駆逐聖姫 春雨   作:隙間風

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STAGE_08 姉妹

 

 

 

 

戦艦レ級との死闘から約半月後。

艤装全壊轟沈寸前で更に殴り合いまでやらかした私の損傷と疲労は、さすがにバケツ一杯でどうにかなる物ではありませんでした。

これまでの間ひたすらに休養をとることを余儀なくされていましたが、ようやく身体をまともに動かせるようになりました。

なまった身体のカンを取り戻すためにも、今日は久しぶりに出撃してみることにしましょう。

 

『病み上がりなんだからもう無茶しないでよ。本当に……』

「わかってます。もうアレに触れるのはこりごりです、はい」

 

アレは本当に人知の及ぶものではありません。

ヒトの意思なんて津波のように飲み込んでしまいます。

私が戻ってこれたのは奇跡に近い幸運によるものでしょう。

 

『ま、一度実戦でエリート化した性能を試してみる必要もあるし……。

 とりあえず行ってみようか』

「うーん、あまり性能的に変わったような気はしないんですけれど……」

 

というか自分の身体で微妙に揺らめく赤い光が少し鬱陶しいです。

本当にこれ、何とかならないものでしょうか。

……まぁ、気にしすぎても仕方がありません。そのうち慣れるでしょう。

それでは気を取り直して、行ってみるとしましょう。

 

「それじゃ仮面を……って、無かったんでした」

 

レ級との戦いの不利を少しでも無くすために投げ捨ててしまった雷巡の仮面。

そういえば長門さんたちには思いっきり顔を見せてしまいましたけど、バレたりしてないでしょうか?

ちょっと不安を抱えつつ、私は久しぶりの海に出ました。

 

 

 

 

 

相も変らぬ激戦区、南方海域。

私は今日二つの艦娘の水雷戦隊を支援しました。

どちらも錬度は及第でしたが、運悪く中大破者を多く出していたので危険と判断しました。難関海域ではよくある事ですね、はい。

途中の敵補給基地で燃料と弾薬を失敬してから、ただ今帰路に着いています。今日は補給艦に出会わなかったのが残念でした。

雷巡にも会わなかったので新しい仮面も手に入りませんでしたし……。

 

『本当に空き巣も強盗も追い剥ぎも手馴れてきたよねー』

「うるさいです」

 

戦闘に関してですが、やはりエリート化したと言っても実感できるほどの強化はありませんでした。

心持ち火力や装甲は上がっている気はするのですが……。

私が完全な深海棲艦じゃないからでしょうか?

ワタシと入れ替わったら何か違いが出るのかもしれません。

試す気は無いですけど。

 

そんな事を考えていると、遠くに艦娘らしき艦影を発見しました。

向こうもこちらに気付いているらしく、高速で接近してきます。

もちろん敵対する気はないので私はさっさと逃げることにします。

そしてホバーを吹かして転進しようとした時……。

 

「お願い、待ってえええ!!」

 

思考が凍り付きました。

遠くから張り上げられた懐かしい声。

 

『――っ!?』

 

ワタシの思考も停まっています。

それはそうでしょう。

ワタシにとってだって大事な大事な人たちのはずです。

動きを止めていたのはほんの少しの間だったのに、既に距離は引き離すことが難しいほどに縮まってしまいました。

どうやら高性能のタービンを全開で回しているようです。

 

「春雨ぇー!!」

 

ああ。

懐かしい姿。

会いたかった。会いたかったです。

 

姉さん。

 

ついに、出会ってしまいました。

白露、時雨、村雨、夕立、五月雨……。

白露型の、私の姉妹たち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駆逐聖姫 春雨

STAGE 08 姉妹

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「春雨、春雨なんでしょ!?」

「…………」

 

ああ、よかった。

白露姉さんの聴きながら私はそう思いました。

この激戦海域でも私の姉妹はみんな、元気に、無事にやっているようです。

元気な姿を一目でも見ることが出来て、本当によかったです、はい。

 

『……私』

 

さて、これ以上この場に留まっても面倒な事になるのは目に見えています。

狂おしいほどに名残惜しいですが、帰るとしましょう。

 

『……そうだね』

 

身体を反転させ、ホバーを吹かしたところで白露姉さんが呼び止めました。

 

「待って、待ってよ! 春雨なんでしょ!?」

 

待ちません。

私はこのまま何も言わずに走り去ろうとしま……ちょっ!?

砲弾が私の頬を掠めました。

 

「待てと言ってるっぽい?」

「ちょっと、夕立!?」

 

可愛らしいはずなのに、何故か地獄へ誘われるかのような声。

前方に立ちはだかりB2砲を構える夕立姉さんと、それにぎょっとしている時雨姉さんの姿に、私は立ち止らざるを得ませんでした。

 

いつの間に回り込んだのでしょう。

どうやら姉さんたちは最初から私のことを捕捉していたようです。

そう思って姉さんたちの装備をよく見れば、みんな高性能のタービンや電探を所持しています。

狩り出す気満々でした。

ただ一人、後方で大きなドラム缶を担いでいる五月雨の姿が気になるのですが……。

 

ともあれこの場は観念することにしました。

隙を見て逃げることにしましょう。

 

「…………。夕立姉さん、相変わらずですね」

 

これ以上黙っている事もできそうにないので、私はとりあえず夕立姉さんに声をかけてみました。

刺激しないように慎重に。

 

「……っ、春雨ー!!」

 

ってこの姉、狂犬のような眼で砲を向けたと思ったら、今度はいきなり大泣きしながら私に飛び付いてきました!

とっさの事に反応できないまま押し倒されてしまいます。

 

「ちょ、夕立姉さん、落ち着いて!

 し、時雨姉さん見てないで助けてー!?」

「それは断らせてもらうよ。夕立、そのまま離しちゃだめだよ?」

「ぽい!」

「ちょっとー!?」

 

そんなことをしているうちに背後から白露姉さんと村雨姉さんがくすくすと笑いながら側まで近付いてきました。

 

「久しぶりね、春雨。元気そう……と言っていいのかしら?

 まあとにかく元気そうで何よりだわ」

「姉さん……。そちらも元気そうで何よりです」

 

夕立姉さんをなだめながら白露姉さんたちのほうに向き直ります。

 

「まずはありがとう春雨。貴女のお陰で私たちは今もこうして生き長らえることが出来てるわ」

 

そして改めて、夕立姉さんにしがみ付かれている私を見てため息をつきました。

 

「やれやれ、最近噂になってる深海棲艦が、まさか本当に春雨だったなんてねー……」

 

……噂?

 

「……何のことなのですか?」

 

私の反応に、姉さんたちは呆れたような顔をします。

 

「貴女が知らないの? 最近有名なのよ?

 艦娘を助ける謎の深海棲艦、って」

「え」

『あちゃー』

 

……やりすぎました。

適当な頃合を見て活動海域を変えるべきでした。

少し遠いですが、今後は北海あたりに移動してみましょうか。

 

「それで、私を探していたのですか?」

 

私の疑問に白露姉さんは首を振ります。

 

「ううん、噂は聞いてたけど、最初はまさか春雨の事だなんて思わなかったし」

 

そこで村雨姉さんが引き継ぎました。

 

「とあるランカーの元帥閣下がね、貴女のことを知らせてくれたの。

 自分のところの長門さんたちが貴女に助けられた、って。

 忙しい立場でしょうに、全司令部に片っ端から確認してくださって」

「……はい!?」

 

あああああ、やっぱりバレてましたー。

私は頭を抱えます。

 

「って、ランカーって、まさかあのランカーなのですか……?」

「うん」

 

ランカー。

それは常に最前線の激戦区で戦い戦果を挙げ続ける精鋭艦隊の中でも、更にごく一部の上位にのみ与えられる称号であり、正真正銘海軍最強の艦隊集団であるという証。

朝起きて牛乳飲んで朝飯食べて体操して出撃してバケツ被って昼飯食べてアイス食べて出撃してバケツ被って晩飯食べて最中食べて出撃してバケツ被って寝るという毎日を送っていたら、深海棲艦に制圧されていた世界の海の半分近くを取り戻していたという、人外魔境の獄滅極戮艦隊。

 

確かにあの連中ならあの危険海域で活動していても不思議ではありません。

姉さんの話によれば、彼女たちはあの敗走後もまったく堪えることなく、バケツ被ってその日のうちに再出撃したそうです。

頭おかしいですね。はい。

いやそれよりも。

 

「ちょっと待ってください、私今深海棲艦ですよ?

 いくら顔が似てるからって何で元艦娘だなんて分かったんですか」

「ああ、それは妖精さんのおかげよ」

「妖精さん、ですか?」

「実は貴女何度か索敵機とかで姿を確認されてたみたいよ? はいこれ」

 

そう言って白露姉さんが一枚の紙片を渡してきました。

見ると、そこには我ながら何とも能天気な顔で眠りこけてる私の姿がありました。

 

『うわー、なんて迂闊……』

「…………なんですかこれ」

「別の鎮守府の二航戦が撮影した航空写真。焼き増ししてもらったんだ。

 偶然撮影したものみたいなんだけど、それも貴女のことを知る大きな手がかりになったよ」

 

これは確か珊瑚諸島沖のときのやつです。

あの時は増援部隊が多数集結してて、更には上位種にまで出くわしてしまい、さすがにきつい仕事だったのを覚えてます。

最後はワタシと交代する羽目にもなってしまいましたし……。

 

まぁそれはともかく、艦娘の手持ちの艦載機に索敵機の姿が無かったからと、完全に油断してました。

私は思わずがくりと膝を着いてしまいます。いや膝なんて無いですけど。

 

「この可愛らしい寝顔は春雨以外にありえないわ。……ってのはさすがに冗談だけど。

 貴女を見た妖精さんの誰もが同じ事を言ったのよ。

 「深海棲艦だけど深海棲艦じゃない」ってね」

「…………」

 

深海棲艦だけど深海棲艦じゃない。

……私が完全な深海棲艦じゃないという自覚はありましたが、それを分かってくれる人?もいた。

嬉しいです。

この事は思いのほか私に大きな希望を与えてくれました。

 

「近隣の司令部も協力してくれたわ。

 貴女に出会ったらすぐうちに連絡をくれるように、って」

 

……ああ、さっき救援した艦隊ですか。

道理でタイミングが良すぎるとは思いました。

ふと、白露姉さんの視線が私の下のほうに向けられました。

 

「足、やっぱり、失くしちゃったんだね」

 

搾り出すようなか細い声。

 

「あ、はい……」

 

確かに自前の足は失いましたが、既に痛みはありませんしホバーの扱いにも慣れました。

陸上では少し動きにくいけど水上での機動力なら以前よりも上なくらいですし。

小型化した駆逐級をそのままくっつけたようなデザインも慣れれば可愛く思えてきましたし。

現状不都合はほとんど感じていないので、姉さんたちもあまり気に病まないでほしいのですけれど。

 

「ね。帰ってきてよ、春雨」

「姉さん……」

 

白露姉さんが目線を合わせ、手を差し伸べてきました。

私はその手を取りたくて仕方がありません。ですが。

 

「それは、出来ません」

「どうして? 大丈夫だよ、司令官は全部分かってる!

 みんなだって受け入れてくれるよ!」

「ぽいー!!」

 

それは私も分かってます。

でも深海棲艦は長年世界の海を封じ、船や航空機を沈め続けてきた人類の怨敵です。

対抗手段を持てない人間も多く殺されましたし、私のように戦いの中で沈んで行った艦娘も多い。

あらゆる立場の者が、深海棲艦には深い憎しみを持っています。

 

そんなものを艦隊に置くとなれば、仲間や司令官にどれだけの迷惑をかけることか。

白露姉さんをどう説得したものかと私が悩んでいると、意外な所から助け舟が来ました。

 

「姉さん、今日の所は……」

「村雨……分かってる、けど」

 

二人の姉は少しの間何かやりとりをしていましたが、やがてこちらに向き直りました。

 

「ごめん、ちょっといきなり過ぎたよね」

「春雨、今日のところはこれで帰るわ。ほら夕立も、そろそろ離れなさい」

「ぽいー……」

「ああもう、時雨姉さん、手伝って!」

 

村雨姉さんはそれでもなかなか離れようとしない夕立姉さんを、時雨姉さんと強引に引っぺがしながら、私に告げました。

 

「実を言うと今日は貴女に会いに来ただけなの。

 ……まだ準備も出来ていないしね。

 でもどうしても一度会って話がしたかった」

 

諦めてくれるのは良かったですけど……準備?

何のことでしょう?

首を傾げる私を白露姉さんは突然抱きしめました。

 

「絶対に生き延びて」

「は、はい?」

「私たちはもう一度、今度こそ貴女を迎えに来る。

 司令官がそのための準備を整えている」

「え……」

「だから絶対に諦めないで。私達を、信じて」

「…………」

 

みんな、真剣に私の返事を待って、見つめています。

ええと。

ど、どうしましょう。ワタシ?

 

『え!? ええと……とりあえず頷いとけば?』

 

いいんでしょうか、そんな気軽に返事して。

 

『だって、断れる空気じゃないでしょこれ。

 別に死ぬつもりも諦めるつもりもないんだから、嘘をついたことにはならないよ』

 

そ、それもそうですね。はい。

 

「……………………はい」

 

私は躊躇いつつも頷きました。

 

 

 

 

 

「私、どうしたらいいんでしょう……」

 

何度もこちらを振り返りながら去っていく白露型の姉妹を見送りながら私は呆然としました。

後が無いから、帰る所なんて無いと思っていたからこそ、むしろ気楽にやってこれた。

でも……。

 

『そんなに深く考えることじゃないと思うけどなぁ』

「ワタシ……」

『ダメで元々じゃない。ダメでも今まで通りなだけなんだから、あまり気に病まないでよ』

「そんな事言われたって……そう簡単には、割り切れないです」

 

うじうじと悩む私。

するとワタシがぼそりとつぶやきました。

 

『まぁ、本当は自分が怖いだけなんだよね。当たり前だけどさ』

「え」

 

それは、そうかもしれませんけど。

私の所属する司令部のみんなは受け入れてくれるとしても、他がそうとは限らない。

向けられるかもしれない敵意に私は怯えています。

 

『大体迷惑になる~とか周りが黙ってない~とか、それ私たちが考える領分の話じゃないし』

「う」

 

これもその通りです。はい。

艦隊運営や周囲との折衝は、司令官かそれに近い権限を与えられている一部の特殊な艦娘の領分です。

私が勝手に判断を下していい事ではありません。

 

『てか対話ができる深海棲艦ってだけで貴重ってレベルじゃないし。

 自分の身に起こった事とか、レ級の事とか、司令官に報告しなきゃいけない事山ほどあるよね?』

「……もう、勘弁してください……」

 

こっぴどく同じ自分であるワタシにやり込められてしばらく何も言えませんでしたが、やがてワタシに尋ねます。

 

「私、帰れるんでしょうか」

『さあね。あの胡散臭い司令官しだいじゃない?

 何か考えがあるみたいだし、さっきも言ったけど期待しないで待ってようよ』

「……そうですね」

 

そうして私は餞別にと五月雨から受け取った、資材や修復剤などが満載されたドラム缶を抱え、拠点へ帰還することにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後。

 

「わあーっ!? 間宮さんのアイスに伊良湖さんの最中まで入ってるー!?」

『やったあああああ!! 姉さんありがとうー!!』

 

所詮は春雨であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

###TIPS

 

エリート化

 再度炎と接触すればフラグシップ化も可能。

 今度こそ確実に正気も魂も砕け散るが。

 

 

ランカー

 原作と違い、ランキングは十位まで。戦果の査定は年に一度。

 ただしランキング入りの常連同士には戦力差はほとんど無い。

 

 

ランカーの元帥閣下

 手塩にかけて育てた主力艦隊とともに震電、烈風改、51cm砲等の、

 原作における超希少な限定装備も失うところだった。

 

 

準備

 春雨が司令部と一切接触しようとしなかったのは、結果だけを見れば正解だった。

 おかげで司令官は周囲に警戒される事なく、春雨の存在が発覚するまでに大体の準備を整える事ができた。

 

 

 

 

 

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