【ネタ】逆行なのはさんの奮闘記   作:銀まーくⅢ

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第二十四話。なのはさん(28)の光来

 元々、私の世界はとても小さなものだった。母さんがいて、アルフがいて、リニスがいて、私がいて。たった四人だけで完結した、狭くて閉ざされた世界。それが私の世界の全てだった。

 別にそれが哀しかったとか寂しかったとか、今更そんなことを言うつもりはない。決して良い思い出ばかりではないけれど、あの頃のことも私にとっては大切な思い出だ。

 だけど、やっぱり心のどこかで憧れてもいたんだと思う。外の世界に。多くの人達との出会いに。触れ合いに。口に出したことはなかったけれど、多分私は憧れを抱いていた。

 

 でも、私には足りなかった。欲しいものを掴み取る力も、外の世界へ飛び出す覚悟も、自分から前に踏み出す勇気も。何もかもが私には足りなかった。……私は弱くて臆病だから、そんな自分を変えようともしなかった。ただ言われたことをこなして、流されるままに生きてきた。前に母さんに言われた通りだ、私は本当にただのお人形でしかなかった。

 

 だけど、そんな私に手を差し伸ばしてくれた人がいたんだ。

 高町 なのは。私の小さな世界を広げてくれた人。私に出来た初めての友達。

 何度も話しかけてくれた。何度も助けてくれた。何度も守ってくれた。私の為に怒ってくれて、泣いてくれて、母さんを止めてくれた。向けられた言葉には喜びを。握られた手からは温もりを。その力強い背中には勇気を。私は彼女から貰った。本当に色んなものを貰ってばかりだった。

 

 ――――だから、私もいつか彼女に何かを返せたらいいなって、ずっと思っていたんだ。

 

 

「フェイト、ちゃん……?」

 

 擦れたような小さな声が私の耳へと届いた。だが、それは私の知っている明るい彼女の声ではない。あの耳に心地よい彼女の声が今はとても弱々しかった。視界の端に映るなのはは苦しそうな表情を浮かべ、生気の薄いぼんやりとした瞳で此方を見ている。そんな彼女の姿を見ているだけで、目の前が赤く染まり、頭の中が沸騰しそうになった。

 確かにこれまでも怒ったことはあった。自分の不甲斐なさに。現実の理不尽さに。怒りを覚えたことは何度だってあった。生きた年数は片手の指でこと足りる。借り物(アリシア)の記憶を入れても両手の指すら越えることもできない。だけど、それでも私は強く断言することができた。

 ――――ああ、きっと私は今が一番怒っている、と。

 

「遅くなってごめんね、なのは」

 

 今すぐにでも敵に切りかかりたい衝動を何とか堪え、私は謝罪の言葉を口にする。

 けれど、それは何の言い訳にも慰めにもならないような陳腐なもの。考えても仕方がないとわかっていても、もう少し早く来ることができていればと、後悔の念がふつふつと湧いてきた。

 しかし、そんな私になのはは力のない笑みを浮かべるとゆっくりとした動作で首を横に振る。

 

「……ううん。来てくれただけで、私は嬉しいよ。それにね、変な話だけど……フェイトちゃんなら来てくれるって、信じてた」

 

 文字通り、今のなのはには笑顔を作る力さえ残ってはいないのだろう。きっと言葉を発することさえ億劫に感じているに違いない。だが、それでもなのはは笑っていた。あの私の大好きな、優しい笑顔を向けてくれた。ならば、私がすべきことは何なのだろうか。……わからない。答えは浮かんでこない。

 ――――でも、彼女を守りたいと心の底から思った。

 

「……うん、行くよ。なのはが呼んでくれるなら、私はどこへだって行く」

 

 そっと目を閉じ、紡ぐのは誓いの言葉。

 とてもちっぽけで小さな……でも、私にとってはとても大切な誓いの言葉。

 多分ずっと探してたんだと思う。自分がやりたいこと、やらなくちゃいけないことじゃなくて、本当に自分がやりたいと思うこと。それを今、見つけたような気がした。

 

「それがたとえ、天の果てだろうと地獄の底だろうと、超特急で駆けつけてみせる。私の出せる全速力で、絶対になのはの所にやってくる!」

 

 ――――(つるぎ)、になろう。

 なのはの敵を切り裂く剣に。なのはを敵から守る剣に。

 誰かが言われたからじゃない、誰かに頼まれたからでもない。

 自分の意志で、自分の想いで。私はなのはの剣になろう。

 

「そして、私がなのはを守るから!」

 

 人に無茶なことをするなと言うのに、自分は無茶ばかりする困った貴女を。

 誰かの為に頑張って、傷ついてばかりのくせに、人に助けを求めようとしない大切な貴女を。

 こんな私に手を差し伸べ、温もりと勇気をくれた大好きな貴女を。私は助けたい。守ってあげたい。

 私よりも強い貴女にそんなものは必要ないとも思う。でも、ほんの少しだけでも貴女の笑顔を守れることができるのなら、それでいい。それだけで私には十分だ。

 

「あ、はは。フェイトちゃん大袈裟すぎ……でも、えへへ。なんかちょっと嬉しい、かな……」

 

 私の言葉を聞き、安心したような表情を浮かべるとなのはは静かに目を閉じた。

 そんななのはを一瞥し、二回だけ深く呼吸をすると私は、黙って私達のやり取りを見ていた(紅の少女)を鋭い瞳で睨みつける。バチッと前髪から紫電の弾ける音が聞こえた。

 

「……バルディッシュ」

 

“Get set.”

 

 愛機に声を掛けると、私の長い髪がゆらゆらと立ち昇り始める。

 本当ならここは冷静になるべき場面なのだろう。嘱託とはいえ私も管理局員の一員なのだ。まず初めに投降を呼びかけるのがセオリーだし、それが正しいと理解してもいた。でも、今の私はそんなこと出来そうにない。そう簡単には、この怒りや憤りは消えてくれそうになかった。

 

「貴女はこの世で一番やってはならないことをやってしまったんだ……」

 

 全身を覆うように特殊な魔方陣が展開され、溢れ出た金色の魔力が巨大な光の柱を作る。

 夜天を貫いた光の柱は激しく放電し、結界内を太陽のように眩く照らした。

 許すものか。許してなどやるものか。友達(なのは)を傷つけられて、黙っていられるほど私は人間が出来てはいない。

 

「許されるだなんて努々思わないでね。なのはを傷つけた罪は私にとって何よりも重いっ」

 

“Drive Ignition” 

 

 魔方陣と共に光の柱が消え去るとバリアジャケットが変化し、私の身体は大きく変貌を遂げていた。

 何やら相手の驚いたような声が聞こえてきたけれど、そんなの知ったことではない。

 勿論、彼女にも何かしらの事情はあると思う。もしかしたら、やりたくもないことを誰かに強要させられている可能性だってあるかもしれない。けど、私は別に彼女の事情なんかどうだって良かった。興味もないし、知りたいとも思わない。目の前にいるのは敵だ。なのはの敵で、私の敵だ。今は他に何も要らない。

 

“Load cartridge, Zamber form”

 

 複数の薬莢を吐き出し、バルディッシュが黄金の大剣へとその姿を変える。

 まだ完全に使いこなせているとは言えない、バルディッシュの新しい形体。だけど、今の私なら出来ると思った。この剣は何物ものを断ち切る無双の一振り。私の新たな誓いの体現。

 

「貴女の犯した罪、その身に深く刻んであげる」

 

 両手で輝く大剣を握り締め、冷たい声でそう告げると私は倒すべき敵へと吶喊した。

 

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 なんか名前を呼んだら、フェイトちゃんが召喚されたでござるの巻。

 正直、半ば無意識に呼んでみただけだったので、この展開は全くの予想外。表情には出さなかったけれど、非常にびっくりしております。そして、フェイトちゃんがいつもの五割増しくらいにカッコよく見えてしまう件について。本当に一瞬だったけれど、私の胸もトクンと高鳴りを……い、いかん、これはふぇいとの罠だ。

 私の心はミっくんのモノ。私の心はミっくんのモノ。吊り橋効果なんかに負けるな、私っ!

 

「……ぅ、ん?」

 

「なのはさん、気がつきましたか?」

 

「あ、れ? ユーノ君?」

 

 とまぁ、そんな非常にどうでもいい葛藤(割と死活問題?)と戦っている最中に気を失ってしまった私が目を開けると、そこには何でかフェレットなユーノ君の姿があった。翠色の魔方陣が出ている所から推測すると、どうやら私に治癒魔法を掛けてくれているようだ。

 それにしても、何故にフェレットモード? いやまぁ、別にユーノ君がそれでいいというのなら、私は何も言うつもりはないんだけどさ。……自分でもどっちが本体なのかわからなくなってる~なんてことはないよね?

 

「……私、どのくらい寝てたのかな?」

 

「多分、数分くらいだと思います。僕達が来てからまだ五分も経っていませんから」

 

「そっか、良かった。また三ヶ月経ってたらどうしようかと思った」

 

「……なのはさん。それ、洒落になってませんからね」

 

「にゃはは、ごみんごみん」

 

 じと目のユーノ君に苦笑いで謝罪をしつつ、内心で私は深く安堵のため息を吐く。

 よ、良かった。これでまた三ヶ月後とかだったら、本気で洒落にならないところだった。寝ている間に闇の書暴走→地球にアルカンシェルとか全然笑えない。まぁ、一歩でも間違えればそれが現実になってしまうのだから、今でも笑えない状況なのは変わりないんだけどね。

 

「さてと、まずは状況確認を……ん?」

 

 少しだけ気を引き締め、私は周囲の状況を確認し始めた。

 だが、これは一体どういう状況なのだろうか。私とユーノ君を囲むように二重の結界が張られた上にその外でアルフさんが必死の表情で更に結界を張っている。うん、全く以て意味がわからない。何、この微妙なVIP待遇。幾ら私が気絶してるからって三重の結界で守る必要はないと思うんだけど? そう疑問に思った私は、とりあえず挨拶を兼ねて外にいるアルフさんに声を掛けてみることに。

 

「ええと、アルフさん?」

 

「っっ! ああ、良かった。目が覚めたんだね、なのは。だけど、ごめん。今は会話をしている余裕が全くないんだよ!」

 

「??? それってどういう……きゃっ!?」

 

 だが、返ってきたのは何やら切羽詰まったような言葉だけだった。

 頭に疑問符を浮かべながら私は更に問い掛けようとするも、それは突然起こった大きな雷鳴と爆発音によって掻き消されてしまう。その予想外に大きな音と爆風に思わず身体を竦め、おそるおそる音の発信源へと目を向けた私は……そのまま呆然と固まってしまうこととなる。

 

「え、なにこれこわい」

 

 そこにあったのは、無残にも廃墟と化した住み慣れた街の光景だった。

 濛々と立ち込める黒煙。何かの衝撃によって軒並み割られた窓ガラス。道路沿いに並んでいた木や電柱は半ばからへし折れ、止まっていた車は火を吹いている。極めつけに、最近建てられたばかりの大型高層マンションが何故か縦から真っ二つに断ち切られていた。うん、なにこの荒廃した末期世界な感じ。明らかに大きな雷が落ちて黒焦げになった病院っぽい何かとか、絶対に視界に入れたくないんですけどー!?

 

「こ、これは一体どういうわけなの? 核戦争でも起きたの? 人類は絶滅していなかったの? モヒカンなの? ヒャッハーなの? ……ふふふ、ヒャッハー!」

 

「な、なのはさん! 気を強く持ってください! 大丈夫! まだ傷は浅いですから!」

 

 そのあまりにあんまりな街の姿に混乱を越えて発狂しそうになった私をユーノ君が必死に慰めてくれる。私はフェレットモードな彼をぎゅっと胸に抱きしめ、ちょっとだけ心を落ち着けることができた。流石はアニマルセラピー。その癒し効果は侮れない。

 

「そ、そうだよね! まだまだ傷は浅い……って、全然浅くないよ!? 目が覚めたら、なんか私の街がバイオテロが起きたみたいになってるんだよ!? これのどこが大丈夫なの!?」

 

 だが、その効果も本当に僅かな間だけのこと。

 もふもふ具合の少ないユーノ君では、私の心を癒すには不十分だった。いや、そもそも私を本気で癒したいと思うのなら、ミっくんを一ダース分くらい用意しろと声を大にして言いたい。

 私による私だけの酒池肉林、ミっくん大ハーレム……うへへ。大きいのから小さいの、青年なのからダンディなのまで選り取り見取りっ! ウェイターさ~ん、ドンペリ追加でお願いしま~す~。えっ? それはハーレムじゃなくてホストクラブだ? ふん、ぶっちゃけこの二つって大した違いはないと思うの(暴論)。

 

「じゅるり……っとと、今はそんなことを考えてる場合じゃなかったね。ユーノ君、未だテンパリ気味の私に現状の説明を簡単にお願い」

 

「え~と。簡単に言えば、なのはさん気絶→フェイトブチ切れる→フェイト大暴れ→結界崩壊寸前で街の寿命がマッハ。今ここって感じです」

 

「ふむふむ、なるほど。流石はユーノ大先生、わっかりやすいっ! ……って、この惨劇は全部フェイトちゃんの仕業だったの!?」

 

 ガビーンッ。昭和っぽい擬音をつけるとしたらまさにそんな感じで驚く平成生まれの私に、ユーノ君は僅かに汗を流しながら頷いた。そして、未だに鳴り止まない大きな雷鳴と爆発音。時折、私達の方へも余波のようなモノが襲いかかって来てもいる。つまるところ、アルフさんが必死に結界を張っているのは、フェイトちゃん達の戦闘による被害を防ぐためだったってこと……?

 

「多分、空を見て貰えばすぐにでもわかると思います」

 

 恐らく信じられないというような表情を私はしていたのだろう。そんな私を見て、ユーノ君は小さく息を吐くと顔を空へと向けた。それに釣られるように私も空を見上げて……盛大に顔を引き攣らせることとなる。

 

「なに、あれ……?」

 

 結界によって区切られた狭い夜空を数えるのも億劫になるほどの魔方陣達が覆っていた。

 その色は私にも馴染み深い金色(こんじき)。雷光に愛された彼女に相応しい魔力光。

 薄暗い結界内を明るく照らすその魔方陣からは、休むことなく無数の雷槍が地上へと降り注いでいる。

 

「――――――――――」

 

 まさに自然災害。いや、人為的起こされるそれは人災と呼ぶに相応しい光景だった。

 放たれた雷槍は容易くモノを砕き、破壊し尽くす。圧倒的な破壊の権化がそこには降臨していた。そんな地獄のような光景の中、白色のマントを身に纏った彼女は黄金の大剣を片手に一人、天空で佇んでいる。

 水面のように静かに。舞い落ちる雪のように自然に。無表情のまま地上を見下ろし、その烈火のごとく燃える赤瞳で紅い騎士(ヴィータちゃん)へ凍てつくような視線を向けている姿は、まさしく怒れる雷神様のようだった。

 

「――――ちっ!」

 

 迎撃だけでは捌き切れないと悟ったのだろうか。ヴィータちゃんは大きく舌打ちをすると加速魔法を使い、降り注ぐ弾幕を一気に回避する。身に纏った深紅の騎士甲冑は何か所か焼け焦げていて、彼女が少なくないダメージを受けていることがわかった。

 

「逃がさないよ」

 

 氷のように冷たい言葉を聞こえると、ヴィータちゃんに向けられる雷槍の数が何倍にも膨れ上がる。途端に視界の全てを一色に染めてしまう黄金の剣戟達。それはまるで軍隊のように綺麗に隊列を組むと、振り下ろされたフェイトちゃんの左手に合わせるように、ヴィータちゃんへと一斉に襲いかかっていく。

 

「アイゼンッ!」

 

“Panzerschild”

 

 密度の増した金色の弾幕に少なくない焦りを滲ませながらも、ヴィータちゃんは紅い障壁を張った。高速で飛来してくる雷槍達が障壁と激しくぶつかり、衝撃音が鳴り響く。

 

「っ、くっ!」

 

 僅かにヴィータちゃんが顔を顰めたのが見えた。一つ一つは大したことなくても、数が数だ。ただ防いでいるだけでも、その負担は小さくない。しかし、そんなヴィータちゃんを余所にフェイトちゃんは上空で静かに詠唱を行っていた。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。煌めきたる天神よ、今導きのもと降りきたれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル……」

 

 結界の影響で停止していた空が動き出し、月や星を隠すように灰色の分厚い雲がどこからともなく現れる。そして、巨大な魔方陣が浮かび上がると、ポツポツと小粒の雨が降り始めた。

 天候を操る儀式魔法。時間が掛かり過ぎて戦闘向きではないが、その一撃の威力は個人のそれを遥かに凌駕することができる代物だ。

 

「撃つは雷、響くは轟雷。アルカス・クルタス・エイギアス……!」

 

 詠唱が終わると魔方陣の上に五つの球体が発生し、それぞれが共鳴し合うように激しく放電を開始する。それを頃合いと見たのか。フェイトちゃんは高々と黄金の剣を天に掲げると、紫電を巻き込むようにくるりと一回転させ、大きく構えを取った。

 雷光が剣身へと集束されていく。徐々に輝きを増していく剣を見ているだけで、えも言われぬ圧力が強くなっていくように私は感じた。

 

「っっ、アイゼンッ! カートリッジフルロードッ!」

 

“Explosion”

 

 そして、私と同じものを直接対峙しているヴィータちゃんも感じ取ったのだろう。漸く弾幕を凌ぎ切った彼女はその場で停止し、全弾を一度にロードすると数十枚の障壁を前面に展開した。紅き障壁が幾重にも守りを固める様は、まさに難攻不落の城壁のようにも見える。

 だが、フェイトちゃんはそれを物ともせず、凛とした声で最後のキーを紡いだ。

 

「――――断ち切れ、閃光っ!」

 

 周囲に迸る紫電が音を立て、幾筋もの稲妻が黄金の剣を更に輝かせる。

 元より大きかった大剣は、その大きさを既に何倍にも肥大させていた。

 すべてを断ち切る閃光の刃。極光の斬撃が今、放たれる。

 

“Plasma Saber”

 

 金の剣と紅の盾が激しくぶつかった。だが、均衡などは決してしない。

 光の刃は一瞬にして十数枚の紅盾を喰い破り、尚も切り裂いていく。

 一枚、三枚、五枚、十枚。障壁の破壊が止まらない。その進行を阻めない。

 気が付けば残りは僅か数枚となっていた。どちらが劣勢なのかはもう明らかだ。

 

「うぉぉおおおお!!」

 

 ヴィータちゃんが咆哮のような叫び声を上げ、障壁の出力を上げた。

 紅き障壁が燃えるように深紅の輝きを増し、極光の進撃を残り一枚でかろうじで喰い止める。

 目が眩むような金と紅の魔力光が濁流し、見ている私達の視界を完全に塞いだ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」

 

 光が治まるとそこには息絶え絶えのヴィータちゃんの姿があった。どうにかあの一撃を堪え切ったらしい。しかし、その姿は紅の騎士甲冑ではなく黒のアンダーシャツとなり、両手で持つグラーフアイゼンも柄を部分に大きな亀裂が入っているような有り様。もう彼女の限界が近いのは誰の目からも明らかだった。けれど、まだフェイトちゃんの攻撃は終わってはいない。バチバチと電撃の音が空から響いた。

 

「――――スパークッ」

 

 天に掲げられた左手の上で、夜空に残されていた魔方陣が巨大な槍へと変化していく。

 大技に続く大技。流石にここまで連続しての大規模な魔法行使は負担が大きいのだろう。フェイトちゃんも苦しそうに顔を顰めている。でも、その瞳に灯った燃えるような強い光はまだ消えてはいなかった。

 

「エンドッ!!」

 

 叫ぶような声と共に黄金の槍が投合される。それはすぐに動けないヴィータちゃんへと向かい、炸裂。直視できないような激しい閃光を発生させ、数瞬後に大爆発を引き起こした。立ち昇った白い煙の中から、ガラガラと建物が崩壊していく音が聞こえてくる。

 

「はぁはぁ、はぁはぁ……」

 

 その光景を見つめながら、肩で呼吸をしていたフェイトちゃんは光に包まれ、本来の姿へ戻った。どうやら先の一撃で限界近くまで魔力を消耗してしまったようだ。だが、浮かべる表情からは疲労感よりも達成感の方が強く現れている。

 

「よしっ、決まった! さっすがフェイト! それでこそ、あたしのご主人様だよっ!」

 

「あ、あはは……相手の人、生きてますよね?」

 

 主人の勝利を確信し、我が事のように喜びを露わにするアルフさん。その一方でユーノ君は引き攣ったような笑顔を浮かべていた。でも、その声からは安堵の響きを感じ取ることができる。やはり、戦闘中ということでかなり緊張をしていたみたいだ。まぁ緊急事態だったわけだし、それも仕方がないかなと思う。

 ちなみに私は苦笑いだ。まさかヴィータちゃんを捕縛することになるとは思わなかった。撤退させることが出来れば……くらいしか考えていなかったから、これからのことを考えるとちょっと頭が痛い。でもまぁ、これで私もやっと身体の力を抜くことができる……ん?

 

「………………?」

 

 そこまで考えて、私はふと小さな違和感を覚えた。

 それは言ってしまえば、ただの勘のようなもの。何の根拠もない戯言とも言える直感だった。だが、この直感に今まで何度も救われてきたことのある私にとっては、何よりも重要視するべきものでもある。

 未だ晴れていない煙の奥を私は睨むように見つめた。そして、気がつく。あの煙の奥に三人(・・)いる。まだ戦闘は終わっていないっ。

 

「??? なのはさん?」

 

「――――ダメ、救援が入った! フェイトちゃん、気をつけてっ!」

 

 戸惑いながら問いかけてくるユーノ君を半ば無視するような形で、私は宙にいるフェイトちゃんへ大声で呼びかける。しかし、それはほんの少しだけ遅かったらしい。

 

「はぁ、はぁ……なのは? ……っ!?」

 

 フェイトちゃんに私の声が届いた瞬間、緑色の細い紐のようなバインドが素早くフェイトちゃんの身体を拘束した。そして、間髪入れずに上空から突如現れた鮮やかな桃色の影がフェイトちゃんに襲いかかる。

 

“Defenser.”

 

 身動きの取れないフェイトちゃんの代わりにバルディッシュが防壁を張った。だが、それは本当に最低限の防御でしかない。彼女の重い一撃に対するには余りにも脆く、弱かった。

 

「紫電、一閃ッ!」

 

 気合いの入った声が響いた直後、炎を纏った鋭い剣閃が放たれる。それはまるで紙のように容易く防壁を両断すると、そのままフェイトちゃんのバリアジャケットを上から斜めに切り裂いた。

 

「フェイトッ―――!」

 

 アルフさんの絶叫と共にフェイトちゃんを拘束していたバインドが音もなく消え去る。

 ぐらりと力なく地上へと墜ちていくフェイトちゃんの姿が嫌にゆっくりに見えた。

 叫びながらアルフさんがフェイトちゃんの下に駆け寄るが、その往く手を阻む蒼い影が現れる。

 

「悪いが、暫し大人しくしていて貰おう」

 

「ーー――あ、がっ!?」

 

 横からの不意打ちをモロに受け、アルフさんは地面へ叩き落とされてしまった。

 しかも当たりどころが悪かったのか、地に伏してまま、動かない。

 たらりと私の額から嫌な汗が流れる。さっきまで優勢だった戦況がいきなりひっくり返されてしまった。

 

「ごめんなさい、来るのが遅くなったわ」

 

 銀色の仮面をつけた淡い金髪の女性の持つ指輪がきらりと光ると、緑色の風がヴィータちゃんの傷を瞬く間に癒していく。その間に、他の仮面をつけた二人の男女も彼女達の下に集まった。

 その光景を何も出来ず、ただ見つめながら私は打開策を探そうと思考を巡らせる。しかし、残念ながら良い案は浮かんでこない。

 

「……まだやれるか?」

 

「ったりめーだろ、あたしはまだ負けてねー」

 

「ふっ、そうか」

 

 夜天の空の下、四人の雲の騎士が並び立つ。

 その姿は見る者が見れば、感動的な光景なのかもしれない。

 けれど、これから対峙しなければならない私達からすれば、危機感しか湧いてこない光景だ。

 

「なのはさん……」

 

 顔を強張らせたユーノ君の声が私の耳に届く。

 それに私は小さく頷きを返すと、意識を戦闘モードへと切り替えた。

 ――――ぶっちゃけ、これって詰んでない……? と内心で愚痴を言っていたのは、ここだけの秘密だ。


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