僕と彼女は壊しあう   作:龍竜甲

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第一章 壊れた少年

本当に、突然だった。

 

「番号530(ゴーサンマル)。出ろ」

 

突然刑務官に呼び出され、僕は独房から出る。

いや、突然とは少し違う。

最近、この区画の囚人の部屋が端から順番に訪ねられているのは知っていた。

昨日は隣の奴だったから今日辺り来るとは思っていた。

刑務官の男は薄暗い通路を歩み、どうやら僕を面会室に先導するつもりのようだ。

促されて入ったのは第二面会室。

親の面会に何度か僕も使った覚えがあるが、あまり良い思いはしたことがない。

その部屋には、強化プラスチックの壁越しに一人の少女がいた。

暗い目をして、白い衣服に身を包んだ小柄な少女だ。

少女は、その光の無い瞳に僕の姿を映すと背後の黒服男にこう言った。

 

「・・・・別に、文句はない」

 

 

「識別番号503。本名――ヒロト。二年前から受刑。残り刑期――年6ヶ月。間違いないな」

「はい」

「――よし。では、お前の特別仮釈放を認める。定期的な報告が無い場合はすぐに取り消すから覚悟しておけよ」

「分かりました。注意します」

 

久しぶりの塀の外の空気を胸一杯に吸い込んだ僕は、刑務所の入り口前に誰も居ないことを確認し、少し安心した。

両親には仮釈放の話を手紙でしておいたはずだが、嫌われていることは分かりきっているので今さらがっかりする部分なんて無い。

とりあえずは明日からの特別労働活動だ。

僕は実家へ向かうために駅に向かう。

最寄りの駅までの15分の道のりを特別労働活動の再確認に充てる。

今回の仮釈放は、僕の意思によるものはない。

第一、刑期の3分の1にあたる年数を刑務所で過ごした覚えはないし、暫くは世間とも顔を会わせたくはなかったから刑務所から出る理由は僕にはない。

だが、あの日。

あの少女に選ばれた日、僕は仮釈放を命じられた(・ ・ ・ ・ ・)

特別労働活動。

内容は明かされていないが、先ほど手渡された茶封筒に詳しい説明が書かれているらしいが、家に帰って開封するようにと厳命された。

特別労働活動は置いておくとして、あの少女の正体に、なぜ僕なのか。

その事を考えているうちに、僕は知らぬ間に家の前までたどり着いていた。

同じような家が並ぶ集合住宅地。その切り立った崖に面した位置に建てられたのが僕の生まれた――家の家だ。

二階建てのごく一般的な家。

僕は玄関の取手を握ると鍵が開いていることに気が付く。

・・・・鍵を開けたまま外出するとは考えづらい。両親は余程僕と顔を会わせたく無いようだ。

そのスタンスは有り難いので遠慮なく家に踏み入ると、二年前とは全く雰囲気が変わっていて驚いた。

冷たく、暗い。底冷えするように暗い廊下は、終わりがあるはずなのに何処までも伸びているような錯覚を僕に与え、思わず吐きそうになってしまった。

―――――僕がこの家の温かさを消してしまった。

その事実を改めて確認して、泣きそうになったが奥歯を食いしばって耐える。

玄関から2メートルほど進むと階段があり、そこを上がると僕の部屋がある。

きしきしいう階段を上がり、自室に入るとここだけは二年前と全く変わりがなくて逆に安心した。

引き裂かれたカーテンに、埃を被った勉強机。床にはバラバラになったプラモデルが多数散乱している。

二年前のあの日と変わらず酷いものだ。

思わず苦笑い。あの日の僕の荒れようと言ったらなかった。

以前の僕を別人のように扱える分、刑務所の暮らしも意味があったんだと思う。

僕は机の前に倒れていた椅子を起こし、腰かけて鞄から封筒を取り出した。

糊で留められていたそれを丁寧に剥がして開封すると、出てきたのは二枚の白い紙。

一枚目にはこの特別仮釈放はただの釈放ではなく、国家の機密が関わっていると言うことがずらずらと書いてあった。

詳細は明かせないらしいが、要するに普通に高校に通え、と言うことらしい。

・・・・なんで前科持ちの僕が学校に通うんだ?と首をかしげたが、疑問を頭のすみに追いやって二枚目の紙に目を通すと、そこには重要条項と銘打たれて、特別労働活動の詳細が書かれていた。

要約すると、学校に通い、ある女子と共に過ごせと言うことだ。因みにその女子が僕の保護司を勤めるらしい。だが、観察が必要なのは僕だけでは無いらしく、同じようにその女子生徒の事も観察し監視しろ、とのことだった。

そして最後の一文には、僕は―――――。

「・・・・なんだよ、この文・・・・」

思わず声を出してしまった。

二枚目の書類の最後の一文。そこには

 

―――貴殿の観察結果、及び個人の裁量において、『彼女』を殺害することを政府は黙認する。

 

殺しを黙認。

そう、書かれていた。

冷や汗が垂れる。

なんで、なんで僕が選ばれたんだ。

いや、一体何に選ばれて、誰に選ばれたんだ。

『妹』殺しの僕にもう一度罪を犯しても構わないと言うのか。

ああ、だめだ。あの日の僕が甦る。

手がふるふると震え、背中が汗で湿る。

口の中が渇き、頭の中が破壊衝動で一杯になる。

壊したい。壊されたい。殺したい。殺されたい。

有りとあらゆる『奪う』が僕の脳髄を支配し、頭がおかしくなる。

残った最後の理性で、僕は医者から処方された鎮静錠を手に取ると、水無しで一気に飲み下す。

目をつむり、荒い呼吸を必死に抑えると、次第に落ち着きを取り戻し、頭がクリアーになっていく。

・・・・・ピークは過ぎたか。

久しぶりだったから対応が遅れてしまった。

どうやら僕は心に障害を抱えているようで、突発的に破壊衝動や自傷衝動に駆られる。

明確な原因は不明と言われたが、僕自身はやっぱり『妹』の事件が原因だと思っている。

そう、あの日。

僕は妹を殺し、妹に殺されたのだ。

 

 

発作が収まった僕は、気分を変えようと散歩に出ることにした。

二年前、中学生だった僕は当然名前を報道されておらず、僕が『そういう』奴だと知っているのは家族と昔親しかった奴らだけだ。今は何一つ連絡がない。忘れようとしているのかもしれない。

散歩に出るため、着替えようとクローゼットを開けるが、持っていた服が一つも着られなくなっていたので目的地をショッピングセンターに変更する。

仕方なく、今着ている服のまま外に出て、倉庫から引っ張り出した自転車の整備をする。

久しぶりの自転車なので乗れるか心配だったが、ハンドルを握ると自然と感覚が戻ってきた。

心配ないな。

僕は足に力を込めた。

我が家の敷地を出た自転車は、順調に坂道を滑走していく。

・・・・懐かしい。

久しぶりに全身に叩きつけられるような風を感じ、思わず笑ってしまった。

自由だ。自由だ。

僕は、自由だ!

 

買い物から戻った僕を待っていたのは、暗い両親の笑顔だった。

「・・・・お帰りなさい」

玄関を開けた僕に母はそう言った。

ぎこちなく笑った母の両の目の奥に、僕は確かな恐怖心を感じ無言で部屋に戻ろと脇を抜ける。

階段を上がろうとするとき、居間から丁度出てきた父とぶつかりそうになった。

「・・・ッ・・・」

目を見開いて、声をあげそうになっていた。

そんな父を一瞥し、僕は部屋に戻った。

扉に背を預けて、深く息を吐く。

やっぱり、駄目だな僕は。

壊した。壊してしまった。

一時の感情の暴走で、家族全体をバラバラに砕いてしまった。

その夜は、独りで泣いて過ごした。

 

涙を流すことはストレスを解消している。

昨夜僕は身をもってそれを実感した。

朝起きると懐かしい味噌汁の香りがした。

散々泣き腫らした目元のヤニをごしごし擦って拭うと、昨日買った服に着替えて居間に下りる。

「・・・・・お、おはよう」

父はそう言うと新聞に顔を伏せた。

「おはよう」

なんとかそう返した僕もどうすればいいのか分からず、助けを求めるように母のいる台所へと視線を向けた。

いきなり視線を向けられた母はびくりと震えたが、それでも僕に笑顔を向けた。

「・・・あ、朝ごはん、出来てるわよ」

そう言った母もいそいそと洗い物へと戻っていった。

テーブルにつくと箸を取り、食べ始める。

久しぶりの母の料理だが、味なんて分かるわけがなかった。

食べたものが舌の上で砂となり、飲み込んだ食べ物が喉に引っ掛かるような息苦しさ。

また涙が出そうになった。僕は泣き虫だな。

なんとか食事を終えると、自分の食器は自分で洗い、今日の予定を確認する。

実は今度通う高校、実家から通える距離にはない。

だから部屋を用意する必要があるのだが、それについては国の方が手を回してくれた。

近場の民家に依頼し、苦学生を一人下宿させてもらえることになっていた。

両親の反対は特に無く、特別仮釈放のことも、ただの少年更正プログラムの試験的な取り組みだという認識である。

もちろん、一人の少女に限ってのみ殺人が認められているなんて知るよしもない。

今日には向こうの方に移動することになっていたので、僕は午前中に手早く荷物をまとめると両親に向けて改めて謝罪の手紙を書いておいた。もちろん部屋の掃除もして、だ。

僕が家を出るとき、両親は意外なことに見送ってくれた。

父が「身体に気を付けろよ」と言ってくれたのが何より意外で、両親が手を振るのを背に僕は実家を去ったのだった。

 

 

タクシーに揺られること二時間、窓の外に見える景色も段々と緑の多い地方都市から入り組んだ開発都市の趣を見せはじめていた。

緑が消え、豪奢な建物が増えていく。

遊具のあった公園が、ただの広場に変わっていく。

そんなじりじりとした変遷を眺めながら揺られていると、黄色いタクシーは僕の家と同じような住宅に入っていく。

程なくして車がとまり、運転手の「着きましたよ」という声で完全に目が覚めた。

・・・・普通だ。

そう感想を言ってしまえば終わりだが、本当になんの変鉄もない普通の家だ。

むしろそう簡単に妹殺人とか犯す中学生がいる家なんてあってたまるか。

取りあえず実家に送付されてきた地図と見比べても住所が間違っているなんてことは無さそうだったので、インターフォンを押す。

ピンポーンという音が家のなかにこだまする音が微かに聞き取れた。

暫くするとててという足音が聞こえ始め、玄関でスリッパかなにかを突っ掛ける音がした。

「・・・・いらっしゃい」

かちゃりと扉が開けられたかと思うと、えらく可愛らしい少女が顔を出した。

ピンク色のシャツに、白いワンピースを重ね着した栗毛の少女だ。

不機嫌そうな顔で僕を見た彼女は無言で扉を開け放つと、そのまま奥に消えてしまう。

・・・・えっと、入れってことか?

玄関に入り、靴を脱ぐ。

「えっと、お邪魔します?」

「そんなに遠慮しなくても大丈夫よ。今この家、私しか住んでないから」

少女のセリフに、並べていた靴を手から落としてしまう。

私しか、住んでない・・・?

おい国のお偉いさん。

独り暮らしをする女性の家に思春期少年を送り込むとはどういう了見だ。

・・・・・まぁ僕の場合刑務所での体験が大きすぎて思春期なんてとうの昔に終わったが。

それでもだ。

それでも色々問題があると思うのだ。

明日から通う学校でなんと説明すればいいんだ。僕の前を歩く少女はどう見ても僕と同じくらいの年齢で、確実に高校一年生か二年生、運が良ければ中学生ってとこだ。

そんな女の子が住まう家に男がいるなんて世間体的にも宜しくない。この子の両親はなにやってんだ。

「はやく適当に座って。――ああもう、ソファーでいいから。はい、コーヒーと紅茶、どっちがいい?

少女の問いかけに僕はコーヒーと答えると通されたリビングの茶色いソファーに座り込む。

「少し待ってて」

少女はそう言って襖の向こうに消えた。

やっと息をつけた僕は少女が戻ってくるまでの間、ぼーっとしていることにした。

「お待たせ」

・・・・・早い。

「ん、アイスコーヒー。シロップとミルクはお好みでどうぞ」

「あ、うん。ありがとうございます・・・」

受け取ったグラスにミルクだけ入れると少しだけ口に含む。

冷たく、苦酸っぱい味が喉を通り、胃を冷やしていく。

季節は春先だが、今日は少しだけ気温が高く冷たいものが恋しくなるような気候だ。

それだけに冷たいコーヒーと言うのはベストな選択だと思う。

一口飲むと、僕は自己紹介をした。

「えっと、――ヒロトです。よろしく――」「知ってるわよ」「――え?」

割り込んできた彼女の言葉に目を丸くする。

「一体誰が貴方を選んだと思っているのよ」

彼女の言葉に、記憶が掘り返される。

いつかの刑務所の面会室。

無感情そうで、真っ白な少女がいった。

 

『・・・別に。文句はない』

 

「―――え、あれ君だったの?」

「そ、そうよ!悪い!? あの時はいきなり呼び起こされて意識が―って、今は私のことはいいのよ!」

お、おおう。

あまりの剣幕に押される僕。

顔を真っ赤にして怒鳴る彼女の視線から逃げるようにコーヒーを飲む。

「・・・・・染めた?」

「染めたわよっ!」

どうやらあの白い髪が地毛のようだ。

取りあえずあの時からの変化は置いておくとして、だったら彼女は知っているはずだ。

僕がここにいる理由を。

「教えてほしい。僕は一体何に巻き込まれたんだ? なぜ僕にはこんなことが許されている」

例の書類を彼女に渡し、内容を確認してもらう。

一通り読み終えた彼女はハァ、とため息をついた。

「やっぱり、あの子を殺すのがこの国の方針なのね・・・」

「どう言うことだよそれ」

「まぁ、聞きなさい。今回貴方が選ばれたのはこの書類にある通り、ある女の子を殺すためなの。これまでに多くの人がこの仕事に就いたけれど成功したことは一度もないの」

「殺すために、僕が呼ばれた?」

「そう、この国のある機関が貴方になら可能性があると踏んで呼び出したの。まぁ、差し詰め貴方は最終兵器ってやつね」

「最終兵器?」

理解しがたい話に、ついおうむ返しするだけになってしまう。

 

「そう。世界を壊す神を殺す。それが最終兵器(あなた)の役目」

 

世界を・・・壊す。

そんなことがあり得るのか。

「あり得るのよ。事実機関の情報だけでも既に二万の世界が神によって滅ぼされている。次はこの世界なのよ」

「・・・・信じられないな。僕は神なんて信じてない。そんなの、弱い人間が作り出したただの妄想だ」

「そうよ。もともと神なんてこの世界じゃただの妄想だったの。でもある時を境目に誕生してしまった」

「まて、待ってくれ。ちょっと受け止めきれないぞ」

僕はグラスのコーヒーを飲んだ。

発作にも似た気持ち悪さが身体を走り、チリチリと頭を締め付ける。

「・・・・・よし。続きを頼むよ」

そう言うと彼女は続きを語りだした。

「神が生まれたのは2年前の10月31日。丁度ハロウィンの日ね。貴方にも覚えがあるでしょう?」

・・・・なんで。

「・・・・10月31日・・・」

なんでその日に・・・・。

「そう、二年前の10月31日と言えば貴方の妹さんの命日―――」

なんでその日なんだっ!

突然、発作に見舞われた僕は眼前のテーブルを飛び越えて彼女に飛びかかると、襟元を掴み、高く掲げるように持ち上げる。

ああああああ、壊す。壊す。壊す。壊すッ!

壊したい壊したい壊したいィ!

「ぐ、ぅ・・。ちょっとは落ち着いたら・・・どうなの・・・?その手を向けるのは私でなく神にしてもらえないかしら・・・っ?」

彼女がなにかいっているが僕の耳には入ってこない。

ああ、壊したい壊されたい。殺したい殺されたい殺し会いたい!!

獣の様な荒い息が僕の口から漏れ、血走った目が彼女を捉えた。

両手で首を持つと力の限り締め上げる。

「ッッッッッッ! ガ・・・ァ・・!?」

絞められた彼女の首から苦しげな息が漏れる。

そうだ。これはあの時と同じ感触。誰かを殺したことで生まれた、神による呪い。

決して解けることのない世界で最も尊くて、邪悪な呪い。

記憶が、甦る。

 

 

10月31日。ハロウィン。

僕と友達のユウキは妹を喜ばせるために妹のマユのためにお菓子を買って家にいた。

ユウキはいじめられていた僕の唯一の味方で、ユウキ自身にいじめの手が及んでも一言も僕を責めなかった。

マユも僕の妹ながら良くできた妹で、頭はいいし、家族にも愛されている非の打ち所のない女の子だった。

そして、そもそもの始まりはそこだったのだ。

 

―――僕は、妹であるマユを愛していた。

 

シスコンや異常性癖なんてモノじゃない。

ただただ、大好きだったんだ。

中学校でいじめられ、厳しく強かった両親に相談できなかった僕は、妹に癒しを求めた。

沢山遊んだ。沢山話をした。

だけれど、何時からか歯車が狂い始めた。

僕は次第に相手にされなくなり、無視されることも多くなった。

その態度に唯一の拠り所を失った気分だった僕は、ユウキに相談しハロウィンの夜にお菓子とぬいぐるみをプレゼントすることを考えた。

これならうまくいく。

僕は妹の優しさを取り戻し、苦しい生活に耐えていける。

そう、思っていた。

 

玄関を開けると、偶然そこにはマユが居て、驚いた顔でこちらを見ていた。

僕たち二人は目配せすると、それぞれもったプレゼントを前に出した。

僕はお菓子を。

ユウキはぬいぐるみを。

『嬉しい!』

マユは言った。

『ユウキさん! クマのぬいぐるみありがとうございます! 大事にしますね!』

そう言って、僕を無視し、ユウキに飛び付いた。

満面の笑顔を浮かべる妹に、困っているようで満更でもなさそうなユウキ。

 

僕はまた、相手にされなかったのだ。

 

その時、初めてアレがでた。

初めは小さな衝動だったから抑えることは出来た。

だが、何かが囁いたのだ。

 

――ー気に入らないなら、壊してしまえ。

 

――ーいづれ私が世界を壊す。だがお前のことは気に入った。

 

―――私はお前が生み出した心の塊。歪んだ思いは私が受け止めよう。

 

―――そしていつか、その歪んだ思いで私を壊せ。

 

そう、聞こえた。

瞬間。

僕はお菓子の詰め合わせを床に叩きつけると、ユウキに抱きつく妹を引き剥がし、同じように床に叩きつける。

僕のものとは思えぬ力に全身が狂喜した。

血が騒ぎ、肉が震える。

寝転がったマユの首に手をかけるとそのまま持ち上げ、両手で締め上げる。

ユウキや両親の声がした。何を言っているのかは分からない。どうでもいい。

ただただ、今は大事なモノを壊し、自分が壊されていく感触を味わえればそれでいい。

両手で作った輪っかが段々と小さくなっていく。

ユウキが鬼のような顔で僕を蹴ったがびくともしない。

マユが白眼を剥いた。

パクパクと酸素を求めて動く唇の端から、白く泡が吹き出ている。

それでも構わずに続ける。

遂にゴキッという硬い何かが壊れる音がした。

その音を聞いた瞬間、僕は正気に戻った。

目の前には首の折れた妹の姿。

周りを見れば鬼の顔のユウキに、膝をついて泣く母。父は必死に何処かへと電話をしていた。

僕はフラフラする頭で階段を登り、叫ぶユウキの声を聞きながら部屋にはいった。

そして、部屋を破壊した。

ヘッドを引き裂き、棚を割り、カーテンをズタズタにした。もちろん全て己の手でやった。

そうして全てが終わる頃には、全てが壊れていた。

妹も、部屋も、親も、ユウキも、そして、僕自身も。

 

 

――現実に戻った瞬間、胃のものを全て吐き出した。

母の作った朝食も、コーヒーの茶色と混ざってあの酸っぱい臭いを漂わせる。

その表紙に発作が止まり、僕の手は彼女の首から離れた。

「・・・・ッ! ご、ごめ―――」

「い・・いの・・。いいの。これは私のせいでもあるのだから。貴方を責めはしないわ・・・」

駆け寄ろうとする僕を片手で制する。

苦しそうに息をする彼女の背中を僕はそれでも撫で続けた。

ご免なさい、ご免なさい、と心の中で唱えながら。

「・・・・ふぅ、もういいわ。大丈夫よ」

彼女はそう言って最後に大きく深呼吸した。

「・・・・その、本当にごめん。僕急におかしくなって・・・」

「それに関してはこちらが謝るべきことなのよ。なにせ、貴方の呪いは私たちが掛けたものだから」

彼女はそう言うと台所から2つ水の@入ったグラスを持ってきて、片方を僕にくれた。

一口飲む。口の中の胃液を濯ぎたいが、ここでまた吐くわけにもいかず、水ごと飲み込む。

「・・・・さっきの様子からだと当時の様子を思い出したようね」

「あ、ああ。あの日はなにか変な声が聞こえて・・・それで・・・」

「その声が、その日誕生した神の産声。そして―――私たちの声なの」

「・・・・・え?」

彼女の発した言葉が僕に届くまで少しの時間を要した。

「君の声?」

「違うわ――って、そうよね。あっちに会ってないなら当然か」

「なんだよあっちって、分裂でもするの?」

冗談のつもりで言ってやった。

「あら、勘がいいわね。そう、神は分裂してしまったの。体と、力に」

西日が指し始めた室内が赤く染まる。

床にぶちまけた吐瀉物が嫌な臭いを発する。

「その内、体の方が私で、力の方は貴方が殺す女の子になってるわ。」

「じゃ、じゃあ『歪んだ思いで私を殺せ』って言うのは・・・」

「その通りの意味よ。貴方の破壊衝動はただの精神病じゃない。神に授けられた本物の神殺しの力なの」

神殺しの、力。

「この日本って国の一部の人間はその力を血眼になって探していたわ。そしてようやく見つけたのが貴方、と言うわけよ」

いい終えた彼女は、なにか質問は? と僕に促した。

「・・・・・悪いけど、今ので何をどうすればいいのか分からなくなった」

「なによそれ。・・・・そうね、取りあえずは明日学校にいって力の彼女に会ってみると良いんじゃないかしら」

「・・・・・そうしてみる」

 

こうして、僕の一味も二味も違った高校生活が幕を開ける。

世界を壊す神に、既に壊れてしまった僕。

これからどうなって行くのか。

僕にはそれが分からない。

 

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