【ネタ】逆行なのはさんの奮闘記   作:銀まーくⅢ

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第九話。なのはさん(28)の葛藤

 今日はミっくんの家で初めてのお泊り。

 付き合い始めて一ヶ月。遅いと言えば遅く、早いと言えば早かった。現在の私の心は大きな期待とか小さな不安とかが色々と混在していたりする。

 まぁ、端的に言えば私は凄くドキドキしております。

 

「なのはさん。今日は本当に帰らなくて良いの?」

 

「もうっ。二人っきりの時はなのはって呼んでくれなきゃ、イヤだよ」

 

 こんな時でも、私の事をさん付けで呼ぶ彼。まぁ、確かに七歳も年上だし、仕事上でも上司だから仕方がないのかもしれない。けど、やっぱり一人の女の子としては呼び捨てで呼んで欲しいと思ってしまう。

 ちなみに二十八歳で女の子? という質問は受け付けておりません。私の心は何時だって乙女なのだから。

 

「あはは。そうだったね、ごめん。それじゃあ……なのは」

 

 そんな私のささやかな願いを彼は、優しげな笑みを浮かべながら叶えてくれる。そして、私をそっと抱きしめるとゆっくりと顔を近づけてきた。

 それに合わせて、私も静かに目を閉じる……。

 

 ああ。これで私の長き夢見る少女の時代は、遂に終わりを迎える。

 皆よりもちょっと遅くなってしまったけど、これから私は大人の階段を上っていくんだ。もう私は不幸なままのシンデレラではない。私だけの王子様を手に入れたのだから!

 

「……もう儂はお前を離さんぞっ!」

 

「ふぇ?」

 

 彼と私が触れ合う寸前。いつもは耳に心地良いはずのミっくんの声が、何故かいかついおじさんの声に変わった。

 うん、何かがおかしい。この仄かに香る加齢臭とか愛しのミっくんからはして来ないはずだ。それに大体、ミっくんは儂なんて言わないっ。

 少し疑問を感じた私は慌てて目を開けてみる、すると其処には……。

 

「レ、レジアス中将ぉぉお!?」

 

 何故か角刈りのいかつい親父がいました。ミっくんが親父に変わってました。

 しかも、私の身体を完全にその太い腕で拘束して、そのヒゲ面を私に近づけて来る。というか、その荒れた薄い唇を私に突き出して来てるぅ!?

 そんなおぞましい光景を間近で見た所為で、私の全身に鳥肌が走った。

 

「ちょっ、本気でやめてっ! 近づかないでっ!」

 

「んむぅ~~」

 

 本気で焦りながら顔を精一杯ヒゲ面から引き離す。

 そしてその間に何とか腕を外そうともがき、太い腕を連続でタップ&タップ。

 だけどそんな些細な抵抗は全く届かず、無情にも私の唇はヒゲ親父に奪われ――――

 

「い、いやぁぁああ――――っ!」

 

 私はがばっと布団から勢いよく起き上がる。

額 から嫌な汗がぽたりと落ちてきた。呼吸も荒く、心臓はドクドクと激しく鳴り響いている。ゆ、夢? 夢、なの? 夢なんだよね? お願い、夢だと言って!

 混乱している頭でそう祈りつつ、軽く深呼吸を数回行う。窓から外を眺めれば辺りはまだ真っ暗だ。しかも私は自室のベットの上、隣には誰もいない。……ふぅ、良かった。本当に夢だったみたい。それにしても……。

 

「な、なんて悪夢なの……」

 

 い、今のは色々と酷すぎると思う。幸せなミっくんとの時間をよりにもよって、あんなおぞましい時間に変えてしまうなんて……。何が酷いって、もう全部が酷すぎるよっ。

 大体、あんな場面でレジアス中将とチェンジするとか本気でトラウマ確定だからっ。まさかあれなの? 実は私はオジコンだったりするの? 内なる属性の開花なの? 嶺上開花なの? 本当、何処のバカレッドだよ私は……。

 

「ん、あれ? でも今、ミっくんって一歳だから……もしかしなくても、私ってショタコンさん?」

 

 さぁぁと私の心に冷たい風が吹いた気がした。

 ちょっと待て、落ち着こう。いや、心はもう充分に冷えたから少しだけホットになろう。わかっていたことではあるけど、現実的に考えてみるとこれはかなり由々しき事態かもしれない。

 前にも考えたことだけど、大人になってからの七歳差ってそうでもないけど、子供時代の七歳差は途轍もなく大きい。例をあげると私がミッドに移住する十五歳の時にミっくんは八歳だ。うん、これって誰がどう見てもショタコンさん確定だよ……むぅぅ。

 

 だけどミっくんの所為でショタコン扱いされても不思議と嫌でもないっていう、ね。あははっ、何と言うか私って大変アレなのかもしれない。

 で、でもっ、ショタコンの方がオジコンよりはマシ……だよね?私がそんなことを悶々と悩み続けていると、何時の間にか夜が明けていた。結局、結論が出なかった私は人生の先輩であるお母さんに聞いてみることに。

 

「ねぇ、お母さん……オジコンとショタコン、どっちの方が変態さんなのかな?」

 

「え、えーと……多分、どっちも変態度は変わらないと思うわ」

 

 なのはのツインテールが萎れた!

 なのはの心にぽっかりと穴が開いた!

 なのはは何処か遠い目になった!

 なのはは辛い現実から目を逸らした!

 

 

 私の名前は高町 なのは。

 極々、平凡で何処にでもいる普通の魔法少女です。

 えっ? 普通は魔法なんて使えないぞ? そんな時は街中で良く目を凝らして三十代の男性を見てみよう。多分、貴方の近くにも魔法使いがいるはずだから……!

 

 フェイトちゃんにちょっとばかり恥ずかしい事を言った後、私はお母さんの美味しい夕飯にありつく……前に皆からお説教を食らってしまいました。どうやら帰りが遅かったことと、頭に小さな傷が残っていたことが原因らしいです。

 止血するだけで完全に治していなかった愚かな自分を全力で罵倒しつつ、お説教を何とか乗り切ることに成功した私。でもその所為で、ハンバーグは冷え切っていました……ちくせう。

 

 それにしても“血の匂いがする”とか言って、即座に怪我に気が付いたお父さん達って一体何なんだろうね。あの三人はもう完全に人間を止めてると私は思うんだ。本当、この家には私とお母さん以外は人外しかいないよね。全く、一般人は肩身が狭いったらありゃしない。

 だけどまぁ、そんな超人家族の追及を“転んで頭をぶつけちゃった、てへへ☆”なんていう苦しい言い訳で誤魔化した私はある意味で勇者だと自分でも思った。そして、その言葉を信じて“また転んだのか”と言ってくる家族達……プライスレス。初めてこのポテンシャルの低い身体に感謝したよ、うん……少しだけ泣けたけどね!

 

 

 さてさて。家族に怪我がばれた以上、治癒魔法でちゃちゃっと治すわけにもいかなくなる。するとどうなるのか。それはこの頭に包帯を巻かれた状態の私を見れば、よくわかることです。

 そんなに酷い怪我でもないのに私の頭は包帯でグルグル。見た目は完全に大怪我ですよ、はい。当然、朝のバス停でそんな女の子がいると周りの注目も集まるわけで……正直、視線がかなり辛いです。

 

「…………うぅぅ」

 

 しかも念の為にってことで夕食後に病院で検査されたっていう。

 もうね、アレだよ。心配してくれるのは凄く嬉しいんだけど、流石に大袈裟すぎだと私は思うんだ!

 ただでさえ、今日は悪夢を見た所為で気分がすぐれないっていうのにこの仕打ちはあんまりだよっ。私が見たおぞましい悪夢、アレは酷かった。言うなれば天国から地獄、まさにそれの体現だった。

 元よりどう変換すれば、ミっくんがあんなヒゲ親父になるというのか。本当に変換した自分の脳ミソにびっくりです。大体、私の夢なんだから私の思い通りになれよと心から思う。

 マルチタスクをフルに使った仮想シュミレーション“なのはの未来予想図♪”ではもう子供も五人いて幸せ色だというのに……本当にやれやれである。

 そんな風に大量の視線に晒されながら、私が物思いにふけていると漸くバスが到着した。私はやってきたバスに素早く乗り込むと、むんと気合いを入れて親友達に元気よく挨拶をする。

 

「アリサちゃん、すずかちゃん。おっはよー!」

 

「おはよう、なのは……って、その頭はどうしたのよ!?」

 

「なのはちゃん、怪我したの!?」

 

 出来るだけ元気に挨拶して誤魔化そう作戦! 開始二秒で終了の巻。

 まぁ、頭に包帯を巻いている時点で無理だとは思ってたけどね。おっと、二人とも心配そうな顔になってるからすぐに何か言わなくちゃ!

 

「えへへ。実は昨日ちょっと転んでしまいまして……」

 

「もうっ、なのははただでさえ鈍臭いんだから気を付けないとダメじゃない!」

 

「なのはちゃん、ちゃんと足元は見なくちゃダメだよ?」

 

「う、うん。今度から気を付けます」

 

 激しく怒っているアリサちゃんと促すように声を掛けてくるすずかちゃん。

 でも二人ともその根本には私に対する心配があったので、素直に頷いておく。というかこの反応を見た感じ、二人の中でもなのは=鈍臭いって方式が成り立っているんだね。

 ……むぅ、否定出来ないだけに凄く複雑だよぉ。

 とまぁ、そんな感じで親友たちに心配された私は、学校に行ってからも……。

 

「高町さん、何かあったら先生にすぐに言ってね?」

 

「大丈夫、高町さん?」

 

「頭、痛くない?」

 

 先生だけでなく、クラスメイト達にまで心配されてしまいました。

 はぁ、別に声をかけられるのが嫌ってわけじゃないけど、今はそっとしていて欲しい。今は夢の所為で、頭のキズよりも心のキズの方が大きいのだから……。

 

 

「なので、この場合は――――」

 

 時間が少し経って、授業中。

 先生の声を聞いて板書をしながら私はマルチタスクを活用して、ある難題について悩んでいた。無論、本日発覚した大案件。私はオジコンとショタコンのどっちなのかについて、である。

 詳しく説明するまでもなく全ては昨夜に見た夢が原因だ。お母さん曰く、どちらも変態度的には変わらないということだけど、自分の好みの属性はきちんと確認しておくことは大事だとも思う。彼を知り己を知れば百戦殆からずって奴である。

 

 さて、まずはショタコンについてだ。

 そもそもショタコンとは、正太郎コンプレックスを語源としていて、正太郎という半ズボンがとても似合う男の子が好きだという人達に与えられる称号である。

 そこで私の事を振り返ってみよう。

 私の周りには半ズボンが似合う人がいるかどうか……その答えはYESである。

 よくよく考えてみれば、私の周りにいた男性は童顔で子供の頃はショタっ気がもの凄く強かった人ばっかりだった。ユーノ君然り、クロノ君然り、エリオ然り……うん、全員間違いなくショタで童顔だ。

 

 そして何を隠そう、あのミっくんもどっちかっていう童顔だったっ。

 しかも前に見せて貰った子供時代の写真は、それはもう見事なまでに半ズボンが似合う男の子であった。その姿は鼻血(と書いてソウルと読む)級に可愛かったと私のメモリーに深く記憶している。

 なので、お前はショタコンなのかと言われると……強くは否定できない。

 まぁ、どっちかっていうとミっくん限定な気がしないでもないけれど……それでも美少年が嫌いかと言われれば答えはNOである。それに大体、小さい子が苦手なら“彼氏育成計画”なんて考えたりしないとも思うんだ。

 しかし、そんな私に今日、新たな可能性が出てきてしまった……。

 

 ショタコンとはおよそ正反対の属性であろう、オジコンである。

 

「――――それでは続きを……高町さん」

 

「はい。“だって両方とも好きなんだから、仕方がないじゃないか”太郎はそう言うと、激しく直美に――――」

 

 オジコン、それはその名の通りオジサンが好きだという人達に与えられる称号である。たかが夢されど夢という言葉もあるように、私の深層心理的なモノが夢になって出てきた可能性もある。

 つまりは実は私ってオジサン好きなんじゃね? という可能性が出て来てしまったのだ。まぁ、だからといってレジアス中将をチョイスしてきた私の脳みそにはバスターをプレゼントしたいけどね!

 

 さて、オジサンにも良い点は沢山あると私は思う。

 年を重ねたことで生まれたダンディな雰囲気。母性とはまた違ったものを強く感じさせる父性。若い子にはないであろう謎の包容力。挙げていこうと思えば、幾つでも挙げていけることだろう。

 だからオジサンの良さを私は否定したりはしない。

 私の身近な年配の男性っていうと、お父さんとゲンヤさんくらいかなぁ……ふむ、確かに嫌いじゃない。アリかナシとか言われれば、余裕でアリだ。

 ああ、ちなみにはやてちゃんはオジコンではないらしいですよ。

 前に一度聞いたら、“私はゲンコン(ゲンヤさんコンプレックス)なんや”とか言って、一晩中惚気てたからね! ああ、何か思い出してたら教科書に自然と皺が出来てきた……少し落ち着こう。

 とまぁ、そんなわけでショタもオジもどちらも良い所があるって私は思うんだよねぇ……と、そこまで考えて私は気が付いた。

 あれれ? もしかして私ってどっちもイケる派なんじゃない?

 

「――な、直美は荒い呼吸を必死に押さえました。そして――――」

 

 まさかの両属性持ち? という結論が浮かび、流石の私も内心で少し焦りを覚えた。オジコンでショタコンな見た目8歳で中身28歳な中卒空戦魔道師……やばい、自分がかなり痛い人のような気してきた。何か本気で落ち込んできたんだけど……。

 国語の教科書を朗読しながら私が内心で凄くダウナーな感じになっていると、不意に昔聞いた親友達の言葉が頭に浮かんでくる。

 

“なのはちゃん。好みっていうのは相反するモノじゃなくて、隣り合うモノなんやで?”

“なのはちゃん。周りのことも大事だけど、好きなモノを好きだって言えることは大事なことだよ?”

“なのは。考えるんじゃない、感じるのよ!”

“なのはぁ……”

 

 ……そうか、私が間違っていたんだね。

 どっちが良いとかどっちが悪いとか、そんなのは全く関係なかったんだ。

 属性。それは隣り合い、寄り添うモノ。対立するモノではなく共存できるモノ。

 必要なのは周りの視線ではなく自分の気持ち。頭ではなく心で、魂で、私は動く! 最後の声は、まぁ聞かなかったことにして……。

 それによくよく考えれば、ショタミっくん。成人ミっくん。ダンディミっくん。……ふふふ、それってどれも最高だよね! どんなミっくんでも私は胸を張って愛せるよ! むむむ。ということは私って“ミっくんコンプレックス”になるんだね、えへへ。

 

 結論。私はショタもオジも好きだけど、ミっくんが一番好きであるっ!

 

 ああ~、何かすっきりした気分になった。それにしても、やっぱり私の親友って大事だよね。今はまだ三人しかいないけど、五人揃ったら皆に言ってみよう。“ありがとう”って!

 

「最後に直美は言いました。“いいじゃない、どちらも大事な貴方の個性よ”」

 

「はい、ありがとうございます。この時の直美は心情は――――」

 

 席に座りながら私は自分の目標を立てた。

 日本には古くより“大和撫子”という言葉がある。

 男を陰ながら支え、ひかえめで過度に自己主張せず、決して夫を裏切ることなくそれでいて心を強くもつ女のことを大和撫子というのだ。うむうむ。まさに私のことを体現しているような言葉だと思う。

 えっ? それは流石にないだろうって?

 ……ふん、なら私は大和撫子を超えてみせるもん! そう、言うなれば私は超☆大和撫子になるんだからっ!

 

 

 

 

 今日もお勤めが終わり、放課後。

 アリサちゃん達に別れを告げた後、私達はいつものメンバーでジュエルシードの探索を続けていた。あっ、ちなみに邪魔くさいので包帯は取っています。

 フェイトちゃんにまで心配させるのは、申し訳ないしね。とまぁ、そんなわけでぶらぶらと街を歩き回りながら、今日も探索をしているわけです。

 ただ、今日はいつもとは少しだけ違っていることがあって……。

 

「な、なのは……さん」

 

「はい、もう一回」

 

「なのは…………さん」

 

 ユーノ君に呼び捨てをさせようと試みていたりする。

 今までは放置してたけど、やっぱり友達にさん付けされるのは流石の私でも少しばかりくるものがあるんだよね。そんなわけでさっきから何度も言わせているんだけど……。

 

「むぅぅ、もう一回!」

 

「なのは…………さ、ん」

 

「もうっ、なんで“さん”を付けるのー!?」

 

“……このヘタレねずみ”

 

 何故かユーノ君は“さん”を外せない。

 しかも目がきょろきょろしてるし、顔も地味に赤いっていう。

 んー、やっぱり恥ずかしいのかな? でもまだ女の子を名前で呼ぶのが恥ずかしい年齢でもないだろうし、“アッチ”ではスムーズに呼んでたし……実に摩訶不思議である。

 ちなみにレイジングハートの呟きは私の耳には届いていない。

 

「さぁ、ユーノ君。もういっ…………チッ」

 

 私が半分意地になり、もう一度言わせようとした時、ジュエルシードの反応があった。もう少しって所で邪魔をされて私の機嫌は急降下を辿っていく。

 ……本当に空気を読まないロストロギアだよね。いい加減にしないと、まとめて呪うぞ♪ そんなことを結構本気で考えながら、私は現場へと走り出した。

 

「ユーノ君っ! レイジングハートっ!」

 

「はいっ、封時結界っ!」

 

“Stand by ready. Set up.”

 

 走りながら声を掛けると二人は即座に自分の仕事をやり始めてくれる。

 うん、本当に私達は最高のパーティだね。口には出して言わないけど、実はかなり頼りにしてるんだ。内心でそう声を掛けつつ、私は今度のお相手……木のジュエルシード暴走体を見据える。

 さぁ、私も自分の仕事をちゃんとしなくちゃ、ねっ!

 

「ディバインシューター……シュートッ!」

 

 牽制の意味を込めて、射撃魔法を私は放った。

 どこのジュ○イモンだよと言わんばかりの人面樹へと桃色の魔法弾が向かっていく。しかし、私の薄れ掛かっている昔の記憶が確かならば、こいつは確か……。

 

「バリアを張った!? なのはさんっ! 敵は今までのよりも強いみたいです!」

 

「そう、みたいだね!」

 

 ユーノ君に返事をしながら、私は暴走体の攻撃を空へ逃げることで回避する。うん、やっぱりバリアを張るタイプだった……こういう奴はちまちました攻撃じゃ意味がない。

 先にバリアを破壊するか、バリアごと粉砕するかの二つの選択がある。

 そして、私が選ぶべき選択肢は決まってる。

 

「レイジングハート!」

 

“Shooting mode.”

 

 私は迷うことなく、砲撃のチャージを始めた。

 その際、敵の攻撃は全く考慮していない。

 だって、私は気が付いていたのだ。

 

「……バルディッシュ」

 

“Arc saber.”

 

 親友であり、好敵手のあの子が近くにいることに。

 フェイトちゃんが放った斬撃が人面樹の幹をバリアごと切り刻んでいく。今、道は開けた。もうお膳立ては十分過ぎるほどに完璧。後は封印するだけの簡単なお仕事です、てねっ!

 

「撃ち抜いてっ! ディバイン……」

 

“Buster!”

 

 何の憂いもなく、私は砲撃をぶちかました。

 守るべき盾を失った暴走体は非常に脆く、桃色の光に撃ち抜かれる。

 こうして、暴走体は発動しておよそ二分で封印されることとなった。……何と言うかごめんね、暴走体。

 

「こんにちわ、フェイトちゃん」

 

 あまりにも呆気なくやられていった不憫な暴走体に哀れみの念を送りつつ、私はフェイトちゃんへと身体を向け、声を掛けた。

 当然、前回泣かせてしまったので笑顔で凄くフレンドリーな感じで、である。

 

「う、うん……こんにちわ」

 

 だけどフェイトちゃんは挨拶を返してくれるものの、アルフさんの後ろに隠れてしまっていた。今もアルフさんの肩口から少しだけ顔を出して、こそっと私の方を見てくる。

 ……もしかしたら、近づくとまた打たれるちゃうとか思われてたりするのかもしれない。うぅぅ。だとしたらもの凄くショックなんだけど……でもっ、私はそんな逆境には負けない!

 

「今回は私とフェイトちゃんの連携プレイだったから楽勝だったね!」

 

「そ、そうだね……」

 

「でも何で木だったんだろうね。もしかして木にも感情とかがあるのかなぁ?」

 

「そ、そうだね……」

 

「き、今日は凄くいい天気だったよねっ?」

 

「そ、そうだね……」

 

 ……フェイトちゃん、今日は曇りだったよぉ。

 色んなことを話しかけても相槌だけで、アルフさんの後ろから出て来る気配は全くなし。はぁ~、これは本格的に嫌われたかもしれない。

 フェイトちゃん、目線もさっきから全然会わせてくれないもんね。

 あっ、でも顔の色も少し赤いし、まぁ女の子同士で恥ずかしいってことはないと思うから、体調が悪い所為なのかもだけど……。

 

「……もしかしてフェイトちゃん、体調とか悪い?」

 

「えっ? ……そ、そんなことないよ?」

 

「う~ん、でも顔色も少し悪いように見えるよ? ちゃんとご飯食べてる?」

 

 あたふたと首を振って否定するフェイトちゃん。

 両サイドのツインテールが犬の尻尾のようにぶんぶんと揺れております。その様子は大変可愛らしいとは思うんだけど、長年一緒にいた私には全く効かないんだよね~。というわけで、尋問開始だ。

 

「た、食べてるよ」

 

「ふぅ~ん、本当かなぁ? 嘘とかじゃないよね?」

 

「うっ。ほ、本当だよ…………少しだけど」

 

「本当なんですか、アルフさん?」

 

 フェイトちゃん、最後に言った小声が完全に聞こえてるよ。

 あと挙動不審になってるし、相変わらず嘘が苦手だよねー。

 まぁ人としてはそういうのは好ましいと思うんだけど、友人としては非常に心配だよ。そんなわけで、私への態度が不思議と軟化している(目線が何か優しげ)アルフさんに聞いてみる。

 

「いや嘘だね、もっとアンタからも言っておくれよ。私が何度言ってもフェイトはまともに食事を取らないんだ」

 

「ア、アルフっ!?」

 

「むむむ。そんなのダメだよ、フェイトちゃん!」

 

 使い魔のまさかの裏切りに驚いた顔を見せるフェイトちゃん。でも、アルフさんの言うことが確かならフェイトちゃんはご飯をちゃんと食べていないことになる。

 うん、これは大変いけないことだと私は思うんだ。特に子供時代は食事をちゃんと取らないとダメだと思うしね。それにどうせ嫌われてるんだもん、こうなったらとことんかまってあげるんだからっ!

 

「フェイトちゃん、健全な精神は健全な肉体に宿るの。そして、それは逆もまた然りなんだよ。強くなりたいのなら強い心を育てなければいけないの! そして、そのためにはしっかりとした心の根っこを作り上げることが大事! だからお米っ! 今すぐお米を食べなさぁいっ!」

 

 確かにお米は炭水化物だし、太り易いんじゃないかと思われがちである。

 だけど実は満腹感とかおかずとの組み合わせとかを考えると、お米を食べるのは女の子の永遠の敵、体重においてもキーパーソンになってくるのだ。

 よくよく主食を抜けばオッケーとか言う人がいるけど、アレは大間違い。寧ろ、おかずばっかり食べて痛い目に遭うのが目に見えている……というか私は痛い目に遭った。

 パンでも良いかもしれないけど、どうしても合うモノが脂の多いものになりがちだしね。だから、私は取材とか受けた時には常にお米をゴリ押ししていた!

そのおかげでミッドに和食の店が増えた時には私とはやてちゃんは凄く喜んだものである。

 べ、別にミッドに日本食を広めたかったとかじゃないよ? ミッドでもおいしい和食が食べたいとか思ってやったわけではないんだからね? ただ、私は世の悩める戦士達に新たな道を示しただけなんだから!

 そんな風に誰かに言い訳をしつつ、私はフェイトちゃんにお米を食べるように薦める。

 

「おコメ?」

 

「うん! 稲穂のように台風や大雨にも絶対負けない強い根っこを持ち、どんな状況にも粘り強く負けない女性になりたいのなら、お米を食べた方が良いよ! ちなみに私は毎日お米を食べてますっ!」

 

 そして、何より個人的にお米を食べると元気が出てくる気がするんだ。

 昔にミッド出身の人が“米って虫みたいで気持ち悪いな”と言った時には、テメェふざけてんのかー!? っとヴィータちゃん口調で怒鳴った覚えがある。八十八もの手間をかけて作った農家さんの苦労を何だと思ってるのかと、久しぶりに本格的なお説教を自分よりも階級も年齢も上の人にしてしまったんだよね、えへっ。

 まぁ、その甲斐もあってかその人もお米が好きになったから、結果オーライだけど。

 

「そうなんだ……なら、私も今度食べてみる」

 

「ん、よろしいっ。これでフェイトちゃんも私の同志の仲間入りだね!」

 

「同志?」

 

「そ。“コメコメ倶楽部”っていう、お米好きな人達の集まりがあるんだけど、その三人目の同志にフェイトちゃんを任命致します!」

 

 ちなみに20年後、ミッドには本当にそんな名前の倶楽部があったりする。

 会員数がなんど10万人を越えている大団体で、私はちゃっかり副会長だったりするのだ。勿論、会長はあの関西弁を使うおっぱい☆マイスターである。

 とまぁそんな感じで暫くの間、私達は和気藹々? と話をしていた。……フェイトちゃんは相変わらず隠れていたけれど。

 

「あ、あの~、なのはさん」

 

「フェイト、今回のジュエルシードはどうなるんだい?」

 

『あっ……』

 

 しかし、そんな和やかムードが流れる中で使い魔の二人から一つの疑問が投げかけられてしまった。

 まぁ、私もフェイトちゃんも口にしないだけで、内心ではわかってたことだったんだけどね。今回のジュエルシードは訪印したのは私だけど、フェイトちゃんの助力もあったわけで……正直、どっちのにするか明確じゃないしね。

 

「よしっ、それじゃあ……」

 

 私は少し大きめの声でそう言うと、ちらりとフェイトちゃんに目を向ける。

 すると、フェイトちゃんはもう既に戦闘態勢に入って愛機を構えていた。うん、やる気満々だね。けど、残念なことに私は今日はフェイトちゃんと戦う気はありません。

 だってさっきから何度もフェイトちゃんを観察していたけど、どうも動きが鈍い気がするんだもん。具体的言えば何処か怪我をしているような、痛めているような、そんな感じの動きをしている。

 この間の戦闘でってことではないよね……多分、十中八九あのババアが何かしたんだと私は思う。

 

「今日は、子供らしくじゃんけんで勝負しよう!」

 

『えっ?』

 

 私の提案に三人が驚きの声を上げ、二機のデバイスがきらりと光った。

 んー、そんなにダメなのかな? 私的には妙案だと思うんだけど……。小学生の勝負の定番と言えば、じゃんけんだしね!

 というわけで、ここは反対意見が出る前にゴリ押ししよう。

 

「偶にはこういう運の勝負も良いと私は思うんだ。運って人生に置いて結構重要な要素だったりするし……ね、フェイトちゃん?」

 

「う、うん。じゃんけんでいいよ」

 

 はい、決定!

 まだ不満そうな人達もいるみたいだけど、フェイトちゃんが承諾したので決定です。それにフェイトちゃんの食い付きが思ったよりも良かったしね。

 でも、あれれ? 何かかなり大事なことを忘れているような…………まぁいっか。

 

「い、いくよ、なのはっ!」

 

「いいよ、フェイトちゃんっ!」

 

 そんなに気合いを入れなくてもいいとは思うんだけど、こういうのはノリが一番大事。後から恥ずかしくなっても、今という刹那を楽しめればそれでいいのだっ。

 ……うん。何か痛いね、色々とごめんなさい。

 

『最初はグー』

 

 ところで話は変わるけど、この広い次元世界の中には空気を読まない人間がいたりする。それが敢えて読まないのなら嫌な人で終わるんだけど、天然でやる人には苦笑いしか出来ない。

 28年も生きていれば、誰でもそんな人の一人や二人くらいは知り合いになってしまうものだ。とまぁ結局、私が何を言いたいのかと言うと、空気を読めない人が来ちゃった……。

 

『じゃんけ……!?』

 

 私とフェイトちゃんが拳を出しあう寸前、私達の間に魔方陣が浮かび、人が転移してきた。それを見て私達は慌てて、手の動きを止める。いや、止めざる負えなかった。

 だって、キリリッとした顔で転移してきた黒い人物は両手を広げて……。

 

「ストップだ、此処での戦闘は……あっ」

 

『………………』

 

 私達二人の胸を触ってるんだもん。

 もうね、本当にがっつりって感じだった。がっつりと私達は胸を触られていた……。勿論、まだ私達には掴めるほどの大きさは存在していない。

 けどさ、だからって触っても良いってわけではないんだよ……このチビすけェ。

 大体何なの? このラッキースケベ的な展開は何なの? クロノ君はラッキースケベ属性でも持ってるの?

 ふふっ、やったねクロノ君! これでスケベが出来るよ!

 

「レイジングハート……」

 

「バルディッシュ……」

 

 私とフェイトちゃんは同時に愛機へと声を掛ける。

 ちなみにまだおっぱいを触られています。うん、この黒いの全然手を退ける気がないみたい。……本当、死ねばいいと思うよ、このユニクロならぬチビクロ。

 

「き、君達、少し落ち着……っ!?」

 

「ふふっ、バイバイ。ディバイン……」

 

「えっちぃのは嫌いです。サンダー……」

 

 残念、クロノ君。

 私達は凄く落ち着いてるんだよ。とってもとってもクールだしね。

 ほらっ、視線とか冷凍ビームみたいに冷たいでしょ? だから、今から冷静に痴漢さんを撃退するんだ♪

 

「ちょっ、おい、馬鹿。やめっ……バインド!?」

 

 翠色とオレンジ色のバインドがクロノ君の動きを封じた。うん、ユーノ君もアルフさんも流石の動きである。

 さぁクロノ君、私は君に許しは請わないよ。ただ、今は安らかに吹き飛んでくれればいいから。主に、私の胸の感触とかその他諸々の記憶を全部失くしてしまえばまぁ許して上げる、かもね。

 ――――それじゃ、いってらっしゃい!

 

「バスター!!」

 

「スマッシャー!!」

 

 ピチューン。

 そんな効果音と共に黒い物体が海鳴の空を舞っていた。

 数瞬後。ボロ雑巾のような黒い塊は海へと落下、こうして私達乙女の心の平穏は保たれることとなる。

 まぁ、要するにアレだね。何か黒いのを撃墜しちゃいました、てへへっ☆

 

 


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