ユウキとsao 作:アームストロング
SAOの世界に入り、フレンド機能のおかげですぐにユウキと合流することができた俺は、ユウキのもつ圧倒的なコミュニケーション力によって知り合った男に、戦いかたを教わっていた。
「よーし……」
つぶやいたユウキは腰を落とし、右肩に担ぐように剣を持ち上げる。
ソードスキルの規定モーションが検出され、刀身にほのかなオレンジ色が宿った。
「やあっ!」
声を上げ、左足で地面を蹴る。システムによって補正された刃の軌道が青いイノシシーー『フレイジーボア』の首を捉え、切り裂く。
醜い叫びとともに、その体はガラスのように砕け散る。
俺の目の前には、紫色のフォトンで加算経験値の数字が浮かび上がった。
「おわ……すっげ、いきなりかよ……」
整った顔の男2人がそろいもそろって呆気にとられ、情けない声を漏らす。
当の本人は自分のしたことの凄さに気付いていない様子で、楽しそうに笑っていた。
「おいマモル、ユウキって本当に初心者なのか……?」
現実世界とは異なるであろう、ファンタジーアニメの主人公といて登場してきそうな容貌の少年ーーパーティメンバーのキリトが俺に耳打ちをする。
黒い双眸は、信じられないとでも言いたげに揺れていた。
俺もすでにキリトからレクチャーを受け、実践し、その難しさを肌で感じたばかりだから気持ちは理解できる。
だが、これがユウキなのだ。その呑み込みの速さは一般人とは一線を画す。
「ところでキリト、常人の俺はもう一度やり方を教えて欲しい、全くできねぇ」
俺はピシッと頭を下げる。おそらくだが、俺はユウキどころか一般人よりもゲームが下手だ。ゲーマーを名乗るのが恥ずかしくなるくらいには。
惚けた顔をしていたキリトは、俺の声で正気を取り戻し、はははと小さく笑った。
「えーっと、大事なのは初動のモーションだ、マモル」
キリトが、ユウキがソードスキルを繰り出す前の、先生のような雰囲気を取り戻す。
こっちに戻ってきていたユウキも、ふむふむと頷きながら一緒に聞いていた。
「初動のモーションねぇ……」
言われてもピンとこない俺は助けを求めてユウキに視線をよこす。
「ギュってためて、バッて動かす感じたよ」
ユウキは得意そうな顔でそういった。
もちろん俺には何一つ伝わっていない訳だが……、やはり天才の考えは凡人には理解できないのだろう。
これにはキリトも苦笑いを浮かべている。
「じゃあボクがやってみせるから見てて」
元気な声とともにユウキは再び右手に握った曲刀を正面に構える。
相手はさっきと同じ青イノシシ。
だが、ユウキの刀は光ることなく青イノシシの体を真っ二つに割った。
「あれ?失敗した……?」
ユウキは驚きに目を見開いてそう言うが……、
「なあ、キリト……」
「ああ、間違いない」
俺たちの目が確かならば、今のユウキの剣線はシステムのアシストを受けたソードスキルとほぼ同じ速度だった。
やはりユウキは只者じゃないらしい。
ゲームのスタート地点、『はじまりの街』の西側に広がる草原に二つの乾いた笑い声が響いた。
「ねぇキリト、ボクまだうまくできないみたいだからもう一回だけ教えてほしいな」
ユウキは残念そうに目を伏せる。
本気で失敗したと思っているようだ。
まあ、一応失敗ではあるのだろうが。
ユウキとキリトが話している間に俺は右手の人差し指と中指を揃えて縦に振り、メインメニュー・ウインドウを出現させた。
さっきユウキが青イノシシを倒した時、何かアイテムを落としていたのでその確認を……、
「ところでキリト、このゲームってどうやってログアウトすんの?」
「マモル、なんか用事とかあるの?」
ユウキが首を傾ける。
「いや、そーいうコトじゃないんだけどよぉ……」
俺は後ろ頭をぽりぽりと掻き、気付いてしまった少しばかり面倒な問題について考える。
これが不具合なら、いきなりの大失態だ。
「ログアウトならメニュー開けばボタンがあると思うけど?」
「それが俺のにはねぇんだよ、バグかなんかだとは思うけどな」
「え?そんなはずはないだろ?」
確認のために自分もウインドウを開いたキリトがピタリとも動かなくなる。
キリトの方も消えているのだろう。
SAOの運営はいきなりとんでもないミスを犯してしまったらしい。
「どうだった?」
「いや、俺のにもない」
一応聞いてみたが、やはりそうだ。
となると心配なのはユウキのことだろう。
「お前、時間大丈夫か?」
ユウキにも同様の症状が発生していると見切りをつけた俺は尋ねる。病院で何か検査でもあったら大変だ。
「ボクはまだ大丈夫だよ。マモルは?いいの?」
「まあ、俺も今すぐの用事はないな」
ユウキの答えに内心でほっと息を漏らす。
俺のせいでユウキに何かあったら困るのだ。
「キリトもいいのか?」
「ああ、それに俺は晩飯の時間になっても降りてこなかったら強制的にダイブ解除されると思う……」
キリトは少し不安そうに、みんなは?と続けた。
おそらくだが、俺もそのうち解除されるだろうし、ユウキも、よく考えたら検査のときには無理やりおとされるはずだ。
ユウキに視線を送ると、ニコリと笑顔で頷いた。だからたぶん大丈夫だなのだろう。
「とりあえず、俺たちはバグが解決するまで待たなくても良さそうだな」
「そうか……けど、この状況なら運営は一旦サーバーを停止させてプレイヤーを全員強制ログアウトさせるのが妥当な手段だ。なのに……」
「なんの説明もないままこの緊急事態を放っておくのはおかしい、か……」
キリトは切れ長の目を細め、視線を上向けた。
釣られて、俺も顔を上げる。
内部にいくつかの都市、多くの街や村、そして森と草原、湖さえも存在する巨大な黒き城ーー『アインクラッド』。
理由は不明だが、現在俺たちはその一階層に囚われているのだ。
だが、何故か違和感を感じない。まるでここが現実世界のようにさえ思える。
俺はただ、仮想のものとは思えない美しい夕焼けに飲まれていた。
そして、その思いは現実となる。
この世界は遊びなどではなく、俺たちにとっての現実へと姿を変えたーー。
***
突然俺たちの体から放たれた青の輝き、視界を奪われた俺が次に目を開いたとき、そこはもう夕暮れの草原ではなかった。
「はじまりの街、か?」
足元の石畳を見ればすぐに分かった。ここは、俺がユウキと会い、キリトと初めて出会った場所。このゲームのスタート地点だった場所だ。
ふと左右を見ると、驚きに目を見開くユウキとキリトの姿が見える。そしてその他大勢、俺の全く知らない俺と同じ数千のSAOプレイヤー。
誰もが事態を把握するために辺りを見回し、そして徐々に落ち着きを取り戻す。
中にはログアウトができないことについて文句を叫び出すものもいた。GMを出せ、なんて声もどこかで上がっている。
「お、おいマモル……上を見ろ」
キリトにそう言われ、上を見た俺は驚愕に震えた。
真紅のフード付きローブをまとった大男がそこにはいた。
その登場と同時に、ざわつき始めていた広場はゆっくりと落ち着いていく。
見計らったように巨大な男は口を開いたーー。
ーーそこから先のことで、俺が覚えていることなどはほとんどなかった。
ただわかったのはこのゲームがデスゲーム、つまりこの世界での死は現実世界での死と同義になったということだけ。
この事件の首謀者でありSAOの開発者でもある天才ゲームデザイナーーー『茅場晶彦』を名乗った大男がそれを告げたときから、俺は周りのことを気にしていられなくなっていた。
脳裏には病院で寝ているユウキの姿が浮かぶ。
せっかくユウキの頑張りが実ったというのに、もう少しで完全に病気を克服できたというのに……。
こんなところでユウキの努力が全て水の泡になる、そんな馬鹿なことが許されてたまるものか。
だが、俺にはどうしても生還できるようには思えなかった。ゲームが下手な俺は当然無理だろうが、俺は別に自分がどうなろうと構わない。
しかしユウキはどうだろうか。いくらセンスがあるからといって、一度もゲームオーバーになることなくこのゲームをクリアすることがはたして可能なのか。
「はは、マモルはやっぱりその顔が一番似合ってるよ」
ユウキはそう言って、笑いながら俺に手鏡というアイテムを向けてくる。
そこに写っていたのは青ざめた顔の、現実世界の俺そのものだった。
「ボクは全然わかんなかったんだけど、ナーヴギアのセットアップステージで身体中を触ったから、そのせいでゲームの中で自分の体が再現されたんじゃないかってキリトが言ってたよ」
俺には笑っていられるユウキのことが理解できなかった。
茅場晶彦の言ったことが嘘のようには思えない。それなのにどうして冷静でいられるのだろうか。
「そう言えばキリトは結構カワイイ顔してたよ」
視界の端にユウキの手が映り込む。
白く細いそれは、かすかにだが間違いなく震えていた。
俺は勘違いをしていたのだ。ユウキは決して怖くないわけではなかったのだ。恐怖を内に押さえ込み、表に出さないようにしているだけなのだ。
そう気付いたとき、俺は学校にユウキがエイズだという情報が漏れた頃を思い出した。
あの時も、ユウキは泣かなかった。こいつは自分のことで落ち込むことをしないやつだ。
「キリトはこれからどうするんだ?」
少し離れたところで難しい顔をするキリトは、ユウキの言った通り中性的な顔立ちをしていた。
「俺は……すぐにこの街を出て次の村へ行く」
現実では俺よりも年上であろうキリトは、静かな声で言った。あまり周りに聞かれたくないのだろう。
「そうか……」
そこで一旦口を閉じ、真剣な表情でキリトを見つめる。
「俺も、連れて行ってくれないか?」
「ああ、俺も誘おうかと思っていたところだ。2人くらいなら守りながらでも行けるし、それにユウキはかなり戦えるからな」
最悪、断られても隠れて付いて行こうと考えていた俺は、キリトのその言葉を聞いて胸をなでおろす。恩を仇で返すようなことはなるべくしたくない。
でも、キリトは一つだけ誤解している。
「悪いけどユウキはここに置いていくつもりだ。ゲームから出られるようになるまでここに居させる」
「え?何言ってんのマモル?」
反応したのはキリトではなく、ユウキだった。
キリトは俺が置いていくと言った理由をわかってくれたようで、黙っていた。
「マモルはゲーム下手なんだからボクがいないとダメだよ!」
「俺はお前が付いてきたら邪魔だって言ってんだよ!」
俺は語気を強めて、叫ぶように言った。
ここでまで突き放しておけば、そうそう変な気を起こしたりはしないだろう。
しかし、その考えは甘かった。
「ボクは一人でもいくよ……ボクだってマモルに死んでほしくない」
隠していたはずの本心は筒抜けだったようで、ユウキの鋭い眼差しが俺を捉えていた。
考えていることはどっちも同じらしい。
「だったら勝手に付いて来やがれ……死んだら絶対ゆるさねぇからな」
俺は腕を震わせ、唇を噛み締める。
こうなったらユウキはもう意思を曲げない。俺の負けだった。
「それじゃあ3人で進むか」
そう言って歩き出したキリトの後に俺とユウキは続く。
例えどんなことがあっても、ユウキだけは生きて帰らせる。
胸の奥で俺はそう誓ったーー。