テイルズ オブ フェータリアン ー希望を紡ぎ出すRPGー 作:逢月
「あー……」
一体どこから聞かれていたのかは分からないのだが、ドアを蹴り破った後はその場に立ち尽くしてアルディスが泣いている――どうしたものか。
「こういう時は『お医者様』に任せて下さい……」
どうやらまた泣いていたらしいクリフォードは頬の涙を拭い、鞄から白衣(いつも着ている改造白衣ではなく、ちゃんとしたものだ)と財布を取り出し、アルディスを部屋に押し込んでから宿屋従業員に謝罪に走った。
「前々から思っていたが、アイツ、『医者』のフォーム決めてる時は完璧だよな……普段は犬のようだが」
「こ、今回のコレはちょっと違うんじゃないかしら……」
「医者=金持ちの法則でどうにかしようとしてるだけだしな。とりあえず……アル、こっち来い」
アルディスが蹴り飛ばしたドアを元あった場所へ適当にはめ、エリックはぐずぐず泣いている親友の背を押してポプリの傍に戻る。
「ポプリ、姉さん……っ」
「あー、うん……ごめんね。ごめん、ノア……」
「アル、どの辺から聞いてたんだ?」
「……ペルストラの、邪教についての話辺りから」
最初からではなかっただけ良かったが、そこから聞かれてしまっているのであればもう誤魔化しようがない。
(まいったな……)
とりあえずエリックはアルディスを椅子に座らせ、ハンカチを押し付けた。
アルディスが泣くのはいつものことだが、流石に今回のコレは相当堪えているようだ。
この男、泣き喚くのが基本スタイルだというのに、『喚く』の部分が中途半端に終わってしまっている。ショックのあまり、言葉が出ないのだろう。
「ノア……泣かないで」
ポプリは軽く息を吐き、手を動かそうとする。しかし、指先が微かに動いただけで、腕を上げることは叶わなかったようだ。
それが益々、彼女の痛々しさを助長する。ボロボロになってしまった姉を目前にしたアルディスは何も言わず、奥歯を噛み締めて震えている。
「無理を承知で言うけれど、あたしが勝手にやったことよ……だから、気にしないで」
「……」
「あたしが君を傷付けたことは、変わらないのだから」
アルディスを前にすると、ポプリはやはり『姉』の顔をする。先程まであんなに泣いていたのに、無理をして笑みを浮かべようとする。これもまた、全てを知ってしまったアルディスからしてみれば、辛い光景なのだろう。
嗚咽を噛み砕くように飲み込み、頭を振るい、アルディスはポプリの包帯まみれの手にそっと左手を添え、握り締めた。
「予定通り俺が贄になっていれば、なんて言葉は……多分、聞きたくない、よね」
ポプリは無言のまま、おもむろに頷いた。
それを見て、アルディスは歪で、不格好な笑みを浮かべてみせる。
「過ぎたことは、仕方がない。俺は、悪くないんだって……きっと、あなたは、そう言うんだろうな……あなたは、自分自身のことは、ちっとも見てくれないから……っ」
彼の頬を伝い、涙がぼたぼたと床に落ちる。
「だから、今は……“守ってくれて、ありがとう”って、言わせて」
「……!」
恐らく「勝手なことをするな」だとか、「俺はそんなことを望んでいない」だとか、彼も言いたいことは沢山あったに違いない。しかしその全てを、彼は飲み込んでみせた。
この件についての一切を、追求しない――ポプリをこれ以上傷つけないために、アルディスは全てを『過去』の出来事にすることを選んだのだ。
「ノア……ごめんなさい、あたし……」
「俺さ、ちょっとは成長したんだよ」
彼は赤くなった目を細め、今度は綺麗に笑ってみせた。
「姉さんのお陰でフェルリオに居場所が無いわけじゃないって知ることが出来たし、まだ時間が掛かりそうだけど、戦うこと以外に自分の価値を見い出せそうなんだ。だから例え、ペルストラでの全てが嘘だったとしても、それくらいで立ち止まる俺じゃない……ペルストラはポプリ姉さんと出会えた場所だから、あの町を第二の故郷だと思う俺の気持ちも、変わらない」
「……ッ」
「何より、俺はポプリ姉さんや、エリック達のことを心から信じているから。それだけで、もう十分なんだ……だから姉さんにとっての俺が、『守る対象』じゃなくて『頼れる存在』でいられたらって……今はそう、願うよ」
アルディスも『弟』という虚勢を張っているようだが、発する言葉の全てが偽りではない。少なくともアルディスは、ポプリが立ち止まってしまった、その時に迷わずその手を引けるだけの余裕は持ち合わせているだろう。
ポプリの、橙色の瞳が歪み、アルディスの手を弱々しく握り返した。
時間は掛かるだろうが、彼女もいつか、全てを乗り越えてみせるだろう――それならば、今はこの沈んだ空気をどうにかするべきだろうか。
「……。泣いてなかったら格好良かったのにな」
「~~ッ! うるさいよ!!
「知ってるよ、知ってて言った。狙い通りの反応してくれて、ありがとな」
怒るアルディスから目を逸らし、エリックはポプリへと視線を移す。ポプリは涙の残る瞳を丸くしてこちらを見ていたが、やがて、意図を理解してくれたのだろう。
彼女は照れ臭そうに、それでいてどこか嬉しそうに、まだ幼さの残る可愛らしい顔を綻ばせた。
▼
宿屋の家主に明日ドアを直してチャラにする約束を取り付けてきたクリフォードが帰ってくると同時、「本当は俺いない方が良いんだよね?」と今更空気を読んだアルディスが退場し、部屋の中は再びエリックとポプリ、それからクリフォードの三人だけとなった。
(いや……乱入したんだから、最後までいてくれても良かったんだけどな……)
実際のところ、アルディスはペルストラの一件を受け入れるためにひとりになりたかったのだろうが……別に三人にされても、とエリックは苦笑する。
「……僕も出ようかな」
「えっ」
聞きたいことはあるが別に今でなくとも良いだろうし、ここは自分もさっさと退場してポプリとクリフォードに『良い空気』になってもらおう。
そう考え、エリックは席を立つ。いい加減、自分を無視して盛り上がるのはやめて頂きたいのだ。
すると、下から「あのねぇ……」とポプリが呆れたような調子で声を掛けてきた。
「『あの人』も散々言ってたんだけど、ダメよ、君のその優しさ……何故かあたしが『あの人』に忠告されまくってたんだからね、『あの人』に」
「ポプリ、ちょっと誘導が酷過ぎないか?」
「君が優しすぎるのがいけないのよ」
あからさま過ぎる勢いで「『あの人』に関する話を聞け」とポプリが言っている。これはエリックから振らなくとも、自分から話してくれそうな様子である。呆れた調子の声音ではあったが、表情を見る限り、何だか楽しそうだ。
「お前が言う『あの人』……僕は大体分かっているんだよ。ただ、引っかかるのは性別だ。僕が思い浮かべている人は、男性だからな」
エリックの脳裏を過るのは、美しい黒髪を持つ美丈夫の姿。
確かに彼は女性と見紛う美しさを持つ、それこそ『美人』と称しても違和感の無いような人物ではあるが、一応は男性の筈だ。
「お前の話を聞いている感じだと、どう考えても『あの人』って女性だろ?」
そうポプリに問えば、彼女はクリフォードに視線を移していた。
「それはあたしも気になってて……クリフ、あなたは分かるんじゃないかなと思うんだけど……あの人、厳密に言えば、“どっち”なの?」
「は?」
「んー、僕はまだ確信には至っていないので、あえてこっちの名前を……ポプリ、“ゼフィール様”の話、ですよね?」
「ええ」
聞き慣れない名前だが、ポプリとクリフォードの間ではこれで通じたらしい。一体誰のことを指しているのか、と聞く程エリックも馬鹿ではない。
「三対七、くらいか? まだ割と女性に近いが、外見は男性に寄ってきてますね……精神がどっちなのかは分からないが、女性寄りだったら、辛いだろうな」
「多分、女性だと思うわ……そうじゃなかったら、あたしのこと羨ましがったりしないと思うし」
「あー……それもそうですね。となると……うわ……」
「待て。頼む、待ってくれ」
会話の内容が凄いことになってきた。
慌ててエリックは二人を静止し、会話に割り込む。
「ゼフィールっていうのは、兄上の本名……いや、元の名前ってことで良いか?」
頷かれてしまうと衝撃の事実も一緒に肯定されてしまうのだが、残念ながら頷かれてしまった。
エリックの予想は間違っていなかった――ポプリと繋がっていたのは、兄だったのだ。
確かにゾディートは、ラドクリフ王家に入る際に名前を変えたと言っていた。その件に関してはこの際どうでも良い。それ以上に衝撃の事実が一緒に判明してしまっている。
それでも、ポプリが下手によく分からない人間と繋がっているよりは余程良い。それこそ、彼女のクリフォードへの態度からしてありえない話ではあるが、ヴァロン辺りと繋がっているよりはマシである。
「ゼフィール=ヒースっていうのが、あの人の元々のお名前で、今も『お忍び』の時に使ってる名前ね。あたしはペルストラにいた頃から面識があってね……最初にお会いしたのは、あたしが五才の時だったかな」
「じゅ、十五年前……」
「あなたのお父様、前王様と一緒にペルストラの視察に来ていたみたいよ。その後も、時々遊びに来てくれて……知っての通り、あたしは家族とノア以外とはまともに話せるような状態じゃなかったから……お姉ちゃんが出来たみたいで、嬉しかったな。当時はまさか王子様とは思わなかったけど、完全に女の子だったし」
――思考が追いつかない。
「兄上は……姉上、だったのか?」
絞り出すようにエリックが発した言葉に、クリフォードが答える。
「うーん、今となってはどちらとも言えないでしょうね……元々、ゾディート殿下は性別が曖昧だったそうです。最初は女性に寄っていたが、『ある時』を境に男性寄りになって行ったんだろうな」
「ええぇ……」
「まあ、そりゃそうなりますよね。というわけで、『精霊の加護』というものについて説明しておきましょうか」
ただひたすらに困惑し続けるエリックの前で、クリフォードは自身を半獣化させてみせる。
「マクスウェル様が
そうじゃなきゃあっちこっちで温泉沸かせたり出来ません、とクリフォードは笑う。
治癒術を使えることはひた隠しにしていた割に水の操作能力は非常に軽々しく使っていた気がしなくもないが、アレはかなり希少なものだったようだ。こっちも隠すべきだったのではないかと言いたくなったが、とりあえずこの件も保留だ。
「加護持ちは非常に強い魔術適性を持ちますが、生まれつき精霊に強く影響されている以上、身体に何かしら影響が現れます……僕の場合は、人型と獣型の境界が非常に曖昧になっていますね。あと、瘴気を勝手に浄化する謎体質です」
「あー……そのノリで兄上は性別があやふやになったと」
「そういうことだ。あの人は、精霊セルシウスと精霊レムの加護を持っています」
「!?」
二重に加護が掛かることがあるのかと聞けば、そんなことは前代未聞だったとクリフォードは答えた。ゾディートはかなりイレギュラーな存在だということだ。
「ゾディート殿下に継承権が無い理由……エリック君気にしてたけど、王族の血を引いていない云々の前に、一番はそういうことだと思うわ。しかも、元は女性寄りだったんだから、尚更ね」
「……」
「話を戻すけれど、あたしは内通者として、エリック君の様子をゼフィール様に流していたの。ほら、行く先々で結構バッタリ会ってたしでしょう? それ、あたしのせいよ……あと、ごめん。最初に出会ったときも、逃げる方向の指示は出されてたの。そっちに行けば、エリック君に会えるって……きっと、君ならあたしを見捨てないからって」
そう言われてみると、確かに色々と納得出来る。だが……
「お前、スウェーラルで結構派手にやられてたよな?」
「あたしに関しては『すまん、やりすぎた。傷残ってないか?』って後で滅茶苦茶謝られたわ。ちなみに目的は君とノアを拳で語り合わせるためで、さらに言えば、あたしが君側に着いたのはあの人の指示……まあ、指示が無くてもノアはあたしを拒絶してたけどね」
「……」
クリフォード曰く、ポプリの腕にあった印は、術者(ゾディート)と被術者(ポプリ)が互いに意思を通じ合わせる効果を持つという話であった……まさか、こんなにカジュアルに連絡を取り合っているとは思わなかったが。
「じゃあ、セーニョ港のアレは……?」
「ごめんね、茶番って奴よ。ダリウスのリボンは計算外だったけど、後は全部打ち合わせ通りなの」
「うん、一応聞いておくか……シャーベルグのは?」
「あれは本当にたまたま近くにいたみたい。でも、エリック君が困ってたし、話したいことがあるってことで『今行くから時間稼げ』って指示されたわ」
どうやらポプリはゾディートの指示に合わせて、ある程度振る舞いを誤魔化していたようだ。
そうなると、もうひとつ気になる部分が出てきた。カルチェ山脈のダリウスとの話だ。あの、激昂した様子のポプリの態度が演技だとすれば、流石に怖い。
「まだ聞くぞ。カルチェ山脈の話だ! ダリウスが来るのは知らなかったよな!?」
「え、ええ、アレは素よ……ただ、後から『可愛いだろう? ちょっと預けるから面倒見といてくれ』とは言われたけど……」
「ああ、良かった……あれは素か……いや、だが、うーん……」
ゾディートのノリが、完全にペットを友人に預ける『それ』である……ダリウスは犬か。
「ゼフィール様はともかく、ダリウスはあたしに会いたくなかったみたいで……まともに会ったのはスウェーラルが初めてなの。信じるの難しいだろうけど……ゼフィール様以外の黒衣の龍のメンバーとは、あたし、接点無かったのよ」
「ああ……大丈夫だ、信じる。それ以上に気になって仕方が無いんだが……気のせいだったら、自意識過剰だと笑ってくれ」
まず、ダリウスと面識が無かった点に関しては間違いないだろう。ポプリ以前に、ダリウスが絶望的にボロを出しそうだ。同様にフェリシティ、ベティーナも彼女らの反応からして初対面と判断して良いだろう。
ヴァロンに関しては、むしろポプリが気付いていないだけで向こうは知っていそうな気もする。何しろ彼女の母親とヴァロンに接点があるのだから、知らない方が変だという話だ――というわけで、エリックの関心は全く違う方向に向いた。
「兄上は……僕のためになる行動しか起こしていない気がするんだが」
ベティーナの回収はともかく、アルディスと仲違いさせないように働き掛けてみたり、シャーベルグでエリックを助けにきたり。助言の数々もそうだ。一体何を考えているのか、よく分からない。
少し悩んでから、ポプリは「そうね」とエリックの言葉を肯定してみせた。
「ゼフィール様……『弟』が出来たのが、本当に嬉しかったのね」
「え……」
ポプリは、どこか悲しげに笑う。
「疎まれてるって、思ってた? 違うのよ、あの人、君が可愛くて可愛くて、仕方がなくて……でも、あの人の立場じゃ、君に好かれるわけにはいかなかったのよ。だから、『敵』として振舞うしか、なかったの」
「好かれるわけには、いかない……?」
実際のところ、自分は可愛がられている――この件については、あながち間違いではないのかもしれないと流石のエリックも感じていた。
ポプリは息を吐き、軽く目を伏せる。どこまで話すか悩んでいるようだが、彼女は決意を固めたらしい。
「……。あの人を助けたい。だから、あたしも覚悟を決めるわ。信じたくなければ、信じなくて良いし、ここであたしを切り捨てても構わない」
「!? な、何を言い出すつもりだ!」
「君に喧嘩売るつもりなのよ。前にもそれとなく言ったけど……ここから先の話は、『ゼノビア陛下は敵』っていうのを大前提にした話になるもの。この件はゼフィール様からも口止めされてるから、あたしは本気でひとりになる気満々。それでもあの人を助けるんだったら、言わないといけない話なのよ」
誰にも胸の内を明かせない孤独に怯えていたポプリが、自らひとりになる覚悟を固めてしまった。彼女特有の自己犠牲心ゆえの行動なのは間違いないが、話が非常に物騒である。
「……お前、前にも母上のこと悪く捉えてたな。ペルストラの一件だけが理由じゃないってことか」
あの時はポプリの言い分を一切聞かずに威圧してしまったが、今は違う。彼女の覚悟を見届けるべき場面だろう。
ポプリはこくりと頷き、真っ直ぐにエリックの目を見据えて口を開いた。
「単刀直入に聞くわ。エリック君、『マルーシャちゃんの正体』には気付いてる?」
「ッ! その言い方をするってことは……お前も……」
「ええ。あの子、明らかに変なのにクリフがカルテ回して来ないから、何かあるなって前々から確信してて……具体的な内容について知ったのは研究所の書類読んでからの話だけど、魔鉱石の中で生き長らえてた『誰か』の体内精霊だってことは、結構前から知ってた」
「……カルテ、回しても回さなくてもバレてたんですね……」
アルディスが退室していて良かったと思わざるをえない話である。無論、ポプリも彼がいた場合はこの場で口を開かなかったのだろうが。
「だ、だが、なんで今、マルーシャの話を?」
「ゼフィール様は、マルーシャちゃんとほとんど同じことになってるから、かな」
「!?」
思わず、絶句してしまった――今、ポプリは何と言った?
「素体になったゼフィール様は加護持ちだったし、押し込まれた精霊も元の持ち主の身体から引っこ抜かれたばかりで『マルーシャちゃん』みたいに強化を重ねた存在ではなかったから、彼女は身体を乗っ取られることはなかったみたいだけど……そろそろ、限界なのよね。それは、何となくエリック君も気付いてるんじゃないかな」
「……」
何も言えなくなってしまったエリックの赤い瞳を、ポプリの、どこまでも真っ直ぐな視線が射抜く。
困惑。
否定。
拒絶。
その全てを覚悟した上で、ポプリは言葉を紡ぐ。
「ゼフィール様……このままじゃ、あと一年も持たないと思う。それに君も、大きくなって抵抗力も増してきた。もう、精霊を戻しても大丈夫……だから、ゼノビア陛下はあのタイミングで黒衣の龍を指名手配したんだと思う。指名手配されてなくとも、どうにかして処刑の方向に持っていった筈よ……君のお父さんの件とかね」
「ポプ、リ……? それは、どういう……」
理解が、追いつかない。
「エリック君、十八年前に君の身体から抜かれた体内精霊は、あの人の中にあるの。強すぎる精霊に君を殺させないように、そして、後に『マルーシャちゃん』を“作る”ための実験として――ゼノビア陛下は、邪魔で仕方がなかった彼女を、贄にしたの」
――――To be continued.