埋まらない帳簿を開く   作:ほりごたつ

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ワタシの独白

 何かの軋む音と揺らめく川面だけがある景色。

 

 そこで鳴るのはキィキィとした静かな音だけ。

 

 私はこれが好きだ。

 

 何から音がしているのかって?

 それは私の手元にある物からさね。

 キィキィ鳴るのは年季の入った櫂と、同じくらいに使い込まれた相棒『タイタニック号』がこすれ合う音。

 

 私はこの音が好きだ。

 静かな景色に軋む音だけ、それだけが響くこの眺めが好きだ。

 昔から連れ添った相棒と、こいつの舵取りに使っている二つが、いつからか鳴り合うようになってた、なってくれたって言ってもいいかね、そう言ってもいいくらい同じ時間働いてくれている相棒なんだしね。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 それでだ、お客さん、私はここが好きなのさ。唐突になんだって?

 そんなつれない事を言いなさんなって、帰る事ない死出の旅路、そこに向かう少し前にちょっとだけ無駄話に付き合ってくれてもバチは当たったりしないって。当たるのは棒だけで、それも私だけだからお前さんは気にせず付き合ってくれればいいよ。

 それに話くらいしないとここは静かすぎてね、お前さんも景色に飽いちまうだろう?

 ここは流れる音すらしない静かな川だ、私くらい慣れりゃあ静かで寝るにゃいいところってな感じなんだが、一回限りしか渡らないお前さんには退屈なだけだろう?

 

 寝たら起きないって、失礼な事を言うねぇ、お前さん。

 私だって寝っぱなしってわけじゃあないし、今だってキチンとお仕事してるじゃないか。出会いから失礼な事を言うと突き落としちまうよ?

 って冗談だよ、冗談。そんな事したら上司から檄が飛んできちまう、おっかないお人なんだよ。

 おぉ、知ってるってか。うん?

 私が叱られてるところを何度か見てるって?

 そいつはまずいところを見られたもんだ。けど、ま、いいさね、お前さんに見られる事はもうないだろうし、あの世へのみやげ話にでもしてくれていいよ。話したところでまたかって言われるだけだろうがね。

 

 ん、あぁここはまだあの世じゃないさ、ここはあの世の一丁目にも入ってない、まだ三途の中程だ。三途を渡り彼岸へ上ってからが漸くあの世、死後の世界ってところなのさ。

 結構進んだがまだ中程なのかって?

 そうさね、中程ってのは語弊があったか、暇な渡河ももう直さ、あんたの向こう岸は随分と近いからね、最近の人間にしては近くて大助かりだ。これは誇ってもいい事だよ、近頃の人間は徳を積むどころか欲をかいてばっかりだ、生前のお前さんみたいに謙虚さを知ってるやつってのは少なくなってきてるからね。

 

 それでも向こう側が見えないってか。それは仕方ないさ、渡る途中で色々と考えてもらうのがこの川なんだ、多少徳高いからってあんまり近くしちまったら意味がなくなっちまうからね。

 それにだ、ここで疑うなんて不徳な思いは持つべきじゃあないよ、私が言うんだから間違いないはずだし、あんたは疑わなければならない生き方をしちゃあいないだろう?

 私が視る限りだが、お前さんは真っ当な生き方をして真っ当に死んだ人間だ。

 生まれ、働き、子を成して、平々凡々と生きて死んだって感じだろう。

 それなら変な勘ぐりなんてしないで、生前通りに真っ当に座ったまま、真っ当に私に送られるだけでいいのさ。まぁ、もうちょっと長生きできれば孫でも見られたかもしれんが、そこは少しばかり惜しかったがね。

 

 なんだい?

 それが分かってるならもう少し待っとくれってかい?

 そいつは出来ない相談さね、人には決まった寿命ってもんがあるんだ。まぁなんだ、運がなかったとでも思って諦めとくれよ。仮に待ったとしても今更生き返る体もないし、もし生き返って人間じゃなくなっちまっても、あんたは退治されるだろうしね。

 それにさ、あんた達人間に限らず何事にも寿命ってのがあるもんだ、あんたらが使う物だって使っていればその内に壊れてさ、買い換えるなり修繕するなりするだろう?

 物ならそれで使い続ける事も出来るかもしれんがね、あんた達の場合にはそうさな、病気に罹れば治したり健康に気を使って多少伸ばしたりも出来るが、それよりも持って生まれた運やら天賦ってものやらが絡んでくるもんなんだ。そうやって色々絡んで決まるのがあんたら人間の寿命で人生ってやつさね。

 

 あぁ、そうさ、お前さんみたいに気がつかない奴らが大半だがね。終わりは既に決まってるが、その終わり自体は暮らしぶりや生き方で伸ばすも縮ませるも出来るもんなんだよ。お前さんも気が付かなかったからって悪い事なんてないよ、それで普通なんだ、気にしなさんな。

 それでもそうだね、お前さんには当たり前過ぎて気が付かなかったのかもしれないが、今迄十分に幸せだったろう?

 中には志半ばで死んでいく連中もいるし、晴らせないモノを腹に収めたまま、恨み辛みをふくんだまんま私に送られる奴ってのもいるんだよ?

 そいつらに比べりゃお前さんは幸せってもんさね。畳の上で家族に看取られて死ねたんだ、それだけでも幸せな事だと思わないとこの後のお裁きでお叱りがあるかもしれないよ?

 

 あぁこの後かい?

 なに、あんたの場合は閻魔様に裁かれて然るべき場所に逝くだけだろうよ。何処に行くのってか、それは私からは言えないねぇ、いやさ、知らないんだから教えられないって事だよ。私の目にあんたらの寿命は映るが寿命を終えた先ってのは視えないし、視えても教えるわけにゃいかないしねぇ。

 ん、職業柄ってやつさ。私は上司に裁かれるべき魂を運ぶのがお仕事でね、それ以上でも以下でもないのさ‥‥気にならないのかって?

 そりゃあ気にならない事もないさ、例えばそうさな、最近はとんとなくなったんだがちょっと前は子供が私の船に乗ることが多かったんだよ、あの子らの逝く先がどっちになるのか、少し気にしてた頃ってのもあったね。

 

 お前さんも聞いてるだろう?

 ありゃ、聞いてないってか。

 なんだい、里の寺子屋じゃあそういう授業はしないのか。なんの話って当然幻想郷のお話さ、ちょっと前、私らからすりゃあちょっと前だが、お前さんからしたら生まれるよりも前の結構昔ってくらいになるのかね。

 その頃はスペルカードルールなんてのがなくてさ、妖怪が妖怪として人を襲って、人間は人間として食われるってのがまかり通ってたんだ、そうさね、そういう時代が幻想郷にもあったんだよ。

 あの頃は今よりも子供の霊が多くてね。お前さんくらいの、年寄りでも若者でもない世代の人間ってのはあまり死ななかったのさ、なんでって、よく考えれば分かるだろう?

 隙を見せれば襲われるような時世だったんだ、好奇心ばっかり旺盛でちょっと誘われればホイホイ着いていっちまうのが子供だろ、そして知恵はあるが体力は衰え、いざって時に逃げきれないのがお前さんよりも上の世代だ、そいつらが人喰い連中と出逢えばどうなるかって事さ。

 場合によっちゃあ捨てられたり、間引かれたりって話もあったらしいが、その話はもっと古い頃のお話さ、まだ幻想郷って呼ばれる前の話だから、私から言う事でもなかろうよ。

 

 危なかったんだって人事だねぇ、まぁ、他人事だからそれで当然なんだがね。

 それでだ、そんな時代もあったけどそれはそのうちに終わってね、そうそうあの真っ赤なお屋敷さ、あそこの吸血鬼がスペルカードルールに乗っかったのが流行り始めた発端さ。へぇ、そういうのは授業としてやるのかい‥‥ん、いやいや、なんでもないよ。ただちょっとね、知らなくてもよくなった事は教える必要もなくなったのかなって思っただけさ。

 これも悪いなんて思っちゃいないよ、知らなくたっていい事なんて世の中星の数だろう、私から見りゃあこれもそんなお星様の一つってだけさね。短い人生なんだ、知らなくてもいい事を知ろうとして無駄にする時間を増やすなんてしなくともいいのさ。

 

 おいおい、無駄話に付き合わせるのはどうなんだ、なんて言わないどくれよ。

 私はお喋りが好きなんだ、それも乗せる相手の話を聞きながら私も話すってな今みたいなお喋りが大好きなんだよ。なんでって、そりゃあ静かな空気が苦手ってのもあるにはあるが、送る客に最後に笑ってもらいたいからかね。これから先は長い長いお話とお裁きが待ってるんだ、どうあがいたってそれからは逃げられんからさ、辟易する前くらい楽しく過ごしてもらいたいって私からの粋な計らいさね。

 おっと、自分で言うなとか思っても言うんじゃないよ、そんな事を言う奴は閻魔様がなさる前に私がその舌引っこ抜いちまうかもしれないからね。その方が早く終わりそうだって、そんな事するわきゃあないだろ、私は私の仕事しかしないよ、お前さんに見られるくらいに私はサボり好きな船頭さんなんだからさ。

 

 さて、あっちを見てみなよ。

 ダラダラ話し込んでる間に対岸が見えてきたよ、そうそう、あれが彼岸さね。綺麗なところだろう、私も好きなところなんだ、ちょっと木陰で横になるだけで快適な眠りが約束されてるからね。

 なんだい、そのソレばっかりってな目は。そうさ、本当ならソレばっかりして過ごしていたいところなんだがねぇ、生憎お前さん達が生まれては死んでを繰り返してくれるからそうも出来ずにいるのさ。

 

 お、やっと笑ったね。

 笑うと綺麗な笑窪が可愛いじゃないか。

 髭面よりもそっちを見せてた方が女にモテたんじゃないかい?

 そんな歳じゃないって何言ってるのさ、私からすれば大概の人間はひよっこさね。

 

 

 さぁて到着だよお客さん、足元に注意して降りとくれ。

 あぁもう生えてなかったね、こいつは失礼。

 お、お客さん一回笑い始めたらウルサイねぇ、笑い上戸だったのかい?

 ほら、いいから、笑ってないで先に進みなって。

 ありがとうなんていいんだよ、私は仕事をこなしたまでだ。

 楽しかったのならそれはお前さんが勝手に楽しんだだけさね。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 送り届けて帰り道。

 

 一人になった私の耳に響くのは一定のリズム。

 

 右、左、キィキィと鳴る音だけ。

 

 ワタシ一人しかいない川で聞くコレを、私は好いている。

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