波紋の護人 作:嵐壱
「瑞鶴でまともに武御雷を相手取ったのは其方が初めてだ、誇りに思うべきだぞ護人」
帝都郊外にある斯衛の演習場、その戦術機格納庫内でペイント弾に塗れた2機の戦術機が屹立していた。緑や桃のペイント弾がそこかしこに付着しているが、垣間見える機体本来の塗装は蒼。五摂家の搭乗機に当たる。
整備兵たちがペイントを洗い落として行く機体をぼんやりと見つめていた護人の下へ、尊大な口調で賞賛を称える崇継がやってきた。場所は格納庫にある衛士の詰所、そこならば外の喧騒に煩わされることなく話ができた。
護人は疲労が色濃く残る顔で崇継を見遣ると、酷く呪詛の籠った視線を送り込む。何か小言の1つや2つ言いたいのだが、そんな余力が悔しいことに残っておらず、仕方なしに眼光で我慢してる次第だ。尤も、崇継にはさして効果がないのだけど。
「何だ、干からびた野菜のようになりおって。それでも斯衛を担う九條の衛士か?」
「崇継兄が、あの機体が化け物なんだよ」
流石に黙っておれず言い返すも、羽虫のように弱々しい。それも当然、先ほどまで斑鳩崇継を相手に実機を用いた摸擬戦を行っていたのだ。では何故、2人の消耗具合に差があるのか、その答えは格納庫に屹立する2機の蒼にあった。
烏帽子を彷彿とさせる頭部や、蒼の共通点こそあれども機体は別物。かたや全体的に鈍重な見た目を持ち、如何にも重装甲と評せる第一・五世代戦術機。かたや装甲は必要最低限、全体的に身軽で細見、各所に突起物を備えた第三世代戦術機。
前者は77式戦術歩行戦闘機、現在も陸軍や本土防衛軍の主力を担う撃震を斯衛軍専用に改造した82式戦術歩行戦闘機、瑞鶴。後者は97式高等練習機吹雪、94式戦術歩行戦闘機不知火の流れを汲む斯衛軍次期主力機となる試製98式戦術歩行戦闘機、武御雷。
撃震を改造して各種性能が向上し、更には近代化改修を施そうが瑞鶴は良くて準第二世代機の性能だ。一方で試作機ながらも第三世代機、それも斯衛軍向けに開発された武御雷は不知火をも上回る高性能機。機体性能差は歴然としている。そして護人は、圧倒的に不利な瑞鶴に搭乗し崇継が駆る武御雷を相手取ったのだ。
摸擬戦そのものは崇継が勝利したが、曰く瑞鶴でまともに相手取ったのは護人が初めてのこと。当然だと思う、衛士も機体も化け物としか言葉が浮かばない。先に相手となった者たちも、恐らくは同じことを言うだろうと妙に確信が持てる。
「ふむ、あれでもOSを始め未完成な部分が多くてな。中々機体を御するのに骨が折れる」
「嘘だと言ってくれ……」
もし完成したら、完膚なきまでに叩きのめされる未来がありありと浮かぶ。瑞鶴一個小隊を軽く屠れ、ともすれば一個中隊を相手取れるだろう。瑞鶴の後継機を担うには充分過ぎるほどの性能だ。
「野心家で悪知恵が働き皆から慕われ次期将軍と許嫁、終いには衛士の腕も並を超える。崇継兄、化けの皮を被ってるだろ」
「当り前よ、本心を素直に曝け出す馬鹿がどこにおる。と、愚問であったな。其方は常に本心を曝け出しておったか」
「腹立つ、めちゃくちゃ腹が立つ。崇継兄、煌武院の娘から嫌われてるだろ絶対」
昔から変わらない腹黒い兄貴分はそれはそれは整った顔立ちで家柄も良い。能力はあるし性格も些か尊大なところを除けば優良物件だ。表向きには。実際はこのように人のことを突っつくのが好きで面倒事や碌でもないことを考え出しもする。
幼少時より後を付いて回って時には共犯、時には被害者となった経験から言わせてもらうと頭が痛くなる。なのに優秀過ぎるし、人並みには思いやりの心とかも持ち合わせ、煌武院の娘も大切にしてるらしい。
人のことを掴み所のない雲と評していたが、それこそ崇継に返ってくるだろう。
「急に摸擬戦を頼んですまなかったな。だが、良い刺激にはなったろう?」
「もう二度とゴメンだけど」
▽
「半島に、ですか?」
今ではすっかり着慣れた蒼の衣を着替えようとするのも忘れて、麻衣は鸚鵡返しに訊ねていた。半島と言えば、大東亜連合軍の援軍を受けてどうにか戦線を持ち堪えているとのこと。
半島が落ちれば次は帝国が戦場となる、故に各地の師団から兵力を抽出して増援を送り込む計画が帝国陸軍で進んでいるらしいが、皇帝陛下並びに将軍家、五摂家を守護する斯衛は関わりがない。どうして護人が半島へ行くのか、それらしい理由を考えてみるも皆目見当がつかない。
「そ、まだ行くかどうか決まってないけどそういう話が斯衛と城内省の一部で持ち上がってるらしい」
「どうして半島へなど。斯衛の使命は帝国を司る家々の守護が根底にあります。確かに戦火は目前まで迫っておりますが、斯衛が帝都を、皇帝陛下や殿下の下を離れるわけには参りません」
「だから、俺。
斯衛最精鋭の第16大隊を率いる斑鳩も、常備軍を担う第3大隊を預かる崇宰も動かせない。しかし、九條はどうだ。まだ大隊を預かっていない、少々強引な言い方をすれば身軽だ。歳が若いために斯衛の守護という理念を盾にして兵を半島へ送り込むことは可能だ。
「あくまで可能性だけどな。いやぁ、もし実現すれば最低でも一個中隊を率いることになるけど」
「護人さまは、承諾なされたのですか?」
縋るように潤ませた瞳で見上げてくる麻衣の頭を撫でながら、困ったように空いた手で頬を掻く。それだけで護人が承諾してることを悟った麻衣は疑問がありありと浮かび、心に暗い影が差したように瞳の輝きが消えうせる。
「斯衛を半島へ送るには俺が必要なんだ。崇継兄や恭子姐さんと違い身軽でまだ未熟な俺が」
「未熟じゃないですっ! 斑鳩公の駆る試作機と瑞鶴で対等に渡り合える衛士は早々いません、護人さまは未熟じゃないですっ!」
理解できない、斯衛の上層部と城内省は一体何を考えているのか。斯衛の理念とかけ離れすぎている、守護するべき存在を利用して、あまつさえ凄惨な最前線へ送ろうとするなど。
護人は言う。帝国が戦場と化した場合、精兵の斯衛は切り札も同然の存在になる。しかし、実戦を経験した衛士が少ないのは頂けない。現在の斯衛軍で実戦を経験した衛士など、大陸帰りで陸軍から渡ってきた者たちだけだ。斯衛の中核を成す武家出身の衛士にも、実戦を経験させるべきだと。
「ま、斯衛は前線に出ないのかと煩い陸軍を黙らせるためと、純粋に増援の質を少しでも上げるためでもあるみたいだけど」
それに、と続ける。
「俺としても、実戦経験を積めるのは嬉しいんだよ」
経験に勝る鍛錬はない。麻衣はあぁ言ってくれたが、まだまだ未熟と心得る護人からすれば少しでも己が技量を上達させる貴重なチャンスなのだ。崇継の武御雷を瑞鶴で相手取れただけじゃまだ足りない、死の8分を超えてみせ、死地を戦い抜き無事に麻衣の下へ帰ってこれるだけの技量を渇望していた。
護人の覚悟を感じ取れたのだろう、己が本心は行って欲しくないと訴えるがこの身は想い人へ捧げている。これ以上、止めることはできない。なれば、信じて帰りを待とう。帰ってきたときには、背中を任せられる衛士として迎えればいい。
「まだ本決まりじゃない、だからそう悲しい顔するなって。麻衣が悲しければ、俺だって悲しくなる」
「はい、お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました……っと、護人さ、ま?」
突然抱き寄せられたかと思うと、護人の鼓動が直に聴こえる陶板へ。
「悲しませたし、心配させたからその罪滅ぼし」
当たり前のように言ってのけるその心優しい気配りに大人しく甘える麻衣。護人のこういう所に滅法弱く、そのまま甘えてしまう形になる。温もりを離さないよう強く抱きしめると、ただただ顔をうずめて。
愛おしく甘えてくる麻衣を抱き締める護人の瞳は暖かい、けれども激しく固い覚悟に満ちていた。例え半島へ行こうとも、帰るべき場所があるのだと。腕の中に抱く少女こそが、九條護人にとって帰るべき場所だから。
「護人さま、暖かい……」
「そりゃあ麻衣の手料理を毎日食べてるからな、麻衣の愛情が俺に力を与えてくれるんだよ」
嘘偽りのない本心だ。護人の生きる糧は高原麻衣から受け取っている、麻衣の愛情が力を与えてくれる。
どれくらいそうしてただろうか、そのままの姿勢で他愛ない話を続けていた気がするし、案外大した時間は過ぎてないかもしれない。腕の中の麻衣はいつの間にか静かな寝息を立てていて、斯衛の蒼を纏ったままなのに。
あどけない純粋な寝顔を堪能していたいのもあるが、横にさせた方が麻衣にとって楽だろうと思い、腰掛けると己の膝へと小さな頭をそっと置く。所謂、膝枕だ。服は皺になるけどこの際仕方ない。どんな夢を見ているのか、随分と幸せな表情で口元も綻んでいる。
半島へ行けばこの寝顔も暫くはお預けになる、そう考えるとかなり良いものを見れたと役得感が強い。
手入れの行き届いた髪を掬い、前髪の一点で手が停まる。あの日、麻衣に贈った桜吹雪の髪飾り。片時も離さぬようにしてきたからか、桜吹雪の紋様は所々が剥げているけれども。大切に使われてきたことだけは分かる。
「高原麻衣から九條麻衣に変わる頃には、平和な世界になってて欲しいな。無茶な願いって分かってはいるけど、俺は平和な世界で麻衣と幸せに暮らしたいよ」
半島が落ちるのも時間の問題、せめて麻衣が任官するまでは帝国へ向かわせないように奮戦するから。
▽
斯衛軍における九條護人の立場は一言で表し難い。階級は持っており蒼く塗られた瑞鶴も与えられている。しかし、所属する部隊もなければ率いる大隊もない。歳は17、若いと言えば確かにそうだが九條家の者、どこかしらの部隊に組み込むわけにはいかず、されども若さや本人の希望で大隊を率いることもない。
それが変わったのはいつ頃からだろうか。斯衛の大隊長や部隊指揮官を務める衛士の下を訪れてはあれこれと質問し、崇継の言った通り将としての器を確かに護人は持っていた。飲み込みは早く、頭の回転も充分に速い。人を統べるには向いてないと評されてきたが、徐々にそれも変わりつつある。
一体何があったのだろう。自他ともに人を統べる器じゃないと認める少年は確かに持っているじゃないか、将としての器を。九條の血を引いてるからなのか、或いは今まで誰もがその才に気づけなかったのか。しかし、斑鳩崇継は気づいていた、何故。
単純な話だ、九條護人は政には不向きと早々に評されていた。同時に、武技が優れ明らかに武人向けであると斯衛では期待され、その面にしか注目されなかった。護人自身も人を統べる器じゃないと認めていたから、いわば本人も誰もがただ見ていなかっただけのこと。
九條護人は将としての器もある、斯衛の中で広まっていく話は様々な所へ波紋を広げた。斯衛の上層部は護人をどうするかで頭を悩ませていたのだが。この話と、何よりも斑鳩崇継の推挙もあり正式に大隊長としての立場を与えることにしたという。
城内省は、どうせなら利用してしまえとばかりに朝鮮半島へ斯衛派遣をするための口実として。斯衛の上層部で大隊長として遇することが決まったのなら、半島へ派遣する斯衛の部隊指揮官としても良いと。
「良かったな護人、まさか実戦で部隊を率いる日が与えられて」
斑鳩崇継は愉快そうに笑って仏頂面の護人を祝う。もちろん皮肉を忘れてはいない。
「半島へ派遣される兵力は大きく見積もっても一個大隊だろう、我ら斯衛は精兵と言えども規模が小さい故にそれが限度。其方、気負うでないぞ。あぁ、北の方と遠く離れるのが嫌ではさしもの其方と言えど普段通りとは言えんか」
「うるさい、麻衣と離れるのはそりゃ嫌だけど俺はそこまで子どもじゃないよ崇継兄」
「ふん、一人前にならぬうちはいつまで経っても子どもよ」
崇継からすればまだまだ半人前、確かにそうだけれども。子ども扱いされることには納得できず。憮然とした態度を取る護人の顔が驚愕に染まると思うとそれだけで嗜虐の笑みが込み上げて来て。
「それで、どうだ護人。武御雷を駆る気はないか、蒼ならばその資格を持っておる」
案の定、言われたことに頭の反応が追いついてないらしい護人は呆けた表情になっている。この顔が見たかったのだと、傍迷惑な嗜虐の笑みに崇継は口角を歪ませながら護人が口を開くのを待つ。
崇継なりに半島へ向かうことになろう護人を心配してのことだ。弟分は衛士の腕が良いのは身を以って知っている。16大隊の衛士が3人が駆る瑞鶴ですら崇継の駆る1機の武御雷を相手にして摸擬戦では惨敗していた。それを護人は1機でまともに相手取った。
腕は充分ある、そして前線にあろうとも生き抜いてくれると信じている。しかし、本人も認めるところだがまだまだ未熟、それに加え兄貴分として情がありこれからの帝国に必要な人物なのだ。武御雷の力があれば、確実にこの愚弟は逝くことがない。
「あー遠慮するよ、そもそも環境が悪いだろう向こうじゃ。量産機ならともかく、試作機ならいざと言うときに動けないかもしれない。それに俺、陽炎は乗り回してたことあるけど不知火や今年配備されたばかりの吹雪だっけ? 第三世代機の搭乗経験ほぼゼロだから。今から慣熟するくらいなら、乗り慣れた瑞鶴か、陽炎で半島に行った方が良い」
海を越えて半島に試作機を送り込む、それが普通の試験運用ならばまだ良かっただろう。場所は最前線、そして武御雷は崇継自身が口に出していたが未完成な部分が多いとのこと。極端な話、戦闘中に突如機体が停止するかもしれない。
ならば、乗り慣れた既存機の方が良い。第三世代機は、現在配備が進められている不知火や練習機の吹雪にほぼ搭乗したことがない。瑞鶴は元より、シミュレータと実機も合わせて陽炎はそれなりに乗り回している。
それに、一つ懸念事項があった。半島へ斯衛を送る場合、前線での部品共有を図るため瑞鶴ではなく撃震、或いは陽炎を配備する予定だと聞く。帝国本土ならいざ知らず、半島へ一部隊だけ送るのならば部品は共有できた方が何かと便利だ。撃震も陽炎も、大陸派遣軍では相当数が配備されてるし原型機は米国のF-4とF-15。世界的に運用されている名機で、国連軍でも配備数は多い。
「ま、そういうことだから。ごめんな、崇継兄」
崇継の奥底にある情を知ってるが故に出た言葉。何年の付き合いだと思っているのか、野心家は本心を曝け出さないのだろうと心の内で小言を突いて。
「もし半島へ行くのなら今年中になるはずだろうなぁ。麻衣が訓練校へ入校する時も半島にいるだろうし、崇継兄どうか俺の代わりに目を配っておいて欲しいんだけど」
「たわけ、北の方は其方でなければ納得しまい。半島は元よりカシュガルまで奴らを残さず殺し尽くし、其方が帰国すれば良いだけであろう」
「随分と無茶を言ってくれる、訓練校の入校日が何時あるか知っているだろうに」
「なれば尚のこと早く終わらせねばならぬな。何、それくらいの心意気を持てということよ」
麻衣が無事に斯衛の訓練校へ入校するためには、ということか。半島の戦況は帝国にも重要なことだ。これまで遠く離れた異国の地か大陸で繰り広げられてきた戦いと違い、帝国の目と鼻の先である半島が戦場。戦線が瓦解すれば半島の戦力は海に叩き落され、西日本一帯が次なる戦場と化す。
そうなれば麻衣の訓練校入校どころではない、帝国本土が戦場となるのだから。もはや対岸の火事では済まされない、火の手はすぐ近くまでに迫っている。
「此度のこと、北の方には」
「話しておいた、まだ本決まりじゃないとは一応言ってるけど。俺より賢くて聡明な麻衣だ、半ば決定事項として動いてることに気づいてるはずさ。けど、最後には信じて帰りを待つって」
褥を共にしたその晩、腕の中に抱く愛しい少女はうわ言のように、それでいて芯の籠った声で告げたのだ。
「絶対に生きて帰ってくるよ俺は。傷一つ付けずに」
波紋の源は、愛する者のために凄惨な地獄へ赴こうとしていた。死ぬ気は毛頭ない、しかし地獄は人を鬼へと堕とす。鬼門を潜り愛する者の護り人は鬼へ堕ちるのか、はたまた地獄へ赴いた人としての自分を保てるのか。
1997年は6月、例年よりも激しい梅雨に見舞われ各地で水害が頻発していた頃であった。
1年後には半島撤退戦、本土侵攻、関東以西の放棄……。
半島まで追い落とされたら、大陸の内陸部にあるハイヴを策源地とする奴らに大規模侵攻をさせない間引きは絶望的ですね……。
武御雷ですが98年に量産試作機、つまりは試製98式が完成。作中の97年当時はまだ完成してないんですよね。えぇ、完成してないんですよね(大声)