埋まらない帳簿を開く   作:ほりごたつ

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埋まらない帳簿を開く

――カラカラカラ カタン。

 車体を支える台を下ろし、動きの悪い駆動部分を逆に回す。

 ゆっくりと、ゆっくりと回しながら外れてしまったチェーンを元に戻していく。

 少し緩いように見られる噛み合わせの部分に、一コマずつ噛ませていき、全てを戻し終えた頃には僕の両手は臭い油に塗れてしまった。

 

「なんだって外れやすいんだろうな」

 

 持ち帰る途中で外れる事3回、そのうちの二度は後輪に絡んでしまって、うまく回らなくなった為、その度に足止めを食わされ歯痒さを味あわされていた。そんな思いを込めて直したばかりの物に文句を言ってみるが返事はない。これは今し方無縁塚から拾ってきたばかりの物だ、付喪神化するほど時を過ごしている気もしないし、当然だな。

 話さない相手に話しかけるなど滑稽だと、思い直してボロを手に取った。

 

「調子に乗って乗ろうなんて思うんじゃなかったよ」

 

 河童の作る機械臭い両手を拭い、直したばかりの物を押して壁沿いに立てかけると、すっかりとかじかんでしまった手をストーブにかざした。

 白い息を吐き手を伸ばすと、しゅんしゅんと音を立て、暖かな焔が温めてくれる。

 

「燃料が心許ないかな、また油揚げで‥‥いや」

 

 ふと目に入ったストーブの燃料ゲージ、揺れ動く赤い矢印は残りが1/3位だと示している。

 この燃料が切れれば僕の店は今よりも寒くなるだろう。

 唯でさえ幽霊が来てしまって寒くなったりする事もあるのだ、今よりも冷え込むような事があったら商品が傷んでしまいそうで困ってしまう。

 パキンと、偶に鳴るストーブを見つめ、今後の憂いに気を回す。

 そうしていると、いつもの様に店の扉が煩くなってしまった。

 

――ドンバンドン

 

 小さな拳で叩かれて、楽器のように音を鳴らす扉。

 鍵はかかっていないのだから、どうせ入るなら静かに、そう思えるがそれを伝えたとしても無駄で、同時に扉を開いて帰れと言っても無駄なので、相手にせず暖を取った。

 

「なによ、開けてくれてもいいじゃない!」

 

 雑に扉が開けられると、大きな声で喚く小さな女の子が無理やり視界に入ってくる、降り始めた雪から守るように、両手で大事そうに本を抱えた少女が頭を振って雫を飛ばしてくれた。

 

「商品が濡れるからやめてくれないか」

「売れたところなんて見た事ないし、ちょっとくらい大丈夫でしょ」

「売れてないからここにあるんだ、これから売れる商品を汚さないでくれ」

 

 少し話すと僕の真横で膝を曲げた女の子、青い前髪も他に見られる銀の髪も濡れ、着込んでいる服の黒い部分も紫色の部分もワントーン濃い色合いだ。朱鷺色の羽からも雫を垂らし始めて、このままでは本格的に商品が濡れてしまうだろう、致し方ない‥‥

 小刻みに震える『お客様』を置いて一度奥に戻り、数枚のタオルを取り出す。そのままそれを後ろ頭の上で揺れる小さな羽にかぶせた。

 

「ありがと!」

「君にじゃないよ、商品になるはずの本に対してさ。濡れてしまう前に拭いてくれないと、買い取りはなしだ」

「酷い言い草‥‥ま、いっか」

 

 隣に座ったまま濡れそぼった髪や、羽を拭き始めてしまい、時たま僕の方に雫が飛んでくる。商品を濡らされるよりは幾分マシだが、それでも屋内で濡らされてしまうなどつまらない冗談にもならない。再度の諦めを覚えながら、立てかけた拾い物『自転車』の側へと歩み、直した部分以外の点検をし始めた。

 全体的に黒一色、駆動部分のカバーや後輪の上にある荷台などは、錆びているが銀色に輝いている部分も見えて、これはきっと高級品だったのだなと、僕の鑑定眼には映った。

 三角形の車体から伸びるサドルという座面も、ところどころ破れているが厚くやわらかな素材が使われているし、車体の前後に付けえられている赤い透明な部品も、豪華さを表しているように思えた。

 

「それ、なに?」

 

 雑に拭った濡れ髪を垂らし、首にはタオルを掛けたやつが聞いてきた。

 

「これは自転車さ、外の世界の乗り物で、こう跨ってここを漕ぐと進むんだ」

 

 言いながら跨って見せる、変速機の付いた部分を跨ぎ、片足をペダルという足掛けに乗せ反時計に回して見せた。チャリチャリと軽快な音がして、直した鎖が問題なく回る。

 そうしていると、赤い目に好機を浮かべて近寄ってきた。

 興味を持ってしまったらしい、失敗したとも思うが、仕入れてきたばかりの商品を気に入ってもらえるのは古道具屋としては好ましい、これも売り出す気はないが、買い取る予定の本が乾くまでの時間稼ぎも兼ねて、少し自慢をしておこう。

 

「前の、その赤いところを見ててくれるかい?」

「ここ? おぉ! 光った!」

 

 手元のスイッチを操作し、赤い部分を発光させてみると、薄ぼんやりとした明かりが内から外へと流れていく。その動きに合わせて同じような色合いの瞳を流していく少女、気に入ったのか、正面に回ってまで見つめている。

 それなら次は‥‥

 

「キャ! いきなり何するのよ! 眩しいじゃない!」

「君は灯りが好きなのかと思ってね」

 

 先ほどとは別のスイッチを操作して、閉じていた発光部分を立ち上げる、少し動きが悪くて左右で開く幅が違うが、それでも道を照らすという役割は保てているだろう。前輪を少し浮かして回してみると、照らし出す光度が少し上がったように思えた。

 そうして後部の赤い発光部分や、車体の中央にある動きの悪い変速機も操作して見せると、段々と飽きはじめたのがわかる顔になっていく。僅かに乾いた髪先を指でかき上げる女の子。

 少し濡れていた本の表紙もそろそろ乾いただろうし、もう十分か。

 

「どうだい? 結構な代物だろう?」

「光って面白いけど、私にはいらないわね」

「いらないと言い切る理由は知りたいね」

「移動なんて飛べばいいのよ」

 

 至って当たり前の理由でいらないと話す少女。服や髪と同じく、濡れている羽を開いて数回羽ばたかせてからそう言い切ってくれた。確かに、移動するだけならそれでいいと思えるけれど、こういった乗り物に乗って移動するというのもロマンがあっていいと思える。

 そういったロマンチシズムは女性にはわからないのだろうか。

 

「それにさ、霖之助さんが持ってても意味がないと思うわ」

「どうせ売れない、なんて言ったら怒るよ」

「どうせ外に出ないじゃない、出かけないんじゃ意味がないわ」

「それは‥‥そうだね、ご尤もだ」

 

 この幻想郷で僕が行くような場所は少ない。

 年間の殆どをこの店で過ごしていると自分でも言えるくらいに、僕は出かけたりしない。

 仮に出かけてもこの変速機が5に入る事はないだろう。

 そこから鑑みればこの子の言う事は尤もで、言い返せるような言葉がなくなってしまった。僕が押し黙ると代わりに笑う女の子、怡楽が香る表情と声で笑われてしまい、静かな店内がその声とストーブの音で満たされてしまった。

 それが何故かいたたまれず、無意識の内にペダルを回していた。

 カラカラと回ってからすぐ、ガチャンと音がする。

 これで4回目か。

 全く、調子も鎖も外されてふんだり蹴ったりな気分だ。




盆で帰省し昔の写真をふと見たら、懐かしいものが写っていたので。
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