からんからんと教会の鐘の音が盛大に鳴り響いた。
カレンダーの日付は六月。本来は梅雨の季節のはずだが、本日は実に見事な日本晴れ。まるで天気でさえも二人の新たな門出を祝ってくれているかのように、綺麗に晴れ渡っていた。そんな中、多数の祝福の声を浴びながら赤い絨毯の上を並んで歩いている二人の姿がある。
「……痛たた。ライスシャワーって意外と攻撃力あるんだなぁ」
白いタキシードに身を包んだ新郎が男性陣からの暖かい祝福を受けて、小さくぼやいた。力一杯投げつけられる白き結晶の被害はそれほどではないが、地味に痛いらしい。だが、そうは言いつつも本気で嫌だとは彼も思っていないようで、その顔には常に笑みが浮かんでいた。
「ふふっ、なんかミっくんだけ総攻撃されちゃってるもんね」
そう言って純白のウエディングドレスを纏う新婦もまた柔らかく笑った。その表情からは幸せ一杯という感情が見ているだけでも伝わってくる。それが余計に男達のライス(と書いて攻撃と読む)の威力をあげることになるのだが、彼女がそれに気がつくことはなかった。
そんな彼女に彼はあははと苦笑いをすると、少しだけ声を秘めて問いかける。
「……体調は大丈夫? 気分とか悪くなったりしてない?」
「うん、全然平気。寧ろこの子も喜んでるみたい」
心配する彼にむんと拳を作って元気さをアピールした後、彼女は優しく自分のお腹を擦った。
もう既に彼女のお腹には新たな命が宿っている。まだ生まれるのは半年以上先の話だが、それでも僅かに母親になる自覚が彼女にも出てきていた。
「ならいいんだけど……そう言えば、もう名前を決めたんだよね。何にしたのか聞いてもいい?」
「うん、いいよ。この子の名前は――――――“ナノハ”」
「えっ……?」
彼女が告げた名前に彼は驚きの声をあげる。
その名前は彼女にとっても、彼にとっても重要な意味を持つものだった。
そして、二人を繋いだ鎖でもあり、枷でもあり、棘でもある。
「この子は“ナノハ”って名前にする。私の身勝手な願いかもしれないけど、この子には誰よりも強い子になって欲しいの。ママみたいに皆に好かれる、優しくて心の強い子に」
そう言った彼女は複雑そうな、だけどそれ以上に誇らしそうな表情をしていた。
そんな彼女を見て、彼はふんわりと優しげな笑みを浮かべる。
「――――そっか、良い名前だね。きっと芯の強い子に育ってくれそうだ」
「えへへ、そうでしょ~? 実はこの前、桜餅を食べてる時に“コレだ”って思ったんだ!」
「いや、うん。それはどうなんだろ……?」
彼に同意されたのが嬉しかったのか、彼女は胸を張って余計なオチまで言ってしまった。
この微妙に残念な所があるのは、あの人譲りなのかなと少し遠い目をして彼を空を見上げる。
雲一つない晴天。あの人が好きだった空。一瞬だけあの人の顔がちらついた。
「――――――――」
「……ミっくん? どうかした?」
小さく囁くように彼が何かを口ずさんだ。
その言葉は誰の耳に届くでもなく、空へと静かに溶けていく。
不思議そうにそう尋ねてくる彼女になんでもないよと首を振ると、彼は真剣な顔でこう告げた。
「
「――――うん♪」
満面の笑みで飛び付いてきた彼女を受け止め、そっと口づけを交わす。
周囲から歓声や茶化す様な指笛の音が聞こえる中、二人は照れ臭そうに笑い合うと、もう一度だけ空を見上げた。深い深い青色の空には、二人を祝福するかのようにあの人が微笑んで…………。
“って、コラッ! 何かちょっと色々と待て―い!!!”
……いるわけが当然なかった。つーか、相当お怒りだった。
――――暗転。夢の世界は終わり、少女は目覚める。
私の名前は高町 なのは。
寝起きからというか寝ている途中から、激しく突っ込みを入れてしまった女の子です。
でもでも、それも仕方がないって私は思うんだ。だって、あんな夢だよ? 何か良い雰囲気で終わらせようとしてたけど、私的にはちっとも良くない夢だよ?
…………ぶっちゃけ、妙にリアル感があって全力全開で嫌な汗が噴き出しております。
「はぁ、はぁ。ミっくん×ヴィヴィオで、空からなのはさんが見てるぜEND? ……認めない! そんなエンディングなんて私はぜぇぇたいに認めないんだからっ!」
はぁはぁと荒い呼吸を吐きながら、とりあえず叫んでみる。
夢のインパクトがあまりにも大き過ぎて、ここが病室であることでさえ至極どうでもよかった。当然、襲撃されて入院しているなんて事実も頭の中からぶっ飛んでいる。
ていうか、アレって本当に夢の話ってことでいいんだよね? もしかしなくても、“アッチ”の世界でもヴィヴィオENDになっちゃってるとかないよね?
いやまぁ、それならそれで死んじゃってる私には何も言う権利はないんだけど……とても複雑な気分です。
「それに子供の名前がナノハって。桜餅って。いや確かに私も好きだけどさ、これって確実に桜餅→春→菜の花→なのはの連想ゲームになっちゃってるよね? 強くて優しいとかの理由は全部後乗せサクサク設定だよね!? あーもうっ、色々プンスカプンだよ!」
大体、私はどこのサイ○人のおじいちゃんだよと小一時間。
縦しんば女の子なら問題ないとしても、男の子だったらいじめられちゃうんじゃ……とか割と本気で孫のことを心配した私の優しさを返せ、この野郎。
それに心の広さに定評のある私でも結婚する前におばあちゃんになるのは、流石に許容できません。まぁ私自身、人生を二段跳び位で駆け抜けちゃった感があるからとやかく言うつもりはないけど、物事にはちゃんと順番ってモノがあってだね。って、ちょっと待って。今思ったけど二人に子供が居るってことは……おおぅ。
「ミっくんの獣根とヴィヴィオの愛花弁は既にコンバイン済み…………はっ。ということは、ミっくんの貞操が奪われてるー!? お、おのれヴィヴィオめ、実にうらやまけしからん。私なんて、寝ている時にフェイトちゃんにだいしゅきホールドされたことしかないのに……う、うわぁ~ん」
やっぱり胸と若さには勝てないのかー! なんて叫びながら、私はぐすぐすと枕を濡らす。
なんかもう色々と敗北感がやばい。娘の幸せを素直に喜べない自分の醜さもやばい。でも、それも仕方がないよね。涙がでちゃうのも仕方がないよね。だって私、女の子だもん。
勿論、アレが夢だってことはちゃんとわかってる。けど、好きな人が自分以外とゴールインする所を見せられるのは、ショックが大き過ぎた。これがあのNTRってやつか……ちくせう。
ベットの上でortな体勢でいること十分強。うじうじと恨み辛み言を吐きながら枕をポフポフと叩いていた私は、ふいに自分は一体何をしてるんだろうと思い始めた。はっきり言って、今の私はもの凄くカッコ悪い。もし誰かに見られたら黒歴史突入どころか、二年くらい引き籠り確定だと思う。
そのことに気付いた私はダルイ身体を何とか起こし、無理矢理気分を盛り上げていった。
「いいや、まだだ。まだ終わってないよ、というか始まってもないよ。要はヴィヴィオが生まれる前に決着を付ければいいだけの話じゃない。JS事件の時にミっくんは十一歳だから……うん、ギリギリイケる! 二重の意味で!」
ちょっとだけ犯罪チックなことを考えつつ、私は至高の計画を脳内で修正していく。
今度のミッド行きでは使えないにしても、今の内に色々と案を練っておくのことに損はないはず。それに十年という時は確かに長いけど、座して待っていては何も得ることなんて出来やしないのだ。故に私はもっと積極的に動いていくべきだと思う。
ヴィヴィオのライバル化? ふん、実はそのことはそんなに意外なことでもないの(強がり)。何度かミっくんを家に呼んでご飯を食べた時、あの二人は普通に仲良さそうだったしね。まぁ、それを言うならフェイトちゃんもミっくんと仲良くおしゃべりをしていたから、警戒対象になるわけなんだけど……まぁそれは今は置いておいて。
「何より私の仕事は教導官。人を教え導くことこそが私の役目! 倫理面をちょいちょいとスルーしつつ、華麗にミっくんの筆を下ろして、桃源郷へと導いてあげようじゃない! ま、実地経験はゼロだけどね!」
自虐ネタなんかを口にしつつ、二泊三日くらいで子○り温泉旅行とかって結構アリじゃね? とか割と本気で妄想してみる。桃源郷=温泉とか安直にも程があるけど、シンプルいずベスト。どこか排他的空間でありながら、解放感もある温泉地というものはロケーション的には最高なのだ。
ぶっちゃけ、温泉上がりで少し顔を赤く染めた浴衣姿のミっくんとか……もうね、いただきますっ! って感じだと思うし、ぐへへ。
「よしっ、そうと決まれば行動あるのみだよ。まずは早急に資料(=ピンク本)を集めて、勉強しないとね! うふふのふ、ここから私の伝説が始まるのだ!」
鼻から垂れてきた赤い液体をなんとか抑えつつ、私は病院の売店へと向かうことを決める。
えっ? 病院の売店にそんな本が売ってあるのかよ? 実は病院の売店はそこら辺のコンビニ以上にピンク本の数が豊富なの。ほら、病院ってやっぱり娯楽的なモノが少ない環境だしね。中には看護婦さんに買ってきて貰うという猛者もいるらしいけど、流石に乙女な私には難易度が高過ぎます。
移動の邪魔になる点滴をぽいぽいと外し、ゆっくりとベッドから下りる。少しばかり身体がフラつく上に重いけれど、その辺は溢れ出る情熱と根性でカバー。不屈の私に不可能なんて殆どないのだ。とかなんとか言いつつ、部屋の扉に手をかけようとした丁度その時、突然ドアが開かれた。
「――――えっ? なのは、さん?」
「ん? あっユーノ君。おっはー」
がららっとドアを開け、病室の中へと入って来たのはどこか暗い雰囲気を放っているユーノ君。
上手く口にするのは難しいけど、なんかキノコとか生えてそうなじめじめのどよどよ感がたっぷりだった。うん、なんか頭から胞子とかを一杯飛ばしてそうだね!
このままユーノ君の観察をするのも面白そうかもなんて思ったけれど、今の私は重要な使命を帯びている身。どういうわけか私を見てフリーズ状態になっているユーノ君にフランクに挨拶をして、部屋の外へと歩き始めた。
「って、なのはさん、一体どこに行こうとしているんですか?」
しかし、私の歩みは何故かユーノ君によって妨害されてしまうこととなる。
動きの鈍い私の腕を掴んで、ユーノ君は必死に行かせないと力を込めてきた。
地味に痛い上に、なんでそんなに焦っているのかが私には全くわからない。
「どこって……それは愚問だよ、ユーノ君。今、私が行く所なんて一つしかないじゃない」
「っっ!? ダ、ダメです! なのはさんはまだ怪我人なんですよっ!?」
私の言葉に表情を驚きの色に染め、ユーノ君が怒鳴ってきた。
怪我人? うん。いやまぁ、確かにそうなんだろうけど……私、割と元気だよ?
かなり身体の動きは鈍いから三日くらいは寝ちゃってたのかもだけど、特に問題もないし。それに今はベットよりも売店の方が優先順位が上だもん。
「うん、そうだね。でも、それがなに? 今は一刻を争う事態なの。この一分一秒が後々響いてくるの。怪我なんて理由で立ち止まってなんていられないよ。これは私がやらなくちゃいけないことなんだから」
「そんなことはないですっ! 別になのはさんが無理してまでしなくたっていいことですっ!」
ユーノ君、それは私以外の誰かがミっくんの保健体育を担当してもいいってこと?
ふぅ、本当にやれやれだ。なんて馬鹿で愚かなことを言うんだろうね、この腐れネズミ君は。本気で私は君の正気を疑ってしまうよ。そんな羨ま……げふんげふん、美味しいポジションを私が誰かに譲るわけがないじゃない! ミっくんの貞操は私が奪……じゃなかった、私が守るんだから!
そんな本音駄々漏れな内心を隠して、私は至って真剣な表情でユーノ君にお願いしてみる。
「――――お願い、ユーノ君。私を行かせて」
「い、嫌です! 絶対に行かせません!」
しかし、ユーノ君は一瞬だけ怯みそうになりつつも、首を横に振ってそれを拒否した。
むぅぅ。ちょっと売店まで行ってくるのもダメとか少し厳し過ぎない? あっ、もしかしてこれが以前噂で聞いた束縛系男子って奴なの? ユーノ君ってバインドも得意だし、うわぁなんか嫌なことに気が付いちゃったかも……。
「大体、なのはさんは
「いや、売店に行くのは別に無茶じゃ……って、ちょっと待って。今、何ヶ月眠ってたって?」
「だから、
雷に打たれたような衝撃が私を駆け巡った。
う、嘘。私の怪我ってそんな酷かったの? それは確かにパワー全開とは言えないけど、六割くらいは回復してるものと……って、大事なのはそんな所じゃない。あの日から三ヶ月ってことはだよ、今は……。
「も、もう十月!? 私の計画丸潰れ!? 私のサマーなバケーションは!?」
「えっ? ええっと、もう完全に終わりましたけど」
私のドキッ☆みっどでミッドナイト計画が、初っ端から破綻した瞬間である。
うぐぐっ、お父さんにおねだりして三着ばかり手に入れた夏物の可愛い服が全部ぱぁ……やばい、素直に落ち込んできた。お風呂に突撃して背中を流すという裏技まで使ったというのに、こんな結果は酷過ぎるっ。い、いや、でもまだ少しくらい可能性は残っているはずだよ、うん。諦めたらそこで試合終了だって眼鏡をかけた人も言ってたもん。
そう思い直した私は僅かな希望にかけ、おそるおそる聞いてみる。
「そ、それじゃ、私のミッド行きは……?」
「勿論、中止です」
「で、ですよねー。あ、あはは…………きゅー」
なのは は めのまえが まっくらになった。
文字にするとまさにそんな感じで、私の視界が黒一色に染まった。
もう何か全部嫌。そう思った私は身体から完全に力を抜き、ふらっとその場に倒れる。
「ちょっ。な、なのはさん!? まさか怪我の具合が悪化して!? だ、誰か助けてっ! なのはさんを! なのはさんを助けてくださいっ!」
倒れた私を慌てて支えつつ、何故か病院の中心で叫ぶユーノ君。
そして、その騒ぎを聞いて駆け寄ってくる看護婦さん達と病室から顔を出す患者達。
そんな騒がしくなった周りの音を耳にしながら、そのまま私は不貞寝を決め込こんだ。
結局、三ヶ月も眠っていたらしいお寝坊さんな私はその日の深夜まで不貞寝していた。
どうせならもう三ヶ月くらい寝てやろうかなんて一瞬本気で考えたけれど、そんな最低なことは流石にしなかった。というかそんなに人間は寝れるようには出来てないしね。
とまぁそれはさておき。衝撃の事実で受けた傷は完全には癒えてはいなかったものの、幾分か精神がマシになっていた私は今度は普通にナースコールを押しました。
えっ? ピンク本はもう諦めたのか? うん、あの時の私は自分でもどうかしていたと思うんだ。一体どういう思考を巡ればあの結論に行きつくのか、全くわからないくらいだもん。それにお金も持ってない八歳児がエ□本なんて買えるわけないっていう。ホント、半日前の自分を思い出すだけで、軽く死にたくなるよ。
しかし、そんな憂鬱な私の気分は瞬く間に困惑へと塗り替えされることとなる。
ナースコールを押した後、急いでやってきた看護婦さんと先生によって私は診察を受けた。そこまでは至って普通の流れだったと思う。だがその診察が始まった直後、何故か高町家の皆が既に病室内に大集合しちゃってた。その時間、実にナースコールを押してから三分弱。ウルト○マンもびっくりの速度である。というか、先生達と殆どタッチの差ってどういうことなの!? と全私が突っ込みを入れていました。
だが、そんな突っ込みもなんのその。更にその二分後には親友達(+その家族)も駆けつけてきた。当然、狭い病室内は既に定員オーバーでギュウギュウ詰めのおしくらまんじゅう状態。しかも、どういうわけか診察していた先生と看護婦さんが弾き出されるというオチ。うん、全く以て意味がわからなかった。いつの間に私の身内は人の壁を超えたんだろう……どんなに車を飛ばしてもニ十分はかかる距離なのに。
最終的には追い出された先生の雷によって、なんとか事態は収拾されたわけなんだけど……廊下に並ぶ十人以上の正座は暫く忘れることの出来ない光景でした。全員身内だったことが余計に涙を誘ってたしね。まぁ、急いで来てくれたことは純粋に嬉しかったんだけど。
先生の診察が終わった後は、抱きつかれ、泣かれ、叱られるというフルコースだった。ある程度は覚悟していたけどお母さんやアリサちゃん達だけじゃなくて、お父さんやお兄ちゃんまで目に涙を溜めているのを見た時は、本当にごめんなさいって気持ちで一杯になった。
正直、今回のことで魔法をやめるように言われるかもと少しビクビクしてたけれど、叱られただけで特にそういうことは何も言われなかった。まぁ、実際は私に危ないことをして欲しくないって思ってるんだろうけどね。我ながらダメダメだなと内心で溜め息を吐きつつも、私はその好意に甘えさせて貰いました。
あと、高町家以外の人達もいたのでフェレットモードになってたユーノ君に念話で教えて貰った話なんだけど、アリサちゃん達には私は交通事故にあったということになっているらしい。
でもまぁ犯人は見つかってないし、深夜に私が一人で出歩いていたことも不審に思ってるようで、言い訳としては苦しかったみたいだ。特に忍さんは何やら裏の関係者に襲われたんじゃないかと疑っていて、その辺はお兄ちゃんが誤魔化してくれているとのこと。本当にご迷惑をお掛けしています、と内心で深く頭を下げておきました。
全てを先延ばしにするようで非常に心苦しくもあるけど、今回の事件を無事に解決できたら一度皆と話をする機会を作りたいと思います。……どこまで話せるかはわからないけれど、少しでも納得して貰えるように。
とまぁそんなこんなで小さな騒ぎもありつつ、私の入院生活は幕を開けました。
怪我自体は寝ている間にほぼ治っているようなので、今はリハビリがメイン。額に浮かぶこの脂汗が、私の乙女度を上げていると信じて精一杯頑張っております。
「はぁ、はぁ、はぁ。これで、ラ、ストッ!」
病院のカリキュラム通りのリハビリを終えた後は、いつも自主的に腕立て伏せとかをやっている。無論、誰かに見つかると怒られるので病室でこっそりとだ。ま、多分バレてるだろうけどね。
それにしても、ちょこちょこ鍛えていた身体がまた鈍くなってしまったのは何とも言えない悲しさがある。折角、二十回も出来るようになっていた腕立てが今や五回で限界。プラマイゼロ、むしろマイとか……もうね、マジで泣きそうだよっ。
「…………もう無理。もうダメ。もう死ぬ」
ぜぇぜぇと半ば死にそうになりながら、私はベットの上でバタンキュー。
乱れた息をゆっくり整えつつ、お腹がすいたなぁなんて考えていた。入院生活での私の楽しみは皆が持ってくるお見舞い品(食べ物)のみ。ほぼ毎日のように誰が持ってくるそれをわくわくしながら子犬のように待っています。
えっ? 病院食はどうしたって? 勿論、残さずにちゃんと食べているよ? だけど、入院中って食べることくらいしか楽しみがないんだもん。読書は柄じゃないし、ゲームはすぐに飽きたし、テレビはカード式だし、携帯弄ってても限界あるし。つまるところ、私は大変暇なのです。ここが自分の部屋なら猫なのはモードでゴロゴロ転がって暇つぶしもできるんだけど……流石に病院じゃ恥ずかしいし。
「うーやばい、本当にお腹がすいてきた。お稲荷さんとか食べたいー」
誰に言うでもなく、そんなことを呟いてみる。病室に一人だと独り言が多くなるのは仕方がないことだ。別に私が淋しい人間ってわけではない、と思いたい。昨日までなら昼間はユーノ君がいてくれたんだけど、本局の方に行っているので今はいなかった。
まぁ本来なら七月くらいからずっと向こうに居る予定だったんだから、文句を言うつもりはないんだけどね。私の意識が戻らない間、裁判がある時以外はわざわざ海鳴に来てくれていたらしいし、私の
「ん~。でも、レイジングハートもいないのは淋しいなぁ」
しかし、そうは言っても長時間一人でいるのは中々に寂しいもの。
愛機のいない首下を手で触りつつ、私は自然とそうぼやいていた。この前の襲撃の所為で大きく破損してしまったレイジングハートは私の意識が戻る前から本局で修理中。外部よりも内部の方の損傷が大きかったようで心配していたんだけど、コア自体には問題はなかったらしい。
ユーノ君の話によると今は色んな強化プランを幾つも出して、デバイスマスター達を困らせているとかなんとか。まぁ元気そうなので私は安心しちゃったけど、マリエルさん達にはごめんなさいかもしれない。ここだけの話、もしかしてタダでカートリッジが付くんじゃないかとちょっぴり期待していたりもするんだけどね。ビバ☆火力強化!
とまぁそれはさておき。時間が有り余っている内に少しばかり考えないといけない案件が残っている。三ヶ月も寝ていた所為で私の立ていた
今、一番考えなければいけないのは、私を襲ったあの襲撃者達のことだ。ぶっちゃけた話。結界を張られた時、私はてっきりリーゼさん達の仕業とばかり思っていた。というか他に私を襲う理由がありそうな候補がいなかったしね。
「……でも、それは違ってた。私を襲ったのは、私にそっくりな女の子」
でも、実際の犯人は私に良く似た顔の女の子だった。当然、私は凄くびっくりしました。というか自分のドッペルさんを見て、驚かない方がおかしいと思う。
プロジェクトF関連なのかなともちらりと疑ったけれど、この時代に人造魔道師を作れる人はプレシアさんとジェイル・スカリエッティくらいなもの。前者は本局にいて、後者は私のことなんてまだ知らないはずなので、その可能性はとても低かった。それに口で上手く説明するのは難しいけど彼女はクローンというよりも、なんか2Pカラーの悪役? みたいな雰囲気だったんだよね。こう空気的に。
「それに敵対心バリバリだったもんなぁ……」
どういうわけか、向こうは私のことをよく知っているようだった。
いや、それだけじゃない。私に対して何かしらの感情を抱いているみたいだった。とても冷静な瞳をしていたけど、あの強い感情だけは隠し切れてはいない。寧ろ隠す気すらあの子はなかったように感じた。
「“貴女にだけは負けません”、ね。いきなりライバル発言されたのは、生まれて始めてだったっけ? ……結局、理由は聞けてないけど」
クリーム色の天井を見ながら深い溜め息を吐く。
あまりにも不甲斐ない結果になんだか頭も痛くなってきた。
一対一なら勝てた、というか途中までは勝ってた。三人に増えてからも、負ける気はしなかった。確かに彼女達は三人ともエース級の実力者達で連携もそれなりに上手だった。しかし、それでも負けないように戦うことは可能だった、いつもの私なら出来るはずだった。だけど、結果的に私は負けている。それが全てだ。過程も大事なものではあるけれど、こと戦闘においては結果が全てだ。どれだけ言い訳を並べても私の敗北は揺るがない。
「………………っ……」
油断がなかったとも、思わぬ事態に焦りがなかったとも言わない。
だけど、それ以上に私は動揺してしまった。彼女達が使ってた魔法は属性とかその辺は多少アレンジされていたけど、殆ど私達の魔法と同じと言っても良いくらいに似ていた。勿論、そのことにも私は驚いた。だけど、一番驚いたのはあの三人があの魔法を使ったこと。
「……アレはどう見ても“大人モード”だった」
身体の大きさを変えるような変身魔法は別に誰が使ってても、不思議ではない。
実際にベルカの方にも武装形態っていうのがあるし、絶対におかしいとも言えない。けど、それを加味してもアレはヴィヴィオの大人モードの術式に似過ぎていた。それにベルカとミッドの混合ハイブリッドなんて、未来でも過去でも使ってる人なんて殆どいない。
となれば、彼女達は一体どうしてそれを使えるのだろうか。戦闘中なのにも関わらず、私は深く考え込んだ。本当なら無駄な思考は邪魔以外の何でもないのに、考えてしまった。そして、私はその先にほんの小さな希望を見出してしまう。
……もしかしたら、あの子達は
それは余りにも突拍子もない考えだと自分でも思った。だけど、もしだ。もし、そうだったとしたら……。
――――私がアッチに戻れる可能性だってあるんじゃないかな?
今まで全くのゼロだと思っていたものが、一厘にも満たない可能性を持った瞬間だった。 それを考えた時、私の全身に震えに似た何かが走る。きっと馬鹿な考えで、とても愚かな考えだった。しかし、そうだと理解していても私の心は歓喜に満ちていた。そして、歓喜している自分自身に心底驚いてしまう。
もう私は完全に振り切れているものとばかり思っていたのに。勿論、今までも忘れたりはしていなかったけれど、糧にして前に進めてると思っていたのに。なんでこんなにも私は喜んでるんだろう。
結局の所、全ては私の思い違いでしかなかった。私はまだ未練タラタラで引き摺ったままだったんだ。
そのことを自覚して私は愕然とした。未だ嘗てないくらいに動揺してしまい、戦闘に集中できなくなった。そこからは本当に目も当てられないようなお粗末な展開。誘導弾のコントロールは定まらず、砲撃は意図も簡単に撃ち破られ、バインドに容易く捕まった。そして、私は実に呆気なく撃墜されてしまう。それが三ヶ月前の
「……はぁ、我ながらアレは酷過ぎる。カッコ悪すぎで笑えてくるよ、ホント」
溜め息と一緒に誰にも言うことができない本音が漏れた。少しだけ声も震えているみたいだ。けど、それも仕方がないよね。訳もわからず死んじゃって、訳もわからず過去に戻されて、未練が残らないわけがない。納得できるわけがない。気にならないわけがない。
あの後のフェイトちゃんのこと。残されたヴィヴィオのこと。そして、ミっくんのこと。その全部がしこりのように今だって、この胸に残ったままなんだっ。
「あ、あはは。私って、こんなに弱かったのかな。……もっと強いって、思ってたんだけどなぁ」
気が付けば、何かが私の頬を冷たく濡らしていた。
濡れた顔を覆い隠すように手を置いて、私は周囲の視界からそれを遮る。
今の私だけは誰にも見られたくなかった。こんな私だけは絶対に見せたくなかった。
……私は笑顔で元気な“高町 なのは”じゃないと皆が心配してしまう。
でも、こうして考えれば考えるだけ、今まで故意に蓋をしていたモノが一気に溢れて出して、止まってくれない。
「……でも、やっぱり帰りたいよ。叶うことなら今すぐ皆に会いたい」
やっぱり帰りたいって想いをどうしても私は捨て切れてない。寧ろ、日に日に大きくなっていっている気さえする。自分でも本当に最低だと思うけど、この想いは止められそうになかった。
「……私はどうすればいいのかな? ねぇ、誰か――――」
――――私に、教えてください。