私の名前は高町 なのは。
極々、平凡な普通の8歳(+240ヶ月)の女性です。
えっ? それはちょっと無理があるって? ……黙りなさい。そんな事は言われなくても、私が一番わかっているの。
さてさて。もう何となくお分かりかもしれませんが、私は今凄く不機嫌です。
どのくらい不機嫌かと言うと、去年は問題なく穿けていたスカートが穿けなくなった時くらいに不機嫌です。体重に変化はなかったのに、何故かファスナーが閉まらない。でも悔しいから無理して穿こうとして、ファスナーに下着が挟まった時くらいに不機嫌です。
「いい? 一度しか言わないから、その可愛らしい耳の穴をよくカッポジって聞きやがりなさい! このパツキンっ娘! そんなに綺麗な髪しやがって、こんちくしょーめ!」
「あ、あれ? もしかして私、褒められてるのかな?」
私は湧き上がる怒りのままにフェイトちゃんに文句を言ってみる。うん、少しスカッとした。だが、そんなことをまともに言ったことがなかったため、激しく微妙な言葉となっている。その所為か、フェイトちゃんも少し困惑気味だ。だが、私はそれを全部無視して話を続ける。
「猫や犬、その他色々。この世には沢山の可愛い生き物がいる。皆違って皆良い。そして、何より彼らは私達に安らぎを与えてくれる……そんな凄く貴重な存在なんだ」
猫も良い、犬も良い。モフモフしている可愛い子達なら私は皆、大好きだ。まぁ、逆に虫とか爬虫類系は……少し御遠慮したいけどね。ごめんねキャロ、ルーテシア。貴女達世代の女の子の趣味は私にはよくわからないよ……。やっぱりあれかな、虫キ●グとか恐竜キ●グとかの影響なのかな。旧六課の頃、私は裏でこっそりジェネレーションギャップを感じていたよ。
「貴女はそんな彼らを……私の巨大猫ちゃんを傷つけた! それは決して許されることではないよ!」
うん、例え神様、仏様が許しても私が許さない。月に代わってお仕置きしてあげるの。大体、なんであと五分くらい待てなかったのか、と小一時間。あと五分あったら、私は……私はっ……うん、多分時間を延長してただけだと思うな。てへへ。
「っ、確かにあの仔には悪い事をしたとは思います。でも、私はそれでもやらないといけないんだ……」
そう言って、バルディッシュを構えるフェイトちゃん。
一瞬だけ泣きそうな顔になって、今でも悲しそうな目をしているけど、この頃のフェイトちゃんはそれがデフォルトだから仕方がない。待っててね。もう少ししたら、私がきっと笑顔にさせてあげるからっ!そして、もう二度とあんな狂った目や歪な笑顔にだけはさせないからっ! ……でも、その前に一度ボコす。
「気を付けてください、なのはさん! 彼女はジュエルシードを狙っているようです!」
ユーノ君が私に大声でそう言ってくる。うん、それは知ってるよ。何と言っても私は二度目だからね。それにしても……一体、いつまで私を“なのはさん”って呼ぶつもりなの? そう心で返しながら、私は愛機を握り締めた。
「レイジングハートっ!」
“Stand by ready. Set up.”
セットアップしながら、私は思い返す。
フェイトちゃんにはアルフさん、はやてちゃんにはザフィーラ。
アリサちゃんには沢山の犬達、すずかちゃんには沢山の猫達。
親友達には皆、自由に可愛がれるペットが居た。なのに、私にだけ癒しをくれるペットが存在しない。そう。今思えば、その面に置いても私だけリア充ではなかったのだ……ちくせう。えっ、ユーノ君? ……ごめん、ノーコメントで。
セットアップが完了した後、私は周囲に魔力弾を形成……しないで突撃した。勿論、これには意味がある。今の身体で、どのくらいフェイトちゃんとインファイト出来るのか知りたかったのだ。
……別に物理的に殴りたかったわけではない、と思う。
「はぁぁあああっ!」
気合いの入った声と共に、私はレイジングハートを振るった。当然、フェイトちゃんはその一閃を愛機で受け止める。杖と杖が激しくぶつかり合い、火花を散らした。そして其処からは力での押し合いだ。
「っ、いきなりですね……」
「油断大敵、だよ!」
凄く近くにあるフェイトちゃんの顔には、驚きと困惑の色が浮かんでいた。どうやら、私が突っ込んできたことに驚いているらしい。ただ、私もあんまり余裕はなかった。この身体、スペック低すぎっ。
「バルディッシュ!」
「レイジングハート!」
一旦私達は距離を取り、互いに射撃魔法を撃ち合う。
何発もの金色と桃色の魔力弾が衝突し、爆発。
煙が立ち込め、視界が悪くなる中。今度は両者突撃、またインファイトへと移る。そんなド突き合いの戦闘をしながら、私はフェイトちゃんに声を掛けた。
「貴女はっ、犬派? それとも猫派? っ、ちなみに私は猫派っ!」
「……っ、私は犬派っ!」
「そっか。でもっ、私も大型犬は好きだよ! もしかしてっ、犬を飼ってるの?」
「うんっ、アルフっていうっ、大型犬!」
振るっては受け、受けては振るう。
避けては振るい、振るっては避ける。
そんな息も吐けぬ中での攻防、なのだが……何か色々と台無しだった。とてもド突き合いしながらやる会話の内容ではない。でも、私は知っているのだ。この頃のフェイトちゃんは人と話すのが、あまり得意ではないことを。だから、話をするならフェイトちゃんが食い付きそうな話題を提供しなければならないのだ。
そして、その一つが動物の話題だった。
「貴女もっ、何か飼っているっ、の?」
「貴女って、言いにくいでしょっ、なのはでいいよっ! ちなみに野良フェレットならっ、家にいる!」
「ならっ、私もフェイトでいいっ。フェレットって、ネズミか何か?」
「うんっ。大体、そんな感じっ!」
うん、何かあっという間に自己紹介出来てしまった。もう、あれだね。昔の私がこの事を知ったら寝込んじゃうね、確実に。そんなことを思いつつ、私達はまたお互いに距離を取った。流石に話しながらの近接戦は凄く辛いものがある。当然、私の呼吸はかなり乱れていた。
……まぁフェイトちゃんの様子を見るに、この身体の体力の無さが一番の原因ではあるみたいだけど。
「はぁはぁはぁ。強いね、フェイトちゃん……」
「なのはも強いと思う。ただ、近接戦はあまり得意そうではないけど……」
「にゃはは、バレたか……」
フェイトちゃんの鋭い指摘に、私は苦笑い。何となく動きとかは読めるんだけど、やっぱり身体の反応が遅すぎるし、何よりリーチに違和感がありまくり。これではフェイトちゃんに勝てるわけがない。実際にかなり押されていたし……。まぁ、そもそも私の近接戦自体が付け焼刃みたいなものだし、しょうがないとも言えるんだけどね。
私は軽く呼吸を整えると、これからは自分本来のスタイルでやろうと心に決める。そして、レイジングハートを握り直し、誘導弾を作ろうとして……その手を止めることになった。
「……なのはは、何でジュエルシードを集めてるの?」
それは唐突な問いかけだった。きっとユーノ君がジュエルシードの名前を出したから、フェイトちゃんも簡単に予想が付いたのだろう。でも、それを抜きにしても私は驚いた。まさかフェイトちゃんの方から尋ねられるとは思わなかったからだ。昔とは何か立場が逆になっているな、なんて思うと少し笑えてもくる。とは言っても、私には別に隠すような深い事情もないので、正直に話すことにした。
「そうだね。色々理由はあるけど、最終的には私の願いを果たすため、かな」
そう、最終的な願い。
一日でも彼と早く結ばれること。
これを叶えるためだけに、これから私は頑張っていくのだ。目標は彼が十八歳になる、えーと十七年後? ……って。ええっ、後十七年もあるの!? というか思い出したけど、彼って今、一歳? 一歳……ははは、なにそれ? やばい、チョーウケるー。
「……そっか。なら私達は敵、なんだね」
「そう、なるのかな?」
おっと、呆然としている場合じゃないよね。フェイトちゃんが何かシリアスな話をしているのだ、ちゃんと話を聞かないとっ! それに別に一歳でもいいじゃない。つまり、今の彼は何色にも染まっていない無垢な状態なのだ。これから、私色にゆっくりと染めていけばいいだけの話……ジュルリ。
ふふっ。今から私は極秘プロジェクト、“彼氏育成計画”の実施を此処に宣言しよう! そう心に高々と誓いながら、私はフェイトちゃんとの会話に集中することにした。
「……私ね。凄く不思議なんだけど、なのはとは初めて会ったような気がしないんだ。もっと、昔から良く知っているような気がするんだ……」
「そっか。私もフェイトちゃんのことは良く知っているような気がするよ……一緒だね?」
いや、実際に良く知っているんだけどね。でもそんなことを言ってしまったら、私は変な子と思われてしまうので絶対に言いません。というか、もしかしてフェイトちゃんも“アッチ”の記憶があるのかな? もし、そうだとすると嬉しいような悲しい様な複雑な気分になってしまうのだけど……。
「……そう、だね」
「それに、きっと私達なら仲の良い親友になれるって思う」
「っ……なのはとは、もっと違う出会い方をしたかったよ」
私の言葉に、フェイトちゃんは本気で泣き出しそうな顔になってしまった。……事情を全部知っているっていうのも、意外と辛いものがあるんだね。でも今、私が時の庭園に行って、プレシアさんをぴちゅんしても何の解決にもならない。個人的には同じ人造魔道師の娘を持つ親として、凄く文句を言いたい所ではあるけれど。
それに今はフェイトちゃんのことが最優先だ。あんな狂ったババアのことなんてどうでもいい。まぁ、私が完全にフェイトちゃん側だからそう思うんだろうけどね。
「出会い方なんて関係ないよ! 大事なのはその後にどうしていくのかってことだと私は思う!」
「なのは……」
そうだよ、出会い方なんて関係ないんだ。私はアリサちゃんとすずかちゃんとは殴り合いで、フェイトちゃんとはやてちゃんとは魔法戦で仲良くなったんだよ?
ヴィータちゃんとかティアナとかも含めちゃうと殆ど……ダメだ、なんか落ち込んできた……。しかし、それではいけない。私は萎えかけている心に喝を入れる。まだフェイトちゃんに私は全ての想いを伝えてはいないのだ。
「だから、わかるよね? 今、フェイトちゃんがしなければならないことが何なのか……」
「私がしなければならないこと……そうだね」
私がそう言い放つと、フェイトちゃんが顔を真剣なものへと変える。そして、愛機を持つ手に力を加えたみたいだ。うん、やっとわかってくれたみたいだね。高町家家訓その三、“譲れないモノがあるなら納得が行くまでやり合うべし”
「なのは……私の想い、全部受け止めてくれるかな?」
「ふふっ。自慢じゃないけど私、砲撃と心の広さには定評があるんだ!」
えっ? どうみてもお前の心は狭いだろうって? 馬鹿なことを言ってはいけないの。どれだけリア充共の惚気話を聞いても、絶えず笑顔を浮かべることが出来るって、それだけで賞賛に値するんだよ。
あとね、フェイトちゃん。そんな意味は含まれていないのだろうけど、一瞬だけ言葉に寒気が走ったよ。本当に黒フェイトちゃんではないんだよね? ……絶対に違うよね?
そんなことを思いつつ、私達は再度、戦闘をし始めた。
譲れないものがあるのなら、とことん戦えばいいじゃない。
きっと互いにそんなことを考えていたんだと思う。だからね、態とではないこともわかっているんだ。態とフェイトちゃんがそんなことをするとも思ってはいないんだ……。でもね……だけどね……。
「あっ……」
「に゛ゃあ゛――!!」
戦闘中。フェイトちゃんが放った雷撃が再び、動けなかった猫ちゃんに直撃した。しかも、今度は完全にジュエルシードが封印されて、巨大化が解けてしまった……。
「わ、私の悲願が……大望がぁ…………ふふふふふふふふ、あははははははっ! 本当、世界はこんなはずじゃないことばっかりだよ!」
クロノ君の名言を頂きつつ、私はこの世の理不尽さを嘆いた。
ショートケーキの苺みたいに、最後に楽しめばいいやと思っていた私も確かに悪いとは思う。でも、これは酷い……こんな結果はあんまりだよ……。
「あの、その、え、えーと。な、なのは?」
しどろもどろな感じで、私に声を掛けてくるフェイトちゃん。その顔は何処か申し訳なさそうというよりは、私の様子に困惑気味だった。私は、そんなフェイトちゃんに話をする。嘗ての嫌な思い出を脳裏に浮かべながら……。
「フェイトちゃん……貴女は知っている? 世の中にはペットをどんなに飼いたいと思っていても、飼えない人が居るんだ……。恋人もいないのにペットを飼うとね、何か寂しい人だって影で言われるんだ……」
そう、あれは三年ほど前のこと。
私は一度だけペットを飼おうか本気で悩んだ時期がある。ヴィヴィオにペットが欲しいと強請られたことを切っ掛けに、かなり真剣に迷っていたことがあるのだ。だけどそんな時、私はある局員達が話していた言葉を偶然にも聞いてしまったんだ。
“女の一人身でペット飼うとか、何か寂しそうだよね?”
“うんうん、何か色々と終わってる気がするよね~”
そんなことを聞いてしまっては、私がペットを飼えるはずがなかった。
ただでさえ、灰色ライフだったのに、寂しい人なんてレッテルを貼られたら……もう、ね。
「そんな人はね。余所様のお家とか、動物ふれあいパークとかでしかモフモフ出来ないんだ! フェイトちゃんにその気持ちがわかる!? 満足にモフモフも出来ない、そんな辛い日々がフェイトちゃんにわかる!?」
「え、えーと……」
私の言葉にフェイトちゃんは困惑をさらに強めた。しかし、今の私にはそんなことは関係ない。いや寧ろ、その後に起こった忌まわしい事件までも思い出し、ふつふつと怒りすら湧いてきた。
「わからないよね! そうだ、フェイトちゃんにはわかるはずがないっ! ペットを飼えなくて落ち込んでいたら、“なのはには私が居るよ、わんわん”とか言って、胸を張りながら犬耳を付けて来たフェイトちゃんにはわかりっこないっ!」
あれは本当に忘れたい出来事だった。何とかヴィヴィオを説得し、ペットは飼わないと決めた私に襲いかかって来た珍事件。夜、寝室で一人落ち込んでいた私の所にやってきたのは、頭に犬耳をつけたフェイトちゃん。しかもワイシャツのみっていう……もうね、本当に誰得なのって恰好だった……。そして、あの時、フェイトちゃんが持っていた首輪だけは絶対に見て見ぬふりをした。
「確かに可愛かったよ! 悔しい位に似合ってたよ! 世の男達なら狂い立つくらいの破壊力だったよ! でもね、私は女……女なんだよ! そもそも、あれは私に何を期待しているの!? 私に親友をペット扱いして家の中で飼えとでも言うつもりなのかー!!」
私の激しい感情に共鳴して、体内から湧き上がる魔力。
爆発的に噴出されたその桃色の魔力は私の身体を包み込み、一見オーラのようになっていた。
そう、今の私は穏やかな心を持ちながら、激しい怒りによって目覚めた、地球生まれの魔道師……。不屈のエースオブエース、高町 なのは――!
「レイジングハート!」
“All right.”
私がレイジングハートに声を掛けると、純粋なミッド式ではない術式が発動した。そして、桃色の魔力光が私の身体を包み込む。
「っ、な、何を……」
「良い事を教えてあげるよ、フェイトちゃん。私はね、あと一回変身を残しているっ!」
何が起こるのかわからず、動揺をしているフェイトちゃん。そんな彼女に私は自信満々にそう答えた。……何か悪役っぽいのは気の所為だと思いたい。
「な、なんだってー!?」
そして、そこにユーノ君のナイスな合い手である。
どうやら、彼は御約束というものを理解しているようだ。うん、少し見直したよ。それに所々で存在感をアピールしてくるそのアグレッシブな感じ、私は嫌いではありません。そういう面が“アッチ”のユーノ君に決定的に足りなかったものだよ!
そんなことを思いつつ、私は変身を完了……することはなかった。変身途中で、レイジングハートから念話が届いたのだ。
“マスター、御友人達がマスターを探しに此方に向かって来ています”
「……っ。そっか、時間切れだね。ユーノ君、戻るよ!」
……遺憾ではある。
大変遺憾ではあるが、引き際を間違えるわけにはいかない。私はすぐに術式の展開を中止し、バリアジャケットも解いた。もう完全に戦闘する気はゼロである。
「えっ? えっ? じゃあジュエルシードはどうするんですか!?」
私の言葉にユーノ君から驚きの声が上がる。
私だって、こんな中途半端な感じは嫌ではある。だけど、アリサちゃん達はこっちに向かっているのだから仕方がないのだ。魔法少女は、その存在を誰にも知られるわけにはいかないのだから。
「あれはフェイトちゃんが封印したんだよ? だからフェイトちゃんのモノなの」
「そんな……」
だから、ユーノ君ごめん。今日の夕飯は予定していたミミズに代わって、ご褒美用のフェレットクッキーにするから、許してね。そう心で謝りながら、私はフェイトちゃんの方に身体を向ける。
「フェイトちゃん、そのジュエルシードは預けておくね」
「っ、次は負けないよ、なのは。この次は、ちゃんと勝ってから手に入れて見せる」
「ふふっ。なら勝負、だね」
別に、今日もフェイトちゃんの負けではないと思うんだけどなぁ……。でも、フェイトちゃんって意外と負けず嫌いだもんね。なら、私も全力でお相手をするだけだよ!
「私、負けないよぉ?」
「私も負けないっ!」
そんな言葉を最後に交わし、私達は別れた。
うん、何か凄く予定とは違う形になったけど……まぁ、いっか。何だかんだ言って、昔よりも早く仲良くなれそうだし……。
そんなことを思い、私は此方に走って来るアリサちゃんとすずかちゃんに笑顔で手を振った。