それはいつかのどこかの遠い日のこと。
昼食後、私は暖かな陽だまりの中でのんびりと休憩をしていた。
場所はウチの隊がよく使う訓練場。ここは殆ど人が来ないから格好のダラけスポットでもある。
春の日差し浴びながら、身体一杯に緑の匂いとさわやかな風の音を感じていた私はベンチの上にごろんと横になった。普段の私なら絶対にしない行動だけど、その時は誰に気兼ねなく寛ぎたい気分だったんだ。
「………………むにゃ……」
連日による教導で結構疲れが溜まっていたのだろうか。
愛機に時間になったら起こすように頼むと、私はすぐにまどろみの中へとその身を委ねてしまった。
休憩時間は残り三十分弱、お昼寝には十分な時間がある。まぁ誰か来たら勝手に目も覚めるだろうと半ば高を括って、私はそのままぐっすりと夢の世界へと飛び立った。
――――しかし、私が次に目を覚ますと大変驚くこととなる。
「――――ゃぅ……?」
「あっ。おはようございます」
何かの物音を聞いてゆっくり目を開けると、そこにはミっくんの顔があった。
幾つかの資料を片手に持っているミっくんは寝ぼけている私を見て苦笑しながら、声をかけてくる。
それに私は寝ぼけたままで返事をしようとして……気がついた。
「ぅん、おはよ……っ!?」
いつも見ている彼の顔がやけに大きく鮮明なことに驚き、その距離の近さにまた驚く。
ぶっちゃけ心臓が飛び出そうだった。これって何のどっきり!? と心底疑った。そして、自分が今どんな体勢なのかを即座に理解する。ベンチよりも柔らかく、枕よりも少し固い感触。でも不思議な心地よさがあったそれの正体は、彼の膝枕。
…………瞬く間に私の思考は遥か次元の彼方へと完全にぶっ飛んだ。
「――――――――――」
「??? なのはさん、どうかしました?」
「――――はっ! ご、ごめんね、ミっくん! 私、寝ちゃってたから全然気がつかなくて! その上、ずっとお膝様まで借りちゃって!」
「あはは、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。よく家で弟や妹にやってましたし、大した負担でもありませんから。それになのはさんも疲れが溜まってたみたいですしね」
絶賛混乱中の私があたふたと慌てながら謝っていると、ミっくんの苦笑はより深くなった。
今までにないくらいに近い距離とそのどこか優しげな瞳を真っ直ぐ向けられたことに、猛烈な恥ずかしさを覚えた私はぷいと顔を横に向け、こっそり愛機に救援を求める。
“メーデーメーデー。私絶賛ピンチ中、マジヘルプ求む”
“ピンチはチャンス。要は既成事実へGOです、マスター”
“なるほど。その発想はなかった……って、それは無理! 絶対に無理っ!”
“一歩退ける勇気と前へ進む根性、この二つを忘れなければ、きっとできます。貴女はやれば出来る子なのですから”
“一瞬だけ良い言葉かもって思ったけど、よく考えたらそれ矛盾してる! 矛盾してるよ、レイジングハート! あと私は子供か! あっ、やめて。念話は切らないで! ヘルプ! ヘルプみーー!!”
だが、現実は……いや、レイジングハートは私に厳しかった。
何度声をかけても、念話を完全に遮断したままスリープモードから起きてこない。適当なアドバイスをした後は完全放置とか、なんて鬼なデバイスだ。
やり場のない怒りを抑え、内心で愛機の愚痴を言っていると私はふと思い出す。……あっ。私、膝枕されたままだ!?
「なのはさん?」
「ご、ご、ごめんね、ミっくん! すぐに退くからっ!」
「ああ、いえいえ。まだ時間もありますし、なのはさんさえ良ければ、もう暫くそのままでいてください。起きてすぐに動き出すのはあまり身体に良くないそうですから」
急いで起き上がろうとした私をミっくんがやんわりと止めてきた。
疲れている私を気遣ってくれていることが伝わってきて、何か胸の奥がじんわりと温かくなってくる。
だから、ここはミっくんの言うことを聞いておくべきだよね、うん。別にうひょーとかいやっふぅーとかは微塵も思っていないけど、折角のご厚意だもんね、うんうん。寧ろ断る方が失礼だよ(積極的肯定)!
「そ、それじゃあ。その、もうちょっとだけお邪魔するね……?」
「ええ、どうぞ」
心の中では大フィーバー。でも、表の顔は遠慮がち。内面と外面の温度差が激しい女、高町なのはは超☆乙女とか内心で言ってみながら、私は彼の膝枕を堪能することに全力を注いだ。ちょっとだけ気恥ずかしくもあったけれど、それはほんの僅かの間だけのことだ。
「……………………」
女性よりも少し固めの彼の太腿。頭の下から伝わってくる彼の体温。衣類から香る洗剤の芳香に混じった彼の匂い。トクントクンとなる彼の鼓動。間近で感じる彼の息遣い。その全てに優しく包み込まれると、なんだか不思議な安心感を私は覚えた。自分でも心が安らいでいくのがよくわかる。
私は管理局に勤める魔道師だ。人に戦技を叩きこむ教導官で、前線を翔けるエースオブエースであり、何より一人の母親だ。戦うことが私の仕事。守ることが私の役目。ずっとそう思ってた。ううん、今でもそう思っている。
だけど、今この時だけはただの女の子だった。本当に何処にでもいる普通の女の子で、有りの儘の自分でいられた。きっとこういうのが幸せって奴なのかなと、しみじみと私は思った。そして、今更ながらに強く自覚する。
――――ああ、そっか。私、いつの間にかこんなにも好きになってたんだね。
「ねぇ、ミっくん。さっきから何を読んでるの?」
「えっと、教導関連の資料のまとめですね。来週から単独での教導に入るので、今の内に予習をしておこうかな、と」
「ああ、もうそんな時期だったっけ? ついこの間、入隊したばっかりだと思ったのに……何か時間が経つのって早いなぁ」
「ですね、僕もそう思います」
普段と変わらない彼と何気ない会話。
たったそれだけ、私の胸の奥は温かいもので一杯になってくる。
うん、もうこれはダメだ。いよいよ以て私はダメになっちゃったみたいだ。
――――だから、私をこんなにダメにしちゃった責任を取ってください。
「そういえばなのはさん。もしかして訓練場の設定って弄りました? 何か見たことのない花が咲いてて驚いたんですけど?」
「これは“桜”って花だよ。折角の春だからってことでちょこっと設定を変えてみたんだ」
「ああ、これが……確かなのはさん達の世界の花なんですよね」
「うん、そうだよ。私の故郷に咲く出会いと別れの季節の花で、私の一番好きな花。綺麗でしょ?」
「はい、とても」
風に攫われた桜の花びらがひらりひらりと宙を舞う。
その光景を私達はただ静かに二人だけで眺めていた。所詮はただの立体映像で本物とは程遠いかもしれない。でも、私はその光景がなんだか特別なモノのように思えた。
ずっとずっとこのまま一緒に同じ景色を見ていられたらいいな、柄にもなくそんなことを考えてしまう。
――――そして、貴方もそう思っていてくれると凄く嬉しい、です。
「ねぇ、ミっくん」
「ん、なんですか?」
「手、繋いでもいいかな?」
「――――僕のでよければ」
ゆっくりと差し出された彼の手を私は優しく握りしめた。
ややあって、彼も私の手をそっと握り返してくれる。それがどうしようもなく嬉しいと思った。
手を繋ぐなんて子供でも出来る幼稚な繋がり。大の大人がそんなのことで何を喜んでるんだって思われるかもしれない。でも、私はそれだけで良かった。たったそれだけで、こんなにも満たされていた。
「…………ふふっ」
「えっと、どうかしました?」
思わず声を出してしまった私に彼が不思議そうな顔を向けてくる。
その表情一つ一つが私は愛おしかった。堪らなく愛おしいと思った。
跳ねる心臓の音がちょっと煩いけど、不思議とそれも嫌な気分にならない。
「ううん、なんでもないよ。ただ――――」
多分、この気持ちは好きって言葉じゃ、ちょっと足りない。
だけど、大好きって言葉じゃ、少し子供っぽい気もする。
だから、私は貴方にこう言おう。有りっ丈の想いを乗せてこう告げよう。
……今はまだ口にする勇気はないけれど、いつか貴方にきっとこう伝えよう。
「なんかこういうのいいなーって思っただけ♪」
――――貴方のことを愛しています。多分、世界の中で誰よりも。
私の名前は高町 なのは。
座右の銘は花は桜木、女は高町。言ってはみたけど、特に深い意味はない。
というか、コレって意味的にも全然ダメだよね。だって私の散り際はざっくり☆系だったもん。
とまぁ、それはどうでも……良くはないけど、一旦置いておいて。只今、アリサちゃんとすずかちゃん、はやてちゃんの三人がお見舞いに来てくれております。いつの間に仲良くなっていたの? と聞いてみると、私が寝ている間に知り合ったとかなんとか。うーん、なんかプチ浦島さんの気分。ま、紹介する手間が省けたと思えば良いだけなんだけどね。
「でねでね。彼氏に耳掃除をしてあげようと耳かき片手に膝をポンポンと叩いて待ってたら“ごめんな。実は俺、綿棒派なんだ”って言われたらしいの!」
「うわぁ~、空気の読めない彼氏さんやね」
「う~ん、綿棒って奥に押し込んじゃうからあんまり良くないのに」
「いやいや、すずか。食いつく所が何かおかしいから!」
昔、部下から聞いた体験談とかを話しながら、はやてちゃんお手製のおはぎを四人でむしゃむしゃ。
うむむ、この砂糖と塩のみというシンプルな味付けは中々です。甘さもそんなにくどくないし、何よりこの餡子ともち米の絶妙なハーモニー感が堪らない。
和菓子の中でもおはぎってなんか馬鹿にされたりするちょっぴり可哀想なポジションだけど、私は結構好き。まぁカロリーのことを考えると後が怖いので食べすぎには注意しないとダメだけどね。えーと、それでなんだっけ? ああ、そうそう耳掃除の話だったよね。
「でも、私的に耳掃除って結構ポイントが高いと思うの。やって貰う方は気持ちいいし、やってあげる方は奉仕欲が満たされる上に自然な感じでスキンシップが取れる。しかも当然、膝枕の体勢になるっていうおまけ付き。確かにキスとかハグとかそういう直接的な愛情表現ではないけれど、二人の心の距離はぐぐっと近くなるのは最早必然。耳掃除はいわば一石三鳥な恋の秘策なんだよ!」
『な、なるほど……』
気が付けば、私は耳掃除について熱く語っていた。ちなみに口の端に餡子を付けたままなのは、御愛嬌の一つだ。でも、よくよく考えてみると耳掃除ってかなり良いと思う。陽の当たる暖かな縁側とかで耳掃除。うん、これってシュチュエーションとしては結構上位なんじゃないかな。
えっ? なんか発想が年寄り臭いぞ? ふふん、これだからお子ちゃまはと言い返してあげる。大体、そういう自然なスキンシップによって愛とは深まるもの。一つフラグを立てれば、後はラヴラヴ一直線なんて甘いものじゃないの。それに昔から言うでしょ? 愛は足し算、恋は引き算ってね。
「ああ、でも自分がされるっていうのもいいよね……。少し硬めの太腿に頭を乗せて彼の体温を感じながら、自分でも見ることの出来ない部分を曝け出す。そして、全てを委ねる幸福感と安心感に包まれながら、人目を憚らず彼に甘えまくるの。えへへ、なんかいいなぁ」
前に一度だけ体験したミっくんの膝枕を思い出してみる。
うん、あれは良かった。何が良かったって言われると……もうね、全部。あの時の全てが至福だった。簡単に言うと、アレだよ。“抱きしめたいな、ミっくん”って感じ。今だって、こうして思い返すだけで私は……うへへ。ダメだ、顔のにやけが止まらないっ。
「あ、あれ? なのはちゃん、どうしたん?」
「あー、これはスイッチが入っちゃったかな?」
「……そうね、がっつり入っちゃってるわ」
「えっ? これってよくあることなん!? というか、何かなのはちゃんの顔が見せられないよ! ってくらい蕩けた顔になってるんやけど!?」
外野が何か言ってるみたいだけど、当然私のログには残らない。
いや、それどころか私の妄想は更にエスカレートしていく始末だ。しかし、それを止めようとは微塵も思わなかった。だって、どこかの偉い人も言っていたもん、“妄想力は世界を救う”って。人は妄想する力を失った時、何か大切なものを失くしてしまうんだよ。
「こそばゆくて動こうとしてしまう私に動いちゃダメだよ、なんて言いながら優しく丁寧に――――きゃっ☆」
可愛く悲鳴を上げながらクネクネする私、プライスレス。
ちなみにもう既に何かを失くしてるよって突っ込みはノーセンキューでお願い。
……どうせ、正気に戻った時に軽く死にたくなるんだから。
「……な、なのはちゃん」
「気にしたら負けよ、はやて。多分、十分くらいすれば自然と戻ってくるわ」
「この状態のなのはちゃんは、放置が一番だもんね」
「……なんや、なのはちゃんとの距離が遠くなった気がする」
そんなこんなで十五分後、私はなんとか正気に戻った。
アリサちゃんに頭を叩かれてちょっとだけ涙目なのは、まぁスル―してほしい。
勿論、抗議はしてみたけど全面的に私が悪い上に味方がどこにも居なかった。気軽に妄想も出来ないなんて、本当になんというポイズンな世の中。これでは異常気象とかが起こったりして当然だよっ。
とまぁ、そんなわけのわからないことを考えつつ、私は雑談を再開した。そして、その中で少しだけ気になることをはやてちゃんが話してくれる。
「ん? 最近、ヴィータちゃん達ってあんまり家に居ないの?」
「うん、そうなんよ。皆なんか忙しいみたいでなー。まぁ、やることがなくて家に引き籠っているよりは、全然ええと思うんやけど」
「あはは、確かにそれはそうかも」
なんか少しだけ時期が早い気もするけど、これは蒐集が始まったってことでいいのかな。んー、当初の予定だったら蒐集が始まる前にヴィータちゃん達と話をすることも考えてたんだけど……この状況じゃどうしようもない。
結局は後手後手に回っちゃうことになるけど、レイジングハートもない現状では、この身体を完全に治すことが最優先だ。話をするにしてもヴィータちゃん達の性格上、一度は杖を交えないと聞いてもくれないだろうしね。それにイマイチ目的のわからない第三者達もいるんだもん。これからはある程度、臨機応変に行くしかない。
「ああ、それとな。この前、図書館でなのはちゃんによく似た子を見たんよ」
「えっ……?」
はやてちゃんの話を聞きながら自分の中でこれからの行動予定を立てていると、私が一番求めていた情報が聞こえてきた。思わず乗り出しそうになった身体をなんとか抑えて、私は冷静に問いかける。
「はやてちゃん、それってどんな子だったの?」
「えーと、顔はホンマになのはちゃんにそっくりで、髪型がショートな子やったよ。まぁ、瞳の色がちゃうかったから間違えたりはせぇへんかったんやけどね」
「へぇ、そうなんだ。んー、ちょっと会ってみたいかも」
ふむふむと頷きながら色々と話を聞いてみると、どうやら間違いなくあの子のことのようだった。
幾ら数多くある次元世界の中でも、私のそっくりさんがそんなにいるわけがないんだから、まぁ当然とも言えるんだけどね。……でも、そっか。どうやって探そうかずっと考えてたけど、この街に居るのなら凄く好都合だ。
「うーん、なのはに良く似た子ねぇ。やっぱり、運動音痴なのかしら?」
「もう、アリサちゃんったら。でも、そんなに似てるんなら私もちょっと見てみたいかな。図書館に居たんだっけ?」
「うん、そやね。偶にしか見ぃひんけど、また来るんやないかな?」
三人が談笑を続けている中、私の意識は完全に魔導師のモノへと切り替っていた。
自分の頭の奥がどんどん冷たくなっていくけど……そんなのはどうでもいいことだ。さっさと退院して、あの子達を探し出そう。この街に居るのなら、探し出せないということはないはずだ。
――――今度は絶対に負けないし、逃がしもしない。あの子達には聞きたい事が腐るほど沢山あるんだから。
「……なのは、どうかした?」
「うん? 別にどうもしてないよ? なんでそんなこと聞くのかな?」
「いや、何か雰囲気がおかしかった気がしたんだけど……んー、ごめん。多分私の気の所為だわ」
そう言って、怪訝そうな表情のままアリサちゃんは首を捻っていた。
どうやら少しだけ感情の制御が出来ていなかったみたいだね、反省反省。
そんな事を考えながら私はくすりと笑みを浮かべて、上手く誤魔化すために爆弾を投下する。
「謝らなくても別に良いんだけど……あっ、そう言えばアリサちゃん。この前、田中山君に告白されたってホントなの? 私、詳しく聞きたいなぁ~?」
「な、なんでなのはがそれを知ってんのよ!? って、すずかとはやてはにやにやするな! そして、顔を近づけてくるなぁ!」
一瞬で二人に囲まれ、あたふたと顔を赤くしてるアリサちゃんを眺めて、私はからからと笑った。
うん、大丈夫。心の中ではともかく、表面上はちゃんと笑えているはずだ。いつもの私でいれているはずだ。そう自分に言い聞かせている私は気が付かない。
――――爪が食い込む程に強く握り締められている自分の手から、赤い雫が零れていることに。
~とある次元世界にて~
そこはまるで何かの災害でも起きたかのような惨状だった。生命の息吹を感じさせない荒れた大地に深く刻まれた破壊跡。激しい戦闘によってつけられたそれによって辺りは一面クレーターだらけだ。
そんな世界の中で、一人の女性が静かに佇んでいる。
「……………………」
黒き戦闘衣に身を包んだ青き瞳の女性。その物静かな姿からは計りしれない程の熱を抱えてもいる彼女の手には、女性には少々不釣り合いな大きさの突撃槍によく似た杖が強く握られていた。
「…………ダメですね、これではまだ彼女には勝てない」
小さく漏らした言葉には少なくない苦みが込められている。
彼女は足元で息絶えている巨大な体躯の竜種を一瞥し、深く息を吐いた。
脳裏に浮かぶのは自らに良く似た少女の姿。自分よりも魔道の遥かに高みにいるオリジナルのこと。この姿になっている自分とあの少女を比べても、恐らくは良くて引き分け。理を司る彼女はそのことを客観的に理解していた。
「………………はぁ」
普段の彼女らしくない大きめの溜め息が零れる。
一人でここに来たのは身体を保つための魔力供給だけではなく、鍛練の側面が大きかった。未だ不完全な状態の彼女達は肉体的に成長することが出来ない。本来なら人と同じように成長する機能があるはずなのだが、こうして変身魔法を使わないと今の姿にはなれることが出来なかった。故に彼女達はこうして戦闘を繰り返し、地道に技術を磨いて行くしか強くなる方法がないのだ。それ自体は別段苦とは思わないものの、やはりどこかもどかしい部分がある。
彼女は思う。もっと強くなりたい、と。あの少女だけには負けたくない、と。
その想いが私怨でしかないと彼女自身もわかってはいた。だが、どうしてもこの想いだけは止めることが出来そうにない。
「……諦め切れれば、きっと楽になれるのでしょうね」
今度漏らした言葉にはどこか自嘲的な響きがあった。
そっと目を閉じると、あの暖かくも懐かしい日々の記憶が思い返されてくる。
――――本当は見ているだけでも良かった。あの優しい声が聞けるだけで、自分に笑いかけてくれるだけで。傍にいれるだけで、彼女は満足だった。けれど、いつの時からだろう。それだけでは満足出来なくなってしまったのは。物足りないと感じてしまったのは。しかし、それの本当の意味に気がついた時にはもう遅かった。本当に全てが遅すぎた。
「人は何かを失くして初めてわかることもある……なるほど。貴方の言う通り、私も“人”だったようですね。今なら私にも少しだけわかる気がします」
ゆっくりと目を開き、そう呟くと彼女は雲一つない夜空へと顔を向けた。
そこには満天の星達が輝いている。闇夜に煌めく星の優しい光はとても映えていた。
その人工の光では到底表せない美しさに目を奪われつつ、彼女はもう一度だけ杖を握る手に力を込める。
「……そうですね。届かないのならば、更に高く飛べばいいだけのこと。こんな所で立ち止まっている時間など私にはありません」
背後から向かってくる三つの大きな気配を感知した彼女は飛翔し、杖を構えた。纏う雰囲気は既に戦闘者のソレに変わっている。冷たい瞳には隠しきれない炎を宿したまま、彼女は敵を強く睨みつけた。
――――恐らく、貴方は喜ばないことでしょう。いいえ、寧ろ怒る姿も容易に想像がつきます。ですが、もう私は諦めることを諦めました。今度こそ、私は貴方を手に入れてみせる。髪の毛一本から血の一滴、その魂からその心たるまで。全てを私のモノにします。だから、あの少女にだけは……ナノハにはだけ負けられません、絶対に。
「アナタ方に特に恨みはありませんが、ここで会ったが百年目。運が無かったと思って、大人しく私の糧となって下さい。……シュテル・ザ・デストラクター、参ります」
そう言い放ち、彼女は敵へと高速で吶喊する。
大地を揺らす様な咆哮が響く中、朱き星光が華麗に空を舞った。