テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー   作:逢月

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Tune.61 奇跡の子

 

 イチハに案内されるままに、エリックとアルディスは彼の家までやってきた。道中、エリックはアルディスの様子を窺っていたのだが、少々声が小さかったり、時々掠れてしまったりすることはあれども、他に異常は無さそうだった。右腕の件については、後々話を聞こうと思う――それは良いとして、

 

 

「ッ……何なんだ、この家は!?」

 

「だから言ったじゃん、殺しにくる家なんだってば」

 

 エリックが先導して玄関のドアノブに手を賭けた瞬間、竹槍が地面から突き出してきた。それを回避し、家の中に足を踏み入れれば今度は床が抜けた。底は地下水脈が広がっていたので落ちずに何とか踏みとどまり、さらに一歩前に進めば手裏剣やらクナイやらが一斉に飛んできた。それを避ければまた床が抜けた。今度は下で蛇が群れをなしていた。踏みとどまれば、また手裏剣とクナイの雨……本当に、死ぬかと思った。

 

「なあ! これ、二人目以降も適応されるのか!? 僕が先陣切っても意味が無かったりしないか!?」

 

「大丈夫大丈夫、マクスウェル様がもう一回罠設置したらアレだけど、それまではもう出てこないよ」

 

「そうか、それは……良くないぞ! 何でお前ら怒らないんだよ!?」

 

「いやー、楽しそうなお姿を見てると、何だかねぇ……」

 

 とりあえず、意味不明なところから出てこられると困るので家の中をグルグルと周り(これに関してはイチハも手伝ってくれた)、罠を一通り解除したところでエリックはアルディスを呼びつつ周囲を見渡した。

 

 

 先程まで殺意の高いカラクリ屋敷だったこの家はクリフォードの家程ではないものの自然と共存しており、蔦や苔によって所々深緑に彩られ、暗舞の一族に伝わる装飾品らしきものが飾られた不思議な場所だった。中央のテーブルにエリックは腰掛け、アルディスがその前に座る。イチハはそれを見届けたかと思うと、部屋の奥、キッチンの方へと引っ込んでいった。

 

 

「話聞いてる感じ、こっちでの暮らしが長いからか? そこまで変わった家じゃなかったな……罠以外は」

 

「はは、そう、だね……でも、ごめんね。罠解除、任せちゃって……だけど、あれくらいなら、俺も」

 

「どこからか来ると分かってる罠のとこに今のお前を行かせたくない。僕の勝手なエゴだ。気にするな」

 

 多分、アルディスなら今の状態であろうと問題なく罠をあしらえたに違いない。しかし、それでも嫌なものは嫌なのだ。エリックがアルディスに右腕を見せるように求めれば、アルディスは頷き左手や口を使って動かない右手を覆う手袋やアームカバーを卒なく外していく。その姿を、エリックは無言で眺めていた。

 

(片腕で大丈夫なように訓練したっていうのは、本当みたいだな……)

 

 片腕が無くなっても良いように、それでも戦い続けることができるように――兵器として生まれた、アルディスだからこその訓練。

 確かに、あまり聞いていて気分の良い話ではなかった。彼の強さの裏にある事情は、あまりにも悲しい。だが、彼自身がそれを幸いとしている部分もあることも事実だ。

 アルディスは最後にローブを脱ぎ、それを器用にも左手だけで畳みながらエリックに微笑みかけてきた。

 

「これで……良い?」

 

「ッ、アル、お前……! それ、さっき唐突にそうなったわけじゃないよな!?」

 

 改めて真正面から見ると、今のアルディスの身体は惨たらしいと感じる程に、酷く痛々しい状態だった。

 青紫色に変色した肌の上で蠢き、その存在を主張する呪いの印は今や彼の腕全体に広がっており、インナーの下まで侵食している様子だった。既に首周りにまで到達しているのだから、これが全身に広がるまでにはそう時間はかからないだろう。

 

 エリックの問い掛けに、アルディスは困惑を誤魔化すように作り笑いを浮かべる。しかし、「ちゃんと話せ」と視線を逸らさずにアルディスを見続ければ、彼は観念したのか「ごめん」と小さく口にした後、語り始めた。

 

「ディミヌエンドの、地下水脈。あそこで俺、魔術使ったよね? あれの、しばらく後……その辺で、呪いの印が活性化した。だから、自業自得だよ……気にしないで」

 

「……そこに関しては、触れないでおく。だが、言ってくれれば良……いや、そうか……」

 

「あはは……言うタイミング、逃しちゃったんだ。ごめんね」

 

「くそ……色々重なってたんだな……」

 

 アルディスの一件が収束した直後に発生したのが、クリフォードの件だ。アルディスからしてみれば、クリフォードの身に起きた出来事は自分のせいであるとも言える状況で自身の異変のことなど口に出せなかったのだろう。

 しかも、ヴァロンを追い払うために特殊能力『意志支配(アーノルド・カミーユ)』と光属性上位魔術『グランドクロス』を同時に使用している。本人は「問題無い」と言っていたものの、悪化しない筈が無かったのだ。もう少し、彼の様子を顧みるべきであったとエリックは奥歯を噛み締める。そして、あることに気付いた。

 

「ッ、そういえば、マルーシャもあの時……!」

 

 チャッピーの治癒を終え、頭を振るって「もう大丈夫だと思う」とマルーシャは口にした。頭を振るったということは、あの時マルーシャは何か別のことを考えていたのだろう。大方、ヴァロンに何か言われたのだろうと思うが。

 

(……あのこと、マルーシャに吹き込んでなきゃ良いんだが……まだ、早い。マルーシャが、事実を知るには、まだ……)

 

 マルーシャに関する衝撃の事実を聞いてから数日後、エリックはクリフォードから補足情報を告げられていた。

 それは、今のマルーシャを構成しているのは何者か――マルーシャの振る舞いを見る限り、幼い少女だろうが――から抜き取った体内精霊を培養し、強化・改造した人工的な物だと思われる、という内容だった。ヴァロンが普通の体内精霊を入れるとは思えないし、あのアルディスの妹であるシンシアを完全に抑え込むのは並大抵の力では不可能だろう、と。

 

 ただでさえ、残酷な話だというのに。こんな話を聞いたマルーシャの反応が、少しも想像できない――。

 

「今更、なんだけど。あの子、時々変な時無かった……?」

 

 こうなってから、初めて分かる。ずっと一緒にいたからこそ、変化に気付けなかった。

 どこまでも明るい、太陽のような少女。満開の花を思わせる愛らしい彼女の笑顔が、今ではすっかり身を潜めてしまった。

 

「……」

 

 最初にケルピウスの泉に行った時、ディミヌエンドでチャッピーを癒した後、ブリランテでピアノの演奏を聴いた後、海上で、新たな術を披露した後――少なくとも、マルーシャは全くサインを出していなかったわけではなかった。彼女なりに、何かに悩み、傷付き、追い込まれていた。そのことに、エリックは気付いていた。それなのに、何も……。

 

 

「あーあーもう、辛気臭い顔してるねぇ。イケメンと美形が台無しだよ……まあ、俺様には負けるけど?」

 

 

 負の感情が、連鎖する。そんな最悪な状況を断ち切ってくれたのは、まだ見慣れない『美貌お化け』だった。

 

「ありがとう、お前、空気を読んでふざける能力凄いな」

 

「……。あのさ、こういうのを真面目に返すのはやめて欲しいかな……そうだよ空気読んだんだよ。本当に人をよく見ているな、君は……」

 

「はは、でも考え込んでどんどん嫌なこと考えてしまうのは、僕の悪い癖だから。止めてくれて本当に助かった」

 

「そう? じゃあ、どういたしましてって、言っておこうかな」

 

 場が重くなり過ぎないように、わざとふざけて空気を変えてきた美貌お化けことイチハは、エリックとアルディスの前にマグカップを置いた。中には、緑色の半透明な液体が入っている。白い湯気を立てているその液体は控えめながらも優しい香りを発しており、高ぶった気持ちを落ち着かせるアロマのようだとエリックには感じられた。

 

(……飲み物、だよな?)

 

 じっと、見たことのない不思議な液体を眺めていると、イチハがクスクスと笑いながら別に用意したらしい彼用のマグカップに口を付けた。

 

「うん、美味しい……というわけで、毒じゃないよ。煎茶っていう、里では主流のお茶。ライが色々頑張って茶葉作ってくれたんだ。紅茶だのコーヒーだのはうち、置いてないから、ごめんね」

 

「い、いや……出された物疑うつもりは無かったんだが、何となく安心するというか、良い香りだなと……」

 

「そっか、口に合えば良いけど。アルディスはそこまで抵抗無さそうだね? 飲んだことあった?」

 

 視線を前に移せば、何の躊躇いもなく煎茶を飲むアルディスの姿が入ってきた。イチハの問いに頷き、再びマグカップに口を付けるその姿を見る限り、余程煎茶が美味しいか煎茶に懐かしさを感じているのだろう。意を決し、茶を含めば今まで味わったことのない芳醇な香りとほのかな甘味と苦味が口の中に広がった。独特の風味だったが、嫌いではない。ふいに飲みたくなるような、そんな味わいである。

 

「大丈夫そうだね。とりあえず、過去のこと気にしたって仕方ないんだから、マルーシャちゃんが気になるなら今の彼女を見てあげな。「何かおかしい」ってことに気付けただけ、君らは前に進めてるんだから」

 

「……すごい、です。とても、前向きですね」

 

「んー、まあね。鳥人間やっちゃいるけど、一応君らより十歳上のお兄さんだから、色々と吹っ切れてるんだよ。俺様の話で言うなら、鳥人間になったことを悔やむより鳥人間脱却のことを考えた方がいくらか生産的でしょう? そりゃまあ、最初の方は若干落ち込んでたけど、もっと酷い状態なのに前向きなのが近くにいたしね」

 

 だから、前向きにならざるをえなかったんだとイチハは笑う。その言葉に、エリックとアルディスは顔を見合わせ、再びイチハへと視線を戻した。

 

「全く想像できないが、お前が人の身体になってるのと同じような話なんだろ?」

 

「その、大丈夫、なんですか……? ライオネルさん、多分ここから出られない身体なんですよね? 少なくとも、多分、目が……」

 

 

 

『ライ、あなたの役割は連絡と監視だ。今までクリフに任せていた二つの役目を、あなたに任せる。良いかな?』

 

『一応聞きますけど、オレ……その状態なら、見えるんっすよね?』

 

『うん。ただ、そういう事情で監視の能力を付けるつもりだから、あなたの場合はあなたの意思関係なく常に視界が私と繋がることになってしまうけれど……ああ、都合が悪い時は私の方から接続を切るから、言ってね……あー、でも、その時はあなたも不便なことになっちゃうけど、それでも良いかなぁ……?』

 

『はは、そんなの、良いっすよ。気にしないで下さい』

 

 

 先程の、マクスウェルとライオネルの会話。ここから察することができる事実として、「ライオネルは失明しているのではないか」というものが挙げられる。そしてクリフォードもクリフォードで「ライオネルが一番重症」だと言っていたし、イチハの発言からしてもそれは間違いない。エリック達の質問に、イチハはこくりと頷いた。

 

「あの子、ルーンラシス……というか、ここ、オブリガード大陸の外だと完全に視界閉ざされるらしいんだ。それに、全身が痛むとか呼吸ができなくなるみたいな話も聞いたことある。見てる分には元気なんだけど、視力に関してはここにいても眼鏡で矯正しないとどうにもならないみたいだし、多分、俺達が考えてる以上に、あの子は重症」

 

 ライオネルはクリフォードやイチハよりも先にこの大陸に辿り着き、生活をするようになったのだという。そのため、ここで暮らし始める前の彼のことは彼自身の話でしか知らないのだとイチハはどこか切なげな笑みを浮かべた。

 

「俺達と同じで、あの子も実験体だったらしい。それも、体内精霊を抜くだとか違う精霊を体内に宿すだとか、そんな実験を赤ん坊の頃から繰り返された、要は俺なんかよりよっぽど酷いことされてきた子なんだ。言っちゃ悪いけど一回抜き取られただけのエリックですら身体が脆くなってるんだ……繰り返せば、それだけ身体は崩壊していくよ」

 

「ッ、そりゃ、そうだよな……僕が最初な筈がない……」

 

「あ、気付いた? まあ、残酷なこと言うけれど、君の“前”は大勢いた。その一人がライってだけ」

 

 エリックはラドクリフの未来を担う王子。強烈過ぎる特殊能力に命を奪われぬための、延命目的の行為とはいえ、その行為の失敗は決して許されない存在だ。

 そのため、エリックも薄々気付いていた――自分の前に、同じことをされた純血龍王(クラル・ヴィーゲニア)は、きっと数え切れない程に存在しているだろう、と。成功例が無いのに、自分にその処置をする筈はない、と。

 

「俺と、一緒だね……俺の“前”も、大勢“いた”らしいから……」

 

「……結構、キツいな。知らなきゃいけないことなんだろうけど、さ……」

 

 表情をころころ変える、強気で明朗活発な青年が、本来ならば生きられないような身体の持ち主だった。その事実がエリック達に与えた衝撃は大きい。

 イチハはマグカップに残っていた冷めた煎茶を飲み干し、一息吐いた。

 

「言ってしまえば、ライはマクスウェル様がいなければ生きられない。動くこともままならない。だから、クリフの同行者は俺になった……正確には、マクスウェル様の加護を限界まで与えて、かなりの行動制限を付けた上で同行する予定だったライをクリフが断固拒否したから俺になった。クリフの判断は正しいと思うけど、まあ揉めちゃったんだよね……それが、さっきの二人の会話」

 

「ライオネルさんは、外に……」

 

「出たかったとかじゃなくて、クリフの役に立ちたかったんだと思う。あの子は病的なまでの世話焼きだから。そうじゃなきゃ俺様のためにライ自身がよく知らない茶葉も衣服も作らないと思うし、はっきり言ってライがどれだけ欲しても手に入らないものを持ってるくせに塞ぎ込んでたクリフの世話もしなかったと思うよ。クリフは右目は見えてるし、魔力だって天性のものだし、何より生きにくいとはいえ大陸の外で生きられるから、ライからしてみれば憎らしいと思うこともあったんじゃないかな」

 

 優しい子だよね、と笑うイチハの顔は相変わらず悲しげで。心の底からライオネルのことを心配しているのだということが覗えた。

 

「ライはね、沢山の実験体――戦舞(バーサーカー)達が、せめて幼い子どもだけでも助けようと研究所で暴れて檻やら枷やらを壊して、そんな騒動の中でやっと逃げ出して、生き延びた唯一の子どもなんだって。暴れた大人の戦舞や、逃げ切れずに捕まった子ども達が殺されていくのを見ちゃってるから、生き残った自分は何が何でも生き延びなきゃって、もがいてもがいて、死に物狂いでここに来たんだって……多分、マクスウェル様が気付いて助け出したんだろうけれど、たったひとりの生き残り……君らと同じ、“奇跡の子”なんだ」

 

 エリックやアルディスと同じ、奇跡の子。

 多くの犠牲の上に生まれた、唯一無二の存在。その自覚があるから、ライオネルは明るいのだと。犠牲となった生命の代わりに生き延びようという覚悟を抱いているから、前向きに己の生と向き合っているのだとイチハは語る。

 

「生命は皆平等だけれど、犠牲となった存在がいる。彼らの死を無駄にしたくないから前を向くって。自分が成し遂げるものが、死んでいった人達の生命の意味になるからって、ライが言ってた。その点は俺も同意。だから、君らにも無くなった生命を悔やむんじゃなく、無くなった生命の代わりに精一杯生きて欲しいって、俺は思う……なんて君らは分かってるだろうし、何より気負い過ぎるだろうから、軽く考えてね。前向きに生きるのが大前提だよ。責任感じすぎて後ろ向きになったら意味ないからね」

 

「あ、ああ……ありがとう……」

 

 奇跡の子だからこそ、くよくよして欲しくない。前を向いて、しっかり己の生を受け入れて欲しい、変えられない部分にいつまでも囚われて欲しくない。

 それが、ライオネルのひたむきな姿を見てイチハが得たものなのだという。だから彼は、人として生きることができなくなった自分を嘆いてはいないのだろう。

 

「でも、世話焼きなのは多分あの子が唯一見せる『必要とされたい』っていう闇の部分だから、俺は極力世話されるようにしてた。助かるしね。ただまぁ、世話焼く方向がちょっとズレてる時も結構あったし、過剰過ぎて怖い時が無いわけじゃなかったから、人怖い病のクリフからしてみれば恐怖しかなかったんじゃないかなー……そんなクリフの感性を君らが正してくれたから、あの子達上手く仲直り出来たんだと思う。ありがとう、多分年下な君らの世話も焼きたがるから、適当に世話焼かれといてくれたら嬉しいかな」

 

「……。世話係ができたと思って、ありがたがることにするよ」

 

「エリック、使用人を使用しない王子だから、頑張って世話されてね」

 

「い、いや、まあ、ライオネルの奴もそこまでお世話過激派じゃないだろ!? イチハ達しばらく離れてたっぽいし、今はちょっとは変わってると信じる……アル、お前もちゃんと世話されろよ!」

 

 対イチハレベルなら、許容範囲だろう。だが、いくら対人恐怖症を拗らせているとはいえ、恐怖を抱かせるレベルの世話とは一体どれ程のものなのか……世話を焼かれるのは、少し苦手なのだ。

 

 あの無邪気な笑顔を見せる青年の姿が脳裏を過る。思わず、エリックは引きつったような笑みを浮かべた。

 

 

 

―――― To be continued.

 

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