【ネタ】逆行なのはさんの奮闘記   作:銀まーくⅢ

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第二十七話。なのはさん(28)の出発

 海鳴市上空でピンク色の怪光線が観測されるという事件があってから、数日の時が過ぎた。

 当初こそ“宇宙人襲来っ!? UFOからのコンタクト!?”やら“○○会社で怪奇現象? 音もなく荒らされたオフィスの謎!”などなど、少しだけテレビやネットを騒がせていたニュースも、今では漸く落ち着きを見せてきている。

 元より狐耳の少女や銃弾を容易く避ける高校生、ロケットパンチをするメイド、年を取らない喫茶店のマスター達などがいる楽しい街だ。ああ、海鳴だもんねーという魔法の言葉で、大抵のことは流されてしまった。海鳴はよいとこ、一度はおいで~。本当に摩訶不思議な街である。

 

 さて、ところ変わって。事件の当事者の半数が住んでいる、ここ八神家では冬の定番料理“お鍋”が開催されようとしていた。五人全員でテーブルと囲み、カセットコンロの上でぐつぐつと音を立てている大きめの土鍋をじぃっと見つめる。蓋をされているため中身を見ることは叶わないが、今にも涎が出てきそうな良い匂いが部屋中に広がっていた。

 

「はやて、まだ~?」

 

「うーん、そろそろええ感じかな?」

 

 少し前から催促をしてくるヴィータに首を傾げながらはやてはそう言うと、ゆっくりと土鍋の蓋を手に取り、慎重に蓋を上げる。するとフワッとした白い湯気が立った後に、良い頃合いとなった具材達が顔を出してきた。

 時間を掛けて取った黄金の出汁に浮かぶ、白菜や春菊、人参、長ネギ。豆腐に糸こんにゃく、エノキ、切り込みの入ったシイタケ。更に豚バラやお手製の鶏つみれ。どれもちょうど食べ頃のようだ。皆の視線がはやて(家主兼鍋奉行)へと一斉に向かった。それにはやては苦笑いを浮かべつつ、小さく頷くとGOサインを出す。

 

「うん、無事完成や。ほな、食べようか」

 

「やった~!」

 

「ふふっ。それじゃ、私が取り分けますね~」

 

『や、シャマルは触るな』

 

「ひ、ひどい!?」

 

 こうして、和気藹々? とした雰囲気のまま八神家の鍋パーティは始まった。

 各々が好きな具材を器に取り、それぞれの味わい方で鍋を楽しんでいく。まだ雪こそ降ってはいないが、気温の低いこの季節に食べる冬の温かお鍋は身体も心も温めてくれる最高の料理だ。ちなみに普段は犬形態のザフィーラも珍しく人間形態で鍋に参加しているのは、全くの余談である。

 

「ヴィータ、あんまり慌てて食べると舌を火傷してしまうよ?」

 

「はむあむ、んくっ、だって、はやてが作った鍋、ギガうまなんだもんっ!」

 

「こら、ヴィータ! 口にモノを入れたまま話すな! ……すみません、主はやて」

 

「あはは、ええんよ。美味しそうに食べてくれるんは、料理人冥利に尽きるからな」

 

 恐縮そうに謝罪してくるシグナムに、追加の具材を補充していたはやては嬉しそうに笑った。

 その表情に不快の色は全く存在していない。久しぶりに家族全員で食べる夕食を純粋に彼女は楽しんでいるようだ。新たな具材の補充を終え、自分のお椀に入っていた豆腐を一口味わうと、はやての笑みがまた強くなる。そして、並んでいる家族達を眺めるとぽつりと言葉を漏らした。

 

「……うん、やっぱり皆で食べるご飯は美味しいな」

 

 その言葉を聞いた騎士達は思わず、箸の動きを止めてしまう。

 はやてがハッと気が付けば、食べることを止めた騎士達の視線が彼女へ集中していた。それを見たはやては、ややバツの悪そうな表情を浮かべると持っていた箸をお椀の上に置き、静かに口を開く。

 

「ははっ、いきなり変なこと言ってもうて、ごめんな。こうやって、全員が揃って食べる夕食なんて久しぶりだったもんやから……つい、な」

 

「はやてちゃん……」

 

「主はやて。我らは、その……」

 

「ううん、別に気にしなくてええんよ。皆だってそれぞれ都合とかあるやろうし、自分がやりたいことをやってくれた方が私も嬉しい。これは強がりとかやなくて、私の本心や」

 

 申し訳なさそうな顔になる騎士達にはやては、首を横に振って言葉を続けた。

 だが、その言葉は嘘や偽りではなく、紛れもない彼女の本心だ。確かに騎士達が傍にいない時は少し寂しさを感じることもある。ひと月ほど前までは常に全員が傍にいてくれたのだ、何も思わないわけがない。しかし、だからと言って、自分の我が儘で騎士達を縛りたいとは思っていなかった。

 闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッター。だが、はやてにとっての彼女達は騎士である以前に掛け替えのない大切な家族達だ。家族達がやりたいことを見つけて、喜ばない者がどこにいるだろうか。少なくとも、はやては寂しさよりも嬉しさの感情の方が大きかった。

 

「それにな、こういうのは偶にくらいの方が逆に良いのかもしれん。……人は幸福に慣れ過ぎてしまうと、傍らにある大切なモノに気付かなくなってしまうからな」

 

 しっかり者のシグナム。甘えん坊のヴィータ。少し天然のシャマル。寡黙なザフィーラ。

 彼女の本当に欲しかったモノは既にここにある。大切な家族達がここにいてくれる。

 ――――彼女の一番の望みは、もう叶っているのだから。

 

『……………………』

 

 そんなはやての想いは余すことなく、騎士達へと伝わった。

 ふわりと柔らかな笑みを浮かべる自分達の主を無言のまま見つめ、騎士達は自然と湧き上がってくる歓喜の心を必死に抑えつける。そして、もう一度胸に強く誓うのだ。

 ――――この優しい、最高の主を必ず救ってみせる、と。

 

「――――ん?」

 

 少しだけ静かになってしまったリビングに軽快なメロディが響き渡った。

 音の発信元を見れば、どうやらはやての携帯にメールが一件届いたようだ。

 普段は食事中に携帯を見ることなど絶対にしないはやてだが、自分の所為で微妙になってしまった空気を変えたいという思いから、メールを見てみることに決めた。

 

「食事中やけど、ちょっとごめんな」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 騎士達に許可を取り、はやては自分に届いたメールの確認を始める。 

 送り主は先日事故に遭い、怪我で入院している友達からだった。いつも明るく楽しそうに笑う彼女は、今まで同年代と接する機会のなかったはやてにとって本当に得難き友人の一人だ。特に最近は入院していて暇なのか、昼間にもちょくちょくメールを送ってくるので、それにどう返信しようか考えるのも秘かなはやての楽しみになっている。

 だが、今回のメールはそんな他愛もない内容ではないらしい。楽しそうに携帯を眺めていたはやての顔は、送られてきた本文を読んでいる内に驚愕に彩られていく。

 

「えっ……嘘、なのはちゃんが退院!?」

 

『――――っ!?』

 

 先程とは違う意味でリビングに流れる時間が止まった。驚きつつも嬉しそうなはやてと対照的に、“なのは”という単語を聞いた騎士達は顔を強張らせる。

 騎士達の脳裏には、あの白き戦闘衣を纏った少女の姿と自分達に一瞬とはいえ、死の恐怖を感じさせたピンク色の極光が浮かんでいた。最後のアレが万全の状態で放たれていれば、どのような結果になったかなど想像もしなくない。

 

「ほらほら、なのはちゃんから写真も一緒に――――」

 

「あ、あわっあわわあわあわわわわっ……!」

 

「――――って、シャマル? 急にどうしたん?」

 

 そして、その中で特に酷い反応を示したのが、他でもないシャマルだった。この中で唯一“なのは”の砲撃をモロに食らって撃墜された彼女は、ある意味一番の被害者である。

 シャマルは“なのは”という単語から、自分の体を容易く飲み込んだピンク色の閃光と、その時になのはが浮かべていた喰い殺すと言わんばかりの容貌を思い出し、全身をガクガクと激しく震わせる。あの日から毎晩のように夢に出てくる高町 なのはという少女の存在は、シャマルにとって恐怖以外の何物でもなかった。

 

「ピンクのあくまが わらうとき にんげんたちは きょうふにおののく」

 

「馬鹿っ、今のシャマルにそんなことを言ったら……!」

 

 そんな怯えたシャマルの姿を見て、面白がったヴィータがとあるゲームに出てきたキャラクターの記述(ちょっとアレンジして)をぼそっと呟く。それを聞いたシグナムは急いで止めようとするも、時既に遅し。シャマルのトラウマスイッチは、もうがっつりと入れられた後だった。

 

「ピンクの、悪魔……嫌ぁ」

 

「シャ、シャマル?」

 

「ピンクは、ピンクはもう嫌なのぉぉおお――――!!」

 

「シャマルー!?」

 

「っ、主はやて、お待ちください! 私も共に参ります!」

 

 半狂乱になったシャマルはそのまま家の外に全力で飛び出していった。

 その後を慌ててはやてが追いかけ始め、更にシグナムがはやての上着を掴んで駆け出す。

 白く曇った窓の外から聞こえてくるシャマルの悲鳴と、はやて達の静止の声がどんどん遠ざかっていく中、完全に出遅れたヴィータとザフィーラの二人はリビングに取り残されてしまった。

 

「いや、どう考えてもシグナムが行くのは逆効果だろ。アイツの髪、ピンクだぞ。今のシャマルが見たら発狂するんじゃねぇか? なぁ、ザフィーラ。お前もそうおも――――」

 

 少しふざけ過ぎたかなと内心でちょっぴり反省しつつ、頬をポリポリと掻きながらヴィータは今まで静かに黙っていたザフィーラにそう問いかける。だが、そこにいたのは、寡黙で頼りになる蒼き守護獣……ではなく、熱々の糸こんにゃくをはふはふと食べている犬耳の筋肉野郎だった。

 

「……ふむ。糸こんにゃく、中々侮れんな」

 

 何やら意味深に小さく頷き、満足そうな顔をしているザフィーラ(馬鹿犬)をヴィータは呆気に取られたような顔で見つめる。そして、そんなヴィータの視線に気がついた馬鹿犬は僅かに首を傾げた後、綺麗に結ばれた糸こんにゃくを箸で持ち上げると、こう言った。

 

「――――食うか?」

 

「食わねぇよ!」

 

 八神家は、今日も平和? である。

 

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 極々、平凡で普通のピンクが似合うプリティ☆ガールです。

 ちなみに身体は必ず左腕から洗う派。うん、本当にどうでもいいなって自分でも思った。

 さてさて、ヴィータちゃん達との激闘からちょうど丸一日が経過し、私はちょっぴり笑えない状況になっていた。具体的に言うのなら、全身筋肉痛になって本局にある病院のベッドの上でうーうーと唸っていた。

 

「うーうー、うーうー」

 

「なのは。いい加減、そのうーうー言うのを止めてくれないか?」

 

「うー☆ うー☆」

 

「……なのは?」

 

「にゃはは、ごみんごみん」

 

 クロノ君から少しばかり冷たい言葉と視線を貰ってしまったので、苦笑しながら謝罪する。

 とまぁ、一見いつものように元気一杯に見えるけれど、現在の私はどこのミイラ女だよと言わんばかりに包帯まみれ。魔法少女ではなく、どこぞのR.Aさんのような包帯少女と言っても過言ではなかった。ちなみに仄かに漂う湿布の匂いについては、ノーコメントで。私の香りはいつもフローラルだとここに宣言しておきます。

 

「それで身体の調子はどうだい? 医務官の話では、後二日もすればベッドから出れるようになるという話だったが……」

 

「うん、全身がマジで痛い。ぶっちゃけ今にも死にそう」

 

 実を言うとこうして会話してるだけでも、かなり辛かった。

 ちょっとした動作の度に電流のような痛みが全身を走るのだ、もうこれは一種の拷問だと思う。せめてこの痛みさえなくなれば、ベットから動くこともできるようになるはずなんだけど……。

 

「ねぇ、クロノ君。痛み止めの投与とかって……?」

 

「残念だけどそれは却下だよ。ああいうものには少なからず副作用がつきものだからね。それに君はいつも無茶なことばかりするから、少しくらい痛い目にあっておいた方が良い」

 

 この目の前にいる鬼畜魔人クロスケが一考すらしてくれないんだよねー。

 まぁ、確かに自分でも少し頑張り過ぎちゃったことは自覚している。なんか内臓の方にもダメージがいってたらしいし、無理したなぁとも思う。だけどさ、その頑張った結果がこの仕打ちってどうなの? もうちょっとくらい、私に優しくしてくれても罰は当たらないんじゃないかな?

 

「クロノ君の鬼! 悪魔! 真っ黒! チビ! むっつり!」

 

「ふっ、それだけ文句を言えるなら何も問題はなさそうだね」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 悔しいから思い付く限りの罵声を浴びせてみるも、効果は殆どなし。寧ろ鼻で笑われてしまった。というか、我ながら悪口のチョイスが小学生レベルなことにちょっと落ち込みそうだ。

 くっ、こんな時はいつも自分の語彙の無さが恨めしい。特に悪口や汚い言葉のセンスが私には著しく欠けている。もっと真剣に国語の授業を受けておけば……いや、今からでも間に合うかもしれない。これからはもう少し本を読む癖をつけてみよう。そして、いつかクロノ君を言葉攻めで絶対に泣かせ……はっ!

 

「にゅふふ。にやり、なの」

 

「な、なんか良くわからない寒気が……」

 

 内心で歯ぎしりをしながら“なのはさんの復讐計画~言葉攻め編~”を企んでいた私だったが、ふと今でも出来る方法を思いついた。それは私が女であることを最大に利用した、謂わば最終手段。当然、諸刃の剣でもあるし、元管理局員として些かどうかとも思うような方法だ。だがしかし、今の私は見た目平凡な八歳児。多少のお茶目はテヘ☆ごめんね♪ で許されるはず、となれば迷う必要はない。

 

「……くっ、ぅ、ん!」

 

 少し動くだけで身体に痛みが走るけどそれをぐっと我慢し、私は身体を無理矢理起こした。

 自分でもアホなことをしているなと思う。だが、年下の男の子に舐められたままでは女が廃る。女の子にはやらなくちゃいけない時というものがあるのだ。

 脂汗を流しながらすーはーと数回深呼吸。そして、両手を口の横に添えると、私は今出せる最大音量で叫び声を上げた。

 

「きゃぁぁああっ!! 誰か助けてー! クロノ君に犯されるー!!」

 

「ちょっと待て、なのは! それは流石に洒落になって――――」

 

「なのはぁっ!」

 

 私が叫んでコンマ数秒後、病室のドアが文字通り吹き飛んだ。そして、怒涛のような速さで金色の人影が私の傍に駆け寄ってくる。そう、彼女こそは閃光の異名も持ち、雷光を自在に操る高貴なる魔法少女――――フェイトちゃん。別名、対クロノ君用最終兵器☆ふぇいと、その人である。

 

「ぐっ! よりもよって、一番洒落にならない奴が来るなんて!?」

 

「なのは、大丈夫!? クロノに何かされたの!?」

 

「フェイトちゃんっ……!」

 

 何か一人で騒いでる様子のクロノ君から、私を庇うように立つフェイトちゃんの胸元へ涙目で飛び込む。勿論、事前に服の胸元を乱して、心底怯えた表情を作ることも忘れない。さぁ、見るがいい。これぞ宴会でやる寸劇のために鍛えに鍛えあげた、アカデミー賞総なめの演技力……!

 

「ぐすん。私、嫌だって……やめてって言ったのに……クロノ君が無理矢理っ……」

 

 頭をいやいやと振り、身体を震わせるその様は、まさに暴漢に襲われかけた直後の憐れな少女。そんな(友達)の姿を見て、友情に篤いフェイトちゃんがどんな反応をするか。それは火を見るよりも確定的に明らか。無論、大炎上的な意味で。

 

「っっ……見損なったよ、クロノ!」

 

「待つんだ、フェイト! これは僕を陥れようとするなのはの陰謀なんだ!」

 

「陰謀? 今のなのはの姿を見て、そんな言い訳をするの? あのなのはがこんなに怯えて、震えてるんだよ? ……なのはは今、泣いてるんだよ!?」

 

 胸元にある私の頭をぎゅっと抱きしめ、フェイトちゃんが吼える。

 視界が塞がっている所為で何も見えないけど、彼女が本気で怒っていることがよくわかった。

 これはちょっとやり過ぎちゃったかな……なんて反省しつつ、私は自分の顔面に当たっている微妙に柔らかな膨らみに少しむむっとなる。裏切ったね、私の気持ちを裏切ったんだね、フェイトちゃん。まだ私と同じツルペタまっ平らだとばかり思っていたのに、この時点で既に私を裏切っていたんだね。

 

「冤罪だ! 僕は何もやってないっ!」

 

「犯罪者はね、皆そう言うんだよ! それにエイミィが言ってた! クロノはなのはみたいな可愛い子がタイプで、実はエロエロ魔人だから気をつけなきゃダメだよって! このエロがっぱ! チビエロノ!」

 

「エロッ……くっ、エ・イ・ミ・ィ~ッ!」

 

 心の奥でフェイトちゃんのおっぱい星人め! とか テスタロッサ家の乳遺伝子は化け物か! とか私がぶーぶー文句を言っている間に、その場は更にヒートアップしていた。何やらフェイトちゃんの意味深な発言もあったみたいだけど、残念ながら私の耳には届いていない。この辺でいつも妙に損をしているところが、私のダメっぷりを現していると言ってもいいのかもしれない。まぁたとえ、聞こえていたにしても、私にはミっくんがいるから特にどうなるってわけでもないんだけどね。

 

「私、クロノのこと信じてたのに! 少しぶっきらぼうでチビだけど、お兄ちゃんみたいだなって思ってたのに! 怪我で動けないなのはにイヤラシイことをするなんて、本当に最低の屑だよ!」

 

「いや、だから僕は……!」

 

「でも、私が来たからにはこれ以上の狼藉は絶対にさせない! 本気でなのはにえっちぃことがしたいなら、決死の覚悟を抱いてくるんだね! バルディッシュ!」

 

“Load cartridge, Zamber form”

 

「ば、馬鹿! こんな狭い所でザンバーなんか……」

 

 フェイトちゃんが片手を解放したため、私の視界が半分だけ広がった。そして、ちらりと視界に映るのは、フェイトちゃんから金色の大剣を突き付けられるクロノ君の姿。いつものクールな姿ではなく、あたふたと狼狽しているその様子は中々に面白い。

 

“なのは! 頼む! フェイトを止めてくれ!”

 

“ヤダ”

 

“即答、だと!?”

 

 SOSの念話を某頭痛薬の名前のようにバッサリンと切ると更にクロノ君が絶望の表情を浮かべた。そんな彼の顔を見て、私は思う。なるほど、これが愉悦か。うん、なんか無性に麻婆が食べたくなってきた。よし、今日の晩ご飯は中華にしよう、そうしよう。あっ。でも、本局で中華料理って食べれるところあったっけ?

 

「さぁ、クロノ! 私の屍、越えられるものなら越えてみせて! 疾風、迅雷っ!!」

 

“Sprite Zamber”

 

「や、やめ――――ぶべらっ!?」

 

 きゅるる~ん☆ という謎の効果音を出しながら、クロノ君がホームランされた。

 まるでグランドスラムのようにぶっと飛ばされた彼は、フェイトちゃんが壊した扉の方へ見事吸い込まれて、ログアウト。こうして、私の小さな復讐は幕を閉じたのであった、まる。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで数十分後。私の病室には再び人が集まっていた。

 今度はエイミィさんとリンディさん、アルフさんも一緒なので、全員で六人の大所帯。ちなみにユーノ君がここにいないのは現在、海鳴の病院で私の影武者を務めてくれているからだ。昨日の戦いのラストで何故か負傷しちゃったみたいだからちょっとだけ心配でもあるんだけど、今はあんまり関係ないので置いておく。とまぁ、そんな経緯もあって私達は六人で、先日の戦闘や現在の起こっている事件になどについて話を進めていった。

 

「魔導師襲撃事件と魔獣狩り、ですか?」

 

 まず前提の話として、私が聞かされたのは最近頻発して起きているという二つの事件のこと。

 魔導師襲撃事件の方は十中八九、ヴィータちゃん達の仕業だろう。確か“アッチ”でも最初の頃はそう呼ばれていたと記憶している。だけど、もう一つの魔獣狩りというのがイマイチよくわからない。わざわざ分けているってことは、犯人は別だってことなんだと思うけど。

 

「それってつまり、事件を起こしてる人達が二組いるってことですか?」

 

「ええ、まだ確定ではないけどね」

 

 私の疑問の声に頷いたのは、リンディさんだった。

 リンディさんはエイミィさんに目配せし、私達の前にいくつかのモニターを表示させる。

 そこに映し出されたのは事件の被害にあったと思われる、リンカーコアを抜かれた魔導師や魔獣達の映像。正直、見ていて良い気分になる代物じゃなかった。実行しているのが自分の知り合いであることやそれを知っているのに自分が何もしていないことも、その気持ちに拍車をかける。

 死人は出ないから問題ないなんてとてもではないけど、この映像を見ながらは言えそうになかった。でも、だからこそ、私はこの映像から目を逸らすわけにはいかない。

 

「なのはさん、何か気づいたことはあるかしら?」

 

 眉間に皺を寄せ、小さく唇を噛んでモニターを見つめる私にリンディさんがそう問いかけてきた。向けられるその視線は労わるような優しさに満ちたもの。多分、私が被害にあった人達を見て心を痛めていると思ったのだろう。そして、思いつめないように私に話を振ったんだと思う。

 だけど、その気遣いが今は心苦しかった。居た堪れなさがふつふつと胸の奥から湧いてくる。だって、私が感じている想いは純粋なものじゃなくて、きっと罪悪感から来ているものだから。

 

「……傷口の種類というか、多分使用した魔法が違っていると思います。一つは実体剣による炎熱系の斬撃と鈍器に近い武器による打撃魔法を使用したと思われるもの。そして、もう一つが電気系の射撃や魔力刃による斬撃魔法と炎熱系の砲撃魔法を使用したもの。モニターの映像を分類するとしたら、この二つに分かれると思います」

 

 そんな後ろめたい気持ちを抱えたまま、私は映像を見て気づいたことを淡々とした口調で述べていく。前者はヴィータちゃん達によるもの。そして、恐らく後者は“あの子達”によるものではないかと思う。勿論、確証は使われた魔法くらいだ。だから、私の直感でしかないと言ってもいい。でも、不思議とそれが間違っているとは思えない。

 

「なんというか、流石ね。ええ、そうなの。どちらも魔力の源、リンカーコアを奪っていることは共通しているわ。だけど、使っている魔法が明らかに違っている。まだ詳しい事はわかっていないけど、使っているデバイスから推測すると、昨日なのはさん達を襲ったのは前者のグループによるものね」

 

 私の意見に僅かに呆れたような表情を浮かべたリンディさんは、自分の見解を口にした。自分でもちょっと言い過ぎたかなと思ったが、口に出してしまった以上もうどうしようもない。それに私はそういう子なのだと思われていた方が色々とやりやすくもある。そんな言い方をすると何か暗躍してるみたいな気がして、また気が重くなるけど、実際それに近いのだから甘んじて受けとめよう。

 

「クロノ。もう一つのグループについて、他に何か情報はないの?」

 

「残念だけど、なのはが言った以上のことはまだ殆どわかっていない。元々起こした事件の数も少ないし、何よりそっちは魔導師との交戦記録がないから情報が少ないんだ」

 

 フェイトちゃんの問いにクロノ君は渋い表情を隠さないまま、そう答えた。

 確かに魔導師との交戦が一切なければ、得られる情報はかなり限られてしまうだろう。魔導師なら証言も聞けるし、デバイスが壊されなければ記録だって残るけど、魔獣だけを相手にしているのであればそうもいかない。

 

「ただ、気になる点も幾つかあるの。一つはこの魔獣狩りが始まったのがなのはちゃんが墜とされた直後からだってこと。そして、もう一つが全部地球から一度から二度の転移で行ける世界なこと。あと、前になのはちゃんが話してくれた襲撃者達の使用魔法と類似してもいる」

 

「それってつまり、前になのはを襲った奴らが犯人ってことかい?」

 

「飽く迄もまだ可能性の話だから、推測の域は出ないんだけどね」

 

 エイミィさんは軽い感じでそう言っていたが、エイミィさんを含めクロノ君やリンディさんも半ばそれを確信している様子だった。そして、私もそれは当たっていると思う。だけど、同時に疑問に思うこともあった。あの子達がリンカーコアを集めている理由がよくわからないのだ。

 もしかして、ヴィータちゃん達に協力しているのだろうか? だとすれば、かなり厄介なことになっていると言える。ヴィータちゃん達にあの子達を含めると人数は七人。最悪、並じゃない魔導師が七人も敵に回ることになる。

 

「この二組が共犯しているってことはないんでしょうか?」

 

「その辺もまだ何とも言えないのよねぇ。勿論、可能性はゼロじゃないんだけど」

 

 私の質問にリンディさんは小さく溜め息を吐いて、首を横に振った。

 そんな彼女の様子を見ながら、私は最悪の事態を想定しておこうと心に決める。

 こうしてリンディさん達が私達に詳しい話をしてくれる所をみるに、事件の担当はアースラになったのだろう。となるとこっちの戦力はクロノ君にフェイトちゃんとアルフさん、ユーノ君と私、それに武装局員が何人か。……やれないこともないと思うけど、やっぱり少し厳しいかもしれない。

 

「まぁ、これ以上推測で話を進めてもあまり意味はないわ。というわけで、本題に入りましょう」

 

「本題?」

 

「ええ、現在整備中のため暫くアースラは使えません。そこで私達、アースラクルーは地球に拠点を置くことにしました。なのはさんの護衛も兼ねて、ね」

 

「私の護衛、ですか?」

 

 一応、不思議そうに首を傾げてみるけど、その理由は大体想像がついていた。

 今は本局にいるから襲われる心配はないけれど、地球に戻ればどうなるかわからない。

 それに私ははやてちゃんのことを知っているのだ。寧ろ何もない方が不自然だと言える。

 

「偶然かもしれないが、君は地球で二度も襲われている。そして、その犯人はまだどちらも捕まっていない」

 

「……また、なのはが襲われるかもしれないってこと?」

 

「ああ、その可能性は高いと思ってる。奴らの狙いは魔力だ。負傷している上に魔力量の多いなのはは格好の標的だろうからね」 

 

 クロノ君の言うとおり、今の私は完全にカモネギ状態。フェイトちゃん達が護衛をしてくれていても、ヴィータちゃん達に狙われる可能性はかなり高い。しかも、あの三人組を探すという個人的な目的もある。本当、ベッドでうーうー言ってる場合じゃないね、これ。

 

「なのは……」

 

 フェイトちゃんが心配そうな表情で私を見つめてくる。その表情のとおり、彼女は本気で私のことを案じてくれているのだろう。まぁ、友達が二回も襲われて怪我ばかりしてたから、心配にもなるよね。私だって逆の立場ならきっと同じようになると思う。

 

「心配しなくても、大丈夫だよ。フェイトちゃん」

 

 包帯だらけでベッドの上にいる私がそんなことを言っても、多分説得力はない。だけど、それでも私はフェイトちゃんへ笑みを向けた。少しでも、彼女の不安が小さくなるように。そして、自分自身に発破をかけるために。

 

「私はもう絶対に負けないから」

 

 やらなくちゃいけないことも、考えなくちゃいけないことも、沢山ある。

 本当にこれから先は忙しくなるとも思う。でも、私は絶対にやりきってみせる。

 ――――たとえ、この先に何が待っていようとも。 

 


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