次の日。
僕は畳の上に敷かれた布団で目が覚めた。
新品の畳の特徴的な香りが鼻を擽り、初めての寝起きの感覚が妙に心地よかった。
「起きたの? 朝ごはん、出来たわよ」
襖越しに、彼女の声が聞こえる。
昨晩、僕は部屋の準備が出来ていないという理由で、リビング隣の畳の間で睡眠をとった。
畳の上で寝るなんて独房以来の経験だったが、何故か懐かしさは感じず、いつもと違う感覚に戸惑いを覚えた。
「・・・わかった。今行く」
立ち上がった僕は布団を畳むと、昨日渡された制服を取り出す。
透明なビニールで封されたそれは、紺色のブレザーで特別目新しさはなかった。
糊の効いたシャツに、スラックス。
両方を身にまとい、ブレザーに腕を通したところではたと気づいた。
目線の先にあるのはネクタイ。
当然、付け方は分からない。
「・・・まぁ、いっか」
僕はそう結論付けると畳の間から出て、ダイニングに顔を出す。
「おはよう」
「おはよう。やっと起きてきたわね。洗面台はリビングを出て正面だから」
彼女の言う通り、僕はまず始めに顔を洗うことにした。
冷水で顔を洗うと頭がハッキリとしてくる。
・・・・・今日、学校にいけば『神』に会える。
そして、僕の裁量でその神を殺す。
それが妹殺しの僕に与えられた仕事。
考えれば考えるほどとんちんかんな事態だ。
僕はそばにあったタオルで顔を拭くと、適当に髪を整え、タオルを洗濯機に放り込み洗面所を後にする。
ダイニングに戻ると、四人がけのテーブルに朝食が用意されていた。
コーンスープに、フレンチトースト。トマトの入ったサラダもある。
しかし、そのどれもが彼女の不器用さを物語っていた。
市販のインスタントと見られるスープはともかく、片面が真っ黒のトーストに、千切り方がバラバラのキャベツ。
「さ、今日から登校するんでしょ? 食べないとお昼まで持たないわよ」
・・・・・凄いニッコニコしている。
満面の笑みでエプロン姿のまま席につく彼女を見つつ、釣られて僕も席につく。
見た目だけで言えば母親に作ってもらった朝食の方が幾分か旨そうではあるが、ここまで来て食べないわけにはいかない。
「ど、どうかしら。久しぶりに作ったから手間取ってしまったのだけれど、なかなか美味しそうじゃない?」
この見栄っ張りめ。
僕は心のなかでそう毒づいた。
久しぶりに作ったと言う割りには、シンクに積み上げられた卵の殻や皿の数が尋常ではない気がするが、まぁ無視しろ。僕。
目の前の彼女も僕の感想まちみたいだし、一口くらい食べてみるかとトーストに手を伸ばす。
――――――カリ。
おい、フレンチトーストって柔らかいものじゃなかったっけ?
手に取ったときから予想は出来ていたが、焼いたときに水分が飛びすぎてガチガチになっていた。
しかし、食べられないワケじゃない。
僕は普通のトーストより少し硬いそれを咀嚼し、飲み込む。
・・・・硬くて、苦くて、ほんの少しの甘みが逆に辛くなっている。
だが・・・。
「ど、どう?」
心配そうに眉を寄せた彼女をよそに、僕は二口めを口にする。
先も述べた通り、誉めるべきポイントは見つからない。味だって最悪だ。
でも、美味しかった。
母親の料理では感じなかった味が感じられる。
スープを飲む。旨い。
サラダをむさぼる。新鮮な緑黄色野菜の苦味がひどく懐かしい。
「・・・・・!」
昨日の夜は食欲がないと夕飯を断ってしまったが、今となってはそれを後悔している。
僕の暴食に目を丸くしている彼女に脇目もふらず、一心不乱に食事する僕。
はっきりいって異常だと思う。
次第に頬に伝う涙を感じた。僕はまた泣いているのか。
だけど、僕には止められなかった。止める必要がなかった。
この料理には、僕に対する負の感情を少しも感じない。
ただ、僕の為に作ってくれたのだと実感することができる。
勘違いだったとしてもいい。
僕の行きすぎた妄想だったとしてもいい。
この料理は僕に対して真剣に向き合ってくれた人が作ってくれた。
それを嬉しいと思える自分が居たことに驚きを覚えた。
その日の朝、僕は久しぶりに満腹感を得たのだった。