私の名前は高町 なのは。
高町家の次女で、私立聖祥大附属に通う小学校3年です。
変態さんをサクッとやっつけたものの、それで終わりとはいかなかったの巻。私のシュークリームは今日はお預けのようです……。
ジュエルシードの探索をしているのは二組。
なら必然的に、この封印したジュエルシードをどっちの物にするのか決めなくてはいけない。そして、それが話し合いで解決しないということは、此処にいる全員がわかっていることだ。
……流石に私としてもユーノ君の手前、何度も譲るわけにはいかないしね。
「さぁてと。地球のゴミも綺麗になったことだし、今日は解散しよっか♪」
「なのはさん。よくこの空気でそんなことを言えますね……」
一応、にこやかにそうは言ってみたものの、ユーノ君からじと目をプレゼントされる私。
加えるなら、フェイトちゃんの隣にいるアルフさんからも敵愾心の強い目を向けられてます。しかも、更には……。
「なのはぁ。もう、帰っちゃうの……?」
フェイトちゃんが捨てられた子犬みたいな顔でこっちを見てくるっていう。
ああ、もうそんな目で見ないで! そんな捨てられた段ボールの中の子犬みたい目で私を見ないで! そんなことされると、凄く帰りにくいじゃない!
というか、このままジュエルシードを持って帰ったら私って完全に悪者だよね……。
「ううんっ! まだ帰らないよ!」
「……本当?」
上目遣いでこてんと首を傾げ、此方を窺うような表情を見せるフェイトちゃん。だが、その不安げで小さな声には僅かばかりの期待が込められていた。それを好機と見た私は、大きく頷くと言葉を重ねる。
ただ、決して表には出さないけど、内心では“何か子犬に懐かれたみたいー”なんて思っていたりする。
「うんっ! 本当の真実の実際のマジだよ!」
「そっかぁ、良かった……」
私がそう言うと、フェイトちゃんは安堵とも言える笑みを浮かべた。その顔を見て、私は内心でほっと一息吐く。
良かった。……流石に幼い親友が目の前で泣く姿は見たくないもんね。それにアルフさんの前でフェイトちゃんを泣かせたりなんかしたら、絶対に文句言われるし……。あっそう言えば、私ってアルフさんと初対面なんだっけ。ちゃんと自己紹介をした方が良い、よね?
「フェイトちゃん、もしかしてその人が前に言ってたアルフさん?」
「うん。私の使い魔で、私の大事な家族……」
「やっぱり! 私は高町 なのはです、よろしくねアルフさん! あと犬形態の時にモフモフさせて貰ってもいいですか?」
「ふんっ。あたしは敵とよろしくする趣味はないね! 大体、あたしは犬じゃなくて狼だよ!」
ありゃりゃ、何か私凄く嫌われてる。
ってそれも当然か。この前フェイトちゃんを待ちぼうけさせちゃってるんだし……アルフさんは使い魔だからフェイトちゃん至上主義だもんね。
それにしても、何時からアルフさんは犬から狼に出世したんだろう? ん~。確か子犬モードがあったから、犬なんだとばかり思っていたんだけど……。
「でもこの前、フェイトちゃんが大型犬だって言ってましたよ?」
「フェ、フェイト!?」
「えっ? でもアルフは犬、だよね?」
「フェイト~」
アルフさんがフェイトちゃんに縋るような目を向けるも、現実は無情である。どうやらフェイトちゃんも犬だと思っていたらしく、心底不思議そうな顔をしていた。
まぁ、アルフさん的には死活問題なのかもだけど、正直そんなのどっちでも良いもんね! というか、飼い主がそう言ってるんだからアルフさんは犬で決定なの! 異論は認めません!
ああ。でも、耳を垂らして項垂れているアルフさんの姿はちょっとだけ可愛いと思った。
「さて、そんな細かいことは置いておいて。フェイトちゃん、このジュエルシードはどうしよっか?」
何か横から怨嗟の声が聞こえてるような気がしないでもないけど、私はそれを軽くスル―。
その所為で更に項垂れたアルフさんは、何故かユーノ君に慰めて貰っています。やっぱり同じ使い魔同士、何かあるのかもしれないね。こう、シンパシー的なの。
でも、今は重要なことを話しているから少し静かにして欲しいと個人的には思う。それとユーノ君。“なのはさんですから……”っていうのは多分、慰めの言葉じゃないからね。
「なのはは、時間とかって大丈夫?」
「うん、大丈夫。だから……え~と、夕飯までの残り一時間三十八分。全てフェイトちゃんの為に使うよ!」
何処か不安そうな顔で、私に聞いてくるフェイトちゃん。
私が頷きながらそれに答えると、今度は瞬く間に顔がぱぁと明るくなった。ちょっとカッコ良く言うのなら、春爛漫って感じの笑顔になった。うん、実に良い笑顔である。
「うん! うんっ! ならさっきの奴を賭けて、でいいのかな?」
「いいよぉ、それじゃ……」
そして、いきなりバトル展開に突入。
しかも、凄くキラキラと目を輝かせてちゃってまぁ……そんなに私と戦いたかったのかな。むむむ。確かフェイトちゃんに戦闘狂の気はなかったはずなんだけどなぁ……どうしてこうなった。とまぁ、そんなことを思いつつも、実は私も結構ノリノリだったりするんだけどね。
『勝負だ!!』
同時にそんな声を上げると私達は、空中で愛機を構える。これが二度目の直接対決。
一度目は時間切れ。この前は私が寝過した。そして、昨日は私が帰ったから流れた。昔の私はこの時点で二回負けてジュエルシードを奪われていたわけだけど、今回はまだ一度も負けてない。
ん? でも結局、二個ともフェイトちゃんの所にジュエルシードがあるのは……完全に私の所為だよね、あははっ♪
「レイジングハート!」
「バルディッシュ!」
それぞれ愛機に声を掛け、射撃魔法の撃ち合い。
そして、そのまま空中で激しく愛機を衝突させ、火花を散らす。放った魔力弾が互いにぶつかり、爆発した時にはもう私達はその場にはいなかった。
誰もいない夕闇に染まった街で今、桃色と金色に輝く光達が空を舞っている。その遠くから見たらそんな幻想的な光景も、近くで見ればただの戦闘行為だ。とてもじゃないけど、普通の女の子達がするようなことではないと私も思う。
だけどこの時、私の顔には僅かに笑みが浮かんでいた。
……何故か凄く楽しかったのだ。
「フォトンランサー、連撃!」
“Photon Lancer Multishot”
飛んでくる魔法を避けつつ、フェイトちゃんの顔を見る。当然、フェイトちゃんはとても真剣な表情をしていた。だけど、やっぱり何処か楽しそうな雰囲気が出てる。……こうやって、誰かと模擬戦をするのが楽しいのかもしれない。
でも、近い実力の人と切磋琢磨して自分を高めていくのって本当に楽しいよね。一瞬一瞬が凄く刹那的で、気が抜けなくて、でも凄くワクワクしてきて。うん、この感じは最高に楽しい。私もそう感じてるから、きっとフェイトちゃんもそうなんじゃないかなって思う。
“Blitz Action”
“Flash Move”
移動魔法で距離を詰められそうになったので、私も移動魔法を使う。
フェイトちゃんの最大の武器はスピード。
速度に関して、私はフェイトちゃんにかなり劣ってる。ただ飛ぶだけならそうでもないんだけど、戦闘スピードでは圧倒的な差がある。だから、私が勝つために気を付けないといけないのは、フェイトちゃんを絶対に間合いに入れないこと。ある一定の距離を保つこと。そして、フェイトちゃんの動きを阻害することっ!
「ディバインシューター……」
「っ!?」
ニ十個程の魔力弾が私の周りを囲む。
それを見て、フェイトちゃんがちょっと驚いた顔になった。多分、こんな数の誘導弾を操作出来るわけがないと思ってるんだろうね。けど、甘いよ! さぁ、思う存分踊りなさい!
「シュート!」
私の号令で桃色の誘導弾がフェイトちゃんへと一斉に向かう。
フェイトちゃんはその動きを見て一瞬だけ固まった後、すぐに回避行動へと移った。でも、これを完全に回避するのはかなり難しいはず……そんなことを私が思っていると、フェイトちゃんがふっと笑みを浮かべた。そして……。
「……避けられないのなら……斬るっ!」
“Scythe Slash”
鎌のような形となったバルディッシュを振るい、フェイトちゃんは桃色の魔力弾を切り裂いた。その動作は、桜の花びらも斬れるような剣士の洗練された動きとはとても言い難いものだ。
だけど、斬る度に靡く金色の髪とそのちょっと楽しそうな笑顔は凄く印象的で、綺麗だった。全ての誘導弾を捌き切った後、私は思わずフェイトちゃんに声を掛ける。
「凄いね、フェイトちゃん」
「なのはも凄いよ、あの数を完璧にコントロールしてた」
そんな事を言い合い、二人で少しだけ笑い合った。うん、何かとっても清々しい気分だ。私はそんな事を考えて、ふと気が付く。
そう言えば最近、まともな戦闘をしてなかったなぁ、と。
この身体になってからのことを振り返ってみても、私ってまともな魔法戦を殆どしていない。それに、よくよく考えてみれば最近の私は少々暴走しすぎのような気もする。
もしかして、これは所謂一つのストレスが原因だったりするのではないだろうか? 実際に暴走体との戦闘って、何か流れ作業みたいでつまらないと感じてたわけだし、こんな風に楽しいとは微塵も感じなかった。うーん、やっぱりまともな魔法戦に飢えてたのかな?
でもそうなると、私も戦闘狂ってことになっちゃうよね……。私があの魔乳ピンク侍と同じ戦闘狂とか……うわぁ、何か軽く鬱ってきたかも。
「なのは、どうかした?」
「ふぇ? う、ううん! 何でもないよ!」
……ええいっ、もうどうでもいいや。小さいことを気にしたら負けだしね。
こうなったら本気で砲撃を撃って、撃って、撃ちまくってやるんだからっ! 多分、それで何でも解決できるはず! 反論とか異論は受け付けないし、今後も受け付ける予定は一切ないっ!
「フェイトちゃん! 私、負けてあげないから!」
「いいよ、なのは! 私も負けないから!」
フェイトちゃんに気合いを入れて宣戦布告をして、戦闘再開。
んー、でも何かこういうのっていいよね。ライバル対決って感じでさ。すっごくテンションが上がってきたよ!
距離は十五メートル強くらい。うん、今度はこっちのターンなの!
「レイジングハート!」
“Divine buster Stand by”
「っ、バルディッシュ!」
“Thunder Smasher get set”
愛機を構えて、少しだけ魔力を溜める。本当ならこの隙は決定的だけど、フェイトちゃんも撃ち合いをしてくれるみたいだから問題ない。
……実はこのために、フェイトちゃんに宣戦布告をしたんだったりもしちゃうのだ。
いくよ、これが私、高町 なのはの真骨頂で代名詞。
自分の持ち技の中で、一番信頼できる技っ。
「ディバイン、バスター!」
杖先から出た桃色の極太な光線が、フェイトちゃんに向かって真っ直ぐに進んでいく。だが、フェイトちゃんはそれに対して回避行動を取る様子はない。
その理由は簡単、フェイトちゃんは撃ち返す気満々だからだ。
「撃ち抜け、轟雷! サンダースマッシャー!」
二色の砲撃がほぼ中間地点で激しく激突する。
桃色と金色の砲撃がぶつかった瞬間、もの凄い衝撃波が周囲に広がった。私の視界の隅では、小さなフェレットが吹き飛ばされている姿が目に映る。
ごめん、ユーノ君。余波のこととか完全に頭から抜けてたよ。でも、自分で何とか頑張って!
そんな心からのエールを送っていると、慌てた様子のアルフさんがユーノ君を掴んでいるのが見えた。普通、敵側の人間なんて助けようともしないのに……何だかんだ言ってアルフさんは良い人だよね。
そんな事を思いながら、私はフェイトちゃんとの撃ち合いに集中することにした。
「……ふふふっ」
砲撃がぶつかりあった直後から、私の手にはもの凄い衝撃が掛かって来ている。
だけど、この身体の芯まで痺れさせるような感覚は、何とも言い難いほどに気持ちがいい。
そんなことを考えていた私は、自然と綺麗(見る人によっては獰猛かも?)な笑みを浮かべていた。
でもでも、私は仕方がないと思うんだ。こうやって私と砲撃を真正面から撃ち合ってくれる人ってあんまりいないんだもん。大半が逃げるか、避けるか、防壁を張るかでさ。正直、そんなのつまらないっていつも思ってたんだ。
砲撃は砲撃で撃ち返すか、剣とかで切り裂いてこそ価値があるっていうのに……皆、本当に何もわかってないよ。全力全開の真っ向勝負、それこそが一番燃えるんじゃない! 熱くなれるんじゃない!
まぁ、戦技教導官な私はそんなことは口が裂けてもそんなことは言えないんだけどね。だから、こうして真正面から私と撃ち合いをしてくれるフェイトちゃんが私は大好きです!
ああ、勿論likeの方でね、loveは彼にしか捧げないから。
とはいえ、砲撃に関しては少し私の方に分がある。
初めは均衡していたものの、徐々に私がフェイトちゃんを押していった。でも、それでやられてくれるほどフェイトちゃんは甘くない。
ピンチはチャンス。絶対に起死回生の機会を狙っているはずだ。
そして多分、次にフェイトちゃんが取る行動は……。
“Blitz Action”
「貰った……っ、えっ!?」
当然、私の背後に回ることだよね!
私が後ろを振り返ると、そこには設置型のバインドで動きを封じられたフェイトちゃんの姿があった。
ふふふ、絶対に私の砲撃が飲み込む寸前を狙うと思ってたよ。でもね、フェイトちゃん。その行動は二十年も前から全部くるっとまるっとお見通しなの!
さぁ、スバル達みたいに拳じゃないけど、受けてみて! 私のフルパワーな超近距離砲撃っ!
「ディバイン……」
この時の私は目の前の勝負に夢中で、いつもよりも周囲への注意が散漫になっていた。簡単に言うと、勝利目前の私は完全に油断していたのだ。
いや、私だけじゃなくてフェイトちゃんもアルフさんもユーノ君も、皆が油断していたと思う。だからこそ、私達は全く気が付かなかった。
実はこの時、私達の近くにもう一つジュエルシードが落ちていたことに。
しかも、それが私達の戦闘で発生した魔力余波の影響で、もう暴走寸前まで活性化していたことに。
私達は誰一人として、その事実に気が付けなかったんだ……。
「バス……っ!?」
そして、それに気付いた時はもう既に遅かった。
私が勝負を決定づける砲撃を撃つ直前、限界に達した忌まわしき器が覚醒したのだ。私とフェイトちゃんは背後からの強い衝撃波に突然襲われ、それぞれ別方向へと吹き飛ばされる。
「なのはさんっ!」
そんなユーノ君の声が聞こえたと同時に、私は近くにあったビルへと頭から突っ込んだ。
……凄く痛い。それが私の頭に浮かんだ唯一の感想だ。
何枚ものビルの壁が脆くも崩れ去り、私が通った大きな風穴がどんどん開いていく。そのまま人間大砲と化した私がやっと止まったのは、何個目かのオフィスをグチャグチャにした時のことだった。
「イテテ……うわぁ、血が出てる」
バリアジャケットを着ていたからって、完全にノーダメージとはいかない。気が付いたら、私の右側の視界は赤く染まっていた。
どうやらビルの何処かに頭をぶつけて、切ってしまったらしい。治癒魔法で傷の簡単な止血だけ終え、血を拭きとると愛機の方へと目を向ける。
「レイジングハート、大丈夫?」
“…マス………問…いあり……ん”
「……レイジングハート、モードリリース」
私の無二の相棒に声を掛けると、レイジングハートは問題ないと言ってきた。
だけど、その声は完全にノイズ混じりだ。ぶつけた衝撃の所為か。それとも吹き飛ばされた時の魔力波の所為か。理由はわからないけど、レイジングハートに異常が出ているのは確かだ。
まぁ見た感じではコアに大きな損傷はないようだけど、あんまり無理はさせたくない。私はすぐに彼女を待機モードにすると、外の様子を窺ってみる。
「…………っ……」
一言で言うとしたら、そこは別世界のようだった。
まるで台風の時のように激しい風が辺りに吹き荒れ、まるで地震の時のように大地が震えている。世界が終わる瞬間があるとしたら、こんな感じなのかもしれないと強く思わせるほどの光景だった。
……たったの一個だ。あんな小さな石、たったの一個で天災に匹敵するほどの力を発揮している。
管理局員だからロストロギアの怖さはよく知っているつもりだった。
実際に体験したこともあるし、色んな資料を読んだこともあった。
でも、やっぱり私は何処かで油断していたのかもしれない。きっと私は何処かで甘く見ていたのだ。昔、大丈夫だったから今度も大丈夫だろうと……舐めていたのだ。
「また同じように行く理由なんて、何処にもないのにね……」
私は思わず、きつく唇を噛む。
少しだけ口の中で血の味が広がる。当然、鉄のような味で美味しくはない。
だけど、今はその不味さが少しだけ心を沈めてくれた気がした。
しかしその効果も僅かな間だけのこと、私の視界の中に金色の少女が飛び込んでくるまでのこと。勿論、それが少女が誰かなんてことはすぐにわかる、フェイトちゃんだ。
そのフェイトちゃんはこともあろうか。あの暴れ狂う場所に飛び込んで、暴走しているジュエルシードを素手で封印しにいった。
何でバルディッシュを持っていないのかはわからない。でも多分、私と同じで異常が出てしまったのだろうと推測は出来る。
だけど、仮にそうだとしても……。
「フェイトちゃん、それは無茶し過ぎだよ」
そう小さく呟くと私は、フェイトちゃんの下へとゆっくりと歩き出した。
頭の奥は凄く冷たいのに、胸の奥は異常に熱い。恐らく、私は怒っているんだろうと思う。
平気で無茶なことをする彼女に対して。それを見ているだけの人達に対して。あの行動を強制させている人に対して。そして、わかってたくせに何もしていない私自身に対して。
きっと私は心底、腹が立っていた。ムカついていた。憤っていた。
「っ、アンタ、フェイトの邪魔はさせないよ!」
「……いいからそこを退きなさい、犬っころ」
「なっ、バインド!?」
アルフさんが驚きの声をあげ、更に何かを言っているみたいだけど私の耳には残らない。私の意識は完全に別の場所にあるのだ。それ以外の事には今は構っていられない。
一歩一歩進む度に、顔に当たってくる風の強さが強くなってくる。
一歩一歩進む度に、腹に響くような大地の振動が大きくなってくる。
これが“次元震”。しかもこの威力でまだ小規模……本当に笑えない。滅びし世界の高度な魔法技術の遺産……ロストロギア。
やっぱり人の手に余る代物だと今、再認識させられたよ。
「止まれ、止まれ、止まれっ。お願い、止まって……」
目的地に着くと、フェイトちゃんがうわ言のように言葉を呟いていた。
その表情には大量の魔力行使による疲労の色がはっきりと出ており、額にも大粒の汗が浮かんでいる。手につけていたグローブは既に張り裂け、掌から赤い液体が零れ落ちている。
「……その手を離して、フェイトちゃん」
「えっ……?」
私の声を聞いて、フェイトちゃんはやっと隣にいる存在に気が付いたようだった。少し驚いたような顔になって、魔力による直接封印をしながら私の方を見つめてくる。
でも、私はそんな彼女に視線を一切向けずに、彼女の手を取ってジュエルシードを解放させた。そんな私の突拍子もない行動に三人が声を上げようとする中、私は静かに言の葉を紡いでいく。
「リリカル・マジカル。かの忌まわしき器を封印せよ……」
指先に浮かんだ桃色の魔方陣から、封印魔法を放つ準備をする。
……デバイスなしでは封印魔法は使えない? そんなことはないの。封印術式が複雑で少し構成に時間は掛かるけれど、ただそれだけ。
デバイスなしでの魔法訓練は、自分の力量向上には欠かせないことだと私は思う。少なくても私は、個人練習の時にはそれを欠かしたことはなかった。
「……ジュエルシード・シリアルXIV、封印」
だから、絶対に出来るって確信がある。
そして、実際に出来た。簡単ではなかったけれど、成功した。
吹き荒れる風と大地の振動が収まった後、きらりと光る青い宝石が浮かんでくる。その封印状態のジュエルシードには、きちんとシリアルナンバーが刻まれていた……封印完了だ。
「嘘……あの状態のジュエルシードをデバイスなしで封印した? あんなに簡単に……?」
ユーノ君の呟くような声が聞こえてくる。
他の二人も呆然とした顔をして、私を見ていた。
だけど、私はその全てを無視して、フェイトちゃんへと手を差し出す。この時、ジュエルシードは完全に放置しているけど、もう暴走の心配はいらないので問題ない。
「フェイトちゃん、手を見せて」
フェイトちゃんの手を見る。
女の子らしい柔らかくて白い手は、今やズタボロの無残な姿となっていた。
私はそんなに治癒魔法は得意じゃないから、これだと完全には治せないかもしれない。そんなことを思いながら、私はフェイトちゃんを無言で治療する。
「あ、ありがとう」
少し赤くなりながら、お礼を言ってくるフェイトちゃん。
私はそれに答えを返さずに、黙々と治癒魔法を掛けていった。
すると徐々に血が止まり、傷が塞がっていく。うん、これなら完全に治せそうだ。そして、漸く見える範囲の傷の治療が済んだ所で、私は重い口を開く。
「ねぇフェイトちゃん……少しだけ、歯をくいしばろうか?」
「えっ?」
「いくよ」
私は思いっきりフェイトちゃんの頬を平手で叩いた。
叩かれたフェイトちゃんは何がなんだかわからないって表情で、私を呆然と見つめる。
「アンタ! フェイトに何をするんだいっ!」
未だにバインドが解けていないアルフさんがキャンキャン吠えてるけど、私は何も言わない。大体、使い魔だと名乗るのならちゃんと主人の役に立ってよと心から言いたい。あの場面はどう見ても、私ではなくフェイトちゃんのフォローに行くべきだったはずなのだ。
確かに一人で突っ走るフェイトちゃんもダメだ。だけど、それを止めないアルフさんもダメダメだ。主人を全肯定するだけが、使い魔の仕事じゃないと思う。
「痛い? 痛いよね? ……私も痛い」
「………………」
叩くのって実は叩いた方も痛い。
勿論、そんな叩かれた方は知ったことではないと思うけど。
……私だって、本当はフェイトちゃんを叩きたくなんてない。
でも、私はこれが必要だと思ったからやったのだ。それで嫌われても後悔はしない。
「フェイトちゃんが必死なのはわかってるんだ。何かの為に凄く頑張ってることもわかってるんだ。でもね、さっきのは見過ごせない。どうして誰の助けも借りなかったの? 私は兎も角、アルフさんにはフォローを頼んでも良かったよね?」
「………………」
さっきの行動がフェイトちゃん一人の時だったら、仕方がないかなとも思える。だけど今、この場所にフェイトちゃんは一人じゃなかったんだ。私やユーノ君の助けを借りにくいのは、まぁわかる。だけど、自分の使い魔であるアルフさんの助けすら借りないのはどうかと思うんだ。
少なくてもさっきは一人で無茶をする場面では、絶対になかったと私は思う。
「もしかして、何でも一人で出来ると思ってる? だとしたら、それは大間違い。そして傲慢だよ、フェイトちゃん。そんな力はフェイトちゃんにも、私にもない。ううん、きっと一人で何でも出来る人なんて何処にもいないんだ」
そんな完全超人が居るのなら、会ってみたいと本気で思う。
まぁ、一番それに近いって言える人は……クロノ君かなぁ、オールラウンダーだし。それにそもそもクロノ君は、他の人との連携の大切さとか良く知っているしね。
だから、一人で何でも出来るなんて言っている人なんて、ただ大口を叩いている人か。個人で処理出来る範囲を超えた事態に遭遇したことのない人だけだと私は思ってる。
「それにフェイトちゃんが無茶なことをして、一体誰が喜ぶの? フェイトちゃんが大怪我をして、一体誰が喜ぶの? フェイトちゃんがボロボロになって、高々ジュエルシードを一つ集めて、それで誰が喜ぶと思ってるの?」
「……っ……」
確かにジュエルシードは凄く危険な代物だ。今回の事で私もそれを再確認させられたよ。けど、それでもだ。
そんな危ない代物で、一刻も早く回収しなくちゃいけないものだとしても……フェイトちゃんの命には代えられない。ううん、他の誰の命にも代えられないよ、絶対に。
だから、急いで危ない事をするくらいだったら遅くても安全に回収するべきだと私は思うんだ。
……勿論、フェイトちゃんがお母さんのために急ぎたいって思ってるのは、百も承知だけど。
「私ね、前に大失敗をしちゃったんだ。今にして思えば、私は調子に乗っていたのかもしれない。皆に褒められるのが凄く嬉しくて、また褒めて貰いたくて、喜んで貰いたくて。一人で頑張って、無茶して……。そんなの本当は誰も喜ばないってことに気が付かなくて……実は凄く心配を掛けているってことに気付けなくて」
今にして自分のことを振り返ってみると、正直恥ずかしい。
自分でやらかしておいてアレだけど、凄くアホだったなって本気で思ってしまう。うん、あれだね。何だかんだ言っても、やっぱり私は子供だったってことなんだろうね。
ただの独りよがりな子供の我が儘。その結果が私の撃墜事件。私の黒歴史である。
「それで大怪我しちゃって、大事な人達を沢山泣かせちゃった。そこで、私はやっと気が付いたんだ。ああ、私って凄く馬鹿だったんだなって。皆に喜んで欲しかったのに、笑って欲しかったのに、私が泣かせてどうするんだろうって。……ねぇ、フェイトちゃん」
「……何?」
「フェイトちゃんに大事な人達はいる?」
私の質問にこくりと頷くフェイトちゃん。
そうだよね。だからこそ、フェイトちゃんはこんなにも頑張っているんだもんね。うん、その気持ちは凄く大事にして欲しいと私は思う。
だけど、同時に知って欲しい。その大事な人達はこれからどんどん増やすことも出来るんだよってことを。
「だったら、もう無茶なことはしないで。 私みたいに、大事な人達を泣かせたりしないで。きっとフェイトちゃんが無茶なことをしても誰も喜ばない。寧ろ皆、悲しんじゃうよ……」
「……ぅん」
私は少し涙が目に浮かんでいるフェイトちゃんの頬にそっと手を添える。
私が叩いた場所が少しだけ赤くなってしまっていた。
ごめんね、少し強かったかな……。そう心の中で謝りながら、私は言葉を続ける。
「それに私だって嫌だよ? 大事な人達が……フェイトちゃんが傷つくところなんて見たくない。絶対に見たくなんてないんだよ?」
「……ごめん。ごめんね、なのは」
ぽふんと私に抱きついてくるフェイトちゃん。
もう既に泣き出してしまった彼女に胸を貸し、私は優しく抱きしめてあげる。
これは実体験だけど、人の涙には人の体温が一番良く効くんだ。そして、私にそれを教えてくれたのは……貴女だったよね、フェイトちゃん。
「よしよし、良い子良い子。もう、フェイトちゃんは本当に良い子で、頑張り屋さんなんだから」
私はそう言って、フェイトちゃんの頭を撫でて上げた。フェイトちゃんの方が身長が高いから、ちょっとばかり撫でにくい。
だけど、金糸のように光り輝くその髪は凄くサラサラで、触っていると癖になりそうだった。
……多分、傍から見ればとても不思議な光景だっただろうと私は思う。
もう辺りが暗くなったひと気のない街中で、泣いている少女の頭を別の少女が撫でているのだ。うん、事情を知らない人は皆、首を傾げること間違いなしである。
そんな事を思い少し苦笑いを浮かべて、私はふと思い至った。
……私にとって魔法との出会いはフェイトちゃんとの出会いでもあったよね、と。
私の体内カレンダーでは二十年前の春、私は始めて魔法に出会った。
今だから言えるけど、もしフェイトちゃんが居なかったら、私は多分魔法を手放していたと思う。元々戦うのってあんまり好きじゃなかったし、この街のことが解決してしまえば、もう魔法なんて必要なくなると思ってたし。それにジュエルシードを封印するだけなら、魔法の練習もそんなに頑張る必要もなかったしね。
ユーノ君のお手伝いって感覚はあの木の事件からはなくなったけど、それでもまさか自分が魔道師になって、異世界に住むなんて夢にも思っていなかった。
そんな私が魔法に熱を上げた切っ掛けは、間違いなくフェイトちゃんだ。
だって、私が魔法の必死に特訓を始めた一番の理由は、フェイトちゃんとお話がしたかったからだもん。
それで何度も何度もぶつかって、話しかけて、戦って。そして、やっと友達になって……。
PT事件が終わって、もう私が魔法を続ける理由は完全になくなった。
だけど、魔法は遠くに行ってしまったフェイトちゃんとの大事な繋がりなんじゃないかなとも思ったんだ。それで、魔法の練習を頑張っていたらその内、私は魔法を手放せなくなってたっていうオチ。
まぁ、今となっては、完全に私の身体の一部と化しちゃったけどね。魔道師ではない私っていうのが、イマイチ想像できないし……。
だから、フェイトちゃんは私にとってちょこっとだけ“特別”だったりする。
あっ勿論、変な意味じゃなくてだよ? 好きなのは間違いないけど、それは親友として好きだってことだからね! その辺は間違えないよ―に!
とまぁ、そんな大きな転機をくれた大好きな親友には無茶を私はして欲しくないと思うのです。私もよく無茶し過ぎだって怒られるけど、フェイトちゃんも相当なものだと私は思うんだ。
あの真・ソニックなんて言う、あんなにいやらし……んんっ。あんなにえっちぃ……げふんげふん。あんなに個性的なバリアジャケットを着て、ぶんぶんと剣を振りまわすんだもん。親友としてはいつも心配でハラハラしてたよ、主に露出度の問題とかでね!
一応、二十歳すぎてから何度かバリアジャケットの変更をそれとなく伝えてみたんだけど、寧ろ私にも勧めてくる始末だったっていう……。私とフェイトちゃんじゃ、完全に戦闘スタイルが違うってわかってるくせに“なのは、私と御揃いなんてどうかな? きっとなのはなら似合うと思うんだ!”とか真剣に言ってくるし……。
うん、今度はフェイトちゃんがあんな感じにならないように少し気を付けてようと本気で思う。
“マスター、もう時間が……”
「うん、わかったよ」
私が心に固く決意していると、レイジングハートが時間ないことを知らせてくれた。どうやら彼女はこの短時間で、自己修復を終えていたようだ。
なんていうか、この相棒……凄くできる子っ!
「あっ……」
私はフェイトちゃんから身体を離し、背を向けて数歩だけ先へと進む。
実はこの行動に特に大きな意味はない。
別に今更になって、何かちょっと恥ずかしいなぁとかは微塵も思っていない。
……本当に思っていないからね?
「な、なのは……」
「フェイトちゃん、誰かに頼ることはきっと弱さなんかじゃないよ。誰かに頼るのって、意外と勇気がいることだもん」
私はフェイトちゃんに背中を向けたままで、言葉を紡ぐ。今、フェイトちゃんがどんな顔していて、どんな気持ちなのかは私にはわからない。
けど、だからこそ少しでも私の気持ちがフェイトちゃんに伝わってくれればいいなと思う。
「確かに私達はジュエルシードを争うライバルだけど、絶対に敵じゃない。だから今度、何かあったら私の名前を呼んで? フェイトちゃんが名前を呼んでくれれば、どこにいたって必ず駆けつける。そして……」
最後の言葉だけは、振り返ってから言おうと思った。
この言葉が一番、今のフェイトちゃんに伝えたい言葉だ。
そして、これは私、高町 なのはの誓いでもある。
「私は絶対にフェイトちゃんの味方になるから!」
人々の危機に颯爽と現れるヒーロー。私はそんなヒーローには絶対になれないと思う。私に出来ることなんて高々知れてるし、寧ろ出来ないことの方が多いしね。
でも、それでも私はフェイトちゃんの味方になりたい。
長年を共に過ごした親友の力になってあげたい。
この気持ちだけは、何があっても絶対に変わらないから……。
「行こ、ユーノ君」
「あっ、はい」
そうユーノ君に声を掛け、肩に乗せると私達は家へと帰宅する。
でも、最後に見たフェイトちゃんはまた泣き顔だったなぁ。
はぁ……私ってフェイトちゃんを泣かせ過ぎなんじゃないかな。
んー、何時の間にいじめっ子さんになっちゃったんだろうね、私。
「ごめんね、ユーノ君」
謝る理由は無論、ジュエルシードのことだ。何か流れで忘れてたけど、さっき封印した奴を置き忘れてきちゃった。
ま、まぁ変態さんの奴は私が持ってるから、イーブンだよね! そんなことを心の中で言い訳していたんだけど、ユーノ君もそれは気にしていないみたいだった。
そして、何やらドモリながら疑問を投げかけてくる。
「いえ……あ、あの、なのはさん。なのはさんの大事な人達って……」
「えっ? ああ、アレかぁ。お母さん達、家族でしょ? アリサちゃん達、親友でしょ? それに最近だと……フェイトちゃんにアルフさん、レイジングハートに……」
私は一つ一つ指を折りながら、皆の顔を思い浮かべる。
まだ名前を呼べない人の顔も沢山思い浮かんだけど、皆は私の大事な人達だ。
そして、私のかけがえのない宝物でもある。
「……あとは、当然ユーノ君も! み~んな私の大事な人達っ!」
私が笑みを向けてそう言うと、騒がしくなった街中を駆けていく。
確か、今日の夕食ははなまるハンバーグなのだ! これは急がざるを得ないよね!