だけど、自分で決めて自分で動くことのできる奴よ。そして、やり遂げることができる奴よ。……その点だけは私も認めている」

 

 けれど、その訳が少しだけ分かったような気がする。きっと母さんはなのはのことを誰よりも認めているのだ。特別仲が良いというわけではないけど、好きか嫌いかで言えば絶対に嫌いだと言うだろうけど。それでもプレシア・テスタロッサは高町なのはを認めている。自分と対等である、と。

 だからこそ、母さんは私みたいに過度な心配なんてしない。不安にもならない。だって、信じているから。なのはなら大丈夫だって、誰よりも信じることができるから。

 

「………………」

 

 そのことを理解して、私はちょっとだけモヤモヤとした気分になった。

 きっと今、私は二人の関係に嫉妬している。母さんに認められているなのはに。なのはを私よりも信じられる母さんに。そして、二人の間にある見えない確かな繋がりに。私はひどく嫉妬していた。

 醜い、と自分でも思う。だけど、どうしても羨む気持ちは消えなかった。

 

「だから、貴女も早く動き始めなさい。あの子の力になるのでしょう? ぐずぐずしていると置いて行かれても知らないわよ」

 

 なのはに置いて行かれる。その光景を想像して、全身が震えた。

 そんなことはあり得ないと言いたくても、私は言えない。だって絶対にあり得ない話ではないから。友達にはなれたけど、私はまだなのはの隣には立っていない。追い付いてさえいない。

 彼女は手を伸ばして待ってくれているけれど、私よりもずっと遠い先を歩いているんだ。

 ――――だからこそ、今のままじゃ絶対にダメなんだよね。

 

「――――母さん。私、何か始めてみます」

 

 この不安な気持ちは簡単には消えそうにない。傍にもいれない悔しさもどうしたって、なくなりそうにない。だけど、それらを全部呑み込んで動かなくちゃ、本当の意味でなのはの友達にはなれない。何より、このままじゃ私はなのはに友達だって胸を張れない。 

 

「まだ何をすればいいのかもわからない。だけど、それでもとにかく何かを始めてみます」

 

「……まぁ精々頑張りなさい。時間は皆等しく有限なのだから」

 

 力強く言い切った私の顔を見て、母さんは少しだけ満足げな表情を浮かべた。

 しかし、それもほんの一瞬のこと。すぐに普段のしかめっ面になってくるりと踵を返すと、この場を去ろうとしてしまう。

 まだお礼を言えてないっ、そう思った私は慌てて母さんを呼び止めた。

 

「――――あの、母さんっ!」

 

「……まだ何かあるの?」

 

「今日は話を聞いてくれて、ありがとうございました。その、嬉しかったです」

 

 ここまできて、私は漸く悟ることができていた。母さんは私に発破をかけにきてくれたのだ、と。

 冷静になって考えてみれば、母さんがこんな所にいるのはおかしいのだ。元より誰かの許可もなしに病棟から出ることもできないはずだし、母さん自身、気分転換に外に出てくるタイプでもない。

 きっと誰かに私のことを聞いて、わざわざここに来てくれたのだろう。少々自分本意な考えかもしれないけど、強ちそれが間違っているとも思えなかった。

 

「ただの気紛れよ。感謝する必要はないわ」

 

「それでも、凄く嬉しかったですから。ありがとう、なんです」

 

「……もういいわ、勝手になさい。……この馬鹿娘」

 

 私の言葉に小さな声でぽつりとそう言い残すと、母さんは振り返らずに去っていく。最後に何かを言ったような気がしたけれど、残念ながら私の耳には届かなかった。

 母さんの後ろ姿が完全に消えるまで見送ると、私はまずこれから何をするべきかを考える。なのはに追いつくために、対等に思って貰うためにするべきこと。言葉にするのは簡単でも、実行するのは中々に難しい。勿論、全く手がないというわけでもないのだけれど。

 

「……やっぱり、“アレ”しかないかな」

 

 それを明確な形で見せるためには、秘かに練習中の“アレ”しかないだろうと思う。

 一週間前の時点ではあまり上手く制御出来なくて二分しか持たなかったけれど、絶対にモノにしてみせる。

 そう心に誓った私は、常に傍らにある愛機へと声をかけた。

 

「バルディッシュ。私に力を貸してくれる?」

 

“Yes sir.”

 

「……ありがとう」

 

 愛機の心強い声を聞いて、私は久しぶりに頬が緩んだ。

 この子と一緒なら頑張って出来ないことなんて何もない、そう確信が持てた。

 普段は無口で殆ど話してはくれないけれど、いつも私の傍にいてくれる頼りになる相棒だ。

 

「よし、行こう。特訓開始だ」

 

 

 

 

 

 フェイトが少しだけ立ち直っていた丁度その頃。僕、クロノ・ハラオウンは地球にいるユーノと通信をしていた。勿論、話の内容は先のなのはが襲撃された事件についてである。

 

“――――それじゃ、やっぱり……?”

 

「ああ。今回、僕達は動けない」

 

“……犯人が魔道師なのは確実なのにかい?”

 

「……そうだ。君も知っているだろうが、僕達は管理外世界の事件にはロストロギア関連の例外を除き、基本的には関与することができないんだ。これが指名手配中の凶悪犯だったならば、まだ調査許可も下りやすいんだが……すまない」

 

“…………いや、僕の方こそごめん。完全に八つ当たりだった”

 

 通信越しに僕とユーノは謝り合う。だが、その表情は二人とも固いままだった。

 僕自身、今回の事件に関して何も感じていないわけではない。調査の許可が下りないことに酷く歯痒くてもどかしい気持ちで一杯だった。しかし、許可が下りなければ勝手に動くことわけにもいかない。

 せめてなのはが襲われたのが管理外世界でなければ……ふとそんな考えが頭に浮かんだ。だが、そんなことを考えていても詮無いことだと理解してもいる。

 誰も気づかない程度に小さく溜め息をつき、僕はすぐさま気持ちを切り替えた。

 

「一応、最近その近辺で似た様な事件が起こっていないかを調べている所だ。辛いかもしれないが、今はなのはの傍についていてやってくれ。それと君自身も気を付けるんだ。まだ次がないとも限らないからね」

 

“…………うん、わかってる”

 

 僕の言葉に神妙な顔でユーノは頷いた。

 彼が今回のことで気負っていることは通信越しでもよくわかる。その様子に少し不安も残るが、今は何を言っても殆ど効果はないだろう。

 ……友人に上手く言葉を掛けられない自分の至らなさが今は恨めしかった。

 

「それではまた折を見て通信を入れてくれ。こちらも何かわかったらすぐに連絡を入れる」

 

“――――うん、それじゃ”

 

 

 ユーノとの通信を終えた後、僕は共にいたエイミィを連れて通信室を出る。

 向かう先は自らの執務室。フェイト達の裁判のこともあり、ここ最近は書類整理の仕事が普段の二倍程の量になっていた。

 

「大丈夫かな、ユーノ君。少し思いつめてたみたいだけど」

 

「心配はいらないさ。思う所はあっても、勝手に暴走するような奴ではないからね」

 

「うん。……でも、あのなのはちゃんがやられるなんて、未だにちょっと信じられないなぁ」

 

「なのはは確かに強者ではあるけど、無敵というわけではないよ。だから、今回のこともあり得ない話ではない」

 

 エイミィと言葉を交わしながら、そこそこの速度で通路を歩いていく。

 ただエイミィにはそう言ったものの、僕もなのはを倒した相手のことは気にはなっていた。まだ完全に把握できているわけではないが、なのはの純粋な戦闘力は少なくとも僕よりも上だ。勿論、全く勝算がないわけではない。しかし、勝率としては三割を超えられれば良い方でもあった。

 そして、そんななのはを倒した相手。なのはと同等、もしくはそれ以上の実力者ということなる。

 ……単純な個人の力量だけが全てとは思ってはいないが、捕まえるのが困難であることは想像に難しくはなかった。 

 

「だけど、実力者とはいえなのはは民間人だ。それを襲撃するなんて許せることじゃない」

 

「クロノ君……」

 

「わかってる。フェイト達の裁判のこともあるし、アースラも今は整備中だ。暫くの間、直接は動けない。でも、きっと出来ることが何かあるはずだ」

 

 人を守るためにあるはずの法律に足を引っ張られるなんて、どんな笑い草だろうか。管理局に努めていることは微塵も後悔していないが、時折抱えるこの矛盾には苦い思いも感じていた。

 法も守って人も守る。言葉にすればこう簡単なのに、これが単純にイコールでないことがこの世の中には思いの外多かった。……本当、現実は儘ならないものだ。

 

「少し時間を作って個人的に調べてみようかと思う。今回のこと、どうもこれだけで終わらない気がするんだ」

 

「なら、私も手伝うよ。これでも私はクロノ君の補佐官様ですからね!」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 だけど、ここで歩みを止めるつもりは当然なかった。

 こんな所で立ち止まってなんていられない。

 少しでも悲劇や哀しみの連鎖を止めるために、僕は管理局員になったのだから。

 

「ねぇ、クロノ君。あれってグレアム提督じゃないかな?」

 

「ん? ああ、本当だ。――――グレアム提督!」

 

「やぁ、クロノ。エイミィくんも、久しぶりだな」

 

 執務室に戻ってくると、部屋の前に父の代からの恩師であるグレアム提督が待っていた。

 久方ぶりに会ったからだろうか。こちらに柔らかな笑みを向けてくる提督の姿を見て、どこかほっとするような安堵感を覚える。

 

「お久しぶりです!」

 

「ご無沙汰しています、提督。僕達を待っていらっしゃったようですが、何かご用でも?」

 

「なに、偶々近くを通りかかったものでね。少しだけ様子を見に来てみたんだ、二人とも元気そうで安心したよ」

 

 そう言って大らかに笑いながら、グレアム提督は僕の肩を軽く叩いてきた。

 第一線からは退いたとはいえ、顧問官が暇なわけがない。だというのに、こうして時折僕らの様子を気に掛けてくれることが純粋に嬉しかった。まぁ、少しだけこそばゆい気持ちもあるが。

 

「折角ですから中へ入られませんか。大した物はありませんが、お茶くらいならお出しますよ」

 

「いや、その誘いに乗りたいところでもあるんだが、実は今日はあまり時間がないんだ。まだ片付いていない仕事も残っていてね」

 

「そう、ですか」

 

 少々残念だと思うが、仕事があるのならば仕方がない。

 またその内機会もあるだろうし、ここで無理強いをする気も僕にはなかった。

 ただ、一つだけ気になったことがあるので、それを聞いてみることにする。

 

「そういえば、今日はリーゼ達と別行動なのですか? 姿が見えないようですが?」

 

「……ああ。今、彼女達は病院なんだ。とある任務中に少し負傷してしまってね」

 

「えっ……? あのリーゼ達がですか?」

 

「負傷自体はそんなに大したモノではないから心配はいらんよ。まぁ、時間があったら見舞いにでも行ってやってくれ。君達が顔を出せば、彼女達も喜ぶだろう」

 

 あのリーゼ達が二人とも負傷した。

 その言葉の意味はすぐに理解出来ても、俄かには信じられなかった。

 昔、稽古をつけて貰っていたから彼女達の実力は嫌と言うほどよく知っている。近接戦が得意のロッテと、魔法戦闘が得意なアリア。一人ずつでもかなり強いのだが、二人が揃っている時は更に強い。それなのに二人とも負傷したとなれば、必然的に相手がそれ以上の実力だったということになるわけなのだが……。

 

「でも、なのはちゃんだけでなく、リーゼ達もなんて何か嫌な予感がするね」

 

「ん? 君達の知り合いも誰か怪我をしたのか?」

 

「はい。前回の事件に協力してくれた女の子なんですが……一週間ほど前に襲われたようで」

 

 そう。エイミィの言う通り、なのはを襲撃したのもまたかなりの実力者のはずだ。

 可能性としてはそんなに高くはないが、このタイミング。もしや同一犯か? いや、そう考えるのは早計だろう。まだリーゼ達の就いていた任務が何なのかすらもわかってはいないのだから。

 

「前の事件というと、弟97管理外世界の?」

 

「ええ、そうですが……何か気になるところでも?」

 

「……いや。特にはないが、あの世界は私の出身世界でもあるからね。少しばかり気掛かりでもある」

 

「ああ、なるほど」

 

 そう言えば、グレアム提督は地球の出身だったか。

 ならば、故郷のことを気にしても別におかしなことはない……はずなのだが、この妙に何かが引っ掛る感じは何なのだろうか。

 

「クロノ。その件に関して、何か情報が入ったら私にも連絡を入れてくれるとありがたい。私の方でも少し調べてみよう」

 

「了解しました。何かわかりましたら、すぐにグレアム提督にご連絡します」

 

 それから二言三言話をした後、グレアム提督は足早に去っていった。

 僕は僅かに眉を顰めると、遠くなっていくその後ろ姿をじっと見つめる。

 リーゼ達の話をしてから、グレアム提督の様子が少し変だと感じたのは僕の気の所為だろうか。彼は僕達が知らない何かを知っているのでは……。

 

「――――――――」

 

「クロノ君? どうかした?」

 

「――――いや、なんでもないよ」

 

 こちらを心配そうに見つめてくるエイミィに小さく笑ってそう返すと、僕は執務室へと入った。

 長年の恩師に疑いを掛けるなんて、今日の僕はどうかしている。自分で思ってた以上になのはが襲撃されたことが響いているのかもしれない。そう考え、一度首を横に振ると僕は溜まっている書類を片付け始めた。

 だが、僕の直感は未だ告げている。グレアム提督はきっと何かを知っているはずだ、と

 

 

 

 

 ~海鳴市総合病院、とある一室~

 

 

 人工呼吸器と機械音だけが規則的に鳴る病室。

 窓から外の爽やかな風が室内に入り込んではいるが、そこはとても静かだった。

 ベッドを囲むように何かの機械が並び、点滴がポタポタと滴を垂らしてもいる。

 そんな病室の中で栗色の髪の少女は眠っていた。病院服を身に纏い、髪を下ろしているその姿からは普段の元気な様子は微塵も感じることはできない。

 

「…………………………」

 

 つぅ、と少女から雫が零れた。

 どんな夢を見ているのだろうか。それは彼女自身以外は知る術もない。

 …………だが、続く少女のうわ言で推測することは容易かった。

 

「――――みっ、くん…………おいなり、さん……えへへ」

 

 もう、何か色々と台無しだった。

 


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