私の名前は高町 なのは。
極々、平凡で普通な……只今、ちょーとセンチメンタルな8歳の女の子です。
屋上での一幕を終えて少し時間が経った後、私は一人とぼとぼと帰宅しています。べ、別にそれが寂しいとか思っているわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!
……うん、私にツンデレ属性はないね。このキャラは私よりアリサちゃんの方が絶対に似合うと思う。
さてさて。少し私らしくない所も見せてしまった様な気もしますが、そこは切り替えの速さには定評のあるこの私。すぐさま気持ちを入れ替え、ジュエルシード探索に力を入れよう気合いを入れます。勿論、その前に翠屋に行って、お母さんお手製のシュークリームをやけ食いしてからですけどね!
えっ? お前、気持ちを入れ替えたんじゃないのかって?
昔の事を思い返すのは止めたけど、私の清らかな心が傷つけられたことには変わりないの。甘いものをやけ食いでもしなくちゃ、やってられないよっ!
大体、何? 告白と思って胸を躍らせてみれば、親友に伝えてくれ? それじゃ、私ってとんだピエロじゃない。うん、本当に私を馬鹿にしていると思う。ああ~、思い出してきたら何か腹が立ってきた。お姉さんぶらないで、もっと教導隊仕込みの罵倒でもすれば良かったかもしれない。
そんな事を考えながら私は、このイライラを糖分で癒すために翠屋へと足を運んでいた。だがしかし、不運とは何処までも続くものらしい。卑しくも憎たらしい神様は、私にやけ食いをする時間すら与えてくれないようだ。
「っっ!?」
下校中に突然現れる強い魔力反応。
もう何度も体験しているから間違えるはずがない、ジュエルシードの反応だ。
……この妙に慣れ親しんだ私の感覚が確かならば、そんなに距離も遠くないみたい。
“なのはさん! ジェルシード反応です!”
“了解だよ、ユーノ君っ!”
更に間髪入れずにユーノ君からの念話が届いた。
周囲を見渡せば瞬く間に街を結界が覆い、近くにいた人々の姿が消えていく。
うん、この辺の判断の速さは流石ユーノ君。やっぱり元祖・私の師匠は凄く優秀です。そんな事を思いながら、私はユーノ君に念話を返してセットアップ。すぐに夕焼け色に染まった空へと私は飛び立ち、急いで現場へと向かった。
しかし、私は辿り着いた場所で、驚くべき光景を目にすることとなる。
「……ひんっ……ぁ、んんっ」
「ちょっ、なんだいっ! このっ、ぬるぬるして……ひゃんっ」
途中でユーノ君と合流してジュエルシードの下に向かい、私達が目にしたもの……それは、フェイトちゃんとアルフさんが何やら青い触手? のようなものに囚われている姿だった。
恐らく暴走体の本体であろう青色のスライム? みたいなものから何本も触手が二人へと伸びている。しかも、その表面がぬるぬるっとしていそうな触手達はフェイトちゃんとアルフさんの身体に纏わりつき、蠢いているのだ。触手に蹂躙されている二人の光景は、何というか凄くイヤラシイ。
「うわぁ、何かすごくえっちぃね。アダルティピンクな十八禁モードが全開だよ……」
今、ここには私達しかいないからいいけど、もしこれを世の大きなお友達が見てしまったら……多分、狂気乱舞していると思う。そう確信できるくらいの卑猥な光景が目の前では繰り広げられていた。
だけど、少々解せないこともある。一体、どうやったらこういう状況になったのだろうということだ。あのスライムもどきはそんなに強そうには見えないから、フェイトちゃんがそう簡単に捕まるとは思えない。なのに、捕まっているのは何か大きな理由でもあるのだろう。
しかしまぁ、これも絵的には魔法少女としてのお約束のような感じがしないでもないと思う。でも、まさかジュエルシードがそんなお約束を大事にしているとは到底思えないし……う~む、謎だ。
「なのはさん! そんな事を言っている場合じゃないですよ!」
「う~ん。でも、私ってああいうぬるぬる系は苦手なんだけどなぁ……」
少し斜め上の方に飛んでいった私の思考は、ユーノ君の声で引き戻されることとなった。いやまぁ、確かにそんなことを考えている場合ではないとは思うんだけどさぁ。だけどあの姿を見ると、ちょっとなぁ……うん、やる気が全く出てこない。
そもそも、あんなぬるぬるのぬにょぬにょした奴を好きな人がいるわけがないじゃない。見るのは好きって人がいても、流石に自分の身に降り掛かってくるのはごめんでしょう? ああ、ちなみに私はどっちも苦手です。
“っ、マスター! 来ますっ!”
とはいえ、そうも言っていられないのが世界の選択である。
レイジングハートの声が掛かると同時に、私の下に五、六本の触手達が襲いかかってきた。しかもまだフェイトちゃん達は捕まったまま。本当にこの触手君は何本あるのだろうと些か疑問だ。
……まさか私の触手は百八本まであるぞとかは言わないよね?
そんな事を思いつつ、私はひらりひらりと触手達をかわし、翻弄していく。その姿は宛ら可憐な一羽の蝶のごとく。ふふふ、空戦S+の名は伊達じゃないの! 私を捕らえたければ、この三倍は持ってきなさい! ……なーんて言ってみる。
「っ、なのはさん! 数が増えます、気を付けてください!」
そんな風に少しだけ調子に乗っていると、ユーノ君の声が聞こえてきた。
そして、また私へと触手達が群がってくる。だが、今度の数はさっきの三倍強。
……うん、流石にコレは無理。超無理。絶対に無理! である。
ごめん触手君、やっぱりさっきのはなしでお願い。私を捕らえるくらい五本だけでも十分だよ! 恐らく心を読めるエスパーなのであろう彼らに、私はそう話しかけるも成果は全くなし。うにょうにょと十数本の触手が目の前に迫って来る光景は……本気で鳥肌ものだった。
「もうっ! 女の子の意見をちゃんと聞かない奴はモテないんだからっ!」
“Protection”
盛大に文句を言いつつ、障壁を張って防御。相手が怯んだ隙をついて距離を取る。それを何度か繰り返している内に、私の頭にふと一つの疑問が浮かんできた。
そういえば、何でユーノ君だけは襲われていないのかな、と。
ちらりとユーノ君の方を見れば、まさかの完全ノーマーク状態。球技だったらシュートだって打ち放題である。捕まっているのはフェイトちゃんとアルフさん。そして只今、狙われているのは私のみ。
もしアレが魔力を持っている者を狙う特性があるのなら、ユーノ君も襲われるはず……。しかし、それがないということは……。
「もしかして、女の子しか狙わない?」
自分で言っていてトンチンカンな答えだとは思う。だけど、何となくそれが正解のような気がした。というか、捕まっているフェイトちゃん達のあの姿を見ているとそうとしか思えないっていう。
だけど、それが正しいとするとなんてイヤラシイ奴らなんだろう。完全に乙女の敵である。……うん、これは少し厳しいお仕置きをする必要があるね。いや、でもその前に二人の救出が先だけど。
私は心にそう強く決めると、奴らの動きを良く観察する。
本体であるスライムの塊から無数に伸びてくる触手達。だが、その動きに連携という文字はない。ただがむしゃらに目標へと向かっていくだけである。
スピードはそんな速くもないが、細かな動きは得意みたい。だけど、障壁にぶつかると怯むようだから防御力はそんなにないのかもしれない。、
結論。ずっと逃げ切ることが可能だけど、それでは意味がいない。
一本一本をバインドしても、多分また新しいのが出てくるから、これも意味がない。だったら、答えは簡単だ……。
「えっちなのは……」
障壁に阻まれた触手達が怯み、一度離れた瞬間が狙い目。
先端ではなく根元を薙ぎ払えば、奴らは一網打尽のはずっ。
あとはフェイトちゃん達に当らないように気を付けて……狙い撃つ!
「いけないと思いますっ!」
“Divine buster”
桃色の閃光が青色のゴミ共を一瞬で薙ぎ払う。
それにより、囚われていた二人は戒めから解放されることとなった。それにしても……くぅぅ、やっぱり砲撃って最高っ! マジでスカッと一発って感じだよね!
この撃ち終わりに手に残る僅かな反動としびれ。標的へと真っ直ぐに伸びていく光跡の美しさ。目標を一掃した時の爽快感と達成感。本当に砲撃って最高だと私は思う。
この何とも言えない気持ち良さがたまらないっ。まさに砲撃魔道師だけがわかる快・感☆ である。でも、私がこの快感を出来るだけ多くの人に伝えようと頑張ってみても、中々わかってくれる人って少ないんだ……。
唯一、わかってくれたのは高町ヴァルキリーズの面々くらいで、他の人は何故か逃げる始末。まぁ、その所為でヴァルキリーズ全員のポジションがセンターガード寄りになってしまったのは……気にしたら負けだね!
「はぁはぁ、はぁはぁ」
「フェイトちゃん、大丈夫?」
「はぁはぁ。うん、何とか……ありがとう、なのは」
拘束からやっと逃げ出せたフェイトちゃんが私の隣にやってきていた。だけど、苦しい表情を浮かべているのにも関わらず、何故か目が少しだけ嬉しそうだ。
……ま、まさか、アレが楽しくなっちゃったわけではないよね? 目覚めちゃったわけじゃないよね?
確かに趣味は人それぞれだけど、流石にその年で特殊な趣味に目覚めてしまうのはどうかなと私は思うよ?
「と、とりあえず、アレを何とかしないとね!」
私は少し動揺しながらも、話を変えるためにスライム? を指差してそう言った。するとフェイトちゃんは軽く頷いて、今度はキリリと凛々しい顔となる。
……うん、大丈夫。まだフェイトちゃんは大丈夫。まだ新しい扉を開いてはいないみたい。
「そうだね。でも、あの中心部には人がいるんだ……」
「えっ? ……あっ本当だ」
そんなフェイトちゃんの言葉を聞き、私が確認すると触手の中心部分に中年っぽいおじさんがいた。状況から見ると、あのおじさんの願いがスライムみたいな暴走体を生み出したみたいだ。
んー。だけど、一体どんな願いを持てばあんな触手達を生み出すんだろうね……一言だけ言うとしたら、おじさんは少し自重した方が良いよ。それに、人が発動させると確か動物とかの時よりも強くなるんだよね。
昔にとあるリア充な小学生カップルが発動させた時は、街にも被害が出た苦い覚えもあるし。小学生がいちゃついているのとか何処となく腹が立つし、今回は遭遇していなかった(多分、拾う前に回収した)から完全に記憶の中からデリートしてたんだけど……それなら早く片付けないとマズイよね。でもその前に、フェイトちゃんに聞きたい事を聞いてみる。
「フェイトちゃん、もしかしてそれが原因で捕まってたの?」
「う、うん。強引に封印することは出来たんだけど、多分中の人にまでダメージがいっちゃうから……」
だから、攻めあぐねて捕まってしまった、と。
成程、それならフェイトちゃんが捕まったのも納得だ。フェイトちゃんは電気の魔力変換資質を持ってるし、使う魔法もほぼ電撃系だもんね。
あのスライムもどきがどんな性質かはよくわからないけど、中のおじさんが感電とかしたら笑えないことになっちゃう。しかし、それにしても……。
「ふふっ。やっぱりフェイトちゃんって優しいんだね?」
「そ、そんなことないと思うけど……」
私が笑顔でそう言うとフェイトちゃんは照れくさそうに顔を赤く染めて、首を横に振る。口では否定してるけど、何かピコピコとツインテールが揺れていた。どうやら満更でもないようだ。
……この頃のフェイトちゃんはあまり人に褒められることに慣れていない。
だから、これからは私がじゃんじゃん褒めてあげようと思う。
「ううん。フェイトちゃんはとっても優しい子だよ! この私がどどんと保証しちゃいます!」
「……あ、ありがとう」
うん、やっぱり照れてるフェイトちゃんはかわいーです。
何かアレだよね、こう……いじめたくなるオーラとかからかいたくなるオーラとか、そういうのがフェイトちゃんからは滲み出てるよね。しかも、真面目な時は凛々しくなるからギャップが凄い。まさにギャップ萌えの体現者とも呼べるかもしれない。
ちなみに二十年後、管理局内でもフェイトちゃんのモテ度は半端ではありません。私とほぼ同じ条件のはずなのに、何故か阿呆のようにフェイトちゃんはモテるのだ。
具体的に言えば、お嫁さんにしたいランキングで一位を取りまくって殿堂入りしてしまったくらいに。
えっ? お前はどうなんだって?
えっと。その、あ、あれだよ……旦那さんラン……げふんげふん。ふ、深くは聞かないでくれると嬉しいな♪
「で、でも、私はなのはだって凄く優しいと思うよ?」
「えっ……そ、そうかな?」
「うん、この私が保証する」
そんな事を言って、フェイトちゃんは私に笑みを向けてくる。
い、いかん。これはまさかの不意打ちだよ。むぅぅ、何か少しだけ顔が熱いや。本当、フェイトちゃんってこういうことを突然ストレートに言ってくるから侮れないよね。しかも基本、本音だったりするから言われた方は照れくさくなっちゃうのだ。このっ天然さんめ。
私はそんな事を思いながら、笑みを返した。お互いに褒め合って、お互いに笑顔を向ける。そんなちょっと暖かな? 空気が私達の間では流れていた。丁度、そんな時だった。私の砲撃によるダメージで、今まで大人しくしていたスライムもどきが変な声を発してきたのは……。
「ヨージョ……! ヨージョ……!」
『……………………』
スライムもどきの言葉に私とフェイトちゃんは思わず、絶句してしまう。
う ん、もう何か色々と全部台無しだった。さっきまでの空気を返してと心から言いたい。
それになんだろう、この何とも遣る瀬ない感じは……。ほら。もうフェイトちゃんなんて、苦笑いを通り越して無表情になってるよ。でも、それも仕方がないよね。だって、フェイトちゃん達ってあんな変態に蹂躙されてたんだもん。いくら温厚なフェイトちゃんだって、腹が立つはずだ。
「ヨージョ……! ヨージョ……!」
しかし、奴は決して空気を読まない。ここでまさかの天丼をしてくる有り様である。流石にこれには私もイライラしてきた。一回目までは何とか苦笑いで許せる。だが、天丼はダメだ。滑ったネタで天丼とか、もうキツすぎる。
それに私は幼女ではないと声を大にして言いたい。個人的に幼女は小学生に上がる前までだと思うの。
「キンパツヨージョ……ツルペタヨージョ」
そして、更にこの暴言である。ふぅ……もう私の不機嫌メーターが振り切れちゃいそうだよ? もうこれはアレだね。あの産業廃棄物通称、生ゴミ君はさくっと掃除しないといけないよね!
ゴミはゴミ箱とかそんなのじゃなくて、塵も残さない位の方が良いよね!
それに、キンパツはフェイトちゃんのことだしても……ツルペタって誰の事?
もしかしなくても、それは私の事なのかな? この私にツルペタと言いやがったのかな、このお馬鹿さんは。
ふふふ、この変態スライムもどきめ……。
「……お前は私を激しく怒らせた」
“Restrict Lock”
確かに私の親友達や弟子達、そして娘は言っていたよ、“こんなのあっても肩が凝るだけだよ”って。
ああ、それはそうなのかもしれない。大きい胸の人は肩が凝り易いってよく聞くしね。でも、それは持っている者……つまりは選ばれし者だからこそ、言える言葉なんだっ。
持っていない者からすれば、“もう肩が凝るなぁ”なんて一度は言ってみたい台詞なんだっ。
私だって、食べ物に気を付けたりとか特別な運動してみたりとか、某おっぱい星人の過度なマッサージに耐えてみせたりとか色々やってみたんだ!
なのに、何で私が一番小さいの!? 何であのおっぱい星人は私よりも大きいの!?
旧六課メンバーだと私が勝てたのってリインとヴィータちゃんとキャロだけって……うぅぅ。
私だって……私だって一度くらい“うわっあの子、超メロンちゃん”とか言われてみたいよ!
「な、なのは? 何を……ってまさか」
「うん、私はアレをぶっ飛ばします♪」
若干キレキレモードに突入して、砲撃体勢に入った私に、困惑気味のフェイトちゃんが声を掛けてくる。勿論、私はそれに綺麗な笑顔で返事をしました。その笑顔を見てフェイトちゃんは何も言えなくなったみたいだけど……私は気にしません。
だって、この優しい親友も胸に関しては私の敵である。というか裏切り者だ。
今は私とそんなに変わらないというのに、中学に上がる頃には決定的な差で圧倒してくるのだ。しかも、それを一緒にお風呂に入ってた時に隠すことなく見せつけてくる。
無論、フェイトちゃんにそんな気が百もないのは私にもわかっている。だけど、ああも目の前でボインボインされると、流石に腹が立つのだ。
それで意趣返しに、私が偶にフェイトちゃんのメロンを鷲掴みにしてみても何か微妙に嬉しそうにして効果ないし、めちゃくちゃボリューミーで柔らかいし……もう本当にぷんぷんだよっ!
「ダ、ダメだよ、なのは。だって、中に人が……」
「ああ。それは無問題だよ、フェイトちゃん」
そう、おじさんについては何も問題はないのだ。
フェイトちゃんは電撃の性質を持っているから、ジュエルシードだけを撃ち抜いてもあのおじさんに被害が出てしまうかもだけど、私はそんな性質は持ってないから何とかなる……はずだ。
そして何より、あのおじさんは少しくらい痛い目に合わないといけないような気がする。具体的に言えば、学校で言われていた不審者ってあの人じゃないかな? と思ったのだ。
それにあの人は私の……乙女の古傷を抉った。それだけで十分万死に値する。
「人の傷を抉っていいのは、自分もエグられる覚悟のある人だけだよ!」
“Divine buster full power!”
「……ああ~」
私は実にノリノリだった愛機を構え、本体ごと一気にぴちゅーんした。
その過程でおじさんまでも何処かに吹っ飛んでいったけど……まぁ大丈夫だと思う。隣で何か声を漏らしていたフェイトちゃんだけど、おじさんに思う所があったのかすぐに気にすることをやめたようだ。うん、これにて完全決着っ! ……とはならないんだよねー、残念だけど。
そんな近い未来に軽く溜め息を吐きながら、私は目の前に浮かぶ青い石を手に取った。
私のやけ食いタイムは、もう暫くお預けのようだ……。