ユウキとsao   作:アームストロング

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前夜

現実と異なる、もう一つの世界。

ユーザーを現実から隔離し、五感すべてをゲームの中へと送り込むナーヴギアと呼ばれるゲームハードが生み出した仮想現実、それを存分に生かしたVRMMORPG、それがSAOーー正式名称『ソードアートオンライン』

 

 

 

 

 

 

 

「おーいこっちだ、こっち!」

 

俺は左手に持った盾を思い切り叩きながら叫んだ。

"挑発"というヘイト稼ぎのためのスキル使用中に声を出したところで効果が上がるのか、なんて細かいことはどうだっていい。要は気持ちの問題だ。

より安全に攻略するためにできることならなんだってする。

 

「ヴグググ」

 

そんな俺の気持ちが伝わったのか、『敵』ーー深緑色にぬめぬめと光る鱗をまとった人型のトカゲーーリザードマンロードが俺との距離を詰める。

デジタルデータの塊だと分かっていても鳥肌が立ってしまうような気持ち悪いトカゲ男に若干の吐き気を覚えた。

が、それでも俺は盾を体の正面に構え、倒すべき敵を視界のうちに捉え続ける。

 

薄暗い迷宮、壁にかかったたいまつがちらちらと揺れる中、トカゲ男は右手に持った片刃曲刀を掲げた。

 

「やあっ!」

 

気合の入った掛け声が迷宮に響く、同時にトカゲ男も声のした背後へと振り返るーーが、遅い。

飛び込んできた少女が両手に握った黒塗りの剣を振り下ろす。

短い悲鳴をあげながらトカゲ男はその体を二つに裂かれた。

当然、HPバーと呼ばれる、トカゲ男の体力を示す青いラインは全て削られる。

そして、次の瞬間にはトカゲ男は微細なポリゴンのかけらとなって消えていた。

 

「よーし、ナイスだったぜユウキ」

 

俺はトカゲ男を切った少女ーーユウキに握った右手を突き出す。

紫色の装備がよく似合う、黒髪の少女も左手でグーを作り、俺の右手に軽く当てた。

 

「マモルが引きつけてくれたおかげだよ、ボクは美味しいところをもらっただけ」

「何言ってんだよ、一人でも余裕で勝てるくせに」

 

ユウキは謙遜なしに、本心から言っていることを知りながらも、俺は拗ねたようにつぶやいた。

実際のところユウキだけでも勝てるわけで……今のはユウキのゲームセンスに対するちょっとした嫉妬だ。

 

「そんなことないって」

 

微笑みながらそう言ったユウキに釣られて、俺も笑顔になる。

 

ふと視界右下の時刻表時に目をやると、迷宮に入ってからすでに三時間が過ぎていた。

通りで腕が重く感じるはずだ。

そろそろここを出なければ……疲れが溜まった状態での戦闘は危険だ。

 

「よし、今日はもう終わりにしよーぜ、ユウキも疲れてきただろ?」

「えー、もう終わりなのー?ボクはまだまだいけるよ?」

 

ユウキは不満そうに目を細める。

どうやら疲れていたのは俺だけのようで、ユウキの方は違うらしい。でもーー

 

「これ以上長居すると暗くなる前に街に戻れねぇだろ?」

「うーん……」

 

少し上を向いて考えた後、

 

「よし……じゃあ帰ろっか!」

 

いつも通りの笑顔を見せた。

その言葉を聞いた俺はゆっくりと振り返り、来た道を引き返す。

 

今日もまた生き延びることができた。でも、俺の目標は生きてここを出ることじゃない。

誰かがクリアしてくれるのを待っていては遅いんだ。

例え俺の身がどうなったとしてもコイツだけは……なんてのは、英雄気取りの大馬鹿野郎の考えかもしれない……。それでも……。

 

「ボクの顔に何かついてる?」

 

ユウキが不思議そうな顔で俺を見つめる。

 

「いや……なんにも」

 

頭にはてなを浮かべるユウキをよそに、俺はあの日のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

「倉橋さん!いま木綿季に会うことってできますか!?」

 

ぜいぜい息を切らしながら叫ぶ俺を見て、向かいに座る相手ーー垂れ気味の目が特徴的な医師、倉橋さんは困ったような苦笑いを浮かべる。

それもそのはず、ここーー横浜港北総合病院は、その名の通り病院である。

土曜日の真昼間から大声を出していいような場所ではない。

 

「え……と、どうしましたか?」

「新しいゲームが手に入ったんですよ!それも2つ!だから木綿季と一緒にプレイしたいなーと思って持ってきました!」

 

俺は背負ってきたバックをあさり、二つあるパッケージの内から一つを取り出して胸の前に掲げる。

 

「ソードアートオンライン……どんなゲームなんですか、それ?」

 

首を傾げながら倉橋さんに尋ねられ、俺は一瞬椅子から転げ落ちそうになる。

正直、椅子から転げ落ちるほど驚くのは、倉橋さんの方だと思っていた。

 

「ホントに知らないんですか?」

 

俺は目を見開きながら言った。

 

VRMMOという世界初のゲームジャンルを冠したそれは、連日のようにメディアに取り上げられ、俺のようなゲーマーでなくとも耳にしたことくらいはある……と思っていたんだけど……。

申し訳なさそうに頭を掻く倉橋さんはやはり知らないようだ。

 

「まあ、どんなゲームなのかは木綿季から聞いてください。それで木綿季は……?」

「ああ、大事なことを言い忘れていましたね。木綿季くんなら投薬中なので少し待ってもらわないといけません」

「そうですか……じゃあこれ面談の時にでも渡してやってください。今日はあんまり時間がないので」

 

俺はSAOのパッケージをを倉橋さんに手渡した。

木綿季には会いたいが、帰りが遅くなるわけにもいかない。

それに、俺がここにいたら倉橋さんの邪魔になってしまうかもしれない。

 

「でも、本当にもらってしまっていいんですか?」

「はい、一人でやってもつまんないですからね」

 

それなら、これは木綿季くんに渡しておきますね。という言葉を聞いた俺は、頷いてゆっくりと立ち上がる。

部屋を出るときにまた来ます、と伝えて、病院を後にした。

 

 

 

「あいつ……大丈夫かなあ……」

 

病院からの帰りに乗ったバスの中、誰が聞いているでもなくつぶやく。

ほとんど人が乗っていないのをいいことに、足を組んで座る俺の脳裏には1人の少女の姿が浮かんでいた。

『紺野木綿季』それが少女の名前だ。

父親も母親も、姉も、そして……自身もエイズという難病におかされながらも戦い続け、いつかきっと病気が治ると信じた少女。

歳は同じでも、俺では耐えられないような苦しい人生を歩んできた木綿季を神様は見捨てたりなんてしなかった。

エイズウイルスを完全に殺す薬が開発されたのだ。

そして今、その薬は木綿季と木綿季の家族に使われている。

あとは、すでに感染してしまっている病気に打ち勝つだけ。木綿季なら絶対に負けたりなんかしないだろう。

 

「退屈しのぎにでもなるといいんだけどなあ……」

 

俺は右手に持ったを見つめる。

一般人である俺にできることなんてほとんど何もないわけだが……それでも、このゲームを楽しんでくれれば、少しは俺もあいつのためになったと思える。

完全にただの自己満足ではあるが、だ。

 

考えているうちに目的地に到着していたようで、俺は慌ててバスを降りた。

初冬の乾いた冷たい空気を吸い込むと、肺の奥まで冷たい空気が吹き込んでくる気がした。

見上げた夜空はやはり曇っていて俺は小さくため息をつく。

 

道端の石ころを蹴っ飛ばしながら歩いていると、家にはすぐにたどり着いた。

ただいま、と言っても返事がないので、中には誰もいないのだろう。

俺はすぐに二階の自室に向かった。

pcを覗いてみると、一件のメッセージが届いていた。倉橋さんからだった。

どうやら木綿季はとても喜んでくれたようで俺も自然と笑みがこぼれる。

 

『明日の1時スタートだから絶対忘れんなよって伝えといてください』

 

俺は倉橋さんにそう返信すると、すぐにベッドに飛び込む。

明日は早く起きて、説明書を読み込んでおくつもりだった。

 

 

 

「なんでこんな時間になってんだよ……」

 

俺は12時45分を示す時計を見てうなだれた。

こんなんで俺はこの先やっていけるのだろうか、そんな不安が胸をよぎったが、気にしている場合じゃない。

誘った本人が遅刻、なんて笑えない話だ。

 

俺は顔を洗ったり歯を磨いたりするのを全て省略してナーヴギアを手に取った。

顔全体を覆う流線型のヘッドギアであるそれは、俺がゲームの世界に飛び込むために必須の機器だ。

なんでも、脳から現実の体に送られる命令を遮断し、デジタル信号に変換して、電子の世界に送り込んでくれるらしい。

そのおかげで俺はゲームの世界に入る、いわゆる『フルダイブ』することができるというわけだ。

 

「リンクスタート」

 

フルダイブを開始するための一言を唱え、俺、黒崎護は静かに目を閉じたーー。

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