テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.58 急変

 

「今の……俺のせい、だよね」

 

 重々しい空気が流れる中、一番に口を開いたのはアルディスだった。

 彼が落ち込んでいるのは明白だ。しかし、慰めの言葉を誰かが口にするよりも先に、彼は話を続けてみせる。

 

「もっと、マルーシャのこと……気にしとくべきだったな、シルフ、最近姿見せてないし……」

 

「シルフ?」

 

 アルディスの口から、思いがけない者の名前が示された。不思議そうにその名を呟くディアナに、アルディスは困惑を誤魔化すような笑みを浮かべてみせる。

 

「精霊って、契約者側の影響をもろに受けるんだ。シルフって、レムと違ってひょいひょい顔出してくる感じなのに、最近全然姿を見かけていない……多分、マルーシャが心のどこかでシルフのことを拒絶してしまっているんだと思う」

 

 無駄な消耗を防ぐためにも、精霊が姿を現すのは基本的には稀なことだ。それにも関わらず、シルフがエリック達の前に頻繁に姿を現していたのは契約して日が浅かったことと、何よりマルーシャがシルフの出現を受け入れていたことが理由だろうとアルディスは語った。

 

「レムが召喚時以外に姿を現さなかったのは、俺がレムの出現を拒んでいたから……最後の方は、バングル越しの会話すらしてなかった。レムの声すら、俺には届かなくなっていた」

 

「……」

 

 精霊って結構不自由なんだと思うよ、とアルディスは悲しげに首を傾げてみせる。

 

「マルーシャが、俺と似たような感じになってる可能性は、かなり高いと思うんだ……もっと早く、気付いていれば……」

 

「……」

 

 問題はそれだ。一体、何がマルーシャをあそこまで追い詰めているのか――誰も、心当たりがなかった。誰も、何も思いつかなかった。

 

 

「普通、負の感情ってのは表に出てきてくれねぇと分かんねぇよ。しかも、本人が周りに気付かせたくないとか思ってちゃ、周りは何もできねぇもんだと思うぜ」

 

 頭を悩ませるエリック達の元に、ライオネルが戻ってきた。腕を組み、どこか不機嫌そうな様子の彼の視線は、クリフォードへと向いている。

 

「なあ、クリフ……あそこまで感情が動いてたなら、お前、能力発動してなかったとしても何か感じ取れたんじゃねぇの?」

 

 この発言からして、ライオネルも何も理解できていないようだ。泉の向こう側に移動する間、これといって会話はできていないのかもしれない。ライオネルの視線と言葉に、クリフォードはたじろぎ、俯いてしまった。

 

「そ、その……」

 

「どうした? 何だよ」

 

 何かを言いたそうな様子である。はっきり言えと言わんばかりにライオネルがクリフォードに問い詰めようと動いたことに気付き、エリックは彼を静止した。意外にも、彼は素直にエリックに従ってくれた。

 

「……」

 

「言いたくないなら、言わなくて良い……何となく、気付いてるから」

 

 恐らくクリフォードは、マルーシャの思考を読めていなかった。それどころか、ゾディートはともかく、彼はフェリシティやベティーナの思考を覗いた様子すら見せなかった。あの場面で、敵である可能性が高い彼女らの内面を覗き込まない理由はどこにもない――能力の発動には、もう問題は無いと言っていたのに、だ。

 

「いえ……大丈夫、です。話します」

 

 ブリランテでかえって好奇心を刺激するような変な失言をしていたこともあり、エリック達に対しては能力を使わないと決意してくれた可能性も感じていた。しかし、この様子を見るに、それは違ったのだろう。彼は「申し訳ありません」と前置きした後、顔を上げてエリック達を見据え、口を開いた。

 

「……。能力を、潰されたんです……今の僕には、大した透視能力はありません……」

 

 誰に、という言葉は出なかった。下手に彼のトラウマを刺激したくはなかった。言葉を失うエリック達に、クリフォードはどこか不自然に笑ってみせる。

 

「完全に使えなくなったわけではないので、心配しないでくださいね。若干の過ごしにくさはありますが、目を閉じたまま生活すること自体は続けられますし、相手の動きを読んで反応する力は残ってます……あれは、感情というよりは関節や魔力の流れを読むだけのことですし。ですが、人の感情を読んだり、真意を確かめたりなんてことは……不幸中の幸いは、共解現象(レゾナンストローク)を暴走させることは無くなったことでしょうか」

 

 つまり、対人相手の透視に不具合が生じているということだ。ブリランテで住民達とある程度会話できるまでに時間がかかっていたのは、間違いなくこれが原因だ。

 魔力の消耗で能力を発動できなくなっていただけでなく、回復後も完全に元には戻らなかった――それに気付いてしまった時、彼が絶望したであろうことは、想像に容易い。

 

 何故、話してくれなかったのか。相談してくれなかったのか。

 こういったことを彼に言うと、尚更萎縮して何も言わなくなるということはエリック以外の面々も理解していた。しかし、そう思われていることは恐らく本人が気付いていない。

 何か言わなければ、と視線を泳がせるクリフォードを見て、アルディスはギリ、と奥歯を鳴らした後、口を開いた。

 

「ッ、この際だから言っておきます! 先に言わせてもらいますよ!」

 

「……!?」

 

「放っといたら喋りっぱなしになりそうですし!」

 

 驚き、困惑する相手の意思など知らないとでも言いたげな様子だった。クリフォードが言葉を発するよりも早く、アルディスは声を荒げる。

 

 

「あなた、どうせ特殊能力くらいしか取り柄ないと思ってたんでしょう!? さては『能力潰されたの気付かれたら捨てられる』とかくっだらないこと考えてたんでしょう!? 別にあなたに嘘発見器としての役割求めてないんで!! だから、何が何でも、着いてきてもらいますからね!! 正直、今更欠けられたら違和感しかないんですよ!!」

 

「えっ、いや、あの……!」

 

「『しばらく休みたい』とか『一緒にいたくない』とか、そういう理由が無い限り着いてきてもらいますからね!!」

 

 まくし立てるようなアルディスの言葉に「流石にそこまでは考えてない……!」とぼやきつつクリフォードは視線をそらしてしまった。

 恐らく全く考えてなかったわけではないだろうな、とエリックは苦笑し、真横でため息を吐くライオネルへと視線を移す。

 

「お前ら、二十三歳児の扱い上手なくせに何であのお嬢ちゃんの扱い下手なんだよ。絶対二十三歳児のが扱いにくいだろ」

 

「はは……」

 

 一番は、彼の事情を把握できていることが理由――だとは思う。それと、比較的慣れてきたことと、クリフォードから自分達に歩み寄ろうという意志が感じられることだろうか。

 しかし、誰よりも付き合いが長く、確かにクリフォードよりは色々と分かりやすい(と思う)マルーシャに対してはあのザマだ。情けないな、とエリックは奥歯を噛み締める。

 その反応を見て、思うところがあったのだろう。ライオネルは肩を竦め、ひと呼吸おいてから口を開いた。

 

「ま、お嬢ちゃんは落ち着いたら合流するって言ってたから、しばらくほっといてやったら良いんじゃねぇの?」

 

「あ……ああ……」

 

「焦ったってしゃーねぇだろ。ああ、そうだ。さっきは大声出して悪かったな。あんま、落ち込むなよな」

 

「……」

 

 確かに今は深追いせず、そっとしておくべき時だろう。

 エリックは不安を揉み消すように、そう自分に強く言い聞かせつつ、ライオネルに「ありがとう」とだけ返した。

 

 

 

 

「では、よろしくお願いします」

 

 クリフォードの家から離れ、開けた平坦な場所にエリック達は来ていた。マルーシャとディアナ以外の全員が集うその場所で、アルディスが宝剣を構えている。その正面で、リラックスした様子のイチハが胸元の赤いレーツェルに触れた。

 

「ふふ、ずっと鳥やってたから、多分鈍ってるだろうなぁ……でもまあ、俺様は強いから。いつでもどうぞ」

 

 くるり、と装飾の少ないシンプルな片刃剣――暗舞(ピオナージ)が扱う、『刀』という剣の一種なのだそうだ――を回し、イチハはアルディスを挑発してみせる。余裕だ、と言いたげな様子だ。

 

「ッ、行きます!」

 

 少なからず苛立ったらしいアルディスは一気にイチハとの間合いを詰め、懐に入り込んだ――その間、およそ数秒。これは完全には避けられまいと思っていたアルディスだったが、金属同士がぶつかった甲高い音を聴き、奥歯を噛み締める。

 刀で防がれたか、と次の一手を考えていたアルディスの首筋に、冷たい物が触れる。

 

「ッ!?」

 

 刀、どころではなかった。

 冷ややかな青紫の瞳が、アルディスを見下ろしている。

 

「ああ、うん……全然、駄目だね」

 

 首筋に触れていたのは、棒手裏剣の切っ先。アルディスの剣は、イチハが手の平に載せていたクナイで受け流したらしい。いつの間にレーツェルに戻したのか、彼は刀を持ってすらいなかった。

 驚いている場合ではない。慌てて距離を取ったアルディスを見て、イチハはクスクスと優美な笑みを浮かべてみせる。

 

「俺様と同じ流派だってことは分かった。だけど君ね、この流派向いてないよ」

 

 すっと、イチハが前に一歩踏み出す。それに備えたアルディスの動きも速かった――筈、だった。

 

「君、動作が結構派手なんだよね。半分は別族だから、俺達と全く同じようにはできないんだろうけど……噂じゃ、君の方は聖者一族寄りの体質だって聞いてるし」

 

 いつの間にやら、イチハはアルディスの背後を取っていた。発動を気付かせない程の瞬きの間のうちに、特殊能力『瞬光疾風(カールヒェン・ヨシュカ)』を使ったのだろうとアルディスは察した。

 そしてその頃には、アルディスの手から宝剣が弾かれ、少し離れた場所に突き刺さっていた。

 

「……」

 

暗舞(ピオナージ)は、最低限で良いんだ。必要最低限の動きで、致命傷を与える……それだけで、良いんだよ。相手に、それ以上の傷を与える必要はない」

 

 首筋に触れているのは、またしても棒手裏剣だろうか。わざと挑発しているのか、それとも本気で馬鹿にしているのかは分からない。だが、イチハが相当な手馴れであることは確かだ。

 何も言わず、アルディスは自身の左足を覆うレッグカバーに手を伸ばす。

 

「おっと……?」

 

 その動作を見たイチハが、大きく後ろに飛躍した。アルディスが勢いよく振り返り、両手を前に突き出す。

 

「!」

 

 イチハの顔から笑みが消えた。発砲音が響き渡ったその瞬間、再び彼の手に刀が現れる。その刃がガキンッ、と鈍い音を鳴らすと共に、イチハは困ったような笑みを浮かべた。

 

「油断大敵、ですよ」

 

「あーあ、刀は使わないつもりだったのに……反則だろう、それは」

 

「確かに、俺はあなたより強くはない。けれど、手加減されたまま簡単に負けるほど弱くはない!」

 

 投げナイフを出すと見せかけ、拳銃を取り出して発砲するというフェイントを仕掛けたのだ。流石に銃弾をクナイや棒手裏剣で防ぐのは無理がある。刀を出させるためにそうしたのだろうと気付いたイチハは肩を竦め、やれやれと微笑んでみせた。

 

「ふふ、分かったよ。変に翻弄せずに、まともに訓練付き合ってあげる。それで良い?」

 

「! はい!」

 

 

 純粋な暗舞(ピオナージ)であるイチハに、アルディスが戦術指南を頼んだのはつい先程のことだ。エリック達はぼんやりと彼らの様子を眺めつつ、彼らとは関係のないことを話し合っていた。

 

「ねえ、クリフ。このリボン、何か力が湧き上がってくる感じがして、変なんだけど……」

 

 今現在の話題は、ポプリの髪を結う新しいリボンだ。ゾディートに渡された後、ずっとしまわれていたダリウスの預かり物だという小さな袋の中身は、黒いリボンだった。

 ブリランテで渡したポプリのリボンが返ってきたのかと思いきや、『見た目はよく似てるのに明らかに上質なベルベット素材のリボン』とのことだったので別物であることは既に判明している。そしてとりあえず身に付けてみたところ、何かしら効果を持つ物だったらしい。

 先程、ライオネルから貰った眼鏡越しに、クリフォードはポプリのリボンを観察する。結論はすぐに出たらしく、彼はリボンに手を伸ばしつつ、口を開いた。

 

「んー……精霊の力が宿ってますね。悪いものではないと思うぞ。魔術の発動を助ける指輪、『フェアリィリング』……のようなリボン、ですかね。『フェアリィリボン』ってところか」

 

 そうなの、とポプリが安堵した様子を見せる。悪いものではなかったらしい。

 

 だが、エリックとしては何故か隣で必死に笑いをこらえているライオネルが気になって仕方がない!

 

「……なあ」

 

 二人に気付かれないように小声で話しかけると、ライオネルは必死に呼吸を整えながら、腹を押さえつつエリックに言葉を返した。

 

「オレも透視してみたんだ。そしたら……クリフの兄貴がリボンの選択に死ぬ程悩んだ上に、寝る間を惜しみまくって気合で作ったらしいことが分かった……っ」

 

「んな……っ!」

 

 違う色合いのを渡してみたいが、嫌いな色だったら悪いよな。

 装飾華美な奴のが似合いそうだが、地味な奴が好きかもしれないからな。

 そうだ、普通のリボンを返すのは芸がない! 何か仕掛けてみよう!

 

……などということを、あのダリウスが考えていたということか。

 

 口に出したことで尚更おかしくなってしまったのか、ライオネルは両手で顔を覆うようにして必死に笑いをこらえている。エリックもエリックで、ポプリとクリフォードに背を向ける体勢で肩を震わせた。

 これを笑わないのは無理だと思う。悩んだ挙句、黒いリボン(上質)を選んでいたり、ポプリの術を強化する効果を付与していたり……あまりにも、面白すぎる。

 とりあえず本人とその弟には伝えないでおこう、という暗黙の約束がエリックとライオネルの間で結ばれた。流石にダリウスが可哀想だ。

 

 

「た……楽し、そう、だな……?」

 

 すいっと、横からディアナが顔を覗き込んできた。何とも言えない表情を浮かべているのは、エリック、ライオネル両名が必死に笑いをこらえているからだろう。

 

「お、服……大丈夫そうか?」

 

「ああ、問題ない。助かった」

 

 現れた少女に、ライオネルは躊躇いがちに声をかける。ディアナが不在だったのは、裁縫(というよりは細かい作業)が得意だというライオネルに服を直してもらい、それに着替えていたからだ。

 彼女の着替えが遅いという印象は無かったのだが、何故か今回は妙に遅かった。

 そんなことを口には出さずとも感じていたエリックだったが、貸していた上着を返しに来たディアナの姿を見て、訳を察することができた。

 

「その、これ……ありがとう」

 

 今まで色々と頑張っていたのだなと感じ、エリックは思わず苦笑する。ディアナは元々サイズが大きめの神衣を着ていたために、体型を誤魔化さずとも今まで着ていた服を問題なく身に纏えている。

 つまり、ディアナは男装をやめたらしい。今の彼女は、どこからどう見ても少女の姿をしていた。

 

「どういたしまして」

 

「な、何か言いたそうな顔だな……!」

 

 全員に性別がバレてしまった以上、彼女が男装をする意味は無くなった。しかし、だからと言って今までずっと“やってきた”ことを簡単にやめられる訳がない。彼女の場合は外見に少なからず影響するのだから、尚更だ。

 男装をするかしないか――それに悩み、着替えが遅くなってしまったのだろう。そんな彼女に笑いかけ、エリックは口を開く。

 

「経緯はどうあれ、そうやってお前が自然な姿でいられるようになったこと、素直に『良かった』って思ってるよ。やっぱり、気持ちも身体も楽なんじゃないか?」

 

「ッ! う……っ、は、恥ずかしいから、あまり、言うな……! それと、あなた絶対に気付いてたよな? そんなにオレは女っぽいか……?」

 

「アルに怒られそうだが、出会った時から可愛らしい女の子だと思ってたよ……その顔で男装って、思い切ったことしたよな」

 

「うっ、あああぁあ……ッ! 恥ずかしいからやめてくれ! それに、そういうことは――」

 

 マルーシャに言ってやれ、という言葉がディアナの口から発せられることは無かった。状況が状況だ。落ち込んでいたエリックのことを考え、続きを言えなかったのだろう。

 だが、ディアナが言いたかったことを察したエリックは困ったように笑い、ディアナの頭を撫でた。

 彼が発した「ありがとう」という言葉に、ディアナはどこか悲しげに目を細めたかと思うと、頭を振るい、エリックを見上げて口を開いた。

 

「わ……“私”、マルーシャを捜してこようと思うんだ」

 

 口調は変わらないが、一人称が変わった。少し悩みつつも『私』とハッキリ口にしたディアナは真剣な眼差しでエリックを見つめている。

 

「ここはアルが訓練してるだけみたいだし、私なら空からマルーシャの様子を見ていられる。本当にひとりでいたいようだったらそのままでいるし、寂しそうだったら傍にいる……私にはそれくらいしか、できないが……」

 

「いや、十分だよ。助かる……僕が、行けたら良かったんだが……」

 

「……。あまり、気負い過ぎるなよ。そういうのはきっと、彼女も求めていない」

 

 行ってくる、と口にし、ディアナは翼を動かして上空に飛び上がる。その姿が小さくなるのを眺め、エリックは小さくため息を吐いた。

 

(……マルーシャ)

 

 気にしていない、と言えば嘘になる。

 本当は自分が傍にいたい。しかし、そうしたところで何ができるというのか。むしろ、自分では彼女の負担にしかならないのではないか――そんな思いが、ぐるぐると渦巻いている。

 駄目だ、とエリックは軽く自身の頬を叩いた。過剰にネガティブな心境に陥ると、もれなく悪い行動をしてしまう。それを自分で分かっていたからこそ、気持ちを切り替えようとエリックはアルディスとイチハの方へと視線を移した。

 

 少し目を離していた間に、アルディスはかなりイチハの動きを読めるようになっていた。余裕が出てきたのか、彼の得意とする素早い立ち回りが見え始めている。イチハの方も、最初のようにアルディスを舐めたような行動はしていない。むしろ、本気になりつつあるのではないだろうか。

 どちらも当たり前のように真剣を使っているのだが、相手を殺しかねない勢いで刃を振るっている。大丈夫だろうか、とあまり人のことは言えない心配をしていると、ふいに「アル……?」という声が耳に入った。

 

 

「ッ、まずい!」

 

「えっ!? クリフ!?」

 

 その声の主はクリフォードだった。彼はポプリとの会話を中断し、レーツェルに触れてアルディスとイチハの元へとかけていく。間に合わないと踏んだのか、彼は途中で大きく跳躍してアルディスを突き飛ばし、振り下ろされたイチハの刃を右手に構えたトンファーで受け止めた。

 精霊の力を借りていないクリフォードでは、当然振り下ろされた真剣の衝撃に片手で耐え切れる筈がない。イチハもイチハで、普通に受け止めてもらえるだろうと考え、全力で振るっていた刃を途中で止めることなど叶わなかった。

 

「な……っ!?」

 

 地面に転がったクリフォードは、上手く勢いを相殺できなかったために傷を負ってしまっていた。斬れた右肩から血が溢れ、白衣を染める。命に関わるような傷では無さそうなのが、幸いだろうか。しかし、イチハからしてみればたまったものではない。

 

「ばっ、馬鹿野郎! 一体何を考えているんだ!?」

 

 当然ながらイチハはクリフォードを叱る。エリック達も慌てて彼らのもとへと駆けつけた。だが、それでもクリフォードは行動の理由を話そうとはしなかった――否、話す必要が無かった。

 

「アル! 大丈夫ですか!?」

 

 自分のことはどうでも良い、と言わんばかりに、クリフォードはアルディスの元へと向かう。アルディスは突き飛ばされた状態のまま、宝剣も投げ出し地面に倒れていた。彼は左手で右の二の腕を押さえ、身体を震わせている。

 

 その状況に、そしてアームカバーでは隠しきれない程に、顔の近くまで広がってしまった痛々しい痣に、エリックは全てを察した。

 

「ッ、アル!!」

 

 能力を潰されたとはいえ、完全に無くなったわけではなく、元々クリフォードとアルディスの能力は非常に相性が良かった。そのため、彼はいち早くこの緊急事態に気付いたのだろう。止めに入らなければ、イチハに斬られてしまうと分かっていたから、慌てて二人の間に飛び込んだのだろう。彼の行為は、責められるものではない。

 クリフォードがアルディスの身体を起こし、その場に座らせて顔を覗き込んでいる。意識はあるようだが、彼は何も発さない。無言で近くに座り込んだエリックがアルディスの身体を支えるのを手伝うと、クリフォードは顔を歪め、声が震えるのも構わずに口を開いた。

 

「アル、僕が目の前にいるのが分かるか!? 僕の姿が、“見えていますか”……ッ!?」

 

 クリフォードの言葉に、皆が一斉に言葉を失った。

 親友の身体が酷く震えているのを、エリックは感じ取った。

 

「……」

 

 

――ゆるゆると、力無く。アルディスは首を、横に振った。

 

 

「ッ、そんな……」

 

 ポプリがか細い声で呟く。エリックは奥歯を割れそうな程に強く噛み締め、アルディスの身体を抱き上げて立ち上がった。

 

「マクスウェルなら、きっと……何とか、してくれるんじゃないか……?」

 

 どちらにせよ、ここでじっとしている理由はない。そう思い、エリックはクリフォードを見下ろす。彼は驚いたように目を丸くした後、こくりと頷いてみせた。

 

「そうですね、マクスウェル様のところに行こう。応急処置だけでもお願いして、それから、どうするか決めましょう……少なくとも、応急処置で視力はまだ何とかなります。まだ、間に合いますから……!」

 

 抱き上げたアルディスの身体が、妙に軽く感じられる。いつの間にやら痩せていたのだろうが、これも虚無の呪縛(ヴォイドスペル)の影響だろうか。目立たなかっただけで、死の呪いは確かに彼の身体を蝕んでいたということか。

 

「……」

 

 自分まで不安になってはいけない、とエリックは先導してくれているライオネルとイチハの後を追う。

 

「ポプリは、ここで待っていますか?」

 

 背後で、クリフォードの声がした。義弟の容態急変に怯えてしまっているのだろう。彼女がアルディスにしてしまった行為を考えれば、動けなくなってしまうのも頷ける。

 

(ポプリがアルの右目を斬らなければ……)

 

 もっとアルディスは持ちこたえたのではないか――そんな、どうしようもない考えをエリックは首を横に振って強引に揉み消した。今は、こんなことを考えても仕方がない、と。

 

 やがて聞こえてきた、二人分の足音。エリックは振り返ることなく、神殿へと足を急いだ。

 

 

 

―――― To be continued.

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