~突然のお誘い、私の心臓がマッハ~
その日。私、高町 なのはは久々にテンパっていた。
どのくらいテンパっていたかというと、初めてユーノ君がフェレットから人間に進化したのを見た時くらいにテンパっていた。ここが食堂でなければ、今すぐにでも叫びたい気分だ。
「――――えっ? ご、合コン?」
「はい、土曜日の夜なんですけど……なのはさんは予定、空いてます?」
この時、私は齢二十七。彼氏いない歴、年の数を驀進中である。
当然、そんな私がこんな誘いをされるとどうなのか。
それは凄く簡単。
「ちょ、ちょっと待っ……ゲホッゲホ!」
咽ます。それはもう、盛大にパニクって咽ます。
食堂で一人ラーメンをすすっていたので、麺が気道に入って余計に苦しみます。
取りあえず、コップの水を飲んですーはーと深呼吸。大丈夫ですか? と心配そうに言ってくる部下には笑顔で大丈夫だよ、と告げておく。まだ心臓がバクバクしてるのは、御愛嬌の一つだ。
「それで、合コンだっけ?」
「は、はい。土曜の夜なんですけど……」
気を取り直してテイクツー。少し部下の顔が引きつってるような気がしないでもないけど、そこはスルーの方向で。まぁ、自分でもちょっとカッコ悪かったなぁとは思っているんだけどね。
でもでも、それも仕方がないと私は思うんだ。だって、いきなり何かお誘いが来たと思ったら合コンだよ? 合同コンパだよ? あの男女が王様ゲームとかしちゃう、キャハハでウフフな嬉し恥ずかしイベントだよ? テンパらないほうが人としておかしいよね!
「……レイジングハート。その日、私の予定はどうなってるかな?」
そんな内心を隠して、私は長年の相棒に確認を取る。
しかし、本当は確認なんてしないでも私にはわかっていた。
今週の土曜は完全フリーである、と。
“特に予定はないようです、問題ありません”
その答えを聞いて、心の中で大きくガッツポーズ。
無論、表の顔はいつも通りの平常運行である。
よし、やっぱり何も予定はなかったね。まぁ、それはそれで何かちょっぴり空しい気もするけど、今は無視。
「あーうん。一応、大丈夫みたいだけど」
「本当ですか!? 良かった~! 実は私が幹事なんですけど、誘ってた子にいきなりキャンセルされて困ってたんですよ~」
私の言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろす部下。艶のある長い黒髪と腕に抱えた極大メロンちゃんが個人的に凄く妬ま……んんっ、羨ましい今年17歳の我が隊、期待の新鋭である。
ちなみに得意な魔法が超遠距離からのホーミング砲撃という素敵仕様の少女Aだ。
「でも、本当に私でいいの? その、あんまり合コンとかって慣れてないんだけど……」
嘘です、ごめんなさい。
本当は初めてです、ごめんなさい。
見栄を張りました、本当にごめんなさい。
「あはは、大丈夫ですよ。適当に笑って、適当に話でもしてくれれば全然OKです」
「そ、そっか」
なんでもなさそうに手をヒラヒラしてそう言ってくる部下を見て、私は強く思った。
――――簡単そうに言うけれど、それが一番難しいのだと何故気がつかないっ!?
いや。それは確かに私だって別に男の人と全く話せないってわけではないよ、うん。ほら、ユーノ君(既婚者+避けられてる)とかクロノ君(既婚者+最近、直接は会ってない)とかとは良く……って、あれれ? 何か男友達の数が異常に少ないよーな。いやいや、気の所為だよね、うんうん。他にもグリフィス君(既婚者)とかヴァイス君(現ティアナの彼氏)とかエリオ(キャロとルーテシアの修羅場製造機)とかだっているし……あれ? おかしいな? なんか胸が痛い。
「なら、問題はないかな。でも、合コンとかって結構してるの?」
「う~ん、割とそうですね。ヴァルキリーズのメンバーではもう何度かやってます」
…………私、誘われたの今日が初めてなんだけどぉ。
というか、そういう大事な要件は普通、隊長の私に優先して回すべきではないのかな。年功序列とかなんとかうるさいことをいうつもりはないけど、ちょーとお姉さん淋しいです。
「そっか。けど、やっぱり幹事さんは大変そうだね」
「まぁ、今回は特別です。いつも連絡はメールで回してるんで、そうでもないんですよ?」
だから! 何故! 私に! そのメールを! まわさない!
うぅぅ、まだ微妙に部下達と距離があるのかなぁ。やっぱり年齢が一回りくらい違うとどうしてもこうなっちゃうのかも……あーやばい、なんかホロリとしてきた。
そんなことを思い、かなり落ち込んでいる私は知らない。私がフェイトちゃんとデキているから、そういう誘いをするのは失礼だと部隊の皆に思われていることを。そして、今回誘うのに部下がどれだけ勇気を振り絞っていたのかを私は永遠に知らない。
「うーむ、合コンかぁ」
誘ってくれた部下が去り、私は改めて少し伸びてしまったラーメンを静かにすすり始めた。
ぶっちゃけノリでOKしてみたものの、何分初めてのことなので勝手が分からない。大体、合コンって具体的には何をすればいいの? 私の知識としてはご飯を食べたり、楽しくおしゃべりやゲームをしたり、カラオケに行ったり~みたいな感じなんだけど、これで本当に合ってるの?
「……カラオケは多分大丈夫かな。一応持ち歌は何曲かあるし、これでも高町家の宴会ではよく先陣を切って歌ってたんだもん。それなりに歌には自信がある。とすると問題は……」
男性と楽しい会話、所謂小粋なトーク……うん、これが私にとって一番の問題だ。別に男性恐怖症というわけではないけど、正直何を話せばいいのか全くわからない。というか、お仕事以外の話題が全然思いつかない。それによくよく考えてみればここ最近で私が会話をした男性ってお仕事関係とミっくんを除くと、近所のコンビニのおじいちゃん店員くらいしかいないっていう。我ながら自分の灰色っぷりに涙が出そうだけど、私はそんなことでは挫けてなんてやらない。今が灰色だというのなら、これから色を付けていけばいいだけのことじゃない。
「……ふふっ、ハードルは高い方が越えがいがあるというもの。私のコミュ力の高さを(高町家内で三番目位)見せつけてあげるよ!」
ペラペラと薄い焼豚をネギと一緒に食らいつつ、私はむんと気合いを入れた。
次に考えなければならないのは合コンに着ていく服装のことだ。一張羅とか勝負服みたいなのは特に持ってない(何故か勝負下着は三枚ある)けど、一応女なので私も服自体はまぁまぁあるんだよね。ただ合コンに相応しい服装っていうのがイマイチよくわからない。基本的に可愛いなーとかこれいいなーとか思った服しか買わないから、今はこれが流行! とか男性受けを狙って~みたいに服を持っていない。だけど、合コンってことを考えるとそういう服装の方がいいのかもしれないし……うむむ。
「どうしようかなぁ。ここは誰かに相談するべきだと思うんだけど……うーん」
とりあえず、相談できそうな相手を思い浮かべてみる。
はやてちゃんは絶対にからかわれるからアウト。ヴォルケンズの皆は必然的にはやてちゃんに伝わってしまうので、却下。アリサちゃんとすずかちゃんも近場にいないからちょっと無理。かといってスバルやティアナに頼むのも気が引ける(プライド的に)。フェイトちゃんは今回は何となく面倒なことになりそうだからダメ! となるとあとは……くっ。
「こうなったら、多少のお小遣いアップを生贄に偉大なるヴィヴィオ大先生に助言を頼むしかない、か。でもなぁ……ぶつぶつ」
「――――なのはさん、どうかしたんですか?」
「にゃにゃっ!?」
少々苦い表情を浮かべて私がうんうんと唸っていると、突然後ろから声を掛けられる。
しかも、凄く聞き覚えのあるその声の主は、我が隊唯一の男性……。
「ミ、ミ、ミっくん、いつからそこにっ!?」
「え、えっと。今、来たばかりですけど?」
私の言葉に笑みを浮かべたまま首を傾げるミっくん。
その爽やかな笑顔にいつもの私だったら心が躍る所なんだけど、今は正直勘弁して欲しい。
大体、この場面でミっくん登場って……これはアレなの? 他の男なんか走ろうとした私への罰なの? だとしたら、神様は意地悪過ぎるよ! 今までこういうイベントなんてなかったんだから、ちょっとくらい良い思いをしてもいいじゃない!
いや、待て待て。ここは逆に考えよう。これはこれでミっくんと仲良くなるチャンスなのだ、と。こういう所での好感度の積み重ねが後の勝利に繋がるのだ、と。……そうとでも思わないとやっていられないっ。
「あの、なのはさん。ここって席、空いてますか?」
「ふぇ……? あっうん、空いてるよ! 寧ろ空きまくってますよ、ええっ!」
「あはは。それじゃ、ちょっとお邪魔しますね」
そう言って、ミっくんが私の向かいの席に座る。
小さな包みを持っているから、どうやら今日はお弁当みたいだ。
ふむふむ、やっぱり料理が出来る男の人っていうのはいいよね。偶の休日に手料理を振る舞ってくれるのとか少しだけ憧れるかも。あっでも、一緒にキッチンに立つのもいいよね。ちょっと指切っちゃって、指をパクッと消毒みたいなイベントとか個人的には胸熱の激熱だと思うし。
「??? どうかしました?」
「う、ううん! 何でもないよ!」
「そうですか? ならいいんですけど、早く食べないと麺が凄いことになってますよ?」
「えっ……」
私がラーメンを見てみると、スープの半分が無くなってて麺が五割増しになってた。
うむ、実にボリューミー……って、なんで今日に限って私はラーメンを選んでしまったの!?
いや、別にラーメンが悪いってわけじゃないんだ。頻繁に食べようとは思わないけど、偶に食べたくなる時があるくらいには好きだし。けど、ミっくんの前でラーメンをすするのはかなり抵抗がある、というか恥ずかしい。ちょっと気になる男の人の前でラーメンをずずっ……やばい、軽く死ねる。
「あっ、そう言えばなのはさんって土曜日の食事会には来るんですか?」
「~~~っっ、な、なんでミッくんが知ってるの!?」
とは言え、ちゃんと食べないとお腹が持たないことがわかっている私は、断腸の想いで伸びたラーメン出来るだけ上品にちるちるとすすり始める。しかし、そんな私にミっくんがいきなり合コンの話をしてくるので、また箸が止まってしまった。正直、また咽そうになったのを根性で抑えた私は皆に褒められてもいいと思う。
「あれ? 男の方の幹事って僕なんですけど……聞いてません?」
「全然っ、聞いてないよ!?」
詳しく話を聞くと、何か前の部隊の先輩に“今度、お前のいる隊の娘達と一緒に飯でも食べにいこうぜ!”って言われたらしい。しかも、セッティングは完全にミっくんに丸投げ状態だったとかなんとか。
ウチの隊は皆美人揃いだからそう言ってくるのは仕方がないと思うけど……幹事をさせられるミっくんも大変だと思う。まぁ、そんなことを思っている私は幹事なんて一度もしたことがないんだけどね。職務中ならともかく、プライベートな私にリーダーシップとか皆無だから。
「でも、楽しい食事会になるといいですよね?」
「えっ? う、うん、そうだね」
食事会? あれ? 合コンは? そんな疑問を浮かべつつミっくんの顔を見るも、彼は至って普段通り。その表情を見れば、よく鈍いって言われる私でも理解できる。
どうやらミっくんは合コンではなく、ただの食事会のつもりのようだ。
「……そっか。なら、別にそんなに気負う必要もないのかな」
合コンだと思うから緊張するだけで、食事会だと思えば大丈夫……な気がする。
それに知らない男性ばっかりじゃなくて、ミっくんもいるんだから私でも何とかなる……はずだ。
ちらりとサンドウィッチを美味しそうに口に運んでいる彼を見る。普段は落ち着いた感じなのに、今はちょっとだけ子供っぽく思えた。というか、年下の男の子ってやっぱりなんか可愛いにゃあ~。
「なのはさん? 何か言いました?」
「ふふっ、なんでもないよ。ねぇ、どんなお店に行くのか聞いてもいい?」
少し心に余裕が出来た私は、ミっくんとのおしゃべりに集中することにした。
折角二人で食事をしているのに、悩んでいるなんて勿体ない。今はこの時間を楽しんだ方がお得なのだ。ま、私のメニューはラーメンだから、ムードもへったくれもないけどね!
「雰囲気の良いお店がいいってセリカ達に頼まれたので、僕のオススメの所にして置きました。あんまり有名なお店ではないですけど、味も結構良い所なんですよ?」
「へぇ、なら期待してもいいのかな?」
「ええ、きっと期待には応えられると思います」
「だったら、楽しみにしておくからね♪」
そんなやり取りをしながら話をしていた私達は、結局休憩時間が終わるまで食堂にいた。
話題の大半はミっくんが振ってくれたものだったけれど、実に楽しい時間だったと明記しておく。
「それじゃ、行こっか?」
「はい」
休憩時間が終わり、二人で肩を並べて訓練場へと向かった。
そして、その道中にふとある重要なことに気がつく。
あれ? 今、私達って周りから見たら恋人みたいに見えるんじゃない?
無論、内なる私が全力でにやけていたことは語るまでもない。
えっ? 結局、合コンはどうだったのかって?
あーうん。当日に緊急の応援要請が出ちゃってね、見事に休日出勤でした……ぐすん。
~Ex-ep3 アナタはダレ~
連続襲撃テロ事件の対策チームへの出向が決まって早一週間。
意外と面倒だった引き継ぎや準備もなんとか終わり、ようやく私こと、高町 ヴィヴィオと直接の上官であるミっくんの二人は対策チームへ合流することとなった。チームの指揮を取るのは、新型次元航行艦ユリシーズの臨時艦長となった八神 はやて捜査司令長官。私達は彼女の指揮下に設けられた“緊急テロ事件対策本部特殊実働部隊”への出向となる。ちなみに私のコールサインはインフィニティ2。何故か私が中隊副隊長を任されることになってしまいました……。
「……………………」
ユリシーズの艦内をミっくんと並んで歩きながら、私は内心で大きく頭を抱えていた。
出向に当たって階級が三尉に昇進したと思ったら、いきなり中隊副隊長&小隊長への任命。もう、本気で何がなんだかわからない。というか、入局したてホヤホヤの私に部下とか、流石に無理があり過ぎるじゃないかな。そういうのは、もっと実戦経験が豊富な人達の方が絶対に良いと思うんだけど……。
「――――ィオ? ヴィヴィオ、聞いてる?」
「えっ? あ、うん……じゃなかった、はいっ!」
そんなことをずっと考えていたからだろうか。私は声をかけられていたことに全く気がつかなかった。それどころか、上官であるミっくんに“うん”と返事をしてしまう始末だ。本当に目も当てられない自分の有り様に羞恥心で顔が熱くなる。だが、そんな私の様子が気になったのか、ミっくんは足を止めると心配そうな顔で話しかけてきた。その声色はプライベートの時とまでは言わなくても、幾分か柔らかなものだ。
「もしかして、緊張してる?」
「……うん、実はちょっとだけ。それに私が副隊長でいいのかなって」
「それを言うなら、僕は隊長なんだけどね……しかも、隊員達はちょっと
私の言葉を聞いて納得したように頷くと、ミっくんは苦笑しながら小さな溜め息を吐いた。
だけど、溜め息を吐きたくなる気持ちはよくわかる。中隊長を任されたのはまだ良いとしても、あの
辞令と一緒に受け取った資料に乗っていた情報によると、命令違反は当たり前。果てには上官侮辱や暴行まがいのことまでやらかしている者達までいた。加えて全員、私達よりも年上だ。これで頭が痛くならない方がおかしいと思う。
『はぁ……』
二人揃って大きく溜め息を吐き、肩を落とした。
ダメだ、考えれば考えるだけ気が重くなってくる。もう、ここは思い切って何も考えない方がいいのかもしれない。少なくともその方が胃への負担は小さいような気がする。うん、そうだよ。まだ始まってもいないのに、落ち込んでいても何にもならない。前向きに自然体でいけば、意外となるようになるはずだ。
そんな風に私が気持ちの切り替えを終えると、ミっくんは何故か私を見て苦笑を深めていた。
「??? 私の顔に何かついてる?」
「あはは。ううん、何もついてないよ」
「むぅ……」
顔に何かついているのか気になってペタペタと確認していると、更にミっくんの笑みは強くなる。しかも、声に出してまで笑い出した。流石にこれは失礼だと思った私が睨むように視線を向けても、笑みを崩さないどころか、私をからかってくる。
「まぁ、とにかく頼りにしているよ。
わざと副隊長の部分を強調するミっくんはきっと性格が悪いに違いない。この数ヶ月の付き合いを経て、私もやっとわかってきた。この人は誠実そうに見えて、その実隠れドSだ。だけど、私もやられっ放しというのは気に入らないので、ちょこんと敬礼をして真面目くさった顔で言ってやることにする。
「了解です、
「いや、流石にその呼び方は止めて欲しいんだけど……」
「べ~だ!」
途端に困ったような顔になったミっくんに私は舌を出して笑みを浮かべる。
ミっくんは“ミっくん”と呼ばれるのが実は苦手なのだ。二十歳を超えてるのに渾名で呼ばれるのは、流石に恥ずかしいらしい。特に年下の私に呼ばれるとちょっと照れたように困った表情をする。そんな表情を見るのが楽しみで敢えて渾名呼びをしている私は、少しだけ性格が悪いのかもしれない。まぁ、ほんの少しだけど。
その後、一頻り笑って満足した私達(私だけとも言う)は着任の挨拶をする為に、再び艦長室へ向かい始めた。まぁ、相手はよく知っている人なのでそれほど緊張はしていない。ミっくんが代表して扉の前で挨拶に来たことを告げると、久しぶりに聞いた独特のイントネーションのある声で入室の許可が下りた。
「ご無沙汰しています、八神司令長官」
「お久しぶりです!」
艦長室に入室した私達はそれぞれ挨拶をしながら、敬礼をする。
最近になって漸く身体に馴染んできた敬礼の動作。入局したばかりの頃に言われた、なんちゃって敬礼の汚名はもう撤回しても良さそうだ。
「うん、本当に久しぶりやね。二人とも元気そうで安心したよ」
久々に会ったはやてさんはやわらかな笑顔で私達を迎えてくれた。
本当はもっとキチンとした挨拶しないといけないのだろうけど、今は私達三人しかいない。はやてさんも堅苦しいのは要らないと言っていたので、簡単に連絡事項や業務内容の確認を済ませるとすぐに雑談タイムに変わってしまった。
「それでヴィヴィオの訓練はどんな感じなん?」
「順調ですよ。このままいくと近い内に追い抜かれてしまいそうですね」
「へぇ、それは楽しみやね。良かったなぁ、ヴィヴィオ。先輩のお墨付きやで?」
はやてさんはまるで親戚のおば……んんっ、お姉さんのように嬉しそうにミっくんから私の話を聞いていた。内心でこれは一体何の羞恥プレイだと愚痴りながら、私はその悪夢のような時間をどうにか堪える。……これが私の幼少の頃の話になっていたら、きっと私は悶え死んでいたことだろう。
「えーと。私としては、まだまだダメダメじゃないかなーと思っているのですが……」
「別に謙遜しなくてもええんよ? 本当は“もう追い抜いてます!”とか思ってるんやろ?」
「ちょっ、はやてさん!?」
からからと笑いながら、とんでもないことを言うはやてさんに私は激しく突っ込みを入れる。ミっくんの前でそんな調子に乗ったことを言ってしまえば、どうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。絶対に訓練という名の折檻もどきが始まってしまう。だが、時既に遅し。ミっくんの目はぎらりとした光を放っていた。
「ふぅ~ん、そうなんだ。ヴィヴィオ、後でちょっと訓練室に行こうか?」
「そ、それだけは本気で勘弁してくださいっ!?」
笑顔でくいくいと指で合図をするミっくんに私は悲鳴のような声を上げる。それが冗談だとわかっていても恐怖で身体が竦んでしまった。あの目をした時のミっくんは本当に容赦なく叩き潰しにくる。その時の恐怖はこの数ヶ月で嫌というほど記憶と身体に刻まれていた。
「ははは、冗談だよ」
「ホ、ホント?」
「うん。まぁ、どっちにしても後で訓練室には行かないとダメだから、その時の気分だけどね」
「い、いやぁ―――!!」
くすりと笑いながら残酷な事実を告げられ、思わず私は叫んだ。そんな私の姿を見て、二人は本当に楽しそうに笑っている。なんて酷い上司達だ。この部屋には鬼畜しかいない。これからこんな職場で働かないといけないなんて……不幸過ぎる。
「あー、久々に笑わせて貰ったわ。それにしても……うーん」
私が上司の鬼畜具合と自分の不幸を大いに嘆いていると、満足するまで笑い終えた様子のはやてさんが私達二人を交互に見つめ、何やら唸り始めた。その意味深な視線に嫌な予感を覚えた私は、何か話を変えようと話題を探すが、その前にミっくんがはやてさんに問い掛けてしまう。このお馬鹿! と悪態をつきたくなったのは、ここだけの秘密だ。
「八神司令長官? どうかしましたか?」
「ううん、どうもしてへんよ。ただ二人が思ってた以上に仲良くやれてるみたいやから、安心しただけや」
にやにやとご機嫌に笑うはやてさんの考えてることはなんとなく理解できた。大方、私とミっくんの関係を邪推してるのだろう。二人に聞こえないように私は小さく溜め息を吐く。まぁ、確かにミっくんとは仲が良いと私も思う。だけど、それは飽く迄も先輩と後輩・上司と部下の仲でしかない。それ以上に発展することは……多分あり得ない。
「まぁ、可愛い後輩ですからね」
「ええ~、本当にそれだけなん?」
「あはは。ご期待に添えなくて、申し訳ありません」
絡むはやてさんをミっくんが苦笑いで流している姿を眺めながら、私は肩口まで
半年前くらいに以前付き合っていた彼氏とは、この髪と同じようにばっさり別れたのだ。理由は……ちょっと言いたくない。ただ女の友情って儚いんだなって再確認した。そういう意味ではなのはママ達のことを私は素直に尊敬している。二十年来の親友って本当に凄いと思う。私もリオやコロナとの関係をこれからも大事にしていきたいな。
「それでは失礼します」
「長い時間お邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」
結局、私達は二十分くらい雑談を続けた。流石にこれ以上は後の業務にも差し支えてしまうので、お暇することに。着任したばかりとはいえ、やらなくちゃいけない仕事は少なくない。私達にのんびりと休んでいる暇はないのだ。
「ううん、私も楽しかったから別に気にしなくてもええよ。これから大変やろうけど、一緒に頑張ろうな。期待しとるよ?」
『はいっ!』
二人で敬礼しながら返事をする。それにはやてさんも答礼を返して、着任の挨拶は終始穏やかな雰囲気のまま終わりを迎えた。だが、私達が退出しようと歩き出した時、その雰囲気は一変してしまうこととなる。
「ああ、そうそう」
はやてさんがさも今思い出したかのようにミっくんに声をかけた。
その口調には何の気負いもなく、先程の雑談の時と変わらない。
なのに、何故か私は異様な圧迫感のようなモノを感じ取った。
「なんや最近、色々と動いてるみたいやけど――――」
その言葉を聞いた瞬間、ミっくんの足がその場に縫い付けられたかのように止まる。
釣られるように私も立ち止まり、ちらりとはやてさんの方を振り返って……戦慄した。
「――――あんまりオイタしたらあかんよ?」
それは一部の隙もない完全な笑顔だった。
華が咲くような笑顔とは、きっとこのようなモノを言うのかもしれない。
だが、どうしてなのだろう。その笑顔を見ていると何か薄ら寒いものを感じてしまう。
満面の笑みを浮かべながらミっくんの背中を見つめるはやてさんが、まるで知らない誰かのように見える。
「……ご忠告感謝します、八神司令長官」
「うん、気をつけてな」
いつもよりも低いミっくんの声とはやてさんの頬笑みは酷く対照的だった。
終ぞ振り返ることもなく、ミっくんは足早に艦長室を後にする。僅かな間どうするべきか悩んだ後、私はひらひらと手を振るはやてさんにもう一度敬礼をしてから艦長室を退出した。通路の少し離れたところにミっくんの後ろ姿が見える、
「待って、ミっくん!」
私はまだ通路を歩いていたミっくんを追いかけ、呼び止めた。
そして、はやてさんの言葉の意味を問い質すつもりだった。
絶対に何をしているのか答えてもらうと、意気込んでいたはずだった。
けれど、私の開いた口は――――振り返ったミっくんの感情が欠落したかのような表情を見て、ぴくりとも動かなくなってしまった。
「――――――――」
この人は一体、誰なのだろうか。
少なくとも私は知らない。こんな能面のような顔をする人を私は知らない。
何も言葉が出なかった。声の出し方を忘れてしまったみたいだった。
「………………」
「………………」
無言のまま、私達の間を重い沈黙だけが流れていく。
遠い。たったの5メートルばかりの距離がやけに遠くに感じる。
いつもは手の届くところにいてくれるのに、今はどれだけ手を伸ばしても届く気がしない。
最近は一緒にいることがどこか当たり前のようにも思っていた。多分、心のどこかで同族意識を覚えていたのだろう。かけがえのない人を失って、胸にぽっかりと穴があいて。でも、似た境遇の彼がいてくれたから、私は今まで大きな孤独を感じずにいられた。あの雨の日、傘を持った彼が来てくれたから私はまた立ち上がることが出来た――――なのに、貴方まで私を置いていっちゃうの?
「……昼食後、1300までに訓練室に集合。隊員達には僕の方から通達する」
何も言えない私に彼は淡々と連絡事項を伝え、背を向けて去っていく。
思わず、私はその背に腕を伸ばそうとして……途中で止めてしまった。
ペタンと座り込んだ床がとても冷たい。隙間に吹く風が凍えるように寒い。
ぽつんと一人残された静かな通路は、私に寂しさだけを教えてくれた。